【友達と】夢幻泡影の姉妹【エッチ】 オナネタ専用エッチな体験談

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    【友達と】夢幻泡影の姉妹【エッチ】


    炎天下の中、プール脇の更衣室で湿った空気を吸い込みながら、フェイトは思う。
    これはきっと何かの間違いで、偶然なのだと。
    フェイトは自分のロッカーの内部を何度も確認する。
    既にプールの授業は終了し、他のクラスメイトは全員が教室に戻っていた。フェイトだけが最後まで更衣室に取り残されて探し物をしていた。
    幸い、今日は体育の授業後は昼休みなので次の授業に遅れる心配は無い。
    「———でも、早く戻らないとなのはやはやてに心配をかけてしまう」
    急がなければならない事に変わりはなかった。
    下着が無くなっていた。
    更衣室のロッカーにしまっていたはずの下着だけが消えていた。制服や財布はそのままなのに、下着だけが見付からなかった。他のクラスメイト達にはそんな事は無かったようでフェイトだけが被害者という事になる。
    「どうして・・・」
    フェイトの呟きに応える者はなく、ただ蝉の鳴き声だけが更衣室の中で反響していた。
    時計を見る。既に昼休みが始まってから15分以上が経過していた。
    「———これ以上はなのは達を待たせる訳にはいかない・・・」
    フェイトは意を決して制服だけを身に付けて更衣室を出て行くことにする。
    湿った肌にブラウスが吸い付き、フェイトの艶かしい肉体を否応無く映し出す。

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    下半身は短いスカートだけ、あまりの無防備さに足を動かす事も躊躇われた。
    「———教室に行けば、普段の体育授業で着替えるよう用意してあるスパッツがある。それを身に付ければ良い」
    フェイトは一直線に高町なのは達が待っているであろう食堂に向かった。
    すれ違う者からの視線を浴びて肌は上気し、赤く染まる。
    透けてしまっている胸を両手で隠しながらフェイトは走った。
    フェイトはその羞恥心よりも高町なのは達との時間を守る。
    それはとても大切な時間だった。

    「・・・あ!!フェイトちゃん。どうしたの?今日は随分遅いよ」
    いつもの集合時間を遅れて来たフェイトに高町なのはが普段通り、自分の隣の席を空けて待ってくれていた。
    それだけでフェイトは嬉しくて堪らなかった。
    「今日は、少しクラスの委員会の手伝いをしていたから・・・ごめんなさい」
    フェイトは高町なのはに対して嘘を付く行為に後ろめたさを感じながらも答えた。
    その答えに高町なのはは少し寂しい顔で言う。
    「・・・そうなんだ、フェイトちゃんは真面目だからクラス委員にも頼りにされちゃうのかな」
    その言葉に曖昧な笑みを浮かべて返すフェイト。
    中学2年生になってから、高町なのはと八神はやては同じクラスとなりフェイトだけが別のクラスになってしまった。
    1年生の時は3人共同じクラスになり、楽しい思い出も沢山出来た素晴らしい1年間だった。
    2年生で別々のクラスになっても、こうして昼休みは一緒に昼食をとってくれる。困った事があったら直ぐに教室まで来てくれる。そんな優しさがフェイトは心から嬉しく、友達が居る事のありがたさを実感していた。

    フェイトは食堂で購入してきたキツネうどんをテーブルに置き、高町なのはの隣に座る。
    すると目の前にはもう一人の友達、八神はやての姿が目に映る。
    「フェイトちゃん、なんや顔が真っ赤になってるけどどうかしたん?」
    目ざとい。フェイトは八神はやての観察力の高さを身をもって味わった。
    「ま、前の授業がプールだったんだ。だから、日に焼けちゃったんだと思う。心配ないよ」
    両手をしどろもどろに交差させながら言い訳をするフェイトを八神はやては見つめていたが、それ以上問い質す事もなく言う。
    「ふーん、それじゃあ今度からはちゃんとUVケアせなあかんよ。フェイトちゃんは折角綺麗な白い艶々のお肌なんやし」
    「そ、そうするよ。肌は大切にしないといけないからね」
    なんとか誤魔化せた事にフェイトは安堵の息を付いた。
    その後は、他愛も無い授業の話や夏休み前の期末テストが大変だとか、そんな話をしていたらあっという間に昼休みの時間が終わりそうになっていた。
    フェイトは自分の現在の状況を思い出す———下着も身に付けていないのだ。
    急いで教室に戻り、下着代わりのスパッツを履かなければならない。
    フェイトは音を立てて椅子から立ち上がる。
    「わ、私・・・用事があるから行くね。また放課後」
    そう言い残し、フェイトは食堂を足早に後にした。
    振り返りもせず去っていく後姿を高町なのはと八神はやては心配そうに見つめていた。

    フェイトは脳裏で何度も「ごめんなさい」と高町なのはに謝っていた。逃げるように立ち去ってしまった事が申し訳なかった。
    やがて自分の教室が見えた。
    急ぎ足で自席に向かい、引っ掛けてある着替え鞄からスパッツを取り出そうとした。
    無い。
    鞄の中は、荒らされていた。
    そしてスパッツが無くなっていた。
    フェイトの顔が羞恥の赤色から、恐怖の青色にサッと変化する。
    鞄の中身を何度も見返しながらオロオロしているフェイトにクラスの女子生徒が声を掛ける。
    「どうしたの?フェイトちゃん」
    フェイトは真っ青な顔色で答える。
    「私の・・・下着が、見付からなくて・・・」
    それを聞いた女子生徒は嘲笑うかのように鼻から空気を漏らす。
    「本当に?じゃあフェイトちゃん、ひょっとして今パンツもブラも身に付けてないって事?すごーい!」
    その声に引き寄せられたかのように、フェイトの周囲にクラスメイトが集まって輪を作っていた。
    一様に下卑た薄笑いを浮かべている。
    困り果てたフェイトを動物園の檻の中を見るような目で眺めて楽しんでいる。
    周囲を囲む者から発される嘲笑を込めた声がフェイトを襲う。
    「フェイトちゃん、ただでさえその大きいオッパイで十分エッチなのに露出サービスまで始めちゃったの?」
    「変態だよねー」
    「教師相手に色目でも使ってるんじゃないの?」
    無数の言葉がフェイトの心を抉る刃となって突き刺さる。
    フェイトの顔が羞恥で真っ赤に染め上げられた。
    突然、数人の生徒がフェイトを羽交い絞めにした。
    「下着を着けないなんてエッチなのは、校則違反なんだよ。私達が検査してあげる」
    女子生徒の手がフェイトのブラウスを掴む。
    「いやぁ!・・・やめて!」
    悲鳴を掻き消すかのように、ブラウスがボタンを弾けさせながら破られた。
    フェイトの白い肌と大きく育った双丘が晒される。
    「うわぁ、やっぱりフェイトちゃんの身体、すっごいエロイね。オッパイとか凄すぎ。育ち過ぎだよ、これ」
    羽交い絞めにしていた女子生徒が力を込め、フェイトを腹ばいで床に押し付ける。リノリウムの冷たさを押し潰された胸で感じながら抵抗しようとするフェイト、その頭を思い切り踏みつけて女子生徒の一人は言う。
    「あの噂本当なのかな、高町なのはとデキてるって。なのはさん可哀想、こんな根暗な奴に付きまとわれるなんてねー」
    その言葉がフェイトを深く切り裂く。
    フェイトは必死で瞼に溜まった涙を堪えるので精一杯だった。
    クラスメイトの全員が犯人で、被害者はフェイトだけ。それがこのクラスの現状だった。
    すると教室の後方に居た生徒が演技地味た声をあげる。
    「あれー?フェイトちゃんの下着ってこれじゃないのかなー?」
    その生徒はまるで汚物を掴むような仕草で割り箸を使ってゴミ箱から何かを取り出した。
    ケチャップやマスタード、他人の残した残飯に塗れて汚されている無くした筈のフェイトのショーツだった。
    それを見てフェイトは周囲の人垣をかき分けてゴミ箱に向かう。
    羽交い絞めにしていた生徒も頭を踏みつけていた生徒もそれを邪魔しない。投げられた棒に飛びつく飼い犬を眺めるようにフェイトを見ていた。
    燃えるゴミの中にはブラジャーも入っていた。こちらは鋏か何かでズタズタに切り裂かれて無残な状態だった。
    燃えないゴミの中からは空き缶と一緒になってスパッツが見付かる。他人の飲み残しを散々吸い込んだスパッツは異臭を放っていた。
    「ひ、酷いよ・・・どうしてこんなこと・・・」
    フェイトは膝を着いてその場にへたり込んだ。
    その周囲を再びクラスメイト全員が囲む。
    「見付かって良かったねー、フェイトちゃん。誰かがゴミだと思って捨てちゃったのかな?」
    「でもそんなに汚れてる下着じゃもうダメだね、今日は一日ノーパンノーブラだ!」
    「帰る時もパンツ履いて無いんだから階段とか気をつけた方がいいよ、みんなに見られちゃうよ!」
    「まぁフェイトちゃんはエッチな子だから、それが本望なのかもしれないけどさ!」
    「帰りに変な男にレイプされないように気をつけて帰ってね♪」
    「だからぁ、フェイトちゃんはそういうのが好きなんだってば!」
    「それじゃ変態じゃない!フェイトちゃん、変態だよ!」
    「案外これも自作自演なんじゃないの?そういうプレイなんだよ、コレ」
    「うわぁ、キモイ。死ねばいいのに」
    ひとしきり言葉の刃でフェイトを切り刻むとクラスメイト全員が何事も無かったように席に戻った。
    いつの間にか昼休みも終わる時間だった。午後の授業が始まる。
    しかしフェイトはゴミ箱の前で膝を着いたまま立つ事も出来ずにその場から動けなかった。
    涙の水滴が点々と床に零れ落ちる。
    感情を抑えきれなくなったフェイトは声を押し殺して小さな声で泣いた。
    その泣き声を掻き消すように昼休み終了のチャイムが学校中に鳴り響いていた。



    フェイトはその後、学校内にある購買部で代わりのスパッツやブラウス等を購入して過ごした。昼休みを過ぎた頃に衣服を買い求めるフェイトに販売員は不信感を含む目を向けていた。
    一週間前から始まったフェイトへの苛めは今日も続いていた。
    どうして苛められる様な事になったのか、フェイト自身にはまったく分からなかった。
    被害者には理由など分からないものなのかもしれない、ほんの少しでも他人と違っていれば排斥と嘲笑の対象にされてしまう事もある。
    それが苛めなんだろうな、とフェイトは思う。
    高町なのはや、八神はやてには今日まで言い出せずに居た。
    二人には心配をかけたくなかった。自分が我慢していればいつもと変わらない日常が続けられると信じて今日も恥辱に耐えていた。
    これは幼少時からのフェイトの悪い癖だった。我慢強く、他人の気持ちを優先し過ぎて自らの心を押し潰す。今は亡き母親との関係性から生まれてしまったこの自己犠牲癖とも言える性格は中学生になった今もフェイトを蝕んでいた。
    当然ながら、いずれ限界が来てしまう。
    フェイトの心が限界に達して壊れてしまえば、結局高町なのはに迷惑をかけてしまう。フェイト自身この事には気付いていた。
    そうなる前に高町なのはに相談しようか・・・。と思える程にはフェイトも成長していた。
    「なのはに相談してみよう・・・。私一人じゃあ何も出来ない」

    放課後、二人の教室を訪れると今日は高町なのはも八神はやても学校の委員会で遅くなるということだった。
    一人で帰るのも久しぶりだった。それがフェイトの陰鬱な気持ちに拍車をかけてしまう。
    その代わり、今夜は高町なのはの実家でもある喫茶店「翠屋」の新作ケーキを二人で食べるという約束を交わして分かれていた。
    「・・・その時、なのはに相談しよう」
    フェイトにとって相談できる友達を持てた事がこの世界に来てからの何よりも幸福な事だった。


    帰宅するために下駄箱に辿り着いたフェイトは靴箱を開けると中に手紙が入っていた。
    ひょっとしたら誰かが苛めの道具として入れたのかもしれない、否応なく警戒してしまう。
    戦々恐々の面持ちで手紙を手に取ったフェイトは差出人の名前を見て全身が凍ったように動きを止めた。
    「アリシアお姉ちゃんより」
    フェイトの脳裏に5年前の光景が閃光のように蘇る。
    最後まで自分を娘と認めてくれなかった母、一度も「愛している」と言ってくれなかった。
    カプセルに入っていた自分のクローン元であり、母の真の娘であるアリシア・・・の遺体。
    そして二人が次元の狭間へと落下する姿。それが最後の別れ。
    フェイトは一部始終を全て見ていた。
    助ける事が出来なかった事は今も後悔している。辛く苦しい記憶。
    フェイトは震える手で手紙を開封する。
    封筒の中には一枚の便箋と写真が入っていた。
    『可愛い妹のフェイトちゃんへ
    お姉ちゃん、フェイトちゃんに会いたくて会いたくて我慢できなくなったから来たよ。
    たくさんお話したいことがあるから、今すぐ会おうよ。
    懐かしい写真も同封したから見てね♪
    お姉ちゃんより』

    フェイトの心臓が早鐘のように鳴り響き、嫌な汗が全身を伝う。
    死んでいたはずであり、その死体すらも次元の狭間に消えていったはずのアリシアからの手紙。あまりにも不可解なメッセージだった。
    悪戯にしては細か過ぎる、そもそもフェイトの本当の家庭環境を知っている人間は極少数に限られる。
    フェイトは添付されていた写真を手に取って見て、更に驚いた。
    その写真は子供の頃、自分と母親が写っている写真だと思い大事にしていた、アリシアと母親の写真だった。
    今も大切にしまっているが、その写真がどうしてこんな所にあるのかまったく理解できなかった。

    頭の中が混乱しているフェイトの身体が突然光に包まれる。
    「強制転移魔法?手紙がキーになっていて発動した?」
    直後に眩い光がフェイトの姿を掻き消した。
    下駄箱にはフェイトの鞄だけが残されていた。



    瞬間的な意識の空白。
    フェイトは気がつくと、再び同じ場所に立っていた。
    学校の下駄箱、先程まで自分が居た場所とまったく同じだった。
    しかし、瞬時に異常に気がつく。
    周囲からは放課後の喧騒が一切聞こえない。練習に励む様々な運動部のかけ声も吹奏楽部の美しい音色も聞こえない、無垢なる静寂だけが支配している世界だった。
    魔導士としての直感。ここは別の空間、現実世界とは切り離された封鎖領域に転移させられた。
    先程まで自分の足元にあった鞄だけが消えていることが何よりの証拠だった。
    自分が攻撃を受けている、フェイトは最大限の警戒心を持って周囲に探査魔法を張り巡らせた。
    ———魔力を発する場所を特定、自分の教室がある辺りから僅かな魔力を感じ取った。
    敵の罠かもしれないが、どの道脱出するには敵を倒す他ない、それにアリシアの名前を使っている敵の正体も気になっていた。
    ほんの三十分前まで最悪な気分で一日を過ごしていた教室へとフェイトは戻った。
    ここに至るまで一切攻撃は受けていない———敵の誘い。
    扉の前まで辿りついたフェイトはいつでも反撃できるよう心構えを整えてから一息に扉を開けた。

    「いらっしゃい!フェイトちゃん!」
    中から大きな声で返事をする者の存在。
    フェイトと同じプラチナブロンドをツインテールに結んだ少女。
    顔立ちもフェイトの幼い頃と何一つ変わらない。
    緑色のリボンと白のワンピースが少女らしい可憐な姿を際立たせていた。
    それはまるで森の妖精を思わせるいで立ち。
    アリシア・テスタロッサ。
    クローン体であるフェイトの元となるオリジナルの存在。
    「こうして会うのは初めて・・・だよね」
    教卓の上に腰掛けるアリシアは微笑を浮かべてフェイトを見つめる。
    フェイトは培養槽の中で保存された遺体としてしか見たことの無いアリシアが目の前に居る事に驚きを隠せない。
    「どうして、アリシアが・・・。母さんと一緒に次元の狭間に落ちていったはずなのに」
    アリシアは教卓から降り立ち、自慢げに言い放つ。
    「実はね、私はあの培養槽の中に居た時点で意識はあったんだよ。ジュエルシードを母さんが発動させた時にその魔力を少し貰ったせいかもしれないけど、とにかく意識は目覚めていたんだ」
    アリシアはフェイトの傍に歩み寄る。
    フェイトの双眸には昔の自分が映っていた。
    「その後、確かに私は次元の狭間に落ちたよ。でもね、あの時母さんが遺してくれたジュエルシードは魔力を残した状態だった。正直なところ私も詳しい事は憶えていないけど、とにかく『死にたくない!』って思ったらジュエルシードが爆発したみたいに光って、気がついたら私は幻の地、アルハザードに着いていた・・・」
    フェイトは思い出した、母親は次元の狭間のどこかに幻の都市アルハザードの入り口があるはずだと言っていた。アリシアはその入り口に辿り着いたということ・・・?
    「私はそこで身体を治してもらったの。流石は幻の超古代文明、魔法の技術も現代よりも遥かに進んでいて私の体もこうやってすっかり元気になれたんだよ」
    得意満面に説明を続けるアリシアを見ると確かに健康体そのものだった。
    とても死体のまま長い間培養槽で保存されていたとは思えない程だった。
    「アルハザードはね、とっても良い所だったよ。みんな親切で優しいし。誰もが楽しく暮らせる凄く良い所なの。貧富の差はないし衣食住も心配することの無い世界。私はたまに魔術の実験を手伝うだけで生活できるんだぁ」
    フェイトはアリシアの説明を聞いて事情を幾らか理解してきた。
    死んでいたと思っていた自分の家族が生き残っていたという事実は嬉しい気持ちもあったが、今の状況を考えるとまだ疑念を捨て去る事ができない。
    その思いをフェイトは口にする。
    「それじゃあ、アリシアはあの事件の後生き返った、て事だよね。直ぐには無理かもしれないけど、あれからもう5年以上経ってる。もっと早く連絡してくれれば良かったのに・・・。
    それに、何で私をこんな封鎖領域に閉じ込めたりするの?」
    疑問をぶつけてくるフェイトにアリシアは不敵な微笑を浮かべ、指を一本立ててから教師のような声音で答える。
    「一つずつ答えてあげるね。
    私が生き返ったのは正確には2年前。次元の狭間での時間経過は現実世界とは違うからそんな時間差が生まれたみたい。私もフェイトちゃんに連絡したかったけど、フェイトちゃんがどこに居るのか分からなかったから探すだけで1年掛かっちゃったんだよ」
    指をもう一本立ててから続ける。
    「そして2つ目の質問の答え。
    今から1年ぐらい前にやっと地球に居るフェイトちゃんを見つけたのは良かったけど、大変な事実に気がついたの。
    フェイトちゃんの傍にいつも居る、なのはちゃん。
    母さんを殺して、私を次元の狭間に落としてくれた人間。
    あの子さえ居なければ全部上手くいってたはずだったのに。
    フェイトちゃんはその母さんの仇であるなのはちゃんと仲良くしてた。
    私はその様子をアルハザードからずっと見てたよ。『嘘だ』って思いながら。
    1年間ずっと見てたんだよ。
    でもフェイトちゃんは本気でなのはちゃんの事が好き・・・なんだよね」

    アリシアはもの悲しい目を浮べながら歩を進める。
    フェイトの胸に顔を埋め、両手で括れた腰に抱きつきながら言う。
    「だからね、フェイトちゃんを取り戻しに来たんだよ。もう一人は嫌なの」
    上目遣いでフェイトの顔を見つめながらアリシアは言う。
    「一緒に帰ろう、フェイトちゃん・・・アルハザードに。
    あそこの技術ならきっと母さんも生き返らせられるよ。私の体はもう手術の後遺症でダメみたいだけど、フェイトちゃんの身体を使えばきっと母さんも生き返るよ。そしたらリニスだってきっと生き返らせられる、アルフももちろん一緒に連れて行こう。
    私が生きていれば母さんだって昔みたいに優しさを取り戻しているはずだよ。
    だから、私と一緒に行こう。ね?」
    アリシアのもたらす情報は全て甘美な響きを持ってフェイトに伝わった。
    9歳の頃に憧れていた暖かい家庭、それが手に入るかもしれない。
    だが、今のフェイトは高町なのはと言う友人を得て、甘い誘惑に抗う精神力を身に付けていた。
    フェイトは視線を正してアリシアに向ける。
    「アリシアが生きていた事は、私も嬉しいよ。これから一緒に家族になりたい気持ちもある。
    でも、どうしてこんな所に私を連れ込んで言う必要があるの?
    他の人には何か言えない秘密があるから?
    アリシアの事、私はなのは達にも教えてあげたい、きっと喜ぶはずだよ」
    それまで、視線を逸らさずフェイトと向き合っていたアリシアが俯いた。
    抱きついていたフェイトから一歩、二歩と下がり距離を置く。
    アリシアの薄い笑い声が空虚を孕んで教室に広がる。
    「それだよ、フェイトちゃん。ソレが駄目なんだよ!」
    アリシアの右手が号令をかけるかの如く上げられる。
    その瞬間、それまで存在しなかった気配が教室を埋め尽くす。
    刹那の間を置いて虚空から現れたのはフェイトのクラスメイト達だった。
    「フェイトちゃん、お姉ちゃんは凄く悲しいんだよ。
    高町なのはを深く刻み込まれちゃったんだね・・・可哀想。お姉ちゃんがその呪縛を解いてあげる。この世界には何の未練も無くなる様にしてあげる!
    そうすれば、私と一緒に来てくれるよね♪」
    クラスメイト達は全員虚ろな目を浮べ、包丁やカッター、バット、コンパス・・・学校に置いてあるであろう凶器となり得る得物をそれぞれ手に持っていた。
    アリシアの足元にクラスメイトの一人が土下座のように頭を垂れる。
    その頭を踵で踏みつけながら笑みを浮かべてアリシアは言う。
    「一週間、どうだった?辛くて痛くて悲しくて嫌だったでしょ?学校にはもう嫌気がさしてるよね。
    フェイトちゃんが我慢できなくて泣いちゃう姿を見てると私も心苦しかったよ」
    アリシアの言葉にフェイトの身体が固まる。
    覚束ない声でアリシアを問い詰める。
    「私が苛められてた事に、アリシアは関係してるの?どうして、あんな酷い事を!」
    うろたえるフェイトを見て、アリシアは少女らしからぬ艶やかな声で返す。
    「私の魔法でこいつらの本音を少し強調してあげただけに過ぎないんだけど、あんなに見事にフェイトちゃんを苛めてくれるとは思わなかったんだよ。フェイトちゃんのオッパイは多感な時期の女の子達にとっては憧れと嫉妬の的らしいね。
    それと、どうしてこんな酷い事したのかって?
    さっきも言ったよね。
    この世界のことを綺麗さっぱり全部忘れてフェイトちゃんが私と一緒に来れるようにしてあげるためだよ。私が魔法を使わなくてもいずれフェイトちゃんは同じような苛めにあってたと思うよ。そのぐらい、こいつらの心はフェイトちゃんを妬んでいたもの。
    私は少しそれを早送りしただけに過ぎないよ」
    フェイトは眩暈で倒れそうになる。傍の机に手を付いてなんとか姿勢を保ち続けた。
    「そんな・・・そんな事のためにみんなを操って、私を苛めていたの?」
    「そうだよ、フェイトちゃんのためを思って私は心を鬼にしてるんだからね。こんな汚い嘘の世界は忘れて、私と一緒に行こう。母さんやリニスも居る家族の所へ」
    アリシアはフェイトに向けて小さな右手を差し出す。

    数瞬の沈黙をおいてからフェイトが透き通った声を発する。
    「嫌だよ。
    私はこの世界が好き、なのはが好き、仲間が好き。
    傷ついた事もあったけどそれを乗り越えて手に入れてきた私の大切な宝物が詰まった世界。
    だから、捨てられない。
    アリシア、お願いだからもう酷い事は止めて。今だったら私がなんとかしてあげられる。
    このままじゃ管理局に捕まっちゃうんだよ。魔法の事を知らない民間人に危害を加えるのは重罪にな———」
    フェイトの声を遮るように、大きな打撃音と破砕音が教室に響く。
    アリシアが踏みつけていた生徒の顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばしていた。フェイトの近くの机や椅子を巻き込んで吹き飛ばされた生徒は鼻骨を陥没させて白目を剥いたまま昏倒している。

    アリシアは少女の喉から発せられるものとは思えない重量感のある声で言う。
    「少し、お仕置きが必要みたいだね。
    聞き分けの無い妹を躾けるのも姉の役目・・・かな」
    その声を皮切りに教室に居た30人もの生徒がそれぞれの武器を持ってフェイトに飛び掛った。
    フェイトの顔面目掛けて逆手に持った鋏を振り下ろす生徒=昼休みにフェイトを嘲笑した生徒。
    咄嗟に身を引いてかわすフェイト。
    しかし右手からは消火器を全力で叩きつけようとする生徒=フェイトの下着をゴミ箱から箸で摘み、晒し者にした生徒。
    横殴りに叩きつけられる消火器を膝を深く沈め、低い姿勢となって避ける。
    次々に迫る攻撃をかわし続けるフェイト。金糸を思わせる髪が空中を舞う。
    「もうやめて!アリシア、関係の無い人達を巻き込まないで!」
    アリシアは子供のお遊戯を見に来た親のように椅子に座ってフェイトの舞を観覧している。
    「ほら、フェイトちゃん余所見したら危ないよ。
    そいつらを止めたかったら殺しちゃえば良いじゃない。フェイトちゃんだったらあっという間でしょ。お姉ちゃんが見ててあげるから、上手にやってごらん」
    フェイトは奥歯を噛みしめる。
    その時、腰だめに構えた包丁を突き込んでくる生徒=フェイトの頭を踏みつけて罵った生徒。
    フェイトは高速の蹴りを相手の右手の甲に叩き込む。包丁が吹き飛び、教室の床に金属音を響かせた後、滑るように転がっていく。フェイトはそのまま鳩尾にボディーブローをねじ込む。横隔膜が伸縮して呼吸困難となった生徒は吐瀉物を撒き散らしながら昏倒する。
    フェイトが拳を引く間に左右から挟み打ちの形でカッターを構える生徒と木刀を振り上げた生徒=フェイトを羽交い絞めにしてブラウスを引き千切った生徒。
    右から振り下ろされる木刀を紙一重でかわしたフェイトはそのまま相手の喉に手刀を突き刺す。悲鳴を上げることも出来ずに倒れる生徒。
    左から迫るカッターの刃をフェイトは相手の頭を越える程の跳躍でかわす。空中で一回転したフェイトはそのまま相手の首筋に鞭のような鋭い蹴りを打ちつける。生徒は白目を剥いてそのまま倒れ込む。
    一度反撃を開始したフェイトは止まる事がなかった。
    フェイトは向かってくる生徒を片っ端から戦闘不能にした。全員を徒手空拳だけでねじ伏せる力量。単体での高速魔術戦闘を得意とするフェイトにとっては1対多の状況は慣れたものだった。
    ものの数分でクラスメイト全員が床に這い蹲って動けなくなる。

    息一つ切らしていないフェイトは音も無く教室の中央に立つ。
    未だに椅子に座り続けるアリシアに向けて願いを伝える。
    「もう、いいでしょう。これで止めようアリシア。このまま私と一緒に管理局に行こう。まだ今なら私が上手く事を納めてあげられるから、お願い」
    俯き加減だったアリシアが少しずつゆっくりと顔を上げ、氷細工で出来たような鋭く冷たい目でフェイトを突き刺すように見つめる。
    その目を見てフェイトは全身に震えるような寒気が走った。
    アリシアが暖かさを感じさせない冷え切った声で言う。
    「一人も、死んでないね。
    本当にフェイトちゃんは優しい子。そいつらは全員フェイトちゃんを苛め続けてきた連中なんだよ。今日だってあんなに酷い事されたばっかりなのに・・・。
    フェイトちゃんの一番の長所は優しい所。お姉ちゃんもそれは分かってるよ。
    でもね、時として長所は短所に繋がるの。こんなに汚い嘘の世界でも、フェイトちゃんは守ろうとするんだから」
    小柄なアリシアは軽く飛び降りるように椅子から降りる。
    「我侭な妹を手懐けるっていうのも、姉妹らしくていいかな・・・。
    それじゃあ、フェイトちゃんが言う事を聞いてくれるまでお姉ちゃんが直接お仕置きしてあげるね」
    アリシアの表情が蕩ける様な好色に染まる。それは少女が浮かべてはならないような淫靡な笑顔だった。
    「初めての姉妹喧嘩だよ。ああ、良いよ。家族っぽくて良い。
    フェイトちゃんは痛いのが好きなんだよね。毎晩、なのはちゃんに攻められて犯されてあんなにエッチな事してるんだもん。犯されてる時の顔、凄く可愛いんだよ。
    今日はお姉ちゃんが一杯一杯してあげる。痛くて痛くて気持ち良くしてあげる。
    フェイトちゃんが泣きながら『ごめんなさい』って言っても止めてあげないよ。だってその方がフェイトちゃんは嬉しいんだもんね」
    フェイトの顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。
    夜の姿を見られていた。高町なのはの獣欲を毎晩全身で受け止めるフェイト。それはフェイトにとって最も大切で秘密の時間だった。
    「見て、たの・・・?」
    喜色満面のアリシアは答える。
    「そうだよ!見てたよ!1年間ずっとずっと。朝も昼も夜もずっと!
    毎日、なのはちゃんと一緒に楽しく過ごしてたね。
    毎晩飽きる事も無く、日が昇るまで犯されちゃう日もあったよね!
    それも全部忘れさせてあげる!
    今日からフェイトちゃんを犯すのは私だけ!お姉ちゃんが信じられないぐらいに気持ち良くしてあげるからね!」
    アリシアはそのまま高笑いを始める。
    フェイトは未だに羞恥の気持ちが振り払えなかったが、そのアリシアの様子を見て驚愕する。
    膨大な魔力がアリシアを中心に渦巻いていた。
    夜闇を凝縮させたような、真っ黒な魔力が迸る。
    『アリシアには魔術適正が無かった』
    これは母親との事件後に確認した。
    魔力プラントの事故に巻き込まれた際、魔法が使えず身を守る術もなくそのまま静かに永遠の眠りについた・・・はずだった。
    だが、今目の前に居るアリシアからは高町なのはに匹敵するかのような魔力が溢れ出していた。
    「これが私の得た力。
    手術で身体が動かせるようになったのもこの力のおかげ。
    お姉ちゃんの力を見せてあげる」
    アリシアはいつの間にか手にしていたカッターナイフを右手に持っていた。
    次の瞬間、フェイトは信じられないものを見た。
    アリシアはそのカッターの刃を自分の血管が集まる左手首に押し当てて突き刺した。刃は1cm程めり込んでいたが、アリシアはそのまま刃を肘に向けて走らせた。肉を引き裂き、筋を切断して血管を破壊しながら幼く柔らかい腕に線を躊躇なく刻み付ける。
    「んあぁ、・・・ひぃいああぁ!」
    アリシアの自傷行為は自らの悲鳴と嬌声による混声合唱と共に続けられる。
    刃が内肘まで到達した頃にはアリシアのワンピースの左半身は自身の血液で染まっていた。
    黒。
    アリシアの血液は黒かった。先ほど自身から溢れていた魔力と同じく黒く濁った色だった。
    カッターナイフを引き抜いた左腕からは止まる事無く黒い血液が噴出していた。
    一部始終をただ見ていたフェイトは声も出せないまま呆然と立ち尽くすしかなかった。
    「本当はね、私もフェイトちゃんと同じで痛いの好きなんだ。これからは二人で痛い事し合おうね、きっと楽しくて気持ちいいよ!」
    アリシアの足元に池を作る血溜まりからは強大な魔力が発されていた。
    フェイトは声も出せないままアリシアの足元に広がる黒い液体を凝視する。
    「これが私が生き返る事が出来た理由。
    対都市殲滅戦用血液型デバイス。名前はこの世界の日本語で『是是非非』って言うみたい。
    全身の血液をこのデバイスと交換して魔力を全身に流す事で身体を動かせるようになったの。それで魔法も使えるようになったんだよ」
    話しながらアリシアはカッターを左手に持ち換える。
    左腕に施した作業を右腕にも行う。
    皮が破れ、肉が千切れる、繊維の繋がりがプチプチと音を立てて断たれていく。
    「ひぁ、ん、はぁ、あっ!」
    アリシアは甘い痛苦の声を喉から絞り出す。
    溢れ出す血液が倍になり、見る見るうちに血液は教室の床に広がっていく。
    アリシアの白いワンピースも今や自身の血液で漆黒に染め上げられていた。
    黒い血液の臭いが教室に広がる。
    人間の血液のような錆びた鉄の臭いではなく、甘い砂糖菓子の臭い。
    その甘い臭いは呼吸するたびにフェイトの脳を直接犯すかのような濃厚な香り。

    呼吸を乱して肩を揺らすアリシアは絶頂を迎えたような恍惚とした表情でフェイトに向き直る。
    「これで、私の準備は出来たよ。フェイトちゃんも早く用意して、そのままバリアジャケットも無しじゃ、直ぐに壊れちゃうよ」
    頭が痺れ、思考もままならないフェイトはそれでも辛うじて口を動かす事が出来た。
    「駄目だよ、そんな事しちゃ駄目。アリシアは本当は優しい子なんでしょう。目を覚ましてよ」

    アリシアは膝を震わせるフェイトを見て嘆息する。
    「どうしたの、この位の事で怖がっちゃ駄目でしょう。これからもっともっと怖くて痛い目にあうんだから。
    準備しないなら、もうこのまま始めちゃうよ」

    アリシアの足元に溜まった血液が生物のように蠢いたかと思うと、そこから無数に鞭のような触手が吐き出される。
    机と椅子を弾き飛ばし、教室を埋め尽すほどに大量の触手が粘液を迸らせながらフェイトを蹂躙するために襲い掛かる。
    呆然としていたフェイトの目が一瞬で覚める。
    右手でシールドの魔術を展開。円形の魔法陣が盾となってフェイトの眼前に現れる。
    そこに無数の触手が激突する。
    高速走行する10tトラックを受け止めたかのような圧倒的な衝撃がフェイトの右手から全身に伝わり、そのままシールドごと背後の黒板に叩きつけられる。
    轟音と共に黒板が崩れ落ち、天井が崩落した。瓦礫と土煙でフェイトの姿が消える。
    アリシアが笑顔で心配そうに言う。
    「アレ?もう終わっちゃった?ちょっと不意打ちっぽくなっちゃったかなぁ。まぁいいや。
    フェイトちゃ~ん、これからお姉ちゃんが触手を使ってフェイトちゃんの穴という穴を埋め尽くしてあげるよ~、出ておいでー。出てこないなら前戯も無しで今すぐ始めちゃうよ~」
    返事は無い。立ち上る煙でフェイトの姿は見えない。
    「じゃあ、決まり!今からフェイトちゃんを教室で滅茶苦茶に犯してあげる!いきなり全部の穴に突っ込んじゃうからね!」
    再びアリシアの周囲から無数の触手が現れる。
    そのどれもが先端は巨大な陰茎そのもの、亀頭の割れ目からは黒い粘液を滴らせている。
    アリシアの腕よりも太い触手がまるで番の雌を見つけた獣のように汁を撒き散らしながらフェイトの元に踊りかかった。
    しかし触手は一本足りとて、フェイトには届かなかった。
    幾筋もの鋭い金色の光が立ち込める煙諸共触手を全て薙ぎ払う。
    バラバラに刻まれた触手は床に落ちて、痙攣してから元の黒い血溜まりに戻った。
    黒い血液の染みが散乱する中心には、バリアジャケットに身を包み金色の大鎌を構えるフェイトが居た。
    フェイトは昔自分を助けてくれた高町なのはの用いる常套句を思い出していた。
    「アリシア、どうしても止めてくれないなら力ずくでも止める。そして、私が勝ったらちゃんと話をしよう」
    フェイトのバリアジャケットを見て、アリシアは笑顔で答える。
    「いいよ、フェイトちゃん。やっと本気になってくれたね。
    本気のフェイトちゃんをグチャグチャにしてあげるよ、そうすればお姉ちゃんがどの位強くて凄いのか分かるよね、なのはちゃんなんかよりずっとずっと凄い事してあげるからね!
    お話もしてあげるよ、フェイトちゃんは鳴き声を上げてるだけかもしれないけどね!」
    再び大量の触手がアリシアの周りから這い出る。
    鎌首をもたげて獲物であるフェイト目掛けて狂ったように飛び込む。
    フェイトは横に飛び、廊下へと脱出。それを追うように次々と教室から触手が湧いて出てきた。
    迫り来る触手の壁にフェイトは鎌を横薙ぎに振り払う、同時に鎌の穂先から巨大な光刃が射出される。光刃は触手を切り刻みながら突き進み壁となった群に高速回転したままめり込んだ。
    「セイバーブラスト!」
    フェイトの声と同時、指令を受けた光刃は大量の触手を巻き込んで爆裂した。
    激音が響き廊下の一部分が丸ごと全て崩落、外気が流れ込む。
    触手は全て消し飛んだのか追撃は来ない。しかしフェイトは油断無く鎌を構えた。
    その瞬間フェイトの右側にある、先程まで居た自分の教室ではなく、その隣の教室からアリシアが壁を突き破って飛び出す。アリシアは爆発に巻き込まれる寸前に壁を貫いて隣の教室に移動していた。
    廊下に飛び出した勢いそのままにアリシアは奇襲攻撃に移る、フェイトの顔面に胴回し回転蹴りを繰り出す。
    フェイトは咄嗟に右手でガード、しかしアリシアの外見からは想像する事など出来ない程の膂力で放たれた蹴りによりフェイトは廊下の突き当たりまで吹き飛ばされる。コンクリート壁には叩きつけられたフェイトを中心に蜘蛛の巣模様のひび割れが刻まれた。
    右手に痺れが残ったままフェイトは立ち上がる。
    「———なんて力なの。ただの蹴りでバリアジャケットの装甲を貫いて衝撃を与えるなんて・・・」
    そこに廊下をゆっくりと歩いてくるアリシア。相変わらず両手から黒い血液が止め処も無く溢れている。そして溢れ出た大量の血溜まりはアリシアの影のように付き従う。
    「どう?全身に漲る魔力のおかげですっごく力持ちになったんだよ。女の子としてはあんまり自慢できないけど、フェイトちゃんを苛めるには丁度良いよね」
    フェイトは素早く鎌を構える。不意打ちでもなければ挌闘戦となれば自分が有利になれる自信があった。
    しかしそんな期待をアリシアは裏切る。
    「でも、フェイトちゃんは素早くて捕まえられないからなぁ。まずはコレで動けないように足を潰しちゃおうかな」
    そう言うとアリシアは右手の指を左腕の大きく切り開かれた傷口に刺し入れた。そのまま傷口を引っぱり大きく広げる。まるで口のように開かれた傷口から漏れ出してくるものがあった。
    蛆虫。
    アリシアの左腕から大量の黒い蛆虫が湧いて出てくる。あっという間にアリシアの左腕は蠢く蛆虫で覆われた。そして左腕の傷口をフェイトに向けてからより一層右手で大きく広げた。
    「いくよ、いくよ、いくよいくよいくよ!!」
    一瞬アリシアの傷口が収縮した後、アリシアの狂った叫びを掻き消す程に大きな破裂音が空気を震わせる。同時にアリシアの左腕の傷口が発射口となり、数え切れない程の蛆虫が全て弾丸となって発射された。
    フェイトは間一髪廊下から続く階段へと飛び込んだ。回避仕切れなかった蛆虫の弾を受けてフェイトのマントが虫食いされたように穴が穿たれた。
    一段下の踊り場に着地したフェイトに階上からアリシアの声が届く。
    「よく避けられたね。少しぐらいは足に当たってくれると嬉しかったんだけど」
    アリシアが階段に辿り着く、既に先程と同じく蛆虫の散弾を発射する姿勢。
    フェイトは更に階下へと飛び込む。一瞬遅れて巨大風船の破裂音を思わせる轟音を伴い踊り場に蛆虫が撃ち込まれる。踊り場のコンクリート壁がまるでスポンジのように穴だらけになる。
    階下のフェイトは苦痛に顔を歪める。
    フェイトの白い太腿に弾痕。避け切れなかった蛆虫が一匹だけフェイトの白い太腿を汚すように撃ちこまれていた。フェイトの太腿の肉を食い破ろうとしているのか、蛆虫が肉の内側で蠢く。その度に激痛がフェイトを襲う。
    ゆっくりと階段を下りる足音を響かせながらアリシアが言う。
    「一匹入ったみたいだねー。どう、痛いでしょう。放って置くとそのままどんどんお肉の中まで入り込んでっちゃうんだよー」
    アリシアの言うとおり、フェイトの太腿に入り込んだ蛆虫はどんどん奥まで侵入しようとしていた。
    意を決したフェイトは大鎌の刃を自らの太腿にあて、蛆虫を自らの肉ごと抉り出した。
    「あぁ、くぅ!」
    痛苦の声を漏らしながらも蛆虫を摘出。太腿に赤い血液の筋が生まれる。
    フェイトはなんとかバルディッシュを杖にして立ち上がる。
    同時にアリシアがフェイトの視界に現れる。穴だらけになった階段の踊り場に立つアリシア、その両腕の傷口からは大量の蛆虫が湧き出ている。
    「今度は外さないよ。しっかり味わえるように沢山詰め込んであげる♪」
    アリシアが両手を広げて腕の内側にある傷口をフェイトに向ける。
    しかし散弾の発射音よりも先にフェイトの声が響いた。
    「フォトンランサー、ファイア!」
    叫ぶと同時に身を屈め、フェイトの背後に隠れていた魔力弾発射体が鋭い射撃をアリシアに向けて放つ。
    アリシアは散弾を発射する間もなく魔力弾を全身で受け止めた。
    連鎖的な爆発により踊り場だけでなく階段そのものが粉々に消し飛ぶ。
    3秒後、120発もの集中砲火により階段の周辺は跡形も無い瓦礫の山になる。
    フェイトは瓦礫の山をじっと睨む。コンクリ片と共に階下へと落下したはずのアリシアの魔力反応は未だに衰える事無く感じられていた。
    アリシアが復帰しない間にフェイトは飛行魔法で一気に屋外へと脱出した。空中高速機動戦を生業とするフェイトにとっては屋内での戦闘自体が不利だった。自分のフィールドに持ち込めば触手も散弾も何とかする自信がフェイトにはあった。

    地上10m付近からアリシアの様子を窺っていたフェイトに大型地震が発生したような地鳴りが届く。
    先程まで自分が居た校舎が上下左右に揺さぶられ、壁面に次々と亀裂が走った。
    振動が最高潮に達した瞬間、校舎の窓が全て割れ弾け真っ黒い血液の奔流を吐き出す排出口と化す。ダムが決壊したかの様な勢いでアリシアの血液が噴出される。アリシアの小さな身体に収まるとは思えない血液、魔術を駆使するためのデバイスが真の力を発揮するべく展開された事を示す。
    見る見るうちに校庭が暗黒の湖を形成、校内の敷地に収まりきらない血液は街へと広がっていく、道路が血管となり街中に黒い意思を広げていく。
    街を飲み込む強大な魔力にフェイトは戦慄していた、
    ———なのはに匹敵する程の・・・。
    背中に冷たい汗が落ちていくのを感じながら眼下に現れたアリシアを見下ろす。
    校庭に広がる底の見えない湖面を歩くアリシア、御伽話のように幻想的な光景だが両腕から溢れ出る血液がそんな気持ちを打ち消す。
    「フェイトちゃん、これからが本番だよ。必死に抵抗して、逃げて、喚いて、泣いてね。
    私は狐狩りをする紳士のように誠実な気持ちで犯してあげる」
    アリシアが右手を天に翳す。それを合図に校庭の湖面が次々に隆起する。
    そこに現れたのは肘関節が幾つもある奇怪な巨腕だった。拳の大きさはフェイトの身体を握り潰せる程であり、その手には無数の乱杭歯が生え揃った金棒を握っていた。
    フェイトの周囲を異形の腕が取り囲む。
    「ぺしゃんこにならないように、しっかり避けてね!」
    アリシアの声を合図に全ての巨腕が動き出す。
    頭上から叩きつけるように振り下ろされる金棒をフェイトは大きく旋回して回避、しかし休む事無く次の金棒がフェイトをミンチにしようと薙ぎ払われる。後ろに飛び跳ねるようにして紙一重の所でかわす、フェイトの眼前を通り過ぎた凶悪な鉄塊により髪が数本千切れ飛び、空中に光を反射させながら揺れ落ちる。
    回避に専念していたフェイトは隙をついて反撃に転ずる。
    金色の光が円弧を描き、巨腕が手首より先を刈り取られる。
    一瞬動きが止まったフェイトの背中に二本の腕が同時に金棒を振り下ろす。
    しかしアクロバットを思わせるフェイトの回避、返す刀で二本の巨腕がバラバラにスライスされた。勢いに乗ったフェイトはそのまま次々と異形の腕を切り刻む。
    「防御を捨てて回避に全てを賭ける」教本を無視したフェイトの狂気を孕んだ戦術が空中戦で真価を発揮する。
    金色のツインテールに結ばれた髪がフェイトの動きと共に舞い踊る姿は、黄金の蝶を思わせる。管理局ではフェイトの事を「戦場の妖精」と畏敬の念を込めて呼ぶ者も居る。
    地上に広がる黒い湖面からアリシアはフェイトの勇姿を微笑みを浮かべながら見上げていた。
    その足元から一本の槍が伸びる。
    「可愛い蝶々を、捕まえなくちゃね」
    アリシアは右手で目の前に現れた三叉槍を引き抜き、陸上競技の槍投げのフォームから全力で投擲した。
    長大な槍がカタパルト射出された戦闘機の如く、空気を引き裂きフェイトを刺し貫くために迫る。
    アリシアに対して背を向けていたフェイトは戦場の直感で背後から迫る危機を感じ取る。
    振り向き様に大鎌を振り払う。
    火花を上げながら甲高い金属音が響き、三叉槍が弾き飛ばされる。
    しかし投擲者であるアリシアの姿が地上からは消えていた。
    フェイトが周囲に索敵魔術を張り巡らせようとした矢先に頭上から甘い声が響いた。
    「こっちだよ!フェイトちゃん!」
    フェイトの頭上で、アリシアが野球選手のアンダースローのような姿勢で右手を背後に振りかぶっていた。
    その手がフェイトに対して横薙ぎに振るわれ、アリシアの五指先端部から自身の血液が放たれる。
    黒い血液は液状金属のような硬質さを与えられた極細のワイヤーとなり、五つの平行線が円弧を描きながらフェイトに飛来する。
    顔面に飛んできた五つの死線を身を仰け反らせてかわす。フェイトの前髪をかすめた刃が、輝くブロンドを空に散らせた。
    空振りとなったワイヤーはそのままフェイトの背後にあった時計台に接触———凄まじい擦過音を掻きたて、直径3mのコンクリと鉄柱で作られた支柱部分がスライスチーズの如く分断され、学校創立以来存在し続けた時計台は一拍遅れて崩壊する。
    アリシアが指から滴る血液を舐める。差し出された好物を美味しそうに食べる子供のように。
    「凄いでしょ、私のデバイス。
    変幻自在にして万能、無限に等しい程の魔力を貯蔵する事も出来る。
    現代の魔法技術じゃ、とても追いつく事ができない境地にある至高の一品。
    フェイトちゃんも私と一緒にこのデバイスにしようよ、きっと凄く楽しくて気持ちいいよ」
    フェイトが頭上を仰ぎながら意思のこもった強い視線をアリシアに向ける。
    「それでも、私が勝つよ。勝って私がアリシアを助けてあげる」
    アリシアがフェイトの言葉を受けて下腹部に電気が走ったような感覚を憶える。
    それは例えようもない快楽。
    「良い、良いよ、フェイトちゃん。そうやって実る事のない努力をして健気に頑張ってるフェイトちゃん、見てるだけでお腹の中、熱くて溶けちゃいそうだよぉ」
    アリシアが右手を天に翳す。
    一斉に巨腕と触手が街中に広がった地上の湖面から溢れ出る。その数は千体以上。
    「その希望が絶たれた時のフェイトちゃんが一番可愛いんだよ!」
    空を埋め尽くす程の異形生物がフェイトに向かって回避不可能な圧力となって360度全方位から襲撃する。
    豪快な衝突音が響き、全ての破壊がフェイトの居た地点で交差した。
    そこに残されたのは無残にも引き千切られたバリアジャケット———のマントのみ。
    驚愕の表情を浮かべるアリシアは見失ったフェイトの姿を探す———光を見つける。
    黄金の輝きが空を駆け巡っていた、複雑な軌道を曲芸飛行のように飛び回りその軌跡は切り裂かれた異形の残骸が彩っていた。
    ソニックフォーム。
    唯でさえ薄い装甲を更に排除、防御力など無いに等しい状況になる事と引き換えに圧倒的な運動性能と戦闘速度を発揮するフェイトの超高速機動形態。
    自分の命を軽視しがちなフェイトの性質そのものを表す正気にては成し得ない戦闘スタイル。
    一般の管理局員はこの技を「狂気の光」と称する程である。
    その姿は雷光そのもの。
    日々、練磨を続けたフェイトの最高戦闘速度は既に肉眼で捉える事など不可能だった。
    あっという間に巨腕も触手もその数が半減した。
    アリシアは黄金が飛び駆う一帯に向けて両手を滅茶苦茶に振り回す。
    十指から放たれる硬質のワイヤーが交わり、格子状の斬撃となる。目標を細切れにするために投網のような広がりを見せる死線は異形の生物をサイコロステーキのように切り裂きながら光を追い回す。
    しかし、一撃としてフェイトに当たらず、光の残像を薙ぎ払う事しか出来ない。

