【他人棒に】堕とされた母 【寝取られ】 オナネタ専用エッチな体験談

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    【他人棒に】堕とされた母 【寝取られ】


    堕とされた母 
    −21−
    「今日は、一段と激しいじゃない、佐知子さん」
    肉根の切っ先で、臀肌をなぞりながら、達也が言った。
    「あぁん、だってぇ…」熱く硬い感触に気もそぞろなようすで、佐知子は答える。
    「だって、昨日は一度も…」
    抱えられた臀を微妙に蠢かせる。這いまわる達也の先端を、待ち望む場所に誘いこもうとする意志を見せて。
    「ああ、そういや、そうだったね」
    中心へと誘おうとする巨臀の動きをいなして、達也はあくまでも臀丘の表面だけをなぞる。ぬめ白い肌に、極太の筆で字を書くように。
    「でも、たった一日だよ? 一日空いただけで、そんなに我慢できないの?」
    「あぁ、だって、達也くんが、毎日、何度も…」
    「何度もしてるから、クセになっちゃったって? それじゃあ、セックス中毒じゃないか」
    「ああ…ひどいわ……」
    「そう言いながら、このケツの動きはなに? 必死にチ○ポ咥えこもうとしてさ」
    ピシャリ、と。淫らがましい蠢きを続ける熟れ臀に平手を叩きつけた。

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    「やっぱり、チ○ポ中毒だね、これじゃあ」ああ、と。佐知子は恥辱に啼いて、
    「た、達也くんだけよ。してほしいのは、達也くんだけだものっ」
    だから、早く犯してくれと、身悶えるのだったが。
    「本当かなあ」達也は、疑わしげな声で、狂熱に水を差した。
    「…えっ…?」
    「本当に、僕だけなのかなって」
    「なっ!?」佐知子は絶句して、ハメ乞いの身動ぎも止めて、達也をふりかえった。
    「なにを言うの?」心外な、という憤懣を浮かべて、達也を睨むようにした。
    達也は平然と佐知子の視線を受け止めて、
    「だってさ。こんなに、スキモノぶりを見せられちゃうとね」
    「そんなことっ、達也くんだから、私っ」
    「たとえば、昨日は僕とできなかったから。代わりに、誰かのチ○ポ、咥えこんでたんじゃないか、とかね」
    「そんなわけっ……」否定を叫ぶ声が、半ばで途絶えて。佐知子はハッと息をのんだ。
    ここでやっと、裕樹との昨夜の行為を思い出したのだった。
    他の男の存在を疑われても、即座には思い浮かばなかったのは、裕樹は、あくまでも息子であって、男ではないという佐知子なりの認識によるものだったが。
    しかし、昨夜、久しぶりに裕樹の求めに応じて、身体を与えたのは事実である。
    その事実に思い至ったから、佐知子は言いよどんで。それを隠すために、
    「そ、そんなわけ、ないでしょうっ」ことさらに語気を強めて、言い放ったのだが。
    無論、その動揺はあからさまに達也に伝わって。
    「……ふうん…」疑念を強めた達也は、本格的に追及に乗り出す。
    膝を進め、怒張の先端を、佐知子の秘裂へと差しこんだ。
    「ああっ!?」繊細な湿地に、灼熱の肉塊を感知して、佐知子が驚きの声を上げる。
    唐突な再開だったが、いまの危うい会話がウヤムヤになることは、佐知子にとっても歓迎すべきことだったので、
    「き、来てえっ」
    佐知子は四つ足の獣のポーズを極めなおすと、意識した媚声で、達也の突入を求めた。
    しかし、肉槍の先端は、待ち受ける肉唇を穿つことなく、
    「ん……あああっ!?」
    蜜にまみれた肉弁を硬いエラで擦りたてながら、ズルリとすりぬけてしまった。
    「な、なにっ? 達也くん」
    女肉の表面を強く擦られる刺激に嬌声を洩らしたあとに、佐知子は当惑して訊いた。
    達也の長大な肉根は、ピッタリと佐知子の秘裂にあてがわれている。
    「あん、いやよ、こんなの、ちゃんと、ちゃんとしてっ」
    蕩けた媚肉に背を埋めるようにして触れた達也の肉体の、量感、硬さ、熱と脈動を感じ取ることで性感を炙られて、佐知子は切なく叫んだ。
    しかし、達也は真っ当な挿入の動きを起こさず、悶えようとする佐知子の臀もガッシリと押さえこんで。
    「……ハッキリさせないうちは、入れる気にならないから」
    「そ、そんなっ…」
    話を立ち消えにする気はなかったのだと悟らされて、佐知子が悲痛な声を上げる。
    「考えてみたよ。僕以外に、佐知子さんとセックスしてる男がいるとしたら、どんな奴だろうって」
    「だから、誰もいないって言って…」
    何故、達也が急にそんなことを言い出したのか、執拗に拘るのか、解らず。
    しかし、今度は裕樹のことが頭にあるから、いっそう必死に佐知子は打ち消そうとする。
    そうしながら、スマタ状態で押しあてられた達也の肉根の存在にも意識をとられてしまうから。佐知子は混乱を強めていく。
    達也は、それを見透かして、
    「そうだなあ…」いきなり、核心をつく。
    「たとえば、裕樹くんとか」
    「…っ!?」まさか、いきなり裕樹の名を出されるとは思ってもいなかったので。
    甚大な衝撃に見舞われた佐知子は、脆くも、茫然自失といったていを晒してしまう。
    後ろどりに臀を抱かれて、達也にはわずかに横顔を見せるだけの体勢ではあっても、そのあからさまな反応は、ハッキリと伝わった。
    (……ビンゴだよ、浩次)
    まあ、さほど手こずるとは思っていなかったが。それにしたって、あまりに呆気なく事実は判明してしまって。
    取り合えず、達也は悪友の勘の良さに感心しておいた。
    「な、なにを、馬鹿なこと言わないで、達也くんっ」
    下では自失から醒めた佐知子が、上擦った声で叫びはじめる。いまさらに。
    「そんなこと、あるわけないわっ、親子で、そんなことっ」
    達也の推測を笑いとばし、馬鹿げた妄言と片付けようとして、完全に失敗していた。
    佐知子もそれは自覚して、その意識がいっそう動揺を強めて。
    緊急事態に、淫らな姿勢を崩そうとするが、達也の手によって封じられる。
    「佐知子さんは、嘘がヘタだね」
    「う、嘘じゃ……ヒイイッ」
    決めつけに反発しようとしたところを、ズリリと股座にあてがわれた剛直を動かされて佐知子は甲走った叫びを迸らせる。
    達也はなおも大きく腰をふって長大なペニスで佐知子の秘肉の表面を連続して擦りたてた。
    「アヒッ、や、達也くん、待って、話を、ンアアアッ」
    「そりゃあ、僕もショックだけどね。まさか、佐知子さんが、自分の子供と」
    「ち、違う、ちがうわ、そんなこと、してないっ」
    母子相姦を、まるで既定の事実として話を進める達也に、必死に反駁する佐知子だったが。
    「私たちは、そんな……ヒッあああ、そこっ、そこダメッ」
    達也が荒腰を使い、デカマラの凶悪なカリの張り出しに、ゴツゴツとした節くれだちに発情した女肉をこそげるように擦られれば、否定の言葉はヨガリの啼きにまぎれてしまう。
    特に、充血して莢から剥け出した肉芽を、硬い肉傘でグリグリとくじられると、眼前に火花が散って、佐知子は喉を反らして快感を叫んだ。
    「ヒッ、あ、いっ、イイッ、ああ、そこ、もっと、もっとっ」
    いつしか、達也の動きにあわせて、自分からも腰をふって、この擬似的な性交からより大きな快感を貪ろうとしていた。
    だが、そのまま悦楽の中に溺れこむことを、達也は許さない。
    「裕樹くんとする時も、そんなふうに啼くの?」
    ヨガる佐知子の背に身体を被せるようにして、耳に口をよせて。
    いっそ優しげな声で囁く。
    「やあぁ、してないっ、してないわっ、裕樹となんて」
    滅茶苦茶に頭をふって、佐知子は強硬に否定する。
    たとえ事実を見透かされたとしても、自分の口からは認められるわけがなかった。
    証拠などは存在しないのだから、認めさえしなければ……という、佐知子の決死の覚悟は、達也も承知しているが。それで、どこまで持ちこたえられるものか、と。
    “まあ、せいぜい愉しませてくれよ”という程度のことである。
    「アアアッ、そこ、そこ、いいっ、もっと」
    また達也が、佐知子の女芯を集中的に攻め立てて、切迫した声を絞り出させる。
    「あっ、イきそ、いいっ、イっちゃう、アッアッ」
    勿論、イかせてなどやらない。直前で腰を引いて、クリから亀頭を離してやる。
    「アッ、ああん、やあぁ」口惜しげな声で佐知子が泣いて、四つん這いの腰をくねらせる。
    ……これを何度か繰り返してやれば、自白は引き出せるだろうが。
    他にもルートはないか、と。達也が思考をめぐらすのは、それくらいのことだった。
    「あぁ、達也くぅん…」
    またも寸止めを食わせて、そのまま動きを弱めてしまった達也へと、佐知子がふり向く。
    「おねがいよ、私、もう」 押さえこまれた巨臀を精一杯に揺すって嫋々たる声で訴える。
    達也の疑惑を払拭するより先に、肉体のほうが追いこまれていた。
    「いやらしい顔だな」冷たい眼で見下ろして。達也は、またユルユルと腰を送りはじめる。
    「あっ、イッ、いいっ」
    「いやらしい声」せせら笑って、
    「息子のことも、そんな、いやらしい顔で、いやらしい声で誘うんだろ?」
    「いやぁっ、違う、そんなこと」 すると、達也はまた表情を和らげ、声を優しくして、
    「どうして、そんなに隠そうとするの?この期になって」そう問いかけた。
    「僕と佐知子さんの間でさ。僕たちのことだって、世間には秘密なんだから、同じようなものじゃない?」
    「ああ、そんな、でも…アッ、あはぁ」
    強引にすぎる達也の理屈に、しかし佐知子は、明らかにフラついていた。
    達也の言葉よりも、やはり秘裂に受ける刺激が効いている。鋼のような牡肉に燃え盛る雌肉を擦りたてられる快美が、絶対の決意を溶かそうとする。
    「ほら、キモチいい? 裕樹くんとするのと、どっちがイイ?」
    「あっ、違う、裕樹とは、こんなことは、こんなに、ヒッ、アヒッ」
    否定の言葉が、怪しくなっていく。
    「やっぱり、血を分けた息子のほうが、キモチいのかな? 僕なんかとするより」
    「そ、そんなことっ…」
    「うん? どうなの? どっちがイイの?」
    「あああ、違う、裕樹とは、してない、してないわっ」
    支離滅裂になりながらも、辛うじて踏みとどまる佐知子。
    このまま力押しでも、じきに土俵を割るだろうが。
    あえて達也は手法を変えてみる。気まぐれは、もう余裕の表れだった。
    ズルッ、と。佐知子の淫汁にまみれた肉竿を秘裂から引き剥がした。
    「あぁん、いやぁ」ムズがり泣きとともに、追いすがろうとする臀の動きを掣肘して、
    「……どうしても、僕には打ち開けてくれないんだね」寂しげな声で、言った。
    「やっぱり、佐知子さんにとっては、裕樹くんのほうが大事ってことか」
    「……た、達也くん…?」
    「ま、当たり前か。親子だもんな。僕なんかより、ずっと強い絆で結ばれてるんだよね」
    「そ、それは…」急に、しおらしい言葉を口にして、佐知子を困惑させながら。
    しかし達也は、それとは矛盾した行動に出る。
    片手で淫蜜まみれの剛直を握ると今度は正しき角度で佐知子の肉唇に押し当てたのだった。
    「ああっ!? た、達也くんっ」
    それだけで佐知子は、思いがけぬ方向へ進みかけた会話への当惑など吹き飛ばされて。
    「いいのっ、来てっ、そのまま」
    濡れた肉孔を拡張される、すでに馴染みの感覚に、歓悦の叫びを上げて。グッと四肢を踏んばった。
    しかし巨大な肉冠の、ほんの先っぽをトロットロの女陰に埋めただけで、侵入は止まった。
    「あん、やあぁ、もっと、来てぇっ」
    佐知子の悶えと叫びが狂おしくなる。待ち望んだモノを、ちょっぴりだけ与えられたことが、肉の焦燥を煽って。
    その懇願は、叶えられるかに思われた。
    ジンワリと、巨大な肉傘は突き進んで。
    「ク、ク……アアアアッ」
    秘肉が軋む感覚、これも馴染みとなった甘い苦痛に、佐知子は両手でシーツを掴みしめブルブルと、汗にまみれた裸身を震わせて耐えた。
    「ん、アッ、い、いいのっ、来て、そのまま」
    最も太い鎌首の部分が侵入を果して、あとは一息に最奥まで貫いてもらうだけ、と。
    疼く子宮が、硬い牡肉で激しく叩かれることを、待ち構えたのだが。
    「う、アッ? い、いやっ、ダメッ」
    せっかくハマりこんだ鎌首はその先へは進まず。どころかズルリと引き抜かれてしまった。
    「いやああああっ」ようやく咥えこんだモノを、あっさりと抜き取られてしまって。
    巨大な喪失の感覚に女陰を収縮させながら、佐知子はほとんど号泣する。
    「いやっ、ひどい、達也くん、おねがいっ」半狂乱の泣き喚き。
    それを鎮めたのは、発狂寸前の女肉に、再びあてがわれた剛直の感触だった。
    「ああぁ……」佐知子は熱い息を吐いて、ゴクリと唾をのむ。
    まさにペニス一本でいいように操られている自分の無様さ滑稽さなど顧みる余裕はなくて。
    「……お、おねがい、達也くん……」
    すすり泣くような声で訴えた。まるで、叫び喚けば、秘裂にとまった男根がまた逃げてしまうと恐れるみたいに、声を抑えて。
    「入れて、オチンチン、入れてぇ、私、もう…気が変になっちゃう」
    哀切なほどの懇請に、達也は応とも否とも答えずに。
    「……裕樹くんほど、佐知子さんをキモチよくさせてあげられないなら。虚しいよね」
    淡々と。何事もなかったかのように話を蒸し返す。
    「ああ、まだ、そんなこと…」
    「どうなの?僕と、裕樹くんと。どっちのチ○ポが好きなのさ?どっちにオマ○コされるほうが、キモチいいの?」
    執拗に問い質しながら。達也はユルユルと腰を蠢かせて。
    佐知子の淫裂に押しあてられた肉根は、わずかに狙いを逸らしていて。
    女蜜に濡れ輝く会陰から肛門のあたりを、擦り上げ擦り下ろす。
    その度に、佐知子は、ビクリビクリと過敏な反応を示して、ヒッヒと喉を鳴らした。
    まともな思考や判断が働く状態ではなくなっていた。
    それでも、母子の秘密だけは絶対に守り通さねばならないのだけれど。
    でも……達也は、もう自分たち母子の関係を知っている。
    そうなのだと決めつけて、いくら否定しても聞いてはくれない。
    そして、事実は達也の思っている通りなのだから……。
    頑なに否定し続けることに、意味があるのだろうか?
    「やっぱり、息子のチ○ポのほうが好きなんだろ?僕とするより、キモチいいんだろ?」
    「そ、そんなこと、な…」
    官能を炙られながらの達也からの問いに、秘密より先に肉体の本音を口走りかけて、危うく、佐知子は口を噤んだ。
    駄目だ、ダメだ。絶対に、自分から認めるわけにはいかない。
    そんな……そんなことを告白してしまったら。
    なんという女だ、と。いままで、そんなことを隠していたのか、と。
    蔑まれ、呆れ果てられて。
    タツヤクンニ、ステラレテシマウカモシレナイ……
    「……やっぱり、僕には打ち明けてくれないんだ」
    また、達也はそう言った。もう、声に悲しげな響き、というような演技もせずに。
    その冷淡さが、佐知子をドキリとさせる。
    「た、達也くん……?」
    「母子の絆には、かなわないってことか」
    やけに納得したような語りが、すでに頑なな事実の否定さえ達也への執着のゆえ、という逸脱をきたしていた佐知子を追いつめる。
    「佐知子さんは僕だけのものだって思ってたけど……違ったんだね」
    四つん這いの姿勢から不安げな顔でふり仰ぐ佐知子を、達也は無感情な眼で見下ろす。
    「僕は、佐知子さんと裕樹くんの間に、割りこんじゃっただけなのか」
    フッと、自嘲的な笑みを浮かべて、
    「それでも、裏切られた気分だな。勝手かもしれないけど」
    「そん…な…」呆然と佐知子は呟く。面からは血の気が引いていた。
    もう達也は、佐知子に告白を強いてはいない。“選択”を求めている。
    このまま、事実を否定しぬくことで、母親としての自分を貫くのか。
    それとも、事実を認めた上で、達也の女として“不義”を弁解するか。
    裕樹を守るのか、達也に媚びるのか。
    ……思いもかけぬ択一を前にして、凍りつく佐知子だったが。
    迷った、という時点で答えは出ていたのかもしれない。
    そして。
    「いくら、佐知子さんを好きになっても、裕樹くんにはかなわないなら…」
    言い捨てるような達也の、その先の言葉だけは聞きたくない、と。
    「ち、違う、ちがうのよっ」佐知子は叫んでいた。
    「裕樹とのことは違うの、達也くんとは違うのよ」
    あっさりと“絶対の秘密”であったはずの息子との関係を暴露して。
    ただ達也の“誤解”をとこうと、佐知子は必死になる。
    「違うって、どう違うのさ?」
    「裕樹のことは、甘えさせてただけなのっ、まだ子供だから」
    ついに事実を認めて。それが、どれだけ重大な選択となってしまったかさえ自覚しないように。ただ懸命に佐知子は弁解する。
    身体をねじって、臀を抱えた達也の腕を掴みしめて。
    「女として抱かれてたわけじゃないの、だから、達也くんとは違う」
    「まだ子供って、僕と裕樹くんは同い年だよ?」からかうような言葉には強く頭をふって、
    「違う、達也くんは大人だから、男だから、裕樹とは違うもの」
    「ふーん……つまり、僕には女として抱かれて、裕樹は母親として抱いてたって。そう言いたいわけね」
    「そう、そうよ、そうなの」
    何度も、佐知子はうなずいた。事実、佐知子の意識は、その通りのものだったから。
    だからこそ、達也にも裕樹にも、背信を働いている意識は持たなかったのだが。
    「ムシのいい話だなあ」達也の冷笑が胸を刺す。
    「母親として、甘えさせてただけっつったって。息子とセックスしてたことは間違いないんだろ?昨日だって、一日僕と出来なかったら、途端に裕樹のチ○ポ咥えこんでさ。いい気なもんじゃないか」
    「ああぁ……ゆるして、達也くん…」
    酷い言葉に、涙声で赦しを乞うた。母子相姦という破倫の所業を恥じるよりも達也以外の相手に身体を許してしまったことを悔いている。
    “不貞”を詫びる気持ちになって、
    「もうしないわ、もう裕樹とは、しないから」佐知子は自分から、そう言った。
    「まあ、そのほうがいいだろうねえ。倫理的にも」皮肉に、達也は笑って、
    「けど、本当にやめられるのかな?」
    「ほ、本当よ、約束するわ」
    「でも、タブーを冒すのは蜜の味だっていうし」冗談めかして言って。
    達也は腰を進めると猛々しい威勢を保つ怒張を、また佐知子の秘裂へと圧しつけていった。
    「アッ、ああっ!? た、達也、くんっ」
    「……ね? こんな淫乱な佐知子さんが、さ」
    突然の行為に驚きながら、鋭敏に感応する佐知子を嘲笑して、
    「スンナリ、それを捨てられるのかなあ、って」
    「ヒッ、あ、捨て、捨てるから、本当に、絶対に、しないから」
    肉唇へとあてがわれ、ジンワリと圧しこんでくる硬い牡肉の感触に、佐知子は昂ぶった声を迸らせた。
    「だ、だから、来て、そのまま、あっ、いいっ、来てぇっ」
    こんな成り行きのあとに、達也が交わろうとする動きを見せてくれたことに狂喜して。
    そのまま貫き通してくれ、という希求を四つに這った肢体に滲ませる。
    「んんあああ、入っ…て、入ってくる、太い、ああ、いいっ」
    巨大な肉根は、ゆっくりと、しかし、はぐらかす動きは見せずに、ズブズブと抉りこんだ。長大な砲身の半ばまでを、佐知子の肉孔へと埋めこんで、いったん侵入を停める。
    「ん、あぁ、達也くぅん…」
    甘美な肉の軋みを味わっていた佐知子は、うっとりと開いた眼で達也を見返った。
    まだ侵略は途中でも、秘肉を引き裂くような逞しさと、獰猛なまでの力感が、佐知子の身も心も痺れさせて。
    「スゴイの、達也くんのオチンチン、好きなの、これが」
    佐知子は、かきたてられる肉の悦びと隷属の心を、蕩けた声で訴えて、
    「ね、きて、もっと奥まで、入れて、貫いてっ」
    さらなる蹂躙を、痛いほどに子宮を叩かれ、息がつまるほど突き上げられる、あの至上の愉悦を乞い求める。
    「裕樹のチ○ポと、どっちがいい?」だが返ってきたのは、そんな冷酷な問いかけだった。
    「あぁ、もう、裕樹のことは…」
    「ダメだね。いままで騙されてたんだから。そこは、ちゃんと確認しておきたいね」
    「そ、そんな、騙すだなん……ヒアアッ」
    抉りこんだ極太の肉根をスライドされ、凶悪なエラで襞肉を掻きむしられて、佐知子は背を反らして嬌声を放った。
    「アッアッ、こすれる、あ、いいっ、イイッ」
    「ほら、答えなよ。どっちがいい?」
    「ん、あっ、た、達也くんが、達也くんのほうがイイッ」
    「本当かな? いまだけ、調子合わせてるんじゃないの」
    「そん、そんなこと、ない、アアアッ、スゴ、ヒッヒイイッ」
    「本音じゃあ、血を分けた息子のチ○ポのほうがおいしいとか思ってるんじゃないの?」
    無論、そんな疑いは微塵も持っていないのだが。
    いまは、この破廉恥な母親から、より明白な裏切りの科白を引き出すために。
    達也は、凌辱の動きを、少しだけ強く深いものに変える。
    「アアアッ、思って、ないっ、思ってないわぁ」
    わずかにストロークを大きくして、ピッチを早めて。少しばかり突き腰にひねりをくれてやっただけで。佐知子はひとたまりもなく、崩れて。
    「おいしくない、裕樹の、子供だから、チ○ポ、おいしくないの、気持ちよくない、達也くんのが、ずっと、ずっとずっと、いいわっ、いいッ」
    肉の本音が噴きこぼれた。道ならぬ契りまで交わした我が子を貶める言葉となって。
    「ひどい母親」達也は、侮蔑の眼で見下ろして、的確な評価を投げかけて。
    「でも、正直に言ったから、ご褒美をあげる」
    佐知子の臀を引き寄せながら、叩きつけるように腰を送った。
    「んっああああああああっ」
    魂消るような叫びを轟かせて、佐知子は折れそうなほど背を撓めた。
    ふり乱す髪は汗に湿って。キャップはとっくに外れて、床に飛んでいたから、本来の職責を示すものは、なにも残っていない。
    ナースでもなく、母親でもない。色欲に狂う、一個の雌。
    白い、爛熟の肉が、この日最初の絶頂に、凄まじい痙攣を刻む……。
    ……あとは。ただ、熾烈な快楽にのたうちまわるだけだった。
    「あっ、うあっ、アッアッ、アアアアッ」
    まだ午前の明るい陽射しの差す病室には、ベッドの軋む音と、物狂ったような佐知子の女叫びが、響き続けた。
    「んああ、すごい、チ○ポ、スゴイ、ヒィッ、ヒアアアッ」
    化け物じみたタフネスと、悪辣なまでの巧緻さで、達也は佐知子を犯し続けた。
    「は、はげし、壊れちゃう、オマ○コ、壊れるぅっ」
    これまでとは違って、完全に達也主導となった情交は、格段に苛烈さを増して。
    「オアアアッ、グッ…死ぬ、シヌ、死んじゃうっ」
    その違いを、佐知子は、まざまざと実感させられた。
    四つん這いで臀を抱えられて、激しく突きこまれる−まさに“犯される”という形容が相応しい交わりから受ける快楽は、凄まじかった。
    「アヒッ、ギッ、深…いぃっ、奥が、奥にっ、んっあ、アアアアッ」
    これまでに、佐知子が上になるかたちでのセックスとは、次元が違っている。
    佐知子の貪欲だが未だ不慣れさを残す腰ふりではなく、達也の荒々しさの中に無慈悲なまでの技巧を秘め冷酷なほどに的確な腰使いは、その巨大な肉刀の威力が何倍にも増幅して。
    「アアッ、イクッ、また、またイっちゃう、オマ○コ、イッく、イクウウッ」
    何度も何度も、佐知子は壮絶なアクメに咆哮し、痙攣した。
    しかし、達也は得意の焦らしを持ち出すこともなく、絶倫の精力を見せつけて、ひたすら攻めたて続けたから。
    「……ん、あああっ、また、すぐ、イクッ、死ぬ、ヒアアアアッ」
    佐知子は休む間もなくすぐさま快感の泥沼に引き戻されてまたのたうち狂うこととなった。
    その凄惨なまでの凌辱の絵図には、昨日までの戯れにあったような甘やかさは欠片もなかった。そんな偽りの皮を引き剥いで、この一対の、年の離れた男女の真の関係性を剥き出しにしていた。すなわち、若く逞しい牡に組み敷かれて、ただ悶え泣くばかりの熟れた牝。完全なる支配と被支配の。
    だから。
    際限のない快楽に萎えた四肢を投げ出し、ベタリと突っ伏して。
    達也に、若き主に、責め続けられる臀だけを供物のように捧げ上げた佐知子が、
    「ああぁ、好き、達也くん、好きよっ」
    ヨガリの啼きの合間に、うわ言のように繰り返す言葉は、そぐわしくないと言えたが。
    佐知子は、それでも構わない。達也が、もう甘ったるい科白を返してくれないことも、気にならない。
    「好き、好きよ、愛してるっ」
    ただ、心底から、激しく突き上げられる臓腑の底から、せくり上がる感情を感泣にまじえて、繰り返す。
    本気の愛情の吐露、しかし、それが一方的であっても構わないというのは。
    認め、受け容れたからだろう……この関係のありようを。
    肉の靡きに、引きずられた心の、まだ無意識の部分ではあっても。
    ……ならば、と。達也は、より明確な言葉で、それを知らしめてやることにする。
    佐知子を攻め立てる腰の動きを緩めて、
    「……この身体は、誰のものなの?」
    ペチペチと、脂汗にぬめった佐知子の巨臀を叩きながら、訊いた。
    「この、熟れた淫乱な身体は誰のものか、言ってみなよ。佐知子」
    「あ…あああぁぁ…」ブルルッ、と。佐知子の背が腰が慄えたのは、歓喜の身震いだった。
    「達也くんのものよ、佐知子の身体、全部、達也くんのものっ」
    佐知子、と呼び捨てられ、達也のものだと叫ぶことに、この上ない喜びを感じて。
    「達也くんのもの、佐知子は、達也くんのものっ」
    泣きじゃくるように何度も叫びながら、佐知子は崩れていた両膝を踏んばって、
    ユッサユッサと巨きな臀を揺さぶりはじめる。数えきれぬほどの絶頂に糜爛した媚肉が、
    また新たな蜜を吐きながら、ギュッと咥えこんだ達也の肉根を締めつけた。
    「あぁ、いいよ、佐知子の淫乱マ○コが、すごく締めつけてる」
    「いい?気持ちイイ?もっと、もっと締めるから、淫乱なオマ○コ、ギュッて締めるから」
    達也の率直な賞賛に力を得て、さらに臀のふりたくりを激しく卑猥なものにして、燃え狂う膣肉が収縮を示す。
    達也の快美のうめきが佐知子の血を滾らせる。懸命に締め上げる女肉には、達也の逞しい肉体の特徴が跳ね返ってきて、
    「んああっ、いいの、私も、達也くんのすごいチ○ポで、感じる、オマ○コ、感じちゃう」 
    すぐにも爆ぜてしまいそうな快感に、歯をくいしばって。必死に臀をふり続ける。
    「ああ、いいよ、佐知子」
    「ああっ、もっと呼んで、佐知子って呼んでっ」
    「フフ、息子の同級生に呼び捨てにされてもいいの? 佐知子は」
    「いいのっ、うれしいのよ、佐知子は達也くんのものだから」
    「ああ、そうだね、佐知子は、全部僕のものなんだもんね」
    「あああぁ……」佐知子は、また歓喜の胴ぶるいを走らせて、
    「捧げるから佐知子の心も体も全部、捧げるからぁっ」涙に濡れた眼で、達也をふり仰ぐ。
    「だから、捨てないでね?私のこと、捨てないでね?ずっとずっと、愛してね?」
    「ああ、わかってる」
    失笑をこらえて、“もうしばらくはな”という言葉は胸のうちに呟いて、達也は答える。
    それにしても、そう仕向けた達也が面食らうほどの佐知子の屈服ぶりである。
    これほどの溺れこみようを見せられると、単に肉体を訓致され快楽を開発された弱みというだけではない、“相性”といったものを感じてしまう。
    (やっぱ、運命の出逢いだったんだなあ)
    というのは、あくまで佐知子にとっては、である。それはまぎれもない事実だろう。
    達也と出逢う以前とはまるで別の存在に成り果てて、いまここでのたうっているのだから。
    (……しかし、“心も体も全部”とはね)
    まあ、それは達也には、狙い通りの戦果では、あるのだけれど。
    ちょっとだけ、越野裕樹に同情する気になった。
    佐知子はといえば、この時に、裕樹のことなど欠片も意識に残してはいない。
    達也のおざなりな保証に、深い安堵と歓悦をわかせて。
    それが、ギリギリで堪えていた情感を急激に押しあげた。
    「た、達也くん、私、もう、もうっ…」
    「いいよ。今度は一緒にイこう」
    切迫した佐知子の声に達也は答えて。猛然とスパートを開始する。
    「ヒイイイイッ、うあ、アアッ、いいわ、来て、来てぇ」
    つんざくような叫びを上げて、佐知子は達也の苛烈な攻勢を迎えうつ。
    「出して、いっぱい、熱いの、佐知子の中にっ」
    「タップリ、ぶっかけてやるよ。妊娠しちゃうかもよ?いいよね、佐知子の身体は全部僕のものなんだから。子宮だって、好きに使っていいんだよな」
    「んああっ、いいっ、いいわっ、かけて、佐知子の子宮に、佐知子を妊娠させてぇっ」
    少なくとも。この刹那には、本気で佐知子はそれを願った。
    達也の子を孕む自分を夢想して、そして快楽を爆発させた。
    「ああっ、イクッ、オマ○コいっちゃう、イクウウウッ」
    これまでで最高最大の絶頂に咆哮して、佐知子の総身が硬直する。
    「ウオオオッ」
    達也もまた低く吼えて、食いちぎるような女肉の締めつけに耐えながら、極限まで膨張した肉根を最奥へと叩きこんで、欲望の銃爪を引いた。
    「ンアアアッ、イク……イッ、く、ああああああああっ」
    灼熱の奔涛に子宮を撃たれて、佐知子はさらなる高みへと追い上げられる。
    しばし、一対の雌雄は、凄絶なる悦楽の極まりの中で、断末魔の震えをシンクロさせて。
    やがて、互いの汗と体液にまみれた身体を重ねて、崩おれた。

    「……アッ……あは……」
    グショ濡れのシーツの上にベタリと潰れて佐知子はようやく取り戻た呼吸に背を喘がせる。
    その背の上には、達也の身体の重み。首筋にかかる、達也の荒い呼気。
    間欠的に痙攣を続ける女肉は、深々と突き刺さったままの達也をハッキリと感じて。
    肉体の最奥には、達也の注ぎこんでくれた欲望の、灼けるような熱さが。
    「……しあ……わ…せ…」
    うっとりと、佐知子は囁いて。そして昏迷の中に吸いこまれていった。
    己の選択への悔いなど、一瞬たりともよぎらせることなく。
    言葉の通り、至極の幸福だけを、その面に浮かべて。
    束の間の甘美な死に、佐知子は浸った。
    −22−
    無造作に制服のポケットから取り出した煙草を一本くわえると、
    「…ん?」高本は、箱ごと差し出して、裕樹にも勧めた。
    「…いや、いいよ」
    裕樹が断ると、あっさり引っこめて、使い捨てのライターで咥えた煙草に火を点けた。
    「…………」裕樹は、思わず周囲をうかがってしまう。
    放課後の校舎裏、というロケーションである。
    場所といい、漂いはじめる紫煙といい、まんま“たむろする不良”の図であって。
    その構図の中に自分も収まっていることが、裕樹には不快だったが。
    それでも、誘われるままに、ついて来てしまった。
    くわえ煙草で、高本は、封鎖された通用口のステップに腰を下ろした。
    市村は、校舎の壁に背をもたれて立つ。
    裕樹は、ふたりと向かい合うかたちで佇んだ。
    会合らしき、一応の体勢が整うと、
    「行ってきたよ。例の女のようす、見てきた」前置きもなしに、高本は切り出した。
    裕樹は表情を硬くして、かすかにうなずいた。いきなりでも、誘われた時点で用件はわかっているから。
    高本の友人と、年上の女性の関係について。
    当初は恋愛相談として、裕樹に持ちかけられた話だが。前回、聞いたところでは、もう相談云々という問題ではなくなっていた。
    となれば、裕樹には、もうなんの関係もない話のはずだったが。
    最初に助言をもらった裕樹への義理のつもりなのか、高本らは律儀にまた報告の場を作ったわけである。
    裕樹としても、その後の状況は気にかかっていたので、こうして誘いに応じたのだった。
    高本は、フイーッと煙を吹き上げて、
    「まあ……予想通りだったな。そのママさん、すっかりハマってた」そう言った。
    「オレたちの前じゃ、なんでもないふうに装ってるんだけどさ。もう、メロメロになっちゃってるのが、バレバレ。な、市やん?」
    「ああ」
    と、市村に相槌を打たれると、“大袈裟なんじゃ?”と感じる高本の言葉もそのまま受け取るしかないように思えて。裕樹は苦い気持ちになった。
    そんな気分にさせられることも、予測はしていたのだけれど。
    「ありゃ、予想以上だったな」
    「そうだよねえ。最初に会った時は、いかにも真面目そうな、身持ちの固そうな女だったのにさ」
    しみじみと述懐して。高本は、また裕樹に向いて、
    「それが今じゃ、すっかり中学生のチ○ポコの虜になっちゃってさ。女のほうから、ハメてってせがんでくるんだと。毎日ヤリまくりなんだとさ」
    「………………」
    「これがさ、前にも言ったと思うけど、顔もいいし、身体もムチムチの、いい女なのよ。な、羨ましくねえ?」
    「……い、いや……」
    一瞬だけ、淫らな想像を掻き立てられそうになったが。裕樹には、やはり、そのフシダラな母親への嫌悪と怒りの感情のほうが強くて。
    「で、でも。そんなことになってるんだったら……その女のひとの子供も、もう気づいてるんじゃないの?」
    一番、気にかかることを訊いたのだが。
    「いや。それはないな」やけにキッパリと否定されてしまった。
    「そいつとも、オレたち、顔見知りでさ。たまに会うけど。まったく気づいてない」
    「でも、母親と、高本くんの友達は、毎日……その、会ってるんだろ?毎日、母親の帰りが遅くなったら、おかしいと思うんじゃないかな」
    「ああ、そりゃないのよ」裕樹にすれば当然の疑問を、高本は簡単に打ち消してしまう。
    「仕事が終わってから逢ってるとかじゃないから。帰りが遅くなるとかはないの」
    「……いまのところはな」
    「そうそう、いまのうちはねえ」
    市村の補足には、大仰にうなずいた。何故だか、やけに愉快そうに。
    「……なに? どういうこと?」
    「ああ、要するに」話が見えない裕樹に、市村が説明する。
    「その女の職場で、勤務中に、ヤリまくってんだよな」
    「えぇっ?」
    「仕事場で、さんざん若い男と楽しんで。勤務時間が終われば、何食わぬ顔で息子の待つ家に帰るんだと」
    「ひでえママさんだよなあ」
    「…ちょ、ちょっと待ってよ。職場でって、そんな…」裕樹には、とても信じられない。
    「それに、その彼って、中学生だろ? 学校が」
    「ああ、学校は休んでんだよな、いまは」高本が答えて。また、市村と眼線を交わした。
    「……どういうこと?」
    ふたりの雰囲気に、急に得体の知れぬ不安をわかせながら、裕樹は訊いた。
    高本が、眼を合わせてきた。ウズウズと笑いを堪えるような表情で。
    「入院してんだよね、そいつ。怪我でさ」せいぜい、さりげないふうを装ってそう言った。
    「だから…もう、わかるだろ? 場所は病院で、相手の女は、看護婦だよ。ムッチムチの乳とケツのを白衣で包んだ。美人でエロエロの熟女ナース」
    「看護婦、なの…?」目を見開いて、裕樹は聞き返した。
    ドクン、と大きく鼓動が跳ねるのを感じて。
    「で、でも、無理だよ、そんなの。病室って言ったって、周囲の眼が…」
    「……なに、ムキになってんの?越野」
    「えっ?いや、ムキになってなんか、ないけど…」
    そう、ムキになる理由なんかない。自分には。
    「ただ、そんなこと、ありえないだろうって」
    そうだ。あまりに無茶な話で納得が出来ないだけなのだ。……それだけだ。
    「な、なにが、おかしいの?」
    「いや、別に」そう言いながらも、高本は嫌らしい笑みを消さず、裕樹を苛立たせる。
    「その病院には」裕樹の疑問には市村が答えた。
    「VIP用の特別な部屋があってさ。そいつは、そこに入ってんだ。金持ちの息子だから」
    「あそこなら、他の部屋とも離れてっから、中で好き勝手できるよね」
    「ただ、あんまり女のヨガリ声がデカいんで、もうバレバレらしいけどな」
    「クー、やっぱ年増の女はハゲしいんだ。生で聞いてみてえ」
    問題の“熟女ナース”の淫乱ぶりをあげつらいながら。
    無論、ふたりは、押し黙って考えこむ裕樹を、横目にうかがっている。
    「………………」やがて、裕樹は、不安の色を濃くした眼を上げて、
    「……あ、あのさ」まだ逡巡しながら、訊いた。
    「その、友達って……………宇崎くん、なの?」
    金持ちの息子で、いま怪我で入院している、高本らの友人となれば、やはり、宇崎達也のことが想起される。
    そうではないと、ずっと裕樹は思いこんでいたのだが。冷静にふりかえると、明確な否定も高本らから聞いてはいなかったのだった。
    しかし、確認した裕樹の口調は、恐るおそるといったふうで。
    どうか違う人物のことであってほしい、と願った感情には、理由はあったのだが。
    「ありゃ。やっぱ、わかっちまったか」
    わざとらしく顔をしかめながら。高本は、あっさりと認めてしまった。
    「………………」
    「うん?どうした、越野?ムズかしい顔しちゃってさ」
    ニヤニヤと。意地の悪い笑みを浮かべて、高本が訊く。
    市村は、ジッと観察するような眼を裕樹に向けている。
    裕樹は、落ち着きなく交互にふたりを見やった。
    頭の中では、めまぐるしく思考を巡らせながら。
    「……う、宇崎くんの入院先って」
    「ああ、あそこの、市内で一番大きな…」
    高本が口にしたのは、やはり裕樹には馴染み深い病院の名だった。
    それは確認でしかなかった。すでに裕樹は知っていたのだから。
    宇崎達也が入院したのが、母の勤める、その私立病院であることを。
    入院当初に、母の口から聞かされていた。
    ……なるほど、宇崎達也ならば、そんな大それたことも、やってのけるかもしれない、という納得がある。
    宇崎達也のことを詳しく知るわけではないから、単なる印象に過ぎないけれども。
    そして……宇崎に篭絡されてしまったという看護婦は、中学生の息子を持つ、母子家庭の母親だという。
    我が家とよく似ているな、と。ずっと裕樹は思っていた(だからこそ、そのふしだらな母親に強い嫌悪と怒りを感じ、その子供に深い同情を感じていたのだ)。
    だが。今日、新たに知らされた事実。
    自分たち母子と、奇妙なまでに符合する境遇の、その母子の。母親の職業は看護婦で。
    勤め先は、裕樹の母・佐知子と同じ病院なのだという。
    さすがに。これで“本当に、すごい偶然だ”などと、スンナリ腑に落とせるほどは、裕樹もおめでたくはなかったが。
    (……でも。でも、違う。そんなはずはない)頑なに、それだけは認めまいとする裕樹は、
    「……う、宇崎くん、特別な病室にいるって言ってたけど」
    必死に、足場を探して、問いかけた。
    「そこで、ずっと一緒にいるってことは、その母親が宇崎くんの担当なんだよね?」
    「ああ、そうだけど? ま、なにしろ、VIP扱いだから、専属の…」
    (ほらっ)と、裕樹は力を得る。高本が語る裏の事情など、どうでもよかった。
    家で、宇崎達也の入院のことを話題にした時に(たった一度、それもひどく短いやりとりだったが)母は自分が達也の担当になったなどとは、言っていなかった。
    (やっぱり、ちがう。ママじゃない)裕樹は、安堵の息をつく。……かなり意識的に。
    (どうかしてるな、僕。そんなの当たり前なのに。ママに限って……)
    中学生なんかと、それも、よりによって宇崎達也なんかと。
    しかも、ナースとしての勤務中に、病室でいやらしいことを。
    どうしたって、その“見知らぬ、ふしだらな母親”の呆れ果てた行状は、母・佐知子の肖像に重なりはしない。
    ほんの僅かにでも不安な気持ちを抱いてしまった自分を裕樹は笑おうとする…のだったが。
    どこか、必死だった。懸命に、自分に言い聞かせているような。
    「…………?」
    高本は、再び押し黙って自分の世界に入りこんだ裕樹を眺めて、眉を寄せた。
    ギリギリ、核心に近い部分まで事実をブチまけて。しかし、期待していたような劇的な反応を得られないことが不満であり不可解だった。
    どういうこと? と目顔で市村に問いかける。
    「……………」市村は、壁から背を離して、ユラリと歩を詰めた。
    裕樹に向けた眼に、微かな侮蔑の色が浮かぶ。冷徹な観察で、かなり正確に裕樹の内心の動きを洞察して。
    「……越野」
    「な、なにっ?」静かな冷ややかな声で呼ばれて、裕樹はギクッと反応した。
    今度は、なにを言われるのか? という警戒の感情を露わに、身構える。
    「その女の息子は、どうして母親の異変に気づかないんだと思う?」
    しかし、まったく感情をうかがわせない声で、市村が訊いたのは、そんな問いかけだった。
    「えっ? ど、どうしてって…」
    「確かに、帰りが遅くなったりはしてない。いまのところはな。けど、他のことで、変化を見せてないわけないんだよ」
    「……変…化…?」
    「言ったけど。女は、もう達也にメロメロにされてるわけだよ。完全に色ボケ状態。もう、達也にコマされる前とは、別人だよ」
    「……………」
    「化粧はケバくなってる。眼は、いつもトロンと蕩けてるし、全身から、発情した年増のドギついフェロモン、出しまくりだ」
    「お肌もテカテカしてたよねえ。毎日、宇崎クンの若いエキス、たっぷりブッカケられてっから」
    高本の合いの手に、市村は、ひとつ肯いて、
    「女は、どんどん達也にノメりこんでんだ。家に帰ってからも、息子がそばにいる時でもいつも達也のことばかり考えてるって。女が自分で、そう言ってたってさ」
    「……………」
    「そんな、マトモじゃない母親の態度にも、息子は変だって感じないのか?それとも、変調は感じてても、そこから母親を疑おうとはしないのか。なんでだ?」
    「そ、そんなこと……僕に、訊かれたって……」
    「信じてるから?疑うなんて、ありえないのか?この先も、なにがあっても、“そんなはずはない”“ママを信じてる”って繰り返して。自分からは、なにも知ろうともせずに過ごしてくつもりなのかねえ?」
    「知らないよっ、そんなこと!どうして、僕に訊くのさ!?」
    ヒステリックに、裕樹が叫んで、
    「………わからない?」冷笑を浮べて、市村が訊きかえした。
    「わかんないよっ! わかるわけないだろ!?」
    追いつめられた風情で、必死に否定を繰り返す裕樹。
    「僕には……関係のない話じゃないかっ」
    「関係ないんだ? ふーん……」
    あからさまな蔑みの色で、裕樹を絶句させて。市村は、少しだけ口調を変える。
    「まあ、“そいつ”が、あんまり気の毒に思えてきたのと。ちいと呆れる気持ちもあってな。なんなら、俺たちから、事実を教えてやろうかと考えたわけだけど」
    「………………」
    「それも、“そいつ”に、少しでも現実を見ようって気がなけりゃ、無駄だな」
    そう言い捨てて、高本へとふり向いた。
    お、と。高本が勢いよく立ち上がる。
    去りしなに、市村は、もう一度ふりかえって、
    「もし“そいつ”が、もう少しハラをくくってきたら。もっと決定的な話を聞かせてやるんだけど」
    「ああ、あの、取っておきの大ネタね」高本も同調して。意味深な視線を裕樹へと向けた。
    「…………えっ…?」呆然と佇んでいた裕樹が、間の抜けた声で聞き帰したが。
    ふたりの不良は、すでに背を向けて歩き出していた。
    「…………………」ひとり、残されて。裕樹の胸に、解放された安堵はわかない。
    逆に、後悔のような気持ちを感じていた。
    もっと……詳しく話を聞くべきだったのではないか、と。
    裕樹は、強くかぶりをふって、その心情を払った。
    「……そんなはず、ないじゃないか……ママが……そんな……」
    結局。市村に揶揄されたままの言葉を呟いていた……。

    食卓に並ぶのは、出来合いの惣菜ばかりだった。
    不味くはないが、美味くもない。“温かみ”というものが欠けている。
    ……最近は、ずっとこんな感じだな、と。
    ノロノロと箸を動かしながら、裕樹はひとりごちた。
    看護婦というハードな仕事、それも重責を担った役職をこなしながらも。
    それを理由に家事をないがしろにすることを嫌っていた母であるのに。
    最近になって、その主義を変えてしまったようである。
    文句を言いたいわけではない(それは、母の手作りの心づくしの料理は恋しくはあるけれども)。母が仕事で疲れて夕食に手をかける余力がないというなら仕方がないことだと思う。
    ただ。これも、ひとつの“変化”には違いなかった。
    「………………」裕樹は眼を上げて、向かいあって座った母を見やった。
    佐知子は黙々と食事をとっている。眼は合わない。
    裕樹が押し黙っているから、ふたりきりの食卓は静かだった。
    もともと、この場での会話は、裕樹のほうから仕向けることがほとんどだったが。
    それでも、こんなふうに裕樹が沈黙していると、“どうかしたの?”と
    気づかってきたはずだ。以前の佐知子であれば。
    ならば……これもまた“変化”のひとつということか。
    ……ああ、どうして、こんなことばかり考えなければならないのだろう。
    母とふたりだけの夕食の席、大事な時間に。満ち足りた幸福ではなく、重苦しい不安を感じて、ビクビクと母のようすをうかがうようなことをしなければならないのだろうか。
    ……どうして、ママは。
    不安と焦燥に苛まれる自分の状態に、気づいてくれないのだろうか?
    一向に食がすすんでいないのを、心配してくれないのだろうか?
    「……あの、さ」鬱々たる沈思に堪えかねて、裕樹は口を開いた。
    佐知子が箸を止めて、裕樹を見た。その肩のあたりの表情には、やはり疲れが滲んでいる。重い疲労というよりは、倦怠の気ぶり。
    気だるく、どこかしどけないような風情が。
    それもまた、最近になって佐知子が身にまとうようになった雰囲気だ。
    そんな母は、やっぱり綺麗で。そして、艶っぽくて。
    裕樹の脳裏には、市村らから聞かされた、いくつもの言葉が蘇る。
    「……なに?」言葉を途切れさせた裕樹に、佐知子が訝しげな顔をする。
    「……宇崎…達也がさ」迷いながら、裕樹は、その名を口にした。
    その瞬間の、佐知子の反応をうかがってしまう自分を、嫌だと思いながら。
    ほんの僅かに、眉を寄せる。それが佐知子が見せた反応だった。
    「…ママの病院に、入院したっていってたけど…」
    「…ええ」小さくうなずく。……なにか、警戒しているように見えた。
    「宇崎の……担当のナースって……ママなの?」
    「……そうよ」一瞬だけ間をあけて。佐知子は肯定をかえした。
    それがどうかした? と言いたげな表情は、少し作為的であるように感じられた。
    「どうして、教えてくれなかったの?」
    「どうしてって…」難詰の口調になる裕樹に、佐知子は当惑を浮べて。
    「……裕樹、あまり、いい印象を持ってないみたいだったし」
    それを慮ったのだという釈明には、それなりの理はあったけれど。
    どこか……言いわけじみた響きを、裕樹が聞いてしまうのは、胸に巣食った疑いのせいだろうか。それだけだったろうか?
    「……そのこと、誰に聞いたの?」佐知子が尋ねた。
    「…………あ、えっ?」間の抜けた声をかえして。
    裕樹は、ショックに茫然としかけていた自分に気づいた。
    母が、宇崎達也の担当だったという事実には、やはり大きなダメージを受けて。
    しかし、恐慌というような状態には陥っていない。
    その事実だけで、市村らから聞かされた話に、母をそのまま当てはめることは、裕樹には不可能だったから。
    「あ、市村に…」
    「そう…」やはり、そうかという顔でうなずいて。
    しかし佐知子は、なおも探るような眼を裕樹に向けてきた。
    「……なに…?」
    「…いえ……別に…」佐知子は、視線を外して、
    「……でも。達也くんも、もうじき退院だわ」なにげない調子で、そう付け足して。
    その自分の言葉に、なにか複雑な思いを喚起されたように、物思いの中へ沈んでいく気配を見せた。
    「…………………」裕樹もまた、無言で佐知子の言葉を噛み締めていた。
    (…………“達也くん”か……)
    ……気にするほどのことでは、ないだろう。ずっと世話をしていれば、それくらいの慣れ親しみかたは、普通だろう。
    そう自分に言い聞かせながら。今度は裕樹が、探る眼を佐知子へと向ける。
    その眼色に佐知子が気づけば。先ほどの裕樹のように視線の意味を問いかえしでもすれば。
    それを切欠として、裕樹も、もっと踏みこんだことを訊けたかもしれないが。
    佐知子は、自分の世界に入りこんで、ボンヤリとした表情で機械的に箸を動かしていて。心ここにあらず、といったその風情が、裕樹に言葉を失わせるのだった。
    ……やがて、チグハグな空気のまま、夕食は終わる。
    「もういいの?」半分以上も食べ残した裕樹に、佐知子が訊いたが。
    うん、と裕樹がうなずけば、それ以上はなにも言わずに下げてしまった。
    これまた、以前なら、こんな簡単に済ませはしなかった、という場面だったが。
    そんな、母の“変化”を数えることにも疲れてしまった。
    断絶したまま、その心を探ろうとすることも。
    市村からもたらされた情報と母への信頼を秤にかけて、疑心と信頼に引き裂かれた状態で居続けることも。もう、裕樹には耐えられなかった。
    「……ママ…」
    流しに立って、洗いものをはじめた佐知子の背中に、裕樹は呼びかけた。
    煩悶の末に、裕樹が選択したのは。
    「今夜、ママの部屋にいってもいい?」…結局、追及することではなくすがることだった。
    いつものように、母と身体を重ねれば。その柔かな胸に抱いてもらえれば。
    なにも変わっていないことを確認して、安堵できるはずだと。
    祈るような気持ちで、裕樹は求めて。
    だからこそ、いまこの場で、母に受諾してほしかった。
    先日のような、裕樹の強引さに押し切られたというかたちではなしに、受け容れてほしかったのだ。
    だが。「ダメよ」振り向いた佐知子の口から出たのは、その言葉だった。
    即答である。にべもなく、と形容していいほどの。
    「ど、どうしてっ?」
    裕樹が悲鳴のような声で訊いたのも、拒絶されたことに加えて、そのあまりに素早い決断がショックだったからだ。
    「…………」佐知子が、濡れた手を拭きながら、向き直る。
    真剣な面持ちで、裕樹を見やって。
    「……あのね、裕樹」
    言いかけて。しかし、いまにも泣き出しそうな裕樹の表情に、意を挫かれたように言いよどんで。
    「……ママ、今日も疲れてるから」結局、眼を逸らしながら言ったのはそんなことだった。
    いかにも、お茶を濁したといったふうで、本当に言いたかったのは、
    そんなことではあるまいと思わせたが。
    「……今日も、お風呂、先させてもらうから」
    そう告げて。佐知子は、そそくさとキッチンを出ていった。逃げるように。
    「………………」ひとり残された裕樹は。
    希望に縋らせてもらえなかった裕樹は、呆然と座りこんでいた。
    なにを、どう考えればいいのか、わからなくなっている。
    母の態度や言葉のひとつひとつを、どう受け止めればいいのか。
    混乱を鎮めたいのか、それとも、このまま混沌の中にいたいのか。
    ……真実を知りたいのか、知らずにいたいのか、さえ。
    わからず、決められずに。呆然と、裕樹は座りこんでいた……。
    −23−
    ……裕樹が、その場所に辿り着いた時、連中は誰かと電話中だった。
    放課後の校舎裏。
    市村の手にした携帯電話に、高本も耳を寄せるようにして、愉しげに会話に興じていたのだが。市村は、現れた裕樹を目敏く見つけて
    「……ああ、ようやく来たよ……うん、そう…」
    通話の相手にも、それを知らせているらしかった。
    電話の向こうにいるのが誰であるのかは……裕樹は考えまいとした。
    「…ああ、わかった。ま、あまり無茶はしないように……うん、じゃ」
    会話を終わらせて電話をしまいながら、市村は改めて裕樹に向いた。
    「よお。やっと来たな」
    「待ちくたびれたぜ」
    そう言って、短くなった煙草を捨てた高本の足元には、すでにかなりの数の吸い殻が散らばっていた。そろって教室から姿を消していた午後は、ずっとこの場所にいたらしい。
    しかし、待ち合わせていたわけではないのだ。今日は、裕樹は一度もふたりと言葉を交わしていない。近づきもしていなかった。
    それでも授業が終わると、裕樹はすぐに、ここへと向かった。
    そして、こちらも裕樹の来訪を予期していたらしい市村らと昨日と同じ状況で会することになったわけだが。
    「……で、こうして、やって来たってことは、だ」
    硬くこわばった表情で突っ立っている裕樹に、市村が確認する。
    「ハラくくって、もっと詳しい話を聞こうって気になったわけだ?」
    「……違うよ」だが裕樹は、低いがハッキリとした声で、それを否定したのだった。
    「は?」
    「もう、そんなデタラメを聞く気なんかないよっ」断固たる口調で、言い放つ。
    “母を全面的に信じる”−それが、一晩の煩悶の末に、裕樹が選び取った結論だった。
    宇崎達也の担当になったことを黙っていたのは達也に対する自分の感情に配慮したからで。
    心優しく、ナースとしての仕事に誇りを持つ母だから、担当患者となった達也とも、それなりに(名前で呼ぶくらいには)打ち解けてもいるが、それだけのことで。
    最近やけに疲れているのは、本来の仕事の他に達也の世話まで受け持たされたからで。
    昨夜、自分の求めを拒んだのも、その疲労のせいである、と。
    佐知子からの説明は、すべて、そのままに信じて。それに希望的推測を加味して。
    ……そこからハミ出す不都合な徴候には、すべて目をつぶって。
    そういうことなのだと断じてしまえば、なにも問題など生じていないことになる。
    「デタラメ?」
    「そうだよっ」だから裕樹は、必死な勢いで否定を叫んだ。
    「みんな嘘だ、作り話だよ。そんな話を僕に聞かせて、いったいなにがしたいのさ?」
    それを言うために、裕樹はやって来たのだった。
    自分は、そんな話を事実だとは認めないと表明するために。そして、
    「どうせ、僕をからかって、遊んでただけなんだろ?そうなんでしょ?」
    そう問い質す口調は、糾弾というよりは懇願に近くなっていた。
    “どうか、そうだと言ってくれ”と。
    「……越野、おまえ」高本が、呆れたように口を開いた。
    「そりゃ、往生際が悪いっつーかさあ」ねえ?と傍らの市村に同意を求める。
    「………………」市村は、裕樹と睨み合いながら、何事か考えていたが、
    「…………それも、面白いか」ボソリと呟いて、奸悪な笑みを口の端に刻むと、
    「そうだよ。全部、作り話だよ」裕樹に向かって、そう言った。
    「はああぁ?なに言ってんのよ、市やん」素っ頓狂な声を上げたのは、高本だが。
    「……え?」呆気にとられたのは、裕樹も同じだった。
    これまでの話はすべてデタラメだと決めつけて、そうだと認めるよう市村らに迫っておきながら。まさか、望む答えがかえってくるとは思っていなかったのだった。
    「ちょっと、ねえ、どういうことよ、市やん」
    「バレちゃったもんは、しょうがないよ、高本」
    いきり立つ高本を宥めながら、目顔で合図する市村。
    「やっぱ、無理があったんだよ。息子の同級生に口説かれちゃう母親、なんてさ」
    「あ?ああ…そうなん…?」
    ああ、またなにか思いついたってことか、と理解して。それなら、任せるしかないと口を噤む高本。
    「悪かったな、越野」市村は、まだ要領を得ない顔で立ちつくす裕樹に、苦笑してみせて、
    「達也の見舞いにいった時にさ。いつもの調子でエロ話が始まったんだけど。担当の看護婦ってのが、やたら綺麗だったんで、ついネタにしちゃったんだ」
    「そ、そうなの?」半信半疑といったようすで、聞き返す裕樹。
    その、ネタにされた綺麗な看護婦とは、裕樹の母・佐知子である。
    「まあ、達也は病院暮らしで退屈してたし。その看護婦が、俺たち好みの色っぽい熟女だったせいもあって、妄想が突っ走っちまったんだよな」
    「だからって、あんな…」
    仲間うちの与太話にしても、あまりに下劣な妄想だ、と言いたかった。
    しかも、いまは言葉を濁しているが、佐知子が裕樹の母親であることも最初から気づいていたということである。そうと知っていて、好き勝手に卑猥な妄想を膨らませて。あまつさえ、さも事実であるかのように、裕樹に聞かせていたのだ。
    悪フザケにしても、度がすぎている、と。
    裕樹とすれば、もっと激しく怒ってもいい場合であるはずだった。
    ……突然の市村の白状を、そのまま受け入れるならば、だが。
    やはり、どうにも唐突で、不自然だった。
    市村の隣で、ムズかしい顔で黙りこむ高本を見れば、さらに疑いの気持ちが強くなった。
    “本当なの?”と確認したかったが、それもまた妙な気がする。
    “本当に嘘だったの?”と訊くのは。
    だから、裕樹は、
    「…やっぱり、度を超してたと思う。あんなふうに、もっともらしく話したりとか…」
    まったく迫力に欠けた声で、それでも遺憾の意を表したのだったが。
    「まあ、いいじゃん」市村には、それ以上の謝罪を表するつもりはないようだった。
    「い、いいじゃん、って」
    「フィクションだったって言ってんだからさ。それで、越野も安心したんだろ?」
    しれっと言い放って。冷ややかな眼で、裕樹を見下す。
    「………………」確かに“作り話だと言ってくれ”と、裕樹は懇願して。
    市村は、裕樹が求めた通りの答えをくれたわけだが。
    しかし、安心する感情など、微塵も裕樹の胸にはわいていなかった。
    ただ不安な眼を市村に向ける。真偽を、真意をはかるように。
    「まあ、すぐにもバレると思ってたんだよな。いくらなんでも、そこまでイカれた母親なんか、いるわけないじゃん?」
    嘲笑。話の荒唐無稽を笑う…ようには見えなかった。
    「たとえば。たとえばだぜ? 越野のママさんが、実際に達也にモーションかけられたとしてさ。いくら、ツラがよくて口が上手いからって、息子の同級生に本気でノボせるなんて…ありうる?」
    「あ、あるわけないだろうっ!?」
    「そうだよなあ? ありえないよな」
    「そ、そんなふうに、ママのことを…」
    「だから。これはフィクションなんだって。実在の人物とは一切関係ございません、ってやつ。無責任な妄想だよ」
    「まあ、いいよな、それくらい」
    と、話に加わってきたのは、ようやく市村の企図を悟った高本である。
    「オレたち、ヤリたい盛りの中坊だもん。いい女がいりゃあ、エロ・ファンタジーのひとつも妄想するって。構わねえよなあ、それくらい?」
    構わない…わけがない。裕樹にすれば。
    こんな連中に、卑猥な妄想を抱かれるだけでも、愛する母が穢された気持ちになる。
    しかし、止めてくれと頼んで、止めてくれる奴等でもないとわかっているから。
    「もう、いいよ」
    裕樹に出来ることは、それ以上、そんな下劣な妄想を聞かないようにすることだった。
    しかし、踵をかえそうとした動きは、高本の腕に封じられる。
    「まあまあ、そう言わんと」
    「放してよっ」
    「ここからが面白くなるんだから、お客さん」
    「いいよ、聞きたくないから」必死にふり解こうとしても、腕力では敵うはずもない。
    「せっかくだから、もう少し、つきあえよ」愉しげに、市村が言う。
    「純然たるフィクションとして、楽しんでくれりゃいいんだよ」
    「いやだってばっ」……その“純然たるフィクション”という前提に、怪しさが残るから。
    一抹の不安を拭いさることが出来ないから、裕樹は懸命に逃げ出そうとするのだが。
    すでに、罠はガッチリと食いこんでいて。裕樹の抗いは虚しく。
    「たとえば。こういう裏設定を考えたんだけど」
    高本の太い腕に拘束された裕樹に顔を寄せて、市村は囁きかける。
    「その母親は、達也の女になるまでは、息子と近親相姦してた…てのは、どうよ?」
    「…………っ!?」……もし達也がこの場にいれば。
    “やっぱり、親子だな”と笑ったことだろう。
    その瞬間に裕樹が示した反応は、佐知子のそれにそっくりだったから。
    激しい抗いの身もがきを止めて、愕然と見開いた眼で市村を見つめた。
    「お、ウケてるよ、市やん」
    「だろ? なかなか秀逸な展開だと思うぜ、これは」
    小柄な裕樹を左右から挟みこんで、蒼白になった顔を覗きこむようにして、二悪は会心の笑みを交わす。
    「まさか、このママさんが、っていう意外性がキモだな」
    「だよねえ。オレもブッタまげたもんなあ」
    …故意ではなく。いまいち、市村が急遽デッチあげた、この多重構造がオツムに沁みこんでいないだけなのだが、
    「でも、越野……じゃなくて、その息子のことは、チョイと見直したよ、オレ。そんな大胆なマネが出来るヤツだとは思ってなかったから」
    高本は、無頓着な物言いで、どんどんと虚実の境を曖昧にしてしまう。
    「な、なにを言うんだよっ!?」
    茫然自失に陥っていた裕樹が、ようやく悲鳴のような叫びを上げる。
    「そんなこと、あるわけないだろっ!?」
    「だ、か、ら。これはフィクションなんだからさ。妄想に、ありえるも、ありえないも、ないだろ?」
    「そうだよう。お話と現実をゴッチャにしちゃあ、イカンよ。越野クン」
    「なっ……そん……」
    裕樹は言葉を失う。どんな反応を見せればいいのか、わからなくなってしまう。
    (……なんなんだよ、これ?……)
    「それで? 市やん。そのエロ・ストーリーは、どう展開してくわけ?」
    混乱と恐怖に固まる裕樹を横目に見ながら、高本が促す。
    「…いまは、達也の悪仲間が、なにも知らない女の息子に事実を暴露する、ってとこまで進んでんだけど」
    「悪仲間って……ま、いいや。それで?」
    「その息子がさ、どうしても信じようとしない。“ママがそんなことするわけない”とか言っちゃって」
    「ああ、なるほどねえ」
    「それじゃあってんで、ぶつけたのが、実はそいつら母子が近親相姦の関係だったって、大ネタなんだが」
    「ふーん……………ゴメン、オレ、なんかこんがらがってきちゃったよ」
    頭痛をこらえるように、こめかみに指をあてる高本。
    「ムズかしく考える必要はないさ。全部、作り話の中のことなんだから」
    そう高本に答えながら。市村は、高本よりはるかに深い昏迷を浮べている裕樹の眼を見据えて、
    「“そいつ”は仰天する。なんで、自分たち母子の秘密を知られてるのかって」
    “お話”を続けるのだが。それは、そのまま、いまの裕樹の心を読むことになっていた。
    「でも、そんなの決まってるよな。達也が聞き出したんだ。母親から」
    「………っ!?」
    「そんな馬鹿なって、“そいつ”は思うんだけど」
    クスリ、と市村は笑う。その双眸に輝く邪悪な熱は高本でさえゾッと寒気を感じるほどで。
    「母親は、もう完全に達也に手なずけられてるから。達也に対して、秘密なんて持てないんだよな。たとえ、自分の息子に関わることだろうと」
    「……う、嘘だ…」裕樹が洩らす、か弱い声に、市村は肯いてみせて、
    「嘘だよ。まったくの作り話。そう言ってんじゃん」
    「………………」
    (……市やん、怖すぎ……)つくづく……敵にはしたくないヤツだなあ、と。
    いまは、一歩ひくようにして、市村がジワジワと裕樹を追いつめるさまを眺めながら、高本は胸中に呟いた。
    ましてや、達也と市村のタッグなんて……イヤすぎる。
    子分だろうと舎弟だろうと、自分は味方でよかったなあ、と。しみじみ、そう思った。
    「その母親はさ」愉しげに、うたうように、市村は続ける。
    「達也に、泣いて詫びたんだと。息子との関係を隠してたことを」
    これは意識的に。“フィクションだ”という建前から外れた言い方をする。
    「もう二度と、息子とはしないって、涙ながらに誓ったんだとさ」
    「……っ!?」
    「だから、捨てないでくれ、ってさ。要するに、息子より達也を選んだってことだな」
    「……………」もう声も出せずに、ただ小刻みに震えるだけの裕樹を見て。
    高本は、ちょっとだけ哀れを催した。いまの市やんとサシで向かい合うのは、あまりにも辛かろうと思いやって、口を挟んだのだが、
    「まあ、どうせファックするなら、キモチいいほうを択ぶよなあ。佐知…じゃなくて、そのママさんも」
    それで出てきたのが、この科白だから、人の習い性というのも恐ろしい。
    素で間違いかけてるし。
    「そういうこったな。いい年こいて、これまでは、ろくにセックスの良さも知らなかったらしいし」
    「それで、宇崎クンの強烈なのくらったら、そりゃあ、離れられんわなあ」
    「実際、もう、どっぷりハマってるしな。達也のデカマラ、ハメてもらうことしか考えられなくなってるみたいよ」
    「はあ、年増女にサカリがつくと、怖いね」ひとしきり、好き勝手なことをほざいて。
    その後に、市村は、血の気をなくした裕樹の顔を覗きこんで、
    「……という、“お話”。どうだった、越野?」
    「…………………」無論、答えようもない裕樹に代わって、高本が、
    「続きが気になるねえ。どうなんの、これから?」
    「そうだな…」市村は、顎を撫でて、
    「…衝撃の事実ってのを突きつけられた、その息子はフラフラになって家に帰るわけだが」
    「……おい、越野。おまえ、マジでフラついてっぞ。大丈夫か?」
    「………………」
    わざとらしく気をつかう高本には見向きもせずに。裕樹は、市村を見つめている。
    瞬きもしないで凝視するのを、平然と見返して、市村は続けた。
    「当然、母親にあれこれ問い質したい気持ちはある。だけど同時に、母親の顔を見るのが怖いって気持ちもある」
    「………………」また、正確に裕樹の心情を読んで。さらには、
    「でも……悩む必要はないんだよな。取り合えず、今日のところは」
    裕樹の未来までも、市村は読み上げる。
    「母親は、今日は帰ってこないんだから」
    「…………ぇ……?」
    「ああ、そうだった」小さく、裕樹が洩らして。高本は、納得顔でうなずいた。
    「達也が、今日、退院するから」市村が、理由を教えた。
    「予定は、二、三日さきだったんだけど、お得意の気まぐれで、な」
    「ひでえよなあ、宇崎クン。せっかく、オレらが退院祝いしてあげるって言ってんのに。今日は来るな、だもん」
    「まあ、そういうヤツだから。……越野は知ってるかな? さすがブルジョアっつーか、達也って、勉強部屋の名目で、マンションにひとり暮らししてんだ。中学生の分際で」
    当然ながら、その部屋は、三悪のアジトになっているわけだが。
    「今夜は、その女を招いて、タップリ可愛がってやるんだと。色惚けママも、大喜びで、招待に応じたってよ」
    「あー、ハネムーン気分? なんつーか、もう、アチャチャチャって感じですな」
    「達也は帰す気ないし、女のほうだって、望むところってなもんだろし。今夜は、お泊り確定だよ」
    「息子は、ほっぱらかし?ヒデえなあ」
    「電話くらいは掛かってくるだろ。仕事の都合で今夜は帰れなくなったとかなんとか。だから息子もさ、どんな顔で母親に会うかなんてことより晩メシの心配でもしたほうがいい」
    「寂しいやね、ひとりは。寿司でも取ってくれるなら、オレ、行ってやってもいいけど?」
    「なんで、越野に訊くのよ?」
    「そうでした。フィクション、フィクション」
    ケタケタと高本が笑って。ようやく、終わりという雰囲気になった。
    「じゃな、越野。まあ、その、なんだよ。強くイキロよ」
    高本が、心のこもらぬ励ましを言って、ポンポンと肩を叩いていった。
    「続きは、また近いうちに」市村が、そう言い残して。
    放心状態の裕樹を置いて、二人組は、とっとと立ち去ってしまった。
    ボーッとそれを見送って、
    「……ウッ…」不意に裕樹は、身を折るようにして屈みこむ。
    「……ウエ……エェッ…」丸めた背を何度も痙攣させて、胃の中身を地面にブチまけた。
    静かな場所に、しばし弱々しいえずきの音だけが響いた。
    ……そして、夜。
    裕樹は、ひとりの家で、母からの電話を受けた。
    『あ、裕樹? ゴメンナサイ、連絡が遅れて。夜勤に急な欠員ができてね、ママ、今日は帰れなくなったから。夕ご飯は、なにか取ってくれる?』
    ひどく遠く感じる受話器からの声に、
    「……そうなんだ」平坦な声で、裕樹は答えた。
    −24−
    “そうなんだ”と答えた、抑揚のない裕樹の声を、当たり前の了解と受け取って、佐知子は電話を切った。
    「…大丈夫なの?」
    久しぶりに帰った我が家の広いリヴィングで、ソファに寛いでいる達也が訊いた。
    本気で気にかけるわけもなく、おざなりな口調だったが。
    「ええ。慣れてるから」通勤着にエプロン姿で、佐知子は簡単に請け負って。
    それで、もう裕樹のことは意識から追い払ってしまった。
    「待ってね。もうすぐ、出来るから」
    そう言い置いて、いそいそとキッチンへと戻っていく。
    広く、機能的な設計のキッチンでは、火にかかった鍋から、美味しそうな匂いが漂っていた。中断していた作業に戻った佐知子は、キビキビと動きまわって達也のために夕食をしつらえていく。軽やかな身ごなしに、ウキウキとした心情があらわれていた。いまにも鼻歌のひとつも出そうな上機嫌ぶりである。
    特別な夜なのだった。佐知子にとっては。
    達也が、急遽決めた退院の日の、その夜を、ともに過ごそうと誘ってくれたことが泣きたいくらいに嬉しく、幸福だった。
    達也の退院と同時にふたりの関係も消滅するのではないか?という疑念は、常に佐知子の中にわだかまっていた。達也からの求愛を受け容れた当初は“若い達也のためには、そうほうがいい”などと悟りすましたことを口にして、一方で、“だから、今だけは”と、自分への言いわけにもしていた佐知子だったが。
    今では、そんなことは考えたくもなかった。
    もはや、達也なしでは生きていけない、とまで思いつめている佐知子である。
    だからこそ、退院という契機を迎えた今日の日に、達也から誘われたことに深い安堵と幸せを感じていたのだった。
    達也の住まう部屋へ招かれたことも、嬉しかった。
    勤務時間が終わると、すぐに病院を出て、教えられた住所へと急ぐ道中でも。
    途中で立ち寄ったスーパーで、真剣に食材を選んでいるときにも。
    佐知子は、喜びを噛み締めて。若い娘みたいに浮き立つ心を抑えることが出来なかった。
    「すごいな」やがて、テーブルに並んだ料理の数々を見て、達也が感嘆した。
    「すごい御馳走だ。料理、得意なんだね?」
    実際、短い時間で、これだけの食事を用意するのは、かなりの手際といえた。
    「…味も見ないで褒めたら、後悔するかもしれないわよ」照れ臭そうに、佐知子は言った。
    「達也くん、美味しいものを食べ慣れてるだろうし…」
    「そんなことないよ。だいたい、最近はずっと病院食だったじゃない」
    不安そうにする佐知子に請け負って、達也は用意していたワインを開けた。
    「まずは、乾杯しよう」
    そう言って、ふたつのグラスに注ぐ手つきも慣れたものを感じさせた。
    「…達也くんの、退院祝いね?」
    という言葉で、中学生と酒杯を交わすことへの、ほんの少しの後ろめたさを誤魔化して、佐知子はグラスを取った。
    「それだけでいいの? 僕らのこととかは?」
    意味深に微笑んで、そんなことを言われれば。こんな遣り取りには慣れていない佐知子は、微かに頬を染めて眼を伏せるしかない。
    「ま、いいか。それは二杯目にすれば」
    こちらは、いつもそんなことをほざいているのか、悠然と構える達也に促されて、グラスを差し出した。軽く触れ合ったグラスが、小さな音をたてる。
    やはり、達也の動きを真似るようにして、グラスを傾け、綺麗な赤色を喉に流しこんだ。
    高級な品なのだろうがそれを的確に味わうことが出来るほど佐知子は飲みつけてはいない。
    であれば、状況やムードが、そのままワインの味となって、
    「……美味しい…」
    達也の部屋で、達也とふたりきりの晩餐の席で飲む酒に、佐知子がそれ以外の感想を持つはずがなかった。
    こんな美味しいお酒ははじめて……と。
    「さて。それじゃ、いただこうか」
    半ばまで乾したグラスを置いて、達也がナイフとフォークを手に取った。
    メイン・ディッシュの肉料理を口に運ぶのを、佐知子が緊張した面持ちで見つめる。
    「うんっ、美味い」達也の言葉に、ホッと安堵の色を見せる。
    「美味しいよ。やっぱり、料理、上手なんだね」
    「気に入ってもらえて、よかった…」はにかんだ笑みを浮べて、自分も食べ始める。
    弾んだ雰囲気の中、夕食は進んでいった。
    これは少しのお世辞やべんちゃらの必要もなく、美味いウマイと連発する達也と、嬉しそうにそれを見る佐知子。
    まったく、睦まじい恋人同士といった光景を演じていることを自覚すれば“こんなに幸せでいいのだろうか……?”という感慨が酒精にほんのりと頬を染めた佐知子の胸にわきあがってくる。
    「でも…本当に、よかったの?」そんな畏れにも似た思いが、そう問わせた。
    「今日くらいは、御両親のところへ帰ったほうがよかったんじゃ…」
    「ああ、全然」かまわない、と。本当にどうでもよさそうに達也は言った。
    「そんな、まともな家庭じゃないからね、うちは」
    恬淡として、そんなことを言ってのける達也を、佐知子は複雑な思いで眺めた。
    確かに、まだ中学生の子供を、こんな環境でひとり暮らしさせていることひとつをとっても、世間並の常識にはかからないことである。
    今日の達也の退院に際しても、病院に来たのは、例のごとく父親の秘書だった。
    達也の親は、息子の入院中、ついぞ顔を見せなかったことになる。
    無論、自分が口出しすべき問題でないことは、佐知子とて承知しているし。
    いま、こんな時間を過ごせるのも、達也の特異な家庭環境のおかげと言えるわけだから。
    「お義理で家に顔出しするよか、こうして佐知子と過ごすほうが、ずっといい」
    結局は、達也から、そんな言葉を引き出したかっただけなのかもしれない。
    佐知子、と。もう当たり前に呼び捨てられることも、心地よかった。
    「僕のほうこそ、申し訳ないかな。裕樹くんの夕食を横取りしたみたいで」
    「いいのよ」簡単に、佐知子は答えた。
    「裕樹は、私の料理なんか食べ飽きてるから。たまには店屋物もいい、なんて、喜んでるんじゃないかしら」
    嘘や誤魔化しを言っているつもりはなかった(最近は、裕樹のためにこんな手のこんだ、心のこもった食事など作っていなかったという事実は棚上げしていたけれども)。佐知子としては、本気でそう言って、それで、その話の流れは打ち切りにしたいという気ぶりをのぞかせる。
    煩わしい、という思いがあった。
    達也と過ごす大事な時間に、家庭のことや裕樹のことを思い出したくはなかった。
    思いもかけず手に入れた“恋”という“非日常”に酔うのに“日常”に属することがらは、邪魔なだけだった。
    だから、裕樹のことも“切り離しておきたい”と考える佐知子は、まだ“切り捨てる”というほどの覚悟を定めてはいなかったが。
    「じゃあ、これから毎日、メシ作りにきてもらおうかな」
    軽い調子で達也が言うのに、
    「いいわよ」
    また、こんな時間を持つことが出来るという期待、達也の部屋へ通うことを習慣のようにしたいという願望に、飛びつくように応えを返してしまっては。
    佐知子の崩れぶり、これまで生きてきた“日常”との隔絶は、本人の自覚よりもずっと進んでいるようである。
    それでも、さすがに正直すぎる自分の反応に気恥ずかしさを感じたのか、
    「…でも、そうしたら、達也くんも、すぐに飽きてしまうかも」
    「料理に? それとも、佐知子に?」
    「……もうっ」
    赤面して、達也を睨みつけるようにして。そのくせ眼にはネットリと媚びの色を浮べる、そんな佐知子の反応を、達也は“相変わらず面白いな”と思いながら、
    「ハハ、冗談だよ。飽きるわけないじゃない」
    “……料理は、な”という言葉は、胸中で付け足した。
    「……すぐ、そうやってからかうんだから…」
    佐知子は、なおも年甲斐もない拗ね顔を作ってみせるが、
    「でも、佐知子の料理は本当に気にいったよ」
    達也は、それ以上のフォロウはせずに、尊大に言った。このあたりの対応は、どんどんぞんざいになっている。
    「通いの家政婦の作るメシは、どうも味気なくて」
    「……………」佐知子は目を伏せて、微妙な感情の揺れを隠した。
    本当に……家政婦なのだろうか?と疑う気持ちがある。
    清潔に保たれ、器具や調味料の類まで実に使いよいかたちで配置されたキッチンの雰囲気からは、ビジネスライクなものではない、もっと暖かで細やかな息づかいのようなものが感じられた。
    自分と同じように、達也のための食事を作ることに喜びを持ってそこに立ち働く、別の女の存在を感じとってしまったのだ。
    だが、それを達也に問い質すことは出来ない。
    そんな“女の勘”といった曖昧なものではなく、もっと明白な証拠を見つけたとしても……なにも言えないだろう。
    そんなことを言える立場でない、という自覚がある。
    達也にノメりこむばノメりこむほどに、佐知子は自分の年齢を負い目と感じる気持ちを強めていた。
    ハナから、対等の関係など、ありえるはずがないのだ。
    息子と同じ年の少年を、本気で愛してしまった自分は、精一杯、彼の意に沿うことだけを考え、嫌われぬよう厭かれぬよう努めるしかないと思っている。それが、当然のことだと。
    だから、胸に兆した僅かな嫉妬の感情も、気づかれるわけにはいかないと、懸命に佐知子は表情を殺した。
    達也が望んでくれるなら毎日でも通いつめて、食事やその他の世話もしてあげたいと思う。
    はるか年下の情人を繋ぎ止めるためなら、なんでもする気になっている自分をいじましく感じて。しかし、そんな、いじましい自分に泣きたいような切なさと愛しさを覚えてしまう佐知子には。
    この迷妄からの出口はなく。探す気もないようだった。
    ……ゆっくりと時間をかけた晩餐も、やがて終わって。
    キレイに平らげられた料理に、また幸福を噛み締めながら佐知子は片付けに取り掛かった。
    「いいよ。置いとけば、明日、家政婦がやるから」
    「ダメよ、そんなの」達也の勧めは断って、エプロンを着ける。
    家政婦にでも、そんなダラしない痕跡は見せたくないし。
    もし……それ以外の女だったら。絶対にそんな失態は晒せないと思った。
    女の対抗心を燃やして、流しに立った佐知子だったが。
    「あっ…」不意に背後から抱きしめられて、小さく声を上げて、身体をこわばらせた。
    「達也、くん…」両腕を佐知子の豊かな胸の下にまわして、達也は身体を合わせた。
    抱擁はあくまで柔らかく、しかし佐知子の背には、固い胸板の感触。
    達也の匂いと、体温。
    「僕、お風呂に入りたいんだけど」
    耳朶を噛むようにして囁かれると、それだけで佐知子の鼻からは甘い息が抜けて。
    クタリと、達也の胸に体重を預けていった。
    「一緒に、入らない?」
    「……………」身体に巻きついた達也の腕を、そっと掴んで。
    コクンと、佐知子はうなずいた。
    ……浴室も贅沢な造りで。
    痴戯を繰り広げる場所として充分な広さがあったが。
    しかし、すぐには淫猥な戯れがはじまるわけではなかったのだった。
    まずは、垢である。
    達也にとっては、久方ぶりの風呂だ。入院中も毎日佐知子に身体を拭かせてはいたし、“そんな汚いものは溜めこんでないよ”ってな顔をしていた達也であるけれども。
    やはり新陳代謝の活発な年齢でもあり、湯気に暖められた肌を擦れば、もう“出るわ出るわ”の状態だった。
    しかし達也は、ボロボロ出てくる垢にも恥ずかしがるでもなく、悠然たる態度で、佐知子の手に身を任せている。
    当然のこととして、達也の身体を洗い清めるのは、佐知子の役目だった。
    腰かけに座った達也の後ろに膝をついて、広い肩から背中をゴシゴシと擦りたてる。スポンジを持った両腕には力がこもり、額には浴室の熱気のせいではない汗が滲んでいる。擦りおろす動きのたびに、裸の胸乳がタプタプと揺れ弾んだ。
    佐知子もまた、いくらでも出てくる垢を、汚いと厭う気ぶりなど少しも見せなかった。
    一心不乱といったていで作業に勤しむ佐知子の顔には、達也の肉体を清め磨きたてることへの喜びが滲んでいた。
    同じように身体を洗うという行為であっても、数日前、自宅の浴室で裕樹にしてやった時とは、佐知子の気持ちのありようは、まるで違っていた。
    “世話をやく”のではなくて“仕える”。
    母性の充足ではなく、下僕としての奉仕の欲求を満たされることにこよない喜びを感じて。佐知子はさらに行為に熱をこめていく。
    背面を洗い終えれば、膝歩きで達也の前方へとまわりこむ。
    達也に向きを変えさせるのではなくて、白く豊艶な肉置を揺らしながら、自分の位置を移すことを、ごく当たり前に選ぶあたりは。やはり、下僕とも奴婢とも呼ぶべき心情に染まっていることの表れであったろう。
    大きく両脚を広げて座った達也の前に跪いて。
    これまでとは異なった状況で裸身を正対させることへの羞恥に頬を染めながら、達也の首筋から胸元へとスポンジを這わせていく。
    相変わらず“よきにはからえ”といった態勢の達也が、心地よさそうに眼を細めるのが、嬉しかった。
    佐知子もまた、逞しい達也の肉体の特徴を、惚れぼれとした眼で眺めながら、腕を腹を洗い清めていく。
    腰まで辿りつくと、スポンジを置いて、掌にソープをまぶした。
    ソロリと伸ばした指で、まず毛叢を梳るようにして。
    それから、その中心にブラ下がった肉棹をやんわりと握りしめた。
    「……そこは、毎日キレイにしてもらってたけどね。佐知子に」
    「……………」
    「でも、その分、佐知子の臭いが染みこんじゃったかな。唾とかマン汁の臭いが」
    「いやっ…」
    羞恥に新たな血を面に昇らせながら、佐知子は、達也を掴んだ手にわずかに力をこめた。そのまま、ユリユルとしごきたてれば、ふてぶてしいような量感と落ち着きを示す肉塊は、ジンワリと力感を増して、佐知子に熱い息をつかせる。
    もっと染みこませたい、と思った。もっと自分の臭いを染みつかせて、この素晴らしい牡肉を、自分だけのものにしてしまいたい……。
    “不釣合いな組み合わせ”という引け目も弁えも、この瞬間には消失して。
    佐知子の手の蠢きには、強い執着が露わになり。それを見つめる眼には牝の本能が燃え立った。
    このまま、這いつくばって。むしゃぶりつきたいという衝動を堪えた。
    ……ようやく、手を引き剥がして。佐知子は本来の作業に戻った。
    腿から膝、さらに足先へと丹念に垢をこそげていく。
    「……大丈夫?」
    今日、包帯を外したばかりの左足に慎重に触れながら、気遣わしげに訊いた。
    「全然平気」
    こともなげに言って、達也は爪先を浮かせて、足首を回してみせた。
    もともと残りの数日は大事をとるための期間で、一応は完治していればこそ、医師も退院を認めたのだったが。
    そんな性急さ乱暴さも、若さのゆえかと、眩しい思いで佐知子は見て。
    正座に揃えた両腿の上に、達也の左足を、そっと乗せて。足首から足の甲へと丁寧に清めた。足指の間には、指を通して汚れを落とした。
    「くすぐったいな」達也が言った。佐知子の献身ぶりに、相応な満足の色を浮べて。
    「なんだか、王様にでもなって、奴隷にかしずかれてるみたいだ」
    なにげない調子で口にした言葉は、佐知子の琴線にふれた。
    「奴隷よ」咄嗟に、そう答えて。己の言葉に、甘い痺れを背筋に走らせて。
    「佐知子は、達也くんの奴隷なの」
    陶然たる声で佐知子は告げて、潤んだ眼で、達也を、年若いご主人さまを見やった。
    「ふーん。じゃあ…」
    佐知子の陶酔ぶりには調子を合わせずに、あくまで軽く達也は言って。
    柔らかな太腿の上に乗せた足を立てて、つま先を上向かせて、
    「そこに、くちづけてみる? 奴隷らしく」
    「………………」
    ねっとりとした輝きを湛えた瞳で、佐知子は達也を見つめ、そして腿の上の足へと視線を落とした。
    両手を踵のあたりにあてがい、捧げ持つようにして、軽く浮かせる。
    背を丸め、細首を折るようにして、達也のつま先に顔を寄せた。
    ゆっくりとした動きではあったが、ためらいはなかった。
    黒い垢を浮かせ、ソープの泡を付着させた達也の足の、親指の付け根に、佐知子は唇を触れあわせた。
    ブルッ…と。窮屈に折りたたんだ裸身に、歓悦の震えが走った。
    「……あぁ…」やがて、恍惚の吐息とともに、佐知子は蕩けきった顔を上げる。
    腰や太腿には、まだ小刻みな痙攣が走って、まるで絶頂の直後のような様相。
    いや、確かに佐知子の魂は極みに達していたのだった。
    ここまで徐々に導かれてきた達也への隷属を、自ら言葉にし、行動で誓った、その刹那に。
    「よくできたね」簡潔な言葉で、達也は褒めた。
    「うれしいな。こんな、いい奴隷が手に入って」
    「……ああ…」至福の情感を煽られて、佐知子は胸をあえがせた。
    もっともっと尽くしたい、という思いがわく。まだ、奴隷としての務めは終わっていない。
    「……立ってください……主(あるじ)さま」
    スラリと。そんな科白が口から出た。口に出してみればとても正当な呼び方である気がした。
    「うん?」
    “主さま”ときたか……と。吹き出しそうになるのを堪えながら、達也は腰を上げた。
    上背のある達也の逞しい肢体を数瞬うっとりと見上げ、その股間にブラ下がったものへと熱い視線を送ったあとで。
    佐知子は、達也の硬い腿に恭しく手をかけて、そっと両脚を広げさせると、
    その間に、揃えた膝を滑りこませた。
    片手で、達也の肉根をふぐりごと持ち上げて。上体を折って、その下へと顔を差しこんだ。
    無理に首をねじって見上げた先に、達也の会陰部が露わになっている。
    腰かけに座った姿勢では清められなかった、その部分には、ひときわ濃密な臭気がこもっていたのだが。
    「……ハァ…」
    その饐えたような異臭を、佐知子は深く鼻孔に吸いこんで、また蕩けた声を洩らした。
    凝縮された達也の匂いを堪能してから、手にしたスポンジをあてがった。
    仁王立ちの達也の股下に潜りこんだかたちで、丁寧に、会陰から肛門まで清めていく。
    そのあと、もう一度達也を座らせて、髪を洗った。
    若々しい髪の質感を味わうように、丹念に指をくぐらせ、丁重に爪を立てて。
    そうして、まさに天辺からつま先まで磨き終えた達也の身体を、シャワーの湯で流していく。慎重に温度を調節した湯流を、まず頭頂から浴びせて、指で念入りにシャンプーの泡を掻き落とす。
    そのまま首から肩と下っていって、掌で撫でさするようにして、肌から石鹸と垢を流した。
    相変わらず、達也はデンと座ったままで。
    中腰になった佐知子が前後に立ちまわって、背を流し、胸や腹を流した。
    腰まで流し終われば、達也はスッと立ち上がり、佐知子は、ごく自然に跪いて。
    緩やかに扱きたてるように逸物を洗い、柔らかく揉みしだくように袋を洗った。
    愛おしむような手つきで尻を洗い、そのあわいに手を差しこんで清めた。
    ようやく足先まで辿り着き、交互に足裏を流して。
    フウと満足の息をついて、佐知子は顔を上げる。
    たちまち、その双眸は、うっとりと蕩けていった。
    名匠の手による彫像のごとき見事な牡の肉体が、そこに佇立していた。
    彫刻のような均整美を誇りながら、同時に若々しい生命力を漲らせた肉体。
    佐知子によって徹底的に磨かれた肌は、健康的な血色を巡らせて。
    湯に濡れた薄い皮膚の下に、しなやかな筋肉が浮き上がるのが艶かしい。
    濡れた髪を後ろになでつけているのが、いっそう達也を大人びて見せて。
    佐知子は、あらためて達也の眉目の秀麗さに眼を奪われ、逞しくセクシーな肉体に胸をときめかせて。そして、視線は、やはり達也の中心へと吸い寄せられる。
    うなだれたままでも充分にその魁偉さを主張する肉塊は、逞しい体躯と比してもふつりあいな大きさで。美しい均衡を壊しているともいえるのだが。
    しかしそれは、達也の、卓絶した牡としての力の象徴であるのだから。
    佐知子は、眼前にそびえる裸身の、それらすべての特徴に熱い崇拝の眼差しを注いで。
    再び、その足元へとひれ伏し、達也の足へとくちづけて、久遠の忠誠を誓いたいという衝動にかられたのだが。
    「サッパリしたな。ありがとね」
    達也は、そんな佐知子の気ぶりは無視して、さっさと湯船に向かってしまった。
    「あ……」
    思わず、惜しげな声を洩らして。腰を浮かせ、達也へと手を伸ばしかけた半端なポーズで固まる佐知子を尻目に、達也は湯の中へ身体を沈めた。
    フウと、心地よさげな息をついて、四肢を伸ばしてから、
    「身体、洗わないの?」所在なげに見ている佐知子へと向いて、そう言った。
    「それとも、今度は僕に洗ってほしい?」
    「い、いえ…」慌てたように眼を逸らして。
    佐知子は、手にしていたスポンジにボディ・ソープを注ぎ足すと、しゃがんだまま、体の向きを変えた。
    達也に背中と臀を向けて、しきりに気にするようすを見せながら手早く身体を洗っていく。
    「………?」なにをいまさら恥ずかしがるのか、と。達也は奇異に感じて。
    だからこそ、ジーッと見つめてやった。巨大な逆ハート型を描く佐知子の臀のあたりを。
    敏感にそれを察知して、佐知子は、ますます羞恥の色を強めて、
    「……あまり、見ないで…」わずかに振り向いて、小さい声で、そう言った。
    媚態ではなく、本気で恥ずかしがっていた。
    達也の平生な態度によって、“奴隷”の陶酔は破られてしまったから。
    達也に見られながら、身体を洗うという初めての行為が恥ずかしい。
    なによりも、今しがたまで惚れぼれと眺めていた達也の美しい肉体と、自分の身体を比べると、消え入りたいような思いにかられてしまう。
    たっぷりと肉をつけた中年の女の体。無駄なほどに肉を実らせた乳房や尻。
    見苦しい。若い男の精悍な肉体のように、美しくはない……。
    「……ふむ?」そんな、佐知子の屈折した心理を、達也は別に追及しようとも思わない。
    “年増ゴコロも、フクザツだな”と、テキトーに片付けて。
    達也は、レストに頭をもたれて、目を閉じた。
    達也が目をつぶったのを見てとると、佐知子は、いっそう手を早めた。
    “今のうちに”という急ぎぶりは、達也の身体を洗った時とはえらい違いだった。まあ、こちらは毎日長風呂につかって、念入りに磨いていた体だから、それでもいいのだろうが。
    猛烈な勢いで動いていた手が滞ったのは下腹から股間へと下りようとしたところでだった。
    「……………」
    勿論、そこを洗わないわけにはいかない。このあと、たっぷりと達也に可愛がってもらう場所なのだから。
    佐知子は、また背後をうかがって、達也が目を閉じたままなのを確認すると、そっと手を滑らせた。
    息をつめるようにして、秘裂に指先を差しこむ。熱を孕んだ肉弁は、軽く触れただけで解け開いて、タラリと蜜を零した。
    達也に奉仕することの喜びと、このあとの悦楽の時間への期待だけで、既にじっとりと潤んでいる己が肉体のあさましさに恥じ入りながらも、佐知子は指を動かす。
    「……フ……ん…」
    洩れかかる甘い声を堪える。急く心と入念にという気持ちが拮抗し、そのどちらの意識にも反して洗浄という行為から逸脱しようとする指を懸命に制御して…と、なかなかの難業になった。
    どうにか、達也を迎えるための場所を清め終えて。
    また達也のほうを気にしながら、臀肌を洗い、肢を洗って。
    シャワーで手早く泡と汚れを流して、軽い安堵の息をついた後に。
    …さて? と、佐知子は次の行動に迷って、達也を見やった。
    まどろんでいるかに見えた達也が目を開いて、しゃがみこんだまま身を竦めるようにしている佐知子を手招いた。
    「おいでよ。一緒に入ろう」
    「え、あ、でも……」
    そう言いながらも、佐知子は重たい臀を上げて、中腰でそろそろと近寄った。
    達也のように堂々と裸身を晒すことは出来ず、へっぴり腰で傍までは寄ったが。
    そこでまた、佐知子は逡巡する。
    掘り下げの浴槽は広かったが。いまは、寝そべった達也の長身が占有していた。
    さあ、と達也が差し伸べた手をとって、佐知子はおずおずと低い段差を跨いだ。
    達也の両脚の間に片足をついたとき、
    「キャッ…」
    繋いだ手を強く引かれて、体勢が崩れる。達也の上へ倒れかかるのを柔らかく抱きとめられ、体をまわされて。
    気がつけば、上体を起こした達也の胸に背を預け、腰の上に座りこむかたちになっていた。
    「乱暴よ、達也くん……」
    詰るように言ったのは、盛大に溢れ出した湯を気にしたせいでもあった。
    ……静かに入れば、あんなに溢れるはずはないのに。
    「フフ…」達也は、ただ笑って、佐知子の胴を両腕で抱き、さらに身体を密着させた。
    そうされると、佐知子も不機嫌を装いつづけることは出来ない。
    力を抜いて、達也へともたれかかりながら、
    「……重くない?」と、甘えるように、少しだけ不安そうに、訊いた。
    「お湯の中だからね。なんとか」
    「……意地悪」
    達也のからかいに口を尖らせて、体にまわされた腕を軽くつねった。
    甘ったるいやりとりは、先刻までの倒錯した雰囲気の反動だったろうか。
    バランスを取り戻そうとする無意識が働いていたのかもしれないが。
    しかし、佐知子が、奴隷を自称し、達也を“主さま”と呼んだことは、まぎれもない事実である。達也の足にくちづけして隷属を誓ったのも、その瞬間に佐知子が味わった至福の情感も。
    佐知子には、どうでもよくなっている。
    いずれ、この身も心も、達也に捧げたものだから。それが受け容れられるのであれば恋人だろうが奴隷だろうが……。
    いまはこうして、優しく抱きしめられていることの幸せにひたるだけ。
    心地よい湯の中で、達也と体を合わせて。逞しい腕を、硬い胸の感触を肌身に感じている。
    「……ずっと、こうしていたい」うっとりと眼を閉じて、佐知子は呟いた。
    「本当に? このままでいいの?」
    皮肉な口調で達也は問い質して。半ばまで湯に沈んで、ゆらめいている佐知子の豊乳を掴んだ。
    「……あ…」
    「もっとキモチいいこと、したくないの? 佐知子は」
    「……もう……意地悪ばかり…」薄く開いた眼で、恨むように達也を見て。
    佐知子は首をねじって、意地の悪い言葉を吐く達也の唇を塞いだ。
    達也は、軽く佐知子の口舌を嬲ってやりながら、やわやわと乳房を揉みしだいた。
    「……ぁあっ」
    堪えかねたように口吻を解いた時には、佐知子の息は昂ぶりに荒くなっていた。
    乳への愛撫だけでなく、臀裂にあたる達也の硬い肉の感触が佐知子の気をそぞろにさせる。
    「せっかくだから。ここで、もう少し愉しんでから、ベッドに行こうか」
    無論、佐知子に否やはなかった。
    “お楽しみ”の準備は、当然佐知子がするわけである。湯につかったままの達也の指図を受けて。
    洗い場にバス・マットを敷く。
    脱衣所の棚から、小型のポリ容器を持ち出してきた。
    容器の中身、ドロリとした透明の液体―原液のローションを洗面器に注ぐ。
    湯で薄めて、かき混ぜる。
    そこまで用意が整うと、達也は浴槽から出た。半ばまで頭をもたげた逸物を重たげに揺らしながら、マットの上に仰向けに寝そべった。
    「かけて。全身にね」
    佐知子は両手で持ち上げた洗面器を、達也の体の上でゆっくりと傾けて、ローションを垂らした。胸から腹へ、両脚へとかけた粘性の液体を達也に指示される通り、掌で伸ばして万遍なく塗りこんでいく。
    ヌメった触感を手肌に味わい、達也の肌がヌラヌラとした輝きを帯びていくのが、奇妙に艶めかしく目に映って、佐知子の胸をどよめかせた。
    コクン、と唾をのんで。固い腹筋を撫でていた手を、股間へと滑らせようとした時、
    「前は終わったかな」
    見透かしたようなタイミングで、達也は体を反転させてしまった。
    一瞬、無念そうな表情を浮かべてから、佐知子は達也の背面にも同様の作業を行う。
    それが終わると、達也は、自分の体にも塗るよう、佐知子に指示した。
    「……………」
    佐知子は洗面器に残った粘液を見やって、どこか怖々と手を伸ばした。
    片手に掬い取って、まずは二の腕に塗ってみる。
    ヌルリと、肌にまといつく感触。ゆっくりと掌を滑らせればゾワゾワとした刺激が走って、
    「……ん…」佐知子は微妙な息を鼻から洩らした。
    「どう?」うつ伏せのまま顔を向けて、達也が訊いた。
    「……変な…感じ…」言葉通り、判断に迷うような表情で佐知子は答えた。
    「ちゃんと全身に塗るんだよ。特に、オッパイには念入りにね」
    「………………」
    戸惑いを浮かべながらも小さく頷いて、佐知子は新たにローションを汲んだ。
    躊躇の色を見せながら、その手を肉房の上側へあてがう。
    「……あ……」
    今度は、ハッキリ快味と判別できる感覚が走って、佐知子は喉をそらした。
    手が勝手に動いて、乳房の隆いスロープを撫で上げ、撫で下ろすと、
    「……あ、ふぁ、」
    快感はいっそう強まって、甘い声が洩れた。
    巨きな肉房を掴みしめるかたちに広げた指に力がこもる。指先が、みるみる充血を強めた乳首な乳曇に触れると、ひときわ鮮烈な刺激が突き抜けた。
    ジッと見つめている達也の視線に気づいて、佐知子は溺れこみそうになる官能を堪え、熱い乳房から手を引き離した。
    片側の乳には、掬ったローションをふりかけるようにして、軽く伸ばすけで済ませた。
    それでも、もう、そのヌメった感触を快味と理解してしまった肌は玄妙な刺激を受け取ってしまう。それは、他の部位へと作業の手を移しても同様だった。
    腹も脚も、その粘液をまぶすと、グンと感度を強めて、自分の手に過敏なほどに感応してしまう。ことに脇腹や内腿をヌルヌルの掌で撫でつけた時には、背筋に甘い痺れを走らせずにはいられなかった。
    佐知子は横座りになって足先まで手を這わせた。膝や踝といった部分でさえ、感じることが出来るのだと知った。
    股間にだけは、その魔性の液を塗りこめる勇気がなくて、叢を濡らす程度にとどめた。
    どうにか、作業を終えた。
    乳も腹も太腿も、テラテラとぬめ光らせた、妖しい裸身が出来上がった。
    ヌルヌルとした蜜のような液体にまみれた肌は、眺め下ろす佐知子自身の眼にも“いやらしい”と思えた。その淫猥さが、胸をざわめかせる。
    ボーと上気させた顔を上げて、佐知子は諮るように達也を見た。
    「そのまま、重なってくるんだ」
    「………………」それは、ここまでくれば佐知子にも予想できた行為だったが。
    あまりにも淫奔な営みに思えて、佐知子は気後れしてしまう。この卑猥なぬめりをまとった身体を重ねて、ヌルヌルの肌を擦りあわせる……。
    それは……いったい、どんな感覚だろうか、と思った。どれほどの刺激だろう、と。
    大きく喉をあえがせて、佐知子はノロノロと腰を上げた。
    妖しく輝く豊艶な裸身が、ノタノタと這いずって、伏した達也へと近づいていく。
    重く垂れ下がった双乳を揺らしながら、達也の傍まで這いよって、
    「……………」
    また逡巡を見せたあとに、佐知子は、おずおずと片肢を上げて、達也の体を跨いでいった。犬みたいに……と、己のあさましい態勢を自覚して羞恥の血を昇らせながら。
    「あっ」
    達也の腰に乗せた臀が、ズルリと滑った。佐知子は咄嗟に体を前に倒して、達也の肩につかまる。体勢を安定させようと腰を蠢かせると、
    「くすぐったいな」毛饅頭で、達也の尻を擦るような具合になった。
    「もっとピッタリ、身体を合わせればいいんだよ」
    組んだ両腕に顎をのせた気楽な姿勢、向こうを向いたままで達也は指示する。
    内股の接触だけで、落ち着かぬ気分にさせられていた佐知子は、それへと恨めしそうな眼を向けて。それでも言われるままに、達也の背中についた両肘を横に滑らせて、体を倒していった。
    「……あっ…」
    乳房の先端が擦れて佐知子はビクリと反応した。腕から力が抜けて、そのまま体が崩れた。
    「……あぁ、ふ…あ……」
    引き締まった、若々しい肌色の身体の上に、ぬめ白い豊満な肉体が折り重なった。
    ふたつの体の間に押し潰された巨大な乳肉が、佐知子の微かな身動ぎにつれて、たわみ、歪む。繊細な柔肉に感じるヌルヌルとした摩擦に、佐知子は甘い息を吹きこぼした。身体を安定させようと、達也の肩につかまる手に力をこめ、両腿でギュッと達也の尻を挟みこむ。そうすると、よりいっそう密着の度合いは強まって、乳房が圧迫された。
    しばし、その体勢で気息を整える。
    「……ずっと、そうやって貼りついてるつもり?」達也が訊いた。
    「ど、どうすれば……?」
    心細げな声を佐知子は返す。懸命に仰のかせた喉から顎のあたりまで、ローションが付着している。
    「佐知子がキモチよくなるように、動いてみればいいんだよ」
    相変わらず、あちらを向いたままで答える達也に、佐知子は、また恨めしげな眼を向けた。
    いつもそうだ。達也は仄めかす言い方をするだけで。
    佐知子は、自分から淫奔な振る舞いを選ぶしかなくなってしまうのだった。
    そして、この場でも、佐知子はそれを選んだ。
    両腕を踏ん張って僅かに身体の密着を緩めると、ゆるゆると身体を前後に滑らせはじめた。
    「こ、こう?」
    「ああ、いい感じ」
    呑気に答える達也に、小面憎いような気持ちになる。達也の声に心地よさげな響きを聞いて、喜びを感じる自分が口惜しい。
    そして、擦れあう肌から伝わる刺激に、はや呼吸を弾ませて。
    達也の言いぐさ通りに、よりキモチいい動きを探しはじめてしまっている、
    己の肉体の貪婪さが恥ずかしく、口惜しかった。
    「……いつも」それを誤魔化すように。ズルい情人への意趣返しのような思いもこめて。
    佐知子は、呑みこんでいた言葉を口から出してしまった。
    「いつも……こんなことを……しているのね…?」
    こんな物を、淫らな遊びのための小道具を常備しているということは、と。
    先ほどから、胸の隅にわだかまっていた思いを佐知子は口にしてしまった。
    「うーん?」達也は返答にもならぬ声を返しただけ。笑っているようだった。
    しかし、佐知子も、それ以上追及する気にはなれなかった。
    「……いいの……なんでも…ない」
    聞きたくはない……という以上に、それどころではなくなってきていた。
    人造の蜜にまみれて肌と肌をからめあう、この猥褻な行為の快感。
    それを味わうことだけが意識を占めていって。佐知子は、達也の背の上でのたうち踊る動きを、より大胆な、より淫猥なものへと変えていく。
    「いいよ。なかなか上手」積極的に快楽を求めはじめた佐知子の動きを、達也が褒める。
    「本当に、佐知子は呑みこみが早いなあ」
    「……………」
    「それに、つくづく、いやらしいことをするのにピッタリな身体をしてる」
    「…そんな…こと…」弱々しく異を唱えようとする息が乱れる。
    「これだって、やっぱり佐知子みたいなムッチリした体じゃないと、つまらないからね」
    「……いや……」
    「デカくて柔らかいオッパイが擦れて……フフ、その中に固いポッチがふたつ、コリコリって当たってる」
    「…あぁ……」恥辱と昂奮に、佐知子は泣くような声を上げた。
    その、達也の背に“コリコリ”と当たっている“ふたつのポッチ”こそ佐知子を悩乱させる刺激の源泉となっている。充血しきった乳首を達也の固い背肌にくじられると、歯の浮くような甘美な愉悦が突き抜けるのだった。
    たまらぬ刺激に、すすり泣くような声を洩らしながら、佐知子は、淫らな粘液にまみれた肉体を、いっそう激しくのたくらせていく。
    巨きな乳房を前後左右に滑らせ、円を描くような動きさえ加えて。
    その自らの動きで、ビンビンに尖った肉葡萄を転がして、ビリビリと脳天に届く快感に、さらに身悶えを苛烈に淫猥にしていく。
    「アァッ、イイの、キモチいいっ」
    上擦った声で愉悦を叫んだ。言葉にすることで、少しでも快楽を吐き出さなければ、耐えられなかった。
    「オッパイが、オッパイ、擦れて、感じる、」
    いつしか、佐知子の両腕は、達也の脇から伏せた胸の下へと潜りこんで、ヒシとしがみついている。ローションに汚れることも厭わずに淫情にのぼせた横顔を、達也の肩にすり寄せていた。
    尻を跨いでいた双肢は、達也の下半身に乗り上げて、平泳ぎのような動きでヌルヌルと蠢き、からみつこうとする。
    こんもりと盛り上がった臀をふりたくって、恥毛を海藻のように貼りつけた土手マンを達也の腰に擦りつけた。
    少しでも多くの接触を摩擦を得ようと、全身を駆使して。
    夢中で、粘液にまみれた肌のまぐわいに興じる佐知子の姿は、のたうつ一匹の白い蛇のようにも見えた。逞しい牡獣の肉体に、その妖しく光る白い身体を巻きつけて、からめとろうとしているように。
    と、妖しく美しい肉蛇を絡みつかせて、悠然と横たわっていた達也が、顔を上げて、わずかに振り向いた。
    「……あぁ、達也くぅん…」
    蕩けた眼を向けて、昂ぶりに震える声で呼ぶ佐知子に、薄く笑って。
    伸ばした指で、自分の肩口から、チョイとローションを掬いとると、
    「これ、身体には無害なんだよね。味もないし」
    そう言って。指先からローションを舐めとってみせた。
    それ以上の示唆は必要なかった。
    直ちに。むさぼりつくといった勢いで。
    佐知子は目の前の達也の背肌に吸いついていった。
    ブチュッと、湿った音をたてて、窄めた唇が吸いつく。
    キスではなくて吸引、その激しさは、
    「うはっ」
    さしもの達也が、奇怪な笑声を上げて、ビクリと身を震わせたほどだった。
    なおも長く執拗に吸いたてて。また、ヂュパッと派手な音を響かせながら
    佐知子が口を離したときには、達也の肌には、うっすらと痕が残った。
    口許や鼻までローションを付着させた佐知子は、荒く深い息をついて、しかし、すぐまた、テラテラと妖しく艶ひかる紅唇を達也の背へと押しつけていく。
    細首を左右にふり、顔を傾げて、達也の広い背中のそこかしこに熱烈な口吻を注ぎ、ペロペロと舐めずり、チューチューと吸いたてた。
    フンフンと鼻を鳴らして、頬に貼りつく乱れ髪を時折うるさげに振り払いながら、物狂ったような激しさで、口舌を使役させる。
    そうしながらも、胸や腰や腿は、貪欲に摩擦の快美を求めて蠢き続ける。
    ヌメヌメと白い鱗を輝かせて、蛇が踊る。長く伸びた紅い舌が、達也の背骨を辿って、腰へと向かう。たわみ、押し潰されて、いっそう淫らにかたちを歪めた熟れた乳房が、固い尻の上を滑っていく。
    ムッチリと肉を実らせた両の腿で達也の片脚を挟んで、豊臀を揺さぶり、引き締まった太腿へと股間を擦りつけた。
    目も当てられないほどの狂態、醜態といっていいほどのザマを演じながら。
    それによって、佐知子の血肉は、さらに昂ぶっていく。際限もなく。
    淫らな熱だけに衝き動かされる白い肉塊が、またズルリと滑って。
    「……ああぁ…」
    佐知子は蜜をまぶしたような声を洩らして、達也の尻に頬を擦りよせた。
    求愛の口吻を雨と降らせて、愛しげに舌で舐めまわし、歯をたてた。
    それでも足りずに、鼻先をあわいへと差しこむ。犬のように嗅ぐ。
    指をたてて、双臀の肉をくつろげて。
    姿を表した菊門へと、唇をふるいつかせた。音たてて吸った。
    「おうっ」達也が快美のうめきを洩らす。
    ピッタリと唇を吸いつかせたままで、佐知子は窄まりの中心に尖らせた舌先を挿しこんだ。
    「うっ、あ」さしもの達也が、快感を露わな声にして、腰を震わせる。
    キュッと尻肉が緊張するのが、佐知子の手に伝わった。
    達也の、滅多に見せない素直な反応が、佐知子を喜ばせる。
    ヒクヒクとわなないて、舌を締めつけるアヌスが、愛しくてたまらない。
    達也のこんな部分にまで愛を捧げている、という思いに、深い充足と陶酔を感じた。
    すでにキレイに洗い清められているのが、惜しかった。
    ローションを塗された肛門から、達也の味と匂いを掘り出そうとするかのごとく、舌先で窄みを抉り、皺をなぞった。
    「やるなあ……」
    感心するような、呆れるような声を上げて。達也は肘をついて上体を起こした。
    達也の身動ぎを感じ取って。なおも未練らしく菊門をねぶってから、佐知子は、達也の臀裂に埋めていた顔を上げた。
    当然ながら、もう顔中がローションまみれだった。付着した粘液の上を汗が流れて、まだらになっている。やはり汚れた黒髪が、頬や額に貼りついている。
    激しい押捺と吸引に腫れぼったくなった唇が半開きになって、紅い舌が物欲しげにそよいでいた。
    潤み、蕩けて、ただ淫欲の炎だけを燃え盛らせる眸が達也を見つめた。
    「フフ、発情したオマ○コみたいな顔になってる」
    凄惨とも酸鼻ともいえるような佐知子の状態を、酷く、しかし的確に表現して。
    達也は、脚の上に佐知子を乗せたまま、体を回転させた。
    圧し掛かった重たい乳房を、腿で押し上げるようにしながら、仰向けに直ると、
    「ああっ」
    長大な肉塊が、バネ仕掛けのように姿を現した。
    それは、背中やアヌスへ受けた熱烈なオーラル行為による刺激ですでに完全に近くまで漲っている。
    魂消たような歓声を張り上げて、眼を見開いた佐知子は、すぐにその表情をドロリと溶けさせて、眼前にそそり立った巨大な肉塔を見つめた。
    怪物的な雄根も、当然ながら卑猥な粘液にまみれていて。てらてらとした輝きが、その獰猛なまでの迫力を、いっそう強調するようで。
    「……あぁ…」
    大きく胸をあえがせて、燃えるような息をついた佐知子は、達也の両腿に置いていた手を中心へと向けて滑らせていって。
    屹立の根と幹を、両手で、そっと握りしめた。
    「……熱い…硬い…」
    達也のシンボルに触れるたびに洩らしてきた、その感嘆が、この時も勝手に口をついた。
    回りきらぬ指に力をこめて、その熱と硬度を確かめ。
    その先端へと、佐知子は紅唇を寄せていったのだが。
    「胸で、してよ」
    そこで、達也から声がかかった。
    唇が達也に触れる寸前、佐知子は動きを止めてうっとりと閉ざそうとしていた瞼を上げる。
    見れば、組んだ手を枕に気楽な風情で横たわった達也は心地よさそうに目をつむっている。
    その人もなげな態度にか、愛しい牡肉へのくちづけを邪魔されたからか、一瞬、佐知子は口惜しげな表情を覗かせたが。
    それでも、
    「……はい…」
    従順な応えを返して、達也の肉体から手を離して、胸を起こした。
    −25−
    執拗に摩擦されて赤く色づき、谷間にはローションが糸を引いた、淫らな景色の乳房を、掬い上げるように両手で掴んで、体を前へと進めた。
    双の肉房の間に、達也の怒張を挟んで。包みこむように、肉を寄せていく。
    「……あぁ…」
    今度は繊細な胸肌に、逞しいペニスを感じて。佐知子は熱い息をついて、悩ましく眉をたわめた。
    ゆっくりと体を上下させて、乳房で達也を扱きたてていく。
    無論、病室での情事の中で、達也に教えられた行為だ。
    こんな愛撫の方法があることも、“パイズリ”と呼ぶことも知らなかった佐知子の動きは、まだぎこちないものだが。
    「ああ、いいよ」
    達也は、率直に快感を伝えた。といっても、賞賛するのは佐知子の未熟な技巧ではなくて、
    「やっぱり、佐知子の熟れたオッパイは、パイズリにピッタリだな」
    熟れきった巨乳の、たっぷりとした量感と極上の肉質だった。
    「……そう…なの…?」乳房の奉仕を続けながら、佐知子が訊いた。
    「ああ、最高にキモチいいオッパイだよ。柔らかくて、でも弾力があって」
    それに、と。達也は股間を顎で指して、
    「ヴォリュームたっぷりだから、僕のを、スッポリ包みこめてる」
    「……………」佐知子も、自分の胸元へと視線を戻した。
    達也の言葉通り、柔軟にかたちを歪めたタップリの乳肉が、達也の巨根を包みこんで。
    双乳の合わせ目から、赤く充血しきった亀頭だけが現れては消える。
    確かに、これほどたわわな肉房でなければ、達也の魁偉な肉塊をこんなふうに覆うことは出来ないだろう。また、これほどの長大な肉根でなければ、佐知子の巨乳の中に、完全に埋まりこんでしまうだろう。
    拮抗が、肉と肉の戯れあいを、ひときわ淫猥なものにしている。
    佐知子は、魅入られたように、その淫らな景色を見つめた。塗りたくられたローションの効果もあって、身の動きを、どんどんなめらかに、ダイナミックにしていきながら、己が乳房と達也の牡肉が相打つさまを凝視して。
    「……お乳を……犯されているみたい…」
    呟きは、小さく、どこか朦朧たるものではあったが。
    真実、そうとしか言いようのない感覚を、佐知子は味わっている。
    ゴツゴツと節くれだった硬い肉鉄への“パイズリ”の行為が、常に増して敏感になっている乳肉に、痺れるような愉悦をもたらす。
    ことに、張り出した硬い肉エラで擦りたてられるのが、たまらなかった。
    「…ああ……感じる…」
    灼けつくような乳房の快楽が、佐知子の動きを、さらに淫奔な白熱したものにしていく。
    「今度は、オッパイがオマ○コになっちゃったんだ?」
    達也の嘲弄の言葉にも、佐知子は素直にうなずきかえした。まったく、その通りだと思えたから。
    「じゃ、もっと締めてみてよ。ギューッと。佐知子の乳マ○コで」
    「ああっ、締める、しめるわっ」
    ふたつ返事で。
    佐知子は、双乳を寄せ合わせる力を強めて“乳マ○コ”を締めた。ギューッと。
    トロけた熟れ肉が達也の剛直にからみつく。ヌッチャヌッチャと、卑猥なまぐわいの音が大きくなる。
    「ねえ、キモチいい? 佐知子のオッパイ、キモチいい?」
    「ああ、いいよ。佐知子の乳マ○コ、最高だよ」
    「うれしい、もっと、もっとキモチよくなって」
    達也には珍しい手放しの賞賛が、佐知子の狂乱を煽る。
    締めつけを強め行為を激しくすれば、それだけ乳房に跳ね返ってくる刺激も大きくなった。
    「佐知子もイイのっ硬いオチンチンで擦られてお乳のオマ○コキモチいいっイイのぉッ」
    あられもない言葉を吐き散らしながら、佐知子は貪婪に快感を求める。
    たわわなふくらみを押し潰した指が淫猥に蠢いて、燃え盛る熟れ肉を揉みしだく。
    弾けそうなほど膨張した乳首を摘んで、ねじくり、扱きたてる。
    「ヒイイッ、ああああ」電流のような快感に喉を反らし、甲高い叫びを迸らせて。
    それでも、まだ足りないと。片手に怒張を握りしめて、先端を乳首へと圧しつけたのは、本能が咄嗟に選んだ行動だった。
    「ひっ、あああっ」
    亀頭の独特の肉質で、疼き狂う乳首をくじると、歯の浮くような愉悦が突き抜けた。
    さらに、胸を押し出して、ペニスを乳房に突き刺していく。
    「ああっ、乳首が、乳首、潰れる、つぶれちゃう」
    自分自身でいたぶる胸先に血走った眼を向けて、甘い悲鳴を上げる。
    そのまま、握った剛直をまわして、乳肉の中に埋まりこんだ乳首を転がした。
    「アヒッ、ち、乳首、グリグリって、オチンチン、乳首、ひあああっ」
    「アハハ、乳ファックから、今度は乳首ファックだ」
    「あっ、イイッ、キモチいい、オッパイ、乳首、いいぃっ」
    その珍奇にして淫蕩な戯れにハマりこんで、佐知子は引っ切り無しの喜悦の声を張り上げ。
    それを笑った達也も、コリコリとした肉蕾に鈴口をくすぐられる玄妙な快感を味わって、遂情の兆しを感じはじめている。
    その情動は、ひときわの漲りと強くなる脈動によって、犯される乳首へと伝わった。
    「あぁ、ビクビクって、オチンチンが」
    滾った叫びを発して。もう一度、亀頭で乳首をグリリと捏ねくってから、佐知子は、一段と凶暴な様相になった怒張を、再び双乳に挟みこんだ。
    「スゴイ、こんな、こんなになって」
    真っ赤に血の色を集めて、猛り狂う肉冠に眼を吸い寄せられながら、
    「イクのね? 出そうなのね?」
    期待に震える声で訊いて、脈動する剛茎へと乳肉を擦りつけた。
    「ああ。佐知子の乳マ○コ、キモチいいから、もう出ちゃいそうだよ」
    「ああっ、出してっ、いっぱい、出してぇっ」
    狂おしく達也の吐精を求めると、佐知子は深く首を折って、長く伸ばした舌先で、達也の先端をペロペロと舐めまわした。
    噴きこぼれる先走りの汁を味わって、いっそう淫情の火を燃え上がらせると、圧しつけた乳房を剛直の根元へと滑らせながら体を沈めて、大きく開いた口唇に、巨大な肉瘤を咥えこんだ。
    ジュポジュポと下品な音を響かせ、小刻みに頭を上下させる。
    窮屈に充たされた口腔の中で、舌を淫猥に蠢かせて、達也の官能を追いこんでいく。
    性急なフェラチオに没入しながら、その合間に“出して出して”と熱にうかされたような声で繰り返した。
    「いいよ、イキそう。どうする? そのまま呑む? それとも、かけてほしい?」
    「…んああ、飲ませて、かけてっ」
    「どっちなのさ」快美に緩む口許に、達也は苦笑を浮かべる。
    「いいの、いいの、出して、いっぱい、熱いの、出してっ」
    狂乱する佐知子には、ひとつを選べない。達也の熱い迸りを、飲み下したいし、顔や胸にかけても欲しかった。
    「ちょうだい、達也くんの精液、いっぱい、佐知子にちょうだい、」
    とにかく、達也の欲望の塊を受け止めたかった。熱く濃厚な牡の精にまみれたかった。それだけで、悦楽を極める予感がある。
    「あああ、欲しい、精液、欲しいのっ」
    見栄も恥もなく喚いて、ヒクヒクと戦慄く達也の先端に窄めた唇をふるいつかせた。
    一秒でも早く、という思い入れで、強烈に吸いたてた。
    「うおっ」その刺激が、達也の引鉄を弾いた。
    「んああああっ」
    凄まじく膨れ上がった肉傘の裂け目から、熱精の第一波が噴き上がって、咄嗟に開いた佐知子の口へと飛びこむ。熱い波涛が喉奥を直撃した瞬間佐知子の視野は白く発光した。ゴクリと、本能的に喉を鳴らして、臓腑に落とせば、カアーッと血肉が沸騰する。
    「ん、あ、アア、ああああっ」
    総身を震わしながら佐知子はポッカリ開けた口で、なおも続く放射を受け止めようとする。噴火は勢いを弱めることなく連続して、大量のマグマをブッ放した。白濁の熱液は、半ばが佐知子の口腔に入り、残りは佐知子の鼻や目許にまで降りかかって、顎や胸肌に零れた。
    「……あぁ……ああ、ああっ……」
    望んだ通りに、いっぱいの精液を喉に注がれ、肌にブッカケられた佐知子は、絶え入るような声を洩らした。ギューッと、両手で己が乳房を搾って。
    とめどない歓悦の震えを、白い裸身に走らせながら。
    「……ふう…」やがて、長く盛大な爆発が終わって、達也が息をつく。
    佐知子は顎を上げて、口中に溜まった白濁を、ゆっくりと味わうように嚥下した。
    「……ああ……美味しいわ…」
    粘っこい喉ごし、鼻に戻ってくる青臭さが、佐知子には至上の味わいに感じられる。
    こんなに美味しいものはないと感じる。達也の味、達也の匂い。
    酩酊の表情になって。痺れたような舌を蠢かせて、口腔にヘバリ着いた残滓を味わいながら、ドロンとした眼を胸元へ向ける。
    「……あぁ…いっぱい…こんなに…」
    そこにも、多量の精が滴っているのを目にして、恍惚たる呟きを洩らす。
    乳肉を掴みしめていた手を滑らせ、白濁の塊を引き伸ばして、肉房全体に塗りこめていく。達也の匂いを沁みつかせようとするかのごとく。
    ローションと汗にヌメ光っていた豊満な乳房に、また淫らな彩りが加えられる。
    それを見下ろして。佐知子は、口許に満足げな笑みを浮かべた。
    擬似ファックの快楽に浸った乳房に、淫猥な化粧を施し。
    顎や鼻先にかかった精は、大事に指ですくい、舐めとって。
    それから佐知子は、欲望を遂げた達也のペニスへと口を寄せていった。
    身体を二つ折りにして屈みこみ、両手で捧げ持った肉塊に舌を這わせる。
    あれほど盛大な放出を遂げた直後でも、達也の巨根は萎え縮むことなく、僅かに、漲りと硬度を弱めただけで。
    いつもながらの、その逞しさを口舌に実感すれば、佐知子の胸は高鳴り、清めるための動きが、すぐに淫らがましい戯れに変わっていく。
    それに応えるように、達也が指示する。
    「お尻を、こっちへ」嬉しげに鼻を鳴かせた佐知子は、ムクリと臀をもたげて。
    口には達也を咥えたまま身体をまわして、達也の胸を跨いだ。
    「うわ、ヒドイざま…って、まあ、いつものことだけど」
    シックス・ナインの体勢になって、あられもなく目の前に開陳された佐知子の秘所を見て、達也が呆れる。羞かしげな声を喉奥で洩らした佐知子は、しかし、プリプリと達也の胸の上の臀を揺すって見せた。
    指摘された、グチョ濡れのマ○コを見せつけて、達也を誘う。
    こんなにも、あなたを求めているのだ、と訴える。
    「フフ、ローションよりテカってるよ」
    嘲笑って。達也は、すでにパックリと口を開けて、ダラダラとヨダレを垂れ流す女肉へと、ズブリと指を挿しいれた。
    「……んあああっ」たまらず、肉根から口を離して、佐知子は快美の叫びを上げる。
    「いいっ、もっと、もっとしてぇっ」
    キューッと達也の指を食いしめ、雄大な熟れ臀をふりたくりながら、
    さらなる責めを求め、自分もまた吸茎の行為へと舞い戻っていく。
    達也の巧緻な手管に疼く媚肉を嬲られ、引っ切り無しの感泣に喉を震わしながら、佐知子は必死に教えこまれた口舌の技巧をこらした。
    達也の肉根は、たちまち凄まじい硬直を取り戻す。口腔を充たし尽くした屹立に喉を突かれて、佐知子はングッとうめいた。
    (……ああ、凄い、スゴイわ、また、こんなに…)
    素晴らしい。若く逞しい牡は、この世で一番素晴らしい生き物だ。
    崇拝の心と、甘い屈服の情感。どちらも佐知子には馴染みになったものだった。
    もっと、もっと、この猛々しい牡の肉体を貪りたい。貪られたい。
    それこそが、女に生まれた身の幸福だ。それだけが。
    そう、女だから。自分は。牝であるから、この素晴らしい牡に犯してもらえる。
    蹂躙されることの悦楽を味わうことが出来る。
    その悦びは、何物にも代えられない……。
    「ああっ、達也くん」
    牝であることの至福に酔って、いよいよ官能を昂ぶらせた佐知子は、悲鳴のような声で、達也を呼んだ。
    「してっ、入れてぇ、オチンチン、ちょうだいっ」
    臀を“の”の字にまわして、握りしめた剛直を強く扱きたてて、
    「これ、欲しい、欲しいのっ、そこに、オマ○コにっ」
    「たった今、佐知子の乳マ○コで、出したばかりだからな」
    意地悪く、笑い含みに達也は言った。
    「そんな、すぐには無理だよ」
    「ああ、うそ、嘘よ、もうこんなになってるのにぃっ」
    悶え泣きに抗議して、完全に漲った肉根を強く握った。手指に伝わる愛しい牡肉の特徴が、凄絶な快楽の記憶を呼び起こして。
    佐知子は、もう一秒の忍耐もきかなかった。やおら、巨臀を浮かせると、クルリと体の向きを変える。達也の腰を跨いで、
    「もう、入れる、入れちゃう、ね、いいでしょう?」
    切迫した声で訊きながら、達也の返答は待たずに。
    しっかと掴みしめた屹立の上へと、腰を落としていった。
    「…ふ…あはぁっ…」秘裂を達也の矛先に触れさせて、鼻から抜ける息をついて。
    微妙に臀をくねらせ、狙いを定める。
    「ああっ、入れるわ、オチンチン、佐知子のオマ○コにっ」
    ガニ股開きの両腿を、グッと気張らせて、豊かな肉置を沈めた。
    ズブッと、巨大な肉傘が嵌りこむ。
    「くっ…う…ああ…」
    強烈な拡張感に、眉根を寄せ、歯を食いしばりながら、なおも佐知子は繋がりを深めていく。泥沼と化した女肉は、身に余るようなデカマラをズブズブと呑みこんでいって。
    「ヒッ、あ、入って…くるぅ、おっきいのが、入ってくるっ」
    衝撃と甘い苦痛を伴った挿入の快美を噛み締める佐知子は、
    「おっ……あああああああっ」
    結合が完全に果たされ、子宮を突き上げられた瞬間に、獣じみた叫びをふりしぼって、総身を硬直させた。
    両肢を真横に開き両手を達也の腹についた、カエルのような姿勢でビーンと引き攣った裸身が、やがて、前のめりに崩れた。
    「…う…あ……」
    達也の胸に突っ伏した佐知子の口からは、掠れたうめきが洩れて、卑猥な光沢を帯びた背や臀には、瘧のような震えが走っている。
    「…もう、イッちゃったんだ?」
    ここまで、佐知子のしたいようにさせていた達也が口を開いた。
    佐知子が、ノロノロと顔を向ける。眼は焦点を失い、半開きの口からは涎と荒いあえぎを零した、白痴のような表情を晒して。
    ようやく達也の問いかけが脳に届いたのか、かすかにうなずいた。
    「勝手にチ○ポくわえこんで、勝手にイッちゃったんだ?」
    「……あぁ……ゆるしてぇ…」
    侮蔑のこもった達也の言葉に、急速に正気を取り戻して、佐知子は泣くような声で詫びた。
    「もう、我慢できなかったの…」
    「しょうがないなあ」
    大袈裟に嘆息して。達也は両手で佐知子の臀をつかむと、軽く揺さぶった。
    「んあっ、アッ、あっ」
    無論、達也の肉体は隆々たる勃起を保っており、余韻も引ききらぬ媚肉を掻きまわされれば、佐知子はたちまち滾った声を吹きこぼす。
    「トバしすぎだな。もっと、ゆったり構えないと」」
    なおも、抱えた豊臀に、こねくるような動きを演じさせながら。
    達也は、それとは裏腹な言葉を口にする。
    「今夜は、朝までタップリ愉しむんだからさ」
    「……あぁ……死んじゃうわ…」
    「よく言うよ。もう、そんなにいやらしく腰をくねらせて」
    「ああ、だって、だってぇ」確かに、怯えた言葉とは相反する、淫らな動きを揶揄されて。
    羞恥の声は上げても、佐知子は、卑猥な腰の蠢きを止めることは出来なかった。
    「佐知子は、けっこうセックスにはタフだからな。搾り取られて死んじゃうのは、僕のほうかもね」
    「あぁん、ひどいわ」
    「この、デカいおケツだってさ」達也は鷲掴みにしていた臀肉を、ベチベチと叩いて、
    「ブリブリ張り切って、やる気マンマンって感じじゃない」
    「ああ、いやぁ」イヤイヤと、乱れ髪を打ちふっても。
    事実、逞しいほどに張りつめた熟れ臀の蠢動には、気が入っている。
    ブリブリと張り切っているのだった。
    「…あぁ、いいっ…」
    串刺しに貫いた凶暴な牡の肉体、その硬い肉エラに襞肉を掻きむしられて。
    このトロけるような快美さえ、まだ前哨でしかないのだと思えば、佐知子は、身も心も震わせずにはいられなかった。歓悦と期待に。
    「ああっ、達也くんっ」
    首っ玉にしがみついて、達也の唇を求めた。
    ふるいつくなり、舌を挿しこんで。のっけから激しい口吻となる。
    勿論、ペニスを貪る腰のくねり臀ののたうちは、一瞬も止まらない。
    押し潰された乳房が、ハッキリと快感を求める動きで、達也の胸板を滑る。
    くぐもったヨガリの啼きを喉の中で響かせながら、佐知子はヌルヌルの肢体を狂い踊らせて、若い牡の肉体を貪り続けた。
    「……んん、アアッ」執拗なくちづけを突然ふり解いて、ギクリと背を反らせたのは、
    「あっ、ああ、そ、そこはっ…」
    いきなり、達也の指でアヌスを貫かれたからだった。ローションと淫蜜の滑りを利して、指は第二関節まで一気に潜りこんでいた。
    「今日は、佐知子の、こっちのヴァージンを僕にくれるって…」
    「アッ、あひっ、んん、アッアッ」
    「約束したよね?」
    ユルユルと指を抽送して、佐知子を甲高く囀らせながら、達也が訊いた。
    確かに、佐知子は、その約束をさせられていた。
    アナル・セックス。いままで思いもかけなかった異端の行為。
    当然の、抵抗と嫌悪、恐怖を感じながらも。
    純潔を達也に捧げる−その喜びだけに惹かされて、許諾を与えてしまったのだが。
    「ひっ、あひっ、お、お尻、おしりが、ん、んんっ」
    いま、あまりにもなめらかに達也の指を咥えこんだ菊門からは、ジーンと妖しい痺れが、せくり上がってきて。
    「どうなの?」
    「ひああああっ」
    達也が指先を曲げて腸管を擦りたてれば、痺れは背筋を駆け上り、脳天へと突き抜けた。
    「気が変わった? やっぱり、お尻はイヤかな」
    意地悪く尋ねながら、達也はズンと大きく腰を跳ね上げた。
    「おっあああああッ」生臭いおめきを発した佐知子は、ブンブンと頭を横にふって、
    「さ、捧げる、捧げるからっ」慟哭するように叫んだ。
    「だから、だからぁっ、もっと、もっと、してぇっ」
    「もっと? こうしてほしいって?」
    達也は、また強靭な腰を弾ませて突き上げながら、指でズボズボと後門を穿った。
    「あっ、いい、イイのっ、キモヂいいっ、スゴ、すごいぃっ」
    ふたつの肉孔を同時に責められる極彩色の愉悦に、佐知子は完全に錯乱する。
    「ヒイイッいいイイんあもっともっと突いてほじってオマ○コおしりもっと」
    号泣し、咆哮する。達也の重い突き上げに合わせて、巨大な臀をふりたくる。
    しかし、目を覆うばかりの狂態は、長くは続かなかった。
    「あっ、もう、もう…」高次元の快楽は、急激に佐知子を追いつめ、吹き飛ばした。
    「あ、イクッ、イク……イックウウウッ」
    助走なしといった唐突さで見舞った絶頂に短く吼えて、ガックガックと凄まじい痙攣を刻む佐知子。
    その刹那、食いちぎるような締めつけを怒張と指に味わって。
    やがて、佐知子の身体がグッタリと虚脱すると。
    達也は、いまだヒクヒクと戦慄く尻穴から乱暴に指を引き抜いて、佐知子の重たくなった身体を両腕で抱き、股間は繋げたまま、グルリと体を入れ替えた。
    仰向けに転がした佐知子に、正上位のかたちでのしかかると、ゆったりとしたリズムで腰を送りはじめた。
    「……ん…ああっ…」臓腑に響く重い衝撃に、忘我の境から呼び戻されて。
    しかし、佐知子は、立て続けの交わりにも泣きごとは言わず、休息を求めもしなかった。
    「…あぁ…達也くん……」悦楽の余韻にけぶる瞳で、うっとりと達也を見上げて。
    両腕を首にからみつかせると、達也の動きに合わせて、腰をうねらせはじめたのだった。
    達也は、片手を佐知子の眼前にかざして見せた。
    「汚れちゃった」伸ばした人差し指は、無論、佐知子の菊門を嬲った指だ。
    佐知子は、少しの逡巡も見せずに唇を開いて、汚れた指を咥えた。
    ほんのりと…生臭い味と臭気を感じて。熱心に舌を使って、清めた。
    「キモチよかった? お尻を、ほじられて」
    「……………」
    佐知子は、達也の指に吸いついたまま、コクリとうなずいた。
    あの愉悦を思い出せば、含んだ指が愛しくなって、舐めしゃぶりに熱がこもる。
    「やっぱり、どこもかしこも淫乱に出来てるんだなあ、佐知子の身体は。
     この調子なら、アナル・セックスの味も、すぐに覚えるな」
    「……………」また、コクリと佐知子はうなずいて。
    「……覚えるから」ようやく、達也の指から口を離して。
    「ちゃんと、覚えるから。お尻を犯されて、キモチよくなるから。だから、捨てないでね? 佐知子のこと、ずっとずっと、可愛がってね?」
    すすり泣くような声で、佐知子は訴えた。
    「なんでもするから、なんでもしていいから。だから、捨てないでね?」
    眼に涙を浮かべて、
    「私、もう、達也くんなしでは、生きていけない…」
    「わかってるって」あくまで軽く達也は答えて。ズンと深く突きこんだ。
    「あ、いい、いいのっ、スゴイ、イイーーッ」
    ギュッと達也の首を抱く腕の力を強め、ヌルヌルと滑る肢を必死に達也の腰にからみつけ、迎え腰を踊らせて。
    佐知子は、達也の言葉と目の前の快楽にしがみついた。
    「ああ、達也くん、好きよ、好きっ、愛してるぅっ」
    ……咽ぶような啼泣と、哀切で愚かな愛の言葉が、広い浴室に響く。
    やがて、それは徐々に熱と狂乱を強めて。
    さほどの時間を待たず、牝獣の咆哮へと変わっていった。
    −26−
    「宇崎クン、来ないじゃん」と、言ったのは高本である。昼休みの教室。
    「来ないな」文庫本の頁に眼を落としたまま、市村は気のない返事をする。
    「今日から来るって言ってただろ。どうなってんのよ?」
    「俺に訊かれてもさ。ま、昨夜は越野ママと朝までだろうから」
    「それでグッタリって?そんなタマじゃないでしょうが」
    「じゃあ、まだヤッてるとか」
    「それだ!そっちのがありそう」気色ばむ高本。
    「どうするよ、市やん?」
    「どうするって…」諦めたように本を閉じて、顔を上げる。
    「好きにさせとくしかないだろ。達也なんだから」
    それより…と、市村は、教室の一角へ視線を向けて、
    「あいつが来てることのほうが、意外だな」
    「ああ、ねえ」高本も、そちらを見やって、合槌をうった。
    窓側前方の席に、越野裕樹が座っている。
    「……なんか、普通だよね。昨日は、死にそうな顔だったのに」
    「ああ」ちゃんと朝から登校してきたし、授業も真面目に受けている。
    やや顔色が悪く、眼元が腫れぼったいように見えるが、“死にそうな顔”ではない。
    ひっそりと、周囲に埋没するような居ずまいも、いつも通りと言える。
    ……ふむ?と、市村が首をひねった時、教室の出入口あたりで、ざわめきが起こった。
    たむろして談笑していた生徒たちが、スーッと左右に分かれて。
    その間を、悠然と歩んでくる長身の影。
    「ようやく、お出ましだ」
    「……つーか、エラそーだよね、宇崎クンて」
    自然に開けた道を、やはり当然といった態度で通り抜けてくる達也を眺めて、高本が、シミジミと呟く。
    なにをいまさら、と市村が鼻を鳴らして。
    悠々たる足取りで近づいてきた達也は、片手を上げて、
    「チャオ」屁のように軽い挨拶をよこした。
    「チャオ、じゃないよ。遅いよ、宇崎クン。なにやっってたの?」
    「なにって…」詰め寄る高本にも、達也は慌てず騒がず、
    「久しぶりの我が家だから、ゆっくり寛いでたらさ。ちょっと遅くなったか」
    「……これだよ。これだから、貴族階級は…」
    ブチブチ呟く高本から、達也は市村に視線を移して、
    「で?」
    と、訊いた。市村が顎で指し示す。教室中の生徒が遠慮がちな注視を向けてくるなかで、ひとりだけ顔を背けている裕樹を。
    「あいつか」達也が、そちらへと向かい、
    「ヘヘ、注目の御対面」
    ワクワクと、高本が後に続く。市村も、ゆっくりと席を立った。
    達也が真横に立っても、裕樹は顔を上げようとしなかった。
    「おまえが、越野?」
    「…………」人もなげな呼びかけに、一拍、間を空けて。
    ようやく裕樹は顔を上げ、達也と眼を合わせると、
    「……なに?」感情を殺した声で訊きかえした。
    「ママさんに、世話になったからさ。いろいろと」
    「……………」他意のない口調…の底に忍ばせた毒。
    裕樹の頬が強張り、眼には黒い火が燃え立ったが。
    それを隠すように、裕樹は顔を逸らして、
    「……別に。仕事だから」硬い声で棒読みに、そう言い捨てた。
    「ハアァ?」素っ頓狂な声を上げたのは、高本だ。
    「なによ、それ?」裕樹の顔を覗きこむようにして、
    「そんだけ?他に、言うことないのかよ?」
    「……………」裕樹は、眼をあわせようとしない。宙を睨んで、ダンマリ。
    「ああ、もうっ。なに、これ? どういうこと?」
    派手な騒ぎとか修羅場を期待していたのに、ハグらかされて苛立つ。
    なにより、ここで達也に恨み言のひとつもぶつけようとしない裕樹が、高本には理解できない。説明を求めるように、達也と市村を見やった。
    市村は、ジーッと裕樹の横顔を観察している。達也はといえば、たいして興味もなさそうに傍観の風情である。まるで他人事だ。
    業をにやした高本は、なんとか裕樹を挑発しようと、
    「ねえっ、宇崎クン、佐知子はどうしたのよ? 今、どうしてんの?」
    「あ?自分の家に帰ったんじゃん。いつまでも、ひとさまのベッドで寝こけてやがるから、叩き起こして追い出してやった」
    「だってさ。どうよ、越野?」
    「……………」裕樹の組み合わせた手に力がこもって、細かく震えたが。
    笑い…らしきかたちに、口を歪めて、
    「また、作り話なんだろ」
    「ハァ? おまえ、まだそんなこと…」
    「そう言ってたのは、そっちじゃないか」
    「や、言ってたって……ああ、もう、信じらんねえ」
    バリバリと髪を掻きむしった高本である。
    期待を裏切る試合展開。いくら、“ファイト”とけしかけても。
    挑戦者は固い殻に閉じこもった、アルマジロ状態だし。
    王者は王者で。やはりヤル気のない顔で、生アクビなぞ、洩らして。
    終いには、チラリと時計を見て、
    「……やっぱ、いきなり授業に出るのはダルい」
    突然、そんなことを言い出して、リングを降りてしまった。
    「なっ、ちょっと! どこ行くのよ、宇崎クン」
    「天気もいいから、屋上かな」
    「そうでなくて……ああ、なんだよ、もうっ」
    もう一度、忌々しげに裕樹を見やって、盛大に舌打ちしてから、高本は、とっとと出てった達也の後を追った。
    市村だけが、まだ、その場にとどまって、
    「……それでいいんか?越野」冷ややかな声で訊いた。
    裕樹は、相変わらず頑なに顔を背けたまま、なにも答えない。
    「……ふーん…」と、うなずいて。それで市村も踝をかえした。
    ……三人組が消えると、ホッと周囲の緊張が解ける。
    「……大丈夫か、越野?」
    近くにいた男子生徒のひとりが、遠慮がちに声を掛けた。
    無論、傍で聞いていただけで、事情が呑みこめるわけがない。
    いきさつは解らないが、大人しい越野裕樹が、なにやら問題児軍団にカラまれていたというだけの認識だったが。
    「なんでもないんだ」
    明るく答えて。しかし、裕樹の笑顔は、どこか強張っていて。
    「くだらない話。ホント、馬鹿げた話でさ」
    不必要な釈明…と、いうよりは、自分自身に言い聞かすように、
    「ホントに、しょうもない、作り話」
    裕樹は何度も繰り返した。微かに震える声で。
    引き攣れた笑みを、貼りつかせたまま。
    「も、ガッカリだ。ガッカリですよ」
    屋上に移動してからも、高本の憤慨はやまない。
    「なんデスか、ありゃ?“お世話になりますた”“いえいえ、どういたしまして”って、そーゆー関係じゃないだろ、あんたら」
    ビシッと、一段高い場所にいる達也を指差した。
    給水施設の屋根に上って、達也は肘枕で寝転んでいる。陽射しを浴びて、心地よさそうに閉じていた眼を薄く開いて、
    「んー? あれじゃ、いかんかった?」
    「ったりまえでしょ! ぬるすぎるよっ。オレはねえ、キレた越野がナイフのひとつも持ち出して、宇崎クンに斬りかかるんじゃないかと」
    「なんだよ、俺が刺されるの、期待してたわけ?」
    「いや、そん時にゃあ、体を張って庇うつもりだったけどね、もちろん」
    「ホントかよ」
    「なんすか、その疑いの目は?とにかく!それぐらい、殺気立つべき場面だろうって言ってんのよ。ママを寝取られた息子と、寝取った男の対面なんだからさ」
    「人聞きが悪いなあ…」
    「そんなの気にしたこともないくせに。……まあ、宇崎クンより、越野の出方のほうが問題だったわけだけどさ」
    「ギャラリーもいたからなあ。突っこんだ話も出来ないだろ、越野にすれば」
    なあ? と、達也は、金網にもたれて立った市村にふった。
    「…人目がどうのより。あそこで達也を責めたりすりゃ、事実を認めたことになるからな」
    「ねえ、越野って、あいつ、モノホンのアフォですか?この期におよんで、まだ、ママを信じちゃってるわけ?マジで?」
    「そうじゃないな。ただ、どうしても、母親に裏切られたって事実と向き合うことが出来ないんだろ」
    「それで、“作り話”って?信じらんね。ヘタレすぎ」
    「予想以上にヘタレだった、ともいえるし。ある意味、シブといとも言えるな。まあ、まだ、決定的な場面は見てないから。それにしがみついてるんじゃん」

    「よし、わかった! 宇崎クンっ」
    「…………んー…?」達也はもう、仰向けになって、完全に昼寝の体勢になっている。
    高本は、巨漢に似合わぬ敏捷さで、鉄梯子を昇りながら、
    「ビデオ。ビデオ撮って、越野に見せちゃろ。ハメ撮りしてきてよ」
    「……メンドくせ……高本に任せる……」
    「任せる?任せると、おっしゃいましたか?いま」
    梯子にしがみついたまま、達也の顔を覗きこんで、
    「ああ、よござんすよ。オレならビデオなんて言わずに、生で見せつけてやるよ、越野に」
    鼻息荒く、宣言して、
    「ただね。その為には、佐知子ママを、こちらに回していただきませんとね」
    「……うふふ……」目を閉じたまま、達也はクスクスと笑って、
    「……一休さん?」
    「屏風の虎じゃないの!女の話をしてるの!ねえ、実際、いつになったら、回してくれるわけ?」
    「……んー……近々」
    「ホントね? 信じていいのね?」
    「うん。昨日、アナルの処女もらったから」
    おう、と高本が歓声を上げたのは、これは本当に下賜の時も近いと、過去の例から推し量ったからで。
    「どうだった? 佐知子ママのバックの味は?」
    俄然、淫らな関心と期待を露わにして、グッと身を乗り出した。
    達也が片目を開けて、ニンマリと笑った。
    つられて、高本も、ダラしなく相好を崩した。
    笑顔を向け合ったまま。達也が片手を伸ばして。
    ピシッと。いきなり、デコピン。
    「アタッ」咄嗟に両手でオデコを押さえた高本は、バランスを崩して。
    そのまま、2mの高さを落下して、重たい音と悲鳴を響かせる
    「イデエッ」
    「……おやすみ…」達也は、本格的に眠りの中へ。天使のごとき微笑をたたえたままで。
    市村は、尻を抱えてのたうちまわる高本には、目もくれずに、
    (…まあ越野もギリギリみたいだけど。このまま、壊れられちゃうと、つまんないよな…)
    などと。背景にした青空には、まるでそぐわない思索にふけっていた。
    「……ただいま…」ひっそりと呟いた。誰にも聞こえぬような小さな声で。
    玄関には、母の靴があった。らしくもなく、乱雑に脱ぎ捨てられて、片方が倒れている。裕樹は、それをキチンと揃えてから、家に上がった。
    シンと静まった家内を、二階の自室へと直行した。
    着替えを済ませて、階下に戻る。
    居間のソファに座って、テレビを点けた。画面の中で、中年の男女が最新型の万能掃除機の素晴らしい性能を力説しはじめる。
    裕樹は、軽く身を乗り出して、やけに真剣な顔で画面に見入っていたが。
    『…さて、気になる御値段ですが―』
    ブツリと、唐突に電源を切って、リモコンを放り投げた。
    戻ってきた静寂の中、立ち上がった。
    キッチンで、冷たい水を飲んだ。コップ一杯の水を一息に飲み干してから、ひどく喉が渇いていたことに気づいた。
    ゆすいだコップを籠に戻して、廊下に出た。
    奥まった部屋、母の寝室へと向かう。
    「……ママ…?」軽いノックのあとに、呼びかけてみる。応えはない。
    裕樹は、静かにドアを開けた。
    佐知子は眠っていた。ぐっすりと深い眠りに落ちていることはその距離からでもわかった。
    裕樹は、しばし、その放恣な寝姿を眺めて、
    「……無理もないな…」声に出して、呟いた。
    通常の勤務から、急な夜勤へと。一昼夜を続けて働いたということだから。
    その、疲労困憊といったさまにも、無理はない、と。
    だらしなく、服が床に脱ぎ捨てられ、夜着もつけず下着姿で横たわっているのも。
    ……その下着が、裕樹が見たことのない、煽情的な色とデザインのものであることは……どうでもいい。
    うん、と納得したように頷いて。
    しかし、裕樹は一歩も室内に踏みこもうとはしなかった。
    上掛けも掛けずに眠りこける母のそばに寄って、黒い淫らな下着を食いこませただけの裸身を、覆い隠してやることもせずに。
    「……お仕事ご苦労さま。ママ」
    まったく心のこもらぬ声で、そう言って。裕樹は、ドアを閉ざした。
    自分の部屋に戻ろうと、階段に向かいかけて。
    つと、足が止まった。
    「………………」俯いて、拳を握りしめ、歯を食いしばるようにして。
    「……でも…僕は…」苦しげな声を絞り出す。気息を整えて、
    「……でも、僕は、なにも見ていない…」今度は平静な声で言い直した。
    満足したように頷いて、顔を上げ、歩き出す。
    疲弊と倦怠を滲ませた、重い足取りで階段を上りながら、
    「……晩ごはん、どうしようかな」どうでもいいことを、どうでもいいように呟いた。
    ……朝。
    鳴り響く電子音を止めて、即座に裕樹は起き上がる。
    意識と身体がグズっても、すぐに起きる。二度寝をしてしまえば、遅刻確定だ。誰も起こしてくれないから。
    遅刻は、よくない。
    制服に着替え、鞄を手に、階下におりる。
    キッチンでトースターにパンをセットしてから、洗面に向かう。
    冷水で顔を洗い、髪を整える。
    キッチンに戻って、トーストと牛乳だけの朝食をとる。
    母は、まだ起き出してこない。起きるのは裕樹が家を出た後で、食事はとらずに出勤しているようだった。
    無理もないな…と、裕樹はひとりごちる。ここ数日の、このひとりの朝食のときに、決まって呟く。
    佐知子の帰宅は、連日遅くなっている。出勤時間は変わらないのに、帰ってくるのは、毎日深夜近くだ。
    “人員不足を補うため、勤務シフトが変更された”のだそうだ。
    数日前、あの急な泊まりこみの次の朝に、佐知子からそう告げられた時。
    “大変だね”と、裕樹は母を労った。
    他に言うべき言葉もなかった。母の職場の事情というなら、仕方のないことだ。
    随分、急な話だとは思えても。仕事ならば。
    ……母の説明を疑う理由など、ないわけだから。
    詰めこむように頬張ったトーストをミルクで流しこんで、裕樹は立ち上がった。
    使った食器−皿が一枚とコップ一個−を流しに片して、再び洗面所へ。
    歯磨きを終えれば、朝の支度はすべて済んでしまう。起床から10分あまり。
    時間は早いが、もうすることもない。鞄を取って、玄関へ向かう。
    靴を履きかけて、ふと思い出したように、制服の内ポケットに手を入れた。
    入れっぱなしになっていた財布を取り出す。
    「……………」
    布製のパースの札入れには、万札が三枚。当座の夕食代として、
    母から渡されたお金を、疎ましげな眼で確認して。パースをポケットに戻す。
    靴を履いて、ドアを開けた。
    「……いってきます…」外を向いたまま、ボソリと呟いて。後ろ手にドアを閉めた。
    授業は真面目に受ける。
    最近、勉強が手についていなかったという自覚もあるから、集中して取り組む。
    休み時間も、ほとんど自分の席で過ごす。親しく話すような友人はいない。
    高本や市村には、近づかない。勿論、宇崎達也にも。
    自分からは近づくことはしないが。市村らの側から仕掛けてくる接触を裕樹は拒みもしなかった。
    ……今日も、誘われるままに放課後の校舎裏へやって来て、裕樹は市村の話を聞いていた。
    定例となったこの会合に、宇崎達也が加わることは一度もなかった。
    教室でも、そうだ。
    同じクラスにいれば、ふとした折に目が合ったりもする。廊下ですれ違うこともある。
    そんな時には、裕樹は意に反してビクリと身を固くせずにはいられないのだが。
    達也のほうでは、まったく反応を示さなかった。裕樹のことなど、ハナから意識に捉えていないかのように。
    すなわち、他の生徒に対するものと少しも変わらない、達也の態度で。
    その度に、裕樹は奇怪な感情の波立ちを感じてしまう。
    自分が他の生徒と同じく扱われるのは、不当ではないか?と。
    ひどく侮辱されたような気持ちになって。
    そして、慌てて、自分の馬鹿げた情動を打ち消すのだった。その怒りは、裕樹がしがみつく、裕樹にとっての“現実”を、自ら否定するものであるから。
    存在だけで、裕樹が必死に守ろうとする自分の世界を脅かす宇崎達也を、極力、視界にも入れないように注意を払いながら。
    その一方で、市村らの誘いには、おとなしく応じる自分の心理は、裕樹自身にも、完全には理解できていない。
    意識の上っ面では、それを笑うためだと思っている。性懲りもなく続けられる“作り話”を笑いとばすことが、自分なりの戦いであるという認識。
    逃げれば、連中の悪趣味な妄想を、少しでも本気にしてしまっていることになるから、と。
    だが、それだけでもないのだ。
    聞きたくはないが、聞かずにはいられない。
    “佐知子”という名の、その淫奔な母親の行状について。知りたいとは思わないが、情報を遮断してしまうことにも耐えられないのだった。
    だから、この日も。
    冷笑を浮かべようとして果たせず、ただ能面のような無表情を貼りつけて、時にキツく拳を固めながら、裕樹は、禍々しい言葉に耳を傾けていた。
    語られる状況には、この数日、劇的な進展はなかった。
    “佐知子”が、毎日、仕事の終わった後、“達也”の部屋に通いつめている。
    息子には、“人員不足を補うため、勤務シフトが変更された”と嘘をついたそうだ。
    無言で裕樹は聞いて、その仮面の底の感情を探る眼を向けながら、市村は、淡々と語り続ける。その構図は、傍で眺める高本に、冷えびえとしたものを感じさせた。
    ……やがて、さしたる時間も費やさずに、話の内容の毒々しさとはかけ離れた静かな空気のまま、会合は終わる。
    最後まで沈黙を貫いたまま、裕樹は、その場を離れて、帰路につく。
    途中のコンビニで弁当を買い求めて、家に帰る。
    無人の家に帰りついて。
    自室に篭って、宿題と予習を済ませる。
    買ってきた弁当を食べて、風呂をつかう。
    部屋に引き上げて、本を読んだりで時間を潰していると、ようやく階下から、母の帰宅した気配が伝わってくる。
    それを合図にしたように、裕樹はベッドに入り、灯りを消す。
    下におりて、母と顔を合わせようとはしない。しかし、母が帰る前に就寝することもないのだった。
    寝つきが悪いということはなかった。
    しかし、眠りは浅いのだろう、夜中に眼が覚めることが多くなった。
    この日もそうで。ひどく嫌な気分で、眼が覚めた。
    薄く寝汗をかいている。喉の渇きを感じて、裕樹は階下におりた。
    キッチンで水を飲む。フーと息をついて、ふと周囲を見まわす。
    シンと寝静まった家内の風景。時計の針は、午前三時を指していた。
    部屋に戻りかけて、階段の前で足を止める。
    少し考えてから、足を向けたのは、奥の寝室…ではなく、浴室だった。
    脱衣所には、かすかな熱気が残っていた。遅くに帰って、それでも
    佐知子は日課の長風呂はすませたらしい。
    「………………」裕樹は、洗濯機のフタを開けた。
    寝ぼけているのかな? と、自分の行動を訝しむ。
    『お約束、ってやつ』
    いつぞや、市村に囁かれた言葉を思い出していた。あるいは、最前までのイヤな夢の中で、また、その教唆を聞いたのかもしれない。
    『寝取られ息子は、母親の脱いだ下着を確かめるんだよ。そこに、ベットリ男のモノがついてたら、それはけっこう決定的な証拠だろ?』
    そう市村は言った。付け加えて、
    『達也は、量多いぞ。ナマでしかやらないし。“お土産”はタップリだろうな』
    溜まった洗濯物の一番上に、無造作に置かれてあった。
    派手な赤色の、ブラとショーツ。
    裕樹は手を差し入れて、ショーツの紐のように細い腰の部分を摘んだ。
    慎重に引っ張り上げる。その馬鹿げたほどの狭小さにしては、持ち重りがした。湿った布地の重さだ。
    ゆっくりと、洗槽の上縁まで持ち上げて。
    「………………」しかし、そこで裕樹は指を放した。
    ベチャリ、といった感じで、赤い下着は洗濯物の上に落ちた。
    素早くフタを閉めた瞬間に、股布の裏側からドロリと零れるものを見たような気もしたが。
    「……見てない…」キツく洗槽のフタを押さえつけて、ふりしぼるように裕樹は呟いた。
    しばし、その姿勢で固まって、体の内に荒れ狂うものをやり過ごす。
    「…なに、やってんだろ」無理やりに、自嘲の笑みを浮べた。
    「やっぱり、寝ぼけてるんだ」
    そう、自分は夢遊の状態にあって、だからこんな、馬鹿げた行動をとって。
    朝には、全部を忘れてしまっているに違いないのだ。
    「……それなら」
    裕樹は、さまざまな化粧瓶が並んだ洗面台を見回し、それから、視線を上へと動かした。造りつけの戸棚を開ける。
    あっさりと、探すものは見つかった。隠すという配慮もなく、棚の取りやすい場所に置かれてあった。
    それもやはり、市村から教えられたこと。
    『“佐知子”は、達也に尻の穴まで捧げてさ』今日の昼間、聞かされた情報だ。
    『さすがに淫乱ママさんだけあって、すぐに後ろの味も覚えたらしい。ただ、達也のチ○ポをブチこんでもらうためには、ケツ穴をキレイにしとかなきゃならないってんで…』
    “佐知子”は、勤務が終わると、病院で“浣腸”を用いて、薬利的な排泄で腸を清めてから、達也の部屋に向かうのだという。
    「……………」
    裕樹は、棚の中の横長の青い紙箱へと手を伸ばした。側面に印刷された文字を指で辿りながら、読み上げる。
    「『イチジク浣腸 10コ入』」
    ふーん、と感心したような声を洩らして。開けっぱなしになっている上縁を指で引いて箱を傾げ、中を覗いた。透明な小袋に包まれたピンク色の容器が四つか五つ、入っていた。
    つまりは。毎朝、ここから一個ずつ取り出して、病院へと持っていくのだろう。
    そして、仕事が終わると、病院のトイレでそれを使って。
    お腹の中をキレイにして、達也の部屋へ…。
    「…ああ、ちがう」
    それは、作り話の中の“佐知子”の行動なのだから。ここに置いてある浣腸は、それとはなんの関係もないものだ。
    あの馬鹿げた妄想とは、無関係に、
    「ママが、カンチョーしてる」
    声に出して、裕樹はそう言って。自分の言葉にクスクスと笑った。
    それは、尾篭な話題をことさらに喜ぶ、子供の笑いだった。
    “浣腸”という単語だけでも可笑しいのに、それが、あの綺麗なママと組み合わされれば、いっそう笑いを誘う。
    しばし、深夜の洗面所に、忍び笑いが響いて。そして、いきなり止んだ。
    乱暴に戸棚を閉めて、裕樹は身を翻した。灯りを消して廊下に出る。
    奥の、母がグッスリと幸せそうな顔で眠りこけているだろう部屋のほうには見向きもせず、階段を上り、自室に戻る。
    暗い部屋の中、ベッドに倒れこんだ。
    ひどく疲れた。階下をうろついていたのは、わずかな時間なのに。
    「……やっぱり、寝ぼけるのは、よくない…な…」
    自嘲の口調で呟いて。それで、終わらせようとしたのだが。
    しかし、不意にこみ上げた激情が、軋むような声となって口から洩れた。
    「……いつ…まで…」
    …この苦しさが続く? と、誰かに問うたのか。
    …こんな欺瞞を続ける? と、自分に訊いたのか。
    どちらにしろ、弱い声は闇に吸われて消える。裕樹を包む深い闇に。
    だから、
    「……うそ。今のナシ」
    綻びから零れた心を打ち消す裕樹の言葉も、また虚しかったのだが。
    裕樹は上掛けを引き上げて、頭まで覆い隠した。
    この夜の絶望も悲痛も、なにもなかったことにするために。
    ……しかし。
    たとえ裕樹が、崩れかけた砦の中に居続けることを選ぼうとも。
    さらなる変転は、やって来る。
    裕樹の、そして佐知子の、意志も想いも、なんの関係もなく。
    母子を取り巻く状況は、また変わる。お構いなし、否応なしに。
    その時は、近づいていた。
    −27−
    ポチ…ポチ…ポチと、三秒くらいの間隔でジャンプ・ボタンを押していく。
    それにつれて、大型のモニターの映像が、カーチェイスから銃撃戦、派手な爆発へと変わる。忙しない転換のために、大袈裟な音楽と効果音が、余計に騒々しく感じられた。
    つまらなそうに画面を眺めていた達也は、じきにリモコンを操る指を止めて、
    「…もういいや。高本、取り替えて」
    「……んー…」
    モニターの傍に座った高本は、不服そうに喉を鳴らしながら、かきこんでいた焼きウドンの皿を置いた。
    マンガ喫茶の個室である。普段はあまり利用しない場所に三人がたむろしているのは、無論、達也の気まぐれによるものだ。
    当然のように長いソファを占有した達也は、大量に持ち込んだDVDを跳ばしとばしで途中まで観ては、次のソフトと取り替えることを繰り返していた。
    悠然と寝そべったまま、自分では指一本しか動かさないのだから。
    入れ替え係にされた高本が、
    「忙しないなあ。ゆっくり食べてるヒマもない」
    タイトルも見ずに取り上げた別のソフトをセットしながら、ブツブツ愚痴ったのも、無理もないともいえたが。
    しかし、テーブルの上には、すでに平らげられたカレーとピラフの皿が重ねて置かれているのだ。払いは全部達也持ちだからと、ゆっくりとは食えなくても、しっかり食っている。まあ、いつものことなのだが。
    市村はといえば、一揃い持ち込んだ続き物のコミックを熟読中である。
    程なく、焼きウドンもやっつけて、さすがにクチくなった腹を撫でながら、高本は食後の一服を点けた。満足そうに煙を吐き出しながら、達也を見やった。
    達也は、モノクロのいかにも旧そうな映画を、先程までよりは落ち着いて観ている。
    「……宇崎クンさあ」探るような声で、高本は呼びかけた。
    「……ん…?」
    「そろそろ、佐知子が部屋に来る時間じゃないの?」
    「…そうだな……」
    画面に眼を向けたまま、どうでもよさそうに答える達也に、さらに高本の期待は高まる。
    そもそも、急に、こんなとこに立ち寄ろうとか言い出した時点でクサかった。
    達也の、そういう気まぐれは、徴候に違いないのだ。
    “近いうちに”という約束もあったし。
    しかし高本は、グッと昂ぶりを堪えた。ここまで来て、あまり逸る気持ちを押し出すと、また達也の天邪鬼を起こしてしまうかもしれないからと、慎重に出方を考えていると、
    「…ああ、そうだ」達也が、なにか思い出したようすで、
    「高本に、土産があったんだ」ポケットを探って取り出した小物を、ヒョイと放った。
    高本の手に渡ったのは、一本の口紅だった。
    「なにコレ、佐知子の?使用済み?」フタを取り、紅棒を回し出しながら、確認する。
    「そう。アナル用だけどな」
    「マジッ!?」
    と、聞き返した時には、もう切っ先を鼻穴につっこむようにして、クンカクンカと匂いを嗅いでいる。
    ムックリと達也は起き上がって、悪どい笑みを向けた。
    「フフ、素っ裸で姿見の前に立ってさ。デカ尻を鏡に映して一所懸命、塗りぬりすんのよ」
    「自分で塗るんだっ?」
    「そりゃ化粧は、女の嗜みだもの。で、自分で分厚い尻肉パックリ開いてさ。赤く染まった肛門さらしておねだりだよ。“佐知子のアナル犯してください”てな。可愛いもんだろ?」
    「ウヒャヒャ、イカレてるっ、越野ママ、サイコーッ」
    哄笑すると、高本は昂ぶりのままに口紅を咥えて、ジュプジュプと抽送させた。
    アハハ…と、高本の昂奮ぶりを笑って。
    しかし、それで達也は、束の間の淫らな熱を消してしまった。
    「まあ、ケツも仕込んだし、オシッコも飲ませたし…」
    物憂げに呟きながら、卓上に置かれた高本の煙草とライターを手繰り寄せた。
    一本くわえて点ける。キツイ味わいに、軽く眉をしかめながらも
    煙を肺に入れて、深くソファにもたれた。
    「……………」
    高本は、口からルージュを離し、また緊張した面持ちに戻って、達也を凝視した。
    唇の真ん中だけが赤く色づいているのが、珍妙で不気味だったが。
    表情はいたって真剣に、達也を見つめて。そして待っている。
    達也の次の言葉を。
    市村も顔を上げて、達也へと視線を向けていた。
    達也は、フーッと煙を天井に吹き上げ、グリリと首をまわして。
    「あー……なにか、面白いことない?」ヨシッ、と高本が両の拳を握りしめた。
    それは、達也が、いまのオモチャに飽きた時の、お決まりの科白であったから。
    「長かった。長かったなあ、今回は」
    腹の底から述懐して、クーッと感涙に咽ぶマネまでする高本。
    「……そんなに長かったかな?」
    「いや。俺が思ってたよりは、早いくらいだけど」
    「そりゃあねっ。そりゃあ、市やんは、佐知子ママより裕樹チャンのほうにご執心ですからなあ」
    「語弊があるなあ……」
    「さあ行くかっ、さあヤルかっ」
    高本は、もう、その場に立ち上がって、
    「すぐに宇崎クンの部屋に行って、佐知子を待ち受けて。ブッスリと、なあ」
    「…それでいいの? 浩次」
    「いやぁ、それはつまらないでしょ」途端に、高本はガックリと消沈して。
    「ああ…ねえ…わかってた、そうだと思いましたよ、ええ」
    ウンウンと、しきりにうなずいて、
    「…まあ、オレもね、今さら少しくらい待たされたって、別にね、うん。よござんす、おまかせしやすよ、ええ。いろいろと外道なことを考えるのは、宇崎クンと市やんの仕事でね。オレは、肉体労働専門ですから、ええ」
    「拗ねるなよ、子供みたいに」
    「アハハ、ま、高本、取りあえず座ってさ。口紅ふいたら?」
    「いえ、おかまいなく。アチシのことは放っといておくんない」
    達也のとりなしも跳ねつけて。高本は、横向きにチョコナンと座り直して両手で持った佐知子のアナル用ルージュをチュパチュパとシャブりはじめた。
    アハハと、達也がまた笑う。市村は、ポリポリと眉を掻いて、
    「ああ、だから…高本に早く働いてもらうためにもさ。佐知子には、しっかり因果を含めといてもらわないと」
    “引き継ぎ”前のひと働きを、達也に要請する。
    ん、と。鷹揚に、達也はうなずいてみせた。

    「…………え…?」と、佐知子が反応を返すまで、数瞬の空白があった。
    口元へ運びかけていたカップを、そろそろと戻して。
    「ご、ごめんなさい、達也くん、いま、なんて…?」
    聞き違えだろうと、慌てて聞きなおしたのだが。
    しかし達也は、冷静な声で、
    「もう終わりにしようって。そう言ったんだよ」
    今しがた、佐知子の耳が聞いた通りの言葉を繰り返した。
    一瞬、それを笑うか怒るか迷って、佐知子の表情はあやふやになったが。
    しかし静かに見つめかえす達也の眼色に、これは悪い冗談などではないのだと悟らされて。
    「…どう…して…?」呆然と呟くことになった。
    「どうして、急に、そんなこと…」あまりに突然と、佐知子が感じたのも無理はなかった。
    今日も、病院から達也の部屋へと直行して。
    心づくしの夕食をしつらえ、楽しく晩餐をとった。
    食後のお茶はリヴィングでと、達也が誘った。
    達也と差し向かいで、上質な紅茶の香りと味を楽しむことの幸福に佐知子は浸っていたのだ。穏やかなひと時を共有する喜びの中で、この後の熱い時間への期待をジンワリと高めながら。
    そこへ。突然の達也の言葉である。
    「僕も、いろいろ考えてさ」
    真面目な顔で、だが冷淡なまでに落ち着きはらって、達也は続ける。
    「やっぱり、僕らの関係って不自然だし。いつまでも続けられることじゃ」
    「いやっ」遮るように佐知子は叫んで、達也の膝に取りすがった。
    「いやよっ、どうして、いまになって、そんなこと」
    そんなことはすべて解っていて、それでも選んだ恋であるのに、と。
    涙を浮べた眼に必死の感情をこめて、達也の顔を見上げる。
    「好きだって言ったじゃない?私のこと、ずっと愛してくれるって」
    「うん、まあ、そういうことも言ったけどね」
    ありふれた別れの光景、ありがちな愁嘆場だともいえたが。
    冷たく別れを告げるのが(ひどく大人びてはいても)まだ中学生の少年であり、それに泣いてすがるのが、母親ほども年上の女だというのは、やはり異常な構図で。
    達也が今さらに持ち出してきた、この組み合わせの不自然さを如実に物語っていたのだが。
    しかし、客観にはどれほど珍奇だろうと滑稽だろうと、当の本人には、それどころではない。見栄も恥もない取り乱しようで、佐知子は達也の膝を揺すぶり、
    「嘘だったの?ぜんぶ、嘘だったの?私、信じてたのにっ」
    「そうじゃないけどさ」
    少しも、佐知子の激情には巻きこまれることなく。それでも達也は、口調を少しだけ優しいものに変える。
    「ただ、このまま続けても、あまり幸福な結果にはならないんじゃないかってね。だったら、綺麗な思い出にできるうちに、お別れしたほうが」
    「いやっ、いやよ、お別れは、いやっ」
    佐知子は、達也の腿に額を擦りつけて、激しく頭をふった。
    参ったな…と、達也は困惑するふりで呟いて、
    「でも、佐知子だって言ってたじゃない?長く続けられる関係じゃないって」
    「いやっ」
    確かに佐知子は、何度となくその言葉を口にしていた。達也との関係の端緒において。
    それは予感であり覚悟であり、また言い訳であったわけだが。
    しかし、それは、まだ達也と一線をこえる前だから、言えた科白であった。
    「ダメなの、もう、私、達也くんなしでは、生きていけない」
    達也の与えてくれるこの世ならぬ快楽、若い牡に肉体を貪られることの恍惚を失っては、本当に生きていける気がしない。それが、いまの佐知子だった。
    「大袈裟だなあ」しかし、達也は軽く鼻で笑った。
    「人は、太陽の光とココナッツ・ミルクさえあれば生きていけるんだよ?」
    脈略のない言葉は、あんまり年増女の醜態が可笑しくて、つい洩らした嘲弄だった。
    意味はわからなくても、からかわれていることだけは解ったから、
    「ひどい…」佐知子は泣き濡れた眼に怨みをふくんで、
    「もう、私の体に飽きたのね?だから、そんな…」
    ヒステリックに叫びかけて、その自分の言葉の惨めさが胸につまって、語尾を嗚咽にまぎれさせた。
    「飽きたってことはないけどね。いささか食傷気味なのは確かかな」
    「あぁ、そんな…」
    「それに。佐知子は、ずっと愛してくれなんていうけどさ。それはキツイよね、正直いって。佐知子の年を考えたらさ」
    「ああ、ひどいわぁ」
    ついに佐知子は号泣しはじめる。最大の泣き所である自分の年齢を、これ以上ないような、無慈悲なあからさまな言葉で攻められて。
    しかし、これほどの侮辱を受けても、この場を立ち去ることは出来ないのだ。
    そうすれば、達也を失ってしまうから。
    だから、佐知子は、身も世もないような悔しさ惨めさに泣きじゃくりながらも、達也にしがみつく力を強め、
    「……捨てないで…」最低の矜持さえ放棄して、そう繰り返すしかなかったのだった。
    「こんなヒドイことを言われても、まだ、そう言うんだ?」
    呆れたように達也は言ったが。無論、そんな佐知子の反応は見越していたのだった。
    このはるか年上の女の肉も魂も完全に掌中にしているという
    倣岸な自信があればこそ、あんな雑言を吐いてみせたわけだから。
    「…だ、だって……」果たして、佐知子は涙に濡れた面を上げて、哀切な訴えを続ける。
    「達也くんの、言うとおりだもの…わかっているの、私は、こんな年の女で、若い達也くんには、不釣合いだって、わかってる」
    血を吐くような思いで、常に心の底にわだかまっていた辛い認識を言葉にして。
    “でも”と、佐知子は、哀しい叫びを迸らせた。
    「好きなのどうしようもないのっ、離れられない、おねがい捨てないでお願いだからぁっ」
    こみ上げる激情に、またワーッと声高く泣き出しては、ヒシと達也にしがみついた。
    (……ったく、見苦しいなあ。トチ狂った年増は、これだから)
    実際、見苦しいとしか言いようのない錯乱ぶりを見下ろして、達也は心中に毒づく。
    だが、あの生真面目な雰囲気の、貞淑な寡婦であった同級生の母親をここまで堕としめてやったことには、相応の満足を感じて。
    さて……と。ようやく本筋に戻ろうとする。
    手を差し伸べて、オイオイと泣きじゃくる佐知子の髪に優しく触れた。
    ビクリと佐知子が敏感な反応を示して、泣き声が弱まる。
    「……あらためて、考えると」
    達也は、柔らかな声、佐知子を誑かした、あの深い声音で語りかけた。
    「奇妙な関係だよね、僕らって」
    「………………」
    佐知子が、おずおずと顔を上げて、上目づかいに達也を見た。
    「どう言い表すのが、相応しいのかな。恋人、ってことはないよね。こんな、親子ほども年が離れててさ。恋人だなんっていったら、笑い話だ」
    優しい声で、残酷きわまる言葉を、サラリと告げる。
    胸を引き裂かれるような痛みと悲しみに、佐知子は耐えて、
    「……ど、奴隷…よ……」勝手に口を突いた言葉に、一筋の光明を見たように、
    「そう、奴隷、佐知子は達也くんの奴隷なの、そう誓ったわ」
    勢いこんでまくしたてて、達也の手を両手で捕まえて、指先に唇を触れさせた。
    あらためて、隷属を誓うように、何度もくちづけを捧げながら哀願の眼を達也に向ける。
    「ああ、奴隷ね。そんなことも言ってたっけ」
    鷹揚な態度で佐知子に手を与えながら、達也は、
    「僕は、ちょっとしたプレイのつもりだったんだけど。佐知子は本気だったんだ?」
    ヌケヌケとのたまった。
    佐知子は深くうなずいて、
    「奴隷よ、佐知子は達也くんの奴隷」真情のこもった声で、繰り返した。
    「奴隷でいいから、だから」どうか、そばに置いてくれと、強く達也の手を握りしめる。
    「ふむ……。まあ、そっちのほうがわかりやすいかな」 達也は言った。
    「佐知子は、僕のチ○ポから離れられなくなった、セックス奴隷ってことで。うん、そのほうがスッキリしてるね。いい年の母親が息子の同級生を相手に愛だの恋だの言うよりは」
    あっけらかんと吐かれた言葉は、また佐知子の胸を刺して。
    恥辱とともに、佐知子は、愚かしい恋の夢が破られたことの痛みを噛みしめた。
    それでも、達也に捨てられることだけは耐えられないから、
    甘んじて受け入れるしかなかったのだが。
    「……でも、私が達也くんを愛していることは、本当のことよ」
    最後の意地のように、佐知子は呟いた。哀しげな声で。
    「まあ、それは構わないけどね」尊大に、若い主人は許可を与えた。
    ……実質的に、なにが変わるわけでもなかった。
    ただ、ふたりの関係に被されていた偽りの皮が、完全に引き剥かれただけで。
    愚かな女の愚かな幻想が殺されただけのことである。
    それさえも大した問題でもなかったのかもしれない。当の佐知子にとっても。
    達也の言葉に、どうやら今すぐ捨てられることは避けられたと悟った佐知子の胸には、悲しみよりも強い安堵の感情がわいていたのだから。
    しかし。本題はこれからだった。
    ここまでの迂遠な遣り取りは、達也が遊んでいただけのことだから。
    悪仲間たちへの約束を果たすために、達也は暫時、思案顔をつくって、
    「……でも、佐知子が完全に僕の奴隷だってことになると」
    そう切り出した声の響きが、またぞろ佐知子に不安な感情を喚起させた。
    「やっぱり、今までみたいに、毎日逢うってことは出来なくなるな」
    「どうしてっ!?」それでは話が違うと食い下がる佐知子に、達也は何食わぬ顔で、
    「奴隷みたいな女はね、他にも何人かいるんだ」
    「………………」佐知子の形相が強張り、瞳に炎が燃え立った。
    薄々感じてはいて、懸命に眼を反らしていた事実を、ハッキリと告げられて。
    胸を焦がすドス黒い嫉妬の感情を、しかし佐知子は抑えなければならないのだ。
    そんなことを言える立場ではないと、今さっき、自分から認めたのだから。
    「最近は、こうして佐知子にかかりっきりで、他の女たちには逢ってないわけだけど。いつまでも、放っとくわけにもいかないんだよね」
    人もなげな達也の言葉の、行き着く先を察しても、そのまま聞くしかなく。
    「だから。佐知子が、奴隷としてでも僕のもとにいたいっていうなら。これからは、自分の順番が回ってくるのを待ってもらわないとね」
    ことさらに神経を逆撫でするような言い方を達也は選んで。
    どう? と、佐知子に問うた。
    「………………」
    キツく唇を噛んで、叫びだしたい感情を堪えた。溢れる涙をこらえることは出来なかった。
    ポロポロと涙を零しながら、佐知子は、それでも頷こうとしている自分を知る。
    達也を完全に失うよりは、と。
    ……どこまで、堕ちるのか。
    一瞬掠めた理性に半ば呆然として、達也を見やった。
    曇った視界に、傲然と見下ろす達也が映る。わずかに口の端を歪めて、でもそれは優しい微笑ではない。冷たい笑み。
    酷薄な表情を浮べたその面が、しかし、やはり秀麗だと思う。
    その眼に見すえられると、熱く甘い痺れが背を走った。いつものように。
    どうしようもなく達也に囚われてしまっている自分を、あらためて思い知った
    佐知子は、諦念とともに受け容れるしかなかったのだが。
    「……どれくらい…?」
    それにしたって、受諾に代えたその問いかけは正直に過ぎて、さもしいとさえ言えた。
    「どれくらい待つのか、って?」
    嘲笑をこめて達也が念押しした通りのことを、訊いたわけであるから。
    どれだけ待てば“自分の番”が回ってくるのか? と。
    「そうだな。取り合えず、佐知子にはしばらく我慢してもらうことになるな。ここ最近は、ぶっ続けだったんだから」
    「そんなっ…」
    「我慢できそうにない?まあ、そうかもね。佐知子のチ○ポ中毒は、かなり重症だから」
    ふむ、と達也は首をひねって、
    「これで、また裕樹くんとの関係が復活したりすると…それは、マズイよねえ」
    「そんなっ、そんなことしないっ」
    即座に佐知子は否定した。
    「裕樹とは、もうしてないわ、本当よ。これからだって、しない」
    躍起になって主張して。それでも疑う眼を向けられて。
    佐知子は心底から、裕樹との相姦の過去を悔やんだ。
    「まあ、いまさら裕樹くんとじゃ満足できないだろうけどね」
    「そうよっ、そうなの、だから、」
    「そうすると……他に男を探そうとするかもな。佐知子くらいの女なら、相手には困らないだろうし」
    「あぁ、どうして…」そんなことを言うのかと、佐知子は強く頭をふって、
    「佐知子が抱かれたいのは、達也くんだけなのに」
    「僕のほうが、佐知子の本性をよく解ってるってこと。チ○ポなしじゃ、一日だっていられないんだから。いまの佐知子は」
    「そんなことっ、それは達也くんだから」
    必死な佐知子の訴えは聞き流して、達也は、
    「さて。どうしたものかな。奴隷に勝手に男あさりをされたんじゃ、僕も気分が悪いし」
    考えこむふりをして。“ああ、そうだ”と、さも今思いついたように切り出した。
    「こうしよう。僕が会えない間は、高本と市村に佐知子の面倒をみてもらう」
    「なっ…」驚愕に目を見開いて、佐知子は絶句した。
    「うん、それがいい。あいつらなら、安心して任せられる」
    「い、いやよっ、そんなこと、馬鹿なこと言わないで、達也くんっ」
    「どうして?」
    「ど、どうしてって…」
    「“中学生だから”とか、“息子の同級生だから”なんてことは。まさか、言わないよね?」
    「なっ……それ、は……でもっ」
    「大丈夫だよ。連中も、それなりに場数はふんでるし。特に高本なんて、パワーは僕以上だからね。きっと佐知子も満足できるさ」
    「そんなことを言ってるんじゃ」
    「じゃあ、命令ってことにしようか。主人から奴隷への命令」
    いい加減、面倒くさくなってきたとばかりに、達也は言い放った。
    「奴隷は、なんでもするんでしょ?」
    「ち、違う、それは達也くんにだけよっ、他のひととなんて」
    「ま、好きにするさ」突き放すように、達也は言って、
    「でも僕も命令した以上はね。それが果たされるまでは佐知子を呼ぶこともないだろうよ」
    「あぁ、そんな……そんなのって…」佐知子の嘆きの声に絶望が滲む。
    話は終わったというふうに、達也はソファに深く背を沈めた。
    フッと、冷笑を刻んで、もうひとつだけ付け加える。
    「まあ、そう言わなくても。時間が経てば、佐知子の考えも変わると思うけどね」
    そう言って。それで本当に口を噤み、目も閉じて。瞑想するような態勢に入ってしまう。
    「…あぁ……」佐知子が、悲痛な声を洩らした。
    蒼白な面で達也を仰ぎ見て、涙に濡れた眼に浮べた哀願の色は虚しく。
    達也の膝にしがみついた腕も、力を失っている。
    悲嘆と絶望にすすり泣きながら、
    「……できない……できないわぁ……」 無力な呟きを、いつまでも繰り返していた。
    ◆◆◆
    ……この数日、母の帰宅が早い。
    以前と変わらぬ時間に帰ってくる。夕食も、相変わらず手抜きな内容ではあっても、用意してくれる。
    ……どういうことだろう? と、裕樹は考える。ひどく慎重に思いを巡らせる。
    久しぶりに母と共にする時間を、素直に喜ぶという心境にはなかった。
    実際、喜ぶべき団欒などないのだ。母は早い時間から家にいる。それだけだった。
    出来合いの惣菜を並べた食卓。ほとんど会話もない。笑顔もなかった。
    そして食事が終われば佐知子はすぐに自室にこもって。入浴以外には出てこないのだった。
    裕樹と顔を合わせる僅かな時間の中では、佐知子は、いつも暗い表情で鬱々と考えこんでいる。なにか深い懊悩にとらわれて、それを裕樹に隠そうともしていなかった。
    冷めたおかずをつつきながら、そんな母の様子を裕樹は眺めた。
    その眼色は、案ずるというには陰気に過ぎた。観察する眼だった。
    「ママ。シフト、もとに戻ったの?」三日目の夜に、裕樹は訊いた。
    もともと、佐知子の帰宅が遅くなったのは、人手不足による勤務シフトの変更のため…だったはずだから。それが旧に復したのかと尋ねたのだ。
    ここまで、佐知子からは一言の説明もなかったのである。
    「…えっ? ……え…ええ…」
    思索を破られた佐知子は、一瞬なにを訊かれたのかと考える様子を見せて、それから、曖昧にうなずいた。
    「……また、変わるかも…しれないけど…」
    どこか切なげな口調で付け足す。そうなることを願うような。
    ふーん、とだけ裕樹は返して。それで話を打ち切った。
    ……食事が終わり、佐知子が立ち去ってからも、ひとり残って。
    どういうことだろう? と、裕樹は考える。
    この変化を、どう受け止めるべきだろうか? と。
    その思考は、裕樹にとっては、危うい、忌避すべき方向のものであったはずだ。
    裕樹の“現実”においては、佐知子の短い説明だけで納得すべきところだから。
    張り巡らせた防壁は、磨り減って、薄く低くなっている。
    裕樹は、まだそれを自ら打ち壊そうとはしないが。
    ひび割れた隙間から、そっと外の気配をうかがう。いまは、そうすべきだと急き立てるものが、裕樹の中に生じていた。
    ……奴等の“作り話”に、照らし合わせるなら、と。
    なおも周到に前置きした上で、裕樹は思考を進める。
    頭を悩ますまでもなく、ひとつの仮定に行き着く。
    早くなった帰宅。陰鬱な顔で思い悩み、朝には泣き腫らした眼をしている母。
    「……ママは、達也に、捨てられた」
    声に出して呟いた。“別れた”ではなく“捨てられた”と。その方が、的確だろうと思えたから。
    だが、そう言葉にした時に胸にこみ上げたのが、屈辱の感情であったことに裕樹は当惑した。自分の貴重に思っているものを貶められた怒りだ。
    あんなに綺麗で優しいママを捨てるなんて……と。
    それは、あまりに馬鹿げた感情に思えた。自分の心の動きとして認めがたがったので。
    それも、馬鹿げた前提に立って考えてしまったからか……と、裕樹は防壁の内へ逃げこむことで、思考を中断した。
    ひとまずは。
    ひとまずは、己の“現実”の中へと逃れて。
    しかし、やがて裕樹は、また考える。
    静かな食卓で、ひとりの部屋で、教室で。
    観察し、思索し、そして乱れ騒ぐ自分の心が扱いきれなくなれば、緊急避難をする。そんなサイクルを繰り返す。
    母は、日ごとに懊悩と憔悴を濃くしていった。
    自分の推測への確信を深めながら、裕樹はなおも慎重に断定を避けた。
    もっと情報が欲しかったが、佐知子が早く帰るようになってからは、高本も市村も近づいてこない。
    あるいはそれも、母と達也の関係が終わったことを告げるものかもしれないと、裕樹は考える。連中は、もう“作り話”のネタを仕入れることが出来なくなったのだ。
    「……違うな。飽きただけか」
    達也が母に飽きたように、市村らも自分を嬲ることに飽きて。
    用済みのオモチャとして、自分たち母子を放り投げたというのが妥当なところだろうと考えて。
    こみ上げる憤怒を、裕樹は抑える。それは先走った感情だと。
    まだ決めつけるのは早い。この変化が一時的なものでないという保証はない。
    喜ぶのは、まだ……
    「……喜ぶ…?」裕樹は、自分に聞き返した。
    当然それでいいはずだ。とにかくも母と達也の忌まわしい結びつきが消滅することは、歓迎すべき推移であるはずだった。
    実際に、喜びと呼んでいい感情が裕樹の胸にわいている。だが、それは純粋なものではなくて、どこか後ろ暗い快味だった。
    いい気味だ、と。
    心の底で感じてしまっている自分に裕樹は気づいた。
    自覚したドス黒い感情に、裕樹は驚き、すぐにそれを否定しようとした。
    そんなふうに思うのは間違っている。
    ママは、達也に騙されただけだ。人がいいから、優しいから、つけこまれてしまったのだ。ママも被害者なんだ……
    自分に言い聞かせながら、それをせせら笑う声を裕樹は聴いた。
    嘲笑は、宇崎達也とも市村とも、あるいは裕樹自身の声にも聞こえた。
    自分の声を聞き分けて、それが、いまの裕樹には限界だった。
    それ以上、自分の心裡に踏みこむことは出来ない。母に対する感情の変容を認めることは出来ないから、裕樹はまた立ちすくむしかない。
    足を止めて、目を逸らして。それでも、きりもなく繰り返す堂々めぐりの無意味さには気づいてしまって。
    「……僕は…どうしたいんだ…?」
    倦み疲れた裕樹の口から、そんな自問が零れ出た。
    自分は、どうしたいのか、どうすればいいのか、と。
    この悪い夢のような状況に陥ってから初めて、実際的な思索を意識に上らせたのだった。
    このまま、達也が完全に母から離れていったとして。その時に、自分はどう行動するのか? まるで別人のような弱々しさをさらして、なかなか立ち直る兆しを見せない、それどころか日に日にやつれはてていくようすの母に、どのように対するのか?
    ……すべてをブチまけるというのは、どうだろうか? いまこそ。
    なにもかも知っていることを母に告げて。鬱積した思いを叩きつけて。
    そして……“やり直そう”と、母に言うのだ。“僕は、ママを赦すから”と。
    うっとりと、裕樹はその光景を夢想した。
    “ごめんね、ごめんね、裕樹”と、涙に咽びながら何度も詫びるママ。
    その体を抱きとめて、優しく背を撫でながら、“もういいんだよ、ママ”と……。
    憧れるように、裕樹はそんな場面を思い描いて。
    それだけだ。実行に移そうとは思わない。
    ひとつ間違えれば、完全に母との関係を壊してしまう行動だ。
    それは、裕樹には背負えるリスクではなかった。
    「……結局、僕は」
    どうあってもママを失いたくないんだな、と。いまさらながらに確認して。
    そうであれば、とるべき道は自ずと定まる。
    なにも知らないふりを押し通すことだ。
    これまでと変わらずに…ではない。もう裕樹は、自分を欺くことに、その無意味さに疲れてしまったから。
    事実を受け容れて……受け容れたことを認めて。その上で平静を装うのだ。
    時間がママの傷を癒してくれるのを見守って。時には、さりげない慰めや励ましを送る。
    「…僕が、ママを支える……」
    言うほど簡単なことではないだろう。いまは疲れ麻痺してしまった心だが、また死ぬほどの苦しみを何度となく味わうことになるだろう。
    吐き出されぬまま胸の奥底にわだかまった黒いモノも鎮め昇華しなければならないだろう。
    それでも。母との平穏で心通い合った生活を取り戻すためには、その道を進むしかないのだと思い定めて、
    「……僕が、ママを守る…」裕樹は、呪文のように呟いた言葉の甘美な響きにすがった。
    ……長い彷徨の果て、迂遠な臆病な思索の末に。とにかくも裕樹は見つけたのだ。
    この闇に閉ざされた迷宮からの出口を。ひとりの力で。
    それは強いられた苦いものではあっても、成長と称すべき変貌であったはずだが。
    しかし。
    苦い満足を伴った裕樹の悲壮な決意は、覚悟していたような試練を受けることもなく潰えることになる。
    ようやく辿り着いた出口の向こうには、より深い奈落が口を開けて待っていたということだった。
    −28−
    状況が変わってから、ちょうど一週間目の放課後。
    裕樹は、久しぶりに高本と市村からの呼び出しを受けた。
    例の校舎裏へと、裕樹を連れ出して。
    「ママさん、元気か?越野」
    口火を切ったのは高本だった。最近のこの“会合”では、喋るのは市村に任せて聞き役にまわっていることが多かったのだが。
    今日は、何故だか、やけに張り切っている。
    「泣いてる? 悲しんでる?」
    「………………」
    いやらしい笑いを浮かべた高本の顔を、裕樹は無言で睨みかえした。
    ついに、自分の中では事実を受け入れても。それを他人に明かす気はない。
    この連中に付き合うのも、これが最後だと思って、裕樹は耐える。
    最後に、こいつらは、母が達也に捨てられたことを嘲笑って。
    自分は、それを聞くことで、母が解放されたことを確認して。
    それで終わりだ。それきり、市村とも高本とも達也とも、完全に縁を切って。
    そして、自分と母はやり直すのだと。
    その思いで、裕樹は、この場に立っていたのだったが。
    「越野もさあ、愛しいママが悲しみにくれてるとこ、いつまでも見ていたくないだろう?」
    思わせぶりに。高本は奇妙なことを言い出した。
    「だったらおまえからも説得してくんない?佐知子に。いいかげんにハラをくくれってさ」
    「………………」…なにを? と、つい訝しむ表情を覗かせてしまった裕樹に、
    「……まあ、越野も察しはついてると思うけど」市村が口を開いた。
    「達也は、もう佐知子に飽きちゃってさ。別れるって言ったんだと」
    「………………」
    「いきなりだったんで、佐知子のほうは驚いてさ。絶対イヤだって泣いてすがったって」
    「もうタイヘンだったらしいぜ。いい年こいたオバサンが、ビービー泣き喚いて“捨てないでぇ”ってさ。みっともねえよなあ」
    「………………」ギュッと両の掌に爪を食いこませて、裕樹は恥辱に耐えた。
    言わせておけ。これが最後だ。これが…
    「達也も持て余してさ。それじゃあってんで、条件を出した」
    しかし、市村は“その先”へと話を進めたのだった。
    「今後、セックスの管理を、俺と高本に任せること。それが条件」
    「…え……?」
    「まわりくどいのよ、市やんは。要するに。これからは宇崎クンの代わりにオレたちが、佐知子の発情マ○コの面倒をみてやるっつーことよ」
    「なっ…!?」予想だにしなかった成り行きに、裕樹は露わな反応を示してしまう。
    ひとりの女を共有するなどとは、裕樹の幼い常識の埒外だったので。
    「まあ、オレもねえ……あんまり気はすすまないんだけど」
    高本は、わざとらしく眉を寄せて、
    「いくら、美人でいいカラダしてるったってさあ、母親くらいの年の女だろう?」
    「しかも、あの達也が持て余すくらいのスキモノらしいしな」
    「ブルブル……脅かすなよう。確か、宇崎クンに拾われるまでは、実の息子のチ○コ咥えこんでたってんだろ?」
    「ああ。でもそっちは二度としないって誓たらしいけど。どうせ満足できないんだしって」
    「アチャチャ…イカンですな、そんな色情狂を野放しにしとくと、社会の風紀が乱れます。ここはね、私もボランティアの精神で、その淫乱ママンの面倒をみましょう」
    「ご立派」好き勝手なことをほざいて。
    「越野からも、よくお願いしといたら? ママを頼むって」
    市村は、いまだショックのさめぬ裕樹に言った。
    「な……」
    「ああ、心配はいらんよ、越野クン。ボクチンにドーンと任せておきたまい」
    「そっ…」言葉が出ないふうな裕樹を、市村は笑って、
    「…まあ、佐知子は拒んだんだけどな。取り合えずは」
    「あ…」当たり前だろう! と、叫びたいのを、裕樹は懸命に堪えた。
    落ち着け、落ち着けと、自分に言い聞かせる。
    連中の無軌道ぶりなど、いまさらなことだ。
    むしろ、そんな無茶な条件が、ママと達也の断絶を決定的なものとしたに違いない。
    ママの…過ちは、達也に誑かされてのことだから。
    高本や市村に体を許すことを、諾うはずがないのだ。
    「けど、いくら佐知子が、それだけは出来ないって泣いたってさ」
    めまぐるしい思考をうかがわせる裕樹の表情を、面白そうに眺めながら、市村は続けた。
    「達也が、一度言ったことを引っこめるわけがない。どうしても従えないなら、それまでよって話。気が変わったら連絡しろと言って、放り出した」
    「……………」
    「思い直して、俺たちに股ひらくか。すっぱり、達也を諦めるか。佐知子に択べる道は、ふたつしかないわけだが…」
    どう思う? と、市村は訊いた。
    「佐知子は、どっちを択ぶと思う?」と、市村は裕樹に訊いたのだが。
    「決まってんじゃん、そんなの」自信満々に答えたのは高本だった。
    「宇崎クンに捨てられるとか以前にさ、そんな淫乱ママが、いつまでもチ○ポなしでいられるわけないじゃん」
    「…まあな。俺も、賭けるならそっちだけど」
    「鉄板だよ、そんなの……ん?」
    威勢のいい言葉を途中で切って、高本はズボンのポケットを押さえた。
    「なんだよ、またかあ?」
    呆れたような声を上げながらも、妙に嬉しそうに。取り出した携帯電話を開いて、画面に目を向ける。
    「……ブフフ、こりゃ、いよいよオッズ下がっちゃうなあ。元返しかも」
    「なんて?」手渡された携帯の画面を、市村も確認して、
    「……ふうん。ずいぶん軟化したな」
    「時間の問題っしょ」意味不明のやりとりの後に、市村は裕樹に視線を戻した。
    「本当は達也のケータイなんだ。これ」
    いまだ要領を得ないまま、しかし不安の色を濃くする裕樹に説明した。
    慣れた手つきで、達也のものだという携帯を操りながら、
    「電話はウザイから、言いたいことはメールで送れって。最後に会った時にそう言ったんだと。そしたら…」
    「タイヘンなんすから、もう。昨日は、十回は来たよなあ?」
    「昨日は十二通。今日は、これが四通目。一週間で都合四十一通」
    細かに数え上げて。市村は裕樹に携帯を差し出した。
    「ヤバイよねえ、ほとんどストーカーだよな」
    「つっても、達也が目を通したのは、最初の二、三通だけだけどな」
    ふざけた会話を聞きながら、裕樹は受け取った携帯に視線を落とした。
    クリアーな画面に一通のメールが表示されていた。日付は一週間前。
    文面は。本当に達也を愛している、達也なしでは生きていけない、どうか考え直してほしい、といった意味にことが、やや乱れた文章で制限字数いっぱいを使って書かれてあった。
    「最初のうちは、そんな感じ」裕樹の眼の動きを追いながら、市村が解説する。
    「捨てられかけた女の切々たる心情を訴える、ってとこだな」
    「泣かせるよなあ」そう言いながら、高本が笑う。
    裕樹は次のメールを開いた。日付は同日、数時間後。
    内容に大差はなかった。愛してる。捨てないで。
    でも、どうしても達也以外の男に抱かれることはできない、それだけは赦してほしい、と。
    「ま、最初の二、三日は、そんな感じで。回数も、日に三通とかだったんだが」
    いいタイミングで入る市村の補足を聞きながら、裕樹はさらに読み進んでいった。
    これを、手のこんだイタズラだと疑う気持ちは、わかなかった。
    小さな画面に映る無機質な文字の並びから、送信者の必死な心情が伝わってきたから。市村の揶揄も高本の評価も正しかった。
    それは悲しくて滑稽な通信の記録だった。
    「ところが、達也からは一向に音沙汰がない」
    「そら、そうだ。邪魔くさがって、オレたちにケータイ押しつけちゃったんだから」
    「佐知子は、そうとは知らない。なんとか達也の気を引こうとしてか、それとも、いよいよテンパっちゃったのか…」
    その変化のさまを、すでに裕樹は眼で確認しはじめている。
    四日目あたりから、メールの間隔が短くなり回数が増えた。
    文面に、淫らがましい言葉が混じりはじめる。市村の言うとおり、どうにかして達也の気を惹きつけようとしたのだろう。
    それは徐々にエスカレートしていった。
    「ヘヘ、“オマ○コ寂しくて、眠れない”だっけ?」
    高本があげつらった通りの言葉があった。
    「“達也くんのオチンチンが恋しい”ってのも、あったか」それもあった。
    どんどん卑猥に直截的になって。ほとんどイタズラかエロ・サイトの広告のようになっていくメールを、裕樹は丁寧にすべて読んでいった。
    こんな文章を。それでも、真剣な思いつめた表情で打ちこんでいたのだろう母の姿を思い描きながら。
    そもそも、母が携帯を所持していたことさえ、裕樹は知らなかった。
    母は、その年代の女性にはありがちなことだが、機械全般が苦手で。
    また、やや古風な美意識もあって、世のモバイル全盛の状況にも否定的だった。
    おかげで裕樹も、携帯を買ってもらうまでには、かなり苦労したし。
    ようやく許された時にも、マナー違反の通話はもちろん、人中でメールを打つ行為も、あまり見た目のいいものではないから控えるようにと釘を刺されたものである。
    ……すべて“以前の”母の話だが。
    無論、携帯電話は、達也との連絡のために購入したのだろう。
    であれば、それまでの反発とは一転して。その小さな機器は、佐知子にとって、大切な嬉しいツールであったはずだ。
    裕樹ですら告げられていなかったのだから、電話番号は、達也にしか教えていなかったに違いない。
    だが、それは佐知子が期待していたような用途には長くは使われずに。
    佐知子は、甘い言葉を交わすつもりで手に入れた電話機を哀切な心情と未練を伝えるために使うはめになった。
    まだ不慣れなはずの機器、操作方法を必死に覚えたのだろう。
    そして、達也へと(佐知子は、そう信じて)メールを送り続けたのだ。
    昼となく夜となく。勤務中の病院から、引き篭もった夜の自室から。
    (……そういうこと…か…)
    裕樹は胸中に呟いた。
    裕樹が、ひとり暗い闇の中に迷いながら、母を赦し、共にやり直すすべを模索していた長い時間に。
    母は、悔い改めようという意思など少しも持たずに。
    ひたすら、達也のもとへ戻ることだけを望んで、こんなものを送り続けていたわけだ。
    “達也くんの逞いオチンチンが欲しい”と“佐知子のエッチなオマ○コが泣いている”と。
    (……馬鹿だな、ママは…)
    いくら、そんなふうに媚びてみたって。達也は読んじゃいないのに。
    メールを受けるのは市村と高本で、奴等はそれを読んで、ママの必死さを笑っているだけなのに。
    裕樹は、笑いもせず、怒りもせずに。ひとつひとつ、機械的な丹念さで読み進んで。
    四十通まで読み終えて。
    最後の一通、いましがた届いたばかりのメールを開いた。
    「………っ」裕樹は、瞠目した。携帯を持った手に力がこもる。
    四十一通目は、ほんの一文だけの短いメールだった。
    露骨な卑語はなかった。愛だの好きだのと恥ずかしい言葉も。
    三度、その全文を読み返して。
    間違えようのない文意を、ようやく肺腑に落とした時、裕樹の世界からは、数瞬、色と音が消えうせた。
    小さな画面に浮き上がった文字だけ、『本当に』という言葉からはじまる短い文章だけが、眼に迫ってくる。
    『本当に達也くんの言うとおりにすれば、また会ってくれますか』
    「………ウ…アアアアアッ!」悲鳴のような叫びを迸らせて。
    裕樹は手にした電話機を、地面へと叩きつけた。
    赤いボディーの携帯フォンが、湿った土の上に弾み、
    「なにしやがるっ」当然の代償として、裕樹は叩きのめされた。
    さらに蹴りかかろうとする高本を、市村が止める。
    「やめとけって」
    体を入れた市村の肩ごしに裕樹を睨みつけて。それでも存外素直に高本は矛先をおさめた。
    「…ったく、もう。壊れてねえだろうなあ」転がった携帯を拾い上げて、点検する。
    「……………」
    地べたに尻を落としたまま、裕樹は口の端に滲んだ血を乱暴に拭った。痛みに表情が歪む。
    「ゴマカシも限界か」傍らから見下ろした市村が、嘲るように憐れむように言った。
    「……………」
    裕樹は無言で睨みかえした。無感情を装うことは捨てて、その眼には憤怒と憎悪が燃え立っている。
    平然とその視線を受け止めて。市村は薄ら笑いを浮べて、
    「越野、おまえさあ…」ゆっくりとしゃがみこんで、裕樹と目線を合わせた。
    「なにもかも、俺たちが悪いことにしたいようだけどさ。それは、どうよ?」
    「……………」
    「ま、実際、達也なんてヤツは、悪魔っていえば悪魔、化け物っていえば化け物だし。その手下の俺たちも、ロクなもんじゃないけど」
    悪びれもせずに、そう言い放って。
    けどな、と市村は続けた。
    「達也は、佐知子を無理やり犯したわけじゃないぞ。弱み握って脅したんでもない。ただ口説いただけだ。ツラがよくて口が上手い、若い男に口説かれて、その気になって。自分から股開いたんだぞ、おまえのママは」
    「騙したんじゃないかっ」胸を抉る言葉をふり払うように、裕樹はきめつけたが。
    「それ、恥ずかしくない?」返ってくるのは、嘲笑だった。
    「いい年の母親が、息子と同じ年の中学生にさ。騙された、タラシこまれたって」
    聞きたくないといったふうに、裕樹は大きく頭をふって、
    「もう、ママに近づくなっ」
    いまは唯一の、その願いを叫んだ。ああ何故もっと早く、そう言えなかったのか…と、いまさらな悔いを噛みしめながら。
    しかし、決死の覚悟で吐き出された思いも、
    「達也はもう、そうしてる。すがりついてるのは、おまえのママのほうだってのは……いま確認したんじゃなかったっけか」
    「……っ」いとも容易く跳ね返される。無慈悲な現実に。
    「俺たちだって、こっちから押しかけるようなことはしないよ。佐知子のほうから頼んできたら、相手をしてやるかって。そんなとこ」
    「……ママに…近づくな……」
    「だから。それを言うなら、ママに言えよ」
    とどめを刺すように、そう言って。市村は立ち上がる。
    高本にふり向いて、どう? と訊いた。
    「うん、大丈夫みたい」
    念入りに異常がないことを確認した電話機をしまいながら、高本は答えて。
    また、へたりこんだまま項垂れている裕樹を睨みつけた。
    「…ったく。逆ギレしやがってよ」
    「……“逆”か? 微妙なとこだな…」
    もう、俯いたまま反論もしない裕樹の代わりに、市村が疑問を呈した。
    「この電話が通じなくなったら、困るのは佐知子なんだぞっ」
    「まあまあ、もういいだろ」宥められ、行こうぜと促されて。
    踵をかえした瞬間、高本は裕樹のことなど忘れさったように、
    「ね、佐知子もだいぶ崩れてきたし。そろそろ、直接交渉はじめてもいいんじゃん?」
    「そうだな」
    「オレさ、チ○ポの写真、送ってやろうと思って。ビンビンにおっ立ったとこ。絶対効くよ、これ」
    「効くかもしれんが……俺が撮るんだよな? それ」
    「なーに言ってんの。オレと市やんの仲で。いまさら」
    「……まあ、メシ食ってからにしようぜ」
    「よーし、精のつくもん食ってな。全開バリバリのエレクチオンをお見せしちゃうよ、オレは。淫乱ママンがヨダレたらして、一発KOされるようなヤツ」
    「わかったから」
    やかましく騒ぎたてながら、ふたりは去っていった。
    その姿が消え、声も聞こえなくなっても。まだ、裕樹は座りこんでいた。
    空しく終わった激発の反動か、グッタリと虚脱したていで。
    うずくまったまま、動こうとはしなかった。
    家に帰り着くと、玄関に母の靴があった。
    少し遅くなったとはいえ、そんな時間でもないのにと、不審に思いながら上がる。これまた意外なことに、居間に母の姿があった。
    母は普段着のままで、どうやら今日は仕事は休みだったようだ。
    もともと不規則な母の休日を、裕樹は最近は全く把握していなかったのだ。
    ボンヤリとソファに座っていた佐知子は、声もかけず入ってきた
    裕樹の気配に遅れて気づくと、ビクリとしたふうに振り返った。
    「あ……おかえりなさい…」
    「……ただいま」 そんな当たり前のやりとりも、久しぶりだったが。裕樹には、
    特別な感慨もわかなかった。
    そのまま佇んだ裕樹を、戸惑うように見やって。腫れた口許と、こびりついた血に眼を止めた佐知子は、
    「どうしたの? その傷」眉を顰めて、そう訊いた。
    「高本に殴られた」裕樹は、正直に答えた。
    裕樹が口にした名前に、佐知子はギクッと反応して。また困惑する表情を見せた。
    「……大丈夫?」
    「別に。たいしたことないよ」
    そんな簡単な応答で納得してしまう。理由すら訊かず、そばに呼んで、傷を診るでもない。
    ……そんなことを期待していたのか? と、裕樹は自問した。
    慌てて駆け寄り、優しく手当をして。自分への慰撫と、高本への怒りの言葉を聞かせてもらえるとでも。
    自分の心を笑いたくなって、笑うことも虚しく感じて。
    裕樹は、黙って立ち去ろうとしたのだが。
    その時、裕樹からが隠すようにした母の手に持たれた、携帯電話を見つけたのだった。
    カッと血が昇って、体が勝手に動いていた。
    足早にソファへと近づいた裕樹は、横から圧し掛かるようにして、佐知子が向こう側の手に持った携帯を掴んだ。
    「な、なにっ?裕樹」
    突然の裕樹の行動に驚きながら、佐知子は反射的に抗う。
    奪おうとする裕樹と、やるまいとする佐知子。ひとつの電話機を争って、母子はソファの上で揉み合いとなった。
    「やめなさい、裕樹、なんなのっ?急に」
    苛立つ声を上げて、強く身体を捻った佐知子の肘に、裕樹の軽い体は跳ね除けられて、たたらを踏むように後退する。
    重なっていたふたりの体が離れ、争闘は止んだ。
    「なにするのっ? いきなり、こんな、」
    いまだ裕樹の意図が掴めぬまま、佐知子は厳しい声で糾したが。
    裕樹は、母の困惑と怒りを浮べた顔ではなく、両手で胸に抱きしめた携帯電話を睨みつけた。その姿、今しがたの必死の抗いからも佐知子が、どれほどその小さな通信機器を大事に思っているかが解った。
    それは命綱なのだ、佐知子にとっては。自分と達也とを繋ぐ最後の糸だと佐知子は信じていて……。
    裕樹の脳裏に、市村に見せられた四十一通のメール文が蘇った。
    見栄も恥もなく息子と同じ年の中学生に取りすがり、気を惹こうと卑猥な言葉を散りばめた、その内容を思い出せば、
    「……また」衝き上げる激情を、裕樹はもう抑えようとはしなかった。
    「また、達也にメールを送ってたのかよっ!?」
    「……え…?」佐知子の瞳が驚愕に見開かれて。その面から血の気が引いた。
    「ゆ、裕樹……あなた…?」
    「知ってるよ、全部知ってるんだよっ」
    「そん、な……どうして…?」
    「市村たちから聞いてたんだよ、ずっと前から知ってたんだっ」
    知っていたこと、それを事実と認めたことを、市村らに明かし、いま母にも告げる。先夜固めたばかりの決意を裏切る結果になったが。
    しかし、そこには、紛れもない解放の喜びがあって、
    「どうして、だって?ママ、隠そうとしてたのかよ!あれで、僕に隠そうとしてたって言えるの!?」
    堰を切って溢れ出す感情を、激しい言葉にして、裕樹はぶつけた。
    蒼白となった母が、脅えるような眼で見ている。衝撃を露わにした
    その表情が、裕樹には心地よかった。自分に知られていたことにショックを受けているママが、嬉しかった。
    そう、意想外の成り行きではあっても。これは、ひとつの理想として思い描いたかたちではなかったか。すべてを吐き出して、ぶつけて。
    そうすることで母の迷妄を払い、自分の恨みや苦しみを清算してしまって。
    ママを取り返すのだ、ふたりでやり直すのだと。
    そんな思いに力を得て、裕樹は言葉を続ける。
    「メールも読んだよ、全部読んだ。いやらしいことばっかり、あんなこと書いて恥ずかしくないのっ」
    「どうしてっ?メールを…」裕樹が読むことになるのかと、愕然とする佐知子。
    「市村に見せられたんだよ」
    完全に母の目を覚ますための暴露。しかし、そんな意図の裏で、暗い嗜虐的な快味を確かに感じている。
    「送り先の携帯は、市村と高本が持ってるんだよ。達也は読んでない、ママのメールは、ただ市村たちに笑いものにされてるだけなんだよっ」
    それは復仇を果たすことの喜悦だった。だから、
    「ああっ、そんな」佐知子が絶望の声を上げたのは、裕樹の思惑通りとも言えたが、
    「ひどい、達也くん、どうしてっ」
    ボロボロと涙をこぼして、それでも佐知子は達也の名を呼ぶのだった。
    裕樹にすべてを知られていたと聞いた時よりも、深い衝撃を受けているのは明白だった。それが、裕樹の胸から暗い喜びを掻き消して、
    「まだ、そんなことを言うのっ!?」憤怒と苛立ちに身悶えながら、裕樹は叫んだ。
    「ママは騙されてただけなんだよ。達也はママを弄んだだけなんだ。いいかげんに、目を覚まし…」
    「わかってるわよっ!」
    哀願するような訴えを遮って、佐知子がヒステリックな喚きを張り上げた。
    「そんなこと、言われなくたって、わかってるのよ……でも、でも、ダメなのッ、達也くんが好きなの、好きなのよっ、どうしよもないの」
    握りしめていた携帯を膝に落とし、両手で顔を覆って、号泣しはじめる。
    「……なんだよ…これ…」
    裕樹は、泣きじゃくる母の姿を茫然と眺めて、震える声で呟いた。
    こんな……展開を思い描いていたのじゃない。すべてをママにブチまけた後に。
    佐知子は、まだ一言の謝罪も口にせず。恥じ入るそぶりすら見せずに。
    裕樹に事実を知られていたことより、達也の無情さにショックを受けて。
    泣いているのも、達也のためだ。弄ばれていたことも解ったうえで、それでも達也が恋しいと泣いているのだ。
    「なんだよ、これはっ」もう一度、今度は苛烈な怒りをこめた声で吐き捨てた。
    泣き続ける母へと詰め寄ったのは、なにか考えがあっての行動ではなかった。
    とにかく、この癇に障る泣き声を止めたかっただけだ。
    「やめろよっ」
    肩を掴んで揺さぶった。佐知子は顔を隠したまま、大きく体をふって、裕樹の手を払いのけようとする。
    その過剰な反応に掻きたてられた怒りと。掌に感じた熱い体温と、久しぶりに嗅ぐ母の体臭が、裕樹の中に凶暴な衝動を生んだ。
    無理やりに、佐知子の体を引き起こして、ソファの上に押し倒した。
    ……母の不貞への疑いは、裕樹の青い欲望に鍵をかけていた。
    母に対して、以前のように単純な欲望を抱くことは出来なかったし。
    心の鬱屈に押し潰されて、欲求そのものが鳴りをひそめていた部分がある。
    しかし今、かつてないほどの凄まじい昂ぶりが裕樹を襲っていた。
    「いやっ、やめなさい、裕樹、やめてッ」
    必死に抗う佐知子の体にしがみついて、裕樹は服の上から豊満な胸乳を掴みしめた。ブラウスと下着越しにも、懐かしい柔らかな感触が伝わってきた。
    この乳房を達也にも与えたのかと思えば、激しい怒りと嫉妬がわいて。
    それが裕樹の昂奮をより狂おしいものにした。
    痛いほどに屹立した股間を、佐知子の太腿に擦りつけた。それだけで目も眩むような快感が突き抜けて、あやうく果てそうになってしまう。
    「いやぁっ」
    佐知子の声に滲んだのは、本気の嫌悪だった。懸命に腰をずらして、裕樹との接触を避けようとする。
    その絶対的な拒絶は、貞操を守ろうとするものだ。達也との誓約を守ろうとして、かつては身体を重ねていた息子の求めを、本気で拒んでいるのだ。
    「ちくしょうっ」裕樹にも、その母の心は伝わって、悔しげな泣くような声を洩らす。
    ならば、それならば犯してやる、と。
    はじめて獰猛な獣性を母へと向けるが。
    しかし、いくら欲望は猛っても、裕樹にはまだ本気で抗う佐知子を押しひしぐ力はなかった。死に物狂いで暴れる佐知子を扱いきれずに、息は上がって、もう跳ね除けられないようにしがみついているのがやっとだった。
    裕樹が思いを果たすには、佐知子の側が諦めて受け容れてくれるのを待つしかなかった。
    「なんだよっ!?」裕樹もそれを悟って、
    「達也にはさせても、僕とはしてくれないのかよっ」
    上擦った叫びには、縋るような感情がこめられていたのだが。
    しかし、悲しい訴えも佐知子の意志を溶かすことはなく。逆に佐知子は、叫んだ瞬間の隙をついて、体の間に挟まれていた腕を抜き出し、躊躇なく裕樹の頬を叩いた。
    「アッ!?」
    パンと高い音が鳴って、裕樹は打たれた頬を押さえて、思わず仰け反る。
    佐知子は、その胸を強く押しやって、ついに裕樹の下から脱出する。
    床に落ちた携帯だけはしっかりと拾い上げて、後は脱兎のごとくという勢いでリヴィングから走り去ってしまった。
    裕樹は呆然と、それを見送った。ソファの上、佐知子に押しのけられた体勢のまま頬を押さえて。
    廊下の奥、バタンと母の寝室のドアが閉ざされる音が聞こえた。
    まだ、裕樹は動けず。表情さえ驚きに固めたまま。
    「……ぶたれた…」ようやく、ポツリと呟いた。
    これまで、裕樹を厳しく叱ることはあっても、決して手を上げることはなかった母に。
    はじめて、ぶたれた。
    はじめて、裕樹を叩いたママの、その理由は。
    ママを騙して弄んで、さらに貶めようと企んでいる宇崎達也への忠誠を守るためだった。
    「……なんだよ…」虚ろな声を、裕樹は洩らした。
    猛り狂っていた獣性は、一撃で霧散してしまっていた。股間もあの暴発寸前の漲りが嘘のように鎮まっていた。
    「…なんだよぅ……」繰り返すと、涙声になった。
    悔しさと惨めさに、裕樹は泣いた。
    暗くなりはじめたリヴィングで、幼い迷い子のように弱く頼りない、すすり泣きの声を響かせた。
    −29−
    「どうよ、越野。ママさん、説得してくれたのかよ?」
    翌日、登校するなり裕樹の席へとやってきて、高本が訊いた。
    「………………」裕樹は、なにも答えず、静かな顔で見かえすだけだったが。
    高本は勝手に言葉を続ける。
    「昨日からさあ、直接交渉ってのを開始したんだけど。さすがに、すんなりOKってわけにゃいかなかったんだなあ」
    ……あの後か、と裕樹は推量した。
    リヴィングでの騒ぎのあと、母は部屋から出てこなかった。
    裕樹もじきに、泣くことに飽きて、自室にこもった。夕食もとらず風呂にも入らずに、そのまま寝てしまった。
    不思議だが、グッスリと眠れた。久しく遠ざかっていた長く深い眠りを貪って。今朝はスッキリと目が覚めた。
    体が軽くなったと感じる。長い間、胸にわだかまって重苦しいものが消えていたから。
    むしろ軽すぎるくらいだ。胸の中も頭の中も、空っぽな感じ。
    「それじゃあってんで、オレの逸物の写真、メールで送りつけてやったんだけど」
    教室だと言うことも構わずに、高本はそんなことを言い出す。一応、声は抑えてるつもりらしいが。
    チラリと、裕樹は周囲をうかがった。
    裕樹の席にはりついた高本と、その後ろに立った市村以外は、近くにいなかった。
    みんな、遠巻きに眺めているふうだ。
    (……すっかり、こいつらの仲間だと思われてるみたいだな)
    うんざりした。
    「そりゃあ、宇崎クン並とは言わねえけどさ。それなりに自信はあんだけど。ビンビンにおっ立てた、イキのいいところを写して送ってやったのよ」
    ……よくやるよ、と裕樹は内心に毒づいた。
    「チ○ポに飢えてる佐知子のことだからさあ、これでバッチリ落ちるかと思ったんだけど。それきり音沙汰ねえのよ。こっちから電話しても出ないしさあ」
    高本は、アテが外れたといったようすで、
    「なあ、ママ、どんな感じだった? 写真、全然効いてねえのかな?」
    「知らないよ」
    素っ気なく裕樹は答えた。そんなやりとりは母が引き篭もった寝室の中で行われていたことで。裕樹は昨夜も今朝も、母と顔も合わせていないのだからそうとしか答えようがない。
    しかし、にべもないような返答とはいえ、会話を成立させたのだ。
    敏感にその変化を気取った市村が、おや、といった顔で裕樹を見やった。
    裕樹は、その視線に気づいたが、頑なに顔を背けていた。
    「……いや、効いてないわけがねえや。いくら、宇崎クンに惚れてたって、サカリのついちまった淫乱ママが、いつまでもチ○ポなしでいられるはずがねえ」
    ウンウンと、高本は自分の言葉にうなずいて、
    「よし、今日も送りつけてやっからな。そうやってりゃ、じきに向こうのほうから“そのチ○ポ、ハメて”ってお願いしてくるにきまってら」
    「………………」裕樹は、なにも言わなかった。
    生まれた時から住んでいる家が、他人の家みたいに目に映る。
    おかしな話だな、と思いながら、裕樹は鍵を開けた。
    家の中は、何℃か気温が低いように感じられた。そんなはずはないのだが。
    通りがかりに目を向けて、リヴィングの乱れに気づいた。
    ソファとテーブルがズレて、クッションが下に落ちている。
    裕樹は、それらを直した。昨日の痕跡を消し、キッチリと整った状態に戻して。
    ウンと、満足したようにうなずいて、自室へと上がった。
    着替えを済ませて階下に戻ると、時間は早かったが、ひとり夕食をとった。
    帰宅途中に買ったコンビニ弁当。
    味気ない、空腹を満たすだけの食事を、さっさと終えて。
    しかし裕樹は、そのままキッチンに居座る。
    ふと思い立って…というのは、普段はそんな習慣はなかったからだが、食後のコーヒーを淹れてみた。
    あまり使われていないメーカーに、水も粉も目分量でセットする。
    コポコポと暖かい音がたって、よい香りがキッチンに漂った。
    出来上がったコーヒーを、大きめのマグに注いで。いつもなら、ミルクと砂糖をタップリ入れるのだが。
    そのまま、裕樹は口をつけてみた。
    …ん、と。軽く顔をしかめる。
    熱くて苦いブラックのコーヒーは、やはり美味しいとは思えなかったが。
    それでも、そのままで飲んでいく。
    ゆっくり時間をかけて飲み干すと、二杯目を注いだ。
    それを飲み終えた頃、母が帰ってきた。
    時刻は、この数日と同じ。仕事が終わって、真っ直ぐ帰宅したという頃合いである。
    重い足取りで廊下をやってきて。
    キッチンにいる裕樹に気づいた佐知子は、ハッと立ち竦んだ。
    「おかえり」立ち尽くす母に、裕樹は平静な声をかけた。
    「……ただいま…」
    ためらいながら、佐知子は小さく返して。キッチンには入らず、そそくさと廊下を通り抜けようとする。
    「達也は」裕樹は少しだけ声を張って、その名を口にして、母の足を止めた。
    「ママが言うとおりにしても、戻っては来ないよ。きっとね」
    別に牽制のつもりではなく、それが裕樹の率直な見解だった。
    「……………」佐知子は背を向けたままで裕樹の言葉を受け止めて。
    肩のあたりの表情は、裕樹の言葉が正しいという哀しい認識を滲ませるようにも見えたが。
    結局、なにも言わず、ふり返らずに、足早に自室へと消えていった。
    裕樹も、それで構わなかった。用件は済んだから。
    そのひとことを言うために、ここで母を待っていたわけだから。
    立ち上がり、マグカップを流しに片して、裕樹も自分の部屋へと向かう。
    言いたいことは言った。
    もう、これ以上言うべきことはない。言いたいこともなかった。
    母が、愚かにも達也への未練を引きずることは……勝手にすればいい。
    だが、もしママが高本らに体を与えたとしても。それで達也との関係を復活させることなど出来ないだろうと。そう裕樹は念を押して。
    どうやら、佐知子もそのことは理解しているようすだった。
    ならば、高本らの求めに応じる理由はないはずだ。
    それくらいの“正気”は、ママに期待していいはずだ。
    「……期待、か…」まだそんな言葉が出てくるのかと、ちょっと驚く。
    ああ、でもそれは、明るい前向きな意味で言うのじゃない。
    これ以上は堕ちてほしくない、と。それだけの望み。
    いまは、そうあるべきだ。
    “そんなはずがない”とか“そうであってほしい”とか。
    そんな前提に立った思索の無意味さは、さんざん思い知ったから。
    いまはただ、次の“事実”を待つ。それだけだった。
    ……その夜半。
    トイレに下りた裕樹は、灯りを小さくしたキッチンに母を見つけた。
    ガウン姿で座った母の前には、ワインのグラス。
    眠れずに、ということだろうが。
    では、眠りを奪うものは、なんなのだろうか。
    佐知子は、泣いてはいなかった。
    薄明かりの下に浮かび上がった横顔には悲嘆よりも焦燥が色濃く滲んでいるように見えた。
    グイと、赤い酒をあおった動作にも、苛立ちがあらわれているようで。
    ホウッと息をついて、グラスを置いた佐知子は。
    その手で、卓上に置いてあった携帯電話を取り上げた。
    顔前にかざして。なにが映っているのか、ひどく真剣な表情で小さな画面を見つめた。食い入るように見つめながら、
    無意識の動きか、もう一方の手が我が身を抱きしめるようにまわされて。ギュッとガウンの脇のあたりを掴みしめた。
    手の中の電話機を凝視し続ける眼が、潤んでいるように見えるのは飲みつけないワインのせいだろうか? 喉があえぎをついているのは…?
    「………………」
    そこまで眺めて。もちろん声を掛けることなどせずに。
    裕樹は、静かにトイレに向かい、用を足して、部屋へと戻った。
    ……そんなふうにして、さらに三日を過ごした。
    スレちがいの生活の中、それでも時折裕樹の目にふれた佐知子の顔にはどんどん焦燥の気配が強くなっていった。
    学校では、高本が律儀に毎日経過を報告してきた。
    佐知子は依然として高本からの電話に出ようとはしないらしい。
    性懲りもなく高本が送り続けているという画像を、裕樹は見せられた。
    ホレ、と、いきなり眼前に差し出された携帯から、当然すぐに顔を背けようとしたのだが。一瞬視界に入った下劣な画像に、思わずギョッと目を見開いてしまった。
    「どうよ?これでも、佐知子には物足りないのかねえ」
    そう訊きながらも、高本は自信たっぷりで。
    そこに写しこまれた凄まじいペニスに、息をのんで見入ってしまっていた裕樹はようやく眼を引き剥がしたが。
    自分と同じ中学生のモノとは信じられないような巨大さとグロテスクな形は、脳裏に焼きついてしまった。
    そのせいで…というのは、イヤすぎる話だが。
    その夜、裕樹は淫夢を見た。
    母がいた。裸だった。
    男とからみあっていた。
    男は達也だったり高本だったりした。
    裕樹でないことは確かだった。裕樹はどこにもいなかった。
    達也あるいは高本は、巨大なペニスを母の中に挿しこんで、激しく腰を使っていた。
    裕樹とは比較にならない大きなペニスに犯されて、母は悦んでいた。
    それを裕樹は見ていた。見ているしかなかった。
    やめろと叫ぶことも出来なかった。裕樹はそこにはいないのだから。
    凄まじい苦痛と、経験したことのない昂奮を、裕樹は感じて。
    不意に、盛大な放出の感覚と、腰が砕けるような快美に襲われた。
    「……っ」開いた目に映ったのは、暗い天井。
    裕樹は自分のベッドにいて。ベットリと下着が汚れているのを感じた。
    しばし、ボーッと天井を見上げて。
    やがて裕樹は上掛けをのけて、寝たままでパジャマと下着を脱いだ。
    ひとまとめに脱いだのを、ベッドの下に投げ捨てて。
    下は裸のまま、萎え縮んだペニスを清めもせずに、上掛けを戻して、目を閉じた。
    異常な夢については考えずに。この気だるさに浸って、
    眠りに戻ろうとしたのだが。
    邪魔するものがあった。声が、聞こえる。
    裕樹は、自分を淫らな夢に誘ったのが、昼間高本に見せられた画像だけではなかったことを知った。
    低く、かすかに。咽ぶような女の声が聞こえてくる。
    床の下から。真下の母の部屋から。
    すすり上げるような声、しかし悲しみにくれるというようには聞こえなかった。
    艶めいた、淫靡な響きがある。裕樹が聞いたことのない母の声、女の声だ。
    裕樹は、さらにキツく眼をつむった。
    しかし、いつまでも声は止まなかった。逆に、徐々に高く強くなっていく。
    ムズがるような啼泣に、募る切なさ、もどかしさを訴えている。
    「……狂ってる…」目を閉じたまま、裕樹は呟いた。
    達也なのか高本なのか、いずれ我が子と同い年の若い男を恋しがりながら、自分で慰める母親。
    その淫らな洩れ声に影響されて、母が同級生に犯される夢を見て、夢精する息子。
    「……狂った家だ…」 
    それでも止まぬ淫猥な声に、いつしか耳を澄まして、血をざわめかせてしまう自分ごと、そう吐き捨てた。
    ……そんなふうに、その三日間を過ごしたのだった。
    その間、母が、悩み迷い続けたのか、ただ我慢を続けたのか。
    裕樹にはわからない。
    母が達也に突き放されてからは、十日あまりということになるが。
    それが長かったのか短かったのかも、判断のしようがない。
    どうでもいいことだった。
    重要なのは、待っていた次の“事実”が判明したということだから。
    ある夜…ということでいいのだろう、日を数えることが無意味ならば。
    裕樹は、すべてが決着したことを知る。
    その夜、電話の一本もよこさず、なんの口実も言い訳も裕樹に告げぬまま。
    佐知子は帰らなかった。
    眠らずに朝を迎えた。
    眠れないということに、この期におよんでショックを受けている自分に、いまいましさを感じながらも。裕樹はひとりキッチンに座ったまま、夜を明かした、朝になり、いつも裕樹が起き出す時間になっても、母は帰らなかった。
    終わったな……と。そんな述懐が浮かび上がって。
    「……終わった…」深く胸に沁みこませるように、声に出して繰り返した。
    支度をして、いつも通りの時間に家を出た。
    晴天の日だった。
    眩しい朝の陽射しに、徹夜明けの目を細めて。ゆっくりと裕樹は歩き出す。
    教室に、高本と市村の姿はなかった。
    達也は登校していたが、例によって裕樹になど眼もくれない。
    達也はもう関係ないのだ。
    高本らが遅れるのも予想通りだったから、裕樹は普通に授業を受け、
    ボンヤリと晴れた空を眺めて、時間を過ごしながら待った。
    ふたりが現れたのは、昼休みの終わる頃だった。
    「越野っ」
    教室に入るなり大声で呼びかけて、ズカズカと近づいてきた高本は裕樹の前に立つなり、チョンチョンと手刀を切って、
    「ごっつぁんです」上機嫌に、そう言った。
    「いやあ、マジでよかった、おまえのママ。サイコー。カラダはいいし、どエロだし」
    「…ふうん」
    勢いこんでまくしたてるのに、裕樹は軽く返して。高本の後についてきた市村へと視線を移した。

    憔悴の色を浮べた市村は、やはり疲れた声で、
    「…俺も、達也がらみで、いろんな女見てきたけど。おまえのママほどのビッチは、見たことがない」」
    呆れたように、そう言った。
    「だよなあ。あんなチ○ポ好きな女は見たことねえや。ありゃ、ホンモノだね。本格派のインランですよ」
    「そうなんだ」
    まるで他人事みたいに、あまりにも平然と受け答えする裕樹を、市村はしげしげと眺めたが。躁状態の高本は、そんなことは気にもとめずに、
    「ま、これからはオレがバッチリ面倒みてやるからよ。ママのことは心配ご無用」
    バシバシと裕樹の肩を叩いて請け負い、カカカと哄笑して。
    身を翻すと、達也の席へとスッ飛んでいった。
    「……あの底無しには、つきあうほうが疲れる」しみじみと、市村は呟いて、
    「その点でも、佐知子はたいしたもんだよ。あのケダモノと最後まで渡り合ってたからな」
    挑発するような言葉にも、裕樹は表情を変えずに、
    「仕事で鍛えてるからじゃないかな。看護婦の仕事ってハードだから」
    「…なるほど。でも、その仕事も休ませちまったけどな、今日は」
    「いいんじゃない。別に」
    「……………」しばしの沈黙。ちょっとボンヤリとした顔で裕樹を見ていた市村は、
    「……ま、いいか」
    首をひねって、ひとりごちると、取り出したビデオ・テープを裕樹の机の上に置いて、自分も達也の席へと向かった。

    「………………」
    裕樹は、市村が置いていったテープを手に取って、眺めた。
    ラベルには、昨日の日付だけが書かれている。
    ちょっと考えて。裕樹はテープを鞄にしまうと、次の授業の準備をはじめた。
    最後まで、ちゃんと授業を受けて。
    掃除当番もこなしてから、裕樹は家路についた。
    家に帰り着くと、玄関の扉には鍵がかかっていなかった。
    脱ぎ捨てられた母の靴が転がっていた。
    ……前にも、こんなことがあったなと思い出しながら。
    裕樹は、邪魔くさそうに足でどけて、自分の靴を脱いだ。
    前回と違ったのは、居間に母の姿を見つけたことだ。ソファに横たわっている。
    「………………」
    裕樹は静かに歩み寄って、それを見下ろした。
    通勤着のまま、仰向けに横たわって。佐知子はグッスリと眠りこんでいた。
    「……今日は、部屋までも辿りつけなかったんだ?」
    眠れる母に、裕樹は尋ねた。
    「そんなに疲れたの? そんなに楽しかった?」
    抑えた声ではなく、普通に話しかけているのだが。
    佐知子は目覚めない。人事不省といったようすで、深い眠りの中に沈んでいる。
    閉じた眼の下には、クッキリと浮かんだくまが、その疲弊のほどを物語って。
    しかし、その憔悴した顔や、しどけなく崩れダラリと片腕を下に落とした寝姿には、まぎれもない充足の色も滲んでいるのだ。
    長い間の餓えを満たされて。少なくとも、この数日の焦燥と懊悩はキレイに拭いさられていた。
    皺を刻んだブラウスの下の隆い胸は、健やかな寝息に波打ち。
    寝顔は、かすかに微笑んでいるようにも見えた。裕樹が久しぶりに、本当に久しぶりに見る、母の微笑だった。
    その安らかな寝顔から、つと眼を反らして。
    裕樹は、夕方の光が差しこむベランダのほうを見るともなく眺めて。
    「……高本、か」その名を呟いた。
    「……ねえ、ママ、覚えてる?僕が持ち物検査の時、高本に煙草を押しつけられて。ママが学校に呼び出されたことがあったじゃない。ママは、ナースの制服のままで、すぐに駆けつけてくれたよね。その格好のことを僕が冗談みたいに言ったら、ママは怒って。その後で、いつも高本にイジメられてたことを白状させられた。僕は、高本は宇崎の子分だから、逆らってもしょうがないって諦めてたんだけど。ママは、そんなことは関係ない、許さないって。本気で怒ってくれた。嬉しかったなあ……。ママは、ママだけはどんな時でも僕の味方なんだって。僕のそばにいて、力づけてくれるんだって。だから僕は、僕も、もっと強くなって。ママのことを守れるようにならなくちゃって。そんなことを考えてた」
    窓の外を見やったまま、夢見るような顔で思い出を語って。
    言葉を途切れさせた裕樹は、眠りこける母へと視線を戻して。
    「……あれは……なんだったのかな?」不思議そうに訊いた。
    答えは帰らない。
    裕樹は身を屈めて、佐知子へと顔を近づけた。クンクンと鼻を鳴らして。
    「臭いよ。ママ」
    確かに、佐知子の体や乱れた髪からは、すえたような臭いが伝わってきた。
    乾いた汗、それだけではない異臭が。
    「ママは、いつでもいい匂いがしたのに。いまは臭い」
    詰るように裕樹は繰り返して。上体を折ったその姿勢のまま、少しの間、考えこんで。
    「……ママは、達也が好きだって言った」感情を消した声で、そう言った。
    「騙されてたことも承知で、それでも好きだって。泣いてたよね。でも、達也の言うとおりにしたって、達也が戻ってこないこともわかってた。わかってただろう?」
    こみ上げる激情に、徐々に声は高くなって。
    「それならっ、これは、どういうことなんだよ?なんで、高本たちのところへ行ったんだよっ?なんで、いま、そんな幸せそうな顔で寝てるんだよ?あいつらが言ってたっとおりなの?ママは、ただ若い男とセックスしたかっただけなの?ただの淫乱なのか?ビッチなのかよ。答えてよ、答えろっ」
    糾弾の声が完全に怒号と化して。
    しかし、それでも佐知子は目覚めなかった。
    ただ僅かに閉じた目許をしかめて、至福の眠りを邪魔されることの不快を訴えて。
    それを退けようと、モゾモゾとソファの上で身体を動かして、向こう側へ寝返りを打った。
    裕樹から、その寝顔を隠して。代わりに艶麗な曲線を描く背姿を見せて。
    豊かな臀部を包んだスカートがまくれ上がって、生白い太腿がのぞいた。
    「……メスブタッ!」引っ裂けるような叫びを発して、裕樹は衝動的に足を蹴り上げた。
    足はソファの底部にあたって、重たい音が響き、わずかに佐知子の身体は弾んだ。
    それでも。佐知子は目覚めなかった。息子の同級生ふたりに与えられた
    深い眠りから出てこようとはしなかった。
    「………………」肩を喘がせながら、そのふてぶてしいような寝姿を眺めて。
    裕樹も急速に昂ぶりを沈めていった。
    最後の激発で、感情は燃やし尽くしてしまった。
    眠り続ける母を残し、裕樹は居間を出た。
    廊下に置いた鞄を取り上げて、自室へと向かう。
    「……痛いや…」したたかソファに打ちつけた脛が、いまになって痛みはじめた。
    馬鹿なことをしたなと思った。
    片足を引き摺りながら、裕樹は階段を上っていった。
    −30−
    前触れもなく、映像は始まる。
    明るい部屋の中、抱き合う男女の姿。
    カメラは引き気味、全身が収まる位置から撮られているから室内の様子も写りこんでいる。
    いかにもといった内装や調度から、ラブ・ホテルの一室らしい。
    ……よく入れたな、と。最初に観た時には呆れた。
    連中が、こんな場所を確保していることは、驚くことでもないのだろうが。
    女のほうは、どんな顔をして、この部屋に入ったのだろうか。
    制服姿の中学生ふたりと。
    カメラは、わずかに揺れながら、ふたりに接近していく。
    女の後ろ側から、ゆっくりと近づいていって。数歩ごとに止まっては、ズーム・アップして。男のゴツイ手が、女のくびれた腰や豊かに張りつめた臀を、着衣の上から這いまわるさまを捉えた。
    女のブラウスやスカートは、見覚えがあるものだ。
    荒っぽくも執拗な男の手の動きに、女はかすかに身もがく。後ろに引いた腰に嫌悪の色が滲む。抵抗は弱く消極的なものだったが、その拒絶の気配から、抱擁が男の側からの強制的なものだとわかる。
    カメラが、男の顔を写した。知っている顔、同じクラスの不良のいかつい顔を。
    男―高本が、抱きすくめた女の首筋に顔を近づけると、女は背を反らして、それを避けようとする。黒髪が揺れる。
    カメラは、回りこみながら、さらに近づいて。横から、ふたりを撮る。
    『…なっ』ようやく、撮影されていることに気づいた女が驚愕の声を上げる。
    強張った表情をカメラが捉える。はっきりと、その顔を映し出す。
    『やめて、撮らないでっ』
    女―佐知子は、狼狽して、体の前に突っ張っていた手をカメラへと伸ばす。
    『達也に報告しなきゃならないだろ』撮影者―市村が答える。
    『そん、な……ひあっ』抗議の声は、高本に首を吸われて、悲鳴に変わる。
    『や、やめてっ』
    『…ああ、甘えなあ』
    高本はうっとりと言って。なおペロペロと舌を這わせて、佐知子を身悶えさせ、嫌悪の声を上げさせながら、
    『越野のママの肌は甘いや。それに、どこもかしこも熟れきって』
    佐知子の豊臀を抱えた手に力がこもって、
    『乳もケツも張り切ってよう。ムッチムチで、やわこくて』
    『ああ、いやぁ』
    屈強な腕に抱き寄せられ、さらに体を密着させられて。その荒々しさに怯える佐知子の表情を、カメラが追う。
    『と、撮らないでっ』
    『なんだよう、そんなの気にしてないで、気分を盛り上げろよ、ママさん』
    グイッと、高本は引き寄せた佐知子の腹に腰を押しつけて、
    『ほら。オレ、もうこんなになっちゃってるよ。わかるだろ?』
    『ヒ、ヒイッ』翻弄される佐知子の身体が、ギクリとこわばった。
    『ホラホラ、久しぶりだろ、この感触も』
    鼻息を荒げて、高本は淫らがましく腰を使ってみせる。
    『い、いやっ』
    『イヤってこたあねえだろ。スキなんだろ? 若くて、イキのいいチ○ポが』
    『達也のでなきゃ、イヤなんだろうさ』市村が口を挟む。
    『そこは間違えちゃダメだよ、高本。今日、越野のママさんがここへ来たのも、達也とヨリを戻すためなんだから』
    『チェッ。色男にゃあ、かなわねえってか』
    どこか空々しい会話が交わされて。そんなふたりを交互に見やる佐知子の不安げな眼をカメラは記憶する。
    『ま、なんでもいいや。この熟れ熟れの身体を抱けるんならよ』
    そう言って。高本は佐知子に顔を寄せて、
    『キスしようや。美人のママさん』
    アッと、咄嗟に佐知子が顔を背けようとするのを許さず、強引に唇を重ねた。
    分厚い唇が肉感的な紅唇に吸いついて。しかし、キツク口を引き結んだ佐知子に、すぐに高本は顔を離して、
    『なんだよ、ガキじゃあるまいし。ベロかませろよ』
    『………………』
    『この期におよんで逆らったって、しょうがないだろ』
    頑なな拒否の気ぶりを示す佐知子に、市村が言った。
    『せいぜい素直にして。とっとと終わらせること考えたらいいんじゃないの』
    『………………』カメラを(市村を)見やった佐知子の眼に懊悩が滲む。
    『そうだぜ。イヤイヤだろうと構わねえけどさ。こっちはママさんが宇崎クンにアピールするのに協力してんだから。好きなようにやらせてもらうぜ』
    勝手なことをほざいて。また高本は佐知子の唇を奪う。
    『……ム…』
    かすかにうめいて。キツく瞼を閉じた佐知子だったが。口は僅かに緩んで。
    すかさず挿しこまれた高本の舌は、傍若無人な蠢きを開始する。
    佐知子の舌をからめとり、思うさまに口腔をねぶりまわす。
    技巧もなにもなく、まさに貪るといった激しさで同級生の母親の口舌を食らう。
    『……フ……んん…』佐知子の鼻から洩れる苦しげな呼気を、マイクが拾う。
    否応なく流しこまれた唾を飲み下す、白い喉の蠢きをカメラが捉える。
    佐知子の眉間に刻まれた嫌悪の皺を、長く執拗な口吸いが、力づくで解かしていくのを。佐知子の白皙の頬に、徐々に血が昇って、
    抱きすくめられた体から力が抜けていくさまを。
    カメラは撮り続ける。
    『ああ、口ん中も甘えや』ようやくキスを解いた高本が、満足げな声を上げる。
    その腕の中で、上気した顔を仰のかせた佐知子は、濡れた唇を震わして、荒い息をつく。
    のしかかるように、その面を上から覗きこんで、
    『ヘッヘ、口吸われるのも久しぶりだろ。どうだった?』
    また引き寄せた佐知子の腰に、グリグリと股間を押しつけながら、高本は訊いた。
    『宇崎クンから聞いてるぜ、いつもキスだけで腰くだけになっちゃって、下もビチョ濡れになっちまうって』
    『……………』 
    佐知子の顎がわななき、横顔に悲痛な色が浮かぶ。“秘密”であったはずの達也との行為が、すべて筒抜けだったことを改めて突きつける高本の科白に。
    『だから、それは相手が達也の場合だろ』
    その哀切な表情を逃さず収めながら、市村が言った。
    『ああ、そりゃあね。愛しい達也サマとは、比べものになんねえだろうけど。超絶テクだしねえ、宇崎クンのキッスは』
    『その超絶テクで、今頃は他の女の腰をトロかしてるんだけどな』
    『……っ』市村の言葉に、露骨な反応を示してしまう佐知子。
    その動揺につけこむように、
    『それを取り返したけりゃあ、ってことだよ。そのために来たんだろ?』
    『そうだよう。恋しい達也サンに、また可愛がってもらいたいんだろう』
    市村が念を押し、高本も調子を合わせる。佐知子の行動がすべて達也のためだという前提を、繰り返し確認する。
    達也への忠誠を証して、もう一度寵愛を得るために仕方なく自分たちに身をまかせる佐知子の心情は承知していると、ことさらに強調するのだった。
    『つーわけで。ホイ』
    『アッ…』妙な掛け声と共に、高本は佐知子の体をクルリと回転させる。
    佐知子は、高本に後ろから抱かれるかたちに変わって、市村の構えるビデオ・カメラと正対することになる。
    『い、いやっ』横に背けた顔をかざした手で隠すようにして、
    『撮るのはやめてッ』
    『ちゃんと言いつけを守ったって、達也に証明できなきゃ、嫌々抱かれる甲斐がないだろ』
    『そうそう。ほれ、カメラのほうを見て。笑って笑って』
    『いやぁ』
    『しゃあねえなあ。じゃ、ボディのほうからオープンすっか』
    まずは、と。高本は両手で佐知子の胸をギュッと掴みしめて、
    『やっぱり、このデカ乳からだな。うひょ、どうだろ、このボリューム』
    『や、やめ…ヒッ、アァッ』数度、巨大な肉房を荒っぽく揉みしだいて佐知子を囀らせて。
    『ああ、たまんね。やっぱ、早く生の感触を味あわないと』
    顔面を紅潮させ息を荒げた高本は、しかし、その激しい昂奮を抑えつけて。
    慎重な動きで、佐知子の胸のボタンに指をかけた。
    『いやっ』反射的に佐知子は高本の手を掴んだが。
    『じゃあ、自分で脱ぐ? ストリップやってくれるってなら、それでもいいけど』
    『おお、それもいいねえ。なんか音楽流して、腰をフリフリ色っぽく踊りながら、脱ぎ脱ぎしてくれるってなら』
    どうする?と。高本は佐知子のブラウスのボタンを指で弾いた。
    『……………』力なく、佐知子の手が下ろされる。
    『ん? ストリップはなし?』
    『そんなサービスは、達也にしかしないってさ』
    『ああ、やっぱねえ。それじゃあ、オレが脱がしてさしあげるしかねえやなあ』
    そう言った次の瞬間には、太い指が一番上のボタンを外していた。
    佐知子は顔を横に背けたまま、もう抗おうとはしない。
    『へっへへ…』
    巨躯を佐知子に覆い被せるようにして、徐々にはだけられていく胸肌をのぞきこみながら。
    ゆっくりと、順に高本はボタンを外していった。
    『おおっ、深〜い谷間が見えてまいりましたよ』
    正面からの画面も、開いたブラウスの間から、隆い肉丘の裾野と下着の黒い色がチラチラと覗くさまを映し出している。
    下までボタンを外しおえると、高本は両手でブラウスの合わせを掴んで、
    『ジャッジャーン』バッと、一気に左右に広げた。
    黒い下着を纏った、白い半裸があらわになる。
    『うおおお、デッケえっ』
    間近に見下ろす、熟れた巨乳の量感に、高本が感嘆の声を洩らし、佐知子は横へねじった首筋に朱を昇らせて、唇を噛む。
    『ヘヘ、それに。なんだかんだ言いながら、約束どおりにエロい下着で来たんだな』
    パチンと細い肩紐を弾いて。首を伸ばして、豊満なふくらみの下半分だけを覆った黒いブラジャーを嬉しそうに眺めながら、高本が揶揄する。
    『しっかし、どうよ、市やん?エロいのはいいけど、ちいと年甲斐がない気もするよなあ』
    『よく似合ってるじゃないか』
    佐知子には嬉しくもないだろう称賛を市村は口にする。カメラは、半ば剥き出された巨きな胸乳から、ゆっくりと舐め上がって。
    『達也の気を引くためなら、年甲斐なんか気にしちゃいられなかったんだろ』
    鎖骨のくぼみ、つやつやと光る丸い肩を写し、恥辱にたえる横顔へと戻った。
    『そりゃ、涙ぐましいけどさ。これ、ナースの白衣からはスケスケで、病院中の笑い者になってたっつーじゃん』
    『それも、愛しい達也のためなら、なんでもないんだよ』
    調子づいたやりとりに、またひとつ達也の裏切りを突きつけられて。
    佐知子の面には絶望の色が濃くなる。
    高本は、勿体をつけるように、高級そうな下着の感触を指先でなぞっていたが。
    『うー、エロい下着もいいけど。そろそろ、生を拝みてえなあ』
    すぐに昂ぶりを堪えきれなくなったようすで、カメラを見やった。
    『好きなようにやれよ』と、許可を出すのは、市村だ。佐知子ではない。
    『よっしゃ』
    即座に高本は、佐知子の二の腕にわだかまっていたブラウスを、肘のあたりまで引き下げて。佐知子の背中へと手をまわした。その手を、もぞもぞと動かすように見えたのは、わずかな間。
    佐知子の肩に食いこんでいた黒いストラップが、ふっと緩んだ。
    『……ぁ…』微かな声を洩らした佐知子が、心細げな表情で自分の胸元を見やる。
    たわわな肉果の下側に貼りついていたカップも、その密着を失う。
    わずかにズリ落ちただけで、乳うんの色づきが現れる。
    『ウヒヒヒ』
    下卑た、本当に嬉しそうな笑いに喉を震わしながら、高本は両の肩紐を強引に腕まで引っ張って。仕上げに、前にまわした手で
    ズレたブラジャーの中心を掴んで。グイと引き下ろした。
    荒っぽい剥奪に、ユサリと揺れながら。豊艶な乳房が、その全容をあらわす……それは、見慣れた、懐かしい乳房。
    少し前まで、この手で愛で、口で味わっていた。
    大好きだったママのオッパイ。
     でも…こんなだったろうか?
     自分を育み、優しく抱いてくれた母の乳房は。
     こんなにも、いやらしかったろうか。
    『うっわッ、たまんね、エロすぎ、このデカ乳』
    映像の中で、高本もそう言っている。はしゃいだ声で。
    『さすがに、ちょっと垂れてるな』
    冷徹に市村は評して、その目線のままにカメラは裸の乳房を捉える。
    確かに、抑えを失った豊かな肉房は、その底部の丸みを
    引き下げられたブラの上へと落とし、頂の位置もわずかに下がっている。
    肉が溢れ出したといった感じ。
    『そりゃあ、このデカさじゃねえ。年も年だし』
    両脇から伸びた武骨な手が、零れ落ちたふくらみを掬い上げて。
    『ブフフ、この重み。みっちり肉がつまってんなあ』
    嬉しそうに言いながら、軽く掌を上下させる。タプタプと、巨きな肉鞠が、重く柔らかく揺れ弾む。
    『この乳を、さんざん宇崎クンに揉まれてたわけだ』
    『息子にも、な』
    『ああ、そりゃイカンですよ。いくら男が欲しくても、相手は選ばないと』
    こともなげに母子の秘密を暴かれ、嘲侮されて。
    一瞬、佐知子の肩が強張ったように見えたが。反応はそれだけだった。
    俯いて、流れた髪に表情を隠して。諦めたような従順さで、高本に身を任せている。
    充実しきった肉果の重さを堪能すると、高本は十指を広げて、その大きな手にも余る豊乳を鷲づかみにする。
    『うひゃひゃ、トロットロ、指が埋まってくよ』
    ジンワリと力を加えれば、その言葉のとおり、爛熟の柔肉はズブズブと指を埋めこんで、その艶美なシェイプを歪める。
    『トロトロのプリプリだあ、最高だ、この熟れ乳』
    高本は恍惚たる声を上げて。その極上の感触に煽られて、玩弄の動きを強く荒くしていく。指を食いこませ、揉みしだき、こねくりまわす。
    蹂躙され、さまざまにかたちを変えてみせる、白く豊穣な肉。
    しかし、握り潰され、搾りこまれて、どんなふうに形を歪めようとも。
    嬲られる乳房がまとう表情は……淫ら。
    それはもはや、母性を象徴する肉の実りではなく。
    ひたすら、男の欲望をそそり、男に快楽を与えるためだけに存在する、牝の備えなのだと。
    画面の中で揺動する白い肉塊は、告げている。
    そして。
    『……ん……』苦しげな声が洩れる。
    俯いた顔が、小さく弱く左右に打ち振られる。
    『んー? なんか、声が出てきましたか』
    高本は、佐知子の白い首に顎を擦りつけて、伏せた表情を覗きこむ。
    『もっと、優しくしてくれってさ』市村が言った。
    『感度が良すぎるくらいの乳だって、達也から聞いてただろ』
    『でもよ、その感じやすい乳を、手荒に扱われるのが好きだとも言ってたぜ』
    どうよ、ママさん? と、高本は佐知子に訊く。
    『キモチよくない? やっぱ、宇崎クンの手じゃないとダメかねえ』
    耳に吹きこむように、くどく問いかけながら、またギュッギュッと掌中の柔肉を揉み潰す。
    『……ふ……ム…』
    『おうおう、色っぽい声だけどさあ。フンとかアンだけじゃわかんねえよ』
    そう言いながら、高本の声には、なにかを確信したような響きがあって、
    『なあ、市やん、佐知子ママの乳首、どうなってる?こっちからじゃ見えねえのよ、デカ乳が邪魔で』
    そんなはずもないのに。わざとらしく確認する。
    『勃ってるな』
    簡潔に市村は答えて。カメラは、さらに近づきながら、玩弄される胸の頂、肉房に食いこんだ指の間から屹立しているセピア色の蕾を、アップで撮る。
    『ビンビンだ』
    『ほっほう、どれどれ』
    高本は掴みしめた双乳を回すようにして、両手の親指と人差し指で、ふたつの乳首を同時に摘んだ。
    『ヒッ、あ、』途端に佐知子は、引いていた顎を跳ね上げて、甲走った声を噴きこぼす。
    『おお、勃ってる勃ってる。ママのデカ乳首、ピンコだちだあ』
    愉しげに騒ぎたてて、高本は摘んだ突起を前方へと引っ張った。
    『い、いたッ、やめ…』
    『ブヒャヒャ、伸びる伸びる、ビヨヨーン』
    粒だった乳輪ごと引き伸ばされた乳首のさまを笑って、パッと指を放す。
    『あ、あぁ…』
    『ヘヘ、伸縮自在、ゴムみてえ』
    充血の色を強めて震え慄いているような濃茶の肉蕾を、もう一度摘んで、上下左右へと引っ張りまわす高本。
    『う、あ、いやぁ』
    上気した頬を苦痛と恥辱に歪め、涙の滲んだ眼で虐げられる乳首を見やって。
    佐知子は、か弱く、泣くような声を洩らすのみ。
    ひとしきり佐知子を苦痛に啼かせると、高本は乳首への弄いを指先でこねまわすようなものに変えて、
    『こうやって、このデカい乳首をイジくられただけでも、イッちゃうんだって?佐知子ちゃんは』
    佐知子は、ジットリと汗を光らせた首をねじって、すり寄る高本の顔を避ける。
    『ここに、宇崎クンのチ○ポこすりつけて、乳首ファックとか言って喜んでたんだろう? いいなあ、オレもやってもらいてえ』
    『……………』
    『ありゃ? どったの? 泣いてるの?』
    高本の言葉通り、佐知子の閉じた眦から零れた涙の粒を、カメラで追いながら、
    『“ヒドイわ、達也くん”ってか』
    嘲笑まじりに、市村が言う。
    『本当に、越野のママは可愛らしいな。カラダのほうは、熟女の貫禄たっぷりなのに』
    『なんだよう、イジメんなよ、オレの佐知子たんを』
    高本は、わざとらしく憤慨して、佐知子を庇うようにカメラに肘を張ってみせて、
    『佐知子たんはなあ、ボディは熟れ熟れエロエロだけど、心は乙女なんだよ。さもなきゃ、中学生の男に、本気で惚れたりするわけないだろ』
    『なるほど』
    『おお、よちよち、泣かないでね、佐知子ちゃん。ホント、あの宇崎だの市村だのはヒドいヤツらでちゅねえ。年増女の純情を踏みにじってねえ』
    高本は、幼児にするように、母親ほどの年齢の女をあやして、
    『オレが、涙を拭いてやるからねえ』
    『い、いやっ』
    厚い舌を出して、佐知子の頬からこめかみへと、涙のあとを舐め上げた。
    『涙も甘いかよ?』
    『うーん、ぶっちゃけ、化粧の味やね』
    市村の問いに、ミもフタもない答えをかえして、
    『脂っこくて、なんか、いかにも熟した味わいっつーか。でも、それがイイ!』
    それが気に入ったと、再び舌を伸ばして、佐知子の顔中をベロベロと舐めまわしにかかる。
    『いやぁ』佐知子は嫌悪の叫びを上げて、這いまわる舌から逃れようとするが。
    裸の双乳を高本の手に握られた状態であっては、懸命の忌避も虚しく、頬や口許はもちろん、顎や鼻、閉じた瞼の上や、苦渋にしかめた眉間にまで、不潔な唾を塗りこめられてしまう。
    捕らえた獲物を、まずは舌で味わう高本は、その行為に急速に昂ぶりを強めて。
    荒い息をつき、ギラギラと眼を輝かせたさまは獣じみて、大きく開いた口の端に凶暴な牙を幻視させる。
    柔らかな胸に食いこませた指も、滾る獣欲をそのままにあらわして。
    爛熟の牝肉を揉み搾り、爪を立て、握り潰す。
    『……ク……んんッ……』
    佐知子も無駄な抗いは捨てて、キツく眉を寄せ唇を噛んで、顔と乳房への凌辱を耐え忍び。
    そして。
    『……フッ…ア……』堪えきれず洩らす声が、徐々に変化していく。
    ただ乱暴で、技巧など少しもこもらず、しかし確かな慣れを感じさせる嬲りを繊細な乳房へと受けるうちに。
    『…あッ……フ…んッ…』
    純然たる苦痛の声から、もっと微妙な感覚を訴えるものへと変わる。
    深く眉間に刻まれた嫌悪の皺が薄れていく。
    不意に高本は、佐知子の汗ばんだうなじに噛みついて。キリリと歯を立てながら、
    両の乳首を指先で捻り潰した。
    『ヒアアアーッ』
    ビクリと顎を反らし、肩をすくめて、佐知子が張り上げた叫びは、ほとんど嬌声だった。


    出典:ポチ小屋
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