【友達と】深夜の奇癖【エッチ】 オナネタ専用エッチな体験談

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    【友達と】深夜の奇癖【エッチ】


     私が露出に目覚めたのは、小学校二年のときでした。今でも、そのときのことは、はっきりと覚えています。近所の子どもどうして遊んでいたとき、いっしょにいた男の子たちが、公園のすみに走って行きました。私たち女の子は、それを追いかけて行きました。するし、公園のすみの植え込みに隠れるようにして男の子たちは、オシッコしていたのです。まだ、オチンチンに対する特別な感情はありませんでした。
     その数日後、同じ場所で遊んでいた私に、男の子たちがオシッコするようにと要求してきたのです。自分たちのも見たのだからというのが、男の子たちの言い分でした。たまたま、そのときにいた女の子が私ひとりだったから、そんな話しになったなのでしょう。私は、初めは抵抗していました。でも、まだ、性に目覚める前でしたから、恥ずかしいという気持ちはなかったのです。ただ、なんとなく「いけないこと」なのだと、そう感じていただけだったのです。
     でも、私は、そのとき、みんなでいっしょにしよう、と、そう言ってオシッコをしてしまったのです。
     男の子たちはギラギラと瞳を輝かせて私の一部分を見つめていました。これまで、どんな服を着ていようと、どんな特技を見せようと、注目などしなかった男の子たちです。私は男の子たちの視線がいつも、私にではなく、子どもながらに大人っぽく、美人の女の子にばかりそそがれているのを感じていたのかもしれません。ですから、その美人の女の子にさえおくらないような真剣な眼差しが私にそそがれたとき、私はそれに快感を得てしまったのだと思います。
     ただ、子どものことですから、二度も三度もそんなことがつづくというようなことはありませんでした。私のほうから「オシッコ」と、言っても、トイレの場所を教えられてしまうほどなのです。
     もう一度、見て欲しい、あの熱い眼差しに晒されたい。私はそんなことばかり考えるようになりました。
    ついに、露出を実行しました。今までのような、ノーパンで歩くとか、ちょっとだけスカートをめくってみるというものではありません。公園で全裸になったんです。その公園は大きな公園で、中にはブランコやシーソーや砂場があります。昼間は子どもたちの元気な声がたえません。
     私は深夜になるのを待って、その公園まで車で行きました。たぶん御神輿用の倉庫なのでしょう。公園の中には大きな倉庫がありました。私はその倉庫の裏の道に車は停めました。。
     車のキーをかけないままにして、公園の反対側にあるトイレまで歩いて行き、女性用トイレの個室に膝まで隠れるワンピースと車のキーを入れた小さな紙袋を置きました。
     紙袋を置いたまま、自分の車にもどり、服を脱ぎました。まだ、下着もつけていましたから、ブラとパンティだけの姿です。そこで、一度、倉庫と木の陰にしゃがみこんで身体を隠しました。人が来たからではありません。急に怖くなったのです。
     しばらく、そこにジッとしゃがみこんでいました。でも、これはお姉さんの命令なんだと思いました。もちろん、私の妄想です。
     私はブラを取りました。パンティを脱ぐときには、膝が震えて倒れそうになりました。
    「やっぱり無理」
     そう思ったのに、私は服と下着を車に入れ、そして、車のドアをロックしました。
     全裸です。もうもどれません。トイレまで公園を横切って行くしかないのです。トイレまで行かなければ、車のキーはないのですから。ぎこちない走りで、私はトイレに向かいました。幸い人は通りませんでした。トイレに入り、服を着ました。心臓は張り裂けそうなほどドキドキしています。走ったからではなく、怖かったからです。

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     でも、アソコはぐっしょりと濡れていました。私は個室ですればいいのに、わざわざ個室の外でおしっこしました。そして、何もなかったように車にもどりました。そのとき、サラリーマンふうの男の人が公園に入って来ました。もし、ほんの数分遅ければ、あの男の人に見られてしまった。そう思って、車の中で二度もイキました。
    アパートのドアを開け、全裸で外に出てみました。私の借りたアパートは小さな路地に面した一階です。昼間でも、人や車の通りは激しくありません。ときどき道路で子どもが遊んでいて「危ない」と、叱られているのが聞こえる、そんな道幅なのです。
     私は、その道路を全裸で横切ることを計画しました。幸い向かいは駐車場で、そこには私の車が置いてあります。キーをかけずにおけば、いつでも、車に避難できます。まず、部屋の中で全裸になりました。それだけでアソコが濡れてきます。一階なのですが、窓は通りより高いところにあるので、私は窓から下を見下ろします。もし、通りに人がいても、私が全裸だとは気がつかれないはずです。
     深夜の二時ですから、通りには人も車もありませんでした。周囲のマンションの窓のいくつかには明かりがついていますが、窓は開いてません。
     私は妄想のお姉さまの命令で缶コーヒーを買いに行かされるのです。熱い缶コーヒーを全裸で持って来なければなりません。百十円だけを握りしめ、私は玄関に立ちました。裸足です。靴も履きたくなかったのです。惨めになれないから。
     ドアを開けて外を見ました。誰れかがいる気配はありません。シーンとしています。アパートの共有廊下の向こうに門が見えます。まず、そこまで行かなければなりません。もし、その間に、誰れかアパートの人が出て来たら、私は何と言い訳すればいいのでしょう。もし、誰れかが人の気配を感じて覗き窓から外を見たら、その人はどうするのでしょうか。そんなことを考えると、また、怖くなりました。でも、怖いぶんだけ感じています。
     音がしないようにドアをそっと閉めると、私はアパートの門まで走りました。そこでいったん、しゃがみこみました。通りに人の気配はありません。車も通っていません。私は勇気を出して道路に出ました。一歩、二歩、歩きだし、周囲に誰れもいないのを確認して駐車場まで、いっきに走りました。自分の車の陰に隠れて、また、通りの様子を見ました。自分の部屋のほうを眺めると、隣の部屋の電気がついていました。いつもなら寝ているはずの時間です。私のおかしな行為に気づいて起きたのではないかと想像し、泣きたいほど怖くなりました。もう、もうこんなことは止めよう、そう心に決めました。なのに私は自販機で缶コーヒーを買いました。もし、隣の部屋の人が窓を開ければお尻はまる見えです。痩せているのにお尻だけが大きくて、とっても恥ずかしいエッチなお尻です。それを見られるのかと思うと、恥ずかしくて悲しくなるのです。缶コーヒーは想像していた以上の大きな音で落ちました。びっくりして後ろを振り返りました。隣の部屋の人には気がつかれていないようでした。
     ほっとした時、車のライトが私を照らしました。びっくりした私はすぐに自分の車の中に避難しました。でも、おかしいと思った車の人が駐車場に入って来たら、全裸の私はすぐに見つかってしまいます。車の中には裸を隠せるようなものはありません。しばらくそのままジッとしていました。車は通り過ぎて行きました。停まる気配も、もどって来る様子もありませんでした。
     私は自分の部屋にもどり、狂ったようにオナニーしました。ひとりなのに声まで出してしまいました。
     それから、服を着て、すぐに車を出しました。通りを曲がって来た車から私がどう見えるのかを知りたかったのです。
     自販機は意外なほど明るく、その前に人がいれば、はっきりと、その表情まで見えそうでした。あの車の人にも、そこに全裸の女がいたことは分かったはずです。たぶん、変なことにかかわりたくなかったから無視して通り過ぎたのでしょう。
     あんなにはっきりと見られたのだと思い、私は部屋にもどって、またまたオナニーしてしまいました。
     小学校六年になるまで、私は露出の快感を忘れていました。あまり性を意識することがなかったのだと思います。私にその快感を思い出せたのは、近所で評判の変質者でした。学校でも、変質者がいるので注意するようにと言われていました。でも、私たちはそんなことを気にせず、塾が早く終わると時間まで、公園で話しをしていました。それが塾に行く楽しみでもありました。
     いつものようにブランコのところで話をしていた私たちの前に、全裸の男の人が現れました。まだ若く、筋肉質の身体は、美しくさえ見えました。顔も悪くありません。その男の人は、右手をペニスにあて、まさぐっているように見えました。オナニーをしているというより、まさぐっているという感じでした。私は恐怖に言葉を失い、ジッ動けなくなりました。ところが、私たちの中で、もっとも大人っぽい女の子は、男の人をキッと睨みつけたのです。
    「変態。小さい、手で隠れてて何も見えないじゃん。小さい。大人のくせに弟のより小さい。可哀相」と、叫んだのです。そして、彼女は大声で「変態がいます。痴漢です」と、叫びました。その声の大きさに驚いたのか、男の人は逃げて行きました。その全裸の均整のとれたお尻に向かい「可哀相な男」とも、叫びました。勇気のなる友だちだと思いました。
     でも、それよりも、私は、その出来事の間に、すっかりアソコを濡らしてしまっていたのです。ペニスを見たからではありません。全裸を見せて「可哀相」と、言われた男の人の気持ちを想像して濡れてしまったのです。私も言われたい、と、思いました。
    痴女
     公園に誰もいないのを確認して、植え込みの中に入りました。そこがたとえ公園に人が来ても見られない場所だと知っていました。それでも、パンティを脱ぐのには、勇気がいりました。私は、そこでミニをたくしあげ、パンティを脱いでオシッコをしようとしているのです。考えただけで膝が震え、とても実行できそうにありません。
     一度、ベンチに座り、気持ちを落ち着け、公園をゆっくりと一周しました。もう一度、誰れもいないことを確かめたかったのです。そして、植え込みまで行きました。やはり出来ません。この公園を全裸で歩いたこともあるのに、オシッコが出来ないのです。
     しばらく、公園にいると、かなり酔っているらしい男の人が公園に入って来ました。一瞬、緊張で身体が硬直してしまいました。その男からすれば、私はただの女にしか見えないはずです。痴女だなんて分かりっこないんです。なのに私は心臓が痛いくらいドキドキしてしまいました。
     男の人は、私の存在にさえ気がつくことなく、ベンチのひとつに横になりました。こんな寒い日にベンチなんかで寝て、凍死しないものなのでしょうか。私はびっくりして、その人に近づきました。酔って何かつぶやいていますが、何を言っているのか分かりません。ただ、死んでしまうほど酔ってはいないようでした。私は、隣のベンチに腰掛け、パンティをずらしました。あんなに怖かったのに、もっと怖い状況で、私はパンティを脱ぎはじめたんです。自分でも不思議でした。男の人は、私の不自然な行動に気がついたみたいで、起き上がり、ベンチに座って私のほうを見ています。私は、パンティを抜き取ってコートのポケットに入れ、ミニをたくしあげました。下半身は全裸です。
    「なんだ、やって欲しいのか」
     そんなことを言いながら、その男の人は、ズボンに手を入れました。そして、しばらくモソモソとさせ「おじさん酔っぱらい過ぎて勃たないから、ほかの人捜しな」と、言いました。
     私は全身に電気が走るのを感じていました。頭がしびれて、セックスの数十倍の快感をえていました。せいいっぱいの勇気で「見て」と、言いました。もしかしたら言葉になっていなかったかもしれません。
     立ったままオシッコしました。オシッコは男の人のように前に飛びました。おじさんは、かなり驚いた顔をして、ジロジロと私のその部分を見ました。この目が私は好きなのだと思い、さらに快感はたかまりました。オシッコが終わると男の人は「立派、立派、おじさん女の立ちションなんてはじめて見たよ、出来るもんだねえ」と、言いました。そして、まだオシッコで濡れているその部分に顔を近づけて来たのです。私は急に怖くなって、その場を走り去りました。あのままにしていたら、男の人は何をしてくれたのかと考えると、ほんの少し後悔しています。
    明日の朝は早いから、今夜は露出しないまま寝ようと思うことがあります。いつもより早くベッドに入り本を読みます。私はすぐに眠りにつきます。でも、一時間もすると、目が醒めてしまうのです。そして、今度はなかなか眠れなくなります。
     オナニーをすればいいと言う人もいます。でも、オナニーもセックスも露出とは違うものなのです。いえ、露出をすればセックスしなくてもガマンできるけど、セックスした日でも露出はしたくなるんです。
     近所を全裸で歩くのは、もう危険なのかもしれません。隣の若い奥さんは、私と会うと態度がおかしくなります。もしかしたら全裸で歩く私を目撃してしまったのかもしれません。同じアパートに住む男の人にあいさつそれました。それまでにはなかったことです。もしかしたら彼も私のことを知っているのかもしれません。近所でできないなら、遠くの公園。でも、公園は寒いだろうななんて考えます。深夜はほとんどお客さんのいないコンビニもあります。全裸にコートだけ羽織り、買い物し、レジをすませた後、さっとコートを脱いでコンビニを出て行くことを計画しています。朝の四時までやっているパブでトイレにカギをかけないままオシッコ。ダンボールハウスのある高架下を全裸で横ぎる。そんなことを考えていると、いつの間にか眠っています。深夜の露出に行けない日も、私は露出のことばかり考えているのです。

    中学の頃、女の子どうしのスカートめくりが流行りました。最初は男の子のいないところではじまったのですが、それはすぐに男の子のいる教室でも行われるようになりました。私も何度かめくられ、男の子にパンティを見られたことがあります。そのときはキャーと叫んでしゃがみ込むのですが、内心はよろこんでいました。
     その頃、少し勉強ができて、少しだけ可愛い女の子が、他の女の子たちに嫌われるようになりました。彼女は水泳の後、パンティを隠され、ノーパンのまま教室にもどることになりました。隠したのは彼女を嫌っていた女の子のグループの誰れかです。教室にもどればジャージがあるので、それを持って来てと必死に頼んでいましたが、誰れも彼女の言うことはききません。自分が嫌われることになるのが嫌だったからです。
     ノーパンで教室にもどったその子は、男の子たちもいる教室で、おもいっきりスカートをめくられました。もちろん、抵抗したのですが女の子たちも執拗でした。裸のお尻、可愛い二つの山、そして、黒ぐろとした部分もはっきり見えました。男の子たちは大喜びです。あまりのショックで、その子は、その日から学校に来なくなりました。でも、スカートめくりは、いつもの女の子たちの遊びでしたから、たいした事件にはなりませんでした。
     それからしばらくして、私はやはり水泳の後、ノーパンで教室にもどりました。一歩一歩膝が震えるほど怖かった。ものすごい不安な反面、ものすごい期待もしていました。スカートをめくられたら、私もノーパンだから男の子たちにすべてを見られてしまう。そう思ったのです。でも、そのときには、スカートめくりの流行りは過ぎてしまっていたのです。私が迷っている間にみんな飽きてしまったようなのです。
     あの日から私は、衆人監視の中で強制的に裸を晒されることを妄想するようになりました。それも、知らない人たちの前ではなく、知っている人たちの前で、裸を晒さなければならない、そんな妄想なんです。
     ファミリーレストランの大きな駐車場の向かいに路上駐車します。駐車場と道路の間にはフェンスがあり、乗り越えることはできません。でも、こちらはよく見えます。私は犬の首輪をし、リードまでつけて車を降ります。脱ぎやすいパンツとセーターは車の中で脱いでいますから、私はコート一枚です。そのまま駐車場の手前の道まで歩きます。マンションの前の茂みにコートを置き、私は私は犬のような格好で歩きます。駐車場の正面にある街灯をめざしているのです。お尻を突き上げ、後ろから見たら、すべてが晒される格好です。茂みからそこまでは、ほんの数十歩です。でも、私にとってははるか遠い道のりです。
     はじめは路面ばかり見ているのですが、怖くなって駐車場を見ると、車に乗り込む人の影が見えました。私は驚いてその場にしゃがみこみ、そして、本当にオシッコを漏らしてしまいました。路上でオシッコをしたことならあります。それも好きなのです。でも、それとは違いました。お漏らししてしまったのです。理由はわかりません。
     車はバックで停めてあったので、私はライトに照らされることもなく、気づかれることもありませんでした。車が行くのを確認すると、私はすっと立ち上がり、走って茂みまでもどりました。恐怖で全身が震えていました。手を道路について歩き、街灯の下で駐車場のフェンスにお尻をつけて百まで数えて、また、手をついたまま犬のような格好で茂みまでもどるつもりでした。でも、そんなことはとても出来そうにありませんでした。
     お漏らしのあとを路面に大きく残したまま、私は帰宅しました。さすがに、今夜は露出には行けそうにありません。いえ、行く必要なんてないぐらい昨夜の興奮が残っているのです。
    ミス○○ドーナツに入りました。すぐにトイレに入り、パンティを脱ぎます。スカートはミニのフレアーです。でも、ロングのジャケットを着ていたので、まだ、目立ちません。それを席に座る時に脱いで二人がけのテーブルの向かいの椅子に置きました。真冬にミニで素足は目立ちます。二人いた女の子の視線が刺さるようで嫌でした。でも、私がしなければいけないのは、もっと過酷なことでした。
     私はおなかに当たるぐらいテーブルを引き寄せ、そして、ゆっくりとフレアーのスカートをめくりました。下を見ると、肌色の露出が多く、中央にある黒いものもはっきりと見ることができました。少し離れたところにはサラリーマンふうの男の人がいます。その席からは私のテーブルの下は覗けそうなのです。ドキドキしました。深夜に路上で全裸になるよりも、はるかに怖いのです。特にお店の人がコーヒーのおかわりを持って来てくれたときには、恐怖で動くこともできず、固まってしまいました。
     バックからオナニー用のペンを取り出します。普通のペンよりも太く出来ているんです。
     それをアソコに入れるのが私が自分にした命令です。もちろん、架空のお姉さんの命令です。でも、その前に私は、お尻の下のスカートもめくりました。椅子の感触がひんやりとお尻に伝わります。男の人は知らないかもしれませんが、そうすると下半身は裸同然にされた気分になるのです。
     怖いけど、私はそのままの格好でゆっくりとペンをアソコに当てました。興奮しているはずなのに、ペンはかんたんに入りません。痛いのをガマンして、それでも、少し少しペンを押し込みます。もっと奥まで入れないと立って歩けない、そう思いました。
     遠くの席で携帯メールしている女の人が、メールを打つのを止めて私を見ています。いえ、本当は私の横の窓から外を眺めているだけなのかもしれません。あるいは、股間に手を当てている変な女の私のことが気になるのかもしれません。
     ようやく根元近くまでペンが入りました。これなら少しだけ歩いても平気です。家で何度も練習したのですから落とすはずがありません。
     私は席を立ちました。スカートははらりと落ちましたが、一瞬は裸の下半身がテーブルの上に晒されたはずです。そのままトイレに入りペンを抜くと、その部分はやっぱり濡れていました。あんなに入れるのがたいへんだったのに、かんたんに入れたり出したり出来ました。
     今日はパンティをはき、そこまでにして帰りました。
     中学生の頃でした。私の部屋から少し離れたところに、同級生の男の子の家がありました。おとなしい目立たない男の子でした。ある冬の寒い日、私が何気なく窓を開けると、その男の子が洗濯物をとりこんでいるのが見えました。一瞬で胸がドキドキしました。その男の子の家と私の家の間には、いくつか家があり、角度としては、かろうじて男の子の家のベランダが見える程度でしたから、私はそれまで意識したことなんかなかったのです。
     私はすぐに全裸になり、ベッドの下のひきだしからバスタオルを取りだしました。昼間からシャワーを浴びるなんて不自然です。しかも、窓を開けたまま身体を拭くなんて、おかしいです。でも、私はそこまで考えることはできません。すっかり興奮してしまっていたからです。
     タオルで頭を隠し、隙から何度も男の子を見ました。はじめは気がつかなかったようなのですが、私がしばらく後ろをむいて、お尻を見てもらおうとしていた後、もう一度タオルの隙から覗くと、男の子は手すりから身を乗り出してこちらを見ていました。私は興奮して、立っていられなくなり、しゃがみこんでしまいました。しゃがみこんでも、男の子の姿ははっきり見ることができました。もっと近くで見せたい、見てもらいたいと思いました。好きでもなんでもない男の子です。でも、それ以後、そんなチャンスはありませんでした。でも、その男の子は私の裸を見るために必死でした。それは後になって分かるのですが、今回はここまでにしておきます。これ以上書くと興奮して眠れなくなりそうなので。
     ものすごく寒いのですが、裸になりたくなることがあります。帰宅の途中で、酔っ払った男の人を見たときです。私はお酒を飲む人があまり好きではありません。自分もお酒は飲みません。でも、お酒を飲んで泥酔しきっている人に全裸を見せたり、オシッコしているところを見せるのは好きなんです。昨日も、一度は家に帰ったのに、ガマンできなくなって、スキー用のジャケットを着て、その下は全裸のまま家を出てしまいました。素足に寒風が吹いて、全身が氷つきそうなほど寒いのですが、私はその格好で駅裏の小さな公園を目指しました。そこには泥酔した人が休んでいることが多いのです。
     公園に着くと、あの寒さだというのに、やはりいました。フラフラとした足取りで携帯をしている若い男の子。電話では「だいじょうぶ」と、連呼していますが、その足取りは、少しもだいじょうぶではありません。私は後ろから彼を追越し「あっ」と、小さく叫んで、膝まであるブーツの紐をなおすふりをしました。後ろからはアソコがはっきりと見えています。鏡で何度も見たことがあるのですが、それは恥ずかしいほどグロテスクでした。あのグロテスクなものを見られていると思うと、寒いのも忘れてアソコの奥がじーんと熱くなるのです。男の人は「ちょっ、ちょっと待って、今、すごいんだから」と、電話の相手に言っています。私のことです。私は一度、後ろを振り返りました。彼はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべています。そのまま歩くと植え込みがあります。
     私はスタスタとその植え込みまで早足で歩きました。彼はついて来れません。それほど泥酔していたのだと思います。植え込みで私はしゃがみこみました。ジャケットを少したくしあげたので、下半身はむき出しです。彼は、かなり傾斜しながら、それでも、確実に私の奇行めがけてやって来ます。もう少し待って、彼が隣に来たらオシッコしよう。でも、酔った彼が触って来たらどうしよう。そんなことを考えました。見せたいけど触られたくないからです。彼は電話を切ったらしく、手には何も持たず、茂みの外の柵の向こうの地面にしゃがんでしまいました。何かを、いえ、確実に私のオシッコを期待しているのです。私は嬉しくなり、ジャケットのファスナーをおろし、その上、彼からよく見えるように、少し立ち上がって、オシッコの準備をしました。オシッコが出はじめると彼はさらに近くに寄って来ました。そして、それを見ながらペニスを出したのです。酔っていると立たないと聞いたことがありますが、彼のそれは立っていました。私は「大きい」と、小声で言いました。彼は「入れてあげるよ」と、いうようなことを言ったと思いますが、そのときには、私はファスナーを閉め、走って逃げていました。何をされるか分からないからです。もちろん、彼は追って来ることはできなかったようです。
    あんた○○君にわざと裸見せたでしょう」と、女の声で電話がありました。近所の同級生の名前です。裸を見せたのも本当です。前に書いた通りです。私は心臓が止まるほど驚きました。彼が誰れかにしゃべってしまったんだと思いました。電話の女は、皆に言いふらされたくなければ、今すぐ全裸で窓のところに立てと、それだけ言って電話を切ってしまいました。私は直感しました。彼の声なんです。女の声色ですが彼に違いありません。私はしばらく考えた後、全裸になり、タオルを全身にまいて窓を開けました。でも、彼はベランダにはいませんでした。やっぱり、彼じゃない、でも、それならどうして全裸で窓を開けろなんて言うのでしょう。せっかくなので、私はタオルをとりました。全裸です。少しアソコを触りました。敏感な私のポッチに指が触れると、全身に快感が走りました。そのとき、私は気がついたのです。向かいの家の塀の中に人がいることに。たぶん、彼です。他人の家の庭に侵入して私を見ていたのです。もっと、近くで見るために、もっと私を脅迫してくれればいいのに、そう思いました。でも、彼はそれ以上は何も言ってきません。ただ、私は、たまに窓を開け、そこに彼がいるのが分かったときには、自分にその気がないときでも、裸を見せてあげました。不思議なことに、彼とはそれだけの関係で終わってしまいました。
    今年の冬は特別寒いからなのでしょうか。深夜には、あまり人が歩いていません。私は昼間のトイレや試着室で露出するのも嫌いではないのですが、やはり、深夜が好きなのです。どんなに寒い夜でも、全裸で歩くことができます。いえ、全裸で歩きたくなってしまうのです。女だったら、露出の方法なんて、いくらでもあると掲示板などで、よく書かれます。でも、たとえば、野外でオシッコしているところを見られたり、ノーパンで歩いてアソコを見られたりすると、見た人は可哀相って顔をしてしまうのです。それでもいいのですが、でも、私が興奮するのは違うのです。見た人が好奇の目に変わるのがいいんです。こんなことする女がいるんだ、変態だな、どんな顔してるんだ、そんなことを考えている顔が見たいのです。特別寒いこの冬に全裸で公園にいる女。そんな変態なら、裸になんか興味のない人でも見てみたいと思うと、私は思うんです。ですから、私は今日も、そんな人たちの好奇の目に晒されるために露出に出かけます。
    ひさしぶりに自宅で露出しました。最近、抑えていたのですが、昨夜は抑えがきかなかったのです。と、いうのは、私の部屋の前の駐車場から話声が聞こえてきたからなのです。私の部屋は一階ですが、少し高いところにあるので、窓はちょうど普通の家の二階の床ぐらいの高さに位置しているのです。そのまま立つと、胸から上が出るぐらいなのです。でも、私は窓のところに低い書棚を置いていますから、そこに立つと、下からは何もかもが丸見えになるのです。
     私は電気を消して、ゆっくり窓を開けました。部屋は十分に暖めてあったのですが、それでも、震えるほど寒く感じました。このままなら駐車場からは人影にしか見えないはずなのです。そこにはバイクを囲む三人の男の人の姿がありました。私は後ろを向き、足で電気のリモコンスイッチを押しました。電気がつきます。書棚は窓から離して置いてあるので、私の裸は完全に見えます。何度も自分で確認してあるのです。シャツの胸にあるマークまで見ることができる距離と明るさなんです。
     私は髪を拭くふりをして、前傾しました。後ろからは私のアソコがすべて見えているはずです。私が一番恥ずかしいと思うポーズです。
     男の人たちの声が消えました。気がついたのです。心臓が高鳴り、膝が震えました。この震えは寒さの震えとは違うものです。熱をさますような仕種をしながら、私は正面を向きました。そんな時間に人がいるなんて思いもしないというふりです。すると、さっきまでいた男の人たちがいません。バイクはそのままです。きっと隠れて私を見ているのに違いありません。もっと見せたい。アソコを広げたり、オナニーしたり、道路に向かってオシッコしたりしてあげたい。でも、そこまでする勇気はありません。私は窓を閉め、そのまま窓の横に歩きました。まるで舞台の袖に引っ込む役者さんのように消えたのです。
     その瞬間、大きな笑い声が聞こえました。やはり隠れて見ていたのに違いありません。私は何度もオナニーしてしまいました。もう一度、窓を開けたい。全裸で駐車場に行きたい。せめて曇りガラスにアソコを押し付けるだけでもしたい。でも、何もしないまま、ただ、オナニーだけしてしまいました。私にもう少し勇気があったら、と、思います。
    かぜで昨夜から寝てばかりいました。今年のかぜは治りが早いのか、もう、すっかり元気になりました。でも、さすがに、深夜の散歩にでかけるのは止めておきます。
     女が一人で深夜の街を歩いていると、当然のように痴漢に出会います。都会だからなのでしょうか、暴力的な人に遭遇したことはありません。私自身が露出を目的にしていますから、あまり人のいないようなところには行かないからかもしれません。
     男の人の露出痴漢でもっとも多いのは、オシッコしているふりして、近くに行くと、こちらを振り替えるというパターンです。皆が言うところのコートの前をはだけるという人には、一度しか遭遇したことがありません。もちろん、私同様に全裸になっている人もたくさんいます。一番驚いたのは深夜の公園のトイレにいた痴漢です。
     私はその公園のトイレで全裸となり、少しだけ公園の中を歩いてみようと思っていました。そう思ってトイレに入ると、そこに全裸の男の人が寝ていたんです。自分だってそうしたことをする目的でいるのに、なぜか痴漢に遭遇すると驚いてしまいます。その人は驚いて立ち止まった私に「オシッコかけていいよ、踏んでもいいよ」と、言いました。ペニスはしっかりと勃起しています。それも、かなり大きいほうだったと思います。私は「どいてください」なんて、わけの分からないことを言ってしまいました。オシッコがしたいわけではないのですから、ただ、自分が逃げればよかったんです。
     その人は「ごめんね、ごめんね」と、必死にあやまっていました。でも、起き上がろうとはしないんです。その人が起きなければ個室のドアはあきません。もっとも、個室に入る気なんて私にはありませんでした。すると、彼はずるずると寝たまま身体を動かして個室のドアから離れたんです。私に個室を使わせようとしているようでした。そして「音だけ聞かせて」と、言うと、また、ごめんね、と、あやまりました。私は個室に入らずに、その場でゆっくりスカートをめくりました。フレアーのロングスカートですが、中はノーパンです。それをミニぐらいのところまで、めくって、男の人の横を歩きました。足をつかまれたら、もうそれで終わりという状況です。男の人の顔に足がかかったところで私は身体を反転させました。男の人の顔とペニスを同時に見下ろしたのです。その人は驚いた顔のまま「いいよ、オシッコかけて、マニアなんでしょ」と、言いました。
    「違うよ、変態」
     本当はその通りなのに、なぜか私はそう言ってスカートをもどして逃げてしまいました。そうしたほうが男の人がよろこぶと、なぜかそう思ったのです。
     まだまだ、痴漢体験はたくさんあります。自分が露出できない日は、そうした体験のことも書くつもりです。男の人には、あまり嬉しくない話かもしれませんが。
    フランス書院文庫の『女教師』という小説の中に、生徒に脅迫された女教師が、全裸で犬の首輪だけさせられて散歩させられるという場面があるんです。そのとき、生徒の知り合いらしい男の人が来て、その人と生徒が何やら話しをするんです。女教師は、その後、ズボンのチャックをあける男の人にドキッとするんです。けっきょく、女教師はセックスさせられるだけなんですけど、私も女教師と同じ期待をしていました。つまり、オシッコをかけられると思ったんです。
     でも、小説の中には、そんな記述はありませんでした。違うのかもしれません。女教師、いえ、作者の方には、そんな考えはまったくなかったかもしれませんね。
     私もときどき、立ちションしている男の人に、オシッコをかけられるかもしれないという恐怖をもつことがあります。オシッコなんかかけられていいはずがありません。冬だったら、いえ、夏でも、公園の水場で身体を洗うわけにもいかないでしょうから、そのまま家まで泣いて帰るしかないのでしょう。それはとっても嫌です。想像するだけでゾッとしてしまいます。
     でも、期待も……
     今日も露出はお休みしました。この数日の間、寝たり、起きたりだけを繰り返していました。おかげで、すっかり元気になり、本当は、露出したくてしかたありません。でも、止めておきます。
     コメントをつけてくれた方が、オシッコをかけたい、と、書いていたのを読んだとき、私の心に、チクリって針が刺さるような感じがありました。公園で露出したときに、人が来たので、茂みの中に身を隠したことがあります。そこにじっとしていれば、見つかるはずがありません。でも、男の人の足音が近くに聞こえてくると、私はあまりの恐怖に震えてしまうのです。足音が止まると、見つかったのではないかと不安になります。そして、全裸で隠れている私のほうにやって来て、私が逃げられないのをいいことに、オシッコをかけるかもしれないと妄想するのです。それは、いい妄想ではありません。嫌な妄想なんです。
     でも、今回のコメントを読んだとき、そんなことをされたら嫌だと繰り返し妄想しているのは、実は、そんなことをされたかったからなのかなあ、と、そんなふうに思いました。
     ブロク゜をはじめたのは、もちろん、今回が最初です。何だか分からないうちに、ここまできました。いくつか疑問もあったのですが、どうヘルプしていいかも分かりません。みなさんは、どうやってプロフィールを変えているのでしょうか。ユーザー情報というところで変えようとしても、変わらないみたいなんです。
     深夜になったら、露出をしたくて、いけない、いけない、もう、今夜こそ止めないと、と、そんな気持ちのデザインにしたいんですけど、デザインは選ぶだけなんですよね。でも、今の絵も、気にいってはいるのですが、変えられるものなら、やっぱりオリジナルにしたい。そんなの贅沢なのかな。
    ひさしぶりに露出に出ました。私が持っている中でいちばん短いスカートと、腰までのジャケット、マフラーをして、ブーツをはきました。ちょうど腰のあたりだけ夏のような格好です。パンティはわざとはきました。もし、路上でオシッコなどするときには、パンティをはいていたほうが、たいへんだからです。ブーツ以外の全てを脱いで全裸になったときでも、パンティをはくのがいちばんたいへんなんです。
     昨夜は寒かったからでしょうか。公園には誰れもいませんでした。しばらく歩いたのですが、公園に人が来る様子はありませんでした。私はパンティをおろしたり、スカートを脱いで、それを手に持ったまま歩いたりしました。でも、やっぱり誰れかに見て欲しくなりました。
     深夜でもやっているバーガー屋に行きました。勉強している女の子が一人、少し酔っているようにみえる中年のおじさんが一人いました。私はコーヒーだけを頼んでそのおじさんの向かいの席に座りました。心臓の鼓動が早くなるのを感じました。これから自分がしようとしていることに興奮しているのです。
     私はコーヒーを飲み終わったら、トイレに行き、そこでスカートもパンティも脱いで、下半身裸のままで帰ろうとしていたのです。ジャケットは腰のところまでありますから、普通にしていれば気がつかれないかもしれません。でも、少しでも手を上にしたら、もう、それだけでお尻は出てしまいます。
     明るいお店でそんなことをするのは初めてのことでした。
     架空のお姉さまの命令だから、するしかないんだ、と、自分にいいきかせました。そして、私はジャケットを着てトイレに入り、トイレでパンティとスカートをとって、それをバックに入れました。トイレにある鏡で見ると何も見えません。でも、肘を曲げて背伸びをすると、ペロンってお尻が顔を出しました。たったそれだけでまるごと出てしまうのです。しかも、一度出たお尻は自分でジャケットをなおさないかぎり隠れませんでした。
     私はジャケットをおろして、トイレを出ました。空いたカップをゴミ箱に捨てるために一度、席にもどりました。おじさんは、うつろな目で私を見ています。ミニスカートの私が気になっていたのでしょう。私はおもいきって背筋を伸ばしました。お尻が出たのが感触で分かりました。目で見て確かめる勇気はありません。そのままカップを捨てました。店の人も私を見ていたように思います。私は逃げるようにして店を出て、小走りで、いつもの公園に向かいました。そこのトイレでスカートをつけるためです。家に帰って、同じことをして、前を鏡で見ると、お尻だけでなく、ヘアーもまる見えになっていました。何人が気がついたのかは分かりません。私が出た後、見せの中で私の話をしたのかどうかも分かりません。ただ、誰れも気がつかなかったということだけはないと思います。それほど大胆な格好だったのです。私はその姿を後ろから前から、何度も鏡に写して、そして、何度もオナニーしてしまいました。
     知り合いの男の子に見せたいという私の欲求は、中学生のときに近所の男の子に裸を見せてから、急激に強くなりました。中学のときは水泳部だったのですが、更衣室が狭く、夏休み中の練習のときなどは、よく教室で着替えました。もちろん、夏休みの教室に来る人なんてありませんし、もし、誰れかが来ても平気なように机とタオルで仕切りをつくって着替えました。
     でも、私はみんなより遅くまでプールにいて、みんなが帰った後、こっそり教室で着替えていました。同級生の男の子が来ることはないのですが、たまに、下級生の男の子が用事を頼まれて教室に来ることがあるのです。私は水着のまま教室のカーテンに隠れ、校庭をみつめていました。校舎に男の子が入るのを確かめてから、ゆっくりと全裸になるためです。もちろん、私の教室に来るなんてことはありませんでした。それでもよかったんです。全裸になったところをあの男の子が見るかもしれない。いえ、すでにこっそりと覗いているかもしれない、そう思うだけでよかったんです。
     かぜはよくなったのに、疲れているのでしょうか、二日も露出しませんでした。
     また、中学のときのことを書きます。あれは三年になったときでした。二年の男の子から電話があったのです。内容は、誰れにも相談できないことを私に相談したいというものでした。私が少しアブノーマルなところがあるという話しは、女の子たちの間では、密かにされていたようなんです。もちろん、露出癖のことなんか誰れも知らないはずです。ただ、エッチな話が好きだったり、他の女の子よりはエッチなことに詳しいと、そんな程度だったと思います。それでも、性の相談は必然的に多くなって、中には、私にアソコを見て欲しいと言って来た女の子もいました。その話もいつか書くつもりです。でも、男の子からの相談というのははじめてでした。
     私は誰れにも言わないと約束して、彼の家に行きました。彼の家には誰れもいなく、少し怖い気持ちもありましたが、本気で抵抗すれば犯されるはずがないという変な自信もありました。
     彼の相談はまったく意外なものでした。彼は、女の子にぶたれたり、蹴られたりすることを妄想しなければオナニーできないと言うのです。そんな知識が私になかったわけではないので、私はまじめにSMについて教えてしまいました。今から思えば、そんなことは全て知った上で、その告白も楽しみに変えていたのに違いありません。でも、そのときには、そこまでは分からなかったのです。私は冷静に自分にはそうした趣味はないから協力してあげることはできないけど、無視してあげることならできると言いました。つまり、勝手にオナニーしてもいいよ、と、言ったのです。彼は喜びました。私は彼の部屋で彼の本を眺めたり、音楽を聴いたりしました。その間に彼は勝手に全裸になって、勝手にオナニーしました。私には触れようとしません。私も彼には触れませんでした。私は「このことを誰れかに話したら、あなたのオチンチンの大きさとか形とかをみんなに話してしまうからね」と、彼を脅しました。小さくて包茎だった彼には、それが本当の脅しになると、そのときの私は信じていたのです。
    ストリーキングというものがあったと知りました。ネットを検索していて偶然見つけたのです。何かに抗議するために全裸で街中を走ったのだそうです。写真もありました。驚きました。アダルトビデオにそうしたものがあることは知っていましたが、女の人が一人でそんな大胆なことをするなんて信じられませんでした。アダルトビデオに出て顔を晒す勇気はありません。私にもそれなりに守らなければならない部分があるからです。でも、許されることなら、白昼の人が大勢いる中を全裸で走りぬけてみたいです。今の私のいちばんの夢かもしれません。でも、そこまで大胆になれない私は、今夜も深夜になるのを待って全裸になるつもりです。
     露出に行きたいと昨夜から思っていたのに、今日は雨でした。そこで気がついたのですが、この日記は、一日ずれてしまうんです。露出した日は日記を書く余裕がなく寝てしまいます。あと、この日記を書いていると露出に行きたくなるというのもあります。ですから、実は一日遅れて書いていることになります。今までは気にならなかったんですけど、雨とか降ると、あれっと思った人もあるかもしれませんよね。あっ、でも、地域の問題もあるから、天気って関係ないのかな。でも、なんとなく一日前のことを書いていると思ってもらったほうが私はいいかな。
    これまで露出のときはダウンっぽいジャケットを着ていました。そのほうが暖かいのと、下半身裸でも目立たないからです。初めてロングコートで出かけました。下は全裸です。コートにスニーカはおかしいので、ショートブーツにしました。パンプスよりは走りやすいからです。後ろのスリットは鏡で何度も確認しました。前屈みになっても、足を上げてもお尻は出ません。出ないと分かっているのに、明るい商店街に出ると、ものすごく怖くなりました。襟元はマフラーでごまかしているし、コートより丈の短いスカートならふだんでもはいています。素足ということをのぞけば、そう目立つ格好ではないはずなんです。でも、ものすごく不安なんです。寒さもありました。足からアソコに風がぬけているのがハッキリと分かります。アソコが冷んやりとするのは濡れていたからなのかもしれません。
     三十分ぐらい歩きました。あまりの寒さに耐えられなくなって帰ることにしました。いつものハンバーガー屋さんに入ることも考えたのですが、ロングコートを脱がないのは、あまりにもおかしいと思い止めました。
     家まであと三つの角を曲がればつくというところで、コートのボタンをはずしました。マフラーもとってコートのポケットに入れました。最初を左、歯医者さんを右、そして、左に曲がると、もう、家の前のあまり大きくない通りです。問題は歯医者さんの前までです。けっこう明るいし人も車も多いのです。もちろん、深夜一時を過ぎていましたから、人にも車にも遭わないかもしれません。でも、遭っても不思議ではないのです。
     走るのは得意ではありませんし、ブーツですから、うまく走れません。前は完全にはだけ、ゆれるおっぱいも、アソコも見えてしまいます。最初の角までは誰れにも遭いませんでした。でも、歯医者さんの前にさしかかるところで、突然、人が現れました。私が曲がろうとする方から曲がって来たのです。おばあさんでした。
     私はあせって前を合わせ、おばあさんの横を通りぬけ、小走りに逃げました。絶対に見られたはずです。それよりも、もう家の近所ですから知っている人かもしれません。あそこの部屋の娘が露出痴女だなんて噂されないともかぎりません。私は次の角を曲がらず、後ろを振り向きました。誰れもいません。マフラーを出し、ボタンをして、別の道を歩きました。心臓はかなり激しく動悸していました。私が知らないのですから近所のおばあさんではなかったかもしれません。もし、私の顔を知る人だったとしても、裸は見られていないかもしれません。いえ、本当は近所で噂をされたいのかもしれません。
     露出のチャンスと思い、夜の予定はいれませんでした。早く帰って、露出に行くつもりでした。今夜の予定は、川原を全裸で歩くことでした。たまに釣りをしている人がいますが、釣り道具をそのままに、私を追いかけることはできません。この日のために小さな自転車も買いました。でも、あいにくの雨なのです。もっと遅い時間になったら、やむのかな。
     白のジャケット、きついジーンズ、お尻を矯正するストッキング、そして、パンティ。一度、パンツをさげたら、上げるのが大変なかっこうです。私は、後ろから男の人が歩いて来るのを確認して、狭い路地に曲がります。そして、ひとつ目のブロックの陰に入ります。通りから、ほんの数十歩といった距離です。そこで、私はきついジーンズとストッキングをいっきに下ろします。下ろすのもたいへんです。しゃがむと剥き出しのお尻はブロックの向こうに出ます。お尻と白く目立つジャケットだけが、ぽっかりと、飛び出しているのが通りから見えるはずです。一人目はサラリーマンふうの男の人でちょっと怖かったけど、やりました。オシッコをすれば、その音は通りまで届くはずです。でも、出ませんでした。出ないうちに足音は遠くなります。パンツを上げるのに時間がかかりましたが、、私はまた通りにもどりました。三人しましたが、オシッコも出ないし、見てくれた様子もありませんでした。四人目は学生ふうの若い男の子でした。若い男の子は怖いので止めようと思いました。サラリーマンなら厄介事を嫌うので、私がわめけば、まず、逃げてくれるのです。でも、若い子は、先のことを考えずに襲ってくるかもしれないからです。私はチラっと後ろを見て、やっぱり、やろうと決めました。まじめそうに見えたからです。パンツを下げて、必死にオシッコを出そうとしましたが、やはり出ませんでした。そのとき「今日は寒いですよね」と、声が聞こえました。いつのまにか男の子が私の隣に立っていたのです。足音を忍ばせて来たのだと思います。私は「変なことしたら大声だしますよ」と、言いました。でも、男の子は「寒いからボクもオシッコなんですよ、いいでしょう、隣でしたって……」と言い、ペニスを出しました。怖くなって私はあわててパンツを上げようとしたんですけど、きつくて、あわてると上げられません。かえって、男の子にアソコをよく見せるようなかっこうになってしまいました。男の子は「安心して、ボク、Mだから、証拠にビンタしてみて、お尻を叩いてもいいよ」と、言いました。私が「先にオシッコしてよ」と、言うと、男の子はすぐにオシッコを出しました。どうしてそんなことで安心できたのか分かりませんが、私は安心して、もう一度しゃがみ、そこでオシッコを出しました。男の子は興味深げにアソコを覗き込み「オナニーしてもいいですか」と、言います。オシッコのしずくは男の子の顔に跳ね返っていたはずです。私は「全裸になったらオシッコを飲ませてあげる」と言い、男の子を全裸にしました。もうオシッコは出ません。全裸になる間に私はパンツを上げ、彼を道路に寝かせたまま逃げてしまいました。酷い女だと思います。でも、絶対に安全だと思っても、やっぱり男は怖いのです。
     昨夜の衝撃で、今日は、朝からオナニーしてしまいました。そして、さすがに露出に出たいとい気持ちがなくなっています。私は別にサディストではありませんが、男の子の顔をまたぐようにして立ち、そして、顔に向かって立ちションをすることを想像して興奮しています。どうして、してあげなかったのかと後悔もしています。今夜、あの道に行ったら、あの男の子がそこにいるような気もするのですが、さすがに行く勇気はありません。やはり怖いからです。
