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    【彼女と】男女間の修羅場を経験した話を書きますよ 【彼氏】


    1:バース◆H0fjJ5ft/U:2012/10/03(水)23:10:45.19ID:KLGvIiLq0
    スペックです。
    ボクは、山下ユーサク(仮名)当時は公立高校の一年。

    成績は普通、運動神経も普通、外見も普通、つまり特徴がないことが特徴で他人からは「何度会っても顔と名前が一致しない奴」とか言われてました。
    当然、先生にも名前を覚えてもらえないわけで、授業中に指名される回数が明らかにボクだけ少なかったような記憶があります。
    基本的にヘタレです。

    彼女の名前は、山本ミドリ(仮名)同級生です。

    長身で活発な子。
    ルックスは美しいスポーツ少女系。
    今の流行でいうとヤングなでしこといった感じでしょうか。

    中学二年の時に彼女が転校してきてから、ずっと同じクラス。

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    しかも名簿も近いことから席はいつもボクが前、彼女が後ろでした。
    だから彼女はボクのことを名前で呼んでくれる数少ない(というか唯一の)女友達でした。

    転校初日の第一印象は「大きな子だなぁ」でしたね(笑)
    たぶん、当時は彼女の方が背が高かったと思います。
    そして次に「カワイイかも」になるわけです。
    気のせいか、ちょっと影のある感じはありましたけどね。

    理由は覚えてませんが、ちょうどボクの後ろの席が空いていたので彼女の席がそこに決まり、ボクは内心「ラッキー!」とか思ってました。

    十分に地の利を活かして、ボクは彼女と親しくなりましたね。

    運よく気も合ったので、ボクは彼女とは同性の友達と接するように自然に接することができました。
    それは彼女も同じだったと思います。たぶん。

    半年もすると幼馴染みたいになり、そのうち彼女からは、普通に恋の相談のようなものも受けるくらいにまでなってましたよ。
    この辺は想定外でした。仲良くなり過ぎましたね。友達として。

    そんな彼女に「男性の意見が聞きたい」と言われる時は、たいてい恋愛系のハナシでした。

    ボクの彼女評は“恋多きわりには臆病で詰めが甘く成就しない乙女”とでもいうのでしょうかね、次々と「あの子がステキ!」とか言うくせに結局は、誰とも付き合ったりできなかったようです。

    この話は、高校に入って初めて彼女から「男性の意見が聞きたい」と言われたことから始まる騒動を、思い出しながら書いていきます。

    9:バース◆H0fjJ5ft/U:2012/10/03(水)23:22:43.18ID:KLGvIiLq0
    ―― 第一部 修羅場 ――

    いつものように慌しい朝のホームルーム前でした。

    ボクは友人達と昨日のサッカーについて、あーだこーだと批評家よろしくやってました。
    ボクは、一応サッカー部所属です。ベンチ外ですけど。

    いつもは、そんな話に混じってくるミドリが珍しくひとりで席に座ってました。

    様子がおかしいかも?とは思ったんですが、女の子ですからね。
    下手に構うと真剣にウザがられたりするんで放置してました。

    でも、その日は一日中そんな感じだったんで、終礼後に声をかけてみたんです。

    「熱でもある?」
    「ない……と思う……かも」

    なんとも珍妙な回答をするミドリ。
    (なんなんだ、それ?)

    彼女の虚ろな視線が、ちょっと気になったものですから数ヶ月ぶりに彼女を誘ってみました。

    「今日、部活だろ? 終わったらなんか食べに行こうか」

    別に下心があったわけではないですよ。
    家が近所で方向が一緒なので、中学の頃は部活終了の時間さえ合えば一緒に帰ることが結構あったんですよ。
    高校に入学してからは、初めてでしたけど。

    「……わかった。じゃ校門で待ってる」

    力なく答える彼女でした。

    彼女はバレー部所属です。
    身長があるんで中学の頃はエースアタッカーだったし。

    自校で試合がある時に何度か応援に行ったけど、体が大きいせいもありなかなか迫力がありました。
    スポーツ少女に見合わない綺麗な長い髪も目立ってましたし、それになんというか…… 揺れるんですよね(笑)

    彼女も同じように、ボクの試合を応援してくれたこともありました。
    ロスタイムにゴールを決めた時には、汗と泥まみれのボクと抱き合って喜んでくれたし。

    そんなこんなで周囲からは、完全に二人は付き合ってると思われてたようです。
    残念ながら違うんですけど。

    だから、彼女は非常に目立つ存在にもかかわらず、寄ってくる男は少なかったようです。
    詳しくは知りませんがね。
    もしそれがボクのせいだったなら今さらですが謝っておきます。すいません。

    ちなみにボクに寄ってくる女性は皆無でしたよ。
    それは決して彼女のせいではなかったと思います。ドンマイ!

    さて夕暮れの迫った校門。
    彼女が壁にもたれかかり、ボクを待ってました。
    アンニュイな雰囲気で可憐さが一層引き立ち、なんかこうゾクゾクっとしたことを覚えてます。

    「ごめんごめん。顧問の説教が長くてさ」

    さっきのゾクゾク感を誤魔化すように言うボク。

    「いい……さっき来たとこだから」

    もし、これが初対面だったなら、即落ちで一目惚れしてたかもしれません。
    どうやらボクは憂いを含む女性の表情に弱いようです(笑)

    でも、数年間の彼女との時間がボクと彼女の関係を「友達」に固定してしまっていましたね。

    ボクは自転車を押しながら坂を下ります。
    彼女はボクの斜め後ろを黙ってついて来ます。

    これは誰か好きな男ができたんだろうなと思いましたね。
    過去にも似たようなことが何度かありましたから。
    嫉妬心とかそういうものは、まったく感じなかったですよ。
    同性の友達が誰かに惚れたとか聞いても何も思わないのと同じです。
    ボクの中での彼女はそんな感じだったんです。

    ファーストフード店に着くと端の方の席を陣取り、ポテトと飲み物だけでじっくり話を聞くことにしました。
    ボクはもう答えはわかっていたんですが、とりあえず通過儀礼として尋ねることにします。

    「で、どうしたんだ?」

    ストローの袋をコネコネしながら、ちょっと拗ねたように俯き加減で視線を合わさず、とんがった口で呟きます。

    「……男性の意見が聞きたい……」

    (ほらきた)見覚えのある光景です。
    毎度のことですが同じ仕草で同じ内容を言うんですよ。コイツは。

    とりあえずボクは、いつも同じ反応をするしかありません。
    ここで、何か違った反応(どんなだ?)でもすれば、ボク達の関係が変わったりしたんでしょうかね?
    その時はそんなことは、考えもしませんでしたけど。

    「それで、今度の相手は誰なんよ?」
    「……サッカー部のキャプテン」
    「え――っ! 早川先輩(仮名)かよ」

    まあ驚きましたよ。身近な3年の先輩ですからね。
    いや、驚いた理由はそれだけじゃないんですよ。
    その先輩には彼女がいたからです。
    ありがちなんですが、3年のマネージャーさんがそれです。
    ちょっと派手目ですけど、かなり綺麗な人です。モデルみたいです。

    ボクは迷いました。その事実を今ここで伝えるべきかどうか……

    数秒間の熟考の結果、今日のところは先輩に彼女がいることは伝えないことにしました。
    今日はミドリを元気づけるために来たわけですからね。
    明日でいいや、とか思ったんですよ。
    それに、話を聞いてやれば少しは落ち着くだろうし、それからでも遅くはないと考えたからです。

    案の定、先輩のどこがカッコいいかを力説しながらミドリは、どんどん元気になってきました。
    ボクとしては他の男のカッコよさなんて聞かされてもあんまり面白くなかったんですけどね。

    まあ、先輩は普通にカッコいい人ですし、サッカーもボクなんかよりも随分上手いです。

    ただねぇ……女性とのアレコレを自慢げに話すタイプなところがねぇ〜
    聞く方は楽しいんですよ。ソノ手の話は、こっちも興味津々ですから。
    でも、その話を聞いた後では、気まずくなるんですわ。

    マネージャーさんを見るともう妄想全開になっちゃって……あんな綺麗な人がそんなコトをするなんて……
    ついパンツを押さえてしまいますよ(笑)
    ボクは、ひょっとしてこの先いつかミドリと先輩のアレコレを聞くことになるのか?とか考えてちょっと困ったような気になったことを覚えてます。

    結局、ミドリには小一時間ほど話につきあいましたね。
    もう飲み物の氷が溶けるだけじゃなく、紙コップまでユルユルになった頃にやっと解散となりました。

    それからのボクは、結構苦しかったですよ。
    ミドリからは先輩のアドレスを教えろとか、今後の試合スケジュールを教えろとか、弁当を作りたいから食べ物の好き嫌いを教えろとか色々と言われましたから。
    なんだかスゴーく盛り上がってるんで、つい彼女がいることを言えずにいたんです。
    つーか、先輩とマネージャーさんのやり取りを注意して見てりゃふつーは気づくハズなんですけど、コイツは気づかないんだよなぁ。

    ひょっとして相当ニブイのか?

    そのうち、一度でいいから直接話がしてみたいとか言い出してさ。
    仕方がないから段取りをしてやりましたよ。
    部活が終わった頃にボクに声をかければ、できるだけ自然に先輩と話ができるようにしてやると。
    まあ、やってみたんですけど全然自然じゃないのね、これが。
    なんかマネージャーさんに睨まれましたけど、ボク。

    その日の帰り、ミドリはテンションが上がってました。
    「一歩前進ナリ!」とか言ってましたね。
    そういえば、ボクは最近ミドリと一緒に帰ることが多くなりました。

    なぜかミドリが校門で待っているせいで流れ的に、そうなってしまうんです。
    で、ひとしきり先輩のカッコいいところを聞かされるというわけでして。

    あー面白ないぞー(笑)

    とかいいつつ、ボクは楽しかったようです。

    ところが……

    ミドリを先輩に近づけたことが、ボク達をとんでもない方向に進めるきっかけとなってしまったんです。
    一週間後くらいだったかな、早川先輩がボクに話しかけてきたんです。

    「よう山下! あの子、そう、ミドリちゃんってカワイイよな」
    「へ? なんすか急に?」
    「昨日の帰りにファーストフード店で偶然会ったんだけどカワイイなとか思ってさ。で、あの子はおまえの彼女なのか?」

    先輩からミドリの名前がでるだけでも、ドキッとするのに彼女かどうかなんて聞かれたものですから、相当慌ててしまいました。
    傍から見ると滑稽だったと思いますよ。
    ひとりで赤くなってバタバタしてたわけですからね。

    「ちがっ、違いますよ」

    ボクが否定するのを見ながら腕を組んで何かを考える先輩。
    そして、呟くようにさりげなく爆弾発言をしてくれます。

    「そうか……じゃあアタックしようかな?」
    「え?! 先輩……マネージャーさんが……」
    「マネージャー? 気にしない、気にしない」

    ボクは内心(これはマズイことになったかも)と思いましたね。
    ひょっとして先輩は手当たり次第とか、そういう系の人だったのか?となるとミドリが可愛そうだし、なんとかしないとマズイ非常にマズイ。

    ボクの心配を他所に、それからミドリは先輩と急接近するわけです。
    帰りは相変わらずボクと一緒なんですけど、彼女は途中から先輩との待ち合わせ場所へ向かうことがあったりしました。
    休日デートもしたみたいです。
    まあ、会話の内容やデートの様子はこっちから聞かなくても嬉しそうに逐一話しますから、まだ深い関係にはなってないらしくボクは少し安心してたんです。

    って、いったい何を心配してるのやら……
    まあ、ミドリはマネージャーさんと違ってそこまで踏み込めないだろうとは思ってましたけど。
    というか、なんでコイツはここまで詳細をボクに語る必要があるのか理解できませんでしたね。
    ボクが聞き出してるわけじゃないですよ。

    そんなことよりも、早く彼女がいることを伝えなければ……
    焦る気持ちとは逆に、いざミドリを前にすると言えなくなるんですよね。
    彼女が悲しむ顔を見たくないというのもそうなんですが、言ってしまうともうミドリとこうして一緒に帰る理由がなくなってしまう……

    という複雑な心境だったのも理由だったような気がします。
    今、思うとこれがいけなかったわけです。

    そんなある日……
    ボクは珍しくマネージャーさんから声を掛けられるわけです。

    「えーっと……山下君……だっけ?」

    ちょっと驚きでした。
    話をしたことがない女性がボクの名前を覚えててくれるとか新しいです。
    初めてです。嬉しいかも(笑)

    「今日部活が終わったら、ちょっと付き合って欲しいんだけど」

    なんだか非常に嫌な予感がするんですけど、先輩の彼女ですし無視してもいいことは何も起こりそうにないどころか、悪いことが起こる気がして気の進まない状態で、待ち合わせ場所へ向かったわけです。

    そうしてボクとマネージャーさんは、夕暮れの中、公園のベンチに二人座ることになりました。
    雰囲気は抜群なんですが、そんな悠長なことは言ってられません。
    絶対に先輩とミドリのことだろうな、と思ってましたから。

    「ごめんね。急に呼び出したりして」
    「いや、全然オッケーですよ。どうせヒマですから」
    「実は……早川君のことなんだけど……」

    ここまで聞いて、やっぱりそうだろうなと納得しましたよ。
    別に変な期待をしていたわけじゃないですが、やっぱり心の底では何かを期待していたんでしょうね。
    なんといっても、正常な男子高校生ですから(笑)

    「なんだか最近、私の知らない女の子と仲がいいみたいで…… で、その子って山下君の友達じゃないのかなと思って」

    いきなり、話がヤバくなってきたじゃないですか。
    彼女の静かな口調がボクの緊張感を高めてくれます。
    心臓の鼓動が高くなって、喉まで乾いてきましたよ。

    「で、どんな子なの?」

    若干怒りの感情を含んだ声にボクは戦慄を覚えましたよ。
    女性というのは浮気をした男性よりも、相手の女性に対して怒りを感じると聞いたことがありますが、まさにソレです。

    それに彼女は全ての裏を取ってるんでしょうね。
    先輩に最初にミドリを引き合わせたのがボクだということも分かっての今日なんだと思いました。
    こうなるともう逃げられません。

    ボク観念して正直に話をしました。

    ミドリはボクとは中学から一緒だったこと。
    長身でバレー部に所属していること。
    外見はそこそこ美少女で、男子にはそれなりに人気があるというか目立つ存在であること。

    そして彼女が、先輩に憧れていたこと。

    一度でいいから直接話がしたいと言い出し、ボクがそれを段取りしたこと。
    あとは……先輩に付き合ってる人がいることは、知らないということ。
    でも、学校の帰りにどこかで先輩と待ち合わせをしてるらしいとか休日デートのようなコトをしてるとかは言いませんでした。
    だって怖いし。

    マネージャーさんは(……ったく余計なことを)というような怒りを含んだ目でボクを見てましたが、最後まで話を聞くと

    「正直に話してくれて、ありがとう」

    それだけ言って、さっさと帰っていきました。

    ボクは自分の無事を喜ぶ余裕もなく、ベンチにへたりこんでしまいましたよ。
    それより、自分がきっかけを作ったせいで、なんだか人間関係が面倒な方向へ動いていることが恐ろしくてね。
    そして、今日のことをミドリにどう説明したらいいのか分からず一人で頭を抱えてたんです。

    が……事態はボクの想像を超えて、斜め上の展開を始めるわけです。
    なんと、ボクとマネージャーさんが怪しいとの噂が立ち始めるという。
    なんで?!

    どうやら、公園のベンチに二人が真剣な表情で座っていたところを誰かが目撃したようで、話に尾ひれがついて広まっていったようです。

    二人が公園で真剣に見詰め合っていたとか……これはある意味本当か……いい雰囲気で肩を寄せ合っていたとか……近い状況ではあったけど……抱き合ってキスしてたとか……これはナイわ。
    絶対にナイ。断じてナイ。

    映像としての雰囲気は、確かに誤解を生む内容だったわけですよ。
    それは否定しませんが……
    だからといって、先輩の彼女と恋愛とかキスとかするわけないでしょーが。
    そんな無謀なチャレンジャーではナイですし。

    そういう週刊誌の表紙に掲載されるような状況ですから部内でもニヤニヤと微妙な空気が漂うわけです。
    みんな腫れ物にでも触るような感じでボクに接するんです。
    否定すれば否定するほど、いっそう酷くなるから困ります。

    奴らの頭の中では「略奪愛」という物騒な文字が、小躍りしながら走り回っていたことでしょう。
    そのうち、早川先輩の耳にも届くことになり、練習後のクラブボックスに呼ばれることになってしまいました。

    簡易ベンチに腰掛けた先輩が、スパイクの紐を解きながら尋ねます。

    「山下、おまえアノ噂は本当か?」

    直立不動で尋問状態のボクは、緊張と不安で汗ぐっしょりです。
    別にマネージャーさんとは、やましいことは何もないんですが、人間関係が面倒なことになっているのは、多分に自分のせいという認識がありましたから。

    「噂って、ボクとマネージャーさんとのことですか?」

    脱いだスパイクの泥を「コンコン」と払いながらチラッとボクの顔色を覗き込む先輩。
    その目には怒りの感情を感じることはありません。
    うまく言えないんですが、マネージャーさんとの温度差は感じましたね。

    「そうだよ。まあ、オレは気にしてないんだけどね」

    ここは全身全霊をかけて弁解させてもらいます。
    たとえ男らしくないと言われても、言い訳だってします。
    武士じゃないんで、二言だって言いますよ。

    確かに健康な男子高校生的期待感ゼロで待ち合わせ場所に向かったということはないですが、実際に何かアクションは、起こしてはいません。
    神に誓って。

    「いや、あれはデマですよ。デマ。ただ……マネージャーさんから相談を受けたことは事実です。先輩の件で……」
    「そうか……そんなことだろうとは思ったんだけどな……」

    ですよねー
    わかってくれますよねー
    なんてホッとした自分がありました。
    この際、先輩の気持ちを確かめた上で、マネージャーさんと仲直り?というかしっかりと元の鞘に収まってもらおうとか考えたわけです。

    そうすれば、ミドリのことも余計な心配をせずに済みますか
    らね。
    だから先輩と、もっと話そうと思ったです。

    「先ぱ――」

    そこで急に扉が開いたかと思うとマネージャーさんの乱入です。いや突入か?
    そして次の瞬間、ボクは信じられない状況に陥ることになります。

    なんとマネージャーは先輩の前を通り過ぎて、ボクに抱きついてきたんです。
    まさか相手を間違ったんじゃないのか?とか一瞬考えたんですが次の言葉で、そうじゃないことが分かります。

    「山下君! 誤魔化さないで!あの時、あなたは私に告白したじゃない!」
    「え?!」

    この人、何を言い始めるんだ!?
    これから先輩とサシで話して、この件をクロージングに持っていこうと考えていたのに、何と言う無謀かつ玉砕の特攻発言……台無しじゃん……

    こんなこと言われたら先輩だって黙ってはいないでしょう。

    裸火を持ってガソリンタンクに突っ込んでくるようなものですよ。
    しかし、彼女の勢いは留まるところを知りません。
    こっちまで飛び火どころか、もう火達磨じゃないですか。

    「そして私たちは付き合うことになったじゃない!こんな奴(先輩を指差す)に気を使うことはないのよ!」

    いやいやいや、ナイナイナイ、絶対ナイし〜
    そんな夫婦喧嘩みたいなことは、二人だけの時に違う場所でやってくれー

    と、あまりにトンデモな展開に、苦笑いさえ漏れてしまいそうだったんですが先輩の次の言葉で再びボクは奈落の底へ落とされるわけです。

    「山下……そういうことだったのか」
    (え? ひょっとして信じてる。あんたバカですか?)

    オイオイオイ、なにを血迷っているんですか。
    冷静に考えればそんなことあるわけないとか考えないんですかね。この人たちは。
    とりあえず、ここは落ち着いてもらって……話せば分かるハズ……

    「先輩、違いま――」

    と言いかけたボクのでしたが、その言葉を最後まで言うことができなかったんです。
    なぜなら、マネージャーさんがボクの口を塞いでしまったから……

    唇で――

    さて、どうでもいい話ですが、これがボクのファーストキスってやつです。
    ロマンチックでもなんでもなく、いきなり修羅場でソレですからね。
    非常に残念です。悔やまれます。トラウマになりそうです。

    その光景を見た先輩は、ボクの肩をぐっと掴むと「大切にしてやれ」と言ってボックスを後にしました。 
    って、オイ待てー

    表ではメンバーがザワついています。
    「やっぱり、そーだったんだ!」とか「修羅場やね〜」とかワイドショーを観てるおばちゃんみたいな会話が聞こえてきます。
    おまえらも傍観せずに、先輩を止めろってば。

    「誤解でーす」「待ってくださーい」と動こうと思うのですがマネージャーさんが、ボクに絡みついていて身動きできません。
    一瞬、殴ってでも引き剥がそうかと思ったんですが、マネージャーさんの悲しそうな目に断念した次第です。

    そして、先輩が十分遠くに行ってしまった頃、マネージャーさんはその場に崩れ落ちるわけです……

    ボクは(どーすんだ? コレ?)と思いながらも、どうしていいか分からずとりあえずマネージャーさんの気持ちが落ち着くまでは、傍にいた方がいいかと思い、黙って横に座ってました。
    自○とか放火とかされたらヤバイとか思ったんですよ。マジで。

    そのうち泣き疲れたのか、ボクにもたれかかり腕にしがみついた状態で眠ってしまいました。
    この時のボクは困ってました。正直、困ってました。本当に困ってました。何度でも言いますよ。困ってましたと。

    どう考えても彼女がボクを好きなハズがありません。
    単なる「あてつけ」であんなことをしたことは明白です。
    それが問題の解決に結びつくのかどうか知りませんがね。
    とりあえず彼女の選んだ手段はそれだったということです。

    対するボクの状況は外堀を埋められて、自分の気持ちとは違う既成事実で追い込まれている感じ。

    マネージャーさんと公園で密会し
    元カレの先輩と直接対決を経て
    キスでめでたくカップル誕生……

    鬱だし……

    このままだと、明日には『新カップル誕生!』と祝福されてしまうでしょう。

    マネージャーさんは、ボクには不釣合いなくらい美しい女性であることには違いないんですよ。
    でも、なんというか……
    昨日まで先輩と、あんなことや、こんなことをしてたんでしょ……ムリですわ〜それ。

    再婚だって離婚後は、6ヶ月のクーリング期間が必要なんですよね。
    そんなホヤホヤで相手の体温が残っているような女性とか、絶対ムリですって。

    非常に失礼を承知で言います。
    全力でお断りですわ。

    さて、30分くらい経った頃、やっと目を覚ましたマネージャーさんは

    「あっ、山下君。ずっとこうしてくれてたの?」

    なんと呑気な声でのお目覚めです。
    ボクは(あなたのせいで修羅場じゃないですか。これからどーするんですか)と言いたい気持ちをぐっと抑えて

    「あっ、はい……動けなかったですから……」
    「ごめんね……もう遅いから帰ろっか」

    美しいお顔で力なく微笑むわけです。
    えーっと、ボクはさっきの勢いが急速に萎えていくのを感じます。
    実は、こういう表情に弱いんですよね。

    ボクを11人集めて、こんな表情のお面をつけた女子チームと対戦したらきっとボロ負けするに違いないでしょうね。
    0-15くらいで。
    そんなわけで、彼女を放っておけない気分になってしまい、すっかり暗くなった道を二人で帰ります。

    どうやら自分の家とは方向が違うようなんですが、なんとなく家まで送った方がいいかと思ってマネージャーさんの足が向かう方向に歩きます。
    そのうち家に着いたらしく、玄関の前で足が止まりました。
    これでボクの自分の仕事は、全て終わったと思いましたよ。
    とっとと帰って明日以降の対策を練らないと、とか思いました。

    「じゃ、ボクはこれで帰ります」

    そして自転車に跨ろうとした、その時。

    「お腹空かない? 私、泣いたらお腹が空いちゃって。何か食べていかない?」

    妙なタイミングで妙な誘いです。普通なら断りますよね。
    あんな目に遭った後ですから、家なんかに入ったら次はどうなるか分かったもんじゃないですし。

    ところが、ちょっと憂いを含んだ笑みが、なんとも妖艶で美しかったのでボクは脊髄反射で「はい」と答えてしまったんですよ。
    言ってしまってから気づいたんですがこの時、無意識でしたが1000分の1秒単位で不安と期待を天秤にかけてたわけです。

    ファーストキスを奪っていただいたのですから、展開によっては筆おろ……なんとも男の悲しい性です。
    いや、男子高校生です。

    というわけで、ボクはマネージャーさん宅のダイニングテーブルに座ってました。
    彼女はキッチンで手際よく何かを炒めているようです。

    そのうち、テーブルには二人分の焼きソバが並びます。
    なぜに焼きソバ?

    「ごめんね。こんなものしかできなかったけど」
    「いや、すいません。わざわざ作っていただいて」

    それを食べ終わると、彼女はいかにもお揃いの片割れっぽいマグカップを手にポツリポツリと先輩との話を始めました。
    別に聞いてないんですけど……

    高校に入学して初めて会った時のこと……
    合宿の夜に告白された時のこと……
    学園祭の模擬店のこと……
    二人で行った旅行のこと……
    (えー、その話は先輩から何度も聞きました。深夜編だけですが)

    そして、最近すれ違いが多くなってきたことまで話すと、目に涙をいっぱいに浮かべるわけですよ。
    なんか可憐で弱々しくって、思わずぎゅーっと抱きしめたくなる衝動にかられるんですがそんなことをしたら、ボクがこの先修羅場の中心人物に進化してしまいます。
    いや、もうほぼ中心か?

    「今日はね、父も母も遅いの……」

    思いがけない言葉に緊張が走ります。
    おいおい、マジでこの先があるのか?
    どうする? ボクよ?
    この際、成り行きに任せてみるのも……

    「そっちに行ってもいい?」

    緊張して声が出せないボクの無言を肯定と、とったのか隣というか、もう膝の上近くに座るわけですよ。
    そして、ねろねろと絡んでくるんですわ。

    もうね。ダメですよ、この人。
    完全に人格崩壊してます。絶対おかしいです。

    (先輩からアッチの方は嫌いじゃないらしく激しいとは聞いてましたが……)

    このままいけば、マジでボクの筆……

    ボクの脳内では各部位の担当がホットラインで状況報告をし
    始めます。まずは隊長の“精神”です。

    「各部位、状況を報告せよ!」

    左半身:
    「左前腕部拘束されており制御不能!続いて上腕部が敵の侵略を受けています!」

    右半身:
    「こちらは各部異常ありません!回避行動可能です!指示を!」

    胸部:
    「呼吸が苦しいですっ! 
    心拍数も増大してますっ! 警戒レベルです!」

    頭部:
    「視界良好、聴覚問題ありません!上下唇および声帯正常作動します!指示を!あっ嗅覚がやられました!」
    (そういえばマネージャーさんの髪からいい匂いがしてます)

    頭脳:
    「……」

    精神隊長:
    「精神から頭脳へ、応答せよ!」

    頭脳:
    「●△※÷……」

    精神隊長:
    「ダメだ……完全に混乱してる。コイツが作動しないと行動の指示が出せん……」

    その時、ボクの精神は緊張でカチカチになってる担当者を発見する……下半身だ。
    直立不動で空を見上げている。

    精神隊長:
    「今日はお前の出番はないから安心しろ」

    下半身は応答しない。

    彼にとっては、これが初陣になるかもしれない状況とあり緊張と我慢で大汗をかいている。
    相当気合いが入ってる様子だ……

    各担当との数十秒のやりとりの後、精神が発動した緊急脱出プログラムにより左右大腿部と下腿部に現在地点からの緊急離脱命令が下された。
    もう既に左前腕部、上腕部から背部と腰部、そして胸部まで侵略されておりあと数秒判断が遅れたら、その場に押し倒されてフォール負けだったでしょう。

    ボクは命からがらマネージャーさん宅から生還したのです。
    自分としては頭脳が結局、何の役にも立たなかったことが情けない……

    家に帰ったボクは、明日からどうしようかと真剣に悩みましたよ。
    先輩とマネージャーさんは、本当に破局なのだろうか?

    でも、今日のマネージャーさんを見てると、まだ先輩のことが諦めきれない様子。
    先輩の本当の気持ちが見えないけど……

    この際、ミドリに手を引いてもらうことが一番丸く収まるような気がするが。
    となると、最初から分かってて進めたボクはどうなる?なんか面白がってたみたいで最低な奴になるんじゃねーの?

    まあ、ミドリには明日の帰りにでも正直に話そう。
    彼女なら分かってくれるさ、きっと。と考えたんだけど……
    甘かった。

    翌日ミドリは学校に来なかった。その翌日も。

    さすがにこれはマズイことになってるだろうと、帰りに家に寄ろうと思ってたんですが、昼休みに女子数人に囲まれる事態となるんです。

    女子A「あんた、ミドリになんてことしたの!」
    女子B「最初から分かってて面白がってたんでしょ!」
    女子C「ホント最低っ!」
    女子D「あんたのせいで、あの子、学校に来たくないって……」

    なんでも、ボクがマネージャーさんの家から脱出後、ミドリは彼女に呼び出されて全てをブチまけられたらしい。
    しかも、マネージャーさんはボクが最初から全てを知っててミドリの恋愛ごっこを生暖かい目で楽しんでた、と言ったようです。

    ミドリとしては、憧れていた先輩に二股をかけられていたこともショックだったらしいが、それよりも、信頼して全てを話してたボク、自分の味方で応援してくれてると思ってたボクがそんな悪趣味なことをしていたことが相当ショックだったとのこと。

    それで「もう誰も信じられない!」となり、塞ぎこんでいるらしい。

    ボクは、すぐに携帯でミドリに連絡しようとしたが……
    着信拒否だし……
    メールで「すぐに会って話がしたい」と送信したが返ってきたのはデーモンだ。アドレス変更してやがる。

    その日は、午後の授業も部活もパスしてミドリの家へ向かいました。

    でも、インターホンを押そうが、玄関で叫ぼうが誰も出てこない。
    ボクは、とりあえずノートの切れ端に「会って話がしたい」と走り書きしたモノを郵便受けに放り込んでおきました。

    翌日からミドリは、ようやく学校に来るようになったんだけどボクのことはガン無視。

    ボクは、なんとか話をしようとチャレンジしたんですが、まったく反応ナシ。
    一週間くらいはボクも頑張ったんです。聞いてくれなくても謝りもしました。

    状況を一方的に説明してみたりもしましたが……
    もう、お手上げですわ。
    ここまで無視されると、さすがに面倒になってしまいましてね。
    もう、どーにでもなーれ状態です。

    ボクって、やっぱり最低男みたいですわ。
    というわけで、ミドリとはここから疎遠になるわけです。
    夏休み前くらいだったと思います。

    さて、部活の方はと言うと、こっちはこっちで面倒な状況でした。
    当然のことながら、先輩とマネージャーさんは別れることになってしまいました。

    なんだか自分のせいみたいで非常に申し訳なかったんですが、先輩によると遅かれ早かれ別れていただろうとのことです。
    先輩がミドリに走りかけたのも、マネージャーさんと色んな意味でのすれ違いが増えてきたかららしいです。
    って、そんなものなんですかね……

    そして何よりボクを困らせたのが、マネージャーさんの存在でした。
    やたら絡んでくるんですよ。
    別に嫌がらせをされるわけじゃないんですが他の部員と比べて特別扱い、というか妙に甲斐甲斐しくってね。

    ボクは1年のサブでしたから、飲み物とかタオルとかはマネージャーさんから渡してもらえる身分じゃなかったんですが、なぜか主力並みの扱いを受けてました。
    どうやらメンバーの中では、ボクの「略奪愛」しかもキャプテンの彼女を奪うというなんとも刺激的なストーリーが完成していたらしく、もう二人の一挙手一投足に注目が集まる状態。

    おまけに、部活終了後はボクがどんなに急いで帰ろうとしてもマネージャーさんが自転車置場の前で待っているわけで、ボクは仕方なく一緒に帰ることになるんです。
    方向が違うのに。
    マネージャーさんは、一生懸命話題を作って話しかけてくれますがボクは失礼のない程度に相槌を打つくらいで、決して楽しい会話じゃないのに。

    でも、そんな状態が、しばらく続いた頃、ボクの心境に変化が出てきたんです。
    マネージャーさんのことが「なんだかカワイイかも?」とか思えてきて。
    そのせいで会話が少し続くようになってくると、彼女がスゴく楽しそうにしてくれるわけです。

    だから思い切って、というか調子に乗って聞いたみたんですよ。

    「あの……何でボクに優しくしてくれるんですか?ボクは先輩の件で恨まれてるハズじゃ……」
    「そのことは、もういいの。彼とは終わるべくして終わったからそれより、気になる男の子に優しくしちゃダメなのかな?」
    「いや、その……さすがにマズイかなと……先輩の手前もあるし……」
    「だったら、3年生が引退してからだったら、いいのかな?」

    なんだか、妙に畳み掛けられてる感じがします。ああ言えばこう言う感じで。
    どんどんコーナーへ追い詰められるボクサーのような雰囲気です。
    そして、とうとう何も言えなくなってしまいました。

    「じゃあ、秋の大会が終わったらキミに告白するから その時は真剣に考えてね」

    彼女はそう言うとボクの前から、さっと消えてしまいました。
    ボクは、今の言葉を脳内でリピート再生します。
    今「告白」って単語を使ったよな??
    それって、そういうことなのか??

    いやいやいや、山下ユーサク16才、自慢じゃないですが色恋沙汰には縁のない人生でした。
    それが美しい上級生から「告白」ですか??
    ついにモテキが到来したんでしょうか?
    いや襲来か?

    ところが、それ以降マネージャーさんは、ボクに絡んでくることはなくなり何かが起こるかも?と期待して勝負パンツまで持参した夏の合宿も普通に終了してしまいました。
    あれ?

    きっとからかわれただけだったんでしょうね。
    ひょっとすると彼女なりの復習劇だったのかもしれません。
    一瞬でも喜んだ自分が恥ずかしくなりましたよ。

    そしてボク達のチームは秋の大会であっけなく敗退し、3年生部員は引退するわけです。
    もちろんマネージャーさんも。

    ボクとしては、ミドリの件もマネージャーさんの件も、封印したい過去という扱いで意識的に二人を避けてました。
    ミドリは相変わらず後ろの席ですから、否応なく毎日視界の端には入ってくるわけですが、もうボクは彼女を視界の中心に捕らえることはなくなりました。

    無視するわけじゃないんですが、視界の端に入ってきたらこっちが先に移動する感じです。
    そう、明らかに避けてましたです。今度はボクの方が。
    その時、彼女がどんな表情をしていたかなんて知りませんでしたよ。見てないわけですから。

    校内は学園祭の準備が慌しくなる頃で、サッカー部は毎年「焼きソバ屋台」を出展することになってるようです。
    んっ?焼きソバ……なんとなくイヤな予感がしますよね。
    それ、当たりです。

    部の伝統として、引退した3年を含むマネージャーの指導の下に1年メンバーが調理することが決まりになっていると、その時に初めて聞かされたんですよ。
    う〜ん、これは……ボクは、例のマネージャーさんとペアになるわけです。
    気まずいです。みんな明らかに面白がってます……

    そして、とうとうその時が訪れます。

    マネージャーさんと二人で食材の買出しに出かけた時です。
    買い込んだ大量の食材のせいで両手が塞がり、動きに自由度が減ったボクに彼女が接近してきます。
    これはヤバイ雰囲気です。

    「3年生は引退したね……」
    「そうですね」

    動きにくいといっても相手は女性。
    全力で走れば振り切れると思ってました。
    いざとなればショルダータックルで……とか無謀なことも考えてます。

    「山下君、いつかの話を覚えてる?」
    「何の話でしたっけ?」

    しっかり覚えてますが、全然覚えてませーん。
    もう逃走準備完了です。何か適当な理由をつけてダッシュでその場を去ろうとするボク。
    ところが彼女はボクの進路を巧みに塞ぎ、距離50cmの真剣な表情で見つめます。
    近いってば。

    しかも袖を摘まれた状態ですから、逃げるに逃げられません。
    そして、結構ヘビーな話をしてくれるわけです。
    先輩とは真剣に付き合っていたこと。
    別れてしまったのは残念だけど後悔はしてないこと。

    確かにボクのことは最初は先輩への「あてつけ」だったこと。
    でも、毎日一緒に帰るようになってなんとなく気持ちが落ち着いたこと。
    それが恋なのかどうかは自分でも分からなかったこと。

    だから自分の気持ちを確かめるために「3年生の引退まで」と期間をおいたこと。
    そして、今日結論が出たらしいです。

    「だからね、山下君。私と付き合ってくれないかな?年上は嫌い?」
    「年上だから嫌いとか、そんなことはないです……」
    「だったらオーケーということで、いいかな?」

    ここまで聞いて、ボクは初めてマネージャーさんの目を見ました。
    見慣れたというか、よく知った女性なのに初めて見たような気がしました。
    少し年上の美しい女性が、なんとも不安げな表情で自分を凝視している姿に抗う術は、男子高校生にはありませんでした……

    というわけで、ボクはマネージャーさんと付き合うことになったわけです。
    ただ、彼女はあと数ヶ月で卒業ですし、なんといっても、受験の追い込み時期ですから、休日にデートとかはできないんですよ。
    それでも毎日一緒に帰るのは、楽しかったです。

    そして意外にも?彼女は純真というかカワイイところがあるんでドキドキしました。
    先輩から「あんな話/深夜編」を聞かなければよかったなとかはちょっと思いましたけどね。

    192:バース◆H0fjJ5ft/U:2012/10/04(木)23:27:00.61ID:fmYO4C/+0
    ―― 第二部 復讐 ――

    冬休みに入ると、彼女は冬期講習で受験の最終の仕上げに入るわけです。
    だからボクは彼女がいるにもかかわらず、クリスマスも正月も独りなわけでした。
    仕方がないんで、バイトしてましたよ。
    レンタルビデオ屋で。ほぼ毎日。ずーっとね。

    そういえば、ミドリがクリスマス前に店に来たことがありました。
    ホラーとか純愛モノのビデオを大量に借りていきましたね。
    あれだけの量を観るんですから、クリスマスの予定はないんだろうなあとか思いましたよ。
    言いませんけど。

    その頃になると、彼女はボクを見ても反応も示さなくなってましたね。
    なんだか怒ってるというよりは、困ってるような雰囲気はありましたけど。
    でも、もうどーでもいいですわ。赤の他人ってことです。

    ボクは誤解されたままというのが、気に入らなかったですけど今さら誤解を解いたところで、何が変わるわけでもないですし。
    滑走路を走る飛行機に例えるなら、既にV1速度(離陸決心速度)を超えてますからね。もう元には戻れないんですよ。
    ボクとミドリは。

    そういえば、いつまでも「マネージャーさん」では彼女がかわいそうなので、以降は名前で呼ぶことにします。
    ユウコ(仮名)さんです。
    ユウコさんと会えない冬休みは、ほぼ毎日メールしてました。

    ボクのバイト終了時間と、彼女の講習の終わる時間が合えばちょっとだけ会ったりもしました。
    そして一緒に帰るだけ。
    先輩の頃とは、180度趣の違う清い交際です。
    彼女のエネルギーは、全力で目の前の受験に向かってましたからね。
    ボクへ向ける分は残ってなかったんでしょう。

    そして、1月のセンター試験から始まり、私立、国公立と怒涛の試験が続いたようです。
    バレンタインの時期も会えませんでした。ちょうど私立の試験と発表の間の時期で、とてもそんな気分ではなかったようですからね。
    さすがに、その時期はメールすらできなかったですし……

    1年生のボクは部活とバイトという気楽な状態でしたけど、ユウコさんはこの時期、辛かったことでしょう。
    そして、試験の出来に一喜一憂しながらも、志望校のひとつに合格したようで無事卒業式を迎えました。

    彼女は地方の(いや、こっちが地方だから都会のだな)四大に決まったようです。
    だから、今以上に会えなくなるのは確実でした。
    そういえば、合格発表があってからもデートとかするヒマがなかったです。
    バレンタインのなかったボクにも、ホワイトデーはあるかと思ったんですが彼女は下宿先探し、引越し、オリエンテーション、おまけに合宿免許とイベントづくしで、超忙しかったみたいでしたから。

    会えないことが続くと心は募るわけです。
    なんというか、彼女って上手いんですよ。
    残念ながら、先輩とのようなコトは、何ひとつお世話にはなれませんでしたがちょっとした仕草とか、メールの文章とかにスゴく惹きつけられるんです。
    もうね、純真な男子高校生の心を、ガッツリ鷲掴み状態です。

    そして4月を迎えます。

    ユウコさんは都会の大学、ボクは地方の高校での遠距離恋愛のスタートです。
    さすがに、これはもうダメかなと思いましたね。
    都会のイケメン大学生になんて太刀打ちできませんから。

    ボクとしては、せっかくですからお付き合いさせていただいてる間に甘いキスのひとつくらいは、させてもらってもエエんじゃないんすか?
    くらいは考えてました。若干、諦めモードに入ってましたね。
    そうそう、あのクラブボックスでのやつはナシですよ。
    あんなのは回数のうちには入らんです。キッパリ。

    そんなことを考えている頃に、ユウコさんからメールが届きます。
    「週末にデートしよう!」でした。
    そこには運転免許を取得したこと、家の車を借りてくることが書いてあり、ドライブデートに行くことになりました。

    それまでの厭戦ムードも忘れて有頂天でしたよ。
    付き合い始めて約半年、念願の初デートです。
    しかもドライブですからね、初っ端から二人きりですし!!!
    もうね、期待で胸が膨らむだけじゃなく、余計なところも全力で膨らんじゃいましたよ。

    ついでに全バイト代を総動員して財布も膨らませておきました。
    車ですからね、国道沿いの建物に突入しやすそうじゃないですか――
    いや、突入なんてしなくても、車の中でもある程度は……妄想ニヤニヤ

    昼前に待ち合わせて、途中でご飯を食べると雰囲気のいいドライブコースを走ります。
    春の日差しは気持ちよく、ちょうど咲き始めた桜が風に揺れる公園の駐車場に車を停めると、まったりとした気分が二人を包みます。
    なんとも甘い空気感が二人の間に流れて――

    彼女はボクにゆっくりと語りかけます。

    「山下くんって、私のことどう思ってる?」
    「好きですよ。スゴく。会えないことが続いたけど、その分これから二人で頑張ればいいかと」

    この言葉を聞くと彼女は満足そうに笑い、独り言のように呟きました。

    「二人で頑張れば……か」

    ボクはそれが何を意味するのか分からず、黙ってました。
    しばらく二人は沈黙……そして……

    突然彼女がクスクス笑い出したかと思うと、鋭い視線でボクを睨むわけです。
    甘い展開を期待していたボクですが、これは何か違うんじゃないのか?とか思ったです。

    そして、すぐにヤバイ状態だと悟りました。
    彼女があの夕暮れの公園の時と同じ表情をしていたからです。
    鋭い両眼から怒りのオーラが放たれてました。

    「二人で頑張ればですって? は? なめてんの?」

    その言葉を皮切りに、恨みの言葉がボクに刺さります。
    罵詈雑言ではありませんが、いたいけな男子高校生を傷つけるには必要十分だったです。
    途中からは自己防衛本能が働いて、何も聞こえなくなりましたから。

    そうです。彼女は先輩と別れなければならなかったことをまだ怒っていたんです。
    そして、復讐としてボクを同じ目に遭わせてやると決心していたようです。
    半年間の長期に渡る、執念の復讐劇でした。

    だからボクに接近し、彼女(もどき)になって十分に気持ちを惹きつけた上で別れてやると。
    そんなわけだから、デートもしないし、何もしない。
    ただただ、ボクを焚き付けることに専念したとのこと。

    そんな中で、一つだけボクに感謝したいのは、怒りの感情を受験にぶつけることができたことらしいです。
    おかげで、自分の偏差値よりもランクの高い大学に受かったと高笑いされてしまいました。

    で、自分の新生活も軌道に乗り始めた今日が過去への決別を告げるXデーと……
    ボクは、とても悲しかったです……

    彼女に振られたこともそうですが、それよりも辛かったのは彼女の深く傷ついた心に、まったく気づけなかった自分が悲しかったです。
    彼女はボクに復讐することで、傷ついた心を必死で癒そうとしていたということを、つい今さっき知ったという事実でした。

    彼女は相当辛かったことでしょう。
    それが証拠に彼女は復讐を果たしたハズなのに泣いています……

    怒りの感情は既に消え去り、ただただ泣いています……

    ボクは罪悪感でいっぱいです……彼女の本当の気持ちも知らずに恋人気分で一人盛り上がったりして……ラブホ突入妄想とか……
    なんという最低男……

    本当の彼なら、そんな彼女の気持ちに気づいて当然ですよね。
    そうすれば、こんな展開にならずに済んだかもしれなかったのに。

    そして最後は、二人で号泣という悲しい最後……

    しばらくして、彼女は落ち着いたのかボクに話しかけます。
    これが、ボクの聞いた最後の言葉でした。

    「山下君、悪いけど私を一人にして欲しいの……」

    ボクは黙って車を降ります……彼女の車は静かに去っていきました。

    ボクは、しばらくは感傷に浸っていたんですが徐々に、今の自分の状況が不安になってきたんですよ。
    (いったいここはどこだ?)

    その頃のボクの携帯には、GPSなんて素晴らしい機能は装備されてませんし
    なんとかマップみたいな便利機能もない時代でしたから、帰宅は困難を極めました。
    太陽の方向から東西南北を考えるとか、何のサバイバルよ?

    夕暮れの中、ひと気のない田舎道を一人、とぼとぼと歩きながら心に湧き上がってくる後悔と悲しさと不安の入り混じった感情でシクシクと泣いていたのを覚えてます。
    情けない男です。

    そのうち一軒のガソリンスタンドを見つけて、恥ずかしながら事情を話して
    (確か、彼女と喧嘩して車から降ろされた、とか言ったと思います)
    帰宅方向へのバス停まで送ってもらいました。

    1時間くらい待ってバスが来ると、そこから最寄駅へ、そして電車を乗り継ぎ帰宅したのは終電近い時刻でした。
    なんだかスゴーく疲れて、晩御飯も食べず、風呂にも入らずに泥のように眠りました。

    おかげで体調悪いアピールが十分にできたのか、翌日曜日は朝から叩き起こされることもなく、グダグダしてます。
    一日中ベッドの中で、去年からの自分の行動を振り返ってました。
    いったい何が悪かったのかなぁーとか
    嫌がらせをしたわけでもないのに、みんなに嫌われるとか辛いよなぁーとか

    そんな思考の中で、ミドリが浮かんでは消えていきます。

    彼女のことは意識的に心の底に沈めてましたから、いつの頃からか名前すら浮かんでこなかったんですが、その日は頻繁に登場します。
    遂に彼女は、今頃どーしてるのかな?
    とか考えるように、なってしまいました。

    そういえば、ミドリとは二年でも同じクラスでした。
    が、ボクの後ろには“山本コージ”とかいうメガネ属性で少しおとなしめの奴が緩衝材として座っていたせいで、直接彼女に接することなく過ごしていたんです。

    一人で色々と考えたところで答えが出るハズもなく、結局は惰眠を貪るだけの一日に、なってしまいました。
    翌日、なぜか部活のメンバー全員が、ボクの破局を知っていましたね。
    大方、ユウコさんが現在のマネージャー経由で暴露したんでしょう。

    ボクの気持ちは、悲しさ8割、ホッとした感2割、といったところです。
    なんでホッとしたかというと、もうこれで「略奪愛の主人公」というセンセーショナルな肩書きが、なくなるからですかね。

    メンバーは、メシウマ7割、同情1割、無関心2割かな。
    マネージャー群は…… 全員が「氏ねよお前」です。
    きっと、あることないこと吹き込まれてるんでしょう。
    もうエエですわ。弁解する気力もないっす……

    それからしばらくは、マネージャー連中の刺すような視線に耐えながらの部活と、いまだに和解できていないミドリと同じクラスでの授業、という針のムシロのような日々が続きます。

    261:バース◆H0fjJ5ft/U:2012/10/05(金)23:27:20.32ID:OCgOzOrt0
    ―― 第三部 事件 ――

    そんなある日、後ろの席の山本コージが担任と、何やら話をしているのを見かけました。
    そしてボクは担任から呼ばれると思いがけない提案を受けることになります。

    「山本コージが、目が悪い上に、お前が大きくて前が見えないから席を替わって欲しいと言ってるんだがどうだ?」

    ボクは席なんて最前列の教卓前、いわゆる「残念な子」席以外ならどこでもいいと思ってたんで、即答で「いいですよ」と答えてしまってから気づいた。

    「げっ、ミドリの前になっちまうぞ!」

    彼女と話さなくなってから、もうすぐ1年にもなりそうでした。
    以前のよう仲良くなくても、せめて普通に挨拶くらいはできるようになればいいかなと考えて、思い切って声をかけてみました。

    「よっ、また前に座らせてもらうぞ」

    どうせ反応がないだろうと思って、非常に軽く言ったんですよ。
    ところが、想像以上の反応がありましてね。
    いや、別に大歓迎で感激してくれたとかじゃないですよ。

    「どーぞ」

    彼女は、かなり驚いた様子でした。
    たぶん、ボクが何か言うとは思ってなかったんでしょう。びくっとしてましたから。
    そして、視線を90度横に向けたまま、非常に無愛想ながらもハッキリと言ったのが、さっきの言葉でした。

    声を聞いたのが、ほぼ1年ぶりだったので懐かしくてホッとしたのを覚えてます。
    それからボクは毎朝席に着く時は、彼女に「おはよう」だけは言うことにしました。
    そして、彼女も「おはよう」だけは返してくれることになります。
    ボクは、もうそれだけで十分満足だったし、実際にそれ以上はない日が続いたわけです。

    そして事件です。

    6月になると「校内球技大会」という催しが開催されます。
    去年は確かソフトボールだったと思いますが、今年はサッカーらしいです。
    これはヒーローになって、女子からキャーキャー言われるチャンスとか考えるんですが、残念ながらサッカー部員は各クラス2名までの登録。
    残りは、審判をさせられるらしいです。なんという不幸。

    ウチのクラスには、3名のサッカー部員がおりましてね、そりゃ誰だって出場したいでしょう。
    せっかくのアピールの場ですからね(笑)
    ここで頑張れば、ひょっとすると楽しい青春の夏休みとかに繋がるかもしれません。

    ボクだって第4種(小学生)の頃はエースストライカーとして昔は女子高生だったママ連の「茶色い声援」を浴びていたんですから。
    やっぱりここは、現役女子高生の「黄色い声援」の中でプレーしたいじゃないですか。

    ところが……例の一件以来、潜在的に女子から不人気なボクは選に漏れるわけです。
    審判確定ー!
    もう、こうなれば第4審として、ずーっと椅子に座っててやる。絶対に動かんぞ。

    という固い決意も虚しく、当日は主審として笛を吹くボクでした……
    腹いせに、サッカー部員に対してはファウルもオフサイドも超辛口で判定します。
    こんなイベントでもカードを出す気満々ですからね。

    笛の度に胸ポケットを触ってビビらせてやりましたよ。
    たとえイベント戦でも笛の後に胸のあたりを触る審判に呼ばれると反射的にイヤ〜な気分になるんですよ。
    ざまーみろ。ニヤニヤと、嫌がらせモード全開でしたが……

    パキーンッ!

    その時です。
    何か分からない硬いものが、ボクの右顎辺りを直撃します。
    ノーガードで強烈な左フックを食らったのと同じ効果で、ボクは一瞬で意識が飛んでしまいました……

    嫌味な笑みを浮かべながら笛を吹くボクを襲ったのは、時間待ちに草野球を楽しんでいた連中が打ち放った軟球でした。
    ライナー性の打球でしたからね、もしこれが硬球なら、顎が砕けてしばらくは流動食だったでしょう。
    打ちどころが悪ければ、戒名をもらっていたかもしれません。
    幸運なことに軟球でしたので、脳震盪だけで済んだようです。
    日常から、部活がひしめきあっているグランドなので、サッカーをやってる横でバットを振り回す奴がいても、おかしくない環境なんですよ。

    その後、ボクの意識は救急車が到着した辺りから、ぼんやりと戻ってくることになります。
    でもまだボーっとしてるし目を開けると、めまいで気分が悪くなりそうだったしおまけに顎がジンジンと痺れて、しっかり話すどころではなかったです。

    だから救急隊員に名前を呼ばれた時は、なんとか返事をしようと呻くのが精一杯でした。それでも、意識があるアピールには、十分だったようで隊員は

    「怪我は大丈夫ですよー」
    「今から病院に向かいますからねー」

    落ち着いたというか、どこか呑気な口調で呼びかけ続けてくれました。
    そのうち意識がハッキリとしてきて、視覚以外はしっかりと働くようになってきました。

    隊員が担任か誰かに状況を聞いている様子
    無線で本部か病院と連絡している様子

    そして……
    ボクの手を強く握り締めたままの誰かが、震えて泣いている様子――

    手の感触から、それが女性であろうことは分かりました。
    柔らかかったですからね。
    もし、男がボクの手を握りながら震えて泣いていたら、きっとトラウマになっていたと思います。
    想像しただけで寒いわ。

    ボクはハッキリしてくる頭で、その手の主を考えます……誰なんだ?恐る恐る目を開けると……
    そこにいたのはミドリでした。

    グランドに崩れ落ちるボクに、最初に駆け寄ってきたのも彼女だと聞きました。
    顔面蒼白でボクの名を呼び続け、誰にも触らせなかったとのこと。
    クラスでは、その狼狽ぶりからボクが死んだと思った奴もいたらしいです。
    そして、救急車には担任を押しのけて自分が乗り込んだようです。

    救急車がサイレンを鳴らして動き出す頃には、意識はかなりハッキリとしていました。
    その代わりに顎の痛みが襲ってきて、非常に苦しかったことを覚えてます。
    ただ、ミドリが同乗してくれてるのは嬉しかったですね。

    呻くボクの右手をしっかりと握って、なぜか自分が泣きながら

    「大丈夫だから、大丈夫だから」

    と、ずっと励ましてくれましたし。

    検査が終わり、病室のベッドで横になっていると制服に着替えたミドリと担任が入ってきました。
    ミドリはボクの顔を見るなり、みるみる泣き顔になってしまいました。

    「ユーサクのバカぁ〜!」

    泣き顔の彼女が、ボクに抱きついてきます。

    正直なところ悪い気はしません。
    誰かが自分を心配してくれると実感できるというのはなんだか、こそばゆいものです。
    相手がカワイイ女性なら尚更です。
    思わずニヤニヤしそうになるんですが、顔の表情を変えようとすると激痛が走るので、そうもいかないのが苦しいところです。

    話すことができない上、表情を変えることができないという状況下でのコミュニケーションは困難を極めます。
    せっかく仲直りのチャンスなのに、ひたすら無表情でいなければならないのですから。

    そんな様子をみた担任がニヤニヤしながら、あるモノを取り出します。
    磁石と砂鉄を使って絵を描く子供用のおもちゃです。

    一度は使ったことがあるでしょう?
    半透明の白い板の上に磁石で線を引いて絵を描き、レバーを左右にザーっと動かすと、それが消えるというアレです。
    どうやら病院の備品のようでした。

    それを使ってボク達は、かなり長い時間、静かな「会話」をしました。
    会話文の始めはボクからです。

    「心配かけてゴメン、もう大丈夫だよ」

    ミドリはその道具をボクから取り上げると

    「ホント心配したんだから、バカ」

    そこまで書くと、それをボクに突き返します。
    話ができないボクは仕方がないとして、なんでミドリまでその道具を使ったのかは謎です。

    それからボクは1年前の件を謝りました。本当は色々と言い訳を書きたかったんですが、なにしろ子供用のおもちゃですから細かい字は書けませんし、画面も小さい。
    だから……

    「1年前の件は、ごめんなさい」

    きわめてシンプルな謝罪文です。
    こんなんじゃ許してもらえないかと思いましたが、それ以外に思いつかなかったんですよ。

    「元気になったら許してあげる」

    この文字を見たときは、涙が出るくらい嬉しかったですよ。
    そして、彼女はそのおもちゃをボクに渡すことなく、続けて何かを書き始めました。
    静かな部屋に、ペンの音が響きます……
    そういえば、いつの間にか担任が消えてます。

    「1年間、本当に辛かったよ……」

    それからは、彼女の文字による1年間の心情の吐露が続きます……本当に怒ってたのは最初だけで、そのうち事情が分かってきたらしい。
    だから仲直りをしようと思ったのに、その頃にはボクが彼女を避けるようになってしまっていたとのこと。
    何度か声を掛けようとしたけど、無視されるのが怖くてできなかったこと。
    そして、そのままの状態で夏休みに突入したと。

    そのうち、ボクがマネージャーさんと付き合い始めたこと聞いた時には後悔とショックで、何日か学校を休んだこと……
    ボクはマネージャーさんとの件は、やはりミドリには伝えておこうと思いました。
    だから、おもちゃを受け取り、こう書きました。

    「彼女には、結局許してもらえなかったよ」
    「知ってる……」

    彼女は、次にボクが何を書くのか待っています。
    ボクはマネージャーさんにフラれたせいで、ミドリと再接近してるとか思われたくなかったから、どうしても次の言葉が書けません。
    本当は……

    「ずっとミドリが好きだったことに、やっと気づいた……」
    と書きたかったのに……

    ちょうどその時、ボクの母親が、わさわさと病室に到着です。

    「あんた大丈夫なの〜? もう、ほんっとに鈍くさいんだから〜」

    愚痴モード全開で近づいてきてから、ミドリの存在に気づきます。
    もうね、なんというタイミングの悪さ。わざとなのか?

    「あっ、ミドリちゃん来てくれてたんだ。ありがとうね〜、ほんとコイツはダメよね〜」

    母とミドリは知り合いというか、家も近所なのでお互い知ってるんですよ。
    というか、帰れよ。頼むからさー

    母は例のオモチャを見つけると

    「何コレ? 懐かしいおもちゃじゃないの。ひょっとしてあんたたちコレで会話してた?へー、それでなんか進展があったわけ?」

    場の空気を読まない爆弾発言を、かましてくれます。
    ほんっとに帰って欲しいですわ。担任だって空気を読んだのに。

    ミドリは顔を真っ赤にすると

    「じ、じゃあ、今日はこれで失礼します!」

    バタバタと慌てて病室を出て行きました。

    「あれぇ〜? 母さん邪魔しちゃったかなぁ?ゴメンね〜」

    ぜんぜん悪いと思ってない口調で、聞きもしないコトをさらに続けます。

    「母さんはね、ミドリちゃんの方が好きだよ。えーっと、ユウコさんだっけ?あの子はイマイチね、あれは本気じゃないかもよ」

    ズバリ核心を突いてきます。
    うっ、と言葉に詰まるボク……って、今はしゃべれませんけど。

    「まあ、決めるのはアンタだけどさ」

    なんでコイツは、こんなに細かい状況を把握してるんだ?
    ボクは不思議に思いましたよ。
    ひょっとして、ボクの携帯とパソコンを毎日チェックしてるんじゃないだろうな?
    確かに、母にはユウコさんと一緒に居るところを何度か目撃されたことはありましたけど。
    それだけで、この情報量とは……女の勘か?

    結局ボクは観察入院で1泊だけすると、翌朝には帰宅となりました。
    学校には午後から登校となったんですが、意外にみんな冷静でしたね。
    仲の良い友達以外からは、特に歓迎されるでもなく、心配されるでもなかったですから。
    存在感が薄いと、こんなもんなんでしょう。

    ミドリは歓迎してくれましたけどね。それで十分かな。
    「今日もお見舞いに行ってあげようと思ってたのに退院したんだ〜ざんね〜ん」

    ボクも気の利いた冗談でも言えればよかったんですが、如何せん顎が痛い。
    顎が痛くなくても、気の利いた冗談なんて言えたことはないんですけど。

    こうして無事に和解したボクとミドリは、以前の関係に戻りました。
    教室では笑い合い、部活の終わる時間が近ければ一緒に帰る日々です。
    そしてボクの顎が完治した頃、彼女からメール着信。
    メールにはカワイイ絵文字付きで、こう書かれてありました。

    「お祝いにデートしてあげる(はぁと)」

    そりゃ嬉しかったですよ。叫びたいくらい。
    震える手で返信しました。

    「よろしくお願いします」

    恥ずかしながら、人生初のデートです。
    いや、2回目か。でもあれは……やめておこう、胃が痛くなるし。

    そういえば、外出用の服がない。前回は、慌てて春服を買いに行きましたが今回は夏服です。
    デートは楽しみですけど、いちいち服が面倒だなと。

    部活と塾以外で外出なんてしませんからね。
    学校は制服ですし。
    サッカー用のジャージ系以外では、ヨレヨレのTシャツとボロボロのジーンズそして汚れたスニーカーが、ボクの持ってる夏服オールキャスト。

    さすがに、これではマズイ。清潔感が皆無。これじゃ並んで歩く相手が可愛そうだし。
    そして、妙なプリントや柄はハズレが怖いので、とりあえず地味な単色、無地そして普通の形を購入。
    カモフラージュとか国防色なんて絶対買いませんよ。

    スニーカーについては諦めました。
    当日にピカピカ新品ってのは超気合が入ってるのが丸わかりで、さすがに恥ずかしいですからね。
    とりあえず、これで準備完了です。

    で、待ちに待った当日。もう、緊張して暗いうちから目覚めましたよ。子供かってくらい。新聞すら届いていなかったです。
    なぜか母は起きてましたよ。怪しいやつめ。尾行するつもりじゃねーだろーな。

    待ち合わせは最寄り駅。ボクは、ひょっとして誰かに見られたら面白いというか嬉しいというか、そういう妙な下心? 
    みたいなものがありました。
    他力本願的に噂になって既成事実化したら――
    その先の展開が――
    とか思ってたんです。厨二病ですね。高二でしたけど。

    さて、行き先はシネコンです。ロードショーです。
    アニメではありません。
    ですが、映画の内容は全く覚えてません。

    なぜならボクの頭の中は、勢いで買った巨大ポップコーンと、巨大コーラのコンボを如何にして物語の終了までに、やっつけるかに集中していましたので。

    そうして、ボクはミッションを無事完遂できたことに満足しながらシネコンを後にしたわけです。
    彼女は、映画の感動したシーンを楽しそうに話しているんですけど、ボクは胸やけが酷くてそれどころではなかったのを覚えてます。
    映画の内容は覚えてないのに。

    で、ショッピングモールをウロウロしてると、彼女が小さなアクセサリーショップを見つけて、そこに入りたいとか、なったわけです。
    カワイイモノがイッパイの店で、お客さんも女子ばかりでしたから非常に入りづらかったんですが、覚悟を決めて一緒に入ることにしました。
    一大決心です。過呼吸になりそうでした。

    そういう系の店は初めてだったんですが、印象としてはその光景よりもとりあえず匂いでしょうか(笑)
    なんたって女子がいっぱいですし、コスメっていうんですか、そういうモノも売ってますし……それらの混じった香りにクラクラしたのを強烈に覚えてます。

    実はボク、女性の香りにも弱いんですよ。

    家族にも親類縁者にも年配の女性しかいないもんで、若い女性のシャンプーとか化粧品系の匂いがすると、なんだか興奮してしまって(笑)
    立派な変態ですね。

    彼女は「これカワイイ!」「これもカワイイ!」と結構楽しんでたようでした。
    ボクはドキドキしかしてませんでしたが。
    そのうち、ショーケースに入ったモノを見て立ち止まりちょっと、はにかむように言うんです……

    「これ買って!」

    彼女が指をさしている先に何があるのか覗くと……
    うぉっ指輪だ。

    その瞬間、アドレナリンが大量に放出されました。
    だから体の痛みどころか、財布の痛みも感じません。完全無痛です。

    彼女がどんなつもりだったのかは知りませんが、こうなったら買うしかないでしょう。
    もう全力で貢いじゃいますよ。
    たとえ財布が空になって徒歩で帰るハメになってもね。
    いや、もう徒歩はイヤだな……

    というわけで、ボクは細くて上品な感じの捻り模様のシルバーリングを買うことになりました。
    いくらだったかな?その場で払えたから、せいぜい数千円じゃなかったかと思います。
    バイト代は、こういう時に使ってこそですよ。

    彼女はスゴく喜んでくれて、店員さんに
    「今からつけていきますっ!」
    と言うと、スッと自分の左手の薬指にそれをはめたんです。
    そして一言。

    「ありがとう!ずっと大切にするねっ!」

    ボクは舞い上がりました……
    もう鼻血が出そうなくらい、顔が熱くなるのを感じましたです。
    その後は、二人で色んな店を廻ったり、いわゆるスイーツを食べたりして楽しい時間を過ごしました。
    楽しかったなぁ〜

    さてこうなると、ボクとミドリが付き合うようになるかと思いますよね?
    それがならなかったんですよ。
    いい雰囲気まではいくんですが、最後の一歩が踏み出せない。
    一言が言えない……

    仲のいい友達であった期間が長ければ長いほど、そうなんじゃないかと思います。
    告白した瞬間にそれまでの関係が、いい方向、悪い方向にかかわらず変わるのが怖いんですよ。

    だから、ずっとこのままの関係が続けばいいなとか思ってしまうわけでして……逃げですね。
    それにブランクの一年間が、ボク(彼女も?)を必要以上に臆病にしてたのかもしれません。

    結局、二人には何の進展もないまま、高校二度目の夏休みへと突入します。

    349:バース◆H0fjJ5ft/U:2012/10/06(土)01:18:10.66ID:SXx2AtTZ0
    ―― 第四部 豹変 ――

    夏休みの間、ボクは部活と塾の夏期講習、そしてバイトで滅茶苦茶忙しかったです。
    午前中は部活、昼飯もそこそこに塾へ、そして夜はバイト。
    課題も信じられないくらいの量が出されるので、それを片付けるだけでも毎日日付が変わるくらい机にへばりついてました。
    もうヘトヘトでした。

    彼女のことは凄く気になるし、メールだけでもしたかったんですが忙しいからと自分に言い訳をして、結局一度もメールしなかったです。
    我ながら情けないくらいヘタレ。

    そう言えば、ミドリからもメールも電話もなかったです。
    彼女も忙しいんだろうなと、思ってたんですがね。

    ところが……

    新学期が始まって、ボクは愕然とすることになります。
    もうね、本当に驚きましたよ。
    顎が外れるくらいポカーンとしたです。

    なぜなら彼女の髪が、みごとな金髪に変わっていたから。

    しかも服装は、ビッチそのもの。
    制服のシャツのリボンは無くギリギリまで開襟状態、加えて膝上何センチよ?みたいな超ミニ、そして化粧はケバく、若づくりしたAV女優みたいでした。

    驚きのあまり声の出ないボクの後ろにドスンと座ると、不機嫌そうに終始無言。
    ボクとは目を合わさない。ボクは何か言おうとするんですが、全く言葉が出ない。
    池の鯉のように、ひたすら口をパクパクするばかりです。
    周囲が、ヒソヒソと騒がしくなったところに教師が慌ててやってきて彼女は職員室へ連行されていったです。

    ボクの部活以外の数少ない友達が、慌てて寄ってきました。
    コイツらには1年前の件も、病院でのことも、映画デートの話もしてあって休み中に何度も「今日、告れ!」「明日、告れ!」と突かれていましたから。

    「何があったんだ?」

    まず寄ってきたのが、二次ヲタ。
    三次には興味がない、と常々豪語している悲しいピザ。
    中学の頃からの数少ない友達の一人。
    去年のマネージャーさんの件もちょくちょくと相談していた奴。
    筋金入りのヲタだがイイ奴だ。

    ゲーム(特にギャルゲー)とパソコン一般に詳しい。
    エロゲーとギャルゲーの違いを語りだしたら止まらない。
    それって違うのか?悪いが今後、虹ヲタと呼ばせてもらう。

    「なんかスゲーものを見た気がするぞ。おまえ何も知らないのか?」

    こいつはメカフェチ。
    生き物には興味がないと宣言している。
    機械モノをこよなく愛する変態。
    虹ヲタとの部活繋がりで親しくなった奴。
    成績優秀。イケメン。

    好みのタイプは「美少女型アンドロイド」らしい。
    よく知らんが名前もついているみたいだ。
    バカだし……
    僻地から通学してるせいで、正式にバイク通学が認められている羨ましい奴。
    今後、メカ夫と呼ぶ。

    ボクは驚きで言葉を失っていて、もう気絶しそうなくらいでした。
    そりゃそうでしょう、人生初の楽しいデート相手であった美少女が一瞬にして見事なビッチに変身したわけですから。

    だから、落ち着いてからゆっくり話そう、ということになり昼休みに奴らの所属するパソコン部の部室に集合することにしました。
    部室と言っても授業で使うパソコンが並ぶ、ただのPCルームです。専用の部室じゃありません。
    このPCルームでは、虹ヲタのせいで何度冷や汗をかかされたか分からない。
    壁紙がエログロ画像とかは当たり前で、エラー音が『お兄ちゃん、やめて!』だったり
    いつの間にか全端末にチャットソフトがインストールされて、授業がチャット大会になったこともあった。

    そんなバカ話は、さておきミドリの件。
    二人ともボクに気を使っているのか、非常に言いにくそうに話を進めるけど要は「男ができたから諦めろ」と言いたいらしい。

    ボクだけは希望的観測を含めて、ちょっと違う気がしてました。
    もし彼ができたのなら、不機嫌な理由が分からない。
    少なくとも夏休み中にできた彼なら、今はラブラブの真っ最中だと思うわけで。
    ボクの知ってる彼女は、そんな子だったハズだから。

    そういうと、三人とも考え込んでしまった。

    男三人で話していても埒があかないということでとりあえずメールしてみようとなったわけです。
    ……返ってきたのはデーモンでした。またかよ。

    それじゃあ電話してみようとなった。
    ……着拒否。こっちもか。

    それならと虹ヲタの携帯を借りて掛けてみた
    ……出ないし。

    結論としては、理由は不明だけど完全に嫌われたんだろうということで落ち着きました……(合掌)

    生徒指導の成果なのか、その後の彼女の髪は金髪から汚い茶髪に変わってました。
    ギリギリ通学可能な範囲の色に落ち着かせたんでしょうね。
    短期間に染めを繰り返したせいか、なんだかバサバサで纏まりがなくとても残念な感じ。

    相変わらず不機嫌な黒いオーラを360度、全方向に発散していて近寄り難かったし。
    それでもボクは勇気を振り絞って、毎朝というか彼女が登校してくればたとえそれが昼でも「おはよう」だけは言ってましたよ。
    当然、何の反応もないんですが。

    そのうちに、次の変化が現れることになるんです。

    彼女が、校内でも面倒なグループと言われる男と次々と付き合っていくことになるわけです。
    これは悲しい。非常に悲しい。
    元がカワイイ子ですからね。
    狙ってた輩は多かったんですよ。
    弱っているところを狙うとか許せんですが……

    しかも、どれも長続きせず、次から次へと手当たり次第といった状態……
    「食い散らかす」という表現がピッタリなわけでして。

    こうなるとクラスだけじゃなく、校内でも有名になり始めて、皆が彼女のことを「糞ビッチ」とか「サセ子」とか言うようになってましたね。
    まあ、実際見た目も行動もその通りだし……

    そのうち「兄弟にはなりたくねー」とか「病気とか、もらったら堪らん」とか「メンヘラとか怖いじゃん」と校内で彼女を相手にする男はいなくなりました。
    当然ながら女子も怖がって近寄らない。
    そして彼女は、孤立していくんです……

    噂はさらに加速し、高校生では物足りなくなりカネを持ったオッサンと遊んでるとか、AVに出演したらしいとか、薬漬けでヤクザのオンナになったなんて話もあるくらいなりました。
    さすがにこうなると、ボクの友達も「アレは黒歴史だ。忘れろ」と直接的に彼女を諦めるように言ってくるように、なっていきましたね。
    コイツらが彼女の悪評を知りつつも、その内容を言わないでいてくれるのはこんな状態でも、ボクに気を使ってくれているからでした。

    そして遂に、彼女は学校にすら来なくなるわけです。
    たまに来ているような気配はあっても、クラスには顔を出さないし授業も出ない。

    だからボクも、さすがにもうダメだなとか思い始めたんです。
    ところがある時、珍しくクラスに顔を出してボクの後ろに座る彼女の左手に気づいたんですよ。

    なぜかその日までは分からなかったんですが、確かにあの指輪があることに。
    しかもあの時のまま、薬指に……
    だからボクは……やっぱり彼女には何か辛い事情があるんだ!
    とか考えるようになったんです。

    それでまた虹ヲタと、メカ夫に相談したわけです。
    指輪のことも話して……

    「おまえなあ、頭大丈夫か?」 
    虹ヲタが心配そうに言います。

    「悪いことは言わん。やめとけ」 
    メカ夫が諭すように言います。

    「今さらあのビッ……いや、彼女に近づいてどうするよ?」
    虹ヲタはさすがにイラっときたのか、暗黙の禁止用語をうっかりと言いそうになってました。

    「おまえが仲の良かった頃とは違いすぎるぞ。
     もう幻想を捨てて現実を見ろよ」

    メカ夫も呆れたように続けます。もう全否定モード。

    「でも、見てられねーじゃん。いっつも一人で……なんかあるんだよきっと。カワイそーじゃん」

    ボクも必死でした。コイツらには分かって欲しかったんです。
    たとえ協力してもらえなくても、コイツらには理解して欲しかったんです。
    彼女を……

    「おいおい、マジですかぁ〜?」

    肩をすぼめながら両手を天に向けて「やれやれ」という仕草を揃ってしながら、生暖かい目でボクを見つめる二人。
    とか言いつつ、二人とも真剣に考えてくれることになりました。
    やっぱり友達はありがたい。

    さて、考えるとは言ったものの何も浮かばない。

    すると虹ヲタが、何だか怪しげな推理を展開し始めました。
    手詰まりのボク達は、今は怪しさ満載の彼の推理に耳を傾けるしかありません。

    「きっと、どこかでフラグが立ったということだよね」
    「フラグ?」

    ボクとメカ夫が怪訝そうに繰り返します。

    「映画を観に行って、指輪を買わされたところまでは問題なかったんだよね?」

    虹ヲタは構わず持論を展開していきます。

    「なら、その周辺になにか選択肢があったハズ。おまえは“BadEndルート”を辿ったんだよ」
    「選択肢……? ないなぁ。彼女に言われた通り、動いただけだし」

    ボクは、正確性に自信のない記憶を辿りながら答えます。

    「じゃあ、環境変数だ。彼女の心境に変化を与える何かがあったハズだ」

    コイツ……完全にギャルゲーとして考えてやがる。
    でも、今はコイツしか頭を働かせてないから仕方ない。

    「そういえば……気のせいかもしれないけど」

    ボクは映画の一件よりも、更に古い記憶を辿ります。

    「なになに?」 
    二人が食いついてくる。

    「彼女の家の前に、変な色のスクーターが停まってたことがあって……」
    「それで」 

    話を聞く前からこれが原因、と決めて掛かりつつある様子の二人。

    「そのスクーターを見た彼女が、急に黙り込んだことがあったんだ」

    それは夏休み前のことでした。
    いつものように彼女を家まで送っていくといかにも柄の悪そうな目立つスクーターが停まっていたんです。
    オーナーらしき人影は見えなかったんですが、彼女の顔がみるみる曇り黙り込んでしまったわけです。

    その時は「おや?何だろ?」くらいにしか考えなかったんですけど。

    「……むぅ、そのスクーターってカナブン色みたいなやつ?」

    機械モノの記憶についてはコイツの右に出る者はないメカ夫が言います。

    「そうそう、ラメ入りグリーンみたいな色」

    ボクの記憶はいつも曖昧ですが、さすがにカナブン色のスクーターはしっかりと記憶に残ってました。

    「それなら、オレも学校の周りで何度か見かけたな。結構弄ってるヤツだったから覚えてる」

    さすがメカ夫だ。ノーマルではないところまで覚えてるらしい。
    というか、あのカラーリングで、ドノーマルってことはないわな。

    「……それだな」 

    虹ヲタが満足そうに頷きます。
    虹ヲタの推理では、そのスクーターのオーナーと彼女には何らかの接点があり、彼女はそれを好ましく思っていなかったんだろうとのこと。
    その件は、きっと学校では知られたくないレベルの話ではないかとの推理。

    というわけで、メカ夫が知り合いのショップ経由でカナブン色のスクーターを追いかけてくれることになった。
    なんでも、あれだけ弄ってるならどこかのショップに頻繁に通ってるハズだ、という読みでした。

    何日かして、メカ夫がニヤニヤしながらやってきた。
    カナブン号は読み通り、簡単に見つかったとのこと。
    なんでもオーナーは、○○中学の卒業生で現在は高校を中退して何か日雇いのような仕事をしているらしいとの情報だった。
    面倒な輩が出てきたなぁ〜、というのが正直な感想でした。

    メカ夫がカナブン号を追いかけてる間、虹ヲタはミドリの過去を洗っていた。
    彼女と同じ中学出身の同級生から、知り合いの元教師、果ては親同士のネットワークにまで食い込んで調査してくれたらしい。
    お前、卒業したら探偵事務所でも開設したらどうだ?
    そこで分かったことは、噂を含めて次の通り。

    まず、彼女は中学の一時期、転校してくる前に荒れていたことがあったこと。
    次に、父は再婚しており、義母の連れ子の義姉がいること。
    そして、義母とは折り合いが悪いらしく、現在は義姉と二人で暮らしていること。
    最後に、義姉とは非常に仲が良く、二人で外出しているところをよく目撃されていること。

    ここまでの調査で、カナブンと彼女の接点が分かりました。
    転校前の中学が同じでした。
    ボクは、さすがに彼女の転校前の状況は知らなかったです。
    それどころか、お義姉さんと住んでる、なんてことも初めて知りました。
    彼女とは4年くらい近くに居たわけですが、そんなことは全く知らなかったですよ。
    うぅぅ……

    そこで、ボク達三人が想像したストーリーは次のようなもの。ありきたりですが。

    親の再婚
     ↓
    義母と折り合い悪し
     ↓
    娘荒れる
     ↓
    不良グループへ
     ↓
    更正して転校
     ↓
    高校入学
     ↓
    昔の仲間登場
     ↓
    再び荒れ始める←今ココ

    となると、昔の仲間とやらを何とかすればよいのでは? 
    なんですけど。
    ここで三人は悩むわけです。
    サッカー小僧とピザとメカヲタのトリオでカチコミとか、ありえんわけですよ。
    ヘタすりゃ命だって危ない気がするじゃないですか。

    ボクはさておき、あとの二人は縁もゆかりもナイ女子のために命は張れませんですよ。
    いや、ボクだってそこまでの覚悟はないかもです。すいません。

    そこで、とりあえずカナブンは置いといて義姉に接触をして事情を聞こうとなったわけです。
    もし、どんな形であれ、今はカナブンと、よろしくやってるのだとしたらボクの出る幕ではありません。
    まったく余計なお世話でしょうし。
    馬に蹴られて死ねるレベルです。

    それに、趣味の悪いスクーターのオーナーとかって、なんか物騒な感じがするじゃないですか……すいません。ヘタレで。
    とは言うものの、義姉の歳がいったいいくつなのかも知らないし。
    学生なのか仕事をしてるのかも分からない、そういえば、ボクはミドリの家の場所は知ってても、電話番号は知らないんです。

    というわけで、彼女の自宅を急襲、いやノンアポで訪問することにしました。

    時間は彼女が家にいない時間の方がいいかと思って、まず金曜の午後授業はサボりました。一度目は空振りです。
    次は月曜日の午前。二度訪問の訪問です

    ボク達三人は、制服のシャツをパンツにピッタリと入れて全ボタンを締めて、ネクタイを首まで上げたサラリーマンスタイルで彼女の家の玄関前に立つわけです。

    「ピンポーン」 緊張の一瞬です。
    「はぁ〜い」
    インターホン越しに若い女性の声。

    ボク達三人は「居たっ!」と喜びと緊張の混じった感覚で小さくガッツポーズです。
    この瞬間に「もう戻れないぞ!」と思ったのを覚えてます。
    いわゆる「賽は投げられた」状態です。

    「こんにちは。○○高校二年○組の山下と申します。妹さんの件でお話したいことがあります」

    事前に何度も練習した言葉を噛まないように、マイクに向かって一気に話します。
    ここで怪しまれては先に進むことができません。

    「……今、開けますね……」

    玄関に現れたのは、心配そうな表情の女性でした。
    ボク達は、さっきインターホンに向かって言ったことと同じ内容のことを言いました。
    大事なことなので2回言ったわけではありません。

    すると女性は、ここでは話がしにくいので近所のファミレスで待っていて欲しいと言うと、家の奥へと消えていきました。
    指定されたファミレスで待つこと約30分、先程の女性が現れました。
    ボク達三人は直立してから90度の礼でお迎えします。百貨店の店員並だし。

    不安げな表情の女性が自己紹介をしてくれました。

    「はじめまして、ミドリの姉の○○です」

    普段はダラダラしてる3人ですが、この時はできるだけ好印象を与えようといつもの3割増くらいの気合で話します。
    面接の要領です。

    「ミドリさんと同じクラスの山下、虹ヲタ、メカ夫です」
    「妹のことでは、ご心配をお掛けしてすいません」

    本当に申し訳なさそうに、お詫びをする女性。
    そんなに謝られたら困ってしまいます。別に彼女がボク達に迷惑をかけたわけじゃないですし、今の状況だってボク達、いやボクが勝手にやってて、残りの二人は渋々つき合ってくれてるだけなんですから。

    虹ヲタとメカ夫は、黙ってこっちを見る、どうやら、ここから先はボクのターンらしいです。
    ボクは相当テンパっていたので、何をどう説明したのか覚えていないです。
    それよりも、まず自分がいったい何をしたいのかが自分でもよく分かっていなかったから。
    でも、内容は伝わらなかったかもしれないけど、必死さは伝わったんじゃないかと思います。

    「あなたが山下さんだったんですね。妹からよく話を聞いてましたよ。中学の頃からね。そういえば夏休み前かな、あの子、その頃すごく楽しそうだったんだけど……」

    非常に辛いところから話は始まりました。
    そこを突かれると、ちょっと心が痛いです。
    なんだか気まずい雰囲気が漂い始めたんですが、ボクは三人で事前に打ち合わせたシナリオ通りに進めます。

    「彼女に何があったのか、ご存じないですか?」

    直球勝負です。

    お義姉さんからは一瞬の間を置いて、一見関係のないような
    言葉が出てきました。

    「実は私、来年結婚するんです」
    「はい……?」

    話の流れが掴めず戸惑い、顔を見合わせる三人。

    「私、あの子と二人で住んでるから、あの子一人になっちゃうのよ」

    その言葉で事情が分かりました。
    そうでした、この姉妹は二人で住んでいたのでした。

    「それが悲しいと(ああなるのか?)」

    ボクは言葉の後半部分を飲み込んだ。

    「それを伝えたのが、ちょうど夏休みだったかな。あの子ショックだったみたいで……それと……」

    お義姉さんは、言っていいのかどうか躊躇う様子。

    「彼女の昔の仲間のことですか?」

    ボクは思い切って言ってみた。この辺が核心になりそうだったので。

    「……そう、知ってるんだ……」

    お義姉さんは、ポツリポツリと噛み締めるように説明してくれました。

    妹、つまりミドリは、父の再婚をきっかけに荒れていた時期があったこと。
    (荒れていたといっても、派手な格好で、似たような子が集まったグループに居ただけとの説明です)
    義母との折り合いが悪いせいで、今は両親とは別居状態であること。
    妹の前に現れたのは、たぶん荒れていた時期の仲間だと思うけど転校後、昔の仲間とは全く付き合いがなくなっていること。

    だから、そいつにしてもストーカーみたいに付きまとっているだけで妹も困っているハズだと。
    ボク達三人は、まだ釈然としない表情だった。
    今の説明を聞いても、彼女が華麗な変身を遂げた合理的な説明がつかなかったから。
    そして、お義姉さんは続けます。

    「あの子、ひとりでスゴく不安なんだと思う……中学の頃も……お父さんの再婚からあんなふうになっちゃったし……たぶんだけど……あの子、一人になりたくないんだと思う。 だから、誰かに助けて欲しかったんじゃないかと思うの。夏休みの間もずっと山下さんからの連絡を待ってたみたいだったし」

    この言葉を聞いて、三人がビクッと固まります。
    ボクは頭を抱えます。

    虹ヲタとメカ夫の目が痛い。どうやらボクは彼女に期待させるだけ期待させて肝心な時に逃げてしまったことになっているようです。
    しかも、絶望まで与えてしまった様子。

    激しく落ち込むボクと、それを責める視線の二人を見てお義姉さんは慌てて言葉を続けます。

    「違う違う、山下さんを責めてるわけじゃないのよ。私がいけないんだから……今回は、私が居なくなることが凄く不安なんだと思うの。そこに、現れて欲しくない昔の仲間が現れたりしたから、あの子はもうどうしていいのか分からなくなって……」

    それで、転校前の頃みたいになってしまったと。

    その時は結果として、お義姉さんが自分を救ってくれたという一種の成功体験みたいなモノが、彼女の深層心理にあるのかもしれない。
    ということは、今回も誰かが彼女の前に現れて彼女を絶望の淵から救ってあげないといけない。それがボクでいいのか……?

    重い空気が4人を包んでいる。虹ヲタとメカ夫の目がボクに鋭く刺さっている。痛い。
    彼らの目は「お前が悪い」という非難の眼差し。

    そうだろうな、彼女が一番助けを必要としていた時期にその期待を裏切って逃げ回ってた奴が、誰あろうボクなんですから。
    でも、言い訳をさせてもらえるなら、ボクはその辺りの事情を全く知らなかったわけで……

    知ってたら、絶対に彼女を助けに行きましたよ。
    逃げたりなんてしません。たぶん……
    沈黙に耐えられなくなった虹ヲタが、口を開きます。

    「お義姉さん、大丈夫ですよ。妹さんのことはコイツに任せてください」

    って、えっ? ボク? ですか?
    メカ夫が続きます。

    「そうですよコイツなら絶対に妹さんを元気な姿に戻せますから。もちろん、ボク達も手伝います」

    やっぱり、ボクなんですよね?
    自信満々で無駄に力強い言葉を聞いて、お義姉さんは安心したような不安なような複雑な表情をしてました。
    あと一押し、ボクの決意表明があれば、その表情が少しだけ安心側に振れそうな雰囲気なんですが……

    基本的にヘタレなボクは、なかなか言葉が出ないわけです……

    もう友達二人は怒りの目になってます。爪でテーブルをカチカチと叩き始めています。
    テーブルの下で足も踏んづけてきました。

    『いい加減、覚悟を決めろ!』という声が聞こえてきそうな目と態度だったです。
    お義姉さんはというと、期待と不安に満ちた目でボクを見つめてます。
    三人の視線に後押しされて、ついにボクはその決意を口にすることになります。

    「ボク、彼女を助けたいんですっ!余計なお世話かもしれないけど……」
    「山下さん……」

    お義姉さんの顔が一瞬、輝いたように見えました。
    決意表明、所信表明演説、なんでもいいから更に続けます。

    「今日は、お義姉さんにそれを伝えたくて会いに来たんです。だから……彼女にもう一度笑って欲しいから……精一杯やってみますっ!」

    虹ヲタとメカ夫が大きくうなずき、テーブルの下で拍手したように見えました。

    お義姉さんは、号泣状態でボク達三人の手を取って喜んでくれました。
    あの子をよろしくお願いしますと、深々と頭を下げて帰っていきました。

    言っちゃったよな……こりゃ責任重大だぞ……
    他人の人生背負っちゃった感じだし。

    ボクと二人の友達は自分達の発言の重さに、かなりビビッてました……

    それからボク達三人は、ファミレスに残って今後の作戦会議。
    やっぱりカナブンとの対決は、避けれそうにないことが分かったけどどうすればいいのか具体策はなかった。
    それに彼女の本当の気持ちが分からない以上、万一、カナブンを退治できたとしても、その後に「余計なことをしてっ!」恨まれる可能性もゼロじゃない。

    というわけで、やっぱり彼女本人と話をしなきゃ始まらないという結論になりました。
    なんというか……あまりにも当然の結論です。

    って、最初に気づけよ。
    いや最初に、やったけどダメだったんだってば。

    そして、カナブン退治に彼女が同意すれば、もう直接対決しかないとなった。
    う〜ん、正直なところ気が重い。鬱だし。
    ボク達は、さっき聞いたお姉さんの携帯に連絡して彼女にボク達が話をしたがってることを伝えてもらうことにした。

    翌日、彼女は遅刻せずに登校してきました。
    ボク達を探すように、クラスを見渡しながら入ってくると静かに自席に着く。
    クラスの視線が、彼女に集中している。ちょっと可愛そう。

    ボクは、これまでと同じように「おはよう」と言い、続けて「昼休みにPCルームで」と告げました。
    反応はなかったけど、とりあえず伝わったと思う。

    それからの時間、ボクの緊張はどんどん高まることになります。
    背中に彼女の視線が刺さっている気がします。気のせいかもしれないけど。
    休み時間には後ろを振り返り、適当に話をしているフリを続けます。

    そうしないと、彼女は一人になってしまいますからね。
    それは辛いでしょう。彼女は返事はしませんが俯きながらも、上目遣いに視線を送ってくれます。
    それは、きっと期待している証拠。

    お義姉さんから大方のことは、聞いているに違いないし。
    ボクは彼女に期待されているという嬉しさの反面、これから自分に起こるであろうことへの不安でいっぱいでした。

    緊張の昼休み。

    ボク達三人はPCルームでパンをかじりながら待っていました。
    すると、扉が少しだけ開いて誰かが中を伺っている気配。
    ボク達はできるだけ明るい声で彼女を迎えます。

    「ミドリかな? 待ってたよ」

    その声に促されて不安げに、そしておずおずと入ってくる彼女。
    しかし、姿と表情がこれだけギャップのある子もないよなぁ。
    ビッチスタイルなのに不安気って、やっぱり相当無理してるんだな。

    ボク達三人は彼女を刺激しないように、できるだけゆっくりと話しました。
    そして……ボクの気持ちは夏休み前のままだし、今でも彼女のことを放っておくことはできないと思っていることを、精一杯伝えました。

    もちろん、夏休みに連絡できなかったお詫びもしましたよ。
    たくさんの言い訳を添えて。
    そして、カナブンのことはボク達でなんとかするし、何の心配も要らないと伝えました。
    本当は、こっちが心配だらけだったんですけど。

    調子に乗って、お義姉さんが結婚で家を出た後はボクが……
    と言いたかったのですが、それは問題が解決してから別の形で伝えることにしました。

    彼女は黙って話を聞きながら、静かに泣いていました。
    こちらの話が終わると、彼女は消え入りそうな声で呟きます。

    「ありがとう……」

    早速、その日の帰りから作戦実行。

    といってもボクと彼女が一緒に帰るだけ。
    部活は当面休むことに。
    そうすれば、そのうちカナブンが出てくるだろうという読み。

    万一、なにかの気まぐれで奴が出てこなければ、超ラッキー。
    ボクと彼女の、ハッピーエンドが待っているハズ……
    って、そんな都合のよい話はナイだろうけど。

    ボクと彼女は、できるだけ自然に二人並んで歩き、その後ろを虹ヲタとメカ夫が、バイクで尾行する。
    最初の一週間は、何も起こらなかったです。

    1日目は、彼女と少し距離が開いた状態で帰りました。ずっと無言
    2日目は、並んでみた。やっぱり無言
    3日目は、ピッタリ寄り添う形になった。でも無言。
    4日目は、彼女から腕にしがみついてきた。震えてる。少しだけ話した。
    5日目は、お互いの手を絡めてみた。昨日よりも話ができた。

    う〜ん、正直疲れた。汗だく。ヘトヘト。

    週末は会うことはなかったけど、時間を見つけては電話もメールもしましたよ。
    もう、夏休みのような失敗を繰り返すわけにはいかないですからね。
    もし彼女の様子に変わったことがあったら、すぐにでも飛び出すつもりで。

    彼女は、どちらかというと電話よりもメールの方が話しやすい?
    というか、字面が落ち着いた雰囲気でしたね。
    メールの行間には、沈黙が表現されませんから。

    二週間目。

    先週と同じく彼女はボクの腕にしがみついている。正直なところ歩き辛い。
    でも、悲壮感が少し減ったように見えたのは良かったかも。

    時折だけど、ボクの顔を見て微笑んでくれるようになったし。
    週末の会話で、少しほぐれたのかな。
    そして、天気のこと、学校のこと、みたいな会話がポツポツとできるようになりました。
    このまま何も起こらなければ、いいのになぁとか考えるようになった頃……

    やっぱり現れた。カナブンだ。

    彼女がボクの背中に隠れて、ぎゅっとしがみついてくる。
    後方からメカ夫のバイクのエンジン音が高くなり、近づいてくるのが分かる。
    カナブン号から男が降りて、こちらを見る……

    打ち合わせ通りにメカ夫にミドリを託して、虹ヲタとボクの二人でカナブンと対峙する。

    相手は無言……
    こちらも無言……

    こちらとしては、戦闘開始まで時間があればあるほど有利。
    なぜなら、ミドリを自宅に避難させたメカ夫が合流すれば3対1になるから。
    相手よりも、人数が多いに越したことはない。

    どのくらい時間が経ったかな、カナブンが何か話しそうな雰囲気。
    沈黙で交渉が進まなくなった時は、先に話し始めた方が譲歩する場合が多いと聞いたことがある。
    でもそれは、交渉の場合。武力衝突には適用されない法則だと思います。

    虹ヲタはさておき、ボクは元々が口数が多い方じゃないから沈黙は怖くない。何時間でも黙っててやりますぜ。
    こちらの作戦を知ってか知らずか、カナブンが遂に口を開く。

    「あんたら何者?」

    すぐにでも詳細を説明したい気持ちを、ぐっと堪えてボクは……

    「何者だと思う?」

    質問返しとは、我ながらひねくれたもんです。
    とりあえず相手に、頭を使ってもらいましょう。
    その分、こちらには考える時間も情報も増えますから。

    少しイラついた表情を見せながらカナブンが続けます。

    「その制服は○○高校だろ。ミドリの知り合いかなんかだろ?」
    「だったらどうする?」

    あくまでも、とぼけて交渉のテーブルに乗らないボク。

    というか、何をどう交渉したらいいのかまったく分からないし、こうやって言葉遊びをしてる中で何か突破口が見つかれば……とか思ってたのが本音。
    すると……

    「どっちが、彼女と付き合ってるんだ?」

    意外なことを意外なトーンで言い出すカナブン。
    コイツの言葉に怒気はない。
    ボクは、ひょっとしてコイツは悪人じゃないのかも? 
    という考えが頭をよぎる。
    だから、ちょっと話をしてみようかという気になったですよ。

    「今のところ付き合ってるとかはないけどね。ただね、彼女がアンタを怖がってるみたいだからボディーガードみたいなもんだ、と言えばいいかな」
    「そうか……」

    この一言からカナブンが語り始める……えっ?語り始める?!

    オラオラ言いそうな輩っぽい外見とは違い、彼は武力衝突ではなく外交での解決を望んでいるようなのです。
    これは渡りに船、地獄に仏、鴨がネギ、いや違うか、とりあえず、こちらには好都合でした。
     ・
     ・
     ・
    本当は、涙が出るくらいホッとしたんですよ……

    結論から言うと、彼は中学の頃からミドリが好きだったらしい。
    彼女と直接話をしたことはなかったものの、例のメンバーの中でちょっと異質な彼女が、ずっと気になっていたとのこと。

    ところが、彼女が中二で急に引越しをしてしまったせいで行方が分からなくなり、ずっと気にしていたと。
    そして、この夏休み頃に、偶然ボクと一緒に帰る彼女を見つけてつい彼女の後をつけた上で、待ち伏せをして声をかけてしまったらしい。

    彼も不器用な男のようで、結果的に自分の存在が彼女を追い込んだらしいことには、とても困惑してましたね。
    彼は彼なりに彼女が変わっていく様を心配し、何とかしたいと考えていたようですから……

    ところが、その頃を境に彼女が急変していったから、彼も驚いてその原因の一端が、自分にあるのかと思ってしまったと。
    だから、引くに引けない状態になっていたらしいです。
    おまけに、次々と連れて歩く男が変わっていくものだから心配で……

    途中からはメカ夫も合流し、ボク達4人は公園で話をしました。
    30分くらい話しましたかね。
    彼女の状況は、ある程度までカナブンさんにも話しました。
    彼は、自分の行動が彼女を怖がらせたことについて素直に謝罪をしそれを彼女に伝えて欲しいとのことでした。

    そして、もう二度と彼女の前には姿を見せないだろうことも。
    帰り際に、彼はボクの目をしっかりと見つめてこう言います。

    「彼女のことはアンタに任せた。俺はアンタを信じる」
    「わかった」

    ボクは短く答えましたが、頭の中では何だか言葉にしにくい感情が渦巻いていました。

    妹をお願いします、と号泣しながら頭を下げたお義姉さん……
    自分の気持ちを殺して、ボクに彼女を託したカナブン……
    自らの危険も顧みず、イヤな顔ひとつせずにここに居てくれる友達……

    みんな、いい人です。何かこう……暖かいものというのか……
    ボクとミドリに向いている、みんなの気持ちが嬉しくてひとりで、ジーンとしてました。

    実はその時、泣いていたかもしれません。

    というわけで、カナブンさんについては、一件落着となりました。
    事務的に「一件落着」と言うには、ちょっと切なかったですが……

    ボク達三人が、ミドリの家で状況を説明しているところにお義姉さんが帰ってきました。
    昔の仲間の件については、片が付いたことを報告するととても喜んでくれて、その日は夕食をご馳走になることに。

    メニューはカレーだっと思います。急に量を作ることになりましたから豪華なディナーとはいかないでしょう。
    それでも5人で囲む食卓は楽しいものでした。
    ミドリの笑顔をみるのは数ヶ月ぶりでしたし。

    ボクはその時の話の流れで、それから毎朝夕にミドリを送迎することになりました。名目上はボディーガードです。
    本当は、もう不要なんですけどね。

    翌朝。

    ボクはミドリの家へ向かいました。お迎え初日です。
    そこでまた驚くわけです。いや、今度はいい意味で。

    ボサボサだったロングの茶髪が、見事にショートになってました。
    しかも、天使の輪を装備した綺麗な黒髪。もちろん制服も普通に。
    そして、照れながらボクを見るとモジモジしながら……

    「似合ってるかな……」

    もうね、キュン死です。ボク。

    奥からお義姉さんが出てきて、笑いながら種明かしをしてく
    れます。

    「山下さん達が帰った後で急に美容院に行きたいって言い出してもう大変だったんだから」
    「スゲー似合ってます。超カワイイです!」

    ミドリは顔を真っ赤にして、相変わらずモジモジしてる。
    なんだかキャラが変わってるし。

    お姉さんに急かされて登校することになったのですがなんだか恥ずかしくて話ができません。
    そのうち、ミドリから話を始めます。
    去年の夏休みのことです。

    彼女が劇的に変わったのは、カナブンの存在から過去の自分が知れ渡りみんなが、自分から離れていくのが怖かったから。
    しかも夏休みに入って、仲直りしたハズのボクからメールの1本すら来なくなっていたので、自分はもう嫌われてしまったのかもしれないと落ち込んでいたのにと。
    (この件は、つくづく面目ない……自分がヘタレだったばかりに……)

    おまけにお義姉さんまで、自分から離れていくことが分かりもう、どうしようもなくなったせいで、あんな風になってしまったとのこと。
    彼女にしてみれば、中学の頃にそんな風になった時には、お義姉さんが必死になって自分を庇い、支えてくれたことがあったから、今度も誰かが……と無意識に思ったのかもしれない。

    それに……あの荒れた自分も確かに自分であり、それを隠し続けることはできないと。
    だから、自分が誰かを好きになった時には、いつかは伝えなければならないことだと、ずっと思っていたと。
    彼女は、それを受け入れてくれる人としか付き合うことはできないと考えていたとのこと。

    そして、校内のできるだけ目立つ男と次々に付き合ったのはカナブン対策。
    やっぱり怖かったから。

    とにかく誰かに傍に居て欲しかったから、言い寄ってくる奴を全てオーケーしたらしい。
    でも、すぐに手を出そうとする失礼な奴とは、二度と会わなかったと。
    だから、結果として手当たり次第になったとも。

    そういう事情だから彼らとは、噂になっているようなことは絶対になかったということを、ボクにだけは信じて欲しいと言われました。
    そんなに必死な目で見ないでも、そこは全力で信じますよ。はい。

    「もし、そんなことがあったとしても それは過去のことだから気にしないよ」

    なんてカッコつけて言ったらスゲー怒られた。というか泣かれた。

    「だから信じてって言ったのに……」

    目にいっぱいの涙を溜めて言われてしまいました。反省。

    そこで疑問。
    なぜ最初からボクにカナブン対策をお願いしなかったのか、と尋ねてみると。
    彼女は、ボクがきちんと告白してくれていたなら、何も問題はなかったのにと拗ねた目で軽く睨まれましたね。
    そうでした。告白どころか夏休みは、一度も連絡してませんでした……すいません。

    そんなわけで、彼女は学校にも毎日来るようになったのですが勉強のキャッチアップは、少々辛いものがありました。
    でも、一生懸命がんばると言うんで、昼休みのPCルームを使って一緒に勉強しました。

    ボクの苦手な科目は、虹ヲタとメカ夫が担当。
    というか、ほとんどメカ夫におまかせ(笑)
    コイツは、女性耐性がまったくなかったせいで、至近距離で女子に見つめられると、それがミドリでもまともに話ができなかったんですが
    しばらくすると普通に話せるくらいまで成長しました。

    そして、教え上手だということが判明し、噂を聞いた何名かの女子から志願があり、一緒に勉強するようになったんです。
    ボクとミドリは部活があったんで、昼休みだけでしたが、彼らは放課後もPCルームで集まっていたようです。

    実は、メカ夫は隠れた人気モノだったようです。
    相手は、どちらかというと地味子さん系でしたがね。
    でも本当にいい奴だし、イザとなるとヲタとは思えないくらい頼もしいですから。
    虹ヲタですか?まあ、それなりです(笑)

    そして、校内は学園祭シーズンに突入し、活気づいていくわけです。
    最近はボクとミドリ、虹ヲタ、メカ夫、そして地味子さん数名がひとつのグループになってましたからね。
    今年の学園祭は、楽しくなりそうだなとか思ってました。

    そして、ボクには計画があったのです。学園祭の時にミドリに告白しようとね。
    やっぱり、色んなことがあって彼女が弱ってる時につけこむとかフェアじゃないと思ってたんですよ。
    だから、しばらく時間を置いて、彼女が元通り元気になったら決めてやるぞと。

    ところが、これがいけなかった……
    ある日、彼女からメールが到着するわけです。

    「話がある。5時に校門で待つ」

    愛想のないメールでした。なにか深刻な雰囲気が漂っています。

    部活が終わり、校門へと急ぐとミドリが待ってました。
    例の雰囲気です。
    これは、誰か好きな男ができた様子だなと思ったです。
    なんだか自分の肩がドヨーンと落ち込んだ気がします。

    「いい……さっき来たとこだから」

    彼女が力なく答えます。
    非常に気が重かったですが、約束した以上トンズラするわけにはいかないので諦めます。

    「遅くなって悪いな」

    まだ約束の時間まで10分以上あるんですが、とりあえず到着通知の第一声です。

    これって、正に1年半ほど前と同じ光景じゃないですか?!

    ボクはもう逃げ出したくなりましたね。
    これから二人でファーストフード店へ行って、ポテトと飲み物で小一時間話すんですよね。他の男のハナシを。
    あーもう勘弁してくれ……

    二人並んで夕暮れの中、学校からの坂を下ります。
    赤い夕陽の風景にもかかわらずボクはブルーでした。
    文字通りトボトボと歩き、ファーストフード店へ到着。

    端の席を陣取りポテトと飲み物で準備完了。

    「男性の意見が聞きたい……」

    ミドリの第一声。そして……

    「私、好きな男の子がいるの……でも、どうしていいかわからなくて……」

    ボクとしては、一番聞きたくなかった言葉でした
    目の前が真っ暗になって、気が遠くなっていくのを感じました。
    終わったです。すべてが……

    彼女は、はにかむようにストローの袋をコネコネしながら、小さな声でポツリポツリと話しています。
    デジャヴどころではないですよね。ループですよループ。
    全く同じ光景を体験したことがありまよ、ボク。

    その場から逃げ出したい気持ちを抑え、気を取り直して挑むことにしました。
    なぜなら、きっとこれが彼女からの最後の相談になると思ったからです。
    視界の中で彼女が小さくなっていきます。なぜが歪んで見えてきました。

    息が苦しい。でも、ボクは気力で真っ直ぐと座っていました。
    彼女を直視することはできなかったですけど。
    前回の相談はグダグダになりましたが、最後の相談くらいはきちんとしようと……うぅぅ……目から水が……

    彼女の話によりますと……
    好きな子というのは、昔から友達として仲のいい男の子のこと。
    自分は彼のことが好きだという気持ちに、つい最近ハッキリと気がついたと。

    最近は彼と、なんとなくいい雰囲気まではいくんだけど、もう一歩を踏み出す勇気がない。
    「好き」という肝心な一言が言えない。
    だから今のままの関係を続けようと決めたんだけど、もう耐えられないと。

    でも、もしダメだったら、友達ですら居られなくなるのかと思うと苦しくて苦しくてどうしようもないとのこと。
    実際、一言も話すことができない期間があって、その時はとても辛かったと。

    似たような境遇の奴がいたもんだと思いましたね。
    その気持ちは痛いほど分かりますよ。
    だからボクも真剣に答えます。

    「その気持ちはよくわかるよ……でも結局はケリをつけないと先には進めないから」

    ボクは他人事とは思えない内容を自分に重ねて話します。
    まるで自分自身に語りかけるように。
    友達として居心地がいいと思うなら、そのままの関係を続ければいい。

    でも、いつかはどちらかに恋人と呼ばれる人物が現れることになる。
    その時に心から祝福できるなら、その気持ちは本物。
    もし、そうでないなら……友達であり続けたことを、きっと後悔することになると。

    「言わずに後悔するくらいなら、言って後悔した方がいいかもしれないよ……」

    どこかの博士の受け売りです。
    ここまで言ってボクは我に返ったんです。
    そうだっ! ボクも同じだと――

    ボクは背筋を正してミドリを見つめる。
    もう彼女の相談なんてどうでもいい。

    今、ここでボクが想いを伝えなければ彼女は相談内容の仲のいい子のところへ行ってしまう。
    そうなってしまったら、ボクはヘタレな自分を一生後悔することになる。

    「ミドリ……ボクの話を聞いてくれないか」

    彼女は、急に改まったボクを見て驚いた表情ながら、コクリと頷く。

    「今の話を聞いてさ……自分に重なったんだよね。だからさ、相談途中で悪いんだけど、先にボクの話を聞いて欲しい。その後で、そっちの相談内容の結論を決めてもらってもいいかな」

    ここまで聞いて、ミドリは俯いて黙ってしまった。
    ボクは構わず続けます。

    「実はボクにも、同じように仲のいい子がいてさ。もうしばらくは、友達でいようと思ってた。でも……その子に好きな子がいるらしいと聞いて……今、ここで伝えないと、一生後悔すると思ったんだ」
    「……うん」

    ミドリの目に涙が浮かんでいる。なぜだ?

    「ミドリ……ボクはキミが好きな自分に気がついた。いや、これまで何年も気づかないふりをしていたんだ……友達じゃなく、ボクの彼女になって欲しい」

    額が汗でびっしょりだ。目の前の紙コップと同じ状態。
    不思議なもので、告白というものは言い終えてしまうと非常にスッキリするもんだなと。

    人生初の告白経験……

    これまでのモヤモヤとした気持ちがウソのように心の中が透き通って自分の心の底まで見通せる感じ。
    もちろん回答が「ごめんなさい」だったら、それはそれで落ち込むだろうけどこのスッキリした感覚は、残ってくれると思ったし。
    いや、そう願っただけかも。

    ミドリは黙って俯いている。
    肩が細かく震えているのが分かった。
    泣いているのか?
    まさか笑っているんではないと思うが?

    「△●※□■〜〜〜」

    言葉にならない声を上げ、涙と鼻水でグシャグシャの彼女がボクの胸に飛び込んできた。
    泣きながら何か言っている。
    (ユーサクのバカ〜)と言っているように聞こえた。
    違うかもしれんが。

    しばらくは何を言ってるのか分からない。
    怒っているのか、悲しんでいるのかすら判断できない。
    店中の注目が集まっているのを感じたけど、そんなことに構ってられる余裕はない。

    「ユーサクはズルい……バカ……」

    やっぱり怒っているのか?
    ダメなら、ひと思いに殺ってくれと思いましたね。

    「相談……ユーサクのことだったのに……」

    「え?」

    そういえば、あまりにも似通った状況だなとは思ってたですが、そんなの冷静に分析できる状態じゃなかったですから……しまった。早まったか。

    「でも、嬉しい」

    ミドリが笑顔に変わります。そして……

    「返事はもちろん、イエスだよ」

    まだ睫毛が涙で濡れてましたけど、それが余計に可愛かったです。

    ボクとミドリは、これで正式に? 
    付き合うことになりました。
    でもその後、彼女にはしょっちゅう、からかわれることになります。

    「告白したのは、ユーサクなんだからねーどーしても私と付き合いたいって言ったから付き合ってあげたんだからねー(笑)」

    何かある度にコレを言われるわけですよ。そう、ずっとね。

    613:バース◆H0fjJ5ft/U:2012/10/07(日)01:47:55.95ID:SBzO9ltG0
    ―― 第五部 進展 ――

    告白から3ヶ月くらい経った頃の話です。
    ちゃんと付き合うようになった二人ですが、友達期間が長かったせいで、どうにも進展がなかったんです。

    なぜなら、彼女は普通にボクの家に来て、ボクの母の作った夕食を一緒に食べて、深夜までボクの部屋で試験勉強とかしてましたからね。
    さすがに母の「ミドリちゃん、お風呂に入っていく?」には慌ててましたけど。
    家が近所で、お互いの家族が公認というのも、なかなか関係が進みにくかった一因かもしれません。

    さて、そうこうしているうちに学園祭の「やきそば」イベントも終了し年に一度の大イベント、クリスマスがやってくるわけです。
    別にクリスチャンでもなんでもないんですけど。

    実は、学園祭も一緒に廻ってたんですが、何も起きなかったわけでして。
    だから、クリスマスこそは関係を進展させるぞ、と心に誓うボクでした。
    主よ、不順な心の我を許したまえ。

    「ねー、ユーサク。今年のクリスマスはバイト?」

    いつものように並んで帰るミドリが聞いてきます。

    「いや、去年はガッツリとシフトに入ったから今年は勘弁してもらうつもりだし」
    「えっ? 去年はシフトって?」

    彼女が不思議そうな顔をして聞くので、ボクは状況を説明しました。
    実はクリスマスも、バレンタインも、ホワイトデーもなかったことを。
    というか、去年のクリスマスにコイツのDVDの貸し出し手続きをしたのはボクなんですけどね。
    あんなに大量に借りたのに覚えてねーのか?

    ボクの説明を、ひと通り聞くと

    「そういうことかー、ハハハ」

    なんだか嬉しそうに笑います。

    「おまえ……人の不幸を笑ってないか?」
    「ごめんごめん。そうじゃなくって――」

    彼女は慌てて説明します。

    これまで家族以外とクリスマスを過ごしたことがなかったこと。
    そして今年は初めて家族以外、それも好きな人と一緒に過ごせることが嬉しいこと。

    でも、去年のボクとマネージャーさんの二人のクリスマスを想像するとちょっと複雑な気持ちになっていたこと……
    ボクは、ミドリでも元カノの存在とか気にするんだなあとか思いましたね。
    元カノといってもマネージャーさんとは、あの事故のようなキス以外は手すら握ってないんですが……いや、あれはノーコンテストだ。

    というわけで、クリスマスはテーマパークに行くことになりました。

    昼過ぎに待ち合わせをして遅い昼食。
    クリスマス用の飾りつけや音楽の鳴る街中を色々と回って、夕方からテーマパークという元気な10代らしい実にハードな設定。
    今なら途中で集中力が切れてしまいますね。確実に。

    明るいうちは、いつもと同じ雰囲気でわーわー楽しみます。
    街中が浮かれた雰囲気なので、こちらも何だか盛り上がります。
    陽が落ちる頃からテーマパークです。
    寒い冬の日没後にもかかわらず、人でいっぱいです。

    どこへ行っても結構な時間並ぶことになるんですが、二人なら気にならないわけですよ。
    これが真夏だと苦しいかもしれませんが、寒い冬ならではの効果というモノがありましてね。

    そう、寒いという大義名分で物理的に近くなるわけです。
    30分も並べばもう抱き合うような感じになりますよ。
    その方が暖かいですし、周りがそうですから、ごく自然に。
    お勧めです(笑)

    体は密着状態で、お互いの腕は相手の背中に腰に、しっかり絡まってます。
    ボクも身長が低い方ではないんですが、彼女の背が高いせいでお互いの顔がスゴク近くなるわけです。
    その距離は、もう10cmくらいでしょうか。

    言葉が途切れると雰囲気はMAXになりますよ。
    周りもそうですから……しつこいって(笑)

    そして少しづつ列が動いて薄暗い建物に入ると……遂にやってしまいました。
    これぞファーストキスですよ。正真正銘の。
    さすがにガッツリとはいきませんが、軽くでも十分でしょう。
    破壊力抜群です。

    もうなんか色んなことが、どーでもよくなって、わーぃわーぃという感じです。
    表現力が乏しくバカっぽいですけど、これが正直な感想です。

    テーマパークのアトラクションなんて、なーんも覚えてません。
    その後も長い列に並ぶ度にボクの頭の中は「キスだ、キスだ」しかないわけですからね。
    実際その日は、調子に乗って何回キスしたか分からないくらいしましたよ。

    テーマパークを後にして、ボクは非常に満足度高く家路につくわけです。

    でも、彼女はなぜかずっと黙ってました。
    ボクの腕に顔を埋めながら……
    そして家が見えてきた頃、やっと口を開くわけです。

    「今日は楽しかったよ……ユーサク……でも……」
    「でも、なに?」
    「私達って……今日のことで変わってしまうのかな……」

    彼女の不安そうな顔がスゴク可愛かったことを鮮明に覚えています。
    あの表情は一生忘れることができないでしょう。
    脳内アルバムには今でもしっかりと残っていますからね。

    「変わらないよ。ボクはボク、ミドリはミドリ。ボクはミドリが大好き、何か変わった?」
    「……そーだよね。でも私は少し変わったよ……ユーサクのことが、もっと好きになった!」

    というが早いか、ボクの首に両手を絡めて本日最後のキス……
    ちょっと、いや、かなり激しい。
    途中で何度も息継ぎが必要なくらい長かったです。
    ボクは、なんだか燃え上がってしまって、力任せにギューっと抱きしめてしまいました。

    「んもっ……ぃたぃ……」

    そう言われてハッと我に返り、力を緩めたくらいです。
    ミドリは力の抜けたボクの腕からスルリと抜け出して走っていきます。

    「ユーサク、今日はありがとう!それから……大好きっ!!」

    と大きく手を振ると玄関の中に消えていきました。
    その姿を見つめながら、なんとも言えない幸福感でいっぱいなボクでした。

    これでボクとミドリが、めでたく一人前のカップルになった次第です。

    645:バース◆H0fjJ5ft/U:2012/10/07(日)02:10:00.94ID:SBzO9ltG0
    ―― 最終章 エピローグ ――

    クリスマスイベントから3ヶ月後。
    彼女のお義姉さんの結婚式の前週のこと。
    ボクは彼女の両親宅に居ました。お義姉さんに呼ばれたんです。

    その時初めて、ボクはミドリの両親に挨拶しました。
    お父さんも、お義母さんも喜んでくれて大歓迎モードでした。
    たぶん、色々あったことを聞いているんだと思います。

    普通に食事をして、普通にくつろいでいたところ……
    お義姉さんの核弾頭並みに破壊力のある発言で、ある意味でのボクの人生が決定されることになります。

    「今日は、山下さんにお願いがあります」

    なんだか悪戯っぽい目が、非常に気になるというか怖いわけですが彼女はさらに続けます。

    「私が結婚してあの家を出た後、妹と一緒に住んであげて欲しいんです」

    これにはさすがに驚きましたね。まだ高校生なのに同棲ですか?!
    というか、ミドリとは……
    いや、まだそういう関係には進めていないわけですし……

    ボクは期待と妄想に胸を膨らませながら、必死で気の利いた言葉を探します。
    あまりに直球なことは言えませんからね。

    「えっ?! 一緒に住む? へっ?」
    「ちょっとお姉ちゃんっ!何言ってるのっ!」

    ミドリは顔を真っ赤にして両手をバタバタさせながら、あたふたと暴れてます。

    「妹は友達も少ないし、何かあるとスグに荒れるし(笑)」

    お義姉さんの主張では、ミドリは常に誰かが傍で支えていないと真っ直ぐに育たないとのこと。
    今までは自分がその役目だったけど、そろそろ交代の時期だろうとも。

    「本当は、父さん達と一緒に住めればいいんだけどな……」

    お父さんは、お義母さんをチラリと見ながら呟くように言いました。
    家族のことは分からないけど、それが叶うなら彼女もお義姉さんも最初から苦労はなかったんでしょう。

    ボクの頭の中は複雑でした。
    嬉しいんですが、なんというかまだ心の準備ができていない感じです。あまりに急でしたからね。
    正直言うと、まだそこまで考えていなかったんですよ。
    同棲なんてね。

    でも、いつも自分がヘタレで、根性がないせいで失敗ばかりしてましたから今回は覚悟を決めました。
    珍しく即決即断です。英断でもあります。
    いや、覚悟はあのファミレスで、既に決まっていたようにも思います。

    「ボっ、ボっ、ボクは彼女と結婚しますっ!だから一緒に住みますっ!」

    ボクの決意表明に一同「おぉ〜」となり、ミドリは大粒の涙をポロポロと流しながら完全に固まってます。
    数秒間動かなかったと思うと、突然号泣しながらボクの胸に飛び込んできました。

    「ユーサク……ありがとう……大好き……」

    結論としては、お姉さんとミドリが住んでいた家では一緒には住まなかったんです。
    せっかく決断したんですがね。

    ウチの両親が反対したんですよ。
    二人で生活するのは、さすがにまだ早いって。
    大学はどうするんだと。それに高校生で、子どもができたらどうするんだと。
    一緒に生活すれば、できちゃうでしょうね。
    若いですから。確実に。すいません。

    その代わりに、ボクの家で一緒に住みましょうということになったんです。
    「高校生で下宿して、生活している子だって普通にいるから」
    これがウチの両親の意見でした。正論です。

    加えてボクの母の言葉
    「あんたが選んだ子なんでしょ?だったら悪い子なわけがない。一緒に住めばいいじゃない」
    この一言で決まりでした。

    引越しするにあたっての「大人の事情」は、お互いの両親で話し合ってくれました。
    金銭面とかあったんでしょうね。詳しくは知りませんけど。
    そして、彼女とはボクの家で一緒に生活することになったんです。

    でも、皆さんが想像するような甘いイチャイチャは、なかったですよ。
    少なくとも家の中ではね。ボクの母との約束があったからなんです。
    それは『普通の兄妹がしないことは、この家の中ではしない』でした。絶妙な言い回しですよね。
    虹ヲタが聞いたら、それだけでオカズになりそうです。

    約束を破ったら、二人とも追い出すと宣言されていましたから。
    ボクの母はミドリを本当の娘として育てるから、大学に行きたいなら学費はなんとかするし、そのために塾が必要なら、それも何とかするとまで言ってくれました。
    なんかスゴく嬉しかったです。

    母がこんなに懐が深いとか思わなかったですから。
    そこまで言ってくれる母を二人は裏切ることができませんでした。
    とか言いつつ、実はボクは何度かチャレンジはしたんですよ(笑)
    すいません。健康な男子高校生ですから。

    でも、ミドリにガツンと怒られてシュンとなったり「ここじゃダメっ」と色っぽい声で言われたりで、かわされ続けました。
    まあ、この家の中でさえなければ彼女も積極的だったりするわけですが……

    結局、ミドリは大学にも塾にも行かず、専門学校から看護士へと進みました。
    そして就職を機に、ボクの家から出ていくことになります。
    彼女としては、一日も早く独立したかったのかもしれません。
    引越しの日は、なんか悲しくてね。泣いちゃいましたよ。
    情けないですけど。

    それから……

    何年か遅れて、ボクも就職を機に実家を出ることになります。
    実家からでも通勤できたんですけど……
    だって、彼女と二人で生活したいじゃないですか。

    彼女というのは、もちろんミドリです。

    そうそう、虹ヲタとメカ夫とは、
    今でもちょくちょく飲んでますよ。
    結婚式にも出席してくれましたし。
    奴らはまだ独身です。結構モテるクセに(笑)

    さて、ボク達にはもうすぐ子供が生まれるんですよ。
    彼女は実家です。
    だからボクは今、部屋で独りなんですよ。

    で、どっちの実家かって? 
    もちろんボクの母のところです。

    ―― 完 ――

    ちなみに、コテハンは「バース=誕生」をかけてました。
    くだらなかったですね。すいません。

    出典:男女間の修羅場を経験した話を書きますよ
    リンク:

     

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