    程なくして最後に残った大型触手に閃光が走り、原型を留める事無く肉塊に変貌する。
    異形生物の残骸が地上に音を立てて落下するよりも先に、フェイトがアリシアの前に姿を現していた。
    その手に握った大鎌の光刃がアリシアの首を刈り取る寸前で静止していた。
    「もう止めよう、アリシア。私の勝ちだよ。
    約束通り、私と話をしよう。そして一番良い解決方法を二人で考えよう」
    我侭を言う子供を言い聞かせる母親のように優しく語り掛けるフェイト。大鎌を持つ死神のイメージなど一切感じさせない慈愛に満ちた聖母を思わせる姿。
    しかし、アリシアの口から底冷えのする嗤い声が漏れ出し、フェイトの願いを掻き消すかのように広がる。
    「あっははっはぁ、優しい。優しいね。フェイトちゃん。
    どこまでも本当に優しい子。それはフェイトちゃんの一番の長所だよ。
    でも、その優しさが仇になってこの偽りの世界が捨てきれないんだよね。だから、お姉ちゃんが全部忘れられるようにしてあげる!」
    アリシアが右手で突きつけられた大鎌の光刃を掴み、握り潰す。ガラスが砕けるような音と共に刃が粉砕された。
    アリシアからの徹底抗戦の意思。
    フェイトは後ろに飛び退き距離を取る。
    アリシアからこれまでに無いほどの魔力が感じられた。
    地上に広がる血液の湖面が揺らぎ、噴き上がる。まるで火山の噴火を思わせる程に天高く黒い血液が巻き上げられる。一本、二本と増加する噴火の柱が天を衝く。雲を衝きぬけた血液は落下する事も無く、ひたすらに上昇して行くだけだった。
    アリシアは微笑を浮かべながらフェイトに向き直る。
    「フェイトちゃんがね、どんなに早く動こうともどんなに避けるのが上手くても関係無い方法を考えたの。死なないように頑張ってね、フェイトちゃん♪」
    アリシアの言葉が終わると血液の噴火も止まっていた。一瞬の静寂。
    フェイトは頭上から押し潰された空気の圧力のようなものを感じた。
    遠巻きに何かが押し迫ってくるような耳鳴りも聞こえる。
    それは突然大雨が降り始めた時に感じるものと酷似していた。
    ———大雨、アメ・・・雨!!
    フェイトが最悪の思考に辿り着く。
    反射的に全力を込めたシールドを両手を挙げて傘のように展開する。
    シールドが展開されるのと、そこに無数の槍が落下してきたのはほぼ同時だった。
    止む事無く叩き付けられる衝撃がシールドを支えるフェイトの両腕に浸透する。
    槍の雨だった。
    周囲一帯を埋め尽くす、回避する安全な場所など何処にもない空間全域を飲み込む破壊の豪雨。
    地上にある建築物全てに槍が打ち込まれる。無数の槍が墓標のように乱立する地上は地獄にあると言われる針の山を連想させた。
    地獄絵図そのもの———都市殲滅兵器の本領発揮。
    まるで瀑布を全身で受け止める修行僧のようにフェイトは耐える。
    しかしリソースの殆どを速度に与えたフェイトのシールドは余りにも脆弱だった。障壁が甲高い悲鳴を上げ、次第にひび割れていく。
    死の豪雨の中を平然と進みながらアリシアがフェイトに近づく。
    空から降り注ぐ槍はアリシアに対してだけは水滴が布に染み込むように無害。
    「どう、フェイトちゃん?これならどうしようもないよね。
    降参しなよ。お姉ちゃんのお仕置きも今だったらキツクない方にしてあげるから、ね?」
    「嫌!本当の優しいアリシアに戻って!それまでは絶対に降参なんかしない!」
    間を置かずに突っぱねるフェイト。生来の頑固さ。
    ため息を漏らすアリシア。
    「もう変な所で頑固なんだからぁ。じゃあキツイお仕置きだね」
    先程まで周囲一帯に降り注いでいた槍が、集中豪雨となってフェイトの周辺に叩きつけられる。ライフル弾の一斉掃射をダンボールで受け止めるのに等しい絶望的状況。
    一秒と待たずにシールドが高い金属音と共に儚くも砕け散った。
    シールドが粉砕したのと同時にフェイトは持てる瞬発力の全てを発揮して飛び退く、しかしその光にも等しい速度を持ってしても全ては避けきれない。
    左の太腿に槍が突き刺さりフェイトの白い肌を貫き抉った。
    右手に握っていたバルディッシュが手の平を貫通した槍に弾かれて地上に落下。
    余りの激痛に空中で身をよじるフェイト。赤い鮮血が宙を舞う。
    アリシアがいつの間にか手にした降り注ぐ槍の一本を手にして、突進。
    手にした槍をふらつくフェイトの左肩に突き刺す。そのままの勢いでフェイトと共に空中移動。直線上にあった学校の校舎壁面に左肩を貫く槍の先端部を全力で突き刺した。
    フェイトの痛苦の悲鳴が無人の校舎に響く。
    アリシアはお構いなしにフェイトの太腿に刺さった槍も壁面に押し込み、右手の平を貫く槍も同じく壁面に釘を打ち込むかのように突き刺す。さながら人間杭打ち機。
    火刑を待つ囚人の様に磔にされたフェイト。
    その処刑台は一週間に渡る悪夢のような苛めを受けていた学校の校舎。
    突き刺された三本の槍がフェイトの魔力を吸引、もはや魔法を使う事も封じられていた。

    その姿を見てアリシアは抑えきれない感情を表出させる。
    「ああ、フェイトちゃん血だらけだよぉ!こんなにボロボロになっちゃって。なんて可哀想なの。これも全部全部、この世界が悪いんだよ。この偽物の世界が。
    だからお姉ちゃんが教えてあげる、こんな汚物だらけの世界の事なんて忘れられるぐらいに痛くて気持ち良い事してあげる」
    アリシアはフェイトの肉体に抱擁を交わす。
    身体を一つにするかのように密着するアリシア。フェイトの柔らかさを全身で感じる。
    そっとフェイトの下腹部に人差し指を這わせるアリシア。愛撫をするかのように優しく撫でる。
    そしてアリシアは爪を立ててフェイトの臍下から胸まで一直線に鋭く指を走らせた。
    フェイトのバリアジャケットが薄布のように引き裂かれ、白い肌が外気に晒される。
    少女である事を拒否するかのように豊潤な肢体。フェイトの肉体は早熟だった、それは同年代の少女達に嫉妬を抱かせるには十二分な魅力を放っていた。
    「すごい、フェイトちゃん。こんなエッチな身体してたら、なのはちゃんが襲いたくなるのも納得できるよ」
    フェイトの柔らかな乳房を掴み優しく撫で回す。子供の小さな手では収まりきらない柔肉が指の間から零れる。
    そのままアリシアはフェイトのか細い鎖骨に舌を這わせる。卑猥な音を立てながら嘗め回し、鎖骨に犬歯を突き立て優しく噛む。フェイトは全身に奔る快楽の波に身体を震わせる。
    「どう、気持ちいいでしょ?知ってるんだよ、フェイトちゃんが気持ち良くなる所は全部。だって私から生まれた妹の事だもの、どうすれば感じるかなんて自分自身の身体と同じように手に取るように分かるんだよ」
    アリシアはそのままフェイトの腋を舐め、臍に舌をねじ込み、乳首を甘く噛む。その全てにフェイトは意識が溶けそうになりながら感じた。
    アリシアはフェイトの乳房に刻まれた切り傷を見つける。先程の攻撃によるものだった。
    「フェイトちゃんは、痛いのも好きな子だからお姉ちゃんがしてあげる。お仕置きもしなくちゃだしね」
    乳房を弄んでいた手が凶器に変わる。
    アリシアはフェイトの胸の切り傷に細い指を突き込み、傷口を掘り起こす。
    胸から生じる激痛が電撃のように全身を蹂躙する。未経験の痛苦がフェイトの背筋を仰け反らせ、悲鳴で喉を震わせる。
    アリシアは容赦なくそのまま中身を掻き出すかのようにフェイトの胸を掘り続ける。焼けた鉄杭を打ち込まれるような熱を持った異物感がフェイトの全身を蝕む。アリシアの小さく細い指が傷口を穿る度、鮮血により赤く染まる。
    「あ、ひぃ、はぁ・・・あ、あ、ひぅ!!」
    フェイトの喘ぎ声が嬲られる度に漏れる。
    白い肌がキャンパスとなり、アリシアの黒い血液とフェイトの赤い血液で彩られた卑猥な抽象画を描き出す。
    フェイトの悲痛な叫びを美しい鈴の音色のように聞き惚れるアリシアは更に興奮を高める。
    「可愛いよ、フェイトちゃん。痛くて痛くて気持ち良いんだよね。じゃあ、もっと良くしてあげる」
    アリシアの手がフェイトの首筋に伸び、そのまま万力のような力で締めつける。
    「あ・・・くぁ・・・」
    空に響いていた苦悶の声が止まり、消え入りそうな呻き声が残る。
    アリシアはフェイトの首を絞めながら同時に乳房の掘削も続けている。
    フェイトの肺腑からは酸素が消え去り、代わりに吐き出す事の出来ない痛苦の悲鳴が溜められていく。
    アリシアはフェイトの耳に唇を近づけキスをする、甘い吐息がフェイトの耳に吹き込まれ耐え難い快楽が脳髄を犯す。
    止む事無く続けられる愛撫。
    凄惨な悦楽と痛烈な苦患が攪拌され、フェイトの全身を駆け巡り肉体を犯す。
    窒息状態によりフェイトの視界が暗くなり始め、意識が落ちる寸前で喉の拘束が突然消えた。首筋から手を放したアリシアは淫らな光を宿した目でフェイト見つめている。
    反射的に空気を求めてフェイトは肺に溜まった酸素を含まない空気を一気に吐き出す。
    そして新鮮な空気を吸い込もうとした時、空気よりも先にフェイトの口腔内に甘い味が広がった。
    アリシアがフェイトの唇を塞ぎ、呼吸する事を許さない。獣のように濃厚なキス。
    熱の籠もった舌がフェイトの舌に絡まり合って蕩けそうな音を上げる。
    アリシアの舌に乗せられた砂糖菓子のように甘美な唾液がフェイトの喉に流し込まれる。含みきれなかった唾液が唇から頬を伝い、糸を引いて落下する。アリシアもフェイトの口腔内の蜜を吸い込み、嬉しさのあまり恍惚とした表情を浮かべる。
    フェイトもアリシアの呼気から得られる僅かな酸素を求めて唇を寄せる、母乳をせがむ乳飲み子の様。胸の中には声にならない悲鳴が残響となって蓄積する。
    濃厚なまぐわい、妖精同士の淫らな接吻。
    十分にフェイトを味わったアリシアは少しずつ唇を離す。
    アリシアは顔を少しずつ後退させる。
    少し開いた口からは舌が伸ばされ、同様に口を開いているフェイトの舌とで透明な糸が引かれ、架け橋となって繋がっていた。やがて濃厚なシロップのように透明な粘着質の糸は虚空に溶け込んだかのように消えた。
    呼吸を再開したフェイトの心は真っ白になっていた。
    今までに感じた事のないような感覚に身を震わせる。
    アリシアは強く深い多幸感に包まれ、幾度と無く絶頂していた。
    自身の秘部を触れると、熱を持った体液が指を汚した。
    「ああ、見てフェイトちゃん。こんなに、濡れちゃった」
    指に絡みつく粘液をフェイトの頬になすり付けながら擦り寄る。
    片手でフェイトの下半身を弄る。敏感になったフェイトの体は素直に反応する。
    「わぁ、フェイトちゃんも感じてたんだね。びしょびしょになってるよ」
    フェイトの太腿には糸を引くように幾筋も体液が零れ落ちていた。拷問による失禁と陵辱による愛液が混じった淫靡な香気が周囲を侵食する。
    「さて、そろそろフェイトちゃんの中を味見しようかなぁ。
    もうなのはちゃんに前と後ろの初めてはあげちゃったんだよね。
    そうすると、どの穴にしようか?おしっこの穴?お臍?耳?鼻?どこでも好きな所から犯してあげるよ」
    アリシアの狂喜が生んだ嗤い声が無人の街に浸透する。
    「フェイトちゃんの欲しかった幸せ・・・みんなあげるよ」


    その声を遮る唯一の存在、フェイトの声が囁くように響いた。
    「ごめんなさい」
    ぴたりとアリシアの嗤いが止まる。
    決意を秘めた表情でフェイトはアリシアを見る、その目には涙を浮かべている。
    「寂しかったんだよね、ずっと一人で・・・ごめんね、ごめんね。
    私一人だけが、新しい家族も作って本当の家族の事を全部忘れたみたいに幸せで・・・」
    嗚咽混じりにフェイトは言葉を一生懸命に紡いだ。
    フェイトの心は罪悪感に満たされていた。
    本当の家族の事を忘れかけていた自分に対して強い憤りを感じた。
    数年前新しい家族を得て、新しい仲間に出会ってからの世界が幸せ過ぎたから・・・。アリシアはずっと自分を家族だと思っていてくれたのに、ずっと会える日を待ち焦がれていたというのに自分は幸せな今の世界だけを見ていた。
    アリシアの思いも知らずに無意識に裏切り続けていた自らの罪深さにフェイトは何よりも打ちひしがれていた。
    幸福な毎日を貪る自分のせいでアリシアがこんな事になってしまったのだと。
    「フェイトちゃん・・・」
    アリシアはフェイトの言葉を真摯に聞き入る。
    「これからはずっと一緒に居てあげる。私がアリシアの事助けてあげるから、守ってあげるから、もう寂しい思いはさせないから、もう酷い事はやめて」
    フェイトの頬を涙が伝う。
    アリシアの狂気を孕んだ暗い瞳が、正気を取り戻したように輝きを得る。
    輝きから生まれるのは涙だった。その身に流れる黒い血流とは違う、純粋に光を帯びる美しい涙。
    「本当?本当に?ずっと一緒に居てくれる?私を守ってくれるの?」
    フェイトは頷く。
    「ずっと一緒に居てあげるよ。だから優しいアリシアに戻って、本当はこんな酷い事する子じゃないはずだよ。アリシアは私と一緒で優しい子、クローンの私が言うんだから間違いないよ」
    アリシアが当惑するような表情を浮かべる。
    両手で頭を押さえる。頭から全身が割れてしまいそうな痛みがアリシアを襲う。
    「そうだよ、そう。私、本当はこんな事・・・したくないのに。なんでフェイトちゃんに酷い事してるの。フェイトちゃんに会いたい、一緒になりたいだけなの・・・に」
    背中を折れそうな程に反り上げて悶絶するアリシア。
    幼い喉を震わせて苦悶の声が漏れる。
    フェイトは辛うじて動く左手をアリシアに差し出す。
    確信を得た、アリシアは何者かに操られている。
    「アリシア!・・・誰が、こんな酷い事を!」
    頭に流れ込む激痛により眩暈がする身体を引きずるようにしてアリシアはフェイトの差し出した手を握ろうとする、母親にすがりつく子供のように。
    「た、助けて・・・フェイトちゃん。痛いよ、怖いよ、寂しいよ」
    フェイトは全力で左手を伸ばす、肩に刺さった槍が肉を抉るが何の痛痒も感じない。
    今こそアリシアの手を掴まなければいけなかった。

    アリシアの手がフェイトの手に重なる寸前だった。
    強力な魔力が世界を支配するかのように感じられた。
    直後に鋭い魔力砲がアリシアの頭部に針穴をも穿つ精密さで飛来する。
    アリシアは咄嗟に飛び退いて砲撃をかわす。
    しかしそこに一本、二本と続けざまに放たれる砲撃。
    意図的にフェイトから距離を離されるアリシア、数回の砲撃をかわして到達した地点には無数の魔力弾が鬼火のように浮いていた。その全てが一斉にアリシアに放たれる。
    多量の爆撃が一つの振動となって閃光と爆炎を撒き散らしながらアリシアを飲み込んだ。
    フェイトは目を見開いたまま呆然とアリシアが火焔に包まれるのを見ていた。
    「アリシア!」
    そこに、白い影が降り立つ。
    純白のバリアジャケット、ツインテールに結われた琥珀色の髪、手にした杖からは排熱の煙が噴き出している。「白い悪魔」と呼ばれる管理局でも最悪の部類に属される戦闘力を持つ魔導士。
    そしてフェイトの親友であり恋人、高町なのはが悠然と現れる。
    「大丈夫?フェイトちゃん?」
    高町なのはは全身を串刺しにされて磔になっているフェイトに向き直り、突き刺さっている槍を掴む。
    「少し痛いけど、我慢してね」
    高町なのはは一息にフェイトの左肩に刺さっていた槍を引き抜く。引きつる様な痛みにフェイトの身体が痙攣する。そのまま残った右手と左足に刺さった槍も同じように引き抜く。
    支えを失ったフェイトは倒れこみ、その身体を包み込むように高町なのはが抱き支えた。
    高町なのははフェイトを抱きかかえたまま、アリシアの血液が侵食していない校舎の屋上に移動してフェイトをそっと仰向けに寝かせて降ろした。
    フェイトは高町なのはを見あげたまま不安顔で疑問を口にする。
    「アリシアは?まさか、死んで・・・ないよね?」
    高町なのはは静かに頷く。
    「大丈夫だよ、かなり強力な魔力障壁を感じたし、あの程度の攻撃じゃ傷も付けられないはずだよ。それだけ強いってことでもあるけど」
    それを聞いてほっとするフェイトに高町なのはの言葉が続く。
    「心配したんだからね、放課後に校内で強力な魔力反応があって、私とはやてちゃんが急いで現場に駆けつけたらフェイトちゃんの鞄だけが残ってて、それから急いで管理局に連絡して緊急配備、必死の捜査網で見つけたこの封鎖領域も強固で私一人が入るので精一杯だったんだよ」
    自分の知らない所で仲間達がそんなに心配してくれていた事にフェイトは申し訳ない気持ちと同時に嬉しさを感じた。
    「封鎖領域を破る準備をしながら、色々な事が分かったよ。
    フェイトちゃん、どうして相談してくれなかったの?ずっとクラスで苛められてたんでしょ。
    私に相談してよ!どんな事があっても私はフェイトちゃんを助けてあげるんだよ!
    凄く後悔したよ、最近フェイトちゃんの様子がおかしいのは気付いてたけど一人で解決したい事なのかと思ってあえて何も言わなかった。でも、やっぱり直ぐに私が相談に乗ってあげるべきだったんだって・・・」
    高町なのはの目は潤んでいた。深い後悔の念。
    「ごめんなさい、心配かけたくなかったの。小学校からずっと一緒で、初めてクラスが離れて寂しかったけど、それでも私はしっかり頑張れるんだってなのは達にも見せたくて、頑張ろうと思ったの・・・」
    フェイトは素直に謝った。
    高町なのははフェイトの上半身を抱き起こし、そのまま抱擁する。
    「もう、フェイトちゃんは頑張りすぎなんだよ。
    これからはどんな事があっても隠し事はしないでね、私は何時如何なる時もフェイトちゃんを守ってあげるから」
    フェイトも高町なのはを抱きしめる。
    「うん、うん」
    囁くような返事が高町なのはの耳に届く。
    突然の警告音が二人の温かい抱擁を遮った。
    虚空に生まれるディスプレイは赤と黄色に点滅する枠に縁取りされていた。
    管理局からの緊急通信、八神はやてが調べたアリシアの用いる魔術とそのデバイスの詳細がそこには書かれていた。
    それを読んだフェイトは絶望で心を支配される。声も出せず、呼吸も止まる。
    余りにも救いの無い情報が無慈悲にも通達された。
    高町なのはは凄烈な眼差しでその情報を飲み込んだ。
    意を決するように立ち上がる。その全身を沸き立つ魔力が覆っていた。
    フェイトは混乱する意識を必死で保ちながら高町なのはに懇願するように言う。
    「な、なのは、どうしよう、どうすればいいの!?」
    高町なのはは、フェイトの頭をそっと撫でる。
    「私に、任せて」
    そう言って高町なのはは飛び去っていく、アリシアの居るであろう場所に向かって。
    フェイトはただ、祈るように見ている事しか出来なかった。
    高町なのはがアリシアを爆撃した地点に戻った時、既に爆煙は風に消え去りアリシアの姿だけがそこに残っていた。
    「やっと、来たね。なのはちゃん。ずっと待ってたよ、必ず来るってわかってたから」
    アリシアの瞳には深遠な闇が宿っていた。先程垣間見えた正気の光は見る影も無い。
    「お母さんを殺して、私を殺して、フェイトちゃんを奪った。
    絶対に許さない。全ての元凶、お前さえ居なければみんな幸せになってたはずなのに!」
    アリシアの憎悪と殺意を煮詰めて産み出した狂気の視線を受けても、高町なのはは微動だにしない。
    「なのはちゃんを殺さないと、フェイトちゃんもこの偽物の世界を忘れられない。だからなのはちゃんは絶対に殺すよ。フェイトちゃんの目の前で引き裂いて壊して解体した破片を見せてあげるんだよ。そうすればきっとフェイトちゃんは私の、お姉ちゃんの言う事聞いてくれるんだから!」
    それまで黙って管理局からの秘匿回線を聞いていた高町なのはが口を開く。
    無機質な声が氷のように怜悧な響きを持って放たれる。
    「今、管理局から指令が来たよ、私だけに。フェイトちゃんは知らないけどね。
    『アリシア・テスタロッサの行為を妨害し殲滅しろ』って。珍しいんだよ、管理局がいきなりそんな極端な態度を取るなんて・・・それだけアリシアちゃんが危険て事なんだけど。
    大人しくしていれば、綺麗に消してあげる。フェイトちゃんにも最後のお別れさせてあげるよ、どう?」
    「死ね!」
    アリシアの返答。
    地上に広がる湖面から無数の触手が湧き出る。全てが樹齢千年の巨木のような太さと大きさ、先端部が引き裂かれ、獣歯を生やした顎が現れる。フェイトに放っていた触手とは段違いの凶悪さ。異形の顎が獣の咆哮を上げて、高町なのはに襲い掛かる。
    高町なのはは愛機レイジングハート・エクセリオン(RHE)を構え、魔術を発動。
    周囲一帯にショッキングピンクの魔力弾が生み出される。
    襲い来る異形生物を魔力弾が自動誘導で迎撃する。大空に広がる数え切れない爆烈の華が煌いた。
    しかし数では触手が圧倒的に上回っていた。
    爆圧の中から次々と触手が躍り出て、怒涛の勢いで高町なのはを追回す。砲撃による迎撃と回避を繰り返しながら高町なのはは動き続ける。
    螺旋を描いた軌道で回避する高町なのはの頭上にアリシアが現れる。両手の五指に力を込めて振り下ろし、X字に放たれた死線が高町なのはに迫る。
    高町なのははシールドでワイヤーによる切断×十本を受け止める。
    しかしその隙に前後左右から迫る触手の顎。迎撃する魔力弾も間に合わない。咄嗟に展開した全方位のバリアに無数の触手が絡まり合う様に噛み付いた。巨獣の乱杭歯が高町なのはのバリアに牙を立てる。たちまち内部の高町なのはが見えなくなる程に異形の牙が殺到する。
    瞬間的に鮮烈な光が空を駆けた。
    障壁に噛み付いていた異形生物が全て斬り飛ばれる。
    光の発生源から現れた高町なのはは一本の槍を手にしていた。
    「虐殺の紅槍」と言われ畏怖される高町なのはの近接戦闘スタイル。
    RHEの全リミッターを解除した状態で放つ強力な砲撃エネルギーを圧縮成型した魔力刃。RHEの先端部から生えた刃渡り80cmの光刃はあらゆる物体を容易に切断する。
    恐怖を感じる事のない触手の群が高町なのはに向かって突進する。
    魔槍が妖しい赤色光で輝き、光の尾を伴い振るわれると異形の生物が細切れに刻まれる。
    約2年前のヴィータとの死闘後、高町なのはは魔力制御を徹底的に学び、習得し、我が物とした。
    驕る事無く来る日も来る日も魔力制御を鍛錬する日々、それは今も続いている。
    2年前とは比べようもない魔力制御技術を身に付けた高町なのはの魔槍は洗練され、主兵装の一つとなっていた。槍と魔力弾の同時操作も可能となっており、高町なのはの努力と天賦の才があってこそ初めて可能となった奇跡的な戦闘能力。
    十分な距離を保ち、アリシアは目前の白い魔獣を見据える。
    「ふーん、それが2年前にヴィータちゃんを犯した槍だよね。怖いなぁ。
    それに噂以上に硬い防御力、無尽蔵に吐き出される魔力弾、一撃必殺の砲撃。『管理局の白い悪魔』は伊達じゃないんだね」
    そして何時の間にか手にしていたモノを掲げる。
    それはフェイトが取り落とした愛機、バルディッシュだった。
    「フェイトちゃんに使えるんだから、私にだって使えるよね」
    アリシアはバルディッシュの核である金色の宝玉に自身の黒い血液を落とし、穢す。やがて宝玉は黄金の輝きを失い、黒曜石を思わせる深い闇色に染まった。まるで所有者の移転を表すかのように。
    「いくよ!バルディッシュ!」
    バルディッシュがアリシアの声に答えるかのように主人の望む形へと変貌を遂げる。
    アリシアの莫大な魔力はカートリッヂを使用せずにバルディッシュをより強力な形態へと変形させる。
    魔力刃を発生させる三角形の起部が直角に持ち上がる。そこから蝶の片羽根を模したような妖しく美しい魔力刃が光を吸い込む深遠な黒色を纏って現出する。
    アリシア専用バルディシュ。
    アリシア自身の体躯よりも大きな両手斧、その出力は高町なのはのシールドですら防ぎきれないと見ただけで分かる程に圧倒的な存在感を放っていた。
    しかし高町なのはは敵の脅威を見て、狂喜していた。
    「面白い、面白いよ!最近、みんな弱くてがっかりしてたの。
    私を楽しませてくれるような敵が来ないかなーって待ち遠しかったけど・・・。流石フェイトちゃんのお姉ちゃん、姉妹で私を楽しませてくれるんだから♪
    いいよ、ここからは私も本気で犯してあげる。
    泣いても、叫んでも、駄目。私が満足して飽きるまで弄って苛めて優しく壊してあげる。
    アリシアちゃんの鳴き声、聞かせて!」
    高町なのはの身中に棲む獣の意識が覚醒し、『白い悪魔』がここに顕現する。

    アリシアは戦斧を振り上げ高町なのはに突撃する。
    高町なのははRHEのカートリッヂを発動、破裂音を伴い薬莢が排出される。圧縮魔力を用いてシールドを形成、通常よりも強固で堅牢な障壁が現れる。
    アリシアは高町なのはを構える盾もろとも砕くために全力で巨斧を叩きつける。
    鈍い破裂音が轟く。
    シールドを支える右手の衝撃で高町なのはは筋肉が軋む音を聞く。
    緑黒と桜色の火花が夏の花火の如く飛び散る。互いの力は拮抗していた。
    「凄いよ、私の膜が破られそうだよ!
    私のシールドと同等の出力なんてヴィータちゃん以来だよ!」
    アリシアは高町なのはを睨みつけながら叫ぶ。
    「それじゃあ、ヴィータちゃんじゃあ出来ないような事もしてあげる!」
    その叫びに呼応するように地上から飛来するのは鯨をも貫く巨大な銛。
    対空ミサイルの如く地上の血溜まりから次々に射出される。
    「串刺しになっちゃえ!」
    アリシアは握る斧に更に力を加える。
    「・・・ちっ」
    高町なのはは舌打ちすると左手の槍を握り締める。
    右手の障壁を解除———高町なのはを脳天から叩き割るために漆黒の刃が振り下ろされる。
    しかし障壁を解除すると同時に高町なのはは全身を捻るようにして槍を斧に叩きつけた。軌道を逸らされてあらぬ方向へと振るわれる斧。高町なのははそのまま反転、地上から射出された銛に向けて魔力砲を放つ。轟音を伴い放たれる砲撃が全ての銛を灰も残さず焼き尽くす。
    アリシアは攻撃の手を休めない。
    砲撃後の硬直時間の間に高町なのはの周囲には獣歯から涎を垂らす触手の群が現れていた。
    高町なのはは瞬時に魔力弾を形成する。周囲に千を超える数の光球が妖しく煌き獲物に目掛けて放たれる。
    自動追尾弾と触手の群が織り成す爆裂の祭典が咲き乱れる。
    空中を飛び散る異形の肉片が地上に次々と落下する、悪夢のような光景。
    アリシアは手にする戦斧に魔力を注ぎこみながら言う。
    「なのはちゃん、絶対に殺すよ。
    なのはちゃんさえ居なくなればフェイトちゃんも目を覚ますよ。きっと本当の家族になるために、この偽物の世界を捨てて私の胸に飛び込んでくるんだよ!
    お母さんも殺して、フェイトちゃんも奪ったお前はゆっくり時間をかけて殺してあげる。フェイトちゃんの目の前で肉の塊になっていく様を見せてあげるんだから」
    高町なのははアリシアの憎悪を真正面から受け止め、平然とした顔で言い放つ。
    「そう。言いたい事はそれだけかな?
    私もね、怒ってるんだよ。フェイトちゃんから私以外の匂いがしたの。アリシアちゃんの甘ったるい匂いだよね。
    駄目なんだよ、私以外の匂いをつけられたフェイトちゃんなんて駄目なの。今日は帰ったらフェイトちゃんの全身を綺麗に舐めてあげるの、外からも中からも私の匂いで包んであげなくちゃ」
    決して相容れない両者の思い。和解の道など始めから存在しない。
    「アリシアちゃんの鳴き声、聞かせてよ!」
    桜色の砲撃がアリシアに放たれる。
    一撃必殺の威力を誇る悪魔の光をアリシアは斧の一振りで弾き飛ばす。
    「なのはちゃんこそ、豚みたいな悲鳴がきっと似合うよ、聞かせて欲しいなぁ」
    そう言うアリシアの足元に巨大な魔法陣が生み出される。
    それに伴い、地獄の釜が開くような重い地響きが広がる。
    次の瞬間、地上に広がる血液の湖面から巨大な腕が無数に生える。フェイトとの戦闘でも使用した異形の腕。しかし、今回は腕だけに止まらない。
    異常に筋肉質の腕は地面に手の平を乗せ、這い上がる。山が起き上がったのかと思うような動きで目も鼻も無い真っ黒い人型の巨人が姿を現す。大きさは大小様々で20m~50m程度のバラつきがあった、手に持つ金棒も身長に比例して凶悪な大きさとなっていた。
    そして何よりもその数が問題だった。地上を埋め尽くすかのように存在する黒い影。
    高町なのはの周囲は既に巨人と触手に取り囲まれていた。
    「いくらなのはちゃんでも、これだけの攻撃は捌ききれないよね。
    たっぷり犯してあげる。
    そうだ、フェイトちゃんの目の前でこの蟲達で犯してあげるよ。触手の精液だとどうなっちゃうのかな?変な卵でも孕んじゃうかもね・・・。ちゃんと帝王切開して取り出してあげるよ。まぁその頃にはなのはちゃんも人の形じゃなくなってるから、きっとお似合いだよ」
    その言葉に高町なのはは、三日月のように引き裂かれた口を開き答える。
    「じゃあ、私もアリシアちゃんの事犯してあげるよ。
    フェイトちゃんには出来ない、本当に死んじゃうぐらい痛くて気持ちいい事してあげる。
    実はね、さっきからずっとアリシアちゃんを見てるとね、昔のフェイトちゃんを見てるみたいで可愛かったんだよ。お臍の奥が、凄く熱くて疼くの・・・」
    高町なのはがRHEを構える。
    高町なのはの周囲に無数の光球。迎撃と攻撃を司る高町なのはの唯一の戦闘スタイルにして必勝の形。
    しかし、その魔力弾はアリシアの脅威から身を守るには明らかに足りない。
    「意地っ張り」
    アリシアの声と共に全ての巨人が一歩踏み出し、触手の群が包囲網を縮めた。
    「私ってツンデレなの」
    次の瞬間、高町なのはの杖が込められた魔力を吐き出す。
    砲撃が一直線にアリシアに向けて突き進み、射線上に居た異形生物を全て焼き払う。アリシアは魔力砲を戦斧で真っ二つに切り裂く。
    砲手である高町なのはは暴虐の嵐に取り囲まれていた。
    小さな身体を一撃で血肉の華に変貌させる金棒が一度に三本以上襲い掛かる。その全てを乱暴な空中機動で回避、同時に素早い反撃。三体の巨人の上半身が魔力砲で消失する。
    触手の群が隙あらば高町なのはの柔肌を食い破ろうと迫るが次々に魔力弾が迎撃する。しかし数的優位で圧倒する触手がしつこく迫る。高町なのははRHEの先端に魔力刃を生成し槍を手にする。目にも留まらぬ速度で槍をS字に振るう。桃色の残像が残る空間に触手の細切れが飛び散った。
    息つく間もなく高町なのはの足元から振り上げれる金棒、飛び退いて回避。もはやRHEを使う間も惜しみ手の平から魔力砲を発射。地上の巨人が二体同時に爆裂に飲み込まれる。
    高町なのはの唯一にして絶対の戦術、「敵の攻撃に耐え、敵の足を潰し、一撃必殺の超砲で撃ち滅ぼす」が通じない。空間支配能力においてアリシアは高町なのはを大きく上回っていた、足を潰されるのは高町なのはであり、攻撃を防ぐ事で手一杯になる。いずれ魔力が尽きればその時が最後になる。

    高町なのはは砲撃と魔力弾で弾幕を張りながら高空へと飛び上がり、アリシアの支配する空間から脱出する。
    やがて攻撃の届かない高度まで達し、大型魔力砲の発射準備に取り掛かる。
    カートリッヂをロード・ロード・ロード。焼けた薬莢が跳ね跳び、高町なのはに魔力を供給。
    魔力陣が足元に広がり、RHEの発射口を起点として幾重にも魔力増幅リングが展開、巨大な砲身を形作る。
    地上に広がるアリシアの血液諸共、大地を焦土と化す程の威力で放たれようとしている魔力砲。
    十分な魔力を充填して放たれようとした瞬間、高町なのはの頭上にある雲が割れる。
    アリシアが大上段に構えた戦斧を振り下ろしながら急降下、高町なのはの動きを読んだ奇襲攻撃。砲撃体制に入った高町なのははRHEを防御に使う事が出来ない。
    高町なのはは咄嗟に左手を翳し、シールドを展開。
    「ぬるい!」
    アリシアは構わず全身のバネを駆使し、全力で斧を叩きつける。
    漆黒の魔力刃がシールドに着撃、瞬く間にシールドがガラスの破砕音を思わせる音と共に砕かれる。防ぎきれなかった衝撃を受け高町なのはが撃墜される、落下軌道にあった雑居ビルに激突。
    直下型地震を受けたかのようにビルが垂直に崩落、高町なのはは粉塵を舞い上げる瓦礫に埋没する。
    アリシアは降下し、高町なのはの落下地点を見下ろす。あの程度でどうこうなる相手でない事は明白。
    突然、体中に広がる嫌な汗を感じると同時にアリシアの予想は的中する。
    未だに粉塵が巻きあがる瓦礫の山から瞬間的に光が漏れたかと思うと、刹那の間をもって巨大な魔力砲が周囲の鉄筋や岩塊を爆裂四散させてアリシアに向けて放たれる。射線上の巨人も触手も飴細工のように溶解する。直径30m超の極太の魔力砲は回避不能の速度でアリシアに向かう。
    アリシアは右手を突き出し、最大出力でシールドを展開。間をおかず砲撃が着弾。
    高町なのはが用いる上位砲撃魔法、エクセリオンバスター。真正面からの直撃を受けて生き残れる術は皆無に等しい。高町なのはの一撃必殺戦術における必勝形である。
    僅かな油断が死を招く。
    瓦礫が払われた跡に生まれたクレーターの中心で高町なのはは額の出血も無視して暴力的な魔力の放射を続ける。その口は勝利を確信した喜びからか、歪んだを形をもって笑みを湛える。
    アリシアのシールドが凹レンズのように変形、既に砲撃に穿たれる寸前。障壁全体が軋む。
    左手に持ったバルディシュを握り締める。
    「カートリッヂ、ロード!」
    アリシアの指令が即実行に移される。バルディッシュに内蔵されたモーターが起動、回転弾倉が擦過音と火花を撒き散らしながら全てのカートリッヂを連発、発動させる。硝煙を棚引かせながらアリシアは左手を振り上げる、膨大な魔力が注ぎ込まれたバルディッシュに巨大な半円の刃が生まれる。アリシアはシールドを解除すると同時に頭上に広がる半月の刃を魔力砲に叩きつけた。
    空気を焦がす奔流が生まれ、魔力砲が二つに引き裂かれる。アリシアの左右に引き裂かれた魔力が力を失って虚空に消え行く。切り裂く盾となった斧を両手で押さえ、砲撃に耐える。
    数秒後、砲撃が突然止む。
    安堵の吐息を付く間もなく、アリシアは地上の高町なのはを見下ろす。
    居ない。
    「どこにっ・・・!」
    アリシアが言い終わる前に高町なのはが死角から飛び込んでいた。
    桜色の魔槍が鋭く振り下ろされる。
    強運、バルディッシュの斧刃はカートリッジの魔力を消費して元の大きさに戻っていたがそれでもアリシアの身体を覆い隠すには十分だった。
    辛うじて斬撃を防ぐが、槍の先端部がアリシアの腹部をかすめ、臍下を薄く切り裂く。
    高町なのはは攻撃を休めない、振り下ろした刃が蜻蛉が跳ね上がるように打ち上げられV字の軌道を描いて振り抜かれる。アリシアの華奢な右肩に斜線が刻まれ、真っ黒な鮮血が飛び散る。
    高町なのはは全身をバネのように跳ね回しながら槍を操った。腕の延長という感覚を持って振るわれる槍はアリシアを貫く喜びを求めて踊り狂う。
    高町なのははこの歳で実家の槍術を皆伝、魔術戦に応用すべく練磨していた。
    壁のような密度で繰り出される刺突がアリシアの身体を少しずつ犯す。
    つま先に穴が開き、脇腹を斬られ、二の腕が抉られる。
    爛れた喜びに満ちた笑顔で高町なのはは執拗に槍を振るう。
    「ほら、油断してると一杯穴が開いちゃうよ!」
    「調子に乗るな!」
    アリシアの言葉に応じるかのように周囲に巨大な影が聳え立った。
    巨人の金棒が高町なのはを蝿を叩き潰すかのように振り下ろされる。
    高町なのはの槍が円弧を描き、金属の塊がハムのように輪切りにされる。
    その隙にアリシアは最大加速で距離を取る。
    後方に退避したアリシアは巨斧を振りかぶり全力で振り払う、巨大な刃が回転鋸のようにして高町なのはに向かって円弧を描いて突き進む。
    高町なのはは魔力弾数発を生成し、飛来する巨大な刃を迎撃。
    数発の爆裂音が響き、黒刃の姿は立ち上る火焔に消えた。
    爆音が静まると、高町なのはの周囲に羽音が振動していた。
    自動車のエンジン駆動音にも似たその音は共鳴し、高町なのはを全方位から囲んでいた。
    先程放たれた巨斧の刃が無数の蜂に変貌し周囲一帯を埋め尽くし、高町なのはを獲物として狙い定めていた。
    「お返しだよ!なのはちゃんの体、蜂の巣にしてあげる!」
    一斉に高町なのはに向かって轟音の波を伴い蜂の群が殺到する。
    高町なのはは反射的に全方位型の障壁を展開する。
    一匹の大きさは2cm程度だが、その数は100万匹を超えていた。殆どの蜂は高町なのはの障壁に触れた瞬間蒸発して消えるが、その屍を超えて絶える事無く光の壁に針を突き刺し続ける。全ての蜂が情欲に溺れた雌のように尻を振り一心不乱にピストン運動を繰り返す。
    やがて、障壁に僅かな綻びが生まれ、そこから一匹の蜂が障壁内に侵入する。すかさず高町なのはの首筋に粘液の滴る針を突き刺し、先端部から体液をぶちまける。
    高町なのはの体内に熱湯を注ぎ込まれたかのような感触が走る、同時に広がるのは意識を失いかねない程の激痛の波。刺された箇所を中心に全身の肉が悲鳴をあげる、体内に無数の剃刀を混入されたかのような痛み。
    「ぐぅあぁああ!」
    高町なのはは咆哮と共に開いている右手で首筋の蜂を掴み、握り潰す。
    『グチャ』と不快な音が響き、手中からは黒い粘液が糸を引きながら零れ落ちた。
    槍の一振りで薙ぎ払うにも魔力弾で撃墜するにも数が多すぎる、高町なのはは痛みを堪えながら目を閉じ状況打開策を模索する。
    「あっははは!刺されちゃったみたいだね!なのはちゃん、痛いでしょう?
    別に刺されたからって致死性のある毒じゃないから心配しないで♪
    ただ、気が狂うほどの痛みが広がるだけだから。
    まぁ、なのはちゃんの場合はもう狂ってるからそんなに心配いらないかもね!」
    アリシアは更に蜂を操作、高町なのはの障壁を突き崩す。次々と小さな穴が穿たれていく。
    障壁全体に破砕音が迸った、崩壊の予兆。
    アリシアが蜂の圧力を高めて最後の一押しをしようとした瞬間、高町なのはの障壁内部から赤い光が漏れる。
    蜂の群を巻き込んで光が広がり、体の芯を震わせる音塊がアリシアに叩きつけられる。
    50m程距離を置いていたアリシアも爆圧で吹き飛ばされた。
    ・・・自爆。
    高町なのはは周囲の蜂を焼き払うために障壁そのものを爆裂させた。
    バリアブレイクという敵攻撃へのカウンターとなる魔法の一種であるが、それを高町なのはは周囲の蜂全てを焼き払う威力で放った、正気とは思えない気狂いの所業。
    アリシアは顔を引きつらせる
    いくら防御力に自信があるとは言え正気の沙汰ではない。あれだけの爆破となると自分も巻き込まれるのは必定である。身体に巻きつけた爆薬の束に点火する事となんら変わりない。
    残響が大気を震わせる中、爆煙が晴れていく。
    そこから現れたのはバリアジャケットが破れ、煤だらけになった高町なのは。その目からは戦意が失せるどころか沸き立つような熱を帯びていた。しかし爆破による衝撃で視点はどこか虚ろなもので、意識を失いかけていた。
    「この化け物!」
    アリシアが左手の五指に力を込めて、黒いワイヤーカッターを放つ。流麗な弧線を描きながら高町なのはを袈裟斬りにする。回避も防御も出来ずに高町なのははまともに攻撃を受ける。
    バリアジャケット前面部に爪痕のような裂傷が走り、引き裂かれる。高町なのはの成長途上の小さな胸が晒される。鎖骨から下腹部にかけては五つの平行線が赤い血潮を引いて刻み込まれていた。しかしその攻撃が気付けになったのか、高町なのはのぼやけていた視線が定まる。
    アリシアは一気呵成に畳み掛ける。
    触手の牙が未だ迎撃体制を整えきらない高町なのはに接近、そのままバリアジャケット諸共左足を噛み砕いた。
    肉が千切れ、骨が砕かれる音が脳髄にまで届く。
    触手の牙が高町なのはの柔らかい肉の感触を楽しむかのように獣歯を埋めたまま内側を掻き回す。
    「んぅ・・・ああぁあ!」
    高町なのはは常人であればショック死してもおかしくない痛みを堪えながら、RHEの衝角部分を触手の上顎部分に突き立てる、そのまま零距離砲撃。異形生物の顎が半分消失し、高町なのはの左足が解放される。大型ミキサーの中に足を突っ込んでしまったのかと思うような惨状、左足は砕けた骨が露出し、牙で掘削された赤黒い大穴からは血肉が溢れ出していた。
    アリシアは勝利を確信した。あれだけのダメージを与えれば、いずれは失血死する。モーションのでかい隙だらけの砲撃さえ喰らわなければ決して自分が負けることは無い。
    「ふ、はは、管理局最狂の魔導士もここで終わりだね。
    後は残った手足も砕いて潰してあげる。それからフェイトちゃんの前でゆっくり時間をかけて犯しながら解体してあげるね!あっはははは」
    アリシアの容姿に似合わない嘲笑が空を埋め尽くす。

    その嗤い声を遮るように高町なのはが口を開く。
    「もうそろそろ、いいかな」
    高町なのはの呟くような小さな声が妙に透き通った響きでアリシアに届いた。
    「もういい?ああ、覚悟が決まったって事?もっと抵抗するかと思ったけど意外だなぁ。
    でもね、そういって油断した所を反撃するって言うのも良くある手だもんね。特になのはちゃんは諦め悪いはずだし・・・。
    じゃあ、先にその悪さをしそうな手足を切り落としちゃおうか?きっと大人しくなるよね!」
    そう言うとアリシアは斧を構えて高町なのはに突進する。
    しかし、その突進は高町なのはの一言で止まる。
    「アクセルシューター・マイクロスナイプ」
    アリシアの身体がくの字に折れ曲がる。
    突然体内に大量に発生した得体の知れない異物感、内腑を食い破られるような許容不可能の痛撃が脳髄を犯しながら全身に広がった。右手に持っていたバルディッシュが零れ落ち、地上に落下する。
    絶叫、絶叫。
    アリシアが幼い喉を引き裂かんばかりに悲鳴をあげる。無人の世界に広がる悲痛な叫び。
    高町なのははその声を有名作曲家のクラシック音楽を聞くかのように楽しむ。
    「ああ、良い声だよ。可愛いよぉ。
    小さい頃のフェイトちゃんを思い出すよ。繊細で、儚くて、壊れやすい楽器みたい。
    もっと鳴いて、もっと私に歌を聞かせて!」
    アクセルシューター・マイクロスナイプ、高町なのはが試験的に運用を開始した魔術。
    魔力弾を感知不能な程の極小サイズに圧縮生成、大気中に散布し敵対象に呼吸と共に魔力弾を吸い込ませる。そして体内に入り込んだ魔力弾は高町なのはの指令一つで活性化、敵を体内から犯し尽くす兵器となる。
    高町なのはの類稀な天才性と桁外れの狂気が生み出した最小にして最悪の魔術。
    戦闘開始からずっと高町なのはは通常の魔力弾を生成すると同時に、極小の魔力弾も散布し続けていた。
    今や周囲一帯の大気には、高町なのはの霧よりも微細な輝く狂気が満遍なく混入させられていた。
    高町なのはの指がうねる、それは情事の際の愛撫を思わせる艶かしい動き。その動作に合わせてアリシアの体内に侵入した微粒子程の魔力弾が動きを変え、その度にアリシアの全身が震える。その反応を見て高町なのはは新しい人形を与えられた少女のように微笑んだ。
    腹の中に百足を流し込まれたのような感覚、体内を蠢く異物にアリシアは蹂躙され尽くす。
    腹部が異常な盛り上がりを見せ、薄い皮膜を破ろうとする度にアリシアが全身を捻って涙を流し泣き声を上げる。
    止まらない吐血、顔が黒い血液で汚れる。股下からは破瓜を迎えた少女のように血液が幾筋も垂れ落ちて線を引いていた。
    壊れた楽器のように濁音混じりの絶叫が響き渡る。
    アリシア自身には1分にも1時間にも永遠にも感じられる程の時を経て、体内を犯す蟲が消えた。
    その顔は涙と血液と吐瀉物に塗れて、茫然自失とした表情。意識を保っているかどうかも怪しかった。
    高町なのはは辛うじて空中に浮ぶアリシアの姿を昆虫を観察するような目で見つめる。
    「この魔法、準備に時間が掛かるわりに発動してからの持続時間が短いのがネックかなぁ。
    目標としては、内側からお腹を破っちゃうぐらいの威力にしたいんだけどね。
    ・・・ってアリシアちゃん、失神しちゃった?そんなに気持ちよかったんだ。
    じゃあ、優しく起こしてあげるね」
    そう言うと自然な動きで高町なのはは精密な砲撃を放つ。
    アリシアの左足が膝下から全て光に飲まれ、消失する。色を失っていた目が苦痛と言う彩を持って光を取り戻す。
    「い、いやぁぁああ!」
    アリシアの膝から下は壊れた蛇口のように黒い血液を噴き出す。
    アリシアの体は常人よりも回復力は高いが、再生能力は無い。失った四肢は取り戻せない。
    耐えられない苦痛と喪失感がアリシアの胸を埋め尽くした。
    それでもアリシアは傷口の断面から噴き出す血液を制御して出血を止めるように固定して塞ぐ。
    それを見て高町なのはは沸騰する狂気を含んだ笑みを浮かべる。
    「駄目だよ、もっと可愛い声聞かせてよ」
    放たれる砲撃。
    今度はアリシアの右腕が肩口から全て塵と消えた。
    もはや高町なのはのお気に入りの楽器となったアリシアは痛々しい悲鳴をあげ続けた。
    そんな嬌声を聞き、高町なのはは顎を震わせながら絶頂を迎えた痺れが全身に伝わるのを感じていた。

    アリシアは理解した。今更もう手遅れだが自分が敵に回したのは正真正銘の悪魔だと。
    涙混じりに悲鳴をあげていたアリシアは幼子のように助けを求める。
    「助けて!フェイトちゃん!痛いよ、怖いよ!」
    その声はますます高町なのはを喜ばせる。
    「あはは!無駄だよ!フェイトちゃんは自分でボロボロにしちゃったんでしょ?
    それに、フェイトちゃんの居る学校からも大分離れてるしね。
    その可愛い泣き声は私にしか聞こえないよ」
    高町なのはは嗜虐心をたっぷりと染み込ませた表情で、衝動の赴くままに次は右足を吹き飛ばそうとRHEを構える。
    だが砲撃を放つ直前に、アリシアと高町なのはの間に疾風を伴い影が飛び込んできた。
    全身傷だらけ、飛行魔術も不安定な状態のフェイトが両手を広げてアリシアを守るように高町なのはの前に立ち塞がる。
    「もうやめて!アリシアももう戦えないよ、なのはの勝ちだから。これ以上酷い事しないで」
    必死で声を上げるフェイトを見て、高町なのはは驚いた様子で言う。
    「凄い、フェイトちゃんあんな状態でここまで来たの?感心しちゃうなぁ、本当に優しいんだね。
    でもフェイトちゃんだって見たでしょう?管理局からの緊急通達。アリシアちゃんは塵も残さず殺さなくちゃ。
    だから、そこを退いて」
    最後の一言はいつもの高町なのはの声とまったく変わらないとても優しい響き。
    だがフェイトは決して広げた両手を下げない。
    「お願いだから、もう止めて」
    フェイトの両目には強い意思の光が灯っていた。
    アリシアは思っていたよりも広く感じるフェイトの背中を見上げる。
    「フェイトちゃん、助けて・・・くれるの?」
    振り向かずにフェイトは答える。
    「お姉ちゃんは私が守る、もう寂しい思いはさせないから」
    アリシアの両目から自然と涙が零れる。
    「フェイトちゃん、私の事『お姉ちゃん』って呼んでくれるの?
    あんなに酷い事したのに・・・」
    嗚咽混じりに言葉を紡ぐアリシアにフェイトの優しい声が降り注がれる。
    「もう、良いよ。私もお姉ちゃんと会えて嬉しいんだよ」
    アリシアの目からは混濁した狂気の色が失われていた。そこには純粋に姉妹の再会を喜ぶ輝きだけが存在する。
    「どいて」
    だが姉妹の絆を確かめ合う僅かな時間は、憎悪が込められたほの暗い声に遮られる。
    「どいて、フェイトちゃん」
    高町なのはが右手の人差し指をフェイトに向けながら言う。指の先端には獣脂のような粘りつく輝きを放つ魔力光。
    「なのは!もう止めて、きっと何か別の方法があるはずだから!お願い!アリシアを助けて!」
    もう高町なのはの耳にフェイトの声は届かない。
    「どいて」
    小さな呟きと共に高町なのはの指先から剃刀の様に鋭い魔力砲が、一瞬の炸裂音を伴い放たれる。
    空気を引き裂き一直線に突き進む光がフェイトの頬を薄く刻む。
    「どいて」
    放たれる光。フェイトの太腿に赤い筋が描かれる。
    「どいて」
    二つに結んだ髪の一房が中心部から断たれる。
    高町なのはの井戸の底から聞こえるような低い声と共に次々と放たれる威嚇射撃がフェイトの体を少しずつ抉る。
    だが、フェイトは一歩も下がらない。両手を広げたまま、決して折れる事のない強固な意思を持って高町なのはを真っ直ぐに見据える。
    アリシアは震える声を上げる。
    「フェイトちゃん!」
    フェイトは短く答える。
    「大丈夫、お姉ちゃんは私が守るから」

    無限に続くかと思われた射撃が突然止んだ。
    代わりに響くカートリッヂの炸裂音。高町なのはの手に持つ凶器から硝煙の糸を引いて薬莢が吐き出される。弾倉に残った全てのカートリッヂを高町なのはは発動させていた。
    「心配しないでフェイトちゃん、どんなに醜い傷痕が残っても、手足が吹き飛んでも、私が愛してあげるから」
    RHEの先端部に巨大な魔力が凝縮されていく。周辺の魔力も吸い込み、肥大化する。
    正面に立つフェイトには眩い光で高町なのはの姿は視認できない。
    フェイトはこの魔法を知っている。高町なのはの切り札「スターライトブレイカー」。
    9歳の時、高町なのはとの決戦で最後の止めとして受けた超弩級魔力砲撃。
    戦艦の主砲を上回る破壊力を生身の魔導士が放つという信じられない魔法。無論、数年の時を経てその威力、精度は当時よりも跳ね上がっている。
    高町なのはが口を開く。そこから聞こえるのは普段どおりの穏やかな声。
    「だから・・・どいて」
    引き金が引かれ、号砲が音をも掻き消す。
    RHEの先端部が発射熱で溶解、直径50mを超える魔力砲は高町なのは自身をも焦がす。
    万象全てに虚無を与える光が大気を焼き尽くし、風を穿ち、一直線にフェイトに向かう。

    フェイトは残された魔力をありったけ込めたシールドを展開、両手を前に突き出す。
    アリシアは首を横に振りながら声を振り絞って叫ぶ。
    「フェイトちゃん、逃げて!もういいよ、死んじゃうよ!」
    その声にフェイトが少しだけ振り向いて優しい声で言う。
    「大丈夫だよ、私が絶対に守ってあげるから」

    フェイトが前方に向き直ると同時に、爆光がシールド諸共二人の姿を容赦なく飲み込んだ。

    魔力砲の放射時間は5秒間。
    射線上にあった雲は千切れ、大気中に余剰魔力が静電気のように迸っていた。
    アリシアは固く瞑っていた目を開く。
    超砲によるダメージは一切無かった。フェイトはアリシアを守りきっていた。
    「フェイトちゃん!」
    アリシアは目の前に佇む妹に後ろから声をかける———返事は無い。
    フェイトの顔を見るために前に回り込む。
    フェイトはシールドを構えた姿勢のまま気絶していた。
    魔力を全て使い切った事によるものなのか、両腕を焼き尽くした火傷が原因なのかは分からない。
    美しい金色の髪は所々焦げ付き、突き出した両手の指先は炭化して黒く焼け爛れていた。
    しかしその両目からは意思の光が失われていない、姉を守る強い意思だけが宿り続けていた。
    「フェイトちゃん・・・、ああ・・・」
    自分が高町なのはに蹂躙された時よりも悲痛な声が響く。

    そこに悪魔の囁きが漏れ聞こえる。
    「もう、フェイトちゃんたら強情なんだから・・・。
    大人しく退いてくれればこんな事しなくて済んだのになぁ。でもしばらくは両手が使えなくなっちゃったみたいだから、私が介護してあげなくちゃ。
    『あーん』って代わりに食べさせてあげるの。
    きっとフェイトちゃんも喜ぶよ」
    アリシアが高町なのはに怒りの籠もった眼光を向ける。
    その瞳からは狂気を宿していた面影は消え、今は妹を傷つけた一匹の怪物に対する恐怖と怒りに満ちていた。
    「なんで、こんな酷い事!
    フェイトちゃんの事好きなんでしょ?どうしてこんな・・・」
    高町なのはは不思議なものでも見るかのような視線をアリシアに向ける。
    「もちろんだよ、フェイトちゃんの事、大好きだよ。
    だからフェイトちゃんに私を刻み付ける時は凄く気持ち良いの。一生消えないように深く抉ってあげるんだよ。
    後でフェイトちゃんに私の手も同じように焼いてもらわなくちゃ。私達はいつも一緒、お揃いじゃなくちゃ恋人同士じゃないもんね。
    今日は両手に綺麗に私の色を付けてあげられたから結果としては良かったかも。
    ありがとう、アリシアちゃん。
    今から殺してあげるからね」
    夢物語を語る少女のように浮ついた声が高町なのはの口から吐き出された。
    アリシアは恐怖した。
    どこまでも果てしなく狂っている。
    高町なのはは狂気こそが愛の証明と信じている。何の脈絡も無く、他人の同意も必要としない自らの狂気を一心不乱に崇拝する狂信者。
    アリシアは地上に広がる湖面から巨腕を一つ生成、フェイトの体をそっと包み込む。
    途端に力が抜けたフェイトの体が崩れ落ちるように倒れこむ。
    そのまま、直下に広がる運動公園の柔らかい緑の上に降ろした。
    フェイトを地上に降ろした事を確認すると、アリシアは高町なのはを睨みつける。
    「今度は私が守ってあげる」
    震える体を奮い立たせ、アリシアは残された左腕を天に翳す。
    地上に広がっていた血液が噴き上がり一点に集約される。
    しだいに球形を象り始め、混濁した深く暗い色を帯びる。それは冥府に誘う門のよう。
    アリシアの切断された手足の断面からも血液が放出され、球体に取り込まれる。
    巨大な黒真珠は鼓動する。それはアリシアの心臓の代わりに植えつけられたデバイスの核と連動し、一つ脈を打つたびにはち切れんばかりに膨れ上がった。
    それは空に浮ぶ黒い太陽に思えた。
    その大きさはあっという間に直径1000mを超えていた。その影に覆われて周囲一帯が闇に包まれる。
    アリシアの命そのものを削って紡がれる最大威力の魔術。炸裂すれば封鎖領域だけでなく現実世界をも巻き込んで崩壊の嵐を巻き起こす。生き残れるのは術者のアリシアと、同質の魔力防壁で包み込まれているフェイトだけ。
    その様を黙って見ていた高町なのはは感嘆の気持ちを表す。
    「うわぁ、凄い。私と同じかそれ以上の魔力だよ。
    全力全開の最後の勝負・・・だよね。
    いいよ、私もそういうの好きだから。相手をしてあげる。
    私の全力全壊で!」
    高町なのははバリアジャケットの裾に手を伸ばし、大きな物体を取り出した。
    余りにも非常識な存在が高町なのはの右手に握られていた。
    本来機銃に備え付けられるようなサイズのドラム弾倉。
    その残弾表示は1200発。
    高町なのはは既に空になった弾倉をRHEから取り外す。そして狂気の産物である円形の弾倉を装着させる、機械音と共に早速一発目が装填される。
    高町なのは専用装備。
    砲撃魔導士のカートリッヂ携行量増加を睨んで試験開発されていた装備品だが、高町なのははそれをガトリング砲の如く扱えるように改造させた。
    「受けとめて!これが私の全力全壊だよ!思いっきり犯してあげる!」
    ドラム弾倉が唸りを上げて、カートリッヂの一斉掃射を開始。
    鼓膜を引き裂く暴力的な爆裂音が、吐き出される薬莢を伴い絶え間なく続く。
    連続する炸裂音は一つの音となってどこまでも長く続き、大河の瀑布を思わせる。
    高町なのははドラム弾倉から注ぎ込まれる常人であれば気が狂い、暴発させて血肉を撒き散らす他無い程の膨大な魔力を制御する。
    高町なのはにとってもこれは初体験だった。
    RHEの先端部に金属質の破砕音が響き亀裂が入る。高町なのはの両腕は裂傷が駆け巡り鮮血を撒き散らす。しかし高町なのはの瞳は力を一切失わない、確固たる自信が魔力制御を支える。
    やがてドラム弾倉が最後の一発まで放出し空転する。
    高町なのはは空になった弾倉を取り外し、投げ捨てた。
    そして、アリシアと同じように天に向けてRHEを翳す。一瞬の静寂の後に放たれる砲撃、溜め込まれた1200発もの狂気が堰を切ったように吐き出される。桜色の光柱が雲を吹き散らし、大気を焦がし成層圏にまで到達した。
    高町なのはがまだ、名前も付けていない魔法。実戦で使用すること自体が初めてだった。

    そしてアリシアの暗黒色の魔力球も既に全景を捉えることが出来ない程の大きさに到達していた。
    「くたばれ!高町なのは!!」
    アリシアが左腕を振り下ろす。
    同時に酷く緩慢な動きで球体が落下を開始した。
    まるで彗星の落下、単純な質量兵器として考えても想像不可能な破壊をもたらす。
    世界全体を揺るがす轟音と共に高町なのはへとアリシア渾身の一撃が突き進む。

    高町なのはは大上段にRHEを構えていた。
    先端部からは天を支える柱の如く魔力砲が放出され続けている。
    直径50m射程距離15000m超という規格外の剛刀。
    高町なのはは全身の筋肉が軋む音を聞きながら、空を断つ光の剣を振り下ろす。

    天上の雲を引き裂いて現れた光り輝く粒子の束が漆黒の球体にめり込む。
    僅かな拮抗後、一気に暗黒の球体が左右真っ二つ切り裂かれた。
    勢い余って地上に叩きつけられた光の奔流が大地を割断する。全長を見渡す事すら出来ない巨大な剣が土砂を巻き上げ引き抜かれた後にはどこまでも続く断崖が刻まれていた。
    高町なのはは凶刃を持ち上げ横一文字に振るう。加速された魔力の光が閃光となって煌めく。
    続いて返す刀を高町なのははX字に振るう。
    地上を覆い隠すほどに巨大だった魔力球が林檎のように八分割され、力を失った欠片は虚空へ霧散した。
    あまりにも圧倒的、高町なのはの戦闘能力は既に管理局の一個艦隊に匹敵するものだった。

    アリシアは魔力を殆ど使い果たし、身動き出来なかった。
    仮に魔力に余裕があったとしても動けなかった。恐怖のあまり全身が硬直していた。
    そこに高町なのはの狂声が届く。
    「アリシアちゃん、これで終わり、これで終わりだよ!」
    夢幻も現実も全て無に帰す虚無を孕んだ光がアリシアに振るわれる。
    僅かに身体を退く事が限界だった。
    アリシアの腰から下が光に飲まれて全て消失する。
    もはや痛みなど感じない。
    喪失感と絶望感に包まれた世界。
    アリシアのバランスが崩れ、飛行魔術も途切れ、自然落下を開始する。
    アリシアは地上に横たわるフェイトを見下ろす。
    最後まで自分を信じてくれた。守ってくれた。たった一人の残された家族。
    『お姉ちゃん』
    フェイトの声がアリシアの心に響き渡った。
    「私は・・・妹を守る!」
    奇跡的な覚醒、アリシアの身体が抑えきれない衝動と共に力を取り戻す。
    落下軌道を修正、高町なのはに向かって一直線に降下する。
    「まだ、何かしようっていうの?
    なんて健気なの!やっぱりフェイトちゃんのお姉ちゃんだね!可愛い!
    それじゃあ私が可愛かったご褒美に止めを刺してあげる!」
    高町なのはは光の剣を解除。
    代わりにRHEの先端部に槍刃を生み出す。
    アリシアは唯一残った左腕を振り上げて高町なのはに特攻する。
    何も持たない、ただ単純に殴るかのように。
    高町なのははタイミングを見計らい槍を突き出す。
    鈍い衝撃と重量感が左腕に伝わる。
    魔槍は寸分違わずアリシアの胸部中心を貫いていた。そこはアリシアの魔力を発生させるデバイスの核、当人にとって生命の源である心臓の代替物が収まっている場所。
    串刺しにされたアリシアから噴き出る返り血で高町なのはの防護服が斑模様に染まる。
    高町なのはは勝利の余韻に浸った表情を浮かべる。
    「はい残念。それじゃあ念入りに殺してあげるね。うっかり殺し損なうと大変な事になっちゃうし」
    そう言うと高町なのはは手首を捻りアリシアの胸を抉るように槍刃を捻じ込む。柔らかい肉と華奢な胸骨が不快な音を立てて滅茶苦茶に掻き乱される。
    もはや悲鳴を上げる事すらできないアリシアの口から大量の血液が吐き出され、高町なのはの全身に浴びせられる。今や高町なのはの白いバリアジャケットは染み込んだ血液で漆黒に染め上げられていた。
    もう視力を失い、何も見えないアリシアが高町なのはに向かって呪いの言葉を送り届ける。
    「最後に・・・油断・・したね。
    バ・・・ラバラに、なれ」
    アリシアの左手が僅かに動き、最後の魔法を解き放つ。執念の一撃。
    高町なのはに染み込んだ血液は超高濃度に圧縮した魔力の塊。バリアジャケット自体に染み込んだ爆薬はどんな重防御も意味を成さない。
    アリシアの血液が黒い光を放ち、衝撃波が円環を形作り広がる。
    閃光と火焔に包まれた高町なのはの姿が消失し、大空に雷鳴のような爆裂音が轟々と木霊した。
    爆破の衝撃でアリシアの体が槍から引き抜かれ、流れ星のように落下を開始する。


    地上に横たわっていたフェイトは頭上を埋め尽くす巨大な爆音で目が覚めた。
    空を見上げると一面に広がる爆煙と落下してくる影が見えた。
    「お姉ちゃん!」
    フェイトは全身の痛みを堪えて走った。
    地面に激突する寸前でアリシアを抱きとめる。受け止めた衝撃で膝が崩れてもつれるように転ぶ。
    フェイトが必死で抱きとめたアリシアの体は余りにも軽かった。
    「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」
    フェイトの両目から涙が溢れ出して止まらなくなっていた。アリシアが空中で何をしていたのか肉体が欠損した無残な姿を見て全て理解した。
    アリシアがフェイトの呼びかけに応え、目を開く。しかしその視力を失った両目にはフェイトの姿は映らない。
    震える手でフェイトの頬を探り当ててアリシアはフェイトの涙を拭う。
    「私、最後に少しだけお姉ちゃんらしい事できたかな?フェイトちゃんを苛める悪い奴、頑張ってやっつけたよ」
    「うん、うん」
    フェイトは一生懸命に頷く、その度にアリシアの顔に涙が零れ落ちる。
    アリシアの身体は末端部分から徐々に黒い塵となって崩壊を始めていた。
    「ごめんね、フェイトちゃん。私、酷い事しちゃったよね。
    本当は会えて凄く嬉しかったんだよ。あんな事したくなかったのに、なんでだろ、ごめんね」
    「いいよ、もう良いよ!お姉ちゃんは何も悪くない!」
    アリシアの左手がフェイトの頭を寄せる。小さな身体がフェイトを抱きしめる。
    「嬉しかったんだよ、永い眠りから覚めたらこんなに可愛い妹が居るんだから。
    こっちの世界のみんなとも仲良くしてもらって、元気なフェイトちゃんを見てるだけでも嬉しかったよ」
    「私も、私も嬉しいよ!だから行かないで!お姉ちゃん!」
    アリシアが深く息を吸い込んだ。
    「フェイトちゃん、幸せになってね」
    双眸が静かに閉じられる。
    「嫌、イヤ!お姉ちゃん!行かないで!!」
    フェイトの悲痛な叫びが虚しく響く。フェイトの腕の中でアリシアの肉体は全て塵となって虚空に消えた。
    二人の居る場所は公園の木の下だった。
    そこは以前フェイトが夢の中でアリシアに謝罪と別れを告げた場所と良く似ていた。
    フェイトが嗚咽混じりの泣き声を上げる。全身から搾り出される悲しみはどこまでも深い。
    フェイトにとって奇跡的に残った最後の血縁が目の前で消え去った。
    底の無い泥沼に嵌ったかのような無力感が心を苛む、慟哭は耐える事無くフェイトの魂を削りながら溢れ出た。



    「最後のお別れは済んだかな?」
    爆炎に飲まれたはずの高町なのはが空中に佇んでいた。
    相対する者が絶望する頑健さ。
    満身創痍、バリアジャケットは殆ど消失、傷にまみれた肢体を覗かせている。
    しかし致命傷を受けた形跡はどこにも見当たらない。
    フェイトは見上げる事もせず腕に残ったアリシアの温もりを感じたまま問いただす。
    「なんで・・・止めてって、助けてって言ったのに!どうして!!」
    高町なのはは答えない、無表情のままフェイトを見下ろす。
    フェイトの手元にはいつの間にかバルディッシュがあった、アリシアが最後に本来の持ち主に返してくれたのかもしれない。
    フェイトはバルディッシュを手に取る、黒曜石の輝きを放っていた宝玉が黄金の輝きを取り戻す。
    魔力が注ぎ込まれ、大鎌の刃を形成。
    「なのは!!なのは!!高町なのはぁ!!」
    フェイトは自分自身、どこにこんな力が残されているのか分からなかったが持てる力の全てを使って高町なのはに弾丸となって突撃した。
    先程まで全身を蝕んでいた痛苦は消えていた。真っ白な思考が広がる。
    大鎌の刃が細く白い首筋目掛けて振るわれる。
    高町なのはは身動き一つしないでその様子をただ見つめるのみ。


    ———金色の刃は高町なのはの首を切り落とす寸前で止められていた。
    「フェイトちゃんは優しいね」
    姉と同じ台詞を高町なのはが言う。
    「どうにか間に合ったよ。最後は少し冷や汗ものだったけど」
    高町なのはは、自らの首に触れる刃を優しく下ろす。
    そのままフェイトを包み込むように抱きしめる。
    胸の中で声をあげて号泣するフェイトの頭をそっと撫でる姿は仲の良い姉妹のようだった。

    アリシアの身体は爆弾だった。
    二人には管理局からの緊急通信で『詳細』が伝えられていた。アリシアの身体が孕んでいたロストロギアは20年前にテロリストが使用した最後の姿を確認されて以来、初の再臨となった自爆兵器。
    管理局の黎明期に凶悪犯罪者達が好んで用いていた災厄。
    柔軟性の高い幼い子供の身体に埋め込んだ核を元に強大な魔力を溜め込み、子供自身にも高い魔術能力を与え現地で戦闘を行わせる。
    爆弾を除去しようとする敵を排除する自衛型自爆兵器。
    当然、人体改造を施された子供本人は自らが爆破することなど知らされない。
    無理矢理大量の魔力を体内に貯蔵する事になった子供の大半は精神に異常を来たす。偽りの記憶と人格を歪めるための狂気を同時に植え付けられた子供達は調整された欲望のままに行動する。それを利用して都合の良い爆弾を作り上げる。
    爆弾が発動してからの解除、除去は不可能。そもそもこの爆弾テロを防衛する事に成功した例は存在しなかった。魔術適正の無い子供をSSクラスの魔術師に作り変えてしまうだけでも、この兵器の脅威を物語るには十分だった。
    次元振動をも引き起こす爆撃の被害を受けた都市は跡形も無く消え去り巨大なクレーターしか残らず、酷い例だと惑星もろとも死滅する程であった。
    管理局兵器開発部の提示した唯一の望みは爆破する前に魔力の供給源である子供に植え付けられたデバイスの核を破壊することだった。
    だが、それは同時に罪の無い子供の死を意味する残酷な希望。
    フェイトは最後までアリシアを助ける方法を考え、探した。
    だが爆破寸前のアリシアを救う術は何一つ見つけられなかった。

    高町なのははフェイトを抱きしめたまま子供を宥める母親のように静かに語りかける。
    「優しいフェイトちゃんには、こんな事させられないよ。
    今回の件も私がいつものように、
    『戦闘狂気質が出ちゃってアリシアちゃんを殺しちゃった』
    『フェイトちゃんはお姉ちゃんを最後まで守ろうとした』
    だからフェイトちゃんは何も悪くないよ。ほら、もう泣かないで」

    高町なのははフェイトに「姉殺し」の罪を被せる事などさせられる訳が無かった。
    自分の腕の中で涙を流し続ける姿を見て、ますますそう思った。
    ———フェイトちゃんの二つ名に『優しい死神』なんて安っぽいものがあったけど、それは存外似合っているのかもしれないな。
    声に出さず高町なのははそんな事を考えていた。


    2人しか居なくなった世界に、止む事もなく泣き声が響き渡った。




    事件から一週間の時が流れ、フェイトは時空管理局の捜査部を訪れていた。
    両手の火傷はまだ完治しておらず、大量の包帯が巻き付けられている。全身の至る所に開けられた穴も先日塞がったばかりだった。それでも、魔法と最新の医療技術による治療を受けて傷の回復は順調に進んでいた。
    そんな療養中のフェイトに事件の捜査を行っている部署から連絡が入った。
    「アリシア・テスタロッサについてお渡ししたい物がある」
    まだ痛む体と心を引き起こし、フェイトは一目散に向かっていた。
    フェイトがアリシアを守ろうとした事は公式記録からは抹消されていた。
    管理局への謀反と受け取られる行動は一切記述されていない———高町なのはの証言を元に作られた公式記録。
    事件はフェイトと高町なのはに対するテロ攻撃という事で落ち着いた。
    捜査は続行中だが、アリシアを操った真犯人に特定する情報は見付からず難航していると見舞いに来た高町なのは(あれだけの攻撃を受けて翌日には快復)に聞いていた。
    その捜査に何か進展があったのかと期待を胸に抱きながらフェイトは広大な管理局の敷地を進む。
    巨大なオフィス棟の中から、目標のブロックを見つけ辿り着く。
    受付に自分の名前を告げ、しばらく柔らかいソファに腰掛けていると一人の男が現れた。
    皺だらけのスーツにだらしなく曲がったネクタイ、無精髭を生やした中年男性。
    丸太のように逞しい体と短く刈り上げられた金髪。数多の戦いを潜り抜けてきた名刀のような印象を周囲に放っていた。
    フェイトはすぐさまソファから立ち上がり、敬礼。
    目の前の中年男性は酷く適当に右手を掲げた。
    一息の間を置いて、男が口を開く。名乗るつもりもない。
    「事件後、君のデバイスであるバルディッシュの中から異物が発見された。アリシア・テスタロッサが君から奪ったバルディッシュを使うために流し込んだ血液が僅かながら残っていたようだ。
    こちらの科学班で血液を解析してみたが、何しろ本当に微量だったので断片的なテキストデータ以外は見付からなかった」
    フェイトの返答を待つ事もせずに男は懐から茶封筒を取り出す。
    「これは、君にしか渡せない。また、君以外に受け取る権利を持つ人間は居ない」
    男はそう言うと、茶封筒をフェイトの胸に押し付けるようにして渡し、その場を立ち去ろうとする。
    フェイトは戸惑う気持ちを隠せないまま、男の背中に問いかける。
    「あ、あの・・・これは?」
    男は振りまかないまま妙に通る声を上げる。
    「データはそこに印刷したものを残し全て削除しておいた。アリシアの血液も無害化していたので君のバルディッシュの中に戻しておいた。後は好きにすると良い」
    一方的に言い終え、そのまま男は立ち止まる事もなく片手を上げて別れを告げるかのように廊下の奥へと消えて行った。
    フェイトは礼を言う間もなく去っていく男の背中に頭を下げ続けていた。


    フェイトは足早に、管理局内にある自室に戻った。
    窮屈な制服を脱ぐ事もせず、男から手渡された茶封筒を開く。
    中から出てきたA4用紙にはタイトルも何も付されておらず、僅か数行の文字が印字されているだけだった。
    「みんなと一緒になりたい」
    「フェイトちゃんは優しくて可愛い私の妹」
    「もう一度みんなと暮らしたい」
    「お母さん、フェイトちゃん大好き」
    そこに綴られたていたのはアリシアの儚い想い。
    フェイトの頬を自然と涙が伝い、アリシアの遺書に零れ落ちる。
    「お姉ちゃん、私のお姉ちゃん・・・」
    滂沱の涙を堪えきれずにフェイトは真っ赤に目を腫らし泣き続けた。

    ———落ち着きを取り戻す頃には辺りは暗くなっていた。
    フェイトはベッドの脇に立てかけてある昔の写真を眺める。
    一時は見るのも辛かった写真。そこには姉と母の微笑む姿が写っていた。

    フェイトはその写真に決意する。
    管理局の立派な執務官になり必ずアリシアをこんな目に合わせた犯人を見つけ出して捕まえる。
    自分と同じような惨劇を一つでも多く防ぐために・・・。
    フェイトは写真を手に取り、語り掛けるように言葉を届ける。
    「———ずっと一緒に居るからね」







    余話「悪魔を養い狂気を遺す」

    フェイトがアリシアの遺書を受け取った頃、高町なのはは同じ管理局の中でも別の建物に居た。
    少人数用の会議スペース。盗聴、盗撮に対する完璧なシステムを施された四畳半程度の部屋は簡素なテーブルと椅子だけが置いてある白亜の密室。
    そこに高町なのはと八神はやてが向かい合わせに座っていた。
    テーブルに置かれた珈琲に砂糖とミルクを入れて掻き混ぜながら八神はやては言う。
    「随分上手くいったみたいやね」
    「はやてちゃんのおかげだよ。本当に都合が良かったの。
    アリシアちゃんの死体が偶然見付かった事、丁度良く処分に困るロストロギアが見付かった事、全部がタイミング良く重なってくれた」
    高町なのはは珈琲に何も加えずブラックのまま飲み込み、口中に広がる苦味を味わう。
    「結構大変だったんだけどね。まぁちょっとした人脈を使えば異空間の狭間で見付かった行方不明扱いの少女の死体を無かったことにするぐらいには出来る。
    ロストロギアの方は存在そのものは厄介だったんやけど利害が一致する人達も居ってね、すぐに進呈してくれたよ。『是非とも史上最悪の自爆兵器の能力を解析したい』ってね」
    八神はやてが珈琲を口にする。クリームの甘い香りが鼻をつく。
    「まぁ、おかげで私も管理局の兵器開発部の変態共と仲良くなれたから良かったよ。
    私も含め、守護騎士達の強化、調整、メンテナンスには必要な連中だし、八神家の家長として家族の身をしっかり守る礎が出来たのは行幸やった」
    八神はやてが小さく微笑む。
    管理局で働く八神はやてと守護騎士達の状況はあまり良いものではなかった。局内でも未だに犯罪者扱いする人間も多く、様々な所で不遇な扱いを受けていた。特に複雑なデバイスを用いているためメンテナンス面でのバックアップをまともに受けられずに出動する事は死に直結する恐れもあった。八神はやてにとって万全な整備を受けられる環境を得る事が自らを含めた家族を守るための最優先事項だった。
    そのためならば悪魔の誘いにも喜んで従う。
    自分の家族を守るためならあらゆる手段を講じる強さ。14歳にして彼女はその親としての境地に達していた。
    「私もフェイトちゃんを取り戻せて良かったよ。
    あの日、身体中が痛かったけどフェイトちゃんを犯したの。いつもより濃厚に強く激しくね。
    そしたら泣きながら感じちゃってるフェイトちゃんがすっごく可愛いの。
    あんまり可愛いからいつもより痛い事してあげたけど、フェイトちゃんも喜んでたよ。
    その時実感したんだ、やっとフェイトちゃんが私の元に帰ってきてくれたんだって」
    高町なのはが情欲に溺れた表情を浮かべる。
    脳裏に浮ぶフェイトの淫らな姿を思い浮かべるだけで全身に震えるような快感が奔る。
    「最初は酷い事思いつくわぁ、って思ったんやけどあんなに上手くいくとは思わんかったわ。学校で苛められてるフェイトちゃんを見て見ぬふりするの、私は辛かったんよ」
    八神はやてが他人事のように話す。
    「ああ、そうだね。クラスで苛められちゃってるフェイトちゃんも凄く可愛かった。
    あんなに悲しそうな表情するんだもの。それでいて苛められた日の夜には私に甘えるように抱かれるんだから・・・。私のおっぱいに吸い付くフェイトちゃんなんて赤ちゃんに戻ったみたいで本当に可愛いんだよ。
    私だけのフェイトちゃん。誰にも渡さない、渡さないよ」
    心の底から嬉しそうに言う高町なのはを見て呆れるように八神はやてが言う。
    「フェイトちゃんも難儀な恋人を持ったもんやね。
    おちおち友達も作れんし、家族までなのはちゃんに皆殺しにされてまうし」
    八神はやては目の前に居る高町なのはに少なからず恐怖を感じていた。

    高町なのはとフェイトは共依存の関係にある。
    一見外から見ると大人しいフェイトが活発な高町なのはに依存しているだけのように思える、二人の出会いを知っている人間ならなおさらだ。
    しかし真実は少し違う。
    高町なのはもフェイトに対して依存していた。
    幼少時の高町なのはは自分の気持ちを口に出せない子供だった。両親が忙しい家庭環境から聡い高町なのはは我侭を言うことを自らに禁じていた。本来の高町なのはは考え込み過ぎて動けなくなるような性格だった。嫌われるのを恐れて気持ちを抑える事に終始する、賢く悲しい性質。
    しかしその性質も小学生になり家族が落ち着き、友達も出来るようになってから次第に改善されていった。
    そんな折、高町なのははフェイトと初めて出会った。
    気持ちを抑えたようなもの悲しい表情、小さく戸惑ったようなか細い声、それらは全て過去の自分だった。
    高町なのはは必死の思いで彼女を説得して助けた、それは過去の自分を助ける事でもあった。
    そして高町なのはの願いは叶い、フェイトを苦しみから解放させられた。
    誰かに迷惑をかけることを恐れて孤独に陥っていた彼女=自分を救う事が出来た。
    高町なのはが初めて心の底から願った事だった。
    それは高町なのはに大きな達成感を与えた、過去の自分を救った事こそが自らの成長の証明。
    フェイトが居る限り自分は成長を続けられる、一緒に、永遠に。
    高町なのははフェイトを自分の身体の一部のように愛する、独占する。そしてフェイトにもそうして欲しかった。
    だが、フェイトは優しかった。
    影を払われたフェイトは本来の慈愛に満ちた優しさを取り戻す事ができた。
    フェイトは管理局の仕事を通じて自らと同じ境遇の子供を助けて養子にしていた。フェイトにとっては過去の自分への贖罪でもあった。
    しかし高町なのはにとってそれは許せない行為だった。
    自分以外に愛を注ぐフェイトに怒りを覚え、養子の子供に殺意を抱く程に嫉妬した。
    守るものを得たフェイトは母性を目覚めさせ、高町なのはへの依存が薄らいでいたのだ。
    そんな時、保存ポッドに入ったままのアリシアの死体が偶然発見された事を知り、何か利用できないかと考えていた。そこに利害が一致する八神はやてが現れ、あとはトントン拍子に話が進んで行き、現在に至る。



    「これできっとフェイトちゃんはまた私を見てくれるよ。私だけを。
    またどこかを向いた時はしょうがないから、養子の子供達も・・・ね。
    その時はまた協力してね、はやてちゃん」
    心の底から楽しそうな笑みを浮かべる高町なのは。その目は混沌とした輝きに満ちていた。
    八神はやてはその表情を見て心臓が高鳴るのを自覚し、取引した相手が狂った悪魔なのだと再認識させられる。
    「・・・そうやね。お互い、協力し合おうな」
    なんとか声を絞り出して言うのが精一杯だった。
    冷めた珈琲を八神はやてが口にすると、先程まで甘かった味が妙に苦く感じられた。





    ***
    今事件は公式記録によるとテロリストによる、高町なのは教導官とフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官に対する自爆テロ攻撃事件として処理された。アリシア・テスタロッサに爆弾を取り付けたであろう犯人は懸命な捜索が行われるも手掛かりは一切なく捜査は難航した。
    なお、管理局内では高町なのはと八神はやての間に事件に関する何らかの取引が行われたと言う噂が流れていたが事件との関連性があるかどうかは不明とされ、当人達も噂に対しては黙秘を続けた。
    半年間の捜査を経て手掛かりは何も得られず、捜査本部は解体され迷宮入りの様相を呈した。
    管理局に次々と舞い来る事件の波に飲まれ、この一件も他の難事件同様次第に取り立たされる事も無くなっていった。

    ただ一人、現在もフェイトだけがこの事件の捜査を個人的に続けている。
    この後、そう長くない時間をもって、フェイトは事件の真相に辿り着く事になる。
    それは高町なのはとフェイトが出会った時以来の死闘を巻き起こし、二人の関係を新たな形にする別の事件の引き金でもあった。
    (完)

     

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