     マイクロミニで○ックに入りました。ミニの上には腰までしかないある白のジャケットを着ています。見ようによってはエッチなかっこうです。禁煙席には若い男の子たちと、昼間だというのに女子高生らしい女の子のグループがいました。私は男の子たちのグループの前の席に座りました。ジャケットの前のファスナーを降ろしただけでジャケットは脱ぎませんでした。お店が少し寒かったので、その行為は不自然ではありません。そのまま、私はコーヒーの蓋もあけずにトイレに行きました。トイレでノーパンになるためです。椅子の高さは違いますが、たぶん、向かいの男の子たちからは、足を開けばアソコまではっきりと見えるはずです。私は、それも家の鏡で実験しています。どんなミニでも、深く腰かけてしまうと、奥は暗くなって見えません。そこで私は椅子に浅く座り、背を後ろにそらしました。その状態だと、本当に奥までよく見えるのです。そして、私は本に熱中しているふりをしながら、足を左右に開きました。最初は何も気がついていないようだったのですが、しばらくすると、一人の男の子がじっと私の股間を見るようになりました。気がついたのに違いありません。すぐに別の男の子に話をするかと思ったのですが、意外にそれはしませんでした。男の子は何もないかのように別の男の子と話をしています。別の男の子に話をするようなら怖いから、すぐに席を立つつもりだったのですが、その様子がないので、私は調子にのって、大胆にも、敏感なその部分を指で触ってしまいました。声が漏れそうなほど興奮しました。当然ですが、恥ずかしいほど濡れてしまっています。しばらく、そんなことをしていると、男の子の携帯が鳴り、電波が悪いのか外に行きました。私も席を立ち、そのまま帰りました。入り口で、私は男の子とすれ違います。男の子は私に何かを訴えかけるような目をしていました。私はその目に興奮させられていたのですが、あえて気がついていないかのような素振りで店を後にしました。
    露出のことを考えてノーパンにロングのフレアースカートで出かけました。めくり上げるだけで裸になれるけど、普通にしていれば怪しまれないスタイルなのです。上にはピンクでお尻がかろうじて隠れる長さのコート。このスタイルなら、スカートをめくってアソコを出しても、後ろからは普通の状態に見えるのです。私は後ろに男の人がいるのを確かめ、こっそり露出するのです。
     そんなことをしながら歩いていると、原色の赤や黄色のベンチがある可愛い公園を見つけました。ブランコが赤でした。私は黄色のベンチに腰かけました。深夜のことですから、公園に人はありません。昨夜までと比べれば寒さもやわらいでいたので、スカートを脱いでみようかなって思っていたんです。前を見ると、電話ボックスの灯りの向こうに、白いものがあります。人の形のようなのです。全身が白。白い服のはずがありません。私はオーバーに両手で口をふさぎました。驚いたふりなのです。驚いているのに動かない、それで相手は安心するのです。それでも近づいて来ない人もいます。でも、彼は様子を見ながら慎重に少し少し近くに来ました。自分が露出するときは弱気なのですが、相手が露出しているときは強気になれます。叫べば私が絶対に有利だと思うからです。私はけっこう計算高い痴女なのだと思います。彼は「見て、お願い、何もしないから見るだけ、お願い、ね」と、チンチンを手で触りながら言って来ました。私は、立ちあがり、少し彼との距離をあけました。飛びかかられても、道路に向かって走れば全裸の彼は追って来られないはずなのです。変な話しですが、相手が全裸のほうがこちらは安全なのです。普通と逆ですよね。そして私は「手で隠してたら見えないじゃない」と、言いました。実際、勃起してない彼のチンチンは手の中に隠れてよく見えませんでした。ところが、その言葉に興奮したのでしょうか、彼のチンチンはすぐに大きくなり、しかも、本当に大きいんです。普通サイズのペットボトルぐらいはあったと思います。思わず「気持ち悪いね、大き過ぎなんじゃない」と、言ってしまいました。彼は「もっと言ってください」と、言いながら右手で前後にゆっくりとチンチンを擦っていました。オナニーを見るのは大好きです。興奮している顔、身体、チンチン、すべてが私をドキドキさせてくれるものだからです。大きいチンチンも好きですが、小さいのに勃起して、必死に大きく見せようと頑張ってるチンチンもエッチで好きです。
     私は人が来ることを警戒して、彼をベンチの下に寝かせました。そして、私はベンチの上に乗り、そこにしゃがみました。もちろんスカートをひとつに束ね、それを両手で持ちました。ノーパンの私のアソコを彼は真下から見ているかっこうです。興奮しました。彼の顔にオシッコをかけたくなりました。でも、彼は、そうしたことを要求することなく、果ててしまいました。私はそれでも「楽しかった、ありがとう」と、おかしなことを言って、彼と別れました。私の背中に彼は「明日もこの時間に待ってます」と、言いましたが、当分、あの公園には近づかないつもりです。
     今日、まさに今の時点で今日のことです。いつもは昨日のことを今日と書いているのですが、今日は違います。
     私は、朝から露出の計画をたてていました。川原での露出です。ところが、雨になってしまいました。前回も川原で露出しようと決めた日に雨に降られました。雨は敵です。でも、もしかしたら、川原は危険と雨が教えてくれているのかもしれません。私は占いとか信じないタイプなのですが、川原での露出は止めることにしました。ホントは、あの暗い中で全裸になることは、ちょっと怖かったし……
     昨夜、お酒を飲んでいたら、酔っぱらって全裸になってしまう人の話になりました。私はそうした男の人の話は、聞いていました。でも、見たことはありませんでした。酔っぱらって、勃起していないペニスを見られるのは恥ずかしいだろうなって思っていました。でも、昨夜は、女の人で、酔っぱらうと全裸になるという話でした。話してくれたのは女の友だちで、彼女の会社にその女の人はいるのだそうです。その女の人は、居酒屋などで酔っぱらったときには、おっぱいを出してしまうそうです。会社の男の人がいても平気で出すのだそうです。ただ、男の人たちは見慣れているので、あまり関心をよせていないということでした。そして、カラオケボックスなどで酔っぱらったときには、パンティを脱いでスカートをめくるのだといいます。お尻やアソコのヘアーは見せてしまうそうです。もちろん、男の人にも見せるので、彼女たちは、自分の彼氏などと飲むときには、絶対にその女の人は誘わないと言っていました。さらに、部屋で女どうしで飲んだときには、全裸になって、足までひろげてアソコをみんなに見せるのだといいます。そのとき、私たちといっしょに飲んでいた男の人たちは、そんな女の裸は見たくもない、と、言っていましたが、私は見たいと思いました。三十二歳で独身だというその女の人は、美人のほうなのに、その酒癖のために結婚できないと言っているそうです。
     私は、女の人には露出癖があるのではないかと密かに思いました。いくら酔っぱらったからとはいえ、そうした趣味がなければ全裸になったりできないと思うからです。でも、そこまでは聞くことができませんでした。そんなことを聞いてしまったら、私が変に思われるからです。ただ、そんな面白い酒癖なら、楽しそうだから、ぜひ、紹介してと、言っておきました。男の人たちは、そのため、私をレズとからかいましたが、露出痴女とは思ってもいないことでしょう。
     その女の人と飲むことがあったら、そのときは報告します。
    小学生の高学年の頃だったと思います。私はベッドの中で、下半身だけ裸になることが好きでした。一人娘でしたから、子ども部屋には私しかいません。それでも、誰れかが突然部屋に入って来て、布団をめくってしまうかもしれない、そう妄想していたのです。
     特に好きだったのは、従兄弟が遊びに来る日にそれをしていることでした。いちばんよく来たのは親どうしが仲のよかった一つ年上の男の子でした。遊びに来たときには、まず、私の部屋に直接やって来ます。私が下半身裸のまま寝ていると「なんだ寝てるのか」と、がっかりしたように階下に降りて行きます。私はパンツを上げ、すぐに下に行きます。そうすると彼は「だました」と、怒るのです。そんなことをしていれば、いつか彼が「嘘寝だ」と、言って布団をめくるかもしれないと思ったのです。私はいつもうつ伏せで寝ていました。むき出しお尻を見せたかったからです。それから、女ともだちが遊びに来たときにも、よくやっていました。私は「遅いから少し寝てた」と、言います。下半身は裸でした。布団の中で、もそもそとパンツをはいて、何事もなかったかのように遊びました。誰れも私のそんな癖を見抜きませんでした。ただ一人、近所にいた同じ歳の女の子だけが、それを見抜きました。彼女は「あっ、いけないことしてたでしょう」と、言いながら布団をめくったのです。私は両手でむき出しのお尻を押さえました。彼女は「大丈夫、私もしてるから二人の秘密にしよ」と、言いました。彼女は私がオナニーしていたのだと勘違いしたようなのです。でも、彼女はアソコに毛がはえてるとか、ラビア(彼女はヒラヒラと言っていました) が長くなってしまったと言い、私にアソコを見せてくれました。私はまだ無毛でした。私も彼女に見てもらいました。そして、オナニーの方法を教えあいました。とってもエッチな思い出です。
     最近は男女共用のトイレが少なくなりました。喫茶店などでは、まだありますが、喫茶店のトイレでは露出はできません。
     私はドアを開けると店中のどの位置からも便器が見えるトイレのある喫茶店を知っています。そこのトイレをカギをかけ忘れて使うのは、今の私の夢です。
     でも、そこまではできないので、私はドーナツ屋さんで露出しています。
     そこに行くときには、わざとパンツにします。スカートより隠しにくいからなのです。しかも、そこのトイレは店の奥の少し細い通路の向こうにあるので、他の方には気がつかれないのです。ただし、誰れも来てくれないこともあれば、女の人が来てしまうこともあります。若い男の子だと何も見ずにすぐに閉めてしまったりもします。
     でも、今日は違いました。
     相手はヒップホップ系の若い男の子でした。ドアを開けると、彼の目の前には私の裸のお尻があります。私は洋式トイレの便座に足を乗せて身体を反転させているからです。本当なら顔が合うだけで、何も見られない構造のトイレなのに。
     私はドアが開けられた瞬間、後ろを見て、すぐに若い男の子だと分かりました。あわてたふりをして「すいません」と、あやまりました。カギをかけ忘れて「すいません」という意味をこめたつもりです。普通はここまでです。
     でも私はあわてたふりをし過ぎて、便座から少しだけ足を踏みはずしてしまったのです。もちろん、危険なことはありません。それなのに彼は私の裸のお尻を手で支え「だいじょうぶですか、危ないですよ」と、言ったのです。もう、彼の顔と私のお尻はほんの数センチのところにあります。
     私は「だいじょうぶですから、すいません」と、また、あやまりました。彼はじっと私のアソコを見ていたはずです。私が「だいじょうぶですから」と、言ってからも、彼はしばらくお尻を持っていたのですから。でも、それ以上のことはしませんでした。
     さすがの私でも、このまま犯されても文句は言えないだろうなって思っていました。
     何分ぐらいそうしていたでしょう。長い時間だったような気がします。私のアソコがものすごく濡れていくのを感じていたぐらいですから。彼は「彼女、お尻、綺麗だよね」と、言って、ドアを閉めてくれました。頭がクラクラしました。トイレを待つ彼には悪いけど、カギをかけて私はオナニーしてしまいました。多分、彼に見られていた時間よりも、はるかに短い時間でイッてしまったと思います。
     トイレを出た私は彼の顔を見ないように下を向いたまま小走りに店にもどり、そのまま帰りました。本当はそこに居続けたかったのですが、さすがにその勇気はありませんでした。
    私は変態の露出痴女です。そんな私ですから、オチンチンを見るのも大好きです。大きいオチンチンも好きですし、小さいオチンチンも好きです。セックスしなくていいオチンチンはみんな好きです。見ているだけでいいならオチンチンは本当に可愛いものだと思います。
     ところが、私の女友だちは、オチンチンは快感の小道具でしかないようでした。
     オチンチンを見るのは嫌いだという女の子がほとんど。恋人のものなら見るのも好きという女の子もいました。少なくとも他人のオチンチンにはまったく興味がないと言うのです。それがアイドルだったりすれば違うそうです。
     もちろん、私だって男性アイドルのオチンチンは見たい。でも、普通の男の人のオチンチンにも、オナニーにも興味があります。
     女の子たちはオチンチンの話しをはじめると、セックスの話しに変えてしまうのです。私はセックスには興味がなくて、オチンチンに興味があります。
     オチンチンは見たいもので触れたくないものです。でも、女の子たちは、セックスしないオチンチンには興味ないし、興味のある(つまり興味のある男の人の)オチンチンなら、見るのではなく、触ったり、挿入してもらったりしたい、と、言うのです。
     あまり数の大くない女友だちですが、その全員が似たようなことを言いました。今のところ、オチンチンを見たいと考えているのは私だけのようでした。ものすごく意外でした。
     私が「見たい」と、言うと、全員が「変わってるね」と、言いました。変わってるのかもしれません。変態ですから。
     男の人の露出は、オチンチンを見せることが目的のように思います。もちろん、違う人もいるのでしょうね。でも、女の私はアソコを見て欲しいと思うことはありません。アソコを見せている私を見てもらいたいって思うんです。私だけかもしれませんが。
     でも、怖いというのがあるので、大胆なことはできなくて、それで、トイレとかを使うんです。
     ですから、やはり私は深夜の野外を全裸で歩くのが、もっとも好きな露出なんです。たとえ寒くても、いえ、寒いほうが私は好き。
     スエットのパンツとベンチコート姿で深夜に出かけます。途中でスエットを脱いで、ベンチコートに入れてしまいます。パンツが入るポケットがあるところが、ベンチコートのすごいところです。
     これでコート以外には何もつけていない状態になります。
     裏通りに面して大きな駐車場があります。表から車を入れ、表にしか出ることのできない駐車場です。ですから、裏通りには人は出て来ません。
     私はファスナーをおろします。駐車場にも通りにも人のいる気配はありません。
     私はコートを脱ぎます。そして、停めてある自転車のカゴの中にコートを詰め込みます。知らない人の自転車を勝手に使っているのですから、そのままコートがなくなる可能性もあります。そうしたら私はどうすればいいのでしょう。そんなことを心配しながら、私は裏通りを歩きはじめます。
     駐車場には柵があります。その柵にお尻をつけます。
    「向こう側からチンチンを入れてください」と、心の中で叫びます。セックスは嫌いですが、そうして犯してもらえるなら私は嬉しい。女ではなく穴として利用されたいのかもしれません。
     そんな女が深夜にいたら、見た人は怖くて近づいて来ないでしょうね。私はしばらく柵にお尻をつけた後、あわててコートを取りにもどります。緊張の瞬間です。
     コートをはおり、スエットパンツをはいて家に帰ります。露出は何度もしません。一度してしまえば、それで十分なほど私は興奮しているからです。家にもどって最初にするのはスエットの股間の部分に触れることです。
     股間の部分はびっしょりになっているのです。セックスではこんなには濡れません。もし、濡れる感覚が分かれば、私も男の人のように射精の感覚が分かるのかもしれませんが、女にはそれはありません。その代わりがオシッコなのかもしれません。
     寒いというのもあるのでしょうが、私はお風呂に入りオシッコとオナニーを同時にして、何度もイってしまいます。
     やっぱり全裸になるのが好きみたいです。
    さすがの私でも、この雪の中で裸になることはできません。
     たまには普通のことを書きます。私がどうしてブログをしたいと思ったのかです。もちろん、私には告白癖があるのだと思います。何しろ、いちばん親しい友だちにさえ打ち明けることのできない秘密を持っているわけですから。
     でも、それだけではないんです。私はエッチな本も大好きで、たくさん読んでいます。エッチな本のブログも考えたのですが、エッチな本は捨ててしまわなければならないので、記憶だけで語るのは難しいかなって思って止めました。
     女の人の書いたエッチな本もたくさん読みました。私と同じ変態やM女という方もいました。でも、みんな明るいんです。これは想像ですが、男の編集者の方が「こんなジメジメと暗いものは誰れも読みたいと思わない」と、そんなことを言って明るくしてしまっているのではないかと思うのです。
     女なのにセックスが好き、それだけで、もう、かなりヘビーです。女なのにチンチンが好き、ここまでくると暗いです。女で変態、もう、病気なんです。
     明るく元気に男を喰う、みたいなエッチは少し変態ぽいだけの女の子の中にさえ、実はないものだと私は思うのです。
     もっとも、これは男の人の場合もそうですよね。性は暗いものだと思っている人は多いのではないでしょうか。そして、暗い性だから興奮できると思っていないでしょうか。
     ですから、私は自分の中の暗い性の話しを書きたくなったんです。明るく元気に楽しくセックスをエンジョイできる人たちに、嫌悪されるぐらい暗いものを書きたかったんです。だって、私は痴女で変態なのですから。
     中学三年のときに、ひとつ下の男の子のオナニーを見てあげていました。その頃から、私はオナニーを見るのが平気でした。裸を見せることばかり考えていたので、裸を見るというのも平気だったのかもしれません。痴漢のオナニーも見せられていました。
     彼はMでしたから、私にいろいろと要求してきました。でも、さすがに、何もできませんでした。もし、彼の要求をひとつでも聞きいれてしまったら、セックスまでいかなければならないと思ったからです。見るのは平気でしたが、気持ち悪いので触りたくはなかったのです。
     彼は家ではもちろん、たとえば、教室や部室でオナニーを私に見てもらうときでも全裸になりました。筋肉質の大きな身体に小さなペニス。痴漢に見せられたモノよりも、やわらかそうで、心細い感じのペニス。それが私には気持ち悪かったのです。色が白過ぎるのも不気味でした。
     でも、全裸になって必死にそれを擦る姿は可愛いと思いました。
     本当は私もいっしょに全裸になりたかったし、彼にアソコを見せてあげたかったのです。
     彼は高校から他県に引っ越しましたが、その前に、私に迫って来ました。小さなペニスを勃起させて、それを私に押しつけ、お願いだから入れさせて、と、言って来たのです。スカートをめくられ、少しですがパンティも下げられました。
     私は必死で逃げ、それ以後、彼とは会いませんでした。その間に彼は引っ越してしまったのです。
     今から思えば、ペニスは嫌いでしたが、タイプとしては好きなタイプの男の子だったので、どうして、あんなにも拒む必要があったのか分かりません。
     まだ、私が処女だったからかもしれませんね。
    おかしなトイレを見つけました。
     パブのトイレです。一応、個室なのですが、個室が大きくて、ドアを開けると和式のトイレがあって、その奥に男性用の朝顔があるのです。そして、朝顔の後ろに手洗い用の洗面があります。和式は一応、囲まれているのですが、ドアらしきものはありません。たぶん、もともとは、振り分けのトイレだったのでしょう。
     朝顔との間に仕切りはあるのですが、もちろん、ドアをあければ、奥に男性がいるかどうかは分かります。だからなのでしょうか、男性はドアにカギをしない人が多いようなのです。
     ですから、女性はドアを開け、奥に男性の背中が見えたら、そのままドアの外で待つことになります。私も一度目はそうしました。
     二度目は、気の弱そうなおじさん、いえ、もはや初老の男性が入った直後に、あえてトイレに立ちました。話しに熱中していた私の友だちは、当然、そんなことには気がつかなかったはずです。
     ドアにはカギはかけられていませんでした。中年過ぎの男性は圧倒的にカギをしないようなのです。それは、他の似たようなトイレでも経験していますから、よく知っていました。
     私は、ドアをソッとあけると、カギをして、ドアのない個室に飛び込みました。パンツルックでしたから、お尻もアソコも丸見えになるはずです。鏡で化粧を確認しているふりもしました。朝顔にも水洗はついているのに音はしません。彼は、私が入ったのに気がついて、ソッと覗くことにしたようです。
     心臓がバクバクとして、膝が震えました。深夜の街を全裸で歩く以上の恐怖があったように思います。
     そのままにしていては、怪しまれると思い、必死にオシッコを出そうとしました。チャンスを待つ間、ガマンしていたので、膀胱はパンパンです。でも、出ません。鏡で彼の顔をとらえることができました。
     彼は、床にしゃがむようにして、私のアソコを下から覗いていました。そんなにもアソコが見たいのだと思うと、興奮してきました。
     でも、オシッコは出ません。無理に出そうとするとオナラが出てしまいそうなのです。オシッコもアソコもお尻の穴まで見せようとしているのに、オナラの音を聞かれると思うと、急に恥ずかしくなりました。
     目を閉じ、何も考えないようにして、ようやくオシッコが出ました。激しい音がします。恥ずかしいほど勢いがよく、そして、長いオシッコでした。本当はそれを見つめる彼の顔を見たかったのですが、目を閉じたままでオシッコを終えてしまいました。よかったと安心した瞬間、私は、イヤな予感がして、思わず後ろを向いてしまったのです。そのままオシッコを見たら、ソッと出て行ってくれると思った私の考えが甘いのでした。
    「ごめんごめん、おじさん、先に入ってたんだよ」と、言うのですが、ペニスを出したままなのです。ズボンをおろしていたのです。私は「すいません、気がつかなくて、すぐに出ますから」と、言いました。いつも思うことですが、そうしたときの会話って、後から考えると意味不明なんですよね。
    「いいよいいよ、おかしな作りだもんね、ここのトイレ、おかげで、おじさんも若い女の子のお尻見せてもらえちゃった」と、言ったあと「ウンチもするの」と、聞かれました。そして「おじさん、小便してたらウンチしたくなって、そしたらお嬢ちゃんが入ってたんで、ウンチじゃないなら、おじさん、使っていいかなあ」と、言うのです。
     私は、トイレットペーパーでアソコを拭き、ペニスを見ながら、パンツを上げました。彼との距離はほんの少しです。トイレを出ようとすれば、ペニスに身体が触れるほどの狭いところを通り、私はドアを開けました。中からカチャと、カギをかける音がしました。それだけなのです。触られることも、触らされることもありませんでした。もっとも、彼にしても、本当に私が知らずに入っていたとしたら、と、思ったら変なことはできないのでしょう。
     私は、それから、しばらく友だちと話しながらお酒を飲みました。幸い、おじさんとは目が合わない席でしたが、おじさんも、何事もなかったかのように、お酒を飲みつづけていたようです。
     オシャレなパブなので、女一人では入り難いので、もう一度、同じことができるとは思えません。でも、私は、友だちに「あのお店いいよね」と、執拗に言いました。あの興奮をもう一度味わいたかったからです。
    私が、たった一人、心を許している女ともだちは、プロの女王様です。
    その彼女も、今日、私の薦めでブログをはじめました。
    私が、ブログのことよく分かってないのに、その私に教えられて、
    彼女はブログをはじめるのですから、大変だと思います。
    彼女は写真も入れたいらしいのですが、私には、写真を入れた経験がなく、
    どうなることか。
    でも、よかったら、遊びに行ってあげてください。
     写真掲載に成功しました。写メなのに、意外にきれいに出たので、驚きました。
     でも、私のブログは、やっぱり読んでもらうブログですから、写真は、あくまで、私の文章力のなさを補うものだと思ってください。写真ブログにしてしまうと、それに甘えて、どんどん書かなくなってしまうと思うんです。そうすると、ブログをはじめた意味がなくなってしまいます。私は、女だって、ねっから暗い性癖に悩んだり、うじうじ、ぐすぐすと、性の快楽をひとりで追求したりしているんだって、主張したかったんです。だって、女はみんな男としか性を楽しめなかったり、男のためにアブノーマルしたりしているって思われるのが悔しかったんです。
     深夜になると、フラフラと危険なのを覚悟で露出しに歩いてしまう、こんな女だっているんだって、訴えたかったんです。ですから、明日からは、また、何か書きます。長くて読むのが大変と言われても、無視して書いていくつもりです。
    このブログをはじめた頃には、深夜の街で、ほんの一瞬だけ全裸になった、それだけで、狂ったようにオナニーできました。
     ところが、一度、知らない人に見られ、軽蔑の眼差しを向けられたり、好奇の眼で見られたりしたら、もう、ただ、全裸になるだけでは満足できなくなってしまいました。
     昼間から、見られたい、見られたい、と考えるようになりました。この金網の向こうなら全裸になれる、もし、追いかけようと思われたとしても、金網を昇る間に逃げられるとか。この道でオシッコしていれば、もし、襲われても、大声で助けを求められる、私はオシッコがガマンできなかったと主張できる、と、そんなことばかり考えています。
     喫茶店のトイレでパンティを脱いで出て来るだけでも興奮していたのに。最近は、アソコを見てもらわなければ興奮しなくなりました。
     このブログをはじめる前は、知り合いの男の人や女の人に理由をつけて見てもらっていました。それも興奮したのです。でも、まったく知らない人の眼を一度見てしまったら、知り合いではつまらなくなってしまったのです。
     知らない人たちは、行動もいろいろでした。自分も裸になってしまう人、オシッコをかけてと言う人、覗き込む人、そして、もちろん、あわてたり、軽蔑したりする人、申し訳ないんですけど、親切に注意してくれる人もあります。みな、私を興奮させてしまうのです。
     そういえば、最初の頃は、文章も自分のメモリアルでした。でも、最近は、そのときの私の興奮や恐怖を伝えたくて仕方ありません。
     結論から言うと、私はすべての欲求が過剰なのではないかと思うのです。エスカレートするものが好きで、エスカレートしないものが嫌いなのかもしれません。レナさんは私を「M女なのだから、レズSMしにおいでよ」と、言ってくれます。レズもSMも違うと思うのです。でも、レナさんにアソコを見てもらうために遊びに行こうと思っています。何しろ、ものすごく近くに住んでいたらしいので……
    レナさんのブログに私のところから行った人が、
    実は、レナさんと会ったことがあるなんて、
    変態世界が狭いのか、
    あるいは、ものすごい偶然なのか、とにかく、ドキドキしました。
    でも、
    誰れだったのでしょう。
    あっ、レナさんのブログに行けば分かるのかな。
     中学二年生の夏休み。私は居間で勉強していました。いつもなら二階の自分の部屋で勉強するのですが、その日はなぜか居間でしていたのです。
     家族はいませんでした。
     すると、どこからともなく話し声が聞こえてきたのです。大きくない家でしたから、隣の家とはくっついているといっていいほどの、すき間しかありません。ですから、隣の玄関で話す声は、よく聞こえたのです。
     セールスマンが来ているようでした。私はその声に反応して、服を脱ぎました。そして、玄関脇の窓を少し開け、すぐにシャワーを使いました。濡れた身体のまま玄関のカギを開け、準備は完了です。居間の奥にある鏡には玄関脇の窓が写っています。
     私は玄関に背を向け、タオルを頭からかぶり、じっと鏡を見ながら、聞き耳をたてていました。隣の家を後にする音。それから時間をおかずに、窓にチラッと男の人の影が写りました。そのときの心臓の高鳴りは今でもはっきり記憶しています。
     頭は覆っていますが、お尻は隠されていません。
     鏡の中の男の人は、じっとこちらを見ています。動く気配がないのです。私は動かないと怪しまれると思い、そのまま前屈しました。頭にタオルをかけたまま足を拭こうとしているふりなのです。
     アソコが見える、と、そう思ったら、興奮で喉がカラカラになりました。
     そのときチャイムが鳴りました。チャイムは窓から顔を覗かせたままでも鳴らせるところにあります。鏡を見ると、まだ、男の人の影はそこにあります。ただ、鏡が遠くにあるのと、窓を少ししか開けていなかったために、本当に男の人が窓から覗いているのか、ただ、そこに立っているだけなのかは、分かりませんでした。
    「はい」と、声を出し、私はあわてて服を探しました。服は居間です。カチャと、ドアが開き、男の人が顔を覗かせました。
     私は振り返り「キャッ」と、小さく叫んでおっぱいをタオルで隠しました。すでにヘアーで覆われたアソコは丸見えです。この、隠し方は一人で何度も練習した隠し方なのです。あわててアソコも隠したつもりが見えてしまっているという、そんなつもりなんです。
    「あのう、○○牛乳なんですけどね、今日は試供品で、これ、置いて行くので、よかったら注文してくれるかなあ」
     彼は玄関脇にあった棚に瓶を二本置き「手洗い貸してくれるかなあ」と言いました。
     私はレイプされるのだと思いました。恐怖で動けません。でも、自分が仕掛けたのだから仕方ない、そんなことを思いました。
    「あのう、そこで」
     トイレは玄関を入ってすぐ左にあります。彼は「トイレですか」と、言いながら靴を脱ぎ、あがりこんで来ました。これで処女ではなくなるんだと思い、覚悟のようなものができました。でも、叫べば、隣のおばさんはいたのだから、そんなことも考えました。
     彼はトイレのドアを開けたまま水を流しました。変態なんだと私は思いました。トイレのドアを閉めずにオシッコしているところを見せるつもりかもしれない。ウンチをして、その臭いを嗅がせるのかもしれない。いえ、私をトイレに誘いオシッコを飲ませるのかもしれない。そんな妄想をしました。犯されるよりは、素敵なことでした。
     ところが、彼はトイレで手を洗いながら「あっ」と、言い。
    「ごめんごめん、手洗いだと思った。手、洗わせてって、言ったんだよ。ほら、外に洗面があったから、今日は暑いから」
     その間、私は下半身を彼の前に晒したままです。彼は「これ、サービスでもうワンセット置いて行くよ。おじさんに、いいもの見せてくれたから、お礼、お母さん帰って来たらよろしく言ってね」と、言って、出て行きました。
     私が安心してタオルを落とすと、窓が外から開けられました。彼が顔を覗かせて「ここから見られちゃうよ。危ないよ」と、言って、ピシッと窓を閉めました。
     私はあわてて窓と玄関のカギをかけ、そして、狂ったようにオナニーしました。その後、数カ月、いえ、今でも、ときどき、そのときのことを思い出してはオナニーしています。まだ冬だというのに、眩しい日差しのせいでしょうか、今日もそのときのことを思い出してしまいました。
    ブログではないのですが、掲示板やメールでは、
    騙されまくりでした。
    男の人だけでなく、怖いのは女の人も同じでした。
    暗い話しになりますが、いつか、ゆっくり書きたいと思っていました。
    でも、エッチな話しにならないので、遠慮していたんです。
    ですから麗奈さんとも、メールでは長いけど、会うのは、ちょっと、と、
    正直、思っていたのです。
    でも、偶然、麗奈さんと会ったことのある人もいて、
    それに、自宅に誘うという人も珍しいので、たぶん、だいじょうぶと思いました。
    本当はメールだけでなく、会って話せる女ともだちが欲しかったんです。
    やはり、女どうしって安心できるんです。
    普通の女の子には相談できる話しでもないですしね。
    それに私は知らなかったんですけど、麗奈さんは、有名な女王様みたいなんです。
    そんな人に会えるって、ちょっと素敵ですよね。
    これも、みぃさんのおかげかもしれませんね。
     全裸になりたい、ものすごい興奮する何かをしたい、そんなことを考えながら深夜の街を徘徊していました。だいぶ暖かくなりましたが、それでも、短いダウンだけでは、アソコに寒さが厳しいんです。
     公園を見つけてはベンチに座ったり、携帯メールをチェックするふりをしたりして、中でブラブラします。
     私の経験なのですが、女が一人で三日、深夜の街を徘徊すれば、最低でも一人は痴漢と遭遇できます。実は、露出している痴漢の人って、それぐらい多いものらしいです。
     でも、私には、痴漢に遭いたい日と、アソコやトイレ姿を、おもいっきり見てもらいたい日と、そして、ただ、全裸になりたい日があるみたいなんです。
     全裸になりたい日には、痴漢がいても無視です。何故か、オチンチンが好きな私でも、その日は見もしません。不思議ですよね。
     そして、全裸になりたい場所もいろいろです。
     昨夜は、コンビニの前か、公園に酔っ払いがいれば、その人の隣、と思っていました。
     公園には酔っ払いも痴漢も来ませんでした。他の公園も見たのですが、やはりいません。普通の人はいるのです。でも、そこで全裸になる勇気はないので、止めました。
     以前から、決めていたコンビニに向かいました。
     大きな団地があり、その団地の入り口に植え込みがあります。私は紙袋をその植え込みに隠しました。コートが入っています。
     そして、空の紙袋を持って舗装されていない駐車場に向かいました。奥には廃材のようなものが置いてあります。その駐車場と団地の間にコンビニはあるのです。走ればすぐに着く距離です。たまに車は通るものの人はめったに通りません。
     私はダウンのファスナーを開けました。持っている空の紙袋にそれを入れればいいのです。そこなら、車や人が通っても、まず、見つかる心配はありません。奥のトラックが深夜に動くとも思えません。
     私はダウンを肩からはずしました。もっともドキドキする瞬間です。でも、そのときには、コンビニの灯りしか見えません。中の店員がどこにいるのか、お客さんはいるのか、そこまでは分かりません。
     もし、お店の前で見つかれば、たぶん、逃げきれません。全裸で嘘の言い訳をするしかありません。それとも、痴女だと告白したほうがいいのでしょうか。
    「痴女なんです。何でもするから許してください」と、言ったら、犯されてしまうのでしょうか。それとも、もっと酷いことをされるのでしょうか。まじめに叱られるのでしょうか。何があっても、耐えられそうにありません。
     そんな妄想に思いをめぐらし、私は紙袋にダウンを詰め、通りを伺います。自転車が通りました。おじさんです。コンビニに止まるかと思ったのですが、行ってしまいました。
     私は小走りに駐車場を出て、そのままコンビニに向かって走りました。いやらしいほど、おっぱいが揺れています。アソコのヘアーが風で揺れているのも感じます。全身が敏感になっているのだと思います。
     コンビニの前をそのまま走り抜けました。その一瞬、中を見ました。雑誌のコーナーに若い男の子がいました。レジに店員の姿はありませんでした。そのまま団地に向かうと、雑誌コーナーのガラスの前を通ることになります。私は仕方なく、そのまま走りました。
     男の子は雑誌に目をおとしているのでしょう。私には気がついていないようです。
    「見て、こんなところを全裸で走る変態女なのよ。今なら、何でもします。見たいところは、全部見せます。どんな恥ずかしい格好もします」
     と、心の中で叫びながら、団地の植え込みに入りました。紙袋からコートを出して、それを着ます。まるで、はじめて洋服を自分で着る子どものように、ぎこちなく袖に腕を通します。あせれば、あせるほど着るのが難しくなるんです。
     コートを着て、私はコンビニに向かいました。男の子は、まだ、雑誌を見ていました。レジには店員がいましたが、後ろを向いていました。私はゆっくりとコンビニの前を通りました。もう、見られても平気なはずなのに、それでも、ドキドキしていました。コンビニから出て来て「今、裸で通りましたよねえ」と、言われるのではないかと思うのです。
     もちろん、そんなことはなく、私は無事にダウンを取り戻して、少し離れたところに置いてある車にもどることができました。車の中で、オナニーしました。たった今のドキドキを忘れないうちにしたかったのです。三十分ぐらい車の中でオナニーしていました。
     私には二つ下の妹がいます。子どもの頃は身体が弱く、大きくなってからは勉強ができず、途中、たいへんにグレて、今は、結婚して幸せに暮らしています。
     妹はつねに家族を悩ませてきました。結婚でさえ、父の猛反対をおしきったもので、怒る父、泣く母、ふてくされる妹と、まるでドラマのようでした。私はというと、それを他人ごとのように眺めていました。
     一方、私のほうは東京の大学に行くときも、東京で就職するときも、両親は反対しませんでした。信頼されているからです。妹と正反対なのです。
     どうして、そんなことを書いたかというと、ある日のことを思い出したからです。
     その日は、妹が高熱を出して、夜だというのに、十歳の私を置いて、両親は病院に行きました。そうしたことは決して珍しいことではありません。私は、いつものように留守番していました。私には深夜に思えたのですが、今から思えば、九時ぐらいだったようにも思えます。
     私は一人で全裸になりました。すでに、アソコを見せることや、全裸になることに興味があり、オナニーのようなこともしていました。
     その日は何故か、テレビの解説者の人たちが、画面に向かって並んで座っていたのです。女の人もいました。私は音声を消して、その人たちの前で足を左右に広げました。さらに、お尻にペンを差したりしました。まだ、アソコよりお尻に物を挿れることに興味があった時期なのでした。
     テレビの中の人たちが、私のアソコを見て「子どものくせに、汚い性器ですね」とか「そんな恥ずかしいことが、よく平気でできますね」などと言っているように妄想して楽しんでいました。
     ところが、その瞬間、私は、実はテレビの向こうの人には、私が見えているのではないかという錯覚に囚われました。電波でこちらに写すことができるなら、同じ電波で向こうも見ることができるのでは、と、思ったのです。
     私は怖くなりました。私のしていることが両親に知られてしまう。そもそもテレビは子どもを監視するための道具なのかもしれないとも思いました。私が一人で何をしているかを監視するためにテレビはあるのだと思ったのです。
     そのとき、ちょうど、皆が、イヤな顔をしたのです。そして、困惑の表情に変わったのです。私のあまりの変態ぶりに困惑しているのだと私は思いました。いつもの妄想ごっこではなくホンキでした。
     テレビを消さなければ、そう思ったのですが、消すことができません。理由は二つでした。ひとつは、もちろん、見られているということが快感になっていたからです。でも、もうひとつは、テレビを消すと、突然、怖くなることを知っていたからです。泣きながら私はテレビの前で正座しました。全裸のままです。擦れ合うアソコが気持ちよくて、全身がしびれるような不思議な感覚になりました。
     それまでのオナニーと違う感覚でした。たぶん、はじめてのエクスタシーだったのだと思います。
     電話が鳴りました。いよいよ、テレビ局から電話がきた、叱られる、と、私は緊張しました。電話は母で、自分は残るけど、父が家に帰ったから、もう少しガマンして待っていてくれと言いました。
     私はきちんと答えました。まだ、母はテレビ局から何も言われてないんだと安心し、せめてバレるまで良い子でいようと思ったのです。
     その後、私は今でも良い子を演じています。
     あのとき、テレビ局の人がちゃんと両親に報告してくれていたら、私はこんな露出痴女にならなかったかもしれません。
     それにしても、どうして、こんな話しを思い出したのでしょう。そのほうが不思議です。妹に電話すると、彼女は元気でした。17歳の奥さんは、18歳の母になり、今でも、元気に子育てをしているようでした。あのころの病弱はどこにもありません。良い子を演じる私だけが、あのころのままなのでした。
    近所のよく行く飲み屋さんで、お酒を飲んでいました。そこのトイレは小さい店にもかかわらず、男女別ですから、私には、良いことはありません。でも、親しい人たちもいるので、しばしば、そこで飲んでいます。
     少し退屈して飲んでいました。
     隣の席には見慣れたカップルの姿がありました。何とはなしに二人の会話が聞こえてきます。ところどころで、はっきりしません。ただ、彼が銭湯をやっているということは分かりました。
     そういえば、以前に、このお店に銭湯の経営者が飲みに来るという話を聞いたことがありました。そのときには、聞き流していました。銭湯というだけで、おじいさんを想像してしまっていたからです。
     彼は三十代後半ぐらいに見えました。今ふうな男の子というよりは、明らかにおじさんでした。
     でも、いっしょの彼女はショートヘアーでスリム、どちらかといえばボーイッシュな今ふうの雰囲気でした。
     お店での話が本当なら、彼の経営する銭湯は、私の家とは駅をはさんで反対側にあります。車を使えば洗面器を持っても行けます。
     私はそう思った瞬間から、ドキドキしはじめました。いっしょにいた人の話は耳に入りません。
     彼女の身体をじっくりと観察してしまいました。おっぱいは私のほうが大きいかもしれない、お尻も私のほうが大きい、でも、足は細くて綺麗そう、と、そんなことを考えていました。
     彼の銭湯に行けば、彼は私の裸を見ることになるかもしれない、そのときには、今、目の前にいる彼女の裸と比べるのでしょうか。いえ、きっと比べてしまうのでしょう。銭湯なのですから、アソコのヘアーも、もっと恥ずかしい部分も見られちゃうかもしれません。
     そして、彼女と比べられるのです。別に彼女にライバル意識を持っているわけではありません。いえ、たぶん、私は彼が私と彼女を比べて、自分の彼女のほうが魅力的だと思い、彼女とのセックスのときに興奮してくれればいい、と、そんなことを思っているのです。
     もちろん、彼が番台に座っているとはかぎりません。たとえ番台に座っていても、女湯を見ることのできる構造になっていないかもしれません。それでも、私は行ってみたいと思います。
     もしかしたら、彼に裸を見せることができるのですから。
     彼は、まったく私の好みではありません。でも、この状況は私の大好きな状況なのです。
     彼は、全裸の私を見て「たまに、お会いしてますよねえ」と、言うかもしれません。もし、彼が私を覚えてなくても、次にお店で会ったときに「あれ、この前、銭湯に来た女の人だ」って思うかもしれません。
     全裸を見られたことのある他人の前に立たされるなんて、なんてエッチなのでしょう。
     今日にも行きたい、明日にも行きたい、なのに、どうしてなんでしょう。こんなときにかぎって忙しいのです。仕事を持ち帰って、とても行けそうにありません。もし、行けたら報告します。
     三ヶ月に一度ぐらいでしょうか。本当に忙しくなることがあります。男の人たちは会社に泊まり込み、朝などは、だらしなくソファーに寝ていたりします。私より年下の女の子の一人も、会社に泊まることがあります。やはりソファーで寝てしまうのです。
     一度だけですが、私は彼女がミニスカートのままソファーで寝ているのを見たことがあります。ブルーのパンティがちらっと毛布から見えていました。
     私は車を使っていますし、家もそう遠くないので、どんなに忙しいときでも家にもどります。そして、家でも仕事をしたりします。
     でも、私も疲れて会社で寝るふりをして、スカートの中を見られたいと思っています。あまりに疲れたのでパンツの前ホックをはずして寝てしまっているとか。そんな妄想を持ったこともあります。
     私にはできません。アソコを見られたい私は寝顔を見られるのは絶対に許せません。オシッコしているところは見られたいのに、だらしない格好の自分は見られたくないんです。自分でも矛盾していると思うのですが、そうなのです。
     会社でも、友だちでも、家族でも、私はスキを見せたくないのです。もし、会社の人たちに、実は私が露出変態痴女だと分かってしまったら、と、考える甘美な妄想になります。でも、会社で仕事の出来ない女だと分かってしまったら、と、そう考える死にたいほど辛くなります。
     変態と思われても、仕事でダメ女だとは思われたくないんです。普通は仕事でミスしても、気にしないみたいです。痴女だと知られるほうが、よっぽど嫌なことみたいです。
     当然ですよね。
     化粧していれば、ウンチをしている姿を見られてもいい。恥ずかしいけど甘美なんです。でも、顔も洗ってない寝起きのままで会社にいる姿は絶対に見られたくありません。
     会社で平気で寝てしまう彼女とお酒を飲みました。彼女は性的にはまったくノーマルで、明るいところでアソコを見られるのは、たとえ恋人でも嫌だと言っていました。私が他人ごとのように、排泄を見たい性趣味のことを聞くと、もし恋人にそうした趣味があると分かったら次の瞬間に別れるとまで言うのです。
     会社でだらしなく寝てパンティは見せても、恋人にアソコ(アソコというよりは、いっしょに見えてしまうお尻の穴のことを気にしていました)も見せられない。
     私は他人にオシッコまで見せられるのに、会社の人に寝顔さえ見せられない。
     私と彼女の差異。不思議ですよね。
    ようやく今日、それも、たった今、銭湯に行けました。すでに十一時を回り、銭湯には私以外二人しかお客さんがいません。二人とも、おばあさんと言っていい年齢でした。
     番台には彼の姿はありませんでした。私は目的は達せなかったけど、疲れたときには、銭湯っていいんだって発見しました。身体も髪も家で洗うことにして、ひたすらゆったりと湯につかりました。小さなカゴに入れてシャンプーも持って来たのに、石鹸さえ使いませんでした。
     長湯していると、いつの間にか誰れもいません。少し暗くなって、番台にいたおばさんさえ、いなくなっていました。ちょっと夢のような不思議な気分です。
     少しフラフラしながら脱衣場に行くと、中庭に面した縁側にモップをかける男の人がいました。こちらに気がついている様子はありません。以前、飲み屋さんに彼女と来ていた男の人でした。
     三十歳後半ぐらいの男が堂々と女湯にいるのです。銭湯って、何て不思議なところなのでしょう。しかも、番台ではなく、中にいるのです。このまま出て行けば、私は彼の前に全てを晒すことになります。いえ、全てを晒してもいいんです。
     私は音をたてずにガラス戸を開け、彼の反対側から、自分のロッカーに向かいました。ハンドタオルさえ使わず、全裸のままです。床が濡れました。
    「すいません、ここ、濡れてますよ」と、声をかけたい気持ちを抑え、私はロッカーのカギを開けようとしました。そのとき、彼がこちらを見ているのが鏡ごしに分かりました。もちろん、お客の帰るのを確認したかっただけなのでしょう。でも、私には、銭湯には少し若過ぎる女のお客の裸に興味をもった彼が、こちらを見ているように思えました。
     彼からはお尻が見えるはずです。腰のくびれも見えるのでしょう。彼女と比較しているのでしょうか。少し屈めば、アソコも見せられます。
     私はバスタオルを手に、フラフラと彼のほうに向かって歩いてしまいました。自分でも、なんでそんな大胆なことができたのか分かりません。彼との距離はほんの少し。いつもの街角や公園よりも明るい場所です。何もかもが見えてしまいます。
     彼は近づく私を無視するように下を向いたままモップをかけていました。私は「すごい、大きい」と、池の鯉を見て言いました。その言葉に反応して、彼は「高い鯉なんですよ」と、言いながら私のほうを見ました。ちょうど髪にタオルをのせていましたから、おっぱいもヘアーもまる見えです。私は「そうでしょうね」と、言いながら池を覗きこみました。
    「お近くなんですか」
     と、彼が言うので「ええ、銭湯ってはじめてなんですけど、いいものですね」と、答えました。全裸のままこんな話のできる女があるものなのでしょうか。
     彼は「広いからね。それに、ジェットバスも気持ちよかったでしょ」と、言いました。わりと平気で私の全裸を見ています。何故か私も、どこも隠すことなく身体を拭きました。そして「気持ちいいから、また、来ますね」と、笑って言ったときには、少し足を広げていました。彼にはラビアが見えたはずです。立ったままラビアが見えるなんて、エッチなアソコだと思ったかもしれません。彼女のアソコは子どものようで、垂れ下がるものなんてないのかもしれません。
     それを考えると、急に恥ずかしくなりました。
     彼が私と飲み屋さんで会っていることに気がついたかどうかは分かりません。でも、また、行くつもりです。銭湯にも飲み屋さんにも。
     鏡に自分の裸を写してオナニーしました。銭湯で彼がいた位置に鏡を置き、彼の目に私のアソコがどう写っていたのかを確認してはオナニーしてしまうのです。
     最初に彼が見ていたのはお尻だけです。お尻の穴は見えなかったはずです。前屈みになって写しましたが、それでも見えません。足を広げて膝を曲げて前屈みになれば見えるのですが、そんな格好はしていません。いえ、そんな不自然な格好を銭湯ですることはできそうにありません。
     正面から写し、昨夜と同じぐらい足を開いて立って見ました。私のヘアーは薄いので、割れ目の上が見えています。上から見ているのですが、ラビアが垂れているのも見えました。それは彼もきっと見たはずです。
     本当は今夜も行きたかったのです。それどころか、アソコのヘアーを全て剃って行こうとか、小銭をたくさん持って行って彼の前で落として、それを拾うふりで、お尻の穴まで見せてしまおうと考えたりしていました。
     彼が私と出会う飲み屋さんで、私のアソコのことを話している姿も想像し、それでもオナニーしてしまいます。
    「あの、たまに聞てる女の人ね、この前、うちの銭湯に来てね。全裸のまま平気で話してるんだよ。あれ、もしかしたら変態だよ」なんて言っているかもしれません。
    「ああ、毛が薄くてね、アソコは綺麗じゃないよ、ラビアなんか垂れてるからね。オナニーのし過ぎなんじゃないかな、色もけっこう黒いほうだったしね。やっぱり変態なんじゃないかな」
     そんなことを言って欲しいのかもしれません。そして、そんな変態なら、今度、店に来たときに、酔わせて脱がしてしまおう、そんな相談をしてほしいのです。
     そして、私は男の人も女の人もいる店の中で全裸にされ、みんなのテーブルをまわって、アソコを見せ、その都度、お酒を飲まされ、ついには歩けなくなったところで、アソコにボトルを挿入されてしまうんです。みんなは、その様子を見て、なんて恥ずかしい女なんだ、あんな女とだけはセックスしたくない、そんなことを思うのです。
     女の人たちは、自分の彼や、憧れている男の人にアソコまで見せた女として、おもしろくなく思うのです。ですから、私が全裸のままトイレに行くと、いっしょにトイレに入って、お尻やおっぱいやラビアを抓り上げるんです。
     そんなことは現実に起きるはずのないことです。でも、銭湯に行ったというだけで、私はそこまで妄想してしまうのです。おかげで、今夜は露出に行きたいという欲求はおこりそうにありません。
     昼間から家にもどりました。ここのところ忙しかったので、中途半端な休暇ですが、午後から休暇になったのです。
     家に帰り、何もせずにボーっとしていました。昨夜はゆっくり眠っていますから、眠くはありません。でも、何かをするというほど元気でもありませんでした。掃除をするとか洗濯するとか、しなければいけないことは、たくさんあるんですけどね。
     何もせずに横になっていました。しばらくそうしていると、いろいろな音が聞こえてきます。
     隣の奥さんが誰れかと話しています。内容までは分かりませんが、相手は男の人のようです。私は、部屋も暖まってきたので、全裸になりました。ほんの少しはなれたところに全裸の女がいるなんて分かったら、あの奥さんはどう思うのかな、そんなことを考えていました。
     うっかり服を着るのを忘れて出かけようとした、そんな嘘で奥さんの前に出たら、彼女は笑って許してくれるでしょうか。
     車の通る音も聞こえます。暴力亭主に全裸で外に放り出され、あわてて家にもどろうとする主婦なんて演技はだめかな、なんて思ったりします。
     そのうち、子どもの声が聞こえてきました。ボールがはずむ音も聞こえてきます。ボール遊びしているのは男の子のようです。子どもに裸を見せるなんていけないことです。いけないと分かっているんですけど、見せる方法はないかと、あれこれ考え、全裸のまま彼らの前に、出て行きそうな自分にドキドキします。
     隣の家のチャイムの音、セールスマンなら私の家にも来るのでしょう。そのときは、全裸のまま出ようか、それとも、アソコは出てしまう短いローブを羽織っただけで出ようか。そんなことも考えました。チャイムはセールスマンではなかったらしく、私の家には来ませんでした。
     思えば、同じようなことを私は子どもの頃にも、何度となくしていたような気がします。懐かしくて、オナニーもしないまま、外の音だけを聞いて夜になりました。不思議な一日でした。でも、素敵な一日でした。
    昼間の河原を散歩していたら、河原の中に公園があるのを発見しました。今まで、上の道を車で通過したことはあるのに気がつきませんでした。
     だいぶ暖かくなったとはいえ、冬の河原です。昼間から人の姿はありません。奥の茂みの向こうは川だと思っていたのですが、実はそこにも遊歩道がありました。そこで全裸になって、河原を横切り、そして、河原の上の道を横切れば、大きな通りに出ます。深夜でも車の通りの激しい通りです。その通りに、一瞬でいいから、全裸で立ってみたいと思いました。
     私は、深夜、一時をまわってから、河原を目指しました。自分の名前を深夜姫などと気取ってつけたわりに、最近は、深夜の行動をひかえていました。寒いというのも影響していたかもしれません。
     河原は想像以上に暗く、近くに見えるマンションまででも、相当な距離があります。
     つまり、助けを求めても、絶対に聞こえそうにない場所なんです。久しぶりに膝が震えました。本当に怖いのです。でも、この恐怖は私が露出の快感のいっぽうに求めているものなのです。
     子どもの頃にも、よく、自殺のあった踏切や工場跡地(隔離病棟跡地だと、近所の子どもは思っていました)などに行きました。もちろん、男の子もいっしょです。そうした怖いところに男の子と行くというのが好きだったのだと思います。
     エッチ目的だったのか、ただ、怖い場所が好きだったのか、私には分かりません。でも、今、こうして振り返ると、私はエッチ目的だったようにも思います。
     子どもの頃の懐かしい恐怖は反面で私に心地良いものを感じさせました。犯されても、悦んだふりをしていれば、殺されることはないかもしれない。そんなことを考えました。
     服はすべて着ています。脱ぐのにも着るのにも手間がかかるスタイルにしたかったからです。
     河原の中の公園には街灯があり、いくらか明るくなっています。トイレもありますが、ドアを開ける気はしませんでした。
     奥まで行くと遊歩道に出ました。そこから振り返って見ると、遠くに街の灯りが見えます。全裸になって、あそこまで走る。妄想のお姉さまが、私にいつもより強い口調で命令します。でも、出来ません。
     私は、ジーンズをパンティごと降ろし、その場でオシッコしました。オシッコはかんたんに出ました。暖かいとはいえ、まだまだ、外を歩くには寒いから、たまっていたのです。アソコは拭きません。女としては恥ずかしい行為ですが、仕方ありません。
     今夜はここまでにしておこう。オシッコしただけでも、かなり興奮できました。男の人とは違い、外でオシッコをするのは興奮なんです。たとえて言うなら射精です。外でのオシッコは私の射精なんです。
     パンツを上げ、もどろうとしたとき、公園に人影を見つけました。なんと女の人です。おばあさんというほどの年齢ではありません。犬を連れていました。
     こんな時間に、どうして、と、私は思ったのですが、それは向こうの思うことですよね。
     おばさんには、さぞかし、私が不気味に見えたことでしょう。
     おばさんは私がオシッコしたばかりの遊歩道に出て行きました。少し恥ずかしくなり、小走りに河原を帰りました。しばらく歩くと若い男女とすれ違いました。あれっと思ったところにジョギングする男の人。
     私は知らなかったのですが、深夜の河原には、実は、けっこう人がいるようなのです。
     あのまま全裸になって走っていたら、たいへんなことになったかもしれない。そう思ったら怖くなり、歩くのも、ぎこちなくなりました。
     深夜姫は、実は深夜のことを良く分かっていないみたいです。
    まだ私が学生だった頃、私は授業中にこっそりパンティを脱ぎました。教室の一番後ろに座ると、まばらな生徒数で、私の周囲には誰れもいません。私は、その頃から、妄想のお姉さまに命令されるという一人遊びを好んでしていました。
     お姉さまが、ここでパンティを脱いで私に渡しなさい、と、命令するのです。
     教授の声がマイクで響いていますが、それ以外に音はなく、教室は比較的静かなものでした。私がスカートの中に手を入れるために腰を動かすと、その椅子と机のきしむ音が響きます。
     誰れかが後ろを向くかもしれません。教授が私の動きをおかしいと思って指摘するかもしれません。
    パンティがお尻から抜けた瞬間には、ものすごい後悔です。スカートの下からに手を入れてパンティ脱ぐより、それを穿くほうが、はるかにたいへんだと気がついたからです。
     もう脱ぐしかない。妄想は半分だけ現実になってしまったのだと私は思いました。
     ゆっくりとパンティを降ろし、片足から抜きます。ヒールにパンティがひっかかり、なかなか抜けません。私のパンティは、その瞬間、教室で露出されているのです。たとえ、机の下とはいえ、見ようと思えば見えるところに、むき出しになってパンティがあるのです。
     ようやく両足からパンティを抜いた私は、片手でそれを小さくまるめてバッグに入れました。
     たったそれだけのことで、私は興奮していたのです。
     露出は少しの現実と妄想で興奮する性だと私は思います。
     セックスには妄想は入りこめません。
     でも、露出は、誰にも見られていないのに、見られた、と、妄想して興奮できます。本当に見られた後には、その人が私の裸を見て思ったことを妄想します。
     ただ、最近、私は思っています。妄想と現実のバランスは、どんどん狂っているんだなあって。
     少し前までは、ノーパンというだけで、興奮できました。たったそれだけのことを妄想が膨らませるからです。でも、最近は、見られたい、声をかけられたい、自分のことを話している話しを聞きたい、と、しだいに現実の部分が増えているのです。
     妄想のお姉さまの存在が薄くなって、現実の人の目が濃くなっています。そんな自分が怖くなることがあります。
     だからといって、もう、私は私を止めることなんかできません。
    もし、私に彼氏がいて、その彼氏とデートしているときに、露出痴女なんかいたら、私はものすごく、イヤです。きっと、軽蔑します。
     もし、私のいないときに、彼氏が、露出痴女に遭遇していたら、やっぱり、ものすごくイヤです。
     でも、それは、私が、いろいろなところに自信がないからなんです。たとえば、おっぱいの形が向こうのほうがよかったとか、腰はしっかりくびれて女らしかったとか、そんなことを彼氏が思うかもしれないことがイヤなんです。
     それから、私がもっともコンプレックスなのは、アソコです。オナニーをはじめた時期が早かったからなのでしょうか。ラビアが他の女の人よりも、長くなってしまったような気がするのです。それを比較されるのが恥ずかしいんです。
     でも、それゆえに、私は、他の女の子の彼氏に裸を見せてもいい、なんて、勝手なことを思っているんです。私の裸を見た彼氏は、自分の彼女のほうがスタイルもいいし、アソコも綺麗でよかった、と、そう思うはずなんです。だからいいって思うんです。
     勝手な思い込みだとは思います。
     やっぱり、私のような女はいけないと思います。もし、私だったら許せません。でも、止めることもできません。私には、私を止めることなんてできないんです。
     だから私は露出の変態なんです。
     過去のブログの下にとも思ったのですが、気がつかれなかったら、イヤだなっと思って、こちらに書くことにしました。
     あのね。私は、恋人って、ほとんど持ったことがありません。なんとなく男性恐怖症のような、そんなに重症というわけではありませんが、なんとなく、そうなんです。
     でも、私に恋人がいたら、私は、彼に私以外の女の裸は見てほしくありません。
     みゆきさん、そう思いませんか。
     その意味で、私は、もし、幸福な恋愛していたら、みゆきさんのことも嫌いになると思います。
     なんとなく彼氏を誘惑する女のように思う、と、思うんです。被害妄想とは思いますけどね。
     でも、私が幸福な恋愛をすることはないので、それまでは、みゆきさんとは、仲間ですよね。
     これは、ブログには関係ないのですが、露出している私としては、かなり気になっているところなので、書いちゃいました。
     女って、女の裸がイヤですよね。
     あっ、男の人もオチンチンの大きさとか、気にするから、男の人にとっても、彼女にオチンチン見せる痴漢のことはイヤなのかな。
     自分より、大きいと許せないとか。そんなわけないか。
    久しぶりに露出散歩に出かけました。これでも回数は減っています。ブログをはじめる前は、あまり過激なことはしていませんでしたが、二日に一回は露出散歩に出かけていました。
     過激になったぶん、回数は減ったみたいなんです。
     何日かぶりで、いつもの公園に行きました。少しあたたかくなったからなのでしょうか。いえ、その公園には、真冬でもベンチに人がいるんですが、昨夜もいました。
     酔っているのでしょう。何度も何度も大きなため息をついています。私は、その人の前をゆっくり通って、その向こうにあるトイレに向かうつもりでした。彼の場所からなら私がトイレに入るのが見えるはずです。見れば、たいていの男の人は、覗きには来なくても、歩き出したりするものなんです。もし、私がトイレの前でうろうろしていると、合わせるように、近くの物陰にかくれたり、少しはなれたベンチに座ったりして、うろうろします。
     私が、何かをためらって(私のつもりとしては汚いとか怖いという理由でオシッコを外ですることに決めた女の子です)トイレの外にしゃがめば、五人に一人は覗いてくれます。それが私の目当てなんです。
     でも、私は、もっと過激なことをしたい気持ちになりました。
     あの人の前を下半身裸で通り抜けたいと思ったのです。スポーティなジャケットは腰までの長さしかありません。下を脱げば、全てがむき出しになります。
     公園の外から携帯電話を確認するふりをしながら、彼を観察しました。かなり酔っているのが分かります。公園の向こうには舗装もされていないような駐車場があります。そこに逃げこめばパンツをはくことができます。でも、彼が追いかけて来るようなら逃げきれそうにありません。しばらく迷いました。
     でも、一度、植え込みに隠れ、周囲の様子をうかがい、パンツをおろしました。ジョギング用のパンツですから、裾にファスナーがついています。靴のままでも脱いだりはいたりするのがかんたんなんです。
     もしかしたら、一歩も歩くことができないかもしれないと思いました。それぐらい怖かったんです。
     もし、今、人が来たら止めよう。車が通っても止めよう。そう思いましたが、人も車も来る気配がありません。私はパンツを手に持ったまま、ゆっくり立ちあがりました。植え込みは少し盛り土がしてあるので、そこから降りる必要があります。別に階段で三段もないぐらいの低い盛り土です。でも、そこから降りるのが怖いんです。ころぶのではないかと予感ししてしまうからです。
     予感はあたらず、無事に降りると、不思議なほど落ち着いていました。あたたかいとはいえ、風はむき出しのお尻とアソコに冷たく感じられました。
     ゆっくりとした足取りで、彼に近付きました。どれぐらい近くに行くか迷った結果、十メートルぐらい離れたところを通ることにしたんです。でも、歩きはじめた私は、彼と一メートルと離れていないほど近くを通ってしまいました。
     彼は、足音で私が近づくのを感じたのでしょう。少し前から私に気がつき、こちらを見ています。何も言いません。私は下半身を隠しません。手を胸で交差してパンツを抱いています。
     もう、襲われたら逃げられない距離です。
     ところが、ものすごく意外なことが起きました。
     彼は「お姉ちゃん、彼氏と遊んでるの、いいねえ、彼氏はどこ」と、言うのです。私は意味もなく、交差している胸の手で、前の駐車場を指差してしまいました。まるでそこで彼氏が待っているかのようにです。
     彼はちらっと駐車場のほうを見て、納得したように、ベンチに寝るようなかっこうになりました。そして「おじさん、アソコより、お尻の穴が好きなんだよなあ、後ろも見せてくれないかなあ」と、言いました。
     私は握っていた携帯電話を出して「変態女とか、汚いケツの穴とか言ってください」と、電話を彼に向けて言いました。彼はその意味を察したらしく、恥ずかしくて書けないようなエッチで汚い言葉をかけてくれました。携帯電話の向こうにいる彼氏に聞こえるようにと思っているのでしょう。大きな声です。
     私はお礼に、お尻を向けて、両手でその部分をひろげて見せてあげました。
    「舐めてもいいの」と、彼が言うので「叱られるから」と、小さな声で言い、駐車場に走りこみました。
     心臓が張り裂けるかと思いました。駐車場の奥でパンツをはくと、瞬間、お尻を地面につけてしまいました。腰をぬかすって、こういう状態をいうのかなって思いました。
     あの酔っぱらいは、私と彼氏のSMプレイの手伝いをしているつもりだったのでしょう。まさか、女が一人でそんなことをしているなんて思えないからなのでしょう。それだけに、私は興奮できたのです。
     彼の言葉のすべてが私を興奮させました。とくに「露出変態女、そんな汚いとこ誰れも見たがらない、臭いお○○こだなあ、迷惑だから、あっち行け、臭い、臭い」と、言われたのには興奮しました。
     舗装もされていない駐車場にペタリって座って、オナニーにし、二度もいきました。
     後から、もし、あの酔っぱらいが、駐車場まで私をつけていたら、もう終わりだったと思い、ぞっとしました。そのときには、そこまで考えることができなかったのです。思考能力ゼロの状態でした。
     でも、それだから露出は止められないんです。思考能力ゼロなんて、他の理由でなることはないですからね。
    ブログをはじめる少し前、私は掲示板とメールにはまっていました。
     まだ、今のように深夜とはいえ、街の中で全裸になったりできず、ミニスカートの下はノーパンという格好にも、憧れているだけの頃でした。
     私は三回、怖い目にあいました。三回とも、掲示板で知り合った人たちでした。
     別にエッチでもないし、露出も、SMのような被虐ネタもありませんから、エッチ目的で私のブログを読んでいる方は、今回は読まないでください。
     彼女は、掲示板の人気者でした。彼氏に露出させられているというのです。私は、実際に知らない人に裸を見られたときの気持ちが知りたくて、いろいろな質問を掲示板でしていました。
     そして、自分は、女の人にでもいいから、アソコを見られたい、と、いう気持ちのあることも伝えました。彼女は、自分もそうだと言うのです。そして、私と彼女は意気投合しました。彼女は二人だけの秘密の話しもできるから、メールにしようと書いてきました。その掲示板内だけで使えるメールがあったからです。私はブログにも書いた子供の頃の体験などを、彼女に伝えたくて、同意しました。
     メールをはじめると、彼女は、すぐに会いたいと書いてきました。会って話をしたいし、アソコを見せ合ってみたい、と、いうのです。
     私にも、そうした気持ちはありましたから、たいして疑問も抱かないまま、私は彼女と会う約束をしました。
     会うのが午後10時ということもあって、私は車で出かけました。話が盛り上がって終電に乗り遅れたらいやだったからです。ただ、それを彼女に言えば、最初から深夜まで彼女をつきあわせようとしている、そんな女に思われるのがいやだったので、言わずに、こっそり、駐車場に入れました。会ったら電車と嘘をつき、それでも、終電に乗り遅れたら「実は、こんなこともあると思って車だったんだ」と、言うのです。相手が女の子なら、いやな顔はしません。
     実際、喫茶店なのに、終電に乗り遅れるまで話すということは、私は多いんです。話すと止まらないほうですから。
     待ち合わせの一時間前に、私はその駅につきました。車を停めるところが分からず、駐車場は駅から少し離れてしまいました。露出はしていませんが、露出願望は強かったので、周辺をウロウロしました。24時間のお店は露出しやすそうだな、と、外から眺めたり、コーヒーだけ頼んで、十分ほど中で過ごしたりもしました。
     約束の時間より三十分早い時間に、携帯電話にメールが入りました。少し遅れそうだけど、電車には乗りましたから、待っていてください、というメールでした。
     メールで指定されたハンバーガ屋さんの二階には、お客さんが一組だけ。私がそこに入ったときには、すでに約束の十分前でした。彼女からメールが入り、具合が悪くなり、いくつか手前の駅で降りて休んでいる、と、いうのです。私はその電車をよく知っていたのですが、彼女の書いた駅は二つ前の駅でした。そこまで来たのなら、いっそ、もう少しガマンしても、と、思いました。
     それから、三十分ぐらいして、男の人に話しかけられました。ハンドルネームです。
     彼は、私が待ち合わせした女の子の彼氏だと言うのです。彼女が心配なので、こっそり、いっしょに来て、別のお店で待機しているつもりだったと彼は言いました。思えば、私が女だという証拠もないわけですから、当然だなあ、と、思いました。私は彼女が心配なので、少し様子を聞きました。彼は、彼女は病弱で、いつものことなので、心配はないと言うのです。心配ないなら、来ればいいのに……
     彼は、明るい雰囲気で彼女のことを話しています。私も少し安心していました。少なくとも重症ではないと思ったからです。
     私は、彼女が来れないなら帰りますと切り出すチャンスをうかがっていました。彼が一方的に話をするので、そのチャンスがなかったのです。そのとき、彼女からメールが入りました。救急車の中だけど、私はいつものことで心配ないから、彼に話を聞かせて、後で彼から話を聞きたいから、と、いうのです。救急車の中からメールなんて打てるのか疑問でした。
     彼は、○○かな、と、すぐに言いました。ハンドルネームではなく、名前でした。
     その後、彼は、私に自分の彼女の露出がいかにすごいかということを、延々と話しました。私の話を聞いてくるように頼まれた、と、彼も言っていたのに、私の話を聞こうとする気配はまったくありませんでした。
     そして、一枚のプリントアウトとデジカメを出しました。プリントアウトは彼女のアソコだというのです。見ると確かに女の人のアソコのアップでした。デジカメには彼女の写真が入っていました。そちらは、普通のスナップショットです。二人で写ったものもありました。 
     そして、彼は、キミのアソコを撮って来るように言われて、できれば、自分がしてもらっているように、露出プレイに協力してあげて、と、頼まれている、と言うのです。もちろん、私は断りました。私は掲示板でも、メールでも、男の人が苦手だと書いていたからです。自分の彼氏としての男の人も苦手な女が、友達の彼氏に心を許すはずのないことは、女の子なら、私の普通の友達でも分かることです。男の人は傷つけるからいやなんです。
     彼は、私が拒んでいると、だんだん不機嫌になりました。彼女に対して怒りはじめたのです。わざわざ呼ばれて、子供のつかいじゃあるまいし、と、ドスのきいた怖い声になりました。ものすごく怖いんです。私は男の人のそうした声も嫌いなんです。殴られるとかいうより、怒鳴られるのが嫌いなんです。
     彼はいろいろ私に言って来ました。そもそも、自分が私と会わずに遊んでいたと疑われるのがいやなんだ、と、そんなことも言いました。
     そして、私たちは、妥協点を見つけました。私がトイレでパンティを脱いで来て、そのパンティを持った私の下半身だけを撮影するというものです。顔もアソコも写らないので、それぐらいなら、と、思ったのです。それよりも、早く、その男の人から離れたいというのもありました。
     幸い、お店には誰れもいませんでした。トイレから出たところを撮るので、私はカバンと上着は置いたままトイレに入りました。パンティを持って出で来るのに邪魔だと思ってしまったんです。
     ところが、トイレから出て来ると、お店には誰れもいません。カバンもありません。上着はありました、でも、胸ポケットのパス入れもなくなっていました。パス入れには、定期はなく、カード、それも、メトロカードぐらいしか入っていませんでした。カバンにも、キャッシュカードなどは入れず、かんたんな化粧品とお財布だけしか入れていません。他の物は車に入れていたからです。
     ただ、現金は二万円ぐらいありました。それからカバンと化粧品、被害総額は十万円をこえています。幸いだったのは、盗まれるとは思わなかったけど、メールやアドレスを見られるのがいやだと思ってトイレに持って入った携帯電話とポケットに入れた車のキーが無事だったことです。その後、メールを打っても、もどってきません。いろいろ方法はあったのでしょうが、詳細を話すのはいやなので、私は、このことは誰れにも言いませんでした。
     こういうところに書いたのも初めてです。せっかくエッチな気持ちの人たちを萎えさせる話しだと思ったからです。
     残りの話しも、いつか書きます。続けて書くと、みんなの迷惑になりそうなので…
    お酒を飲むと脱ぎたくなる女の子と会いました。私の女友だちと二人で、彼女の家に遊びに行きました。三人は、まず、イタリアンレストランで食事をしました。ワインがボトル一本。私は、飲んで脱いでしまう彼女の話を聞きたかったのですが、何しろ初対面なので遠慮しました。
     でも、彼女はワインをグラスに一杯飲んだだけで、目がとろんとしてしまいます。完全に酔っているのです。
     お酒を飲んで洋服から下着まで脱いでしまうというのも珍しいのですが、私はこんなに早く酔う人もはじめて見ました。
     彼女の話はレストランで下ネタになりました。それも、どちらかというと下品な下ネタです。ムール貝に指を入れて、感じちゃう、とか、ワインのボトルを取って、これぐらいなら入るかなあ、と、そんな話なんです。
     まるでセクハラおやじです。
     レストランを出た私たちは、軽いおつまみをコンビニで買うことにしたのですが、彼女は、そのコンビニまでの道で、二度もスカートをめくりました。
     コンビニでも、これ買って行って入れっこしよう、とか、いっしょにいるだけで恥ずかしくなるようなことを大声で言います。
     私の大好きなとっておきの日本酒『雪まんまん』を開けると、彼女はグラス一杯をだまって飲んでいました。そのときはおとなしかったので、私と友だちは、つい、仕事の話をしていました。
     すると、いつの間に脱いだのか、彼女は上半身裸になって、私の顔におっぱいをこすりつけてきました。そして「気持ちいい」と、聞くのです。笑いながら友だちにも押しつけました。
     こんなことを男の人にもするのかと友だちに聞くと、まだまだ、もっとすごくなるよ、と、言いました。
     すごくなったのは、トイレに行った後です。彼女はトイレから全裸で出て来たのです。私も露出痴漢で似たようなことはしていますが、驚きました。
     彼女は「見て、汚いお○○こ見て、奥まで見て」と、言いながら、踊るように身をくねらせ、両手でアソコを左右に広げるのです。ラビアは私と同じように長くて黒っぽくなっています。決して綺麗ではありません。
     おっぱいのときと同じように、私の顔にアソコをくっつけようとします。そして「舐めていいよ」と、言うのです。もちろん、私は逃げました。それも、男の人相手にもするし、カラオケボックスでもするのだとともだちは言っていました。
     しばらく、大騒ぎすると、友だちが終電の時間を気にして帰ると言いはじめました。彼女の家は遠いのです。私は、悪いので、かるく後片づけらしきことをしてから帰ると言って残りました。
     酔った彼女にアソコを見せたいという思いがあったからです。
     そのとき、彼女は全裸のまま床に寝ていました。
     友だちを見送り、私はかんたんに洗い物をし、テーブルの上を綺麗にした後、寝ている彼女を起こし、お茶を飲むか、それとも、そのまま寝るかと尋ねました。
     彼女は「片づけてくれたんだあ」と、感激していました。
    「恥ずかしい女だよね。初対面なのに全裸になって、軽蔑して嫌いになったでしょう」と、彼女は言うのです。そんなに酔ったようには見えませんでした。勝手にキッチンでお茶をいれてあげました。
     彼女は全裸のまま、何も着ようとしません。私が「何か羽織る、私は全裸のままでも気にならないけど」と、言うと、嬉しそうに笑いながら首を横に振りました。見事に大きなおっぱいも左右に揺れます。
    「犬の真似してもいい」
     彼女の言うがままにさせてあげると、彼女は犬になって、お尻を高く上げました。アソコも、もっと恥ずかしいお尻の穴も丸見えです。酔いがさめたように見えても、酔っているようです。いえ、露出痴女の私には、それが酔ったふりのようにも見えました。
     私は、彼女が私にもアソコを見せてと要求してくることを期待したのですが、残念ながら、それはありませんでした。
     すっかり仲良しになったので、今度は、泊まりの用意をして、ゆっくり飲みに来ると、約束して私は帰りました。
     今度、行ったときには、彼女のことを、もう少し聞けるかもしれません。
     彼女は私がいいから、と、言うのに、全裸のままマンションのエレベータまで私を見送りに来ました。いったい、どんな生活をしているのか、私はますます彼女に興味を持ちました。
    銭湯にも、いつも行く飲み屋さんにも行けなくなりました。
     行きたい気持ちは、ものすごく激しいのです。恋愛したときの数十倍ドキドキしています。毎日毎日、銭湯に行くことばかり考えています。
     私には、初恋の思い出なんてないんです。いくつか恋愛はしました。多少のときめきもあったのですが、思い出となるようなものはありませんでした。私の思い出は露出に関するものばかりなんです。
     ですから、銭湯に行くことを思って、胸が苦しくなるのを、これが女の子の普通の恋なのかもしれない、と、そう思っています。
     今度、銭湯に行ったら、彼は、私が自分に裸を見せるために来ているのだと思うかもしれません。何しろタオルで前も隠さないまま、平気で話していたのですから。あれだけで私は変態と思われたはずなんです。
     それに、もう一度、銭湯に行ったら、今度は小銭をばらまくつもりなんです。
     それを全裸で、しゃがむことをせずに、前屈で拾うのです。私は身体がやわらかいので、足元の小銭も前屈で拾えます。そのとき、後ろから見られたら、それはヒワイなんです。どんなふうに見えるかを、何度も鏡で確認しました。前屈すると、お尻の肉は左右に広がり、アソコも、そして、お尻の穴もはっきり見えてしまいます。
     シャンプーを忘れたふりをして、途中で買いに行くことも考えました。お金をとるためにロッカーを開けます。ロッカーは一番下にして、番台にいる彼にお尻を見せるのです。シャンプーを買ったら、全裸のまま、やはり前も隠さず「あれ、もしかしたら」と、同じ飲み屋さんの常連だと知らせます。彼は全裸の私と話をしないわけにはいかなくなります。
     マッサージチェアーがありました。そこでマッサージしながら寝てしまったというのは、どうでしょうか。タオルを前にかけますが、寝てしまったので、私は片足を椅子に上げてしまいます。上半身は隠れても、下半身はむき出しです。彼はこっそり下からアソコを覗くかもしれません。前回は見せられなかった、アソコの奥も見てもらえるかもしれません。
     いろいろなことを考えたら、とても銭湯には行けそうにないのです。それどころか、妄想が大き過ぎて、いつも行く飲み屋さんにも行けなくなってしまいました。
     実は、銭湯の人には、普通の話しで、私のことなんて記憶のはしにもないんでしょうけどね。
     私の友人の女の子は、温泉旅館の男湯に一人で入った経験があると言います。
     旅行は女どうし数人で行ったらしいのですが、他の女の子は酔っ払ってしまい、あまりお酒の飲めない彼女だけが、お風呂に行ったのだそうです。時間は深夜二時を少しまわっていたと言います。
     そんな時間に、お風呂に来る人もいないだろうと思い、彼女は、全裸のままタオルさえ持たずに湯舟につかっていたと言います。ところが、そこに、一人の男の人が入って来たそうなんです。しかも、彼も、タオルで下半身を隠すこともなく、堂々と、ブラブラとさせて入って来たそうです。
     もちろん、彼女はあわてて「えっ、女湯ですよ」と、言ったそうです。ところが、その男の人は落ち着いた声で「看板が入れ替えてあったんですよ、だれかの悪戯ですよ。でも、中に入って気がつきませんでした」と、言ったそうです。思えば、女湯にはベビーベッドなどがあるし、脱衣場の色調もなんとなく赤なのに、そのお風呂は青が強調されていておかしいな、とは思ったらしいのです。
     そうなると、悪いのは自分ですから、どうしようもないんだそうです。おっぱいを手で隠し、下も隠せるけど、お尻までは隠せない。しかも、彼もどうしていいか分からず、湯舟につかってくれればいいのに、もじもじして動かなかったらしいのです。
    「しかも、湯舟が浅くて透明だから、私の裸はかんぺき、見えてるわけ。全部なんて隠せないから、手じゃ足りない。それで、アレが立ってきちゃったのよ。それが、驚くぐらい大きいの、彼は恥ずかしがって、隠してるんだけど、頭が出ちゃってるの、それで、すいません、って、謝るんだけど、こっちが、すいませんじゃない」
     彼女はその後、もういいや、二度と会う相手でもないし、と、思って、お尻は隠さずに湯舟を出て、全裸のまま脱衣籠を持って女湯に移動したというのです。全裸のままで廊下を走るほうが、彼の見ているところで服を着るよりは、恥ずかしくない、と、彼女は思ったらしいのです。確かに、女って、着替えを見られるのには抵抗あるかもしれません。
     私はこの話を聞いたとき、ああ、そういえば、旅館の男湯と女湯って、たて看板だったり、暖簾だったり、わりと、替えやすいものだったなあ、と、思い出していました。
     つまり、自分で入れ替えれば、私も男湯に入れるわけです。そこに、一人ではなく、数人の男の人が入って来たら、そんな妄想をしながら、何度もオナニーしました。
     ここ数日、お風呂のことばかり考えています。やっぱり、あの銭湯にもう一度、行ってみようと、決心しました。本当は毛を剃りたいんだけど、そこまでは……
    麗奈さん、ブログだと、公開エッチ話しができて、それは、みんなに女と女の秘密の空間を覗かれてるみたいで、ドキドキするよね、と、言いながら、結局メールが多くなっていますよね。
     これをきっかけに、ブログでも、秘密の話しをしましょう。二人でやりとりしているメールは、きっと、私のブログよりエッチだと思いますよ。
     奥田忠志という人の「性犯罪VS自衛マニュアル」という本に、私が偶然見た痴漢の手口が載っていたことを書いたのです。
     でも、この本は、それ以外にもすごいんです。痴漢から女が身を守るための本ということでしたが、どう考えても、被害者となった女の子の心理研究なんです。
     覗かれた女の子、見せられた女の子、その女の子たちの声がたくさん載っていたんです。残念ながら、手元にはありません。それに、もう本屋さんで買うことも出来ないみたいです。
     どうして、そんな本が好きかというと、被害者の声だからなんです。
     私は他の女の子ならどう思うのかということに、ものすごく興味がありました。今は、自分で痴漢をしてしまうので、あまり興味ありません。でも、少し前までは、露出なんてできなかったから、トイレを覗かれたり、お風呂を覗かれた女の子の気持ちを知って、自分が覗かれたように妄想していました。
     それで、この本のもっともすごいところは、トイレのカギあけというのがあったんです。
     あのね、トイレのカギを壊しておくんです。女の子はカギをかけるんだけど、壊れているので、カギをかけているのにトイレのドアが開いてしまうんです。
     実は、その本を読んでから、私は、カギをかけ忘れたふりをすることを妄想していたんです。そして、最近は実行してしまいます。性犯罪マニュアルですよね。
     麗奈さんは、痴漢とか痴女には、興味ないでしょうから、その本も、麗奈さんむきではないと思います。確か、性犯罪研究家で、SMの人ではなかったと思います。
     それでも、チャンスがあったら、一度、読んでみてください。女の子に向けられた本にしてはドキドキさせられますよ。
    銭湯の番台には彼がいました。彼は私に気がついてはいないようです。本当なら、私から話しかける予定でしたが、止めました。お客さんが多かったからです。
     私以外に四人の女の人、三人はおばあさんでした。でも、一人は私より若い、もしかしたら二十代と思われるような女の人でした。
     私は、緊張しながら全裸になりましたが、彼は私の裸よりもテレビに熱中しているようでした。それも、番台に置いた小さなテレビなので、こちらを見るような様子はまったくないのです。
     すこしガッカリして、私は洗い場に向かいました。
     今夜は、このまま何もなく帰るのだろうな、と、気持ちを切り替え、私は銭湯を楽しんでいました。露出なんかしなくても、銭湯は十分に楽しめるものです。
     ぼんやりと湯舟につかっていたからなのでしょうか、気がつくと、洗い場には誰れもいません。脱衣場を見ると、二十代と思った女の子が全裸のまま、彼と話をしています。彼は、すでに番台を降り、女湯の脱衣場にモップをかけていたのです。
     衝撃でした。銭湯の男の人と全裸のまま話をするのは、露出痴女の私ぐらいだと思っていたからです。もしかしたら彼女も露出なのかも、そうも思いました。
     私は、シャワーもそこそこに、あわてて脱衣場に出ました。何を話しているか聞きたかったからです。
     私としては、本当に急いだつもりだっのに、私が脱衣場に行ったときには、すでに彼は別の場所にいて、彼女と話しはしていませんでした。彼女は、何事もなかったように、服を着はじめました。
     少し太り気味の彼女ですが、おっぱいやお尻は張り裂けそうなほど張りがあります。私は彼女と全裸で並び、それを比較してもらいたいと思いました。そして、若くない私の肉体をねちねちと酷評して欲しかったのです。
     彼女が帰ると、また、私と彼は二人きりになりました。私は、小銭を落とすか、マッサージチェアーを使うか迷いました。どちらをするのにも勇気がいります。どうしようかと迷っていると、私は彼の姿を見失ってしまいました。大きな鏡の中にも彼の姿はありません。
     私は彼の姿を鏡の中に探しながら、鏡にお尻を写し、少し前屈みになってみました。アソコが写っています。銭湯は明るいので、はっきりと見えます。
     これを彼に見せるのだと思うと興奮しました。
     その興奮を抱いたまま、私は服を着て、仕方なく、誰れもいない銭湯を出ました。銭湯を出ると「ありがとうございました」と、声をかけられました。彼がいつのまにか、銭湯の外の自動販売機のところにいたのです。たぶん別の場所から外に出たのでしょう。
    「おせわさまです」と、私はそれでいいのかどうか分からないようなあいさつをして家に帰りました。
     チャンスはまだあるはずです。
    剃毛については、かなり若い頃、そう、高校生の頃から、もう、すでに悩んでいました。
     と、いうのは、高校生の頃、女の先輩の中に、彼氏の趣味でアソコの毛を剃っているという人がいたからなんです。その人と、私はわりと仲がよく、いっしょにお風呂に入ったりもしました。もちろん、その人は露出ではなかったから、ちゃんと見せてくれたりはしませんでした。
     でも、普通に立っていても、アソコの筋がハッキリと見え、クリトリスも少し顔を出していて、ピンクのラビアが筋からはみ出しているのさえ見えていました。
     つまり、ヘアーがなくなると、本当に剥き出しなんです。
     私は、家で何度も、アソコを鏡に写し、ヘアーを手でおさえて、それがなくなったところを想像しました。   
    パンティもスカートもはいたまま露出ができるような気がしました。
     そして、修学旅行や、友だちとの旅行、その先輩のように、親しい女ともだちとお風呂に入るときでも、露出できるし、注目してもらえる、と、そう思ったのです。
     理由はありました。水泳をしていたので、ヘアーは気になるんです。サポーターにからむと痛い、と、そういうこともできます。実際には、あまり痛くありません。でも、はみ出すかもしれないことは、本当に気になります。だから剃毛する、と、そんな女の子はいないとは思います。でも、みんなもしていると言っても、見るわけにもいかないところですし、尋ねることもできないでしょう。それに、自分のそこだって、家族に見られるようなことはないはずなんです。
     私は、いろいろ先輩に相談しました。
     その先輩は、剃るだけではだめなので、そのあと、特殊なクリームを塗らなければならないと言っていました。そうすると痒くなくなるのだと言うのです。
     結局、今でも、剃りたいと思いつつ、剃れないでいます。特殊なクリームの名前も忘れました。日常的に車を運転するので、痒いのは困ります。その先輩の話では、クリームを塗らないと、かなり痒くなると言うことでした。
     剃毛はしたいです。
     そうすれば、女の人にも、アソコに注目してもらえるから。
     たぶん、男の人には分からないと思うのですが、女は、銭湯とかはもちろん、家庭のお風呂に友だちと、いっしょに入ってさえ、お互いのアソコって見ないものなんです。ヘアーが濃いとか薄いという程度は見えますが、アソコなんて、まず見ません。いえ、見えないんです。でも、剃毛してしまえば、それがイヤでも剥き出しになるんですよねえ。
    なんだか、剃毛話しがもりあがっていたので、驚きました。
     私は、休日を過ごしていたのに、夕方から、ちょっとしたトラブルがあり、会社にいました。
     今夜は、このまま寝て、明日は午後から仕事に行くことにして、でも、とりあえず、ブログを読むだけは、と、思いました。
     そうしたら、なんだか、私の知らないところで、ヘアーと剃毛の話しでもりあがってしまっていたので、驚きました。
     男の人でも、剃毛の経験のある方がいるのでしょうか。露出痴漢している男の人には、何人かいました。
     自分がしようとしているのに、おかしな話しですが、剃毛されたオチンチンは不気味です。不気味に大きいんです。それに、深夜でも、よく見えるんです。
     私は、オチンチンには毛があって欲しいと思います。
     みゆきさんの言う通り、剃るのは恥ずかしくて刺激的だとは思います。
     でも、間違って家族の誰れか、とくに、妹に見られてしまったら、どうしようと思うと、やっぱり勇気が出ません。
     私のアソコは、恥ずかしいぐらい薄いので、剃らなくても、剥き出しといえば、剥き出しです。でも、それと、剃ったときの恥ずかしさは、やっぱり違うような気もします。
     同性に見られて恥ずかしいのも、私は好きなので、剃りたい気持ちは強いんですけどね。
     
     とにかく、今夜は疲れているので寝ます。
     思えば、銭湯から、実は、痴女としての露出はしていないような。
     銭湯もドキドキしますが、深夜の散歩もしないと、なんとなく欲求不満になってきます。露出と、深夜の街で全裸になる快感は、同じようで、違うものなのかもしれませんね。
    自分の言っていることが、ものすごく理不尽でワガママなことだとは思っています。でも、私は見せたいけど、見られたくはないんです。
     露出して見せるのは好きなんです。トイレとかを覗かせるのも好きなんです。
     でも、覗かれるのは大嫌いなんです。
     本当におかしいですよね。たとえば、ノーパンのままスカートの中を覗かせたり、ミニでパンティを見せたりするのは好きなんです。でも、その気がないのに、風でスカートがめくれてパンティを見られたり、痴漢にスカートをめくられたりしたら、もう、本当に嫌なんです。
     だいたい、見せていいパンティといけないパンティがあるし、見せていいアソコといけないアソコがあるんです。
     誰もいない公園で露出するつもりもないのに、休息してしまいました。全裸になろうかと思いましたが、会社の帰りでしたから、全裸になれる格好ではありません。しかたなく私は少しベンチに座っただけで帰ろうと思いました。
     そのとき、本当にオシッコがしたくなったのです。オシッコを見せたくなったわけではありません。
     でも、私はトイレには行きませんでした。深夜のトイレは怖いし、公園のトイレは汚いから嫌なのです。もちろん、こんなことをする前には公衆トイレも使っていました。
     ところが、一度、外でオシッコしてしまうと、意外なほど平気になるんです。深夜の公園なんかで誰れにも見られるはずがないということが分かってしまうからです。
     私は、公園の奥にあった腰ほどの高さの木が密集する場所でしゃがみました。そもそも、そこでしゃがんでしまえば、アソコどころか、私の姿さえ誰れにも見られないはずでした。
     パンティ以外の二つのゴムに手をかけました。お尻を出すには少しきつ過ぎるそれらをいっしょに降ろし、その後、片手でパンティを降ろしなが、しゃがみました。そして、しゃがむと同時に、オシッコをはじめました。本当に慣れてしまっているのです。
     オシッコを終えると、私はそのままパンティをはきます。汚いけど、ティッシュを捨てるのも、ティッシュを持って歩くのも嫌なんです。
     どうせ帰れば下着は洗濯するし、お風呂にも入るのです。
     きつい下着で強引にお尻を包み、スカートを降ろすと、声が聞こえました。
    「長い小便だったねえ」
     ドキッとしました。
     茂みの中に男の人が寝ていたんです。しかも毛布にくるまって、私がそこでオシッコすることを知っていたかのようなんです。
     あわてて、私は走りました。いつものスニーカーではありませんから、少し走り難いのですが、それでも、必死に走りました。
     追いかけて来る様子はありませんでしたが、怒りの気持ちがこみあげてきました。覗かれたと、思うと腹だたしいんです。
     おかしいですよね。オシッコしているところを見せたい私なのに。
    私は子どもの頃から露出欲求のようなものがありました。見せたい、見られたい、見せてあげたい、と、そんなことばかり考えていました。見せてあげたい、と、そんな欲求がもっとも強いものだったと思います。なぜなら、小学校の高学年から中学の二年ぐらいまでは、男の子たちは、女の裸が見たいだけだったからです。
     男の子たちは、そんなことばかり話すようになります。それを嫌悪する女の子もいました。でも、私は違いました。
     女のアソコに好奇心を持って、でも、見るチャンスなんかなくて、いつも見ることに失敗している男の子たちが可愛くて好きでした。
     そんなに見せたいなら、こっそり私を呼び出せば見せてあげるのに、と、そう思っていたのです。
     そうした体験もありました。その話はまた別の機会に書きます。
     それが高校生ぐらいになると、見たいではなく、やりたいに変わってしまうのです。私は安心して見せることができなくなります。
     大人になると、今度は見たいだけの人、見せたいだけの人、いろいろな欲求があるのだと分かります。
     そして、私は深夜姫になりました。見るだけで満足する人もいるのだと分かったら、私は、子どもの頃のように、それなら見せてあげるのに、と、そんな気持ちになったのです。
     やりたい人の目はギラギラしているんです。でも、見たい人の目はキラキラしているんです。私はギラギラした目で見られたくはありません。セックスの対象にされるのは嫌だからです。
     でも、アソコを見たいだけの人は、子どものようなキラキラとした目で見つめます。私の裸を見ただけでオナニーして、射精までしてしまう人もいます。そんな人を見ると私も興奮します。
     ただ、見られたい、それだけなんです。ところが、男の人には分からないと思いますが、これが意外と難しい欲求なんです。
     よく、女なら、いくらでも見せられるし、女なら、みんな悦んで見るから、いいだろう、と、言われます。とくに、露出痴漢の男の人は、そう思うようです。
     露出痴漢のリスクなんて犯さなくても、見てくれる相手は、いくらでも見つかるはずだ、と。
     確かに、いろいろなサイトで募集すれば、男の人はいくらでも来てくれます。実際、それで嫌な目にも遭いました。
     でも、見たいだけ、と、言っても、男の人は、実際に女の裸を目の前にしたら、触りたい人、触らせたい人、そして、やりたい人に変わってしまうのです。見るだけで本当に満足してくれる人というのは、意外なほど少ないのです。
     ですから私は深夜姫でなければならなかったのです。見せたいだけ、ただ、それだけだから……
     麗奈さんが、面白い話をもちかけて来ました。
     彼女のショーに私がこっそり、そして、少しだけ出てみるという計画です。
     彼女は、自分のショーがあるときには、告知します。もちろん、このブログでも、微力ながら告知を手伝う約束をしています。
     ですから、私を、と、いうよりも、深夜姫を知る人もそのショーを見学に行くかもしれないのです。もちろん、私は絶対に、自分を深夜姫だ、なんて言いません。
     でも、後になって、ショーに出た、とはいうかもしれません。それを妄想すると、ものすごく興奮します。
     ただ、問題は、麗奈さんには、ショーの予定がないということなのです。表舞台と距離をおいて、のんびりとSMを楽しんでいるらしいのです。
     もちろん、近い内にショーの予定が入ったとしても、かならず、麗奈さんのショーに出るという約束はしません。剃毛と同じで、ちょっと怖いし。
     とにかく、私は近日、麗奈さんと実際に会って、そうしたエッチでいけない計画を練って来るつもりです。計画だけで終わっちゃいそうですけどね。
     麗奈さんと会ったら、報告します。
    昨夜は、いつも行く飲み屋さんに行きました。本当は午前二時には帰るつもりだったのですが、二時少し前に、前に書いた銭湯の人が来たのです。そろそろ帰ろうとしていたのですが、私はお酒を追加してしまいました。
     それまで、会社は違うのですが、同じ業種の方たちと、仕事の話しに熱中していましたから、周囲の人たちは、私の行為を不思議には思わなかったはずです。
     銭湯の人は、やはり彼女と来ました。ボックス席ではなく、カウンターに坐りました。坐るとき、チラッと私を見ました。ドキっとしました。
     私は彼の前で、アソコも隠さず、まったくの全裸で立ち、そして、話をしたことがあるのです。彼は私のラビアが立ったままでも露出していることを知っています。ヘアーが薄く、クリトリスのあたりには、もう何もヘアーがないということも知っています。小さくはない乳首の色も、おっぱいの形や大きさも彼は知っているのです。
     私の顔を見たように思ったのですが、お店の変わった色の照明のためか、気がつかなかったみたいです。
     いえ、もしかしたら、彼の仕事柄、お客さんと外で会っても、無視するようにしているのかもしれません。
     私はしばらく話をした後、トイレに立ちました。彼の後ろを通ることになるからです。別にトイレに行きたかったわけではありません。
     彼の後ろを歩くとき、店が狭いので、私は「すいません」と、声をかけました。全裸のまま「鯉が大きい」なんて話していた女の声です。彼はまた、チラッと私のほうを見ました。そして、ジーンズの股間のあたりに目を落としました。私に気がついて、股間のあたりにあったものを思い出そうとしたのかもしれません。もちろん、嘘です。妄想です。でも、私はその妄想をもったままトイレに入り、オナニーしてしまいました。
     トイレを出ると、今度は、彼の正面に立つことになります。彼が入って来たときよりも、ハッキリと顔が見えるはずなんです。彼は、そのときも、チラッと私を見ました。もしかしたら、本当に気がついているのかもしれません。
     席にもどってからも、私の手は、何度もアソコに伸びました。授業中にしたのと同じような、こっそりとしたオナニーです。しばらく忘れていた感覚でした。
     チャンスはもう一度あります。レジがカウンターの横にあるので、帰りに、もう一度彼の横に立てるのです。私は今度は、ハッとした顔で彼を見ようと思いました。こちらも気がついたことを知らせたかったのです。そのほうが恥ずかしいからです。あわてて目をそらせば、彼は私が恥ずかしがっていると分かってくれるでしょう。もしかしたら、私のことを彼女に話すかもしれません。
     少しいけないことなのですが、セックスのときに、私のことを想像するかもしれない、と、そんなことも考えてしまいました。
     でも、あまりに、いろいろ妄想していたからでしょうか。私がカウンターを見たときには、もう、二人の姿はありませんでした。時計を見ると、もう、四時です。お店は五時までですが、私は、一人寂しくレジで精算して帰りました。そのとき、やっぱりここに立つと明るいから、彼からははっきり、私と分かったんだろうな、と、そう思いました。
     銭湯には近い内に、また、行くつもりです。
     ところで、銭湯で男の人に裸を見られるということで、面白い、そして、意外な話が女友だち数人から収集することができました。あとで書きます。
    すごいことを聞いてしまったので報告します。
     と、いっても、このことに驚いたのは、実は、私だけかもしれません。
     まず、仕事仲間の年下の女の子、と、いっても、二十代の中ぐらいかな。彼女と仕事の話をしているとき、話がそれ、私は銭湯に行ったと話したのです。スパではなく、普通の近所の銭湯だと話しました。すると、彼女は、銭湯は気持ちいいので自分もよく行くといいます。そこで私は銭湯に四十代ぐらいの男の人がいて、それが恥ずかしいと言いました。
    「どうして、お風呂屋さんの人でしょ。そんなの恥ずかしくないでしょう。私も全裸のままウロウロして、掃除してる、おじさんとぶつかったこともあるよ。平気だよ」
     彼女は銭湯にいるのが同年齢でも、年下でも恥ずかしくはないと言うのです。驚いたので、私はバイトのもっと若い女の子にきいてみました。
    「だって、そんなこと言ったらお医者さんだって恥ずかしいし、先輩、意識のし過ぎなんじゃないですか。そこに働く人は関係ない、と、いうか、知らない人に見られても関係ないでしょ。何かを、私の知り合いに言われるわけでもないし、普通は気にしないよ。私、温泉に行ったときに覗かれたことあるけど、あれって恥ずかしいというより、悔しいんですよね、タダで見て、みたいな」
     驚きました。私は温泉で覗かれたら、その人が旅館にいて、浴衣を着ている私を見ながら、その裸を思い出しているのではないかと、ドキドキしてしまいます。もちろん見られたことは恥ずかしいです。
    「サッカーって、ボールが審判にあたっても関係ないんだよ、石と同じなんだって。裸の現場にいる人も女にとっては石と同じじゃない。モデルさんとか、関係者がいても平気で着替えるって聞くでしょ。恥ずかしいのは、自分を評価しようとしている男が見るからでしょ。だいぶ遊んでるな、とか、たれてきてるな、て、そう見られるから恥ずかしいわけでしょ。だから、覗かれるのは恥ずかしいけど、お風呂屋さんとかにいる人は平気。向こうに、こちらを意識する様子なんてないから。温泉なんて若い男の子がボイラーの点検なんかに来るけど、それを気にしてる女の人はいないよ。あわててお湯に飛び込むとか」
     最後に三十代の独身の女の友だちに聞きました。確かに彼女の言う通りです。私も温泉で男の人が作業しているのを見たことはあります。みんな平気そうでしたね。向こうがこちらを意識なければ異性がいても自然なのです。
     でも、やっぱり私は銭湯の人にでも裸を見られるのは恥ずかしいと思います。露出なんかしない女の人たちは平気で、露出痴女の私だけが恥ずかしいなんて、おかしな話しですよね。あまりおかしいので、特別に報告しちゃいました。
    このブログを書き始めた頃、私は、露出痴女というよりも、一人でSMプレイしている女という感じでした。ノーパンで歩かされたり、トイレのカギをかけないままでオシッコさせらたり、全裸で家から少しだけ外に出させられたり、そうしたことを私に命令して、やらせていたのは、いつも、妄想の中のお姉さまでした。
     強制的に恥ずかしい思いをさせられているという感じだったのです。
     ところが、最近は、ただ、露出するだけでなく、ただ見せるだけでなく、見せて反応を見たい、と、そんなことを思うようになっているのです。自分より弱い立場の男の子に見せたときには、征服感のようなものも感じました。させられているというより、気持ちいいから露出する女になってしまっているようなのです。それにともない、妄想のお姉さまという存在はなくなりました。少なくとも、この数週間は、そうした妄想を持ちませんでした。もちろん、全裸になる瞬間には、命令だから、と、思うのですが、以前のような妄想ストーリーはないのです。なくても、全裸になれるのです。
     その一方で、全裸で走る私を見た男の人の反応や、公園でオシッコをする私を見た男の人の気持ちは、いつまでも妄想として残るようになりました。
     私の露出欲求は変化しています。今までは、露出したい、全裸になりたい、アソコを見せたいと、そう思いながら、いろいろな妄想をして楽しんでいました。露出は妄想のためのエッセンでしかなかったわけです。ところが、今は、見せて驚かせたい、変態と思われたい、可哀想な女と言われたい、と、そんなことを思うようになりました。欲求がエスカレートしているのです。長年、変わらなかった欲求が、急激に変化しているのです。ブログを始めてからです。ずいぶん大胆にもなってきました。
     本当は、ものすごく慎重で臆病なのに、自分でも驚くほど大胆になりました。
     これは、男の人の露出痴漢でもそうなのでしょうか。
     私はどこに行ってしまうのか、ちょっと不安です。
    裸になりたい、全裸になって公園を、道路を歩きたい。そんなことを考えながら、深夜の街を徘徊していました。
     でも、あたたかくなって来たからでしょうか、かなり遅い時間になっても、公園も住宅街の裏路地にも、河原にまで人がいます。誰れもいないと思って、裸になるための覚悟をしていると、その間に人が来てしまいます。脱ぐと決めてから、脱ぐまでに時間がかかり過ぎるのです。
     私の格好は白のスポーツウエアです。上はファスナーがなく、頭からかぶるタイプで、その下はもちろんノーブラです。下は素材の関係でまったく透けませんが、ノーパンです。
     私は大きな公園の片隅のベンチに座りました。昼間、見たときには人のいない寂しい公園だったのですが、夜は公園を通り抜ける人が、けっこういるのです。もう終電の時間はとっくに過ぎています。それなのに、十分おきぐらいに、誰れかが通ります。
     もちろん、十分あれば、全裸になって、歩くことができます。ウエアを置いて、公園の中央まで歩き、もどって来るぐらいの余裕はありそうです。でも、その間に人が来てしまったら、そう思うと勇気が出ませんでした。
     どうしようかと迷いながらベンチに座っていると「見て」と、か細い声が聞こえました。振り返ると全裸の男の子がいます。小柄で痩せています。もしかしたら子どもでは、と、思うほど幼い雰囲気でした。
    「びっくりした、何してるの」
     どうして、そういう状況のときには、まともな会話ができないのでしょう。いつも、思うことですが、後から考えると変なことを言ってしまうのです。
    「見て」と、彼はまた言います。股間に目をやると、右手が何かを握っています。手の間から、しっかりと突き出たものは、どう見ても、オチンチンです。相手が全裸でも、オチンチンは見えないことが多いのです。しっかり右手で握り、それでもなお、しっかりと露出するほど大きなオチンチンなんて、私は見たことがありませんでした。彼の手が小さいというのもあるかもしれません。
    「大きいのね」
     彼は私の言葉に安心したのか、さらに近くに来て「見て」と、また、同じことを言いました。彼はベンチの前に回り込みます。座っている私と立っている彼のオチンチンとの距離は数十センチと思うぐらい近くに来ました。
     私は手でそれを制止し、それ以上近くに来たら大声を出すから、と、言いました。
     彼は一、二歩、さがり、右手をオチンチンからはずしました。大きいからでしょうか、彼のものは私のほうを指差すように倒れています。
     そのとき、公園の向こうに人が見えました。
    「誰れか来たよ」
     私はあせりました。彼は私の前でしゃがみました。その彼の前に私は立ち、ストレッチしているふりをしました。それでも、注意深く見れば私の足元にしゃがむ全裸の人間がいることは分かってしまいます。
     でも、その人は、私にさえ注意を向けずに通り過ぎて行きました。
    「どこに服置いて来たの」
     と、私がきくと、彼は、その公園とは別の公園に服を置いて、そのまま歩いて来たと言うのです。驚きました。いくら深夜でも、そんなことが可能なのでしょうか。
    「男の人に見られるのも好きだから平気です」と、彼は言います。
     彼は、私に見られながら、射精しました。私の身体に触れたがったり、私の裸を見たがったりはしませんでした。出会ってから、射精するまで、ほんの数分の間だったと思います。
    「ありがとうございました。気持ちよかったです」
     射精すると、そう言って、彼はなんでもないように、全裸のまま歩いて公園を出て行きました。
     もっと、いろいろききたい、できればもう一度会いたい、露出する男の人に対して、はじめて抱いた感情でした。
     それなのに、私は唖然として彼を見送ってしまいました。通りに出ても彼は隠れようとせず、平然と街灯の下を歩いて行きます。その後ろ姿は女の子のようでした。
     私は、たった今、見せられたオチンチンよりも、その後ろ姿に興奮していました。彼の後ろ姿に自分の姿を投影できたからです。あんな姿のまま、人とすれ違うときには、どうするのだろう、と、そのときのことを妄想していました。
    ストリッパーとか、ヌードモデルとか、もちろん憧れます。お金ではなく、自分の裸が注目されるということに興味があるのです。
     でも、たぶん、私は、絶対にそうした仕事はしないでしょう。
     理由は、私の性格がよくないからだと思います。
     実は、私には、友人と呼べるような知り合いはいません。友だちと気楽に書いていますが、そうした人たちも、本当は友だちではありません。正確に記述するなら、仕事場の仲間とか、仕事仲間の知り合いとか、知り合いの知り合いとか、そんな感じです。
     飲み仲間のような女の人や男の人もいます。でも、その人たちも、ほとんどは仕事の関係者で、飲むときも、仕事の話しをしています。
     悲しい話ですが、仕事を離れて、旅行に誘われるとか、スポーツに誘われるとか、買い物に誘われるということは、ほとんどありません。いえ、まったくありません。
     性格が悪いから、あまり好かれていないのだと思います。
     別に暗い性格ではないと思います。普通に明く話したりしています。触られることは、ひどく嫌いですが、人間嫌いというわけではありません。仕事の仲間たちと飲みに行くことは苦痛ではなく、むしろ楽しいぐらいですから。
     でも、私は悪口が大好きです。他人のあら探しも大好きな上に得意です。こんな性格では友だちは出来ないと思います。私は私のような女とは友だちにはなりませんから。
     ですから、ストリッパーやヌードモデルを見る目も、厳しいんです。自分のことは、棚に上げて、こんなボディでよくヌードになれるとか、おっぱい垂れてるのに恥ずかしくないのかなあ、なんて、そんなことばかり考えます。
     ですから、エッチな雑誌や週刊誌やテレビで裸になっている女の人や、舞台の上で大勢の男の人たちの注目を浴びているストリッパーの人は、羨ましくてしかたないのに、自分には、絶対できないんです。体型のことで、悪く言われるに違いないって考えてしまうからです。
     ああした女の人たちは、性格が素直で、他人の裸を見るときでも、あら探しはしないのだと思います。そうでなければ、女は他人の前で裸にはなれないと思うのです。
     深夜の街で裸を晒すのと、ストリップは違う願望だとは思います。でも、本音で言えば、私にはストリップ願望も十分にあるのです。悔しいのですが。
    向かいの家の奥さんにつかまりました。驚くことに、彼女は「痴漢が出るのよ、知らない」と、言ったのです。本当に心臓が止まるかと思うほど驚きました。
     だって、痴漢といえば私なんです。全裸のまま何度マンションの周囲を歩いたことか。まだ、実際にしたことはありませんが、マンションを出ると、数メートルごとに曲がり角があり、ぐるっと一周してもどって来ることができるのです。一周数分の距離です。いえ、数十秒の距離です。
     なんども、それをしようと、長く湯舟につかっては、寒い冬の日の深夜に、外に出たものです。
     もちろん、かなり注意深く周囲を見ました。見つかっているはずがないと思っていました。
     奥さんは「うちのお風呂は駐車場の奥だから、覗けるみたいなのよね。うちには、小学生の娘がいるの、知ってる」私はかろうじて首を横に振りました。その話をきっかれに露出痴女のいたことを言ってくるのだと思っていたからです。
    「娘が覗かれたのよ。冬は窓、開けるじゃない。お宅も一階だけど、どう、覗かれない」
     これを読んでくれている方には意外に思えるでしょうが、私は露出痴女なのに、不用意に覗かれるのは嫌いなので、窓を開けてお風呂に入ることはしません。でも、窓を開けたい気持ちは分かります。
    「下着も盗まれるのよ」
    「あっ」
     私も経験がありました。でも、風に飛ばされたような気もしていたのです。二度ほど下着がなくなり、それからは外に干すのを止めていました。
    「おたくでもあったの、いやよねえ、気持ち悪いわよねえ、変な男の人とか見なかった」
     ようやく、私は、奥さんの話が覗きや下着を盗む痴漢で、露出とは無関係なのだと分かってきました。安心しました。でも、同時に、家の外を全裸で歩いてみたいという欲求に襲われました。まだ、私のことは知られてない、と、感じたからです。それが、本当に危険なことだとは十分に分かっているんです。でも、それも止められない衝動のひとつなんです。
    人以外は自転車が通りぬけるのも困難だと思えるような細い道をみつけました。もしかしたら、私道なのかもしれません。その道の中ほどの同じような細い道を抜けると駐車場があります。トタンのような仕切りはあるのですが、ところどころ破れています。
     私は、その道がはるか向こうに見えるマンションの入り口の植え込みのようなところに腰を降ろしていました。
     私のところから、その細い道までは、わずかの距離です。バスがすれ違うほどの大きな道ですが、車はありません。人が通る様子もありません。
     私はスエットパンツに指をかけました。先日出会った男の子のことを思い出していました。あんなに堂々と全裸で歩いて行ったのですから、私にもできる、と、そう思ったのです。パンツを下げると石の冷たい感触がダイレクトでお尻に伝わってきました。
     パンツを片足から抜きました。もう後もどりはできません。車ならともかく、人が通ったら、あきらかに不自然です。もう一方の足を抜いたとき、遠くから自転車が近づいて来るのが見えました。
     もう遅いのです。パンツをはいている余裕はありません。私は、脱いだパンツを丸めて腰にあてました。少し横から見れば、お尻がむき出しになっているのは分かってしまうはずです。
     自転車は私のすぐ前を通過しました。どんな人だったのかは見ていません。見る余裕がなかったのです。私は下を向いたまま、じっとしていました。
     ウエアーに手をかけました。首からそれを抜けば全裸です。
     迷いました。このまま脱ぐか、それとも、脱いだパンツをはくか。人は来ません。でも、道は決して暗くはありません。私が座っているマンションの入り口などは特に明るいのです。
     しばらく悩みましたが、私はウエアーを首から抜きました。全裸です。夜の冷たい風が全身を愛撫しているようで心地いいのです。刺すような痛みはありません。性的にも、もちろん興奮しています。でも、何よりも、すがすがしい風が心地いいのです。
     私は小さく丸めたスポーツウエアーの上下を片手で持ち、歩きました。アソコにも風が抜けて行きます。ラビアを風が撫でるのが、ものすごくリアルに分かるのです。
     いくつかのお店があります。突然シャッターが開けば、もう、逃げる場所はありません。アソコが冷たくなりました。濡れていたのかもしれません。
     そのとき、車のエンジン音が聞こえてきました。ハッとして後ろを見ると、ヘッドライトが目に飛び込みます。私の全裸は照らし出されていたはずです。私はあわてて、目的の路地まで走りました。意外なことに、すぐそばに迫っていた車は、いつまでも私を追い抜きません。いえ、近づいて来る気配すらないのです。
     路地の手前で、もう一度、後ろを見ると、車はバックで車庫に入ろうとしているところでした。
     ものすごく近くに思えたのですが、冷静に見ると、かなり距離がありました。
     私は路地に入り、再びゆっくりと奥に向かいました。左右には木造の家が並びます。もし、窓が開いていれば、全裸の私が見えるはずです。
     もう数歩で曲がり角です。私はそこまで来ると、他人の家の門に服をはさみ、そして、元の道へともどってしまいました。
     道路はものすごい明るさです。遠くからでも、そこに全裸の人間がいると分かるはずです。私は道路の真ん中まで歩いて、そこで立ち止まり、アソコを指で撫でました。アソコはカラカラに乾いていました。でも、少し奥に触れると、そこは湿っています。その湿ったものを指に付け、その指でクリトリスを触りました。一瞬、頭が白くなり、声が出そうになりました。
     その後、私は、急に怖くなり、路地に走りこみ、ウエアーを取って、駐車場の裏に行きました。緊張で手足が震えているために、パンツをはくことができません。落ち着こうと思ってもだめでした。
     冷静に、その路地まで歩けた自分が嘘のようでした。
     なんとかパンツをはき、ウエアーをかぶると、地面にしゃがみこんでしまいました。しばらくは立つこともできませんでした。元の道にもどる勇気はなく、駐車場から別の通りを抜けて家に帰りました。膝のぎこちない感覚は、家に帰るまでつづきました。
    青山、もちろん、私が勝手につけた名前です。青山さんは、酔うと全裸になってしまう女性です。少し前に、友だちの紹介で知り合い、仲良くなりました。たぶん、私が一方的に、そう思っているだけだとは思いますが。とにかく、私だけで彼女の家に遊びに行ける関係になりました。
     普通の人にとっては、普通のことなのですが、私にとっては、かなりイレギュラーなことなのです。
     だいたい、私は知り合っても、自分から電話することはしません。相手が迷惑がると思うからです。でも、彼女には、どうしても、もう一度、会ってみたかったのです。ですから迷惑がられても、ずうずうしいと思われて嫌われてもいい、と、そう覚悟して電話しました。でも、彼女は迷惑がる様子などありませんでした。ブログの効果なのでしょうか、最近、他人と接するのがうまくなってきたような気がします。
     私たちは、デパ地下で買い物をして、彼女の家に行きました。彼女は、お酒よりも食べるのが好きということで、デパ地下の買い物も嬉々としていました。私はデパ地下は苦手です。
     彼女は、私の前で平気で着替えます。まだ、お酒を飲む前ですから、全裸にはなりませんでしたが、ブラは、さっと取り、なんでもないように部屋着を羽織りました。唖然です。私なら、絶対にできません。そして、私にも、部屋着をかしてくれました。めんどうなら泊まっていけばいいと言うのです。まだ、たった二回しか会っていないのに……
     そして、私が着替えるときに「おっぱい小さいから、見られるの恥ずかしい」と、言うと、彼女は「ホントだ、でも、気にするほど小さくはないよ、私の友だちにペッタンコな子もいるから、それに、形がいいから、そういうおっぱい好きな男って多いと思うよー」と言って、笑いました。私は、彼女の中に、ものすごく深いドロドロとした何かがあるのだと思っていました。でも、違うのです。
     彼女の裸はセックスするためにあるみたいなんです。酔うとセックスがしたくなる、と、彼女は言うのです。セックスのときには服を脱いで全裸になるものなので、酔うと脱いでしまうのだと思う、と、かんたんに言いました。そこに相手がいても、いなくても、セックスしようとした身体が服や下着を邪魔にするんだそうです。
     私は、自分にも露出願望のあることを告白するつもりで彼女と会いました。彼女なら私のことを理解してくれるに違いない、と、そう思ったからです。でも、違いました。酔ってセックスする相手がいるかいないかも分からない状態になってしまい、そして、セックスを求めて彼女は脱ぐのです。セックスしたくないために脱ぐ私とは、まったく別のものです。
     彼女はその日も、すぐに酔い、そして、すぐに全裸になりました。ストリッパーのように私の前で開脚し、おっぱいを私の顔に押し付けようとします。彼女の言うことが本当だとすれば、私も彼女のセックスの相手として選ばれているのかもしれません。もし、私にオチンチンがあれば、そんなときには、セックスしてしまうのかもしれません。
     私は、脱ぎ、踊り、暴れ、そして、眠った彼女を置いて、寂しく家にもどりました。
    用事があって、つきあいのある会社の会議室で人を待っていました。二階にある会議室の窓は大きく、通りがよく見えます。しばらく待たされたこともあって、行儀はよくないのですが、私は窓のところに立って表を見ていました。
     近くに立ち話しをする主婦が二人いました。ときどきこちらをチラッと見るのです。そして、また、何かを話しています。
     私はハッとしてスカートを気にしました。下からパンティが見えているのかもしれないと思ったのです。でも、いくらなんでも、それは考えられません。次に、ファスナーを気にし、最後は、鏡で顔を見てしまいました。
     冷静に考えてみれば、化粧がくずれていたとしても、その人たちから見える距離ではありません。
     軽い被害妄想なのです。
     思えば、私は昔から、そうした傾向がありました。ひそひそ話しをしている人を見ると、自分の悪口を言っているのかもしれない、と、心配になりました。
     深夜の街を全裸で歩いているところを、どこかで見た人は、きっと、私のことを話すはずです。そこにもう一人いるなら、すぐにその人に話すかもしれません。
     それは快感なのです。
     でも、日常の中で、何かひそひそ話ししている人を見るのはイヤなものです。
     立ち話しをする主婦は、何度も私のほうを見ました。
     いっそ、ここでスカートをめくり、パンティを降ろせば、あの人たちは、変態がいるとしか言えなくなって、他の話しは出来なくなるかもしれない、と、そんなことを思いました。
     それが私の露出痴女となった原因だとは思いません。でも、そんなところに、何かあるのは事実なのだと思います。被害妄想が、ただの妄想となり、妄想を実行したくなり、実行したことを、また、妄想してしまうのです。
     まさかそこでパンティを降ろしたり、スカートをめくったりは出来ませんから、せめて、窓にお尻を付けてパンティだけでも見せようかと思いました。靴を直すふりをすれば自然か、掃除しているふりをすれば自然か、そんなことを考えていました。そんなことを考えている間に、会社の人が来てしまいました。あのまま、もう十分も待たされたら、私は本当にそれを実行していたかもしれません。
     そんな勇気なんかなくて、それさえが私の妄想だったのかもしれませんが。
    ひとつのことを、やり遂げるというのは、得意なことだと思っていました。でも、毎日のように文章を書くというのは、想像していた以上にたいへんなことでした。 露出したい自分がいて、そんな自分を誰れかに知ってもらいたい自分がいて、でも、こんな自分を誰れにも知られたくない自分がいて、そんな矛盾した感情のままに、いろいろな掲示板を見ていました。露出専門の掲示板などに書き込みをしたり、マニアサイトの会員になったりもしました。 その中でメールだけですが、親しくなった人もいました。騙されたこともありました。 掲示板に集まる人は、女の私が書き込みすれば、それに答えることをせず、ただ、会いたい、とか、写真を送れとか、ガードしてあげるから、と、そればかりでした。 私は友だちが欲しいとか、パートナーが欲しいという理由で怪しいサイトに書き込みをしていたわけではないんです。 ただ、こんな私のことを、私を知らない人、絶対に私とは知り合わない人に聞いてもらいたかっただけなのです。そうした意味で、ブログはとても面白いものでした。掲示板と違って、たくさん書いていいのも、ありがたかったです。 でも、問題もありました。聞いてもらいたい話がたくさんあると思っていたのですが、書きたいことは、意外なほど早くなくなりました。 そうすると、自分の欲求とは別に何かしたくなってしまうんです。意外でした。たとえば、露出の男の人がいても、以前なら無視していました。遠くから見ることはあっても、話しかけたりは出来ませんでした。でも、ブログを書くようになってからは、話しかけてしまいます。 そんな自分がいいのか、悪いのか分かりません。もし、嫌ならブログを止めればいいことです。でも、過激になれる自分を楽しんでいるというところもあるんです。これからの自分のことを考えると不安も大きいのですが……
    こんなことばかり書いていると、嫌われそうですが、私にとって、興味深いのは、露出をする自分と同じぐらい、ブログを書く自分なのです。
     最初は、好きなことを書けるのが面白かったけど、何の反応もなくて、あまり意味も分からなくて、くじけそうになりました。
     そのとき、いろいろコメントをもらうようになりました。少し元気が出ました。特にmichikoさんのコメントは嬉しかったですね。同性ということ、子供を相手にする職業だということ、本が好きだということ、私の日常では、知り合うことのないタイプでした。知り合ったとすれば、私のことを嫌いになるタイプの女性でした。彼女がブログを頑張っていたので、私も頑張りました。
     でも、それでも、くじけそうになりました。
     そのときに参加してくれたのが麗奈さんでした。麗奈さんは、頭のいい人で、ただブログをするだけでなく、いろいろな悪巧みをしてくれました。悪戯もしようと計画しました。写真を撮りあう約束もしました。もちろん、出来ないことも多いのですが、メールを読むだけでワクワクしました。ブログを利用してエッチな悪戯を仕掛けようという彼女のアイディアは私にはない、ユニークな発想でした。
     また、ブログを頑張ろって思うことができたんです。
     お二人が、ブログを止めてしまうのは、私にとっては、とてもショックなことです。もし、これを読むようなことがあれば、もどって来てください。私はコメントもマメじゃないし、ワガママですけど、二人がブログの世界にいてくれることが嬉しかったんです。
     麗奈さんは、メールでは元気なのですが、もしかしたら、このままブログにはもどらない可能性もあります。とっても寂しいです。
     もちろん、私は一人になっても書き続けますが……。
    成績が悪いというわけではありませんでした。でも、目立ちませんでした。スポーツが苦手というわけでもありませんでした。でも、得意ではありません。異性に好かれるタイプでもありませんが、特別に嫌われたという体験もありません。
     仲間はずれでもなく、いじめられていたわけでもありません。
     でも、私は孤独だったような気がします。家でも、学校でも、いつも一人だったように思うのです。
     漠然とした根拠のない疎外感がありました。
     みんなと楽しみを共有できなかったのです。テレビの話題、アイドルの話題、友だちの話題、そうした話題がありませんでした。
     ですから異性に対しても、あまり興味がもてませんでした。いっしょにいても楽しくないのです。いえ、疲れてしまうのです。
     口の中を見られるのがイヤでした。髪が綺麗かどうかが気になりました。臭いについては、さらに気にしました。誰れかといれば、たとえ家族でも、そんなことばかり気にしてしまうので疲れました。いっそ一人になれたら楽なのに、と、いつも思っていました。
     最近はかなりよくなっています。他人といっしょにいても楽しいと感じるようにもなりました。
     でも、あの頃は、とにかく一人が気楽でした。
     他の女友だちが異性と話したり遊んだりすることに熱中しているのが理解できませんでした。
     その一方で、異性の裸にはものすごく興味がありました。背の高いがっしりした男の子には、大きなオチンチンがあるのか、まだ、子どもっぽい男の子のオチンチンは小さくて包茎なのか、そんなことばかり想像していました。
     友だちが男の子の話しをしていても興味を持たないのに、エッチな話になると、私は熱中してしまいます。とくに、オチンチンを見たというような話しは大好きでした。ですから、私のエッチは有名でした。
     まだ、全裸で歩くとか、ノーパンで歩くという露出欲求は、その存在さえ知らない頃でしたが、男の子にこっそりアソコを見せてあげたい、着替えやトイレを覗かせてあげたい、と、そんなことは、すでに考えていました。いえ、実行もしていました。
     見られた瞬間、見せてあげた瞬間、見た瞬間、そのときだけが、私は私以外の人としっかりとつながったのです。孤独が癒されたのです。
     その露出の奥にある快感は、今も変わらないと思います。
     普通の女の子は、セックスしない相手のオチンチンなんかに興味はないと言います。もちろん、本音かどうかは分かりません。
     私は、あまり人付き合いが得意ではなく、友だちも極端に少ないほうだと思うのに、オチンチン見たいとは平気で言います。女友だちはそれで引いてしまうのかもしれません。でも、見たいものは見たいのです。
     露出している痴漢の人と出会ったときでも、本音はじっくり見せて、と、思っています。ただ、その後のことを考えると、怖かったり、めんどうだったりするので、無視してしまうこともあります。
     たとえば、こんなことがありました。深夜のハンバーガ屋さんにいたら、通りの向こうでオナニーしている男の人がいたんです。通りからは死角になっていましたが、私のところからは、ハッキリとオナニーの様子が見えるのです。
     もっと、じっくり見ていたら、オチンチンの大きさなんかも見えたと思います。本当は見たいんです。でも、じっくり見たりしたら、待ち伏せされるかもしれない、と、そう思って別の席に移動してしまいました。
     部屋の窓を開けてオナニーしている人も、よく見かけます。私は深夜の散歩のときでも、仕事の電話を受けてしまいます。たぶん、その私の声に反応しているのだと思います。私も家にいて露出したくなるのは、人の声が聞こえたときですから。
     二階の窓に全裸で立って、窓の外に向かってオナニーしている人がいます。そんなときは、じっくりと見てしまいます。相手は出て来ることが出来ない、と、そう思うからです。
     お風呂だと思える一階の窓に、おもいっきりお尻を押しつけている人もいました。通りが窓より少し高くなっていたので、見下ろさなければ見えません。でも、私は電話で話すふりをしながら、しばらく見つめてしまいました。もっとも、その人には、私が見つめている姿を見ることは出来ないはずですから、向こうは何が楽しいのか、ちょっと不思議でしたけどね。
     私は、やっぱりオチンチンが見たいし、オナニーも見たいです。男の人のそうしたお店はあるそうですが、私は女の人のための、そうしたお店があったら行くと思います。やっぱり、スケベで変態ではあると思いますね。
    トイレのカギをかけ忘れるのは、刺激的な露出です。それも、私の好みは和式トイレで、ドアにお尻を向けているタイプのものです。
     ところが、最近は、そうしたトイレを見つけることが難しくなりました。そもそも、男女共用のトイレさえ少ないのです。
     小さなパブや喫茶店ならありますが、そうしたところでカギをかけない勇気はありません。やはり、トイレが店から離れた場所、奥の死角にあるような場所にあるお店がいいです。ドアをあけられた惨めな姿は、たった一人にしか見られたくないからです。
     昼間の時間帯なら、女の人よりも男の人のほうが多くいます。女性専用と男女共用の二つの個室のあるところなら、まず、共用を女の人があけることはありません。
     それに、私はかなり長くトイレに入っています。もちろん、それでもトイレに誰れも来ないことのほうが多いです。今日も、一時間ほど待ち合わせより早い時間に行き、○ックにいました。その間、二回もトイレに入りましたが、誰もあけてくれませんでした。
     私は、たくさんの痴漢に遭遇しています。でも、電車で痴漢に遭遇したのは人生で二度しかありません。たぶん、露出痴漢に多く遭遇しているように感じられるのは、そけだけ、私がフラフラしているからなのだと思います。
     実際、深夜の街をこんなに歩いている女は、私ぐらいかもしれないと思います。
     深夜の街は、私でなくても、女一人で二時間も歩いていたら、一人ぐらいは、おかしな行動している人に遭遇すると思います。
     あまりエッチでないことは書かないようにしているのですが、こんな体験もあります。
     まだ、露出する勇気もなく、意味もなくフラフラと散歩していた頃の話しです。
     男の人につけられているような気がして、私は路地に逃げこみました。そこが家だと思えば諦めるだろうと思ったのです。
     路地の奥に隠れて待ちました。男の人が来る様子はありませんでした。恐々と通りを伺うと、男の人の姿はそこにもありません。代わりにワンピースを着た女の人がこちらに向かって歩いて来ました。
     女という安心感で、私は路地に立ったまま携帯電話を見ました。時間を見たかったのです。
     すると、ワンピースの人が路地を曲がって来ました。
     行き止まりの路地です。私は住人に勘違いされるのがイヤなので、あわてて路地から出ようとしました。その瞬間、ワンピースの人と目が合いました。男の人です。女装ではありません。化粧なんかしてない普通の男の人なんです。
     その人は私の顔を見ると「エンエンエン」と、泣きまねします。怖いので私は小走りに通りに抜け、振り返りました。彼は、こちらを見ていたようですが、私が振り返ったのを見て、また、泣きまねしています。
     怖いのでそのまま私は逃げました。彼が何をしたかったのか、それは今も分かりません。深夜の街はミステリーランドなんです。
     女装をして露出痴漢をする男の人というのは、考えもしませんでした。でも、私の顔を見て、いかにもな泣きまねをしたのはどうしてなんでしょう。私が女なのでガッカリしたという意味、それとも、私が若くないのでガッカリしたとか。ところで、その人たちは、男の人に見せたかったのでしょうか。不思議です。
     そう言えば、全裸で堂々と街を歩いていた男の子は「男の人にも見られたい」と、いうようなことを言っていました。
     それなら、銭湯とかに行けば、いくらでも見せられるような。
     私には理解できない世界なのかもしれませんね。
     私も女の人にも見られたい、と、思うことはあります。
     その理由はかんたんなんです。実は女の子のアソコをじっくりと見てくれるのは、子どもと、それから女性なんです。
     男の人は、露出している女には興味があっても、アソコには、実は興味なかったりするんです。
     いえ、興味はあるんですよね。
     ようするに、アソコを観察するよりは、触ったり、セックスしたり、触ってもらうことのほうが好きみたいなんです。
     ところが、女の人というは、アソコの形、そのものに興味あるんですよね。
     私も興味津々です。ラビアの大きさとか、厚み、クリトリスの大きさとか、それから、全体の大きさ、色とか、ヘアーの量。でも、ヘアーは濃いのが恥ずかしいのか、薄いのが恥ずかしいのか分からないんです。
     実は、女どうしでアソコを見せ合うと、その目は、私の好きなランランとした子どものような目に変わるものなんです。大人の男の人にはない輝きがあるんです。でも、アソコの見せ合いっこができる相手なんて、そうそう見つかるものではありません。
     私は子どもも動物も嫌いです。正確に言うと怖いんです。
     でも、ネコを飼っています。小ネコが玩具を見たときの目が好きだからなんです。あの「見つけた」みたいな目、それがたまらなく好きなんです。あとは嫌いです。
     私が露出したときにも、それを見つけた男の人は、一瞬、素敵な目をします。でも、その後、すぐに別な目になります。知り合いなら、なおさらです。観察の対象なのは一瞬でセックスの対象となります。
     ところが、深夜の街には、そうではない、本物の変態さんたちがいるのです。
     たまには、私の理解を越えてしまった変態さんもいますが、私の好きな変態さんもたくさんいます。ですから、私は深夜の街が好きなんです。
    自分の膝を前屈みで触っただけでお尻が丸見えになってしまうほどのミニを持っています。でも、それをはいて外を歩いたことはありません。理由は自分でも分かりません。
     もちろん、買ったときには、これをノーパンではこう、と、思ったのです。これで階段をのぼろう、駅前などで待ち合わせしている人の前で、おもいっきり屈んでみよう、そんなことを思いました。
     鏡に写すと、本当にすごいんです。ノーパンだったら、背中を反るだけでアソコが見えてしまうんです。
     アソコを見せたい。
     でも、その前に、そのスカートをはいて歩く勇気がないんです。別にスカートの中を見られるのが恥ずかしいからではありません。だって、そのためのスカートなんですから。
     恥ずかしいのは、そんなスカートをはいて歩いたときの同性の非難の目なんです。
     脚でも格好良いつもりなの、と、思われるのは恥ずかしいんです。スタイルも良くないのに、と、思われるのは悲しいです。たとえ男の人だったとしても、似合わないとか、服装のわりに地味な顔だとか思われたくありません。
     そうしたことを思われるほうが、アソコを見られることより、何倍も恥ずかしいんです。
     でも、今日、私と同じようなスタイル、体型で、同じような年齢の女の人が二人も、そんなスカートをはいているのを見かけました。しかも一人は素足でした。スカートの中までは見えませんでしたが、思わず見つめてしまいました。
     私のスカートより短いかもしれない。それなら、私だって、あのスカートをはいてもいいかもしれない。そう思い、家に帰ってから、スカートを引っ張り出し、久しぶりにはいてみました。
    「私って魅力的でしょ」と、訴えるようなスカート。やはり私にはそれをはいて出かける勇気はありませんでした。深夜のこととはいえ、全裸になって歩くことができるのに、同じ深夜に、ミニスカートをはいて歩くことはできないなんて、なんだか矛盾してますよね。
    その公園の中央には大きな桜の木があります。宵の口には、そこで宴会でもあったのでしょうか。紙コップなどが散乱しています。
     少し離れたところにあるゴミ箱からは、ゴミがあふれています。
     ゆっくりと歩きながら公園を一周すると、いくつかのベンチに寝ている人がいました。酔って寝ているというよりは、そこで生活しているかのような人でした。
     私がそばを歩いても起きる気配がありません。
     トイレは汚く、オシッコをするふりだけだったとしても、とても足を踏み入れる気にはなれません。最近の公園のトイレは綺麗になってきたのですが、この時期は特別なのかもしれません。
     私は、ブランコを囲う手すりに腰を降ろしました。フレアーの長いスカートの下には何もつけていません。白のブラウスは透けて乳首がはっきりと見えます。もし、カーディガンの前を開けば、それだけで、おっぱいは露出してしまいます。
     スカートを少し少したくしあげました。膝が出ます。むき出しの膝です。さらにたくしあげると、ヘアーまで露出しました。そうしておいて私は周囲を見回しました。誰れかが来る様子はありません。
     私のお尻と手すりに挟まれていたスカートを抜き取り、今度はお尻も露出してみました。
     このまま両手でスカートを持って公園を出て行こうと思いました。スカートが長いだけに、その格好で歩けば、かなりエッチなんです。
     たくしあげたスカートを胸のところで持てば、お尻もアソコもむき出しです。ラビアに風があたります。十分にあたたかいのに、アソコは冷たく感じます。
     お尻にも風が通ります。
     全裸で路上を歩いたことだってあるのに、スカートをたくしあげて公園の中を歩くことができません。何度体験しても、やっぱり怖いものなのです。
     一度、後ろを見て、やはり人がいないのを確認して、歩きはじめました。戸惑いはしましたが、けっきょくは実行しました。
     私にとって露出は解放感ではありません。激しい嫌悪感です。どうしてこんなことしているの、どうしてこんなことをしなければならないのって後悔します。後悔している最中でさえ、私はスカートを降ろしません。
     後悔しながら嫌悪しながら、私は歩くのです。
     見られたいから露出なのに、見られていなくても、私は歩きます。でも、頭の中は、妄想のたくさんの視線を浴びているのです。
     何しているんだろう、変態女なのか、それとも、誰れかにさせられているのか、いじめられているのか、いろいろ妄想されているに違いないということを妄想するのです。
     公園の中央の桜の木の下でガマンできなくなって、私はスカートを降ろしました。
     たったそれだけでも、興奮しています。見られてはいないけど、十分にオナニーできるほど私は感じています。そこにベッドがあったら全裸で飛び込んで何度も何度もアソコを触りたいです。そのぐらい私は興奮しています。
     でも、その興奮は家まではもちません。もし、誰れかに見てもらったら、その興奮は家に帰っても続いているのに……
    報告が少し遅れてしまいましたが、銭湯に行きました。番台に座っていたのは、おばさんでしたが、掃除には彼が出て来るはずだと私は思いました。なんとなく、銭湯というものの仕組みが分かって来たのです。
     私はいつものように、ゆっくりとお湯につかっていました。
     私の他にもお客さんはいましたが、たいていの人は、終わり間際には何も言われなくても帰って行くようなのです。電気を消され、掃除がはじまるまでいる人は、どうやらいないようなのです。ある意味、私って、かなり迷惑なお客かもしれません。
     身体を洗うこともなく、私は湯舟につかっていました。以前は身体も髪も洗わなければ、と、思ったのですが、そんなことを気にしている人もいないようなので、私は、洗うのは家にもどってからにしようと思ったのです。水も違うし……
     湯舟から番台を見ると、すでにおばさんの姿はありません。たったそれだけで、私はドキドキしてきました。
     タオルで軽く身体を拭き、全裸で脱衣場に出ました。直接、彼の姿を捜す勇気のない私は、大きな鏡の中に彼を捜しました。いません。
     今日は、失敗だったかな、と、思い、ロッカーもあけずに、中庭に出ました。鯉なんて、好きでもないし、興味もないけど、見たいと思ったんです。
    「あれ」
     思わず私は声を出してしまいました。彼が池のところにいたからです。驚きました。庭は少し低いところにあるので、彼の顔は私のアソコの正面なんです。
     少し上を向いて彼は「あっ、○○屋さんの……」と、言いました。彼は下から見ています。もしかしたらアソコの奥まで見えているかもしれません。
    「どこかで見たなって思ったんですよ、先日、あの、いましたよね」
     私はあまりの驚きに自分が全裸であることを忘れているような演技をしていました。しているつもりでした。そうしなければ不自然だと思ったからです。
    「ええ」
     彼は私の裸には興味がないようで、すぐに下を向いてしまいました。私の裸より、何か別のものが気になっていたようです。私はそれをいいことに、少し足をひろげました。もう、不自然な格好です。
     彼はチラッと私を見て「あの前にも会ってましたよね、でも、うちのお客さんの顔ってね、外では一致しないんですよ」と、話しました。
    「なんか、ちょっと、恥ずかしいですよね、知らない人だと思うから平気なのに、知ってる人の前で全裸なんて」
    「でも、お風呂ですから」
     彼はにっこり笑って言いました。彼には本当に私の裸に対する興味がないみたいなんです。
    「ハーブにしたんですね」
    「ええ、毎週違うものにしているんで、ちょくちょく来てくださいよ。いいものでしょ」
    「ええ、疲れてるときには最高」
     そう言って、私はロッカーにもどりました。バスタオルを出し、もう、ほとんど乾いている身体を拭きました。庭に背を向け、前屈みになって足を拭きました。もし、彼が庭から見ていれば、少し距離はあっても、私のアソコ、それも、ぱっくりと割れたアソコ、そして、お尻の穴も、恥ずかしいとこ、みんな丸見えになっているはずです。
     鏡の中に彼の姿を捜しました。どんなに興味がなくても、見慣れていても、こんなところまでは見たことないでしょ。こんな姿なら見たいでしょう。そう思っていました。
     でも、彼の姿はそこにはありませんでした。
     私は服を着て、家にもどりました。でも、彼が庭から隠れて私の姿を覗いている姿を妄想し、何度もオナニーしました。
     ただ、本当は、彼は私なんかにまったく興味ないんでしょうけどね。彼の「お風呂だから」という言葉はそれを象徴していたような気がします。
    麗奈さんを通じて、いくつかのサイトからお誘いがありました。彼女はプロですから、そうしたサイトでイベントをしたり、ネット調教をしたりしているそうです。
     このブログをはじめる前にも、掲示板などに書き込みしていると、同じような誘いを受けました。
     でも、私のは、妄想、最近は現実にもしていますが、それでも、妄想がやっぱり大きいのです。誰れも見ていないのに、見られた、と、思い込みます。見られたときには、その人が何を思ったとか、電話で友だちに報告するとか、近所の主婦が露出痴女出現の噂話しているとか、小さな現実と大きな妄想なんです。
     本音で書けば、オナニーしてもらいたくて、脚色もしちゃいます。やっぱり、私の書いたものでオナニーしていると想像するのは嬉しいことだからです。でも、私はそのためには書けないと思うのです。
     ここは、こう書いたほうが男の人は興奮するかも、と、そんな楽しい想像をして書くこともあります。その反面、こんなことがあったの、と、ただ、私の驚きを書いてしまうこともあります。読む人のことなんか考えないので、文章もおかしい。今回のように、興奮に反比例するようなことも書きたくなります。
     本当はね、と、そんな書き方が実は好きだからです。
     本当はね、私の子どもの頃の告白の中には、家族や親戚が出て来ているんです。書きたくないから、友だちって書いてしまったり、男の子って書いてしまったりしています。それを後になって告白して行くのは楽しいかなって思っていたんです。ちゃんとしてないから楽しいというのは、やっぱりあると思います。
     アルバイトの話しは、ちょっと美味しい。魅力的。でも、やっぱり、私は気まぐれに書くのが好き。
    昼間、人がたくさんいる公園でオシッコをする、そう思ったら、昨夜から眠れませんでした。
     そして、デートスポットとして有名な大きな公園に行きました。
     公園の茂みにしゃがんでしまえば、下半身は見えません。猫を見ているふりをしていれば、そこでしゃがんでいても、誰れも不思議には思わないはずです。それは、何度も実験したので、よく分かっていました。その公園のそばの会社に仕事で行くのは、半年に一度ぐらいなんです。もし、チャンスを逃せば、次は半年後、いえ、もう、チャンスはないかもしれません。
     でも、今日は雨だと思ったので、たぶん、できないと思いました。人のいるところでオシッコしたい。でも、雨で中止になってほしい、そんな気持ちでした。ところが、今日は晴れてしまいました。
     私は、予定通り、ロングのフレアースカートをはいて出かけました。
     午後はあたたかく、公園には、思った以上に人がいました。
     私は、公園のトイレでパンティを脱ぎ、カバンに入れました。そのまま耐えられずに、一度、オナニーをしてしまいました。一度、オナニーをしてしまうと、もう、欲求を抑えることはできません。
     茂みにはたくさんの猫がいます。そこにしゃがんでいても、猫好きの女だと思われることでしょう。
     私は、スカートにオシッコがかからないように、膝を少し出してしゃがみました。不自然です。でも、スカートの裾を地面につけないためと考えられなくもありません。左右の足を広げて、膝をつけました。そうするとオシッコは前に飛びます。少しでも、怖がってお尻をあげたりしたら、スカートの後ろにかかるかもしれません。前はたくしあげることができますが、後ろは無理です。それをしたら、剥き出しのお尻が露出してしまいます。
     オシッコをしようと思うのですが、なかなか出ません。外でオシッコをすることには慣れてきていますし、見られながらオシッコするのも平気になりました。それなのに、オシッコは出ません。出そうになると、人が歩いて来たり、ガサガサと、音がしたりして、集中できないんです。
     それでも、私は諦めませんでした。
     他人からはオシッコしているとは分からないのだ、と、そんな安心感があったからだと思います。
     しばらくすると、シュルシュルという恥ずかしい音が聞こえました。そばに人がいたら聞こえそうなほど大きな音で、びっくりしました。こっそりすることができなかったのです。あわてて止めようとしたのですが、あまりに気持ちよくて止められませんでした。
     頭がしびれたようにボーとして、全身に快感が走っていると、そんな感じでした。足の先まで気持ちいいのです。こんな快感ははじめてだったかもしれません。
     私の計画にはなかったのですが、オシッコのあと、ポケットティッシュを出して、その部分を拭いてしまいました。そんなところを見られたら、さすがにオシッコをしたのだと分かってしまいます。それでもいいと思ってしまいました。幸い誰れにも見られませんでした。私はそのティッシュを手に持ったまま立ち上がりました。そして、そのティッシュはさりげなくゴミ箱に入れました。きちんとたたまれたまま濡れたティッシュはゴミ箱の中で不自然に見えます。
     急に恥ずかしくなり、私は小走りに公園を逃げ出しました。
     これを書きながら、あの瞬間のこと鮮明に思い出しています。これからオナニーします。
    最近、露出散歩をしていません。不思議ですよね。真冬の死ぬほど寒いときには、毎日、本当に毎日のように深夜になると散歩していたのですが、最近は歩きません。
     その分、お風呂屋さんとか、トイレとかで露出のようなことをしています。
     でも、考えてみれば、あたたかくなってきたからこそ、深夜の露出にいいはずですよね。
     露出のつもりもなく歩くことはあります。本人は健康のためのジョギングのつもりです。あまり走りませんが、ジョギングです。真冬は、そうしていると逆に露出痴漢に遭遇したのですが、最近は、それも少なくなりました。あたたかくなって露出の季節になったと思ったのに、私も、みんなも、露出していないみたいなんです。
     露出の男の人たちは、どうなのでしょうか。あたたかくなって露出しているのでしょうか。それにしては遭遇しなくなったように思うのですが、気のせいかな。
     最近、露出痴女をするようになって、いいことを発見しました。
     なんと、私のお尻の形は、学生時代にもどっているんです。昔から、細身なのにお尻はぷっくりしていて、恥ずかしいほどエッチでしたが、最近、それがたるみかけていたんです。水泳はやっていましたが、サボリがちでした。続かないものですよね。
     ところが、露出したい、いい場所はないかな、ここで全裸になりたい、でも、怖い、そう考えながら、毎日のように歩いていたからでしょうか。なんだか、お尻の形はよくなっているんです。気になっていたお尻の下のシワもなくなっています。
     ただのジョギングでは、ここまでにはならなかったと思います。
     ちょっと、得した気分です。
    私の小学生時代は、家にいても一人のことが多く、夏休みなどは親戚の家に長くあずけられることが多か ったのです。それも私を露出痴女にした要因かもしれません。
     もっとも、親戚の家は、大家族でいつもたくさんの人がいたので、私は決して嫌ではありませんでした。暗い自分の家よりは楽しく過ごしていたような気もします。
     ただ、女の子を育て慣れていないのか、それとも、私が特別に敏感だったのか、性の話が子どもには過激なほど出ていました。
     おじさんたちが、変態の話しをしていたときにも、私は茶の間にいっしょにいました。奥さんが変態にお風呂を覗かれたという話をしていたのです。おばさんは真冬なのに寒くないのかね、と、いうようなことを言いました。すると、おじさんは変態は寒くない、と、答えたのです。
     私はお風呂という言葉が印象に残ったからなのでしょうか、男の人が全裸でお風呂を覗いている光景を思い描いてしまいました。しかも、雪のつもる中に全裸なんです。そのときには、覗かれている奥さんのことより、外からあたたかいお風呂を全裸で覗かなければならない覗き痴漢のことばかり考えていました。寒い中で全裸でいる姿を想像して興奮していたのです。
     また、おじさんは、奥さんがもっと長いのが好きらしいから、と、オチンチンの話しをしていたこともあります。そのとき、おばさんが「あんたのも、それなりに長いとに」と、言ったのをハッキリ覚えているんです。
     おばさんと、おじさんは、姉弟です。それが、どうしてオチンチンのサイズのことまで知っているのか気になったのです。弟のオチンチンを見たことがある、きっと、二人は大人になっても、お風呂にいっしょに入ったりするんだ、と、そう思いました。そして、私はおばさんのアソコと自分の奥さんのアソコをそれぞれに比較しているおじさんの姿を想像していたのです。
     もし、そこにいた子どもが私でなければ、そうした話しはなんでもない話しとして、記憶されなかったのかもしれません。いえ、きっと、普通はそうなのでしょう。やはり、私はおかしな女の子だったのだと思います。
    露出散歩しようと決めていたのに、雨でした。しかたなく私は、露出する気もないまま、深夜でもやっているハンバーガ屋さんに行きました。
     お客は、私の他に学生ふうの男の人が二人、一人はボーとしていました。もう一人は勉強しているようでした。
     お店の人はカウンターの奥にいます。トイレは洗面の奥です。洗面と店の間にあるドアにはカギがありません。男性用のトイレはなく、個室があるだけです。
     私は、しばらくコーヒーを飲みながら、本を読んでいました。露出する気がなかったので、カバンを持っていました。書類の入る女性ものとしては大きなカバンです。
     本を読みながらも、私は全裸になることを考えていました。一度、トイレに入って、下半身だけ全裸で出て来ることも考えました。でも、巻きスカートではありませんから、外でスカートをはくのが難しいので止めました。その上、雨なのですから。
     それでも、私は全裸になりたくて、トイレに入りました。お客さんは私以外二人だけです。私がトイレに入れば、その後にトイレに入って来る人もいないでしょう。カバンを置いていますから、トイレにいることは分かるのですから。
     私は、トイレで全裸になって、洗面まで出ることにしました。そのドアにはすき間があり、そこから店の中が見えます。
     それを知って私はドキドキしました。全裸のまま店内を見ることができるからです。
     私はトイレの個室に入れカギをかけました。そして、まず、スカートを完全に脱ぎ、パンストとパンティを脱ぎました。帰りはパンストは無理なので、パンストだけカバンに入れました。ウエストまでの短いジャケットとブラウスですから、下半身は完全に露出しています。
     でも、それ以上、脱ぐ勇気が出ませんでした。トイレの中、しかも、カギまでかけたのですから、全裸になっても平気なはずなんです。でも、だめでした。
     まよっていると、ドアが開きました。突然です。私は洋式便器に座っていました。
    「えっ」
     と、言ってしまいました。他に言葉なんて見つかりません。
    「あれっ」
     勉強していたほうの男の人でした。ドアを開けたまま「カギ、壊れてません」と、言うのです。そんなことより早く閉めてよ、と、思いました。
     彼はすいませんとも言わずにドアを閉めましてた。私はすぐに立ち上がり、ドアにカギをかけました。座ったままでは、カギが閉められない距離に便器があったせいです。
     カチャと、確かにカギがかかりました。すると、すぐにドアが開きました。彼が開けたのです。
    「ほらね」
     そんなのんきな言葉でいいのでしょうか。トイレなんです。カギが壊れてることなんか、わざわざ教えてくれなくてもいいから、開けないで欲しいのです。
     私の下半身には、何もありません。スカートもパンティも棚の上なんです。しかも、洗面にはドアしかありませんから、中の会話を聞いた他の人が入って来れば、私の裸の下半身は、別の人にも見られることになります。
     トイレのカギをかけても開くようにする方法があると聞いたことがありました。そのことを思い出し、彼がそれをしたのではないかと思いました。露出したかったはずなのに、何故か悔しいんです。
    「わかりました」と、少し怒ったように言って、ドアを閉めようとしたら、彼の手をドアにはさんでしまいました。それも、故意だったような気がします。
    「ごめんなさい」と、言ってしまいました。
     ドアを閉めなおして、あわててスカートをはき、パンティはバックに入れてトイレを出ました。
     彼にどこまで見られたのかは分かりません。なんだか頭にきて、店を出ました。
     でも、その後で、今度はドアに裸のお尻を向けて、後ろからアソコを見てもらおうと考えました。カギがもし彼の仕業なら、また、彼がドアを開けるはずです。全裸になっているというのもいいかもしれない、と、そんなことを考えました。
     どうしてドアを二度も開けるのよ、と、怒っていたのに、今度は、見せてしまおうと考えてワクワクしているのです。
     おかしいですよね。でも、見られるのと、見せるのは、やっぱり違うものなんです。
    私は露出の女の子に会ったことがありません。サイトでは何人か知り合うのですが、長くメールをしていると、彼女が露出ではなく、彼氏主義なんだと分かります。
     でも、もちろん、私のような女の子もいることでしょう。
     ただ、もし、いたとしても、女の子の場合は、男の人と違うような気がします。男の人の露出の人というのは、やっぱりオチンチンを見せなければならないと思うんです。
     でも、女の子の場合は、おっぱいだったり、アソコだったり、お尻だったりすると思います。
     実は、私はおっぱいは見られたくないんです。全裸は見せたいのに、おっぱいは見られたくないんです。私のおっぱいを見ても、男の人はエッチな気分にならないからだと思います。
     アソコはじっくり見てもらいたいです。でも、チラッと見られるのは辛いです。決して綺麗とは言えないからです。女の子でも、アソコの綺麗な人がいます。羨ましいです。私のは色も形も悪いです。醜いです。でも、そんな女の醜い部分を見たいという人に、じっくり見られることには憧れます。
     私が一番、見て欲しいのは、お尻です。お尻は私の中で一番女の子っぽいからかもしれません。
     ただ、お尻は、見せても、見ている顔を私が見ることができないんです。オチンチンは前だから、見せながら相手の顔をじっくり見ることができていいと思います。
     お尻を見られなくて残念、とコメントに書かれてから、私はお尻が見せたくて、そればかり考えていました。鏡をひとつ増やしました。狭い部屋に姿見が二つなんて異常ですよね。でも、それで初めて分かりました。
     私の場合、後ろからでも、はっきりアソコが見えていました。お尻の下のほうに肉が少ないので、少し足をひろげるだけで、アソコが丸見えなんです。その上、私はお尻がぷっくりしているので、お尻の穴は見えていないと思っていたのですが、違いました。
     驚いたのですが、ほんの少し前傾するだけで、お尻の穴が見えてしまうのです。ひとつの鏡を使っているときには、身体をひねるので見えなかったんです。
     もし、ノーパンにミニスカートで、前屈みになったら、もう、後ろの人には何もかも見えてしまうのです。とっても恥ずかしいお尻なんです。
     私だって、女の子のヌードを見ています。でも、どんな女の子も、立ったまま真後ろから、お尻の穴なんて見えてみせんよね。そんな写真は見たことありません。
     やっぱり、私のお尻は見せるためのお尻だったのかもしれません。恥ずかしいお尻なんです。
     そんなことを考えて、仕事中も一日興奮していました。恥ずかしいので今日はパンツを止めて、フレアーのスカートにしました。そのため、風が気になりました、今日にかぎって風が強かったからです。
    写真を撮りましたが暗くて写りません。金網に生のお尻を付けてメールしています。段差の上にいますが男の人なら越えられる高さです。ただ金網の向こうは高さが5メートルぐらあるので越えるには勇気いると思います。下の道を通る人がいます。こちらのほうが明るいので、私のお尻は見えているはずです。前からはスカートで見えません。それに、こちらの道は車ばかりで人は通りません。今、下の道を歩いていた人が止まりました。怖いので、動きます。
    昨夜、何があったのかを書きます。やはり、携帯を使っての実況というのは難しいものでした。
     幹線道路の下に公園の遊歩道があります。仕切りのフェンスがなかったとしても、大人の私は降りて行くのが困難な高さと角度の斜面には、芝生が植えてあります。
     フェンスの高さは二メートルほどでしょうか、私の身長からすれば高いものです。遊歩道からこちらの道路に来るには、三メートルぐらいの斜面をよじ登り、二メートルのフェンスを登ることになります。落ちたら五メートル以上の高さです。
     私は道路側に立っていました。フェンスは目の粗い網ですから、遊歩道側から私を見るのには何の支障もありません。
     フェンスに背中をつけ、私は携帯のメールをチェックするふりをしました。
     道路側を通る人は少なく、車からも私の姿を認識できるかどうか分かりません。それでも、私はそうした演技をします。そうしないと落ち着かないのです。
     メールなんてないのに、携帯を見つめながら、私はスカートの後ろを少し少したくし上げました。ミニではありませんが、長くもないスカートは、すぐに私のお尻を露出させてしまいました。網がお尻に直接触れるので、露出したことがすぐに分かるのです。
     チラッと下を見ると、遊歩道を通る人が見えます。間隔をあけて、人が通ります。
     そこで私はブログに書き込むことを思い付きました。幸い、そのときは、下を通る人の気配はありませんでした。ですから、私はやや落ち着いて書いていました。
     人が通る気配がして、それでも、私はスカートをなおすことをせず、怖いし恥ずかしいのに、必死にガマンしている様子を生で伝えたかったんです。
     書いている途中で人が来ました。後ろを見る勇気はありませんが、足音で分かるんです。もちろん、足音は車が通ればかき消されます。ですから、遊歩道を歩く人がどのあたりにいるかまでは分かりません。
     でも、そのときは、車は通っていませんでした。それなのに足音が途中で消えたのです。
     真下で止まって、こちらを見上げている、と、そう思いました。
     それを望んでやったことなのに、急に怖くなりました。フェンスは長く続いていますから、こちらに来ることはできないと思います。すぐそばにファミレスがありますから、そこに入ってしまえば大丈夫だという安心感はありました。ファミレスには車も置いてあります。しかも、そのファミレスは歩く人の出入口と駐車場への出入口が違います。待ち伏せされても平気なんです。ナンバーまではチェックできないはずだというのも計算してあったのです。
     そこまで考えていたのに、急に怖くなったんです。
     ブログにメールを送信して、携帯を閉じました。そして、ゆっくりと後ろを見ました。怖くてしかたないのに、見られていることを確認したくなってしまう、それが露出という性癖なのだと思います。
     遊歩道に人が見えました。足音が聞こえたのとは反対の道です。その人は普通に通過して行っただけでした。なんだか安心しました。
     ところが、足もとにも人がいたんです。斜面の芝生に仰向けに寝転んでいました。おそらく私がブログを書くのに熱中している間に来たのだと思います。聞こえた足音とは別の人のはずです。だって、その人は遊歩道に見えるのですから。それに、寝転んでいる人の様子は、たった今、そこにころがったという雰囲気ではないんです。フェンスにはアソコが押しつけられています。もし、その人が触ろうとすれば、いえ、舌だって届いたと思います。もしかしたらセックスだって可能だったかもしれません。
     でも、彼は寝転んだまま、オナニーしていたんです。しかも、私と目が合っても動じる様子はありません。
     本当なら、それは私の望んでいるシチュエーションなんです。でも、一度、恐怖を感じると弱いものです。私は、さっとスカートを降ろしてファミレスのほうへと走りました。
     ファミレスから、もう一度ブログにメールを送りたいと思ったのですが、興奮してそれどころではありませんでした。
     やはり、一日、置いて、次の日にならないと冷静に書けないみたいです。
     でも、読む人にはともかく、書いている私にとっては、たまらない興奮がありましたから、懲りずにまた実況するつもりです。
    ものすごい人がいました。昨夜は露出の目的ではなく、半分仕事で深夜のハンバーガ屋さんにいました。ボーとしながら、ときどきメモをする程度です。家にいると本を読んだり、テレビを見たりしてしまうので、本当に集中したいときには、そうして外に出るんです。もちろん、露出のチャンスを待つというのもあるんだとは思います。
     私が入ったときには、お店には数人のお客さんがありました。ところが、二杯目のコーヒーを注文しにカウンターに行ったときには、私と女の子と中年の業界系の男の人の三人だけになっていました。
     テーブルは違うのですが、私たちは横一列に並んでいます。女の子は携帯と格闘中でした。
     向かいの席も空いてはいたのですが、いまさらかわるのもおかしいと思い、そのまま自分の席にもどりました。
     そのときに見えたのです。男の人の下半身です。一瞬、目を疑いました。オチンチンではありません。下半身すべてが見えたのです。足の先まで見たのですが、素足なんです。
     私はあわててカウンターに目をやりました。お店の人は気づいているのかと思ったからです。でも、カウンターからはテーブルで死角になっているようなのです。
     男の人は私がその状態に気がついたことを知りません。彼は私よりも、さらに近い席にいる若い女の子に夢中だったからです。私と男の人の間には五人分の椅子があります。しかし、女の子と男の人の席は隣で、わずか椅子一人分しか離れていません。
     男の人が私のほうを向くより一瞬早く、私はテーブルに座り、コーヒーのふたを開けました。なるほどテーブルに座り、肘をテーブルに置いた状態では見え難いようなのです。
     私はベンチ型の椅子の席を横に移動し男の人から離れました。距離は離れるけど、斜めに座る形になるので、今度は横が見やすくなります。
     男の人には悟られないよう、ゆっくりとそれをしました。そして、まずはオチンチンではなく、周囲を見たのです。でも、ないんです。どこに脱いだのかパンツがないんです。
     下半身スッポンポンのまま、男の人は女の子のほうを見ながらオナニーしていました。ゆっくりと右手を上下に動かしています。オチンチンは大きな男の人の片手にすっぽりと隠れるほどの大きさです。あまり大きいほうではないと思います。
     手の白い男の人なのにオチンチンは対照的に黒く、先端まで黒い皮がおおっていました。
     私のほうを振り返りましたが私はもう平気でした。じっと彼を見ていました。コーヒーを口にしながら。ただ、その目は男の人の行動に驚いてどうしていいか分からないという雰囲気を漂わせています。少なくとも私はそのつもりでした。
     男の人は、空のカップを左手でつかみ、オチンチンの先端に持って行きました。そして、射精したのです。驚きました。私の目を見てニコッと笑い、人差し指をたてて口のところに持っていきます。私に黙っていてと合図しているかのようでした。
     そんなことがすぐ隣で起こっているのに、女の子にはまったく気づく様子がないのです。メールでも打っているのでしょうか、相変わらず携帯に熱中しているようでした。
     男の人は器用にテーブルの下でスウェットのパンツをはきました。彼のお尻の下にそれはあったのです。
     そして、そっとカップを女の子のテーブルに置くと、出て行きました。
     私には、それを教える勇気はありません。別に男の人が私と同じ露出趣味らしいから味方をしたというわけではありません。何もできなかったのです。
     しばらくボーとしていましたが、その間に数組みのお客があり、いつの間にか彼女はいなくなっていました。テーブルの上のカップもありません。誰れがいつ捨てたのかは見損ないました。
    酷い花粉証になりました。これまでにも、それらしいことはあったのですが、これほど酷い状態ははじめてです。
     咳が出て、喉が痛くて、鼻水が出て、涙も出ます。しばらく家の中にいるとおさまってくるのですが、窓を開けただけで、症状が酷くなります。今朝、あわててマスクを買いました。マスクをしている人を見る度に、そんな程度で効果なんかあるの、と、思っていましたが、かなり違うことが分かりました。
     これでは、当分、深夜の散歩なんて無理かもしれません。
     喉が痛くて水分ばかり採るからでしょうか、下痢もはじまります。
     さらに意外なことに、高層階にある会社にいると、症状がよくなるんです。実は、露出したくて一階に住んでいるのですが、失敗だったのかもしれません。
    思えば私は家族の裸を見たという記憶がないかもしれません。そもそも家族はあまり家にいませんでした。妹は、今の元気さが信じられないぐらい病弱で、入退院を繰り返していました。
     そのためなのでしょうか。私にとって裸というものは、何か特別なものだったのです。
     たとえば、誰れもいない自宅でさえ、全裸で歩いてはいけない、と、そんなものでした。ですから、裸であることが、ものすごく恥ずかしいという意識と、その反動として、他人の裸がものすごく気になるというのがありました。
     ときどき、伯母、伯母といっても、私が中学生のときに、大学生だった伯母です。その伯母が、私の家に泊りに来て、いっしょにお風呂に入りました。
     彼女はとても、おしゃべりでしたから、お風呂に入っている間も、おしゃべりができると、そんなつもりだったのだと思います。ところが、私はドキドキでした。
     スリムなボディに、大きなおっぱい、ヘアーの面積が大きく、ラビアは今の私と同じぐらい長くて、色も濃いものでした。大人の身体というよりはエッチな身体に見えました。
     私は身体の話しをしたいと思っていました。自分のアソコをひろげて見せたい、いろいろなところを比べたいって思ったんです。もちろん、そんなことは言えませんでした。そして、彼女にも、そんなつもりはなく、お風呂の中でも、テレビや音楽や、小説の話しをしていました。
     彼女の他にも、いっしょにお風呂に入るというチャンスは少なくありませんでした。当然ですよね。今だって銭湯に行けば、他人とお風呂には入ることになるのですから。
     でも、私はその度に、他人の身体を見ているのです。男の人がするように、じっくりと嫌らしく見ています。そして、自分の裸も見て欲しいと思っています。別に同性愛ではありません。
     裸を見たいのも見られたいのも、男女どちらでもいいというだけなんです。
     高校の修学旅行のときです。私は何かの話しのときに、ある友だちのアソコの毛が濃いのが羨ましい、と、言ってしまったんです。そのとき、全員が、どうしてそんなこと覚えてるのよ、と、ものすごく驚いていたのです。どうやら、他人のアソコなんかに興味があるのは、そして、それを記憶にとどめたりするのは、私だけだったようなのです。
     休日は出かける気がしなくて、部屋の中で、花粉症と戦いながら、ひとり、そんなことを考えて過ごしています。たかが花粉症ですが、半分、寝込んでいるような状態です。休みだったことが、よかったような、悪かったような。
    数日、家で寝ていました。花粉症で寝込むとは思いませんでした。でも、風邪とは、やはり違うのです。なんだか、熱もないし、寒気もないし、だるさもないんです。
     ひたすら鼻水と涙、たまにくしゃみと咳。そして、激しい頭痛。
     病院に行こうかとも考えました。でも、風邪と違い、病院に行くほどの苦しみでもないんです。幸い、休みなので、家で寝ています。テレビを見るわけでもなく、音楽を聴くわけでもなく、本を読むわけでもないまま、ひたすら寝ているような気がします。
     こんな状態では、露出のことも考えつきません。
     ただ、夢をみました。学校、たぶん、中学校だったと思います。私は教室で、全裸にさせられるのです。理由は分からないんです。でも、全裸にさせられて、教室を歩くんです。皆は神妙な顔をして私を見ています。女の子の視線は私の胸と腰、おなかに来ています。アソコよりも、私はおなかを恥ずかしいと感じているようでした。男の子たちは、お尻とアソコに来ています。お尻の中心をペンで突く子もいました。私が通り過ぎると、露骨に頭を下げ、後ろから足の間を覗き見る子もいます。そうされると、ラピアが長いのが分かってしまうと思っていました。
     そして、ここまで見られてしまったら、私はもう恥ずかしくて学校に来れないんだろうなあ、と、考えていました。その瞬間に恥ずかしいのではなく、次の日が恥ずかしいと、そう思っていたんです。おかしな夢でした。
     起きたら、寝る前よりは、いい状態でした。咳も少なくなっていました。
    少し調子がよかったので、久しぶりに外出しました。シフォンスカートでの外出です。このスカートは、普通のフレアーのスカートよりもやわらかいのです。
     私の目的は、このスカートで、トイレに入り、出て来るときに、スカートの後ろをウエストのベルトに引っかけることでした。もちろん、中はノーパンです。以前から、考えていたファミレスに行きました。休日の深夜ですから、人も少なく、チャンスでした。
     私は、勇気を出してトイレに入りました。トイレからレジまで行く間に、客席を通過しなければなりません。細いベルトにスカートのすそを入れました。トイレの鏡で見ると、お尻の割れ目がはっきりと見えています。ただ、角度によっては、スカートがめくれているように見えません。少なくとも、横からは普通に見えるのです。
     ドアを少し開けて、外の様子を見ました。こちらを気にしている人はいません。一度、トイレの中にもどったら、絶対に出られなくなると私は思いました。このまま行こうと、決心しました。真後ろからしか見られない。誰も気がつかないかもしれない、気がついたとして、何か言われたりはしないはずだ、と、思っていました。
     太股にスカートの感触があるので、お尻が出ていることが自分ではわかりません。それでも、心臓の鼓動が大きくなり、咽もカラカラになりました。咳をしたいのですが、そんなことをしたら、わざと見せていると思われてしまいます。咳をガマンして、私はレジに向かいました。その間に誰れかが私のお尻の異常に気がついたかもしれません。あまりに怖くて、誰の顔も見ることができなかったので、私には何も分かりませんでした。
     レジの真後ろに出入り口があります。精算している間に誰れかが入って来たら、丸見えです。緊張で、全身が震えてしまいました。深夜だというのに、レジは若い女の子です。これから、その女の子にお尻を見られるのだと思うと悲しくなりました。自分がこんな変態女であるということを憎みました。
     私は、精算が終わると、さっと後ろを向きました。そこで躊躇していたら、余計に怪しいと思ったからです。でも、どうしても気になって、二三歩、歩いて後ろを振り返ってしまいました。でも、レジには誰れもいませんでした。どうやら、女の子は私のお尻の異変には気がつかなかったらしいのです。
     お店を出て、私はパーキングに向かいました。ファミレスにも駐車場はありますが、何かのときの安全性を考えて、私はそれを利用しません。お店のガラスに後ろ姿を写すと、やっぱりお尻がかなり露出していました。まだ、直せない、と、そう思いました。そこで直したら不自然だからです。私は、通りをしばらく、そのまま歩きました。通りに出ると、お尻に直接風があたります。恥ずかしさが大きくなります。
     最初の路地を曲がりました。そこは細い路地で少し暗いことは調べ済みでした。人なんか通りそうにない道なんです。なのに、そんなときにかぎって、男の人が二人、立ち話しをしているのです。
     私は二人の反対側を歩きました。横からなら分からない、と、そう思ったからです。そのまま、二人の横を通る勇気まではありませんでした。少し歩いたところで、また、曲がりました。そして、今度は誰もいなかったので、あわててスカートをもどしました。遠くで笑い声が聞こえました。やっぱり、お尻を出していたのを見られたのだ、と、思いました。怖くてしゃがみこみたいのを無理して、走りました。二人が追いかけて来るかもしれないと思ったからです。
     どうせ見られて、どうせ笑われるなら、二人の真横を通ればよかったと、後になって考えました。
     もちろん、私のことを笑ったのではないのかもしれないのですが、それでもいいんです。私は、笑われたのだと思いたいだけなのですから。
     白昼の路上でスカートをめくられるというのは、私の子どもの頃からの夢でした。
     中学生のとき、ジャージを下げるという遊びが男の子たちの間で流行しました。たいていは、弱い男の子が、女の子たちの陦でジャージを下げられるのです。ときどき、オチンチンまで露出させられる男の子がありました。
     なぜか女の子は被害にあいませんでした。私は被害者になりたくて、授業中でも、ジャージで過ごしたりしていたのですが、ついに、一度も下げてもらえませんでした。
     男の子しか被害者にはならなかったのです。
     もちろん、女の子たちは、キャーと、叫んで顔を背けます。でも、私は、ついつい直視してしまいました。ですから、私はかなりのスケベ女だと、男の子たちの間では評判だったようです。
     スケベ女とは言われたくありません。ですから、私もみんなと同じように目を逸らしたかったのです。でも、私にはできませんでした。
     脱がされる男の子は決まっています。それなのに私は毎回、オチンチンを見てしまうのです。今でも、はっきり覚えています。小さくて、袋にはりついていて、パンクしたフーセンのようなオチンチンでした。でも、それは、見るたびに、少し違うのです。本当に小さいとき、シワシワのとき、ポヨンっとして張りのあるとき、トロっとしているとき、いろいろなんです。
     もちろん、いくら私でも、じっくりと見ることはできませんでした。一瞬で記憶するのです。それでも、同じ男の子のオチンチンが見るたびに違う形というのは、ものすごく不思議に思ったものです。自分のアソコには、そんな変化なんてありません。
     私はオチンチンにも興味がありましたが、その行為にも憧れていたのです。教室でアソコを晒してしまう、その惨めさを体験してみたかったのです。
     白昼の路上でノーパンのままスカートを下ろされてしまうという話で、そんな過去の妄想のことを思い出してしまいました。自分だけがアソコを晒さなければならない惨めさというのは、素敵だと私は思ってしまうのです。やっぱり、露出したい人の、男でも、女でも、それは夢ですよね。
    お風呂にゆっくりとつかっていたら、どうしても、外に出てみたくなりました。ときどきあるんです。
     深夜も二時をまわっていました。こんな時間に誰れかがいるはずがありません。耳をすませても、何も聞こえてきません。少し大きな通りまでの距離もあり、その通りでさえ、車の通りは多くありません。
     湯舟を出て、私は軽く身体を拭きました。タオルを床に落とし、そっとドアを開けます。シーンとしていますが、明るい通りが見えます。そこまで、行ってみようと思い、マンションの門まで出ます。やはり、誰れもいません。
     少し歩けば、さらに大きな通りに出ますが、そこも裏通りです。そこから、大きな通りまでは、二百メートルぐらいはあるでしょうか。さすがに、その通りに出るのは無理です。でも、反対に曲がれば、すぐに細い路地があるんです。そこを曲がれば、昼間でも人が通らない、自転車ぐらいしか通れない細い道を通って、一周してマンションにもどって来ることができるのです。
     一周してみたい、でも、通りに出てしまえば、もう、私には何の言い訳もできません。見つかれば終わりです。引っ越しだって考えなければなりません。
     マンションの門のところにしゃがみこみました。
     目の前の駐車場までなら行ったことがあります。でも、今日は、左に曲がり、別の通りに出るつもりなのです。通りに人がいるかどうかは分かりません。ほんの少しの距離しかありませんが、通りの状況なんて分からないのです。
     門から身体を出しました。通りに向かって走りました。おっぱいが激しく揺れ、下半身のヘアが風にゆれているのを感じました。通りの手前で止まり、左右を見ました。誰れもいません。さらに左に曲がれば、ほんの数歩で細い路地です。でも、その先は長いのです。
     膝が震え、限界だと思いました。振り替えると、マンションまでも遠く感じます。
     なんとか自分の部屋にもどり、再びお風呂に飛び込みました。
     心臓はドキドキしています。息が苦しいのは走ったためだけではありません。
     もう一度、今度こそ、何度もそう思いながら、お風呂の中で、何度もオナニーしてしまいました。オナニーして何度もイッて、満足した私は、すっかり外に出るのが怖くなっていました。
    お酒を飲むと裸になってしまう女性の本当の目的はみんなに注目させたい、誰かとセックスしたいというものでした。
     私は他人に注目されたいわけでも、誰れかとセックスしたいわけでもありません。どちらかというと、注目されるのは苦手だと思います。では、どうして私は裸になってしまうのでしょうか。
     昨夜、あまりに疲れていて、いつもより早く寝てしまったので、今朝は早くから目覚め、それでも、布団から出られず、ぼんやりとそんなことを考えていました。半分は、寝ていたと思います。
     ものすごく幼かった頃、私はオチンチンが見たかったし、男の子に自分のアソコを見せたかったんです。たぶん、そのときには、可愛い女の子よりも、自分のほうが男の子に注目されるからというのがあったのだと思います。
     アソコを見せた瞬間だけ、私は女優さんのような気分になれたのではないかと思うのです。
     でも、それは、とっくの昔に忘れている願望なんです。
     実は、今の私は、裸を見せて注目されたいのではなく、あの、子どもだった自分にかえりたいだけなのかもしれません。子どもだった自分にかえって、そして、もう一度、愛されなおしたいのかもしれません。
     セックスとか恋愛ではなく。
     ここが髪、ここが目、ここがおっぱい、ここがお尻、ここがたいせつなアソコと。ひとつひとつを誰れかに確かめて欲しい、触れて欲しい、愛して欲しいと思っているのかもしれません。指の先まで全部。
     セックスしたい男の人の目というのは、実は、顔ばかり見ます。顔ばかり見るのは、私が嫌いだった大人たちの特徴でした。
     でも、露出痴女の私を見る軽蔑の眼差しというのは、全身を舐めるように見るんです。それこそ、足の先から頭の先まで見てくれるんです。
     私は優しく顔を見られることより、軽蔑で全身舐めるように見つめられたいんだと思います。もちろん、本当は優しく全身を見つめて欲しいのかもしれません。
     まだ分かりません。仕事は平気なのに、プライベートで人とつきあうのは苦手です。恋愛はもっと苦手です。実は、仕事以外の話しはするのもイヤです。
     深夜、誰れも私のことなんか知らない場所で、近づきたくないものとして、気味の悪いものとして、ただ、見て欲しい。注目なんかされたくない。すれ違うだけでいい。
     そんな変なことを考えていたら、結果、遅刻しそうになりました。
     私は同じ場所で露出することはしません。待ち伏せされたりすると怖いからです。
     でも、昨夜は、久しぶりに以前に露出したことのある公園に行ってしまいました。終電が過ぎてしばらくしていました。駅の裏ということもあり、人はありません。
     広い公園は、全てを見回せる場所はなく、私は散歩しているふりをしながら、さりげなく、一周歩いてみます。やはり、誰れもいませんでした。
     ただ、その公園では、全裸になることはできません。露出の経験のない人にはどこも同じように思えるかもしれませんが、やはり、全裸になれる場所と、全裸にはなれない場所があるのです。
     私は、何故かほぼ公園の中央にあるおかしなトイレに向かいました。
     トイレの周囲には街灯がなく、それだけにトイレの中は明るく感じられます。
     女子トイレの個室の前に立ちました。明るいトイレの床のコンクリートは、真っ白に見えました。もし、公園を歩く人がいたら、私からは見えないけど、向こうからは、そこでオシッコする私の姿がはっきりと見えるはずです。
     でも、私はオシッコがガマンできなくて来たものの、個室に入るのが怖くなったと言い訳けできるんです。本当にオシッコがしたいときでも、深夜の公衆トイレの個室に入るというのは、ちょっと勇気いりますしね。
     私はスカートをまくり上げました。タイトなので、スカートはウエストに固定され、下がってきません。下はノーパンです。
     そのとき、人の気配がしました。ドキッとしました。なんだか人生が終わってしまうような、そんな恐怖を感じるのです。
     見ると、おじいさんでした。しかも、品のよさそうな着物姿のおじいさんなんです。怒られるんだろうな、と、思いました。
    「オシッコするんだろう、おじいちゃん、見ててもいいかなあ」
     驚きました。私はたくし上げたスカートをもどす手を止めてしまいました。おじいさんの目には、私の薄いヘアーと、そのヘアーでは隠しきれないラビアが見えているはずです。
    「人が来たら変に思うよ」
     私は何を心配しているのか自分でも分かりません。
    「だいじょうぷ、おじいちゃんが隠してるから、それに落とし物して探しているふりすればいいよ」
     その言葉に私は勇気づけられました。何かをしているふりをするというのは、私の露出の言い訳けだったからです。ものすごく年齢は違いますが、親近感のようなものを感じてしまったのです。
    「立ちションなんだよ、はねるよ、かかっちゃっても知らないよ」
     本当はしゃがんでするつもりだったのに、私はおじいさんに立ちションを見せたくなってしまいました。
     おじいさんは女の立ちションを初めて見ると言い、それは嬉しそうにしていました。
     私は腰を前に突き出し、ラビアを両手でひろげました。アソコの奥が冷たい風を感じます。塗れていたために、より冷たく感じたのだと思います。
     おじいさんは私の前にしゃがみました。立ちションに慣れている私は、おじいさんの手前にオシッコを落とすことができます。でも、慣れていない女の子なら、おじいさんにかけてしまうのではないでしょうか。
     ラビアをひろげれば、女の子でも、けっこうオシッコは遠くまで飛ぶものだからです。
     突き出した腰を少し引いて私はオシッコをはじめました。
     いつもなら見られていると、なかなか出なかったりするのに、すぐに出ました。おじいさんは、顔にしぶきがかかるほど私のアソコに顔を寄せてきました。
     実際、少し顔にかかっていたかもしれません。
    「どこから出るのか分からないもんだねえ」と、上を見て私に言いました。そして、舐めてもいいかともきいてきました。もちろん、断りました。
     するとハンカチを出して拭かせて欲しいと頼んできます。もし、おじいさんでなければ断りましたが、私は拭いてもいいと言ってしまいました。
     おじいさんはイヤらしい雰囲気ではなく、ちゃんと優しくそこを拭いてくれました。
    「また、今度はじっくり出て来るところを見せて」
     と、頼まれ、私は「いいよ、また、今度ね」と、言いました。もちろん、今度はありません。
     私は家までガマンできずに、車の中でオナニーしてしまいました。もちろん、家に帰ってからも、何度もオナニーしました。おじいさんというのは、新しい発見でした。でも、勃起はしていなかったんでしょうね、きっと。
    少しお酒が入り、終電でもどって来ました。いつもならタイシー乗り場に人なんかいないのに、思った以上に長い列です。それでも待てばいいようなもの、私はフラフラと歩き出しました。
     酔って歩くのは危険なのでイヤなのですが、昨夜はなんとなく歩きたくなってしまったのです。
     その上、表通りだけを使って帰ることもできるのに、私はわざわざ裏路地ばかりを選んで歩きました。一度だけ露出したことのある公園に入ると、やはりいました。ベンチで寝ている人。近くに行くとその人がスーツ姿なのが分かりました。真冬ではありませんが、スーツ姿のままベンチで寝ているのですから酔っ払いに決まってます。
     私はその人の隣のベンチに腰をおろしました。
     終電が過ぎたばかりですから、私の他にも公園を通過して行く人がありました。でも、公園で休憩する人なんていません。人が来なくなるまでしばらく待ちました。
     そして私はベンチの後ろに立ち、パンツを下げました。露出のつもりなんてなかったので、スカートではありません。
     パンツを膝まで下げて、そこにしゃがみました。隣には男の人がいます。こちらに気がついた様子はありません。私はそのままの格好でベンチを移動しました。隣の男の人が寝ているベンチの後ろに行ったのです。彼はベンチの背に顔を向けていましたから、目を開けるだけで、そこに私がいるのが見えるはずです。パンツを膝まで下げた女です。
     もし、彼が私に悪戯しようとすれば、もう、私は逃げられません。パンツはかんたんには上げられません。もちろん、そのまま走るなんて器用なこともできません。
     私は彼の顔の前にお尻を向けました。お尻と彼の顔は、ほんの数センチの距離です。
     オシッコを出そうと努力しました。お酒も入っていたので、尿意はありました。でも、出ません。目を閉じて別のことを考えるのですが、すぐ後ろにいる彼のことが気になって出ないのです。
     何度も振り返りました。でも、何度振り返っても、彼は寝ています。少しですが寝息も聞こえて来ます。
     いつも思うことなのですが、女は男よりもオシッコの音が大きいようなのです。シュルシュルと大きな音をたててオシッコが出たので、私は驚いて、また、振り返りました。でも、彼は起きません。
     オシッコの解放感と、そんなところでいかがわしいことをしているという興奮とで、私は、全身がしびれたような感覚になりました。腰を上げ、まさに彼の顔にアソコがつくのではという格好をしました。もし、寝ていても臭いを感じるなら、彼は私のアソコの臭いが分かったはずです。そのぐらい近づけていました。
     少しだけオナニーもしました。
     時間にすれば、ほんの一分か二分のことだと思います。でも、私にとっては、とても長い時間でした。
     最後まで彼は起きませんでした。家に帰り着く頃になると、私も酔いがさめて来たのか、少し寒さを感じました。彼は大丈夫なのかと、少し気になりました。
    オシッコしているところを見られるというのは、特別に恥ずかしいことなんです。
     子どもの頃、私は男の子が立ちションしているのを見て、ホントに近くで見ていました。男の子のオシッコはまっすぐに飛びます。その後、男の子でも、オシッコが曲がってしまうということを知りました。
     でも、私が子どもの頃には、男の子のオシッコはまっすぐに飛ぶけど、女の子のオシッコは曲がってしまうんだと思っていたんです。
     そして、それが今でも、私のオシッコの羞恥につながっているんです。しかも、今は、ラビアが大きくなってしまった分だけ、オシッコは曲がってしまいます。
     本当に恥ずかしい話しなのですが、ひどいときには、太ももや下着を汚すことさえあります。
     洋式トイレはいいのですが、和式トイレでは、便器の周りを汚すこともあります。そんな私を知られるのは恥ずかしいです。
     でも、露出痴女でオシッコを見せるときには、ラビアをひろげ、オシッコが前に飛ぶように工夫しています。立ちションのときもそうです。だから恥ずかしさは少なくなります。
     私が見せるのはいいけど、覗かれるのはイヤというのは、そうした理由なんです。
     うっかり自分の太ももをオシッコで汚すところなんて、見られたくないですよね。
    仕事は楽しいのです。確かに、逃げ出したいほど辛いことはありますが、それでも、仕事には満足しています。
     それよりも辛いのは、あまりの忙しさに、露出ができないことなんです。
     たぶん、露出したいなら、マイクロミニにノーパンで歩けばとか、誰れか知り合いの男の人に見せたら、と、言われるでしょう。
     実際、まだ、露出痴女を実行していなかった頃には、いろいろな掲示板で、そんなことを言われました。
     でも、露出は、露出として、ちゃんと楽しみたいのです。
     生活の中で、露出感覚を楽しむというセンスは、私にはないのです。胸元の開いたスーツとか、ミニは、抵抗があって、私は着ることが出来ません。日常的には、それなりに地味かもしれません。
     ですから、露出のときには、昼間から、いえ、数日前から、この公園で深夜に露出しよう、この道で裸になってみよう、この植え込みでオシッコしよう、このお店にノーパンのまま入ろうと考え、それで、ドキドキしながら、その日、その時間を待つのです。それがいいんです。
     たとえば、どうしても露出の衝動でそれをしてしまったとしても、帰ってから、ゆっくりと、そして、何度も露出したときのことを思い出してオナニーしたいのです。
     その時間がないと、露出は楽しくありません。
     ですから、仕事が忙しいと露出ができないのです。それが辛いんです。
     書きたいことは、たくさんあるのに、書いたあとでオナニー出来ない、オナニーする体力も気力もないと、どうしても、こんな愚痴になってしまいます。
     早く露出痴女に復帰したい。
     出張がありました。同僚の女の人と二人で、ホテルに二泊、滞在しました。お互いに若くないからでしょうか、肩凝り自慢となり、そして、マッサージを頼むことになりました。彼女は、出張では、しばしば頼んでいたようです。私は、生まれて初めての体験でした。
     部屋は別々でした。彼女に指示された通り、私はお風呂にゆっくりとつかって、マッサージさんの来るのを待ちました。
     でも、あまりに、ゆっくりし過ぎたのか、まだ、お風呂にいる内にマッサージさんは来てしまいました。私はあわてて身体を拭き、浴衣を羽織って出ました。もちろん、下着をつける暇は十分にありました。それをしなかったのは、露出の欲求があったからだと思います。
     ただ、肩凝りも本当でしたから、マッサージは普通に肩を中心にやっていただきました。
     それでも、浴衣は、少し前を羽だけてしまいます。横を向いたりする度に羽だけた浴衣をマッサージさんがなおしてくれるのです。それが私には快感でした。
     二日目の夜も二人はマッサージを呼びました。私は、前日のことがあったので、旅先にかならず持って行くパジャマかわりのTシャツを着ました。浴衣では落ち着いて眠れないんです。これは本当です。
     マッサージさんは、皺になってしまうからホテルの浴衣のほうが、と、言ってくれましたが、私は浴衣は苦手なので、と、断りました。もちろん、Tシャツの下はノーパンにノーブラです。前日は五十代前半のおじさんでしたが、その日は、もっと老けた感じの方でした。
     私は、前日のことがあったので、凝っているのを腰と、嘘をつきました。私たちの出張は、クライアントとの打ち合わせです。それなのに、私は歩く仕事だと嘘を言いました。
     でも、マッサージさんは、腰がものすごく凝っていると言いました。
     腰をもまれると、シャツは上がって来ます。マッサージさんは、シャツを直す度に、すいませんねえ、と言います。
     前日にはなかったのに、太ももまで、もむことになりました。素肌には触れずに、タオルを当てました。でも、足を曲げるので、アソコは見えてしまっていたはずです。私はうっとりと寝たふりをしていました。
     それでも、マッサージさんは、私のシャツを下げてくれます。
    「お尻は止めとこうねえ、女の人だから、足の疲れには効くんだけどねえ」と、マッサージさんが言いました。私は腰と言っていたのに、いつの間にか足になってしまっていました。でも、私は、昨日もお尻をやってもらって、それで、パンティも無いほうがいいと言われたんです、と、言いました。全部、嘘です。
     でも、マッサージさんは「ああ、そうね、じゃあ、もんどきますね」と、言って、お尻を指圧しました。私はうつ伏せになるとき、お尻が出るまでシャツを上げました。もちろん気がつかないふりです。
     マッサージさんは、もうシャツを直すことはせず、お尻を指圧してくれました。どの程度、見えていたのかは分かりません。ただ、最後のほうで、お尻のふくらみを左右に割るような押され方をしました。一瞬、驚きました。お尻の穴がぽっかりと口を開けたような気がしたからです。
     それで時間を知らせるアラームが鳴りました。マッサージさんは、延長を求めました。もちろん、もっと見て欲しい私は延長したかったのですが、終わった後、隣の彼女の部屋に行かなければならず、延長したら怪しいと思われると思って止めました。
     後から考えれば、凝りが酷かったので延長してしまったと言えばよかったのに、不純なことをしていると、そんなことも思いつかないようなのです。
     新しい露出の快感を私は見つけてしまいました。もっとも、出張なんて、一年に一度ぐらいしかありませんから、めったに使えない露出の方法だとは思います。その分、興奮も大きいようなのですが。
    深夜の公園のベンチに座っていました。距離はありましたが、私の他にも数人、ベンチに座っている人がいたために、私は露出することができず、でも、心地良い涼しさに、帰るのも惜しい気がして、ただ、そこに座っていました。
     最初、確かに隣のベンチには誰れもいませんでした。ところが、気がつくと、男の子が座っていました。
     ヒップホップ系の服を着て、髪にはウェーブがかかっていました。
     私と目が合うと、彼は「見て」と、言いました。ものすごく小さな声です。
     私には、それが何を意味しているのか分かりませんでした。見ると言っても、彼は、しっかり服を着ているのです。股間を見たのですが、何もありません。
     唖然としている私の顔を見て、彼は、股間を指さしました。ありました。彼の手の中にすっぽりと納まってしまいそうなほど小さなものです。黒いかたまりです。それはファスナーの中心にありました。黒いヘアーがパンツに溶け込み見えなかったのです。そして、その中心にはかろうじて肌色と認識できる程度の何かが、確かにあるのです。
    「小さ過ぎて見えないから、そっちに座ってもいい」
     愛らしい子供のような高い声です。私は軽く首を縦にふりました。立ち上がると、彼の身長は私より少し高い程度に見えました。本当に子供のようなのです。しかし、時間は深夜を過ぎていましたし、子供と思える服装ではないのです。
    「ボク、いくつ」
     思わず尋ねてしまいました。しかも、思わず「ボク」と、言ってしまいました。我ながらおばさんっぽかったと反省しています。でも、そんな雰囲気なんです。
     彼は私の質問には答えず「小さいでしょ」と、言いました。
     隣に座って、二本の指で先端をこする、そのモノは、まるで親指のようでした。私は「でも可愛いわよ」と、答え、じっとそれを見つめてしまいました。珍しいモノはやっぱり見たいんです。
     亀頭は剥けていました。先端のピンクは夜の公園でもそれと分かるほど綺麗でした。
    「いくとこ見てて」と、言い、彼は立ち上がりました。そして、パンツを膝まで降ろしました。彼の向こうには、サラリーマンらしき男の人が座っています。彼がパンツを降ろしたのは見えていたはずです。少し私から離れてしまったために、彼のモノは見えなくなりました。それなのに、精液は、私の座っているベンチまで届きました。驚きました。精液というものが飛ぶとは聞いていましたが、そんなにも飛ぶものだとは知らなかったからです。
     彼は、モノを拭くこともせず、そのままパンツを上げると、小走りに去って行きました。私も、ゆっくりと立ち上がり、彼とは別の方へと歩きはじめました。痴漢しても平気な女だと思った別の人が来るかもしれないからです。
     多分ですが、彼のモノは長さ三センチで、直径は一センチ程度だったのではないでしょうか。もしかしたら、私の親指と同じぐらいだったのではないでしょうか。小さいモノは、それなりに可愛く、でも、それなりにイヤらしいモノでした。
    これは、最近の話ではありません。まだ、冬でした。私は、ジャケットの下に何もつけない格好で、駐車場の中にいました。
     お尻を金網にぴったりとつけていました。反対側の道路からは、私の生のお尻が見えることになります。でも、車ならともかく、歩いて駐車場に入って来るには距離があります。登ることはできるでしょうけど、そこまでする男の人はいないと思いました。
     もしかしたら、道路から、こっそり私に近づいてお尻を触ることもできたかもしれません。密かに、そんなことも期待していました。もちろん、そんなことされたくありません。されたくありませんが、されるのでは、と、考えると興奮してしまうのです。
     しばらく、そうしていました。すると、金網の向こうから声をかけられたんです。
    「お嬢ちゃん、こっちからお尻が見えてるよ。どうしたの、お母さんかお父さんは、中にいるの、寒くないの、風邪ひいちゃうよ」
     驚いて私はふりかえりました。
    「お漏らししたんでしょ。怒られたの。でも、危ないから、お母さんかお父さんところに行ったほうがいいよ」
     私の顔は彼から見えていたはずです。私は走って逃げました。危ないと思ったからではなく、なんだか、とっても、いけないことをしている気持ちになってしまったからです。こんな女が、子どもに間違えられていいはずがありません。
     ラビアは後ろからも、垂れて見えます。子どものような張りもありません。お尻は不自然に大きくなっています。横だけでなく、縦にもふくらんで出ています。どこから見ても子どもには見えないはずです。
     深夜って、不思議な空気なんです。
     この話は、あまりにも嘘っぽくて、なんだか、自分を可愛く思わせたい(実際、そう思って嘘つくことがあります)ための嘘のようで、書きませんでした。でも、最近、子どものような男の子に遭遇して、よく考えれば、子どものはずもなく、そういうことなんだ、と、思って書くことにしました。
     深夜って、はっきり見えているようで、実は、あまりよく見えていないのではないでしょうか。
     ストロボで写真を撮ったら、まったく違う世界が写りますよね。
     私は露出がスキです。でも、露出とは関係なく、そんな不思議な深夜の街を徘徊していることもスキなのだと思います。
     何だか日常の中の異質な存在ですよね。露出している人たち。
     私も最初、最初といっても、子供の頃に露出に目醒めたとするなら、長いながーい最初の頃は、ただ、本当なら服を着ているはずのところで裸になることが目的でした。
     それを見られた瞬間から、後悔がはじまりました。なんてことしてしまったんだろうって思うんです。
     妄想は性的興奮から、嫌な方に変わってしまいます。誰れかに怒られるとか、噂になってしまうとか。でも、嫌な妄想は、そのままにしておくと、また、性的興奮に変わりました。
     男の子たちに捕まり、どうせ見せるのが好きなんだから、ここで全裸になって、アソコをひろげろ、なんて言われるようになってしまうかもしれない、と、そんなふうに変わるのです。
     私の露出はその繰り返しでした。裸になってしまう、アソコを見せてしまう。そして、後悔。後悔の妄想がエスカレートして興奮。その妄想が、また、露出させてしまう。その繰り返しでした。
     でも、最近は違います。
     もう、裸になるだけでは興奮しなくなってしまったみたいなんです。見せたい、と、そればかり考えてしまいます。以前なら、全裸のまま、前の駐車場に行くだけで、三日も四日も興奮が続いていたというのに。
     見せたい、から、見せて何か言われたいに、変わりました。
     自分の行為を頭に描いて興奮していたのに、今は、言葉を思い出して興奮しているのです。言葉で何度もオナニーしています。
    「変態、悲しい女だね」と、同性に言われることが、最近の私のオカズになっています。同性に見せるというのは、勇気が必要ですけどね。男性では、絶対にそんな言葉はないと思いますし……
    オープンカフェは紫外線が強いので利用しません。でも、私は、その店のオープンを利用しました。その店のオープンカフェは二段の客席から出来ていて、上の段に座ると、下の段にいる人にテーブルの下を見上げられるような構造になっていたからです。
     見上げられたからといって、スカートの中を覗いてもらえるというわけではありません。かなり意識的に中を見せるようにしなければ無理なのです。かんたんにスカートの中が覗ける構造に出来ていたら、それも変ですよね。
     私は、本を読むのに熱中しているふりをしながら、少し少し腰を前にずらして、椅子に浅く座ります。それだけでも、下にいた中年の紳士は、こちらを意識しはじめています。
     書類を見る目が止まり、さりげなく上を見ているのが分かるのです。
     午後ですが、上の段には私だけ、下の段にも、そのサラリーマンふうの紳士と、ラフな格好の若い方がいるだけでした。
     こんなことなら、パンツを脱いでくればよかったと思いました。それとも、一度、トイレに行き、パンツを脱いでもどって来る、それも考えました。まだ、彼は私のパンツまでは見ていないはずです。いえ、見えないはずです。こっそりとトイレで脱いで来れば、ノーパンが主義なのだと思ってもらえるかもしれません。
     ノーパンだという理由で叱られることはないでしょう。
     白髪に銀縁の眼鏡、グレーのスーツは、私の好きなタイプなのです。見せたい、と、思いました。その生真面目そうな紳士が、私のお尻やアソコを見て、どう思うのか、それを知りたい、と、思ったのです。
     私は、なんとか勇気を出してトイレに立ちました。トイレは室内にあります。尿意なんかなかったのに、トイレに座ると、オシッコが出ました。まるで興奮でお漏らししているような大量のオシッコでした。
     私は膝にかかるパンツをさらに下げ、靴を脱いで、片足からそれを抜き取りました。そこで、少しためらった後、さらに、もう一方の足からもパンツを取り、バックに入れました。これでノーパンです。
     スカートはミディアムのフレアーです。座るときに、少したくし上げれば、中はよーく見えるようになります。鏡の前で、何度も試したことがあるのです。
     ドキドキしながらオープンのガラス戸を開けました。でも、そには彼の姿はありませんでした。彼の姿どころか、オープンに人はありませんでした。先ほどより陽ざしが強くなったからでしょうか。
     私にとっても、太陽は眩しく、そのスペースは居心地の悪いものとなってしまいました。
     でも、たった今、トイレに行き、もう一度、トイレにもどる気はしません。フレアーなのにで、そのままノーパンで歩くことも出来ません。深夜には、よく、やっていることなのですが。
     仕方なく、私は、その場でパンツをつけることにしました。
     そうしたことは学生時代には、よく、やっていたことなので、テーブルの下で私は器用にパンツをつけることが出来ます。
     ドキドキはさせられましたが、何もない結果になりました。陽ざしが強かったので、夜のケアーが、たいへんになっただけでした。
    お酒を飲むと全裸になってしまう女の子がいます。あまり深い知り合いではなかったのですが、何が気に入ったのでしょうか、彼女は、しばしば私を誘うようになりました。
     そして、相変わらず、飲んでは私の前で全裸となり、私にアソコを見せます。レズを求めているわけではありませんし、私の裸を見たいという雰囲気でもありません。
     私は昨夜、彼女の家に泊まり、今日は午後からの出社でした。彼女は朝から出社し、私はカギを郵便受けから部屋にもどしておいてくれればいいから、と、言われて、寝坊させてもらいました。
     目覚めると、洗濯物が干されないままカゴに入っているのに気づきました。彼女に電話し、夕方に帰宅することを知った私はそれを干してあげることにしました。
     そして、初めてテラスに出たのです。テラスは通りに面していて、下から見上げられると、テラスの中は丸見えです。
     私は、いけないと思いつつも、シャツだけで、下半身には何も付けずにテラスに出てしまいました。下から見上げられたら、お尻もアソコの奥も見られてしまいます。そこが他人の家だという安心感が私にはありました。彼女に迷惑かかるかもしれないのに、本当に自分勝手でワガママな性格だと思います。
     通りには人がいます。こちらを見ています。距離はありますが、お尻の形まで、しっかり見えるはずです。ヘアーの濃さも分かるはずです。
     そう考えただけで、興奮してしまいました。
     それ以上のことは出来ません。私の部屋ではないのですから。でも、たったそれだけでも興奮しました。特に、自転車の男の子が、通りの向こうを通り抜けた後、真下にもどって来て、私を見上げたときには、立っていられないほど興奮してしまいました。
     下から見られるって、すごいと思います。でも、そんな露出の仕方は難しいですよね。
    昨夜、珍しく銭湯に行きました。久しぶりでした。昼間、下からアソコを見上げられるという経験をしてしまったために、見せずにはいられないような気持ちになっていたんです。
     ところが、銭湯にはたくさんのお客さんがいて、私が一人になるチャンスはなさそうでした。それでも、私はギリギリまで湯舟にいました。
     思えば、深夜だというのに、銭湯はどうして、お年よりが多いのでしょうか。お年よりの方も、最近は夜更かしなんですね。
     私以外はおばあさんばかりで、一人だけ、三十代と思われる方がいました。彼女は、浴室でも、脱衣場でも、タオルを使いません。アソコを晒しながら堂々と歩いています。番台にいた彼が床を掃除している真横も、そのまま堂々と歩きます。
     おっぱいのことは私も言えませんが、私よりも小さなおっぱいで、男の人に見られるのは、ちょっと恥ずかしい気がするのですが、平気そうでした。
     彼女があんなに堂々としているのだから、と、私もタオルで隠すこともせず脱衣場に出て行きました。
     今なら、彼は中央のロッカーの後ろにいるから、私は先に出た彼女に隠れてアソコを彼に見てもらうことができると思ったのです。もちろん、浴室にはまだお客さんがあったので、その人たちが出て来てしまえば、私の計画は終わりです。
     私は小さなカゴにタオルを乗せ、全裸のまま脱衣場に出ました。
     そして、彼に「いいお湯でした」と、話しかけました。もう慣れているので、全裸で彼と話をするのは平気になりました。
     チャンスはすぐに来ました。彼が私の後ろに回ったのです。ロッカーから、乾いた小さなタオルを出し、私はそれで立ったまま足の指を拭き始めました。
     女としては、もっとも恥ずかしいポーズで、本当ならパンツをはいていても見せたくないポーズです。アソコだけでなく、お尻の穴も晒すことになります。
     私はいっしんに足の指を見つめました。股の間から彼と目が合ってしまうのは、どうにも恥ずかしかったからです。でも、彼に見られているか確かめたい。その欲求に負けて、チラッと彼のほうを見てしまいました。目が合いました。見ていたのです。
     私はあわてて立ち上がり、後ろを向きました。彼は何もなかったかのようにモップをかけていました。
     ものすごく興奮しました。
     あわてて家にもどり、何度も何度も、鏡の前でそのポーズをしました。そして、彼の目にどんなものが写っていたのかを確認しました。
     いくらお風呂屋さんだからって、あそこまでしたら、彼にも、私が変態だと分かったのではないでしょうか。もう、銭湯には行けないかもしれません。彼と夜中に会う飲み屋さんにも、ちょっと怖くて行けそうにありません。
     いえ、本当は、それだからこそ、行きたいのですが……。
    満員電車で、アソコを押し付けて来る痴漢って、終電が多いような気がします。
     あの形って、意外なほどハッキリ分かるんですよねえ。大きいとか小さいとかも、けっこう感じるものです。もちろん、触れた後に、ムクムクってそこだけ動けば、ああ、大きくなってしまったんだって思うものです。


     ただ、私は、あまり大きい人に押し付けられたという記憶はありません。たいていは、ちょっと、小さいかなって思う人が多いですね。
     一度、どうしても、肩にかけられないカバンを持っていたことがあって、その手に押し付けられたことがあります。そのときは仕事仲間の女の子と二人のときでした。最初は、偶然かと思いました。触られることには敏感になりますけど、触らされることには、わりと鈍感なんです。グリグリって私の手の甲に、傘の柄の部分が当たるような感触があって、それは、最初、ぐにゃっとしていたのに、すぐに、カチカチになりました。
     私は、ああ、可哀想に、満員の電車の中でたっちゃったら、不自由で困るだろうな、なんて、むしろ同情していました。ところが、あまりにもしつこいんです。グリグリ、グリグリ押し付けるんです。あまりにしつこいので私は、いっしょにいた女の子に「痴漢がいるの」と、言いました。その女の子は驚いた顔で「触られてるの」と、言いました。周囲は、私たちを注目します。私は「触られてないけど、とにかく、近くに痴漢がいて、でも、もう平気みたい」と、言いました。ものすごい恥ずかしさです。
     いっそ全裸になって注目されるほうが、恥ずかしくないかも、と、思うほど恥ずかしかった。
     電車を降りて、その子と二人きりになってから、実は、オチンチンを押し付けられていたと告白しました。すると、その女の子は「生で」と、言いました。彼女は、生のオチンチンを寝ている顔に押し付けられたことがあったそうです。
     痴漢の大胆さって、すごいですよね。深夜にこそこそと露出している私なんかには、考えられないぐらい、本当に大胆な人がいます。
     パンツごしならいいけど、生は、やっぱりイヤかな。
    中学を卒業してすぐのことでした。それまで話しもしたことのない男の子から電話がありました。オナニーのことで相談があると言うのです。
     私は、中学では、女の子の間だけだったとは思いますが、エッチな女の子として有名になっていました。別に、エッチさせる女というわけではありません。ただ、エッチな話が好きな女の子でした。
     ですから、そうしたエッチの相談されることは珍しくなかったのです。ほとんどは女の子でしたが、男の子もありました。高校を過ぎると、オチンチンを見てあげたり、オナニーを見てあげたりすることもありました。今、考えれば、男の子の間で、それが噂にならなかったのが不思議なぐらいです。
     その男の子は、勉強が出来て、ちょっと人気の男の子でした。
     私は男の子の家に行きました。思えば、そうしたことを繰り返しながら、よく、犯されたりしなかったものだと思います。私を自宅に招いた男の子には、誰れにも、そんなチャンスはあったというのに。
     その男の子も、まじめな相談でした。彼は、自分の精液を直接飲むことでしか感じないと言うのです。
     直接、飲む。その頃には、もう私は男の子の射精のメカニズムを知っていましたから、どうすればそんなことが出来るのか不思議でした。
     彼は、私が誰れにも、そのことを言わないと約束すると、ためらうことなく全裸になりました。均整のとれた細いボディと、たくましい太ももが印象的なヌードです。
     オチンチンはすでに大きくなっていました。大きくなっていたと言っても、標準サイズです。
     私は、お互いに秘密を共有しあえば約束が破られる心配はないのだと言う理由で、スカートをめくり、パンツを膝まで下げました。でも、彼はアソコに興味があるというよりは、むしろ、自分のオチンチンを見てもらいたい、と、いう感じでした。
     射精までにかかる時間は一瞬でした。彼は私の前でまんぐり返しになりました。オチンチンは何度も見たことのある私でしたが、男の子のお尻の穴というのは、そのとき初めて見たかもしれません。
     彼のオチンチンは彼の顔のすぐそばにあります。口をあけると、勢いよく白い液が彼の口に飛び込んで行きました。
    「すごい」
     と、思わず言ってしまいました。女の人が男の人の精液を飲むという話は、もちろん知っていました。でも、自分の精液を飲むという話は考えたことさえありませんでした。
     彼は少しなら自分のオシッコも飲めると言いました。どうして、そんなことをするのかは、彼にも分からないようでした。ただ、Mというわけではなかったようです。
     彼とは、高校に入ってからも、何度か会い、いろいろなことをしています。今でも、たまに連絡はとります。でも、今だにセックスはありません。彼は結婚して子供もいます。ただ、奥さんには、そうした特別な趣味の話はしていないそうです。男の人って、やっぱり、セックスとオナニーは別ものなのかな。
    これは妄想ですが、たくさんの子どもに、アソコを見られると、私は興奮します。それも、私が子どもとき、私のアソコやオシッコしているところを、熱心に見ていた男の子たちに、今の私がアソコを見られるという妄想です。
     別に、子どもに興味があるというわけではありません。オチンチンを見るなら、大人のほうがいいです。子どものオチンチンには興味はありません。
     ただ、子どもの好奇心でギラギラした目でアソコを見られたり、いじられたりしたら、興奮するんだろうなって、そんなことを妄想するんです。セックスのときでも、私は、そんな妄想をしていたような気がします。これが、子どもの手だったら、子どものオチンチンだったら、と、頭の中は、そんな妄想でいっぱいだったような気がします。
     
     それから、セックスしているところに、突然、知り合いの女性がやって来て「気持ちよさそうね」と、話しかけられてしまうという妄想も、よくしました。
     男でなくても、セックスという行為と、妄想が別というのはあると思います。そして、妄想を自由にふくらませるとしたら、やっぱり、セックスよりオナニーなのだと思います。もっとも、私は、触られるとか、舐められるというのが苦手なので、よけいにそう思うのかもしれません。


     私の汚いアソコに触れた手で、私の身体にも触れるというセックス。私の汚いアソコを舐めた舌でキスもせまるというセックス。
     それが私は嫌なのかもしれません。
     分かりませんが。妄想とオナニーのほうが私は好きです。露出痴女をしていても、私の頭の中は妄想でいっぱいです。行為で感じるというよりは、妄想に興奮しているというほうが正しいと思います。
     オナニーのことを、まじめに書くのって、露出と同じぐらい恥ずかしいものですね。
    子供の頃、それも映画ではなく、ビデオで見たような気がするのですが、洋画で、使用人の男の命令で自分のお店の前に全裸で立たされる女の人を見たことがありました。大きな通りの向かいには、数人の男の人が立ち話しをしていて、その女の人は、仕方なく、その人たちに手を振り、ストリートガールのふりをしてごまかすのです。翌日には、近所で自分のことが噂となります。もちろん、自分とばれたのではなく、全裸のストリートガールがいたという噂でした。まさに、私の憧れのシチュエーションです。
     それから、こちらはマニア雑誌か何かだったと思うのですが、大きなダンボールから、女の人がお尻だけ出して公園のようなところに置き去りにされた写真でした。
     この二つは、私に強いインパクトを与えました。
     今でも、それらを思い出し、自分に置き換えてオナニーしているほどです。
    書かないで寝るつもりだったのに、コメントに触発されてしまいました。
     私は、楽しいセックスとか、スポーツ感覚のセックスとか、ユーモアポルノのようなものが、昔から、そう、子どもの頃から嫌いでした。
     ジメジメして、こそこそとした性が好きでした。
     覗きをする男の子とか、こっそり、女の子の机にエロ雑誌を入れる男の子は嫌いでしたが、その行為は理解できました。好きな女の子の笛を舐めるとか、水泳の授業の間に、こっそり、女の子の下着の汚れを見る男の子も嫌いでした。そうした被害者になるのが、本当に嫌だったからです。でも、私は、そうした行為をする男の子の気持ちは理解できました。
     幸福な恋愛と幸福なセックス。私のは、悲しい性癖と、陰湿な性なのだと思います。


     思えば、メジャーなものよりマイナーなもの。流行よりも、誰れも知らないものが好きで、昼よりも夜、夏よりも冬、アウトドアよりインドアが昔から好きだったような気がします。
     ですから、セックスよりも露出痴女行為なのだと思います。
    書かないで寝るつもりだったのに、コメントに触発されてしまいました。
     私は、楽しいセックスとか、スポーツ感覚のセックスとか、ユーモアポルノのようなものが、昔から、そう、子どもの頃から嫌いでした。
     ジメジメして、こそこそとした性が好きでした。
     覗きをする男の子とか、こっそり、女の子の机にエロ雑誌を入れる男の子は嫌いでしたが、その行為は理解できました。好きな女の子の笛を舐めるとか、水泳の授業の間に、こっそり、女の子の下着の汚れを見る男の子も嫌いでした。そうした被害者になるのが、本当に嫌だったからです。でも、私は、そうした行為をする男の子の気持ちは理解できました。
     幸福な恋愛と幸福なセックス。私のは、悲しい性癖と、陰湿な性なのだと思います。


     思えば、メジャーなものよりマイナーなもの。流行よりも、誰れも知らないものが好きで、昼よりも夜、夏よりも冬、アウトドアよりインドアが昔から好きだったような気がします。
     ですから、セックスよりも露出痴女行為なのだと思います。
     最近は喫茶店が少なくなり、チェーンの安価なコーヒーショップが増えました。喫茶店のトイレというのは、たいてい男女共用です。でも、最近の喫茶店には、お客さんが少なく、トイレで男の人といっしょになることは、ほとんどなくなりました。
     それだからというわけでもないのですが、私は、初めて訪れる街では、たいてい、どこかの大手チェーンのコーヒーショップに入ります。そのために、待ち合わせの一時間前には最寄の駅に着くようにしているのです。
     最近は、それでも、なかなか男女共用のトイレは見つかりません。
     ところが、あったのです。安価のコーヒーシッョプなのに、トイレは共用で、個室が二つ並んでいるだけなんです。
     その店に入ると私は、本を読むふりをしながらトイレの様子を観察していました。まずは、そうしてお客さんの流れを見るのです。大きなお店だと、トイレ待ちする人も多く、たとえ、男女共用のトイレでも、何もできないからです。
     お店は大きく、お客さんも、そこそこあるのに、トイレに行く人は少ないようでした。あまり少なくても何も起こらないので、つまらない結果となります。
     トイレはお店の奥にあるようでした。私は頃合いを見て、トイレに向かいました。細い通路があって、その奥にガラスの扉があります。扉はひとつですが、その中で男女に分かれているお店も少なくありません。
     開くと、先に書いたように、個室が二つ並んでいました。男女分けしている様子はありません。
     私は奥の個室に入りました。トイレは和式でした。たぶん、古いお店の内装だけを改造して、安価のコーヒーショップにしたものなのでしょう。トイレまで改築する費用がなかったのかもしれません。
     ドアにお尻を向けて、ジーンズとパンツを降ろしました。トイレの露出にはジーンズがいいのです。
     しゃがんだまま、目を閉じて、じっと待ちました。カギは少しだけかけています。そうするとカギが自然にはずれたような大きな音がするからです。
     女の人に開けられる可能性は多くありません。ノックしてくれるからです。
     しばらくすると、ガチャと大きな音がしてドアが開きました。管理職といった雰囲気のおじさんでした。
     私はショックで動けないふりをしながら、必死にオシッコを出そうとしました。オシッコが止まらないから立ち上がることもできない、と、そんな状況にしたかったからです。
     でも、オシッコは出ません。
     おじさんは、ドアを閉める様子もなく、私のお尻を見つめています。たぶん、見つめていたはずです。私には見えませんが。
     間があって、私は振り向きました。おじさんは落ち着いた様子で「カギかけ忘れたでしょう。開いちゃったんだよ」と、言います。それでも、閉めてくれません。さすがに、ドアを開けてここまで、ねばった人は初めてです。普通は一瞬で閉めますし、長くても、一言、二言で閉めてくれます。
     私は何も言えなくなってしまいました。言葉を発するきっかけを失ってしまったのです。
     どうしてか分からないのですが、私はもう一度前を向きました。そして、また、振り返りました。おじさんはしゃがみこんでいます。しゃがみこんで、私のアソコを後ろから見ていたのです。ニタニタしているのではなく、真剣な目をしていました。その姿勢だと、お尻の穴もしっかりと露出することを、私は知っています。鏡で何度も見ているからです。お尻がぽっかりと口を開いていることだって考えられました。
    「イヤっ」
     と、声が漏れました。オシッコが出てしまったのです。力なくチョロチョロとこぼれるように出ました。オシッコをしているというより、自分の意志と関係なく、漏れているという感じです。気持ちの悪いオシッコでした。解放感とか壮快感をともなわないオシッコなんです。
    「閉めてください」
     声さえ、震えて思うように出せませんでした。
    「あ、ああ、ごめんごめん、こういうのが好きな子かと思って、たまに、いるんだよ、そういうプレイしている子が、ごめんごめん、悪気じゃないから、カギがね、かけてないから、嫌がるようでもないしね」
     そんなことを言いながら、おじさんは、それでも、オシッコを見つめています。立ち上がる様子もありません。
    「おねがい」
     それしか言えなかったと思います。それでようやく、おじさんはドアを閉め、隣の個室に入ってくれました。私は、緊張で震えていました。オシッコが終わっていたことにさえ気がつきませんでした。そんな力ないオシッコだったのです。
     膝が震え、うまく立てませんでした。それでも、そのままトイレにいるわけにもいかないので、私は水を流し個室を出ました。隣の個室からも水を流す音が聞こえました。その音に我にかえった私は手も洗わずにトイレを出て、逃げるようにして店も出ました。幸い、料金は前払いのお店でしたから、おじさんとは顔を合わせずにすみました。
     さすがの私でも、あの状況で、もう一度、おじさんの顔を見るのは辛かったのです。
     待ち合わせには、まだ、時間があり、私は別のお店に入りました。そこで、やっぱり、あのまま席にもどって、おじさんの様子を観察すればよかったと考えていました。あんなにも焦って緊張したのが、ほんの数分の後には、すっかり醒め、もっと大胆なことをしなかったことを後悔しているのですから、おかしな性癖だと思います。
    家に持ち帰りながら、書類を整理していました。深夜になると、夜食が欲しくなります。夜食はコンビニです。作るのはもちろん、買い置きするのも、億劫だからです。それほど時間を惜しんでいるのに、コンビニまでの道は遠まわりします。
     普段なら、家の近くの公園では、あまり露出しないようにしています。近所の人に見つかるからではなく、待ち伏せされたりするのが怖いからです。
     でも、忙しいと、つい、そんなことも忘れてしまいます。忙しいほど、露出はしたくなってしまうのです。
     少し歩くと、公園があります。住宅街にあるにしては大きな公園です。露出する男の子にオシッコを見せてあげたことのあった公園でした。
     同じベンチに座り、ここに男の子が寝て、このベンチの上に私がしゃがんで、と、そのときのことを思い出していました。思っていたよりも、明るい公園でした。きっと、彼には、オシッコの出る小さな穴まで、鮮明に見えたことでしょう。
     そんなことを考えていたら、オシッコがしたくなりました。部屋着のスウェットですから、下げるのはかんたんです。でも、スカートではないので、かなり遠くからでも、お尻を出しているのが分かってしまうのです。
     それでも、私は、ガマンすることができませんでした。
     ベンチの背もたれを両手でつかみ、逆さまに座りました。その格好をしているだけで不自然です。子どもが、電車の中から外の景色を見るときの座り方より不自然なんです。
     しばらくそのままでいました。ここで、いつもためらうのです。周囲を気にして、人のいないのを確認しました。
     パンツを下げ、すぐにオシッコを出します。最近は、すぐにオシッコが出るようになりました。
     誰れにも見られることなく、オシッコは終わりました。たった、それだけなのに、仕事が忙しかったからなのでしょうか。けっこう満足できました。コンビニに寄り、家にもどり、オナニーはしないまま、仕事ができました。
     ゆっくり、オナニーはできません。ゆっくりオナニーすると、寝てしまうからです。困った癖です。
    夏ものの薄いジャケットをシャツの上から羽織りました。裾は太ももまできます。ミニをはくと、下には何もつけていないように見えます。
     深夜ということもあって、私はスウェットで出かけました。
     フャミレスの駐車場で、スウェットを脱ぎました。下には何もつけていません。ジャケットは、透けこそしませんが、薄く心もとないものです。長いというだけですから、少しでも屈めば、お尻は露出します。
     一瞬、迷いましたが、そのまま車を降りました。
     下半身に風を感じます。上から見るかぎり、露出していません。でも、前や後ろから見てどうなのか不安になりました。
     ファミレスに入るつもりでしたが、勇気が出ません。そのまま、私は駐車場の裏から外に出てしまいました。隣にはコンビニもあります。その向こうには公園もあります。
     私はそこまで一度、出て、そこでスウェットをはいて、それからファミレスに行くことにしました。
     コンビニの横を通ると、中に誰れもいないのが確認できました。私は意識しないまま中に入りました。カウンターの中で座っていた男の子が立ち上がりました。若い男の子一人のようです。
     奥のジュースの並ぶ冷蔵庫まで行くと、ガラス越しに、男の子が見えます。私は下の飲み物を前屈みになって取りました。そして、隣のガラスでカウンターを覗き見ました。彼の顔が見えます。カウンターから身を乗り出すようにして私を見ています。
     私はペットボトルを三本取りました。それを胸に抱えると、ジャケットの前が上がり、アソコが見えてしまうのです。閉めた冷蔵庫のガラスに写すと見えています。ギリギリですが、わずかにラビアが見えるのです。もう少し上げれば、ヘアーも露出します。
     でも、そこまですることができず、私はそのままレジに向かいました。振り返るとき、少し腕を下げてしまいました。もう見えないはずです。それでも、心臓は張り裂けそうなほど高鳴りました。膝がふるえて歩きにくくなりました。
     もっと上げなさい、と、誰れかが私に命令しています。
     恥ずかしいから、と、私は抵抗しました。
     レジの前で、私は勇気を出して一瞬だけ腕を上げました。見えたはずです。彼の目は、ペットボトルではなく、その下を見ました。無表情でしたが、確かに見ました。
     私はバックからおサイフを出すとき、とんでもないことに気がつきました。バックの中には、脱いだスウェットパンツが無造作に詰められていました。おサイフはその下にあったんです。
     彼に見えないようにおサイフを出したつもりでしたが、きっと、彼には分かってしまったことでしょう。私が、バックにパンツを入れて、ノーパンのまま買い物をする露出変態女なのだと。
     息が詰まるような思いで車にもどりましたが、全身が震えていて、運転できそうにありませんでした。
     仕方なく、スウェットをはいて、もう一度、ファミレスに向かいました。ファミレスには、コンビニの見える席もありましたが、さすがにそこに座ることもできず、反対側の席でコーヒーだけ飲みました。今度は全裸で買い物してみたい、と、ファミレスでは、出来もしない妄想をして興奮していました。
    仕事柄、朝のラッシュ時間帯の満員電車に乗る機会は多くありません。ただ、終電間際の満員電車には乗ることがあります。
     それはまだ仕事をはじめたばかりの頃のことでした。その日も終電ギリギリでした。ホームにも人が多く、電車の中には、さらにたくさんの人がいました。私は女にしては大きなカバンでお尻を隠すようにして乗り込みました。
     その私の手に、これまでの人生で感じたことのない感触がありました。生あたたかく、不気味にやわらかいのです。真後ろですから、振り返ってその正体を確かめることもできません。それどころか、両サイドからも押えつけられている腕は、動かすことさえできないのです。
     はじめは、ぐにゅくにゅとした感触のものが、しだいに硬くなっていきます。それは、オチンチンの感触でした。まさかと思いましたが、生の感触なんです。
     電車が次の駅に着いた瞬間、人が動きました。降りようとする人たちが、その準備をはじめたからです。私はその動きを利用してカバンをお尻から抜き、身体を斜めにしました。人が降りはじめるのを待って、完全に身体を反転しました。そして、下を見たのです。
     そのとき、私の背中が、ぐりぐりと前に押されました。今度はカバンを前に置いています。
     腰の辺りを見るのですが、オチンチンはどこにもありません。
     電車が動きはじめると、同じ感触が手に伝わりました。今度はすぐにその正体を見ることができます。下を向くと、出ていました。驚いた私が「痴漢」と、叫ぶ、その一瞬前、まるで手品を見るかのような信じられないスピードでオチンチンはしまわれてしまいました。
     何か叫んでも、そこには何もないんです。しかも、触られたのならともかく、満員の電車の中で「オチンチンを出してました」と、叫ぶわけにもいきません。
     けっきょく、そのままです。サラリーマンふうで、ちょっとイケメンでした。そんな人が何故。しかも、あんな巧みな技とタイミングをもっているのですから、熟練した痴漢さんなのでしょう。
     彼は、次の駅で、それもまた見事な技で姿を消しました。
     それから、しばらくして、私はある痴漢専門サイトで、オチンチンの根元を紐で縛っておいて、それを引っ張ることによって、一瞬でオチンチンをしまう技があることを知りました。
     私も、露出のために、いろいろな方法を考えますが、世の中には、さらにいろいろ工夫し、たかが性に努力を惜しまない人がいるものなんだなあ、と、思いました。
     今なら、もう少し、余裕を持ってじっくり観察してあげられたのに、と、思うと残念です。あの頃は、仕事をはじめたばかりで、性的な余裕まではなかったので……
    深夜二時を過ぎていました。だらしなくネクタイを下げ、ベルトの一方をだらんとさせて、おじさんが歩いていました。フラフラとして、ときおり止まります。どこに脱いで来たのか、上着はありません。カバンも持っていません。
     彼がそのまままっすぐに歩くと、マンションの植え込みの横を通ります。そのマンションは、盛り土がしてあって、ほんのわずかですが、道路より高いところにあります。
     柵や壁はありません。でも、歩くことさえ、おぼつかないほど酔っばらった、おじさんには、その短い坂さえ登れないことでしょう。
     私はスタスタと歩いておじさんを追越し、目的のマンションまで行きました。振り返ると、おじさんは、かなり後ろで止まっています。
     私は植え込みの芝をかけあがりました。私の体力で五歩ていどの高さです。植え込みには、高い木があり、さらに芝生の庭があって、建物はその奥です。道路から私の姿はよく見えるのですが、マンションからは、まったく死角になっているはずです。
     フレアーミニの下には何もつけていません。
     通りを見ると、あいかわらずフラフラとしたまま、おじさんが歩いて来るのが見えました。人も車もありません。
     私はそのまま、しゃがみました。もし、誰れかが見たら、ものすごく怪しい女です。まだ、スカートはめくっていません。そのまま待っていると、おじさんが、すぐそばまで来ました。下を向いて歩いているからでしょうか、私の存在には気がついていないようです。
     私はアソコに神経を集中させてオシッコを出そうとしました。最近は外でオシッコするのに慣れていたはずなのに、出ません。焦ると出なくなるみたいなんです。
     オシッコの音でおじさんに気がつかせようとしていたのに、このままでは気がついてもらえない、と、そう思って焦れば焦るほど、オシッコは出ません。
     私は少し立ち上がり、スカートをめくりました。下半身が完全に裸になるまでスカートをめくりました。そのまま止まり、チラッと通りを見ると、おじさんは、すぐそこに来ていました。私に気がついたのでしょうか、止まっています。
     両足を広げなおして、しゃがみました。アソコの奥に風を感じます。その部分が左右に開いているからです。下から見たら、どんな状態なのでしょう。かなりエッチなはずです。
     おじさんが、また、歩いたようです。ズルズルという革靴でアスファルトを擦る音がしました。おじさんは私の真下でしゃがんでいました。私は向きを変え、通りを向きました。真下にしゃがむ、おじさんを無視して、遠くを見ました。右からも左からも、人や車の来る様子はありません。
     チョロチョロと勢いなくオシッコが出ました。あんなに出なかったのに、おじさんと向かい合ったら出はじめました。お尻をさらにおとし、少しクリトリスの上を押しました。そうするとオシッコは前に飛びます。坂ですから、下にいるおじさんに向かって飛ぶのです。
     勢いがなかったので、おじさんのところには届きませんでした。それなのに、おじさんはヨタヨタとしながらも、あわてた様子で後ろにさがりました。私はオシッコを出しながら立ちあがりました。十分に足を広げていたので、靴にはかかりません。オシッコは、ちゃんと前に飛び出しています。
     何を勘違いしたのかおじさんは「オカマかあ」と、言って、まだ、私のオシッコも終わらないのに、歩きはじめてしまいました。
     私としては、アソコの奥まで、はっきり見られているつもりだったのですが、実は、よく見えていなかったのでしょう。
     変態と思われたくて立ちションにしたのが、失敗でした。きっと、おじさんは変態女が立ちションするとは考えず、立ちションしたというだけで女装と思ってしまったのでしょう。
     思えば、私も露出痴漢に遭遇したとき、オチンチンが見えなかったということがよくあります。女のアソコなんて、オチンチンより、見にくいのですから、無理もないかもしれませんね。
    目覚めた瞬間、それは昨日、現実にあったことだと思いました。それほど、その記憶は鮮明だったのです。
     私は、公園にいました。ブランコのことろに、小学校の高学年ぐらいの男の子が、三人いました。私は、そこに行き、男の子たちに「お姉ちゃん、オシッコがガマンできなくて、この公園、トイレがないから、見張りしてくれるかなあ」と、話しかけました。
     男の子たちは「いいよ」と、元気に返事をすると、公園の茂みに私を案内してくれました。しゃがめば周囲からは、見えなくなりそうな植木がありました。
    「ありがとう、見たかったら、交代で一人一人なら、見てもいいよ」
     と、そう言いながら私はパンツを下着ごと降ろしました。男の子は、少し相談して、二人が見張りに、そして、一人が、まだ、パンツを降ろしただけで立ったままの私の下半身を覗きこみました。
    「すげえー」と、その男の子が言うと、見張りのことは忘れて他の二人も私の前に来ました。
     私はしゃがんだ後「覗きこんでもいいのよ」と、言いました。三人は地面に寝転がって、アソコを見ています。私はラビアを両手で開いて、奥まで見えるようにしてあげました。
     そして「いい、オシッコするわよ、女の子のオシッコがどこから出るかなんて見たことないでしょ」と、言いました。男の子たちは「チンチンがない、どこから出るの」と、言い、好奇心に目を輝かせてアソコを見つめます。
    「ここに、小さな穴があるでしょ、そこから出るのよ、ゆっくり出してあげるから、よーく見るのよ」と、言いながら、私はチョロチョロとオシッコを出しました。
    「本当だ、○○君の言ってた通りだチンチンじゃなくて、穴からオシッコ出るんだー」
     三人は大騒ぎです。
     なんてことしてしまったんだろう、と、思いました。
     目覚めた瞬間、私は前日の行動を細かく思い出しました。会社には確かに行きました。帰宅は深夜になりました。お酒は飲んでいません。その後、夢のことを思い出しました。記憶は鮮明でした。男の子たちの顔もはっきり思い出せます。ただ、公園は暗く、明らかに夜でした。やはり夢だったようです。
     あまりにも強い願望が夢を、あたかも現実の記憶のように鮮明なものにしてしまったのでしょうか。それとも、現実にしてしまったことを夢だと信じこもうとしているのでしょうか。ちょっぴり不安になりました。もちろん、時間が経ち、コーヒーが沸く頃には、明らかに夢だったと分かったのですが……
     深呼吸しました。身体が震えています。河川敷の小さな公園のベンチには、深夜十二時をまわっているというのに、若いカップルが座っています。
     数日前に来たときには、その公園に人はいませんでした。少し待ってみたのですが、やっぱり誰れも来ませんでした。ここなら全裸になれるかもしれない、と、そう思いました。その日の夜、私は脱ぎやすい格好で、もう一度、来てみようと思ったのでした。
     公園は河川敷のサイクリングコースのような道の下にあり、上から、公園の中は暗くて見えません。でも、公園の中から道はよく見えます。全裸になるにはいい場所なんです。
     私はベンチの後ろから、こっそりと公園の反対側にまわりました。
     花壇のようなものがありますが、中に花はありません。その向こうで服を脱げば、カップルからは見えないはずです。いくら男の子でも、彼女といっしょにいるのですから、全裸の女を追いかけて来たりはしないでしょう。
     私は着ているものを脱ぎました。脱ぐのに時間はかかりません。靴はそのまま、そっと立ち上がりました。私の下半身はコンクリートの花壇に隠されています。でも、おっぱいは露出しています。二人は気がつかないようです。
     脱いだ服を小さくまとめて、小さな紙袋に入れました。このまま、もう一度、裏から公園の向こうに行き、カップルの座るベンチの向こうから公園を横切ろうと思いました。紙袋は置いて行きます。何かあれば、私は終わりです。そう思ったら全身が震えました。
     でも、一度、深呼吸して、ゆっくりと歩き出すと、不思議なほど落ち着きました。全裸で歩くことが自然なんです。公園の周囲は川と、小さな森のような木々に囲まれていましたから、誰れにも見られないはずだという安心感もあったのかもしれません。
     その木々の中に、一度、身体を隠しました。
    「行くのよ、行って、うんと惨めな罵声をあびせられるのよ、そういう罰なのよ」と、自分で自分に命じました。
     相手がカップルだったからなのでしょうか、いつもより、ためらいは少なく、私は公園を走りはじめました。カップルの座るベンチに向かいました。ほんの数メートル前を横切り、そのまま、公園の反対側に向かうつもりでした。
     ほんの数メートルと思ったのですが、けっこう離れていました。それでも、二人は全裸の私に気がついたようです。
     まず、ギャハハハという下品な女の子の笑い声が聞こえました。
    「何あれ、変態、女だよ、女」
     男の人の声は聞こえませんでしたが、何か言ったようです。
    「あのお尻が男のはずないじゃん。女だよ、露出プレイだって、知らないの、男に命令されてるんだよ」
     その言葉で私は足を止めました。男の人がいっしょだと思われているなら、安心だからです。振り返りました。
    「ほら、おっぱい小さい、こっちおいでよ、見て上げるから、男の人もここにいるよ、見たいって言ってるよ」
     アソコに触れると、そのまま、しゃがみこんでしまいそうなほど感じてしまいました。ほんの少し触れただけなのに、全身をいっきに愛撫されたような興奮なんです。もっと惨めになりたい、もっと罵声を聞きたい、と、思ったのですが、私の勇気はそこまででした。
     左右に激しく揺れるお尻を見られることを覚悟で、反対に走りました。背中に再び下品な笑い声が浴びせられました。
     花壇の反対に隠れるとすぐにシャツをかぶりました。その瞬間、信じられないことが起きました。オシッコが出てしまったんです。意識していませんから、完全にお漏らしです。突然でしたから、太ももや靴まで濡らすことになりました。気持ち悪いのをガマンして、あわててパンツをはきましたが、その瞬間にも、少しオシッコが漏れてしまったようで、アソコがじんわりと熱くなりました。
     興奮してのお漏らしなんてはじめての経験です。
     私は河川敷をしばらく歩いてから、サイクリングコースのような小道に出ました。そんなところに女が一人でいるなんて、犯されても仕方ないような状況ですが、不思議と怖くはありませんでした。
    このブログをはじめた頃、私は自分の妄想の日記を書いていくつもりだったような気がします。
     私が露出するときには、いつも、妄想がありました。もっとも多い妄想は、年上の女性によって命令され、恥ずかしいめに遭わされたり、惨めな思いをさせられるというものでした。
     中学生の頃には、部屋の中で全裸になり、閉めたままの窓の内側に立つだけでも、十分に興奮していました。そんなときには、いつも、誰か女の友だちに、それを発見され「みんなには秘密にしてあげるから、私の命令通りに、私が連れて来る男の子の前でアソコを見せるのよ」と、言われることを妄想していたものです。
     私は、誰れだか分からないように、シーツを全身にかぶせられます。そして、下半身だけを露出して、同級生や下級生の男の子にアソコを見られてしまうのです。
     私のアソコをまじまじと見た男の子と次の日、私は学校で会うわけです。なんて恥ずかしいのでしょう。
     男の子に実際に裸を見せたこともありました。そんなときも、妄想では、それをしたことで脅迫され、私はその男の子の命令は何でもきかなければならなくなるというものでした。ところが、脅迫は、セックスやお金ではなく、夜の校庭を全裸で走らせれるとか、立ったままでオシッコさせられてしまうという、私にとって都合のいいものばかりでした。
     不幸というか、幸いに、そんな脅迫はありませんでした。
     ブログの前に、掲示板やチャットをしました。そのときには、かなり騙されたり、脅されたり、怖い思いをしました。
     でも、ブログではそんなことはありませんでした。過激になって行く日常の露出でも、想像しているほど危険なことはありませんでした。
     そんな油断が、私の悲劇にならなければいいけど、と、考えたりすることはあります。
     妄想では、さらにエッチな露出を強制されるというストーリーになるわけですが、現実はそんなに甘くないですよね。
     実は、ブログには書きませんが、アソコを見た男の人の全員が悦んでいるわけではありません。中には露骨に不快な顔をする人もあります。掲示板でも、ブログでも、気持ち悪いとか、迷惑と書かれます。怖いこともあります。
     でも、エスカレートした私の露出行為は、もう、もどることはないと思います。
     本当なら人のいるところで全裸になるというだけでドキドキできたのが、今は、実際に、誰れかに見られるとドキドキするようになってしまいました。
     正直、オナニーよりも興奮していることがあります。
     勃起しないで射精してしまう男の人がいると読みました。すごいですよね。私には射精がないからオシッコを漏らしたのかもしれませんね。後から冷静に考えると、気持ち良かったような気もします。
    今日は書かないつもりだったのに、コメントを読んでいるうちに、どうしても、書きたくなってしまいました。
     けっこう前の話なんですけど、水道橋の居酒屋さんに、よく飲みに行きました。おしゃれな居酒屋さんでした。最近は珍しくありませんが、当時はおしゃれな居酒屋さんは少なかったのです。
     その居酒屋さんのトイレは、男女が共用で、個室の中に男性用の朝顔があって、その奥に個室トイレがあったんです。


     女性用の個室がふさがっていたので、私は、ひとつの目のドアの中、もうひとつの個室の前、朝顔の隣りに立っていました。普通なら、それを見たら、トイレには入って来ませんよね。でも、その男の子は、平気で入って来て、私の隣でオチンチンを出して、しかも、オシッコの音は、いつまでたっても聞こえませんでした。
     気になって、つい、見てしまいました。
     男の子は、オチンチンを大きくして、しかも、前後に擦っているんです。じっくり見たかったのですが、セックスに飢えている女と誤解されると恥ずかしいので、私はムッとした顔をして、外に出ました。本当は、ムッとなんかしてません。嬉しいぐらいでした。


     その居酒屋さんのトイレ、しばらくすると、男女共用のドアのほうに、強引にカギが付けられました。トイレでちょっとオチンチンを見るの、けっこう私は好きだったのに……
    大勢の人に裸を見られたい、そんな思いもあるのかもしれません。でも、私は、大勢の人に見られることより、一人でもいいから、蔑みと好奇の目で見てもらいたいような気がするんです。
     そんなことで感じる嫌らしい女、淫乱な女、変態、そう思われたいのです。いえ、はっきりそう言ってもらいたいのかもしれません。
     性的な対象ではなく、見たいけど触れたくない存在。たとえば、水槽の中の爬虫類のような存在になりたいのだと思います。
     本当は、見られたくもないんだと思います。誰れからも忘れさられたいのです。でも、それでは寂し過ぎて耐えられそうにないので、見られるだけで触るのは嫌だと思われるような存在になりたいのです。
     お酒を飲むと裸を見せてしまう女の子がいましたが、彼女は触れて欲しいと脱ぐのです。私は触れないでと脱ぐのです。二人の違いは大きいと思います。彼女は幸福なセックスを求めています。でも、彼女には幸福なセックスなんてどこにもないんです。セックスが理想化してしまっているからだと思います。
     でも、私はセックスとは別のものを求めています。
     見られたい。見られながら、いろいろ無理な注文をつけてもらいたいんです。自分のオシッコを浴びなさいとか、恥ずかしいポーズでオシッコしなさいとか、全裸のまま買い物して来なさいとか。でも、触れられたくはないんです。
     私の身体には毒があるから、触れた人は死んでしまうんです。そんな生き物になりたいんです。触れさせることが出来ない分、私はどんなに恥ずかしい行為もします。それが私の贖罪だから。
     と、なんでなのでしょう。今日みたいにセンチメンタルになることも、たまにはあるんです。
    昨夜、何を思ったのか、突然、バスルームを磨きました。掃除をするというよりも、まさに、磨くという感じでした。
     だからなのでしょうか。バスルームの床は、いつもより乾いていて、適度な冷たさが心地良いように見えました。私は、全裸になって、その床にお尻をつけました。少しザラザラとした感触で、思った通りの冷たさでした。
     ずるずるとお尻をずらして、床に背をつけました。私が寝転がれるほどバスルームの床は広くありません。背中と頭を床につけたら、お尻のあたりまで少し浮き上がりました。
     自分の精子を直接、自分で飲む男の子のことを思い出しました。同じように、私はお尻を上げ、まんぐり返しというポーズをとってみました。最近、運動不足だったので、どうかと思ったのですが、かんたんにできました。
     そのとき、彼のようにこのまま射精したい、と、そう思ったのです。バスルームの床が冷たかったからでしょうか、尿意はありました。
     いったい、男の人に命令されたわけでもないのに、自分のオシッコを浴びる女が何人いるでしょうか。もはや、私は、女としては救いようのない変態となってしまったようです。そんなことを思いながら、下腹部に力を入れました。
     オシッコはかんたんに出ました。力を入れると、それは意外なほど遠くに飛び、私の頭を越して行きました。そして、少し力をゆるめると顔に向かって、オシッコが飛んできます。最後まで私はそれを見つめました。見たかったのです。そのため、オシッコは目に入り、鼻に入り、想像以上に苦しむことになってしまいました。
     とくに鼻に入ったオシッコはきつい臭いで、そのため、私は口を開き口から息をするしかなくなりました。オシッコは口の中に入ってきます。初めて口にしたオシッコなのに、その味は確かに記憶にあるものでした。口に入った瞬間、オシッコの味だと分かるのです。
     あわてて吐きましたが、少し飲みました。
     後悔しながら、あわててシャワーを出し、口をゆすぎました。そして、身体と髪を同時に洗いました。
     自分は何をしているのだろう、と、しばらく呆然としていました。
     全裸のまま部屋の中央に座り、髪は濡れたまま、ぼんやりと時が過ぎて行きます。自己嫌悪はそう長く続きませんでした。
     今度はオナニーしながらオシッコをしよう。絶対に口を閉じてはいけないことにしよう。そんなことを思いました。ほんの少し前には、そこまでしなければならない変態の自分を嫌悪していたというのにです。
     あんな私の姿を男の人が見たら、どう思うのでしょう。さすがに、嫌悪するかもしれない、そう思うと興奮してきました。そして、オナニーのとき、今度は部屋の中でまんぐり返しになってオナニーしました。ジュータンに濡れた髪のシミがくっきりと残るほど、私は夢中でオナニーしていました。
     もう、私の変態は抑制がきかないところにきているような気がします。
    野球場のフェンスのこちら側には遊歩道をはさんで公園があります。この遊歩道を、いつか全裸で通り抜けたいというのが私の思いです。始点は公園の植え込みに隠れますから、ここで全裸になるのは、かんたんです。でも、終点は大きな通りに出ます。深夜とはいえ、車の通りの激しいところです。脱いだ服を隠すところも見当たりません。ワンピースを木にさりげなくかけておく、そんなことを考えながら、遊歩道を往復していました。
     野球場は遊歩道より少し低く、調度コンクリートの壁面が終わりフェンスの壁面にな変わるあたりが、こちらの地面の高さでした。
     そのために気がついていなかったのですが、球場の中に人がいたのです。暗くて分からなかったのですが、タバコの火が灯っているので分かったのです。裸になっていたわけではありませんから、気にすることはありませんでした。
     私はフェンスにお尻をつけて立ちました。そして、耳を傾けていると、聞こえてきました。私の下に人が近づく気配です。
     わりとミニですから、下からは私のスカートの中は見えるかもしれません。でも、そのためには暗過ぎるかも、そんなことを考えながら、フェンスに引きずるようにして、スカートを少しだけたくしあげました。
     その後、今度は遊歩道の木陰に移動してスカートをめくりながら、しゃがみました。球場には背を向けています。どうやら、彼らの背の高さはコンクリートの高さと同じぐらいのようなのです。彼らに向けて、お尻を突き出すような格好でパンツを降ろしました。しゃがみながら後ろを見ると頭が三つフェンスの向こうに見えました。
     私はためらうように立ち上がり、パンツを上げました。そして、周囲をキョロキョロとします。オシッコがしたいけど、勇気が出せないでいるふうを装っているつもりです。
     フェンスのところにも木陰があります。今度はそこに移動し、再びフェンスに背を向けてパンツを下げてしゃがみました。
     しゃがみこんで膝の横から後ろを見ました。さきほどの場所から移動した頭がやはり三つ出ています。そのとき、遊歩道を人が通りました。先ほどの場所にいたら丸見えでした。でも、そのときの場所なら平気です。私は遊歩道の人に驚いて後ずさるふりをして、フェンスのギリギリにお尻を近づけました。もし、腕が出せるぐらいの大きさのフェンスなら、彼らは私のアソコに触れることもできたはずです。でも、フェンスには、細い私の腕さえ入りません。
     私は足をひろげなおして、オシッコをしました。ライターがつけられたました。けっこう大きな音です。それに、そこまで近いと、さすがに周囲が明るくなったのも分かります。でも、私はそれには気がつかないふりをして、オシッコを出しきりました。
     頭に弱い電気が走り抜けるような快感がありました。少しだけ、敏感なポッチにも触れてしまいました。でも、それは後ろから見る彼らには分からなかったはずです。
     拭くことはしません、パンツを上げ、あわてたような仕種で、その場を後にします。クスクスと笑う声が聞こえました。何を話しているのか聞きたかったのですが、さすがに、もどる勇気もなく、その日は諦めて家に帰りました。
     でも、あの時間で、それだけの人に遭遇してしまうのですから、全裸で通り抜けることは出来ないのでしょうね。それ以上の快感は偶然、味わうことが出来ましたが……
    男女兼用だと思ったトイレが、実は、男女別だったと知りました。ここならオチンチンを見せられるかもしれない。ドアにカギをかけなければ、オシッコしているところを見られてしまうかもしれない。そんなことを想像して、再び、店を訪れました。ところが、今日、気がついたのですが、ドアのところに青い印があるのです。私は「えっ」と、思って隣を見ると、そこにもドアがあり赤い印がありました。
     でも、先日は、そんなことに気がつかずに、男子トイレに入ってしまったんだから、今日も知らなかったふりをしてしまえば、と、思って席に座りました。
     しばらく本を読んだ後、トイレに立ちました。お店には、男の人が二人いるだけです。一階の禁煙席には女の人たちもいたようですが、二階には人が少ないのです。
     これなら誰れも来ない、その上、うっかり男子トイレに入ってしまえば、女の人にドアを開けられることだけはありません。トイレに入り、男性用便器を眺めました。これなら正面を向いたまま、立ちションできそうです。でも、そこにはカギがないので、さすがに、それをする勇気はなく、奥の個室に入りました。
     カギをかけずに、パンツを全部脱ぎました。上は短いブラウスですから下半身は全裸です。便器はドアに対し横向きなので、お尻を見てもらうことはできそうにありません。私はパンツを棚に置いてドアに後ろ向きに立ちました。
     しばらく、そのまま妄想の世界にいると、外のドアが開く音がしました。
    「来た」と、思い心臓が張り裂けそうなのをガマンして、中腰になってお尻をドアにつけました。ドアを開けば、後ろから私のアソコのすべてが見えるポーズです。
     でも、ドアは開きません。諦めて私は便器に座り、オシッコをしました。激しい音を消すこともせずに、オシッコを出しました。
     パンツをはいて、カギを閉めて開けます。カギをしていなかったと思われたくなかったからです。
     外に出ると、男の人のすぐ後ろです。男の人は少し振り返りました。オチンチンが見えました。勃起しています。それも、大きいのです。片手で根元を握っているのに、その上に頭がしっかり露出しています。
    「ここ、男子トイレですよ」
     振り返った彼は言います。そんなこと知ってて入ったんだもん、と、思いながらも、ちゃんと顔は赤くなります。
    「すいません」
     謝るのも嫌いじゃありません。彼はそれ以上は怒る様子もなく、でも、前を向き直すこともせず、オチンチンをたいせつそうに、ゆっくり右手で前後に擦っています。
     私は彼の後ろを通って洗面に向かいました。彼の隣です。仕切りもありません。彼は前を向いて、やっぱり、ゆっくりと手を動かしています。私が間違えたのだから、何をしていても勝手なのだというつもりなのでしょうか。ドアにカギはありません。私のほうにだった安心感があります。何かされたら逃げればいいんです。
     私はゆっくり手を洗いました。そして、初めて彼のオチンチンに気がついたようなふりをして「えっ」と、小さな声を上げ、今度は露骨に彼の顔とオチンチンを見ました。その瞬間、彼は便器にダラーと白い液を垂らしました。
    「ヘンタイ」と、私はゆっくり口を動かしました。怒った顔だけして外に出ました。あわててセルフサービスの店ですが、テーブルの上のカップをそのままに、店を出てしまいました。
     彼は、私が怒ったと思ったかもしれません。でも、私は彼に対するサービスのつもりで言ってあげたのです。だって、私なら「へんたい」と、言われたら、後で興奮することができるから……
    シフォンスカートをスリットにしました。スリットが入っているのはお尻の部分です。風が拭けば、軽い素材のためにスカートが左右に割れ、お尻が露出します。ポケットに両手を入れてもお尻が出ます。でも、何もなければ、やわらかな素材のためにスリットが入っていることさえ分かりません。
     もちろん、そんなものを昼間から着ける勇気はありません。
     深夜、風の弱いのを確認して、こっそり外に出ました。スカートの下には何も付けていません。駅前の明るい通りに出ました。誰れも私が、いつでも、お尻を丸出しに出来る女だなんて思わないでしょう。
     私は酔っているらしい人を見つけては、その人をさっと追い抜いて、その人の前でポケットに手を入れてお尻を割ります。お尻を割ると、一瞬ですが、お尻に風を感じます。アソコを風が撫でるのも感じます。風に愛撫されたような心地良さです。
     後ろの人はどう思うのでしょう。プレイだと思うのでしょうか。それとも、うっかりした女だと思うのでしょうか。まさか、露出痴女だとは思わないでしょう。
     もし、追いかけられたり、からまれたりしても、全裸ではないので、私はタクシーに乗ってしまえばいいのです。駅前には、お客待ちのタクシーがたくさんいます。
     そんな安心感で、私は何人もの男の人にお尻を見せました。
     なかには「お姉ちゃん」と、声をかける人もありますが、私はそんなときには、さっと路地に入ってしまいます。本当は何を言われるのか聞きたいのですが、大声で叫ばれると他の人にも気がつかれるので、それはできません。深夜とはいえ、駅前はいくらか人出があるからです。
     アソコに触られるのは絶対にイヤですが、後ろからピシャとお尻を叩かれるぐらいなら、されてみたい気もします。そんな近くでお尻を出す勇気は絶対にありませんが。
    小学校の五年生ぐらいの頃だったと思うのですが、私の家に当時、大学生だった伯父が、よく泊まりに来ていました。名目は私の勉強を教えるということでしたが、実は、留守番だったと思います。
     両親が夜でも、そろって家を留守にしなければならない事情があったからです。
     もちろん、名目は家庭教師ですから、母親が家にいるときにも、彼は来ていました。私からすれば、伯父も母親も同じ大人としての認識しかありませんでした。
     私はシャワーの後、伯父の前を全裸で横切ったりしていました。まだ、アソコには毛もなかった頃ですから、伯父もそんな私の裸に興味はもっていなかったはずです。まだ、羞恥のない子供だと思っていたのでしょう。
     母親と伯父がキッチンでお茶を飲んでいたところに、私がお風呂から出て来たことがあります。お風呂はキッチンに面していて、父親があまり家にいないわが家は女所帯に近かったので、私は、よく、着替えを持たずにお風呂に入っていたのです。もちろん、そんなことが笑って許される年齢でもあったのだと思います。
     でも、その日は、私は伯父が来ているのに気がつき、洗濯したての着替えをそのまま洗濯機に入れたのです。そして、全裸のまま出たのです。母親は「あらあら」と、だけ言いました。
     私は全裸のまま伯父と母親の座るテーブルの前に立ち、母親のアイスティを一口、飲みました。伯父の位置からなら、自分のアソコがはっきり見えると計算してのことです。
     母親は笑いながら「もう、おっぱいも大きくなりだしたんだから、少しは恥ずかしがりなさい」と、言いました。もし、これが父親の前なら、怒っているところなのですが、伯父がいるとこでは優しいのです。それも当時の私は計算していたと思います。
     別に伯父に露出がしたかったわけではありません。それなら、他にも方法はたくさんあったと思います。
     むしろ、私は伯父が自分を女として見ていないのだということを確かめたかったのではないかと思うのです。私のアソコを見る伯父の男の眼を気にしていたのです。もちろん、伯父にはそんな態度はありませんでした。私の母親に「俺は今でも、全裸で家の中を歩くよ。ああ、姉ちゃんも、ときどき歩いてるよ。家族だもんなあ」と、言っていました。
     彼は私も家族だと思っているのだと分かって私は安心したのを、なんとなく覚えています。
     そして、自分の部屋に向かう私の後ろで母親が伯父だけに聞こえるような声で「アソコに毛も生えてきてるのに奥手よねえ」と言ったのも覚えています。母親が「アソコ」と、言ったのを聞いたのは、それが最初で最後だったかもしれません。それだけに、私は「アソコ」という言葉がものすごくエッチに思えるようになったのです。
     その伯父は近々、仕事の関係で東京に出て来ます。娘がいます。こちらに来れば遊びに行くことも増えるはずですし、私になついているので、いっしょにお風呂に入ることもあるかもしれません。そんなことを考えていたら、当時のことを思い出しました。たぶん、露出とは関係ないと思うのですが、今の私を形成する事件のひとつではあったと思うので、書いてみました。
    寒い中で全裸になること、そんな状況に耐えるられる女。恥ずかしいだけでなく、裸であることが辛いはずなのに、それに耐えられる、それだけ変態なのだということ。それが分かりやすいから、冬のほうが露出に向いているのでしょうか。
     実際に露出をしている男の人たちはどうなのでしょう。
     これは私の感覚なのですが、暑くなってから、あまり露出の人と出会わないように思うのです。私自身も全裸になりたい、と、いう強い衝動のようなものが冬ほどではないのです。
     しかたなく、最近は、露出散歩ではなく、ただの散歩をしています。もちろん、妄想しながらの散歩です。ここで下半身裸のまま歩いたら、ここでガマンできなかったふりでオシッコしていたら、いっそ、ものすごいロングスカートを自分で踏んで下半身を露出してしまうとか。そんなことを妄想しています。
     それから、以前に露出した場所を眺めながら歩くのも好きです。露出しているときは気持ちが焦っていますから、明るさなんて分かりません。暗くてそんなに見えないはずだと思っていた公園が意外に明るかったり、ものすごく細かな部分まで見られたと思っていた路地裏が暗くて、少しスカートの陰になったら何も見えなかったりします。それを確かめるのも好きなんです。
     最近は露出もせず、露出の人にも会わず、ただ、そうして散歩して帰る日が増えました。暑さのせいかな、と、私は思っています。
    今日は、待ち合わせた方が一時間も遅刻したために、喫茶店に、一時間以上も釘付けになっていました。私は三十分近く前に到着していたのです。
     いつも持っているはずの本もなく、先方からの連絡もなく、電話も通じなませんでした。車両故障で大幅に電車が遅れたために、携帯電話も混み合い、通じなくなっていたようなのです。待つのは苦手ではありません。
     私は、一時間以上も喫茶店でぼんやりと外を眺めていました。外を泣きながら走る女の子が見えました。私の隣にいた女の子の二人連れの一人が「可哀相」と、言いました。何んでその女の子が泣いていたのか、どこに向かって走っていたのかは、分かりません。
     私は「可哀相」と、つぶやくように言った隣の女の子のセリフに、身体を硬直させました。
     それは私が小学校の低学年のことだったと思います。教室でオシッコを漏らした女の子がいたのです。たくさんの生徒がいた記憶がないので、授業中ではなかったのだと思います。
     状況までは思い出せません。ただ、スカートの裾からオシッコが女の子の足を伝わって床に広がっていく様子は、はっきりと思い出しました。あわてた先生がその場で女の子のスカートをめくりパンツを脱がせたのです。スカートを濡らさせずに、オシッコに汚れた下半身を拭いてあげようとしたのでしょう。もちろん、先生の中には、下半身を晒してもいい子どもだという意識もあったことでしょう。
     実際、私も、お漏らしをしてしまったという事件のほうに気をとられていて、下半身が晒されたなんてことは気にもなりませんでした。ところが、ませた女の子というのはいるものなのです。
    「可哀相、男の子もいるのに、脱がされちゃった」と、その女の子は確かにそう言ったのです。
     お漏らしした女の子は泣きながらお尻や小さな亀裂をタオルで拭われていました。そう、私は「可哀相」というセリフで、はじめて、男の子とは明らかに違う女の子だけにあるオシッコの出る筋を見ることになったのです。
     そのとき私は、はじめて、男の子もいるのにパンツを脱がされて、絶対に見られるはずのない筋の部分を見られている、と、感じたのでした。
     ところが、そんなにも衝撃的だった事件を、私は、今日まで忘れていたのです。不思議です。
     隣に座る高校生ぐらいの女の子の「可哀相」というセリフで思い出したのです。
     私は「可哀相」と、言われたいのかもしれません。たとえば、カップルの前に全裸で私が現れたら、女の子は、たとえ彼氏の命令だろうと、そんなことをしなければならない私を「可哀相」と、思うはずなんです。もし、彼女が私を露出痴女だと知れば、彼氏にも「可哀相な女だね」と、言ってくれることでしょう。もしかしたら男の人も私を「可哀相」と、思ってくれるかもしれないんです。たぶん、それが私の望みなんです。
     と、今日の昼間、突然、そんなふうに自分を分析していました。こんな考えは妄想に近いので、数日後には別な露出の理由を書くかもしれません。私にとっては、自分の分析さえ妄想ごっこなんですから。でも、そんな妄想ごっこのおかげで、今日は楽しく相手を待つことができました。
    全裸の上にワンピースをかぶりました。下には何もつけていません。ノーパンであることは、それでは分かりません。でも、ノーブラであることは、たいして大きくもない胸なのに、それでも目立つのです。歩くだけで胸は大きく揺れます。少しですが乳首も見えます。
     いつでも全裸になれる格好なのです。このまま、歩いてコンビニに行き、そこで首までワンピをめくり上げてコンビニの前を歩くということを考えました。チォンスがあれば全裸になって片手でワンピを持ったまま歩くこともできるかもしれません。それを考えるだけで私は興奮していました。
     コンビニの前に行くと、中に、若い男の子や女の子がたくさんいるのが見えました。なんどもそのまま、全裸になることを考えました。時間は深夜二時を過ぎています。それなのに、コンビニの外にも自転車に乗ったまま話をする若い男の子がいます。
     私は諦めて、そのままコンビニで飲み物などを買いました。頼りない薄い布一枚下は全裸です。でも、それだけでは興奮まではできませんでした。
    ものすごい雨の夜。私はお風呂につかりながら、ぼんやりと雨の音を聞いていました。窓は開いていますが、マンションの裏なので、通る人はありません。
     もちろん、表の通りだって、この雨の中を歩く人なんているはずがありません。普段でも、深夜になれば人なんて、ほとんど通らないのですから。
     私は、洗面にあるタオルを二本とって、バスマットの向こうに置きました。二本をつなぐと、玄関まで届きます。軽く身体を拭き、そっとドアを開けました。そこからマンションの門まで、雨に濡れることはありません。でも、ドアから門までがもっとも明るく、そして、もっとも危険なんです。だって、そこで見つかるということは同じマンションの人である可能性が高いからです。
     しばらく門の向こうの雨を眺め、タオルの道をたどりながら、お風呂にもどりました。
     冷えた身体をあたためました。やっぱり行きたいのです。マンションを出て、そのまま通りまで走る、そこから少し通りを走って左に曲がれば、裏路地が続いて、一周できるのです。
     雨に濡れてどんなに惨めでしょう。寒さと冷たさに耐える私は変態です。途中、寒さでオシッコを漏らすかもしれません。アソコに雨があたるのは感じるのでしょうか。誰れかが見たら、変態どころか、事件だと思われるかもしれません。そして、その人に変態だからと言い訳しなければならなくなったら、それは、どんなに惨めでしょうか。
     やっぱり、行きたい、と、私は思いました。
     もう一度、ドアまで行きました。まずは近所の様子を伺います。誰れかが起きているという雰囲気はありません。ドアに灯りが漏れているわけではありませんから、本当のところは分かりません。それでも、私は門のところまで出ました。本当にどしゃぶりです。
     身体を出すと、心地いい雨が全身を愛撫します。雨で自分の視界が悪いからでしょうか、意外なほどかんたんに通りまで歩けました。走らずに歩けたのです。通りでも安心でした。ここまでは来たことがありましたが、そこから先は未知の世界でした。
     大雨の深夜です。それでも、全裸で歩くというのは奇妙なものです。曲がる予定の路地を曲がらずに、もい一本、向こうの路地まで歩いてしまいました。もし、こんなところで人に見つかったら、服さえ隠していない私には、どうすることもできません。
     それなのに、私は道路に寝てみたい衝動にかられました。仰向けに寝て全身に雨を受けたいと思ったのです。
     もちろん、そこまではできません。余裕があるといっても、そこまでの余裕ではないのです。路地を一本余計に歩いたために、思った以上の距離になりました。裏路地とはいえ、民家の並ぶ道です。どこの家の窓やドアが開くか分かりません。
     マンションの門の前では、ためらいもなく中に飛び込んでしまいました。いつもなら、少し外から様子を見るところなのです。その頃には、すっかり余裕がなくなっていたからなのでしょうか、同じマンションの人に見つかる恐れのあることも忘れて、自分の部屋のドアを開けました。タオルの上を歩く私の身体からはたくさんの水がしたたり落ちました。それさえも心地いいのです。
     お風呂につかる前に、私はまんぐり返しになりました。思いきりオシッコをしたかったのです。自分の顔にかけたかったのです。
     変態です。ものすごく惨めです。みんな普通に恋愛してセックスしているときに、私は孤独にこんなことをしているのです。
     湯舟につかり、全身を洗って、お風呂から出ると、四時を回っていました。確か、お風呂に入る時には一時前だったと思います。なんだかタイムスリップしたような不思議な感じです。
    昨夜、突然、銭湯に行きたくなりました。あの銭湯での体験を、どうしても、もう一度してみたくなってしまったのです。ただ、同じ銭湯に行くのには抵抗があったので、家の近所の銭湯に行くことにしました。
     自然といえば、そのほうが自然ですよね。わざわざ遠くの銭湯に行くほうが不自然ですよね。
     銭湯はどこもそうなのでしょうか。家の近所の銭湯も、ほとんどお客さんはありませんでした。番台には、おばさんが座っていました。さすがに、おばさんで、銭湯をやっているぐらいですから、女の裸には興味などないでしょう。
     それでも、私はなんとなく興奮できます。服を脱ぐ予定のない人の前で全裸になる、と、それだけでもドキドキするんです。
     銭湯には数人のおばあさんがいました。二人は知り合いらしく、大きな声で、中学校の取り壊しについて話していました。私はタオルも使わずに、全裸のまま湯舟につかりました。そのとき、どこから現れたのか、おじさんが何でもないことのように、ツカツカと女湯の中を歩いて来ました。そして、無言のまま散らかっていたオケをきちんと並べ、奥のドアに消えて行きました。
     いるのがおばあさんだからなのでしょうか、誰れも気にしている様子はありません。
     私は湯舟に首までつかっていたのですが、それでも、ドキドキしてしまいました。
     もう一度、今度は奥のドアから現れるだろうから、そのときに、足を広げて、おもいっきりアソコを見せる方法はないかと考えました。身体をシャワーで流すふりをしながら前屈して、後ろからアソコを見てもらおうかとも考えました。でも、そのためには、タイミングよく洗い場にいなければなりません。
     そんなことを考えていたら、少しのぼせてしまいました。私はお湯には強くないのです。
     フラフラとしながら、湯舟を出ると、おじさんが奥のドアを開け、また、女湯を通り、今度は中庭のほうに消えて行きました。立ち上がって洗い場にいた全裸の私のすぐ横を彼は通り抜けました。全裸の女のすぐ横を男が歩いたのです。それなのに、番台のおばさんも、他のお客さんも、何も感じていないようなのです。私だけが興奮していました。
     身体を洗うだけで、ジーンと全身がしびれるほど感じていました。これは私が変態だからこそ、エッチな状況なのでしょうね。もし、私が普通の女だったら、嫌だとも何も感じなかったのに違いありません。変態だからこそ、過敏なのだと思います。そして過敏過ぎるから変態なのだとも思いました。
     スーツにもかかわらず、マイクロミニというものがありました。しかも、スカートがマイクロミニの他にミディアムもあるのです。私は、さっそく購入しました。マイクロミニだけでは買えません。スーツですから、着るチャンスがないからです。でも、ミディアムもあれば、普段はそちらをつけていることができます。
     家にもどると、洗顔もせずに、とにかく、すぐに着てみました。薄いジャケットはスカートと同じぐらいの丈があります。ジャケットは風でめくれるほどの軽い素材でした。スカートはタイトなので、風でめくれてしまうようなことはなさそうです。
     前からは、さすがに何も見えません。両手を上に伸ばしても、ギリギリ見えません。
     でも、後ろは、少しでも前に屈めば、アソコが丸見えになります。薄暗くなったその部分に、黒く垂れ下がるものがあります。さらに足を開くと、暗くなったその部分でも薄い赤身の肉と分かるようなものが見えてきました。お尻の穴の皺も見えました。
     椅子を持ち出して、浅く座って見ました。膝を閉じたままでも奥まで覗けそうなほどスカートが上がっています。正面の鏡には写りませんが、手鏡を使って斜め上から股間を写すとヘアーが見えています。
     膝はほんの少しでも開けば、奥までしっかり見えます。ブラウスではそれに遮られてしまいます。カットソーがいいかもしれません。
     昼間は無理ですが、深夜ならお店に入ることはできそうです。何をしようか、いろいろ妄想しています。
    仕事で出かけた私は四人がけの電車の中にいました。車内に人はまばらでした。四人がけのボックスの中で他人と乗り合わせることのないほどでした。
     私は中ほどの座席に座り、一時間半を過ごすための準備をしました。ペットボトルの水を出し、本を膝に乗せました。童謡に隠された怖い話しという内容のものでした。しばらく熱中して読んでいました。向かいのボックスにはスーツ姿のサラリーマンらしき人が座っていました。読書に熱中していたために、彼がいつ乗って来たのか分かりませんでした。普通なら向かいの男の人を気にかけることなんかありません。ただ、彼はこちらを見ているんです。その見方が異様だったのだと思います。
     一度は視線を反らし、本に目を落としたのですが、気になるんです。チラっと見ると、やっぱりこちらを見ています。一瞬、自分が露出しているのではないかと錯覚し、下半身を見てしまいました。スカートですが短くはありません。ファスナーも開いていません。
     気のせいかとも思いました。こちらの景色に気になることでもあるのかな、と、思ったりもしました。
     彼ははじめ、座席にカバンを立てていました。それが異様に見えたのかもしれません。何度目かに彼を見たとき、そのカバンが倒れていました。びっくりしました。倒れたカバンの向こうにオチンチンがあったからです。私がちょうどそのとき手にしたペットボトルぐらいの長さのモノです。右手で彼はそれをゆっくりと撫でています。根元にあった手が亀頭をおおい隠すまでに数十秒かかります。普通なら一瞬ですよね。どんなにゆっくり手を動かしても。
     どうしていいか分からなくなりました。目が離れないんです。他の座席を見ました。車輌に私と彼しかいないのかもしれないと思って怖くなったからです。でも、頭がいくつか見えました。他にも人はいるんです。もし、私が「痴漢」と、騒いだら彼はどうするつもりなのでしょう。電車の中では逃げることさえできませんよね。
     彼はそんなことはまったく気にする様子もなく、ゆっくりと右手を上下させています。
     つい見つめてしまいました。ニコリともしません。真剣な目で私を見つめています。あの目に私は弱いのです。先端がぬらぬらと湿って行くのが私のところからでも分かりました。
     彼はゆっくりと立ち上がりました。一瞬、あせりました。こちらに、やって来るのではないかと思ったからです。ほんの一瞬の間でしたが、やっぱり、じっと見たのが間違いだったと、後悔しました。でも、彼は近寄って来ません。考えれば他に人もいるのですから、そこまで無茶はできないのでしょう。
     こちらに向かって彼はしばらくオナニーしていました。そして、私に向かって射精したのです。ダラダラと精液が床に落ちて行きました。こんなに出るものなんだ、と、思うほどたくさん出ました。
     びっくりしたまま動けない私を無視して、彼はカバンを持つと、その大きなモノを片手のみで器用に仕舞って、ドアに向かって歩いて行きました。電車は駅に着きます。まるでそれを狙っていたかのようなタイミングでした。
     私の小さな手では、両手で握っても、まだ足りないだろうな、と、自分の手を見つめてしまいました。
    身長が足りないからでしょうか。タイトのマイクロミニは、思ったよりも目立っていないかもしれません。駅前を歩いたときにはノーパンのミニより、ノーブラのカットソーが目立ってしまったようです。このブログを読み続けていた方たちは、なんとなく気がついていると思うのですが、私は下半身の露出にこだわり、それに羞恥を抱くわりに、おっぱいの露出については、わりと平気だったりします。
     少し明るいところで冷静におっぱいを見ました。どうせ、おっぱいは小さいから、と、思っていたのですが、うっすらと乳首の形が見えています。歩くと激しく揺れます。急に恥ずかしくなりました。
     あわててジャケットの前を閉めると、今度は下半身裸のまま歩いているように見えて恥ずかしいんです。仕方なく、私は、ジャケットの前は開けたままにしました。家ではスカートのことばりに気をとられていたのです。
     深夜でも開いているハンバーガー屋さん。そして、深夜でも、かならずお客さんがいます。
     一階でコーヒーだけを買い、二階に上がりました。学生ふうの女の子が勉強していました。一つ席をおいて、自由業らしい中年の男の人がパソコンで仕事をしています。二人の向かいに二人掛けの席があります。残念ですが、正面を向いて座れません。調度彼らとは垂直の向きに座るようになります。でも、テーブルは小さいので、斜めに向けばアソコを晒すことは可能です。
     私は、男の人からよく見える側の席に座りました。斜めに座り、テーブルの下に下半身を隠しました。もっとも向かいの彼からは、よく見えるはずです。
     はじめは膝をきっちりつけていました。
     彼は自分の正面のモニターに目を向けていますが、そのモニターごしにチラチラとこちらを見ています。私は左足はそのまま右足だけを後ろに下げました。膝が割れてアソコが露出したはずです。カバンから本を出すときに上から見たのですが、なんと、上からでも、太ももの上のほうが見えるのです。もし、お尻を少し前に出せば、そのままヘアーまで見えるはずです。
     男の人の動きが止まりました。じっと見ています。
     少し恥ずかしくなった私は上半身を倒して、テーブルの上に置いた本に目を落としました。腰を引く格好なのでアソコが見えなくなったはずです。しばらくそのまま本を読みました。もちろん内容は頭に入りません。
     私は本を胸に持って来ると同時に椅子に浅く座りました。お尻はずれましたがスカートはそのままです。太ももに椅子の感触がありました。スカートがめくれているのです。もう、ほとんど下半身裸のまま座っているようなものです。
     触りたい、アソコにおもいっきり触れたい、と、そう思いました。まさかそこまでするわけにも行かず、じっとガマンしていました。
     彼は遠慮なくスカートの中を見続けています。
     私はさらに浅く座りなおし、いっきに姿勢をもどしました。お尻の下は椅子の生の感触です。一度、めくられたスカートはもどることなく、背中に押し上げられたのです。下半身は全裸状態です。
     このまま立ち上がれば、スカートはめくれ上がったままになります。タイトなので、もどらないのです。学生ふうの女の子も顔を上げています。私の様子に何かを感じたのでしょうか。このまま立ち上がれば、私は二人の前に下半身を晒すことになります。ヘアーは少ないのですが、その分、前からでもラビアがはっきりと見えます。
     ぬるくなったコーヒーをいっきに流し込んで、本をカバンにもどし、立ち上がりました。中年の男の人は表情を変えません。女の子はびっくりしたような顔になり、私の下半身に釘付けです。もう変態女であることはバレバレです。それでも、私はあわてたふりをして、スカートをなおしました。
     階段を降りるとき、何か話し声が聞こえました。男の人が女の子に何か話しかけたのでしょう。逃げるようにしてお店を出たので、何を話していたかまでは分かりませんでした。もう一軒、深いソファーのあるコーヒー屋さんにも行くつもりでしたが、興奮しすぎて、それは無理でした。彼の視線、女の子の顔、そして、私が去った後の二人の会話を想像しながら、私は何度も何度もオナニーしました。
    ワンピースの下は全裸です。こんな格好で歩いている人も見ないわけではありません。でも、この格好で昼間の外出は、ちょっと無理。深夜でも、このまま駅前に行く勇気はありません。それは、ワンピースの下が全裸だからではなく。格好があまりにも、おばさんっぽいからなんです。
     でも、私には、男の人の前でスカートをめくり、足を広げて自分のアソコを見てもらいたい欲求があります。そのためには、全裸にワンピースだけのほうが都合がいいのです。
     住宅街の公園で露出しても平気そうな人を捜します。ベンチから起き上がれないほど酔っている人は、そう多くありません。ただ、寝ているだけでは不安です。追いかけられるかもしれないからです。
     もっとも、これは意外なことなんですが、露出痴女というのは、実は危険が少ないのです。たぶん、見た人はみんな、まさか女一人でそんなことをしているはずがない、と、思うからなんでしょうね。全裸を見せたり、オシッコしようとしたりすると、かなり酔った人でも、まずはキョロキョロします。最初の頃は他の人が来ることを気にしているのかと思っていました。私も気にしていることでしたから。でも、途中から、男の人が隠れていると思っているのだと分かりました。
     私の露出はそれから過激になってしまったんです。男の人が隠れていると誤解してくれれば、襲われたり触られたりはしないからです。後、怖いのは、露出の後に私をつけて来て、私が一人だとバレてしまった時のことだけです。でも、相手が酔っていれば、逃げることができます。
     そんなことを考えながら歩いたのですが、露出するチャンスもなく、仕方なく、公園で、私は妄想露出しました。
     目の前に酔っ払いがいて、その人に「見て」と、言って、ゆっくりスカートをめくって行きます。その人は「尻の穴をひろげて見せろ」とか「立ったまま、オシッコを飛ばして見せろ」と、ひわいなことばかり命令します。そして、最後に「首までスカートをたくしあげたまま公園を一周しなさい」と、命令されるのです。
     私はそんなことを妄想しながら、腰のところまでスカートをたくしあげて歩きました。ほんの数歩で、怖くなってスカートを降ろし、何もなかったかのように、公園を後にしました。帰り道では、何度も後ろを振り返りました。公園での奇妙な行動を見ていた人がつけて来るかもしれないと恐怖したからです。
     そのときには、本当に怖いのですが、家にもどると、全裸になり、どうして公園から全裸のまま帰って来なかったんだろう、どうせ、誰れとも出会わなかったのに、と、後悔します。そうして私の露出は、また、過激になって行くのです。
    私が理想としている露出は、高いフェンスがあって、こちら側には絶対に来ることが出来ないような場所で、フェンス越しに露出することなんです。ガラスでは、少し物足りない気がするんです。でも、何もなければ、いつ、相手が豹変して襲って来るかもしれないという恐怖がなくならないので、本気で興奮することができないんです。
     フェンスのある道、フェンスのある駐車場、野球場と、いくつか理想の場所は見つけているのですが、野球場は、まさか中から露出することはできません。入り口がひとつなので逃げられなくなってしまうからです。駐車場はいいのですが、道路側から露出しようとしても、なかなか気がついてもらえません。中からも考えたのですが、そのためには車で行かなくてはならず、ナンバーを知られる危険性があるので難しいのです。
     公園の遊歩道の上の道路との間にあるフェンスは、そうした意味では理想的な場所です。遊歩道からフェンスまで芝生の坂があるし、そこからフェンスに登ったとしても、こちらは大きな道路ですから、登りはじめたところで逃げてしまえば、追いつかれるはずがありません。それに、反対からは坂も合わせると、かなりの高さになりますから、フェンスに登るには、かなり勇気が必要だと思います。
     問題は、あまり頻繁とそこを利用できないということです。噂になってしまったら、待ち伏せされたりするかもしれないからです。
     久しぶりに、そのフェンスのところに行きました。何故か深夜でも、フェンスの向こうの遊歩道には人が通るのに、道路は車しか通りません。私はミディアムのフレアースカートのお尻だけをめくり、フェンスにお尻をつけました。後ろから見るとお尻だけを剥き出しにした女です。私の理想的な露出なんです。
     遊歩道を通る人は、決して多くはありませんでした。たまに通っても、こちらを見ることはないのでしょう。
     このまま立ちションしたら、どうなるんだろう。フェンスが邪魔しているから、靴まで汚してしまうのかな、でも、前屈みになってすれば、オシッコは後ろに飛ぶかもしれない、と、そんなことを想像していました。尿意はありました。そのとき、前回のことを思い出したのです。前回、私はすぐ後ろに男の人がいたことに気がつかなかったのです。
     今、あんな人が芝生の上まで登って来ていたら、オシッコをかけてしまうことになる、と、思い、怖くなりました。さすがに、そんな酷いことはできません。
     急に怖くなって下を見ました。誰れもいません。
     結局、何もできないまま、誰れにも見せられないまま、帰ることになりました。
     でも、家にもどってから、フェンス越しにアソコやお尻をペンのような物で突かれたり、ライトで照らされたり、そんなことを妄想しながらオナニーすることはできました。
     日曜日の深夜、何度か露出したことのあるコーヒー屋さんに行きました。ウエストがゴムのスカートをつけています。そのスカートは、実は丈を短くすれば、胸のところにゴムをもってくることもできます。そうすれば、歩きながらは、無理でも、椅子から立ち上がるときなら、裾を踏んでオッパイを露出することもできるのです。
     ノーブラはノーパンより自然ですから、それでオッパイを出したほうが自然なのでしょう。でも私は下半身を選びました。
     できれば、お店の人には、見られたくありません。そのお店は、これからも利用したいからです。お客さんなら、まさか噂にはならないでしょう。そうなると、帰りというわけにはいきません。
     トイレから出て来て、席にもどるまでの間がチャンスになります。さりげなくやれば、カウンターの中にいるお店の人には何があったのか分からないはずです。
     お尻が出るためには、踵でスカートを踏まなきればなりません。もちろん、本当なら、踏んだ瞬間に、分かるものですから、お尻が出るまでにはなりません。間違って下がったとしても、ローライズ程度です。でも、そんなことは、スカート踏みの実験をしなければ分からないはずです。
     お店には、暇そうなおじさんが一人、本を読むでもなく、ただボーとしているだけでした。露出するには安全そうな相手です。踵で踏んだ後に、あわてたふりをして前傾すれば完璧です。ゴムも緩くしてありますから、膝ぐらいまでスカートは下がるかもしれません。
     覚悟を決めてトイレに入ったら、もう、迷うことは出来ません。明るい店内で、お尻を出さなければならない惨めな自分を恨みました。でも、迷いはありませんでした。トイレを出ました。おじさんの前で、スカートを踏むために歩きます。ためらうことはしません。一度ためらったら二度とできないことは、よーく分かっています。
     おじさんは、トイレを出た私のほうを見るとはなしに見ています。
     今、と、踵を踏みましたが、スカートは下がってくれませんでした。私はころびそうになったふりをして、手でスカートの前を下げてしまいました。カタッと、ミュールが床を鳴らしたのでおじさんは、確実に私を見ていたはずです。
    「いや」と、小さく叫んで、私はスカートのウエストに手をかけました。一瞬でしたことですから、うまく調整ができず、スカートは思った以上に下がっていました。あわてて上げようとした私の目に、黒い茂みが見えました。お尻は、完全に露出しています。ところが、スカートは上がりません。上手く下げることは出来なかったのに、踵はしっかりとスカートを押えていたのです。
     羞恥に顔が赤くなっていくのが分かりました。あわてて振り返ると、おじさんは、ニッタリとほほ笑んでこちらを見ています。遠慮したり同情したりして、目を逸らすような思いやりは、ないようです。
     私は、なんとか、踵をはずして、スカートを上げました。とっても長い時間のように思いました。でも、ほんの一瞬の出来事だったのだろうと思います。
     私の計画では、お尻を見せた後、そこに留まって、いたたまれない気持ちを味わうつもりでしたが、それこそ、本当に、いたたまれなくなってしまい、すぐにお店を出てしまいました。
     そのまま何かから逃げるように家に帰り、鏡の前で、私は何度も、同じようにスカートを下げて、あのおじさんの見た私のお尻を確認しました。そして、オナニー。
     台風が来てくれなかった。大雨と強風の中、全裸で外を歩きたかった。そうすれば、私は、心地良い異常者になれたのに。誰も私を見つけてくれない。台風の真夜中に、そとを歩いている人なんていないでしょうから。誰も見つけてくれないから、私は全裸になれるのです。でも、見つけて欲しい。私を見つけた人は「この変態女が」と、私を叱ってくれるのです。
     私が驚いて逃げると、追いかけて来ます。やがて捕まって、そんなに見せたいなら、お尻の穴まで見せろと、脅されて、足を広げさせられるのです。懐中電灯で、アソコを照らされます。
    「変態で、オナニーばかりしているから、こんなに恥ずかしいラビアになちゃったんだな。クリトリスが、こんなに大きいのは、毎日オナニーばかりしていた証拠だな」と、言われます。恥ずかしいし、アソコを汚いと言われるのは、女として悲しいけど、全裸で外にいたのですから、逆らえません。
    「こんなことをしていたんだから、犯されたって文句は言えないんだけど、お前みたいな汚い女を犯したら、どんな病気になるか分からないからな」と、言われて、私は、犯される代わりにたっぷりと、スペルマをかけられるのです。
     汚いと思ったところで、私は、家から全裸で来たのですから、洗うこともできません。顔に雨が当たって、ドロドロとしたスペルマが流れます。首筋から、オッパイのあたりにまで、流れて来ます。
     そんなことを妄想しながら、オナニーしました。
     今日は、ウエストがゴムのロングスカートを買いました。私は、こんなダサダサの服を誰が買うんだろうというものを、たまに買います。露出のためだけの服です。そのスカートは、ノーパンのままつけて、裾を踏みつけて、下げてみるために買いました。家でやってみると、見事にお尻がペロンと露出しました。これを深夜もやっているお店に中でやったらどうでしょう。
     自宅から車で一時間ちょっとのところにある駐車場まで、わざわざ露出のためにでかけました。仕事で来たときに見つけて、ここで露出したいって思ったのです。
     仕事で来たときには、よく知らない場所だったので、とにかく、目についた駐車所に車をいれました。ところが、打ち合わせが終わって駐車場にもどると、目の前に駐車場はあるのですが、入れないのです。鉄柵が張り巡らされているのです。出るときには、気がつかなかったのですが、駐車場は意外なほど大きく、しかも私は、その裏側に来てしまったらしく、入り口らしい所がないのです。鉄柵が終わると隣のビルになりました。さらにその隣のビルも越えたところを右折し、そのビルの裏手を曲がると、ようやく駐車場の入り口が見えてきました。
     これなら、中で全裸になっていても、安心です。もし、道路から見た人が、駐車場に来ようとしても、その間に私は逃げることができるからです。
     車を使うのは、嫌でしたが、閉鎖的な駐車場でしたから、中で不審に思われてもいけないと思い、車を中に停めました。服装はすぐに脱ぐことのできるワンピースだけのかっこうです。
     一度、そとに出て、しばらく、周囲を観察して、もどりました。そんな駐車場ですから、夜中に利用する人は、ありそうに思えません。裏の通りにも、ほとんど人はありません。
     私は、駐車場にもどり、他人の車の陰で、服を脱ぎました。服を車の下に隠して、全裸のまま柵に近付きました。道路は写真でもわかるように、少し高いところにあります。私としては、見下ろされるより、下から覗かれるほうが好きなのですが、反対では、それこそ、人なんて来そうにないので、仕方ありません。
     最初は、怖いので、車の横にしゃがみこんでいました。それで隠れたことにはなりません。上から見れば全裸の人間がいることは、分かってしまいます。
     男の人が通りました。私のほうを見ることは、ありませんでした。次の人もこちらを見ませんでした。私は、大胆な気持ちになって、バックスタイルのかたちになって、道路にむけてお尻を突き上げました。もちろん、暗いので、アソコの中までは見えないでしょう。それでも興奮しました。
     そのまま、オナニーもしました。人が来ても止めませんでした。さらに柵に近付きました。フェンスではありませんから、そこから、オチンチンを出すことができます。
     私は、お尻をそちらにむけて突き上げているわけですから、もしかしたら、知らない間に精子やオシッコをかけられてしまうかもしれないのです。精子は無理かもしれませんが、オシッコなら、確実に届く距離です。
     チラチラと後ろを見ると、人がいるのが分かります。思っていたよりは、人が通るようなのです。女の人も通りました。そのときには、ものすごく恥ずかしくなりました。変態と思われるからです。
     多分、三十分ぐらいは、そうしていたのではないでしょうか。幸いというか、なんというか、人はたくさん通りましたが、私を見つけた人はありませんでした。
     それでも十分に興奮はできました。でも、今度は、声を出してみようかな、と、考えながら、帰宅しました。
     昨夜は、台風が来ませんでしたね。今夜は、どうなのでしょう。深夜までには、過ぎてしまうのかな。ただの雨では、人がいますが、台風なら人がいないので、大きな通りを全裸で歩くことができます。
    最近はすっかりミニスカートにはまっています。最初は超ミニだというだけで恥ずかしくて、深夜にしかつけられなかったのですが、最近はすっかり慣れてしまい、昼間でもつけられるようになりました。
     慣れてしまったからでしょうか、私ぐらいの年齢でもミニの人は少なくないように思えてきました。
     超ミニをつけていると昼間でもけっこういかがわしい目で見てもらえます。喫茶店などでは、けっこう意識してもらえて、ノーパンでもないのに、興奮できるんです。
     テーブル越しに少し足を広げるだけで、注目してもらえるのです。私は、今、あの男の人からは、自分のアソコがどう見えているのかと想像するがけで感じてきます。アソコが興奮で濡れてくれたら、もっと淫乱な女だと思ってもらえるのにと思うのですが、思うようには濡れてくれません。
     いつもなら、普通にしていてさえ恥ずかしいほど、その部分が汚れるというのに……
     超ミニでノーパンになることも考えましたが、やっぱり、ころんだりしたときのことを考えると怖くてできません。ミディアムミニでもノーパンでころんだら、恥ずかしい姿を晒すことにはなるわけです。同じなんです。そもそも、私はそれを望んでいるわけですよね。
     それなのに、できないんです。昼間の超ミニは、そのぐらい私を緊張させるのです。 
    私には友だちと呼べる知り合いがいません。もっとも、仕事をはじめたら、どこまでが友だちで、どこからが、ただの仕事仲間なのかは、分かり難いものですよね。学生の頃にしたって、ただのクラスメートと友だちの境は分かり難いものでした。
     クラスメイトは卒業と同時に疎遠になりました。そうした意味でいうなら私には友だちは、一人もいなかったように思うのです。
     そんな私がはじめて友だちなのかなと、思ったのが、いつも話題にする飲むと全裸にまでなってしまう女の子かもしれません。私が露出という悩みをはじめて告白できたのも普通の付き合いをしている女の子では彼女が最初です。
     ただ、彼女は私と話しているときには、いつも酔っていますから、どこまで聞いていたかは分かりません。そこがまた、彼女のいいところなんです。
     この連休も彼女の家に泊まりに行きました。彼女の家で彼女得意のスパニッシュを食べた後、彼女の知り合いのスナック行きました。そこでは彼女はちょっとした人気でした。なにしろ全裸になるのですから当然かもしれませんね。
     その日もすぐに裸の話しになりました。なにしろ彼女はすぐに酔ってしまうのです。そして、私と彼女と男の人たち三人とで野球拳がはじまりました。お店には他にお客さんはいません。彼女はすでにフラフラでした。野球拳といってもルールは全員でじゃん拳をして最初に三回負けた人が全裸になるというものなのです。たぶん、お酒に弱い彼女は他の人の負けなんて計算できないのでしょう。彼女が裸になるためにあるようなゲームです。
     ですから、私も男の一人が三回負けたのに、それを誤魔化しても無視しました。私も酔って気がつかないふりをしてあげたのです。でも、意外なことに彼女が三回負けても全員が誤魔化したんです。次に負けたのは私でした。
     そして、私は脱がずにはいられない雰囲気になりました。
     ブラが透けるようなシャツを脱ぎました。下はタイトのスカートですがミニではありません。下着の汚れのことが少し気になりましたが、それと分かるほど明るくない、と、自分を納得させて、私はブラとパンツだけになりました。露出のつもりなんてありませんでしたが、彼女に見られると思っていたのでレースの綺麗なインポートものをつけていましたから、正直、下着を見られるとモデル気分になれました。
     彼女も下着を褒めてくれました。野外露出にはない快感でした。
     もちろん、それだけでは許されません。みんなに囃子たてられて私はブラをとりました。男の人たちがおっぱいの形を褒めてくれました。大きさは褒められないからでしょう。
     さすがにパンツが脱げません。手はかけるんのですが下げられないんです。
     しばらく悩んでいると、彼女は私の横でさっさと脱いでしまいました。しかもパンツもです。私は仕方なくパンツをおろしました。その瞬間、快感が全身をかけぬけました。言われてもいないのに、私は約束は約束だからと、言って空きテーブルに乗って足を広げました。懐中電灯を持っている人がいて下から照らされました。
     レズを求める声が強くなりました。嫌でしたが彼女の手前、あまり白けさせたら悪いと覚悟を決めました。でも彼女は明るい声で「終わり、○○ちゃんは、お疲れなのだー」と言い、服を羽織りました。私もまねして下着はつけずに服を着ました。
     私たちは盛り上がったまま、お店を出ました。
     タクシーの中で彼女は何度か卑猥なことを叫び私を困らせました。
     でも家に着く頃にはかなり普通でした。思えば、女が全裸になっているのに誰れも触ってきたりしないのは、それをうまく彼女が静止しているからなのでしょう。そして、私が他人に触れられるのが嫌だということを理解してくれていたための切り上げだったのでしょう。
     いつも酔っていて、私の話しなんか聞いていないようなのに、実はものすごく私を理解してくれているなかもしれません。
     あそこで私を負けにしてくれたのも……
     ものすごく楽しい夜になりました。でも私一人では演出不可能な世界です。
    社宅のような団地がありました。普通のマンションや団地と違いなんとなく閉鎖的なんです。高いブロック塀に囲まれています。四階建てと低い建物なのに、敷地は広いのです。敷地の中には公園のようなものもあるのですが、昼間でも人を見かけません。
     そんな場所ですから、入るのに勇気がいるのですが、一応、通り抜けもできるので、私は何度かその団地の中を通り抜けていました。もちろん、深夜なら露出ができるかもしれないと思ったからです。
     植物園のような庭があります。木々に囲まれるようにベンチがあるのです。私は全裸のままベンチに座ってみたいと思っていたのです。何がしたいというわけでもなく。ただ全裸のままそこのベンチのひとつに座りたい、と、そう思ったのです。
     何度も様子を見ていますから、その時間に人なんて来ないことは、よく分かっていました。用心深く何度も様子を伺う、何だか泥棒みたいですよね。
     敷地の門を抜けると団地のひとつに隣接した自転車置き場らしい建物があって、そこから、団地の中を抜けて大きな庭にでます。その向こうには、高い塀があります。なぜだか、その団地の一階を通り抜ける時が一番ドキドキします。まだ服を着ているのですから、何か言われたりはしないでしょうに、それでも怖いものです。
     木々の中に隠れるようにして、いくつものベンチがあります。塀際のベンチが一番、目につきにくと思っていましたから、まずはそこに向かいました。
     ところがそのベンチはすでに使用済みだったのです。あんなに何度も見に来て一度も人なんていなかったのに。
     野外作業をするような人の服装でした。普通に座っているのですが、近寄って見ると明らかに身体が斜めになっていて不自然です。寝ていないことは、何か話していたので分かりました。電話ではありません。一人で話しているのです。
     私は彼の向かいで少し離れたベンチに座りました。私の存在には気がついたようですが、それでも同じように独り言で何か話し続けています。かなり酔っているように見えました。
     私は、ワンピースのフロントホックをはずしました。スカート部分までホックがついているので、全部はずせばフロント部はおっぱいからアソコまですべてが露出します。
     そこまでしても彼の様子は変わりません。私はゆっくりとワンピを肩からはずしました。全裸です。
     アソコに触れてみました。ジーンと痺れるような快感がありました。少し寒さを感じました。さすがに全裸となった私のことが気になるのか、彼は独り言を止めじっとこちらを見ています。でも立ち上がる気配はありません。
     そのままオナニーをしたい気持ちを必死に抑えました。オナニーまでしたら、声も出ちゃうし、すきだらけになってしまって、危険だからです。それにしても、もう長く居すぎだと思いました。一箇所にながくいることは、危険なんです。
     服を着て私はその場所を後にしました。男の人は何も言いません。彼は私を何だと思ったのでしょうか。
    仕事先のそばの井の頭公園に来ています。予定よりも早いのでベンチに座りました。喫茶店入るほどでもなかったのです。今日はミニではありませんが、巻きスカートです。はじめにパンツをとりました。誰もきがつきません。スカートもとりました。午後の公園で今、私は下半身全裸です。茂みの奥ですが、ほんの少し先を通る人たちはたくさんいます。そろそろ時間です。スカートをつけ、パンツはトイレでつけるつもりです。このメールを送信し終るまでは下半身全裸のままいるつもりです。
    間は露出したくならないとか、酔っているときには、露出の気分にならないとか、そのときには、本気なんですけど、後から、よくよく考えてみると、それって、願望のようなものですよねえ。
     特に、先日は、まさにここに書き込んだ直後に、露出に行きました。自分でも、怖いぐらいです。
     昼間の露出も、後から冷静になって考えると、ぞっとしますよね。もし誰かに見つかったら、深夜にはない、別の危険があるわけですから。深夜なら、女だからと、許されるようなことも、昼間では許されませんよね。実際、今日だって、たまたま見つからなかっただけで、人が来たら終わりでした。なにしろ、私は、スカートとカバンを、ベンチに置いて、下半身は完全に露出していたのですから、咄嗟には隠しようなどなかったと思うのです。
     その状態で私は、メールを打っていたのですから、本当に酔ってもいないのに、どうかしていたと思います。でも、あのドキドキした感じと、追い詰められた惨めさを、一度、体験してしまったら、止めるのは難しいかもしれません。
     昼間は露出する勇気がないから深夜姫としたのに。


     パレオのアイディア、面白そうですね。やってみます。でも、まずはパレオを買わなければなりません。でも、パレオを巻いただけで、いつ落ちるかドキドキしながら歩くというのは、感じそうです。昼間は、無理だと思いますが……
    多分、私は露出だけでなく、ただ深夜の街を散歩するというのも好きなのだと思うのです。もし、露出しか目的になければ、逆に露出にここまで、のめりこむようなこともなかったと思うのです。
     昨夜も露出のような散歩のような中途半端な気持ちのまま家をでました。フロントファスナーのワンピースのみのノーブラ、ノーパンです。本気のときには、バックは持ちません。落としたり、盗まれたりするからです。全裸になりたいときには、紙袋に着替えを入れます。脱いだ服が盗まれるかもしれないからです。露出なんて大胆な行為をするわりに私は小心で臆病なんです。でも、昨夜は、そこまでの用意はしていませんでした。
     ただ、そこまでの覚悟がないままに、露出してしまうこともあるし、本当に用事で出かけたのに露出してしまうこともあるんです。
     ノーブラ、ノーパンではありますが、私を見た人は、飲み屋帰りのOLにしか見えないのでしょう。住宅街の公園のベンチに座りました。公園には人の気配はありません。酔って寝ている人もいないようでした。
     私はベンチに座り、ぼんやりとブランコをながめていました。
     しばらく、そうしていたら、若い男の子が、公園を横切っていきました。駅からはだいぶ離れているのですが、この公園を横切る人は少なくありません。私は気にもせず、相変わらずブランコを眺めていました。
     男の子が公園を抜けて、しばらくすると、また、公園の端に人が見えました。人の通りの少ない公園ではありません。でも、そんな間隙で人が通るような場所でもないのです。
     でも、その人影は背格好から、同じ男の子のように思えました。
     彼は、私が眺めていたブランコの前で立ち止まりました。そして、チラッと、こちらを見ると、ジャージにようなものを一気に下げました。公園の端と端でしたから、オチンチンまでは見えませんが、彼の腰にパンツがないことは分かりました。
     右手が腰にあります。オナニーしているのでしょう。明らかに私を意識していましたが、私は無視していました。変な誤解をさせないためです。本心は、自分もスカートを降ろしたい、と、思っているのですが、そこまではできません。
     彼は私が逃げないと思ったからなのでしょうか、ジャージを完全に脱いでしまいました。それを左手に持ち、右手をオチンチンにそえて、こちらに向かって歩いて来ました。一瞬、立とうとも思ったのですが、彼の動きは慎重でした。少し近づいては、様子を見て立ち止まるのです。その動きのせいで、私は立ち上がるきっかけを失いました。
     オチンチンがハッキリと見える距離になりました。勃起していません。男の人にしては小さな彼の右手の中にさえ、すっぽりと収まるほどの大きさでした。どうしてなのでしょう、私はオチンチンが小さいと、なんとなく安心してしまうのです。
    「見て」と、小さな声で言いました。露出する男の人は、ほとんどみんな同じことを言うんだな、と、思ったら、おかしくなりました。
    「大きくなってないから、オチンチンは、見えないみたいだけど、何を見せたいの」
     相手が、Mっぽいと私は強気になります。露出を妄想しているときには、かならず、自分がMなのに、そういうときには、私って、けっこうSかもしれない、と、思ってしまいます。
    「大きくするから、座ってもいいですか」
     私は、ベンチの端に座り直して、彼が座れるスペースを開けました。それでも、触って来たりすれば、すぐに逃げるつもりでした。ただ、そんなことはしないのだろうな、という確信のようなものがありました。
     隣に座ると、オチンチンはたちまち大きくなりました。小さな彼の右手には収まりきれず、握るとオチンチンの頭だけが出ました。
    「被ってるのね」
    「包茎って嫌いですよね」
    「私は好きよ、可愛いから」
     本心です。彼は、自分のオチンチンは小さいから恥ずかしいとも言うのですが、実は勃起した他の人のオチンチンはあまり見たことがないのでしょう、そのサイズは標準でした。
     彼が射精するまでの間に、二人の男の人が公園を横切って行きました。一人は酔っぱらいで、一人は、おじいさんでした。二人とも、彼が下半身全裸で、オナニーしているとは気がつかなかったようです。
     私は、少し羨ましい気持ちで射精まで見てあげると、彼がパンツを上げるのは待たずに、公園を後にしました。
    布を腰に巻き付け、スカート代わりにするということを、鏡の前で何度も試したのですが、自分がそう思っているからでしょうか、どう工夫しても不自然なんです。
     パレオではないのですが、巻きスカートを買いました。ウエストには、何も留めるものがありません。留めるのは、買った人が工夫をするということなのでしょう。
     私はピンなどを使わずに、ウエストで布を折り込んで、留めてみました。巻き部分が多いからなのでしょうか、少し動いたぐらいでは落ちません。でも、手を、重ねたところに置くと、それだけで、外すつもりもないのにパラッと落ちてしまいました。上には、おへそが出るくらいのキャミしかなかったので、ものすごく卑猥な感じになりました。
     スカートは思った以上に重く、すぐに足元に落ちます。途中で止めることは出来ません。何度かやってみたのですが、分かっているのに、スカートが落ちる前にそれを止めることができないのです。ですから、もし、外でそれをしたら、途中で後悔しても、もうとりかえしはききません。しかも、スカートは上下を判断するのも難しくて、家でやっているのに、戸惑いました。外で焦っていたら、余計に難しいかもしれません。その間、私は、ほとんど全裸のままでいることになれます。
     考えただけで恥ずかしくなり、赤面しました。
     問題は、どこでするかということだけです。
    マックの片隅の席で本を読んでいました。隣には、高校生ぐらいの男の子が制服のまま三人で座っていました。午後のマックには、珍しくない光景です。今が夏休みだということを除けば。補修帰り、部活、あるいは、と、なんとなく興味を抱いて私は彼らの話しに耳を傾けていました。
     はじめ彼らは、先生の話しをしていました。話しは、ところどころ小声になるので、内容までは、分かりません。
     でも、中にはハッキリと聞こえる単語もありました。「オシッコ」というのがそれでした。一瞬、聞き間違いかとも思ったのですが、そうではないようなのです。
     本のページをめくることも忘れ、私はじっと彼らの言葉に聞きいりました。
     私と彼らだけが、やや隔離されたような状態のテーブルの配置ですから、時々、彼らが声を小さくするのは私に気を使ってのことらしいのです。そう思うと私は、ますます、その話しの内容に興味が出ました。
     女の子は、「オシッコ」をまっすぐに飛ばすことが出来ない、どんな女の子も、「オシッコ」は曲がってしまい、和式トイレでは便器に入れることさえ難しい、と、そんな内容のようなのです。私には、「オシッコ」という単語だけがハッキリと聞こえ、他の言葉は、よく聞こえなかったので、まったく別の内容の話しだった可能性もあります。
     一人の男の子が、穴しかないのに、どうして「オシッコ」が曲がるのかと疑問に思っているらしいのです。少なくとも私にはそう聞こえていました。
     私は「見せてあげるから、トイレに行きましょう」と、言いたいのを我慢しました。待ち合わせの時間が近づいていたからです。いえ、もともと、そんな勇気はないのだと思います。
     待ち合わせの前には、必ずトイレに行くのが私の習慣です。でも、そのときには、一瞬、迷いました。彼らの好奇の目に晒されるのだと思ったからです。それでも私はトイレに立ちました。彼らの目はいっせいに私にむけられた、と、そう思いました。彼らを見る勇気はなかったので事実は、私なんかには、何の興味もなかったのかもしれません。
     トイレでアソコを拭いたときには、自分でも驚くほど濡れていました。露出なんかしてないのに、こんなに濡れてしまうとは思いませんでした。想像、いえ、妄想は現実よりも私を興奮させるようなのです。
    ほとんどパレオと同じ、布だけをピンもなしで腰に巻くようなスカートで私は出かけました。
     いくつかのお店の様子を見て、私はファミレスを選びました。そこがもっとも人が少ないように思えたからです。従業員には女の人もいましたが、それは私が望んでいたことです。何故か深夜におばあさんが一人いました。あとのお客さんは男の人です。
     ドリンクバーだけを注文し、ろくろく飲みもしないまま、すぐに帰る準備をはじめました。
     決行はレジの後、前、ちょっと悩みました。
     そのとき、計画にないことを思いついたのです。スカートにはポケットがついています。私はカバンを持たずに、お財布だけを手にお店に入りました。そのお財布を強引にポケットに入れてみました。全部は入りませんでしたが、固定されました。
     そっと立ち上がると、スカートはかろうじて、腰にある状態で、歩いているだけでも落ちそうでした。その不安定な状態のまま私はレジに向かいました。
     こちらを意識している人はありません。でも、数人の席からはレジがよく見えそうです。その上、レジに来たのは、二十代に見える女性でした。
     やっぱり無理と、そう思いました。このまま清算して、もう一度よく考えてから、やりなおそう、見ている人が少なすぎる、レジの女の子が若すぎる、止める理由をほんの一瞬の間に、いくつも考えました。でも、もう止めることはできませんでした。ポケットのお財布を取ろうとすれば、たぶんスカートは落ちてしまうのです。
     布の交差する背中を押えれば、もちろん、まだ回避できます。でも、私はそこまではしませんでした。お財布を取るのだから、というだけの理由で、それをすることができたのです。
     ほんの少しお財布を押しただけでスカートは、見事なほどの速さで床に落ちました。お財布の分、ただでさえ重いスカートが、いっそう重くなったのでしょう。スカートの中には何も付けていません。お尻も、アソコも全て晒しています。
     膝の力が抜けるのが分かりました。立っていられずに、しゃがみこんでしまいました。言葉は出ません。出せまかったのです。喉はカラカラで張りつくようでした。
     レジの女の子は、あわててレジから飛び出して来ました。その姿に我に返った私は「大丈夫です」と、声を震わせて言うと、しゃがんだまま布を腰にもどしました。
     立ち上がり、片手でスカートを持ちもう一方の手でお財布を取りました。
     腰の布を必死で押えながら、私は自分でも感心するほど器用にお金を出しました。少し横を向きさえすればお店の様子が分かります。でも、首を横にする、その勇気さえ私にはありませんでした。
     お店を出ると、冷静になりました。たった今までパニックになっていた自分が嘘のように冷静でした。ゆっくりと、スカートを巻き直し、ウエストに固定し、少し離れたところにある車に向かいました。帰りにファミレスの前を車で通過し、たった今、下半身裸になったレジを眺めました。思った以上に明るいレジ、私はあそこで、どれぐらいの時間、下半身を晒していたのでしょうか。
    麗奈さんと深夜に電話でオナニーの話しでもり上がってしまいました。麗奈さんが好きなオナニーの話しを私がするわけには行かないでしょう。その話は麗奈さんのブログ復活まで待ってください。
     私は麗奈さんに言われて、初めて理想のオナニーというものについて考えました。これまで私は、過去にあったことを膨らませて妄想してオナニーすることが多かったような気がします。
     男の人を道具に使って、でも、セックスでもSMでもなく、あくまでオナニーをするとしたら、と、彼女は言うのです。例えば私なら、男の人たちに見つめさせながらオナニーするとかなんです。もちろん、男の人は選べないという条件付きです。
     私は、けっこう深刻に考えてしまいました。男の人を自由に使ってオナニーしていいなんて、これまで考えたこともなかったからです。
     それなら、見せるだけでは、物足りないって思うんです。
     かなり長い時間かけて考えた私は、自分でも意外な結論になりました。
     まず、まんぐり返しにされて右手以外を拘束されます。あの姿勢の自分を見られることは、それだけで恥ずかしいです。その上、浣腸されてしまいます。もし、オシッコやウンチが出てしまったら、私は全身でそれを浴びなければなりません。オシッコは、その体勢でして、自分の顔にかけたことがあります。ウンチまでは、さすがにしたことがないし、多分、出来ないと思います。
     それを見られながら、私は、唯一自由になる右手でオナニーするのです。
     ウンチを浴びても、オナニーは止めません。見ている男の人(できれば複数がいいので、男の人たち)は顔をしかめて、口々に「臭い」「汚い」と言います。そんな惨めな中でも、私はオナニーを止めません。いえ、興奮で止められなくなってしまうのです。
     と、言ったら、麗奈さんに、かなりの変態だね、と、言われてしまいました。褒められたのか、呆れられたのかは、電話では分かりませんでした。でも、理想のオナニーなら、そのぐらい過激になるものですよね。皆さんはどうでしょう。女性に触れたり、触れてもらったりは出来ないけど、それ以外なら、何をしてもらってもいい、という時、どんなオナニーが理想ですか。
    マッサージは、決して安くありません。私にすれば、かなりの贅沢です。でも、腱鞘炎になるぐらいですから、実際、左手首だけでなく、腕も肩も首も、腰も、かなり凝っているのです。
     ただ、太ももが凝っているというのは、嘘です。
     私は、電話でマッサージの予約を入れると、お風呂をためました。前回同様に「お風呂に入っておくんですよね」と、尋ね、バスタオルだけで、対応するためです。それでも、もし私がマッサージさんなら「下着はつけてくださいね」と、いうと思うのです。でも、その人は言いませんでした。
     四十を少し過ぎた程度の、マッサージさんとしては、若い男の人でした。もっとも、平均年齢を私が知っているわけでもないのですが。
     ベッドにうつ伏せになれば、私がタオル以外、何も身につけていないことは、分かるはずです。
     彼は、何も聞かずに、首をもみはじめ、しばらくして「全体的にだいぶ凝ってるようですけど、どのあたりを中心にいきますか」と、尋ねてきた。私は「腰と、それから、お尻のあたりが酷いんですけど、分かりますか」と、言ってみました。
    「ええ、この、あたりですね」
     そう言って彼は、タオル越しに、お尻の上の方を押しました。私は「痛っ」と、悲鳴をあげました。本当に痛かったのです。
    「座り仕事ですね。腰の痛みもお尻から来ているんですよ」
     そう言いながら、彼は、腰とお尻の間あたりをもみました。痛気持ちいいのです。実際、かなり凝っていたのだと思います。腰を重点的にもまれている内に、私のお尻は、すっかりタオルから露出していました。何もつけていないお尻を見られていると思うと、興奮してきます。でも、そのお尻は、隠されてしまいました。太ももの付け根をマッサージしてもらうために、タオルを下げられたからです。でも、そのおかげで、もはや裸の背中は丸出しです。背中だというのに私は急に恥ずかしくなり、同時に興奮もましてきました。
     アソコもお尻も隠されました。でも、変態である私が露出してしまっているのです。変態でなければ、誰が裸でマッサージなど受けるものでしょうか。
     マッサージさんは、お尻をしっかりと隠したまま、太ももとお尻をもんでくれました。
     横向きにされたときには、おっぱいも見えていたと思います。アソコには、常にタオルがかけられていました。ただ、最後に、腰をもんでもらった後で、マッサージさんが、膝だけついて、顔はベッドに乗せたままうつ伏せになるようにと、言いました。
     バックスタイルで男の人を受け入れるときのかっこうです。私は、ドキドキしているのが分かってしまうのではないかと思うほど、興奮していました。
     タオルは浮き上がった腰の上にかけられました。お尻もアソコも完全に露出してしまっています。その状態で彼は腰を強く押したり、おなかを抱き上げたりしました。
     そして「このあたりが、痛いんじゃありません」と、お尻の上のほうを押しました。確かに痛いのですが、それ以上に恥ずかしいのです。なぜなら、押される度に、アソコと、それから、お尻の穴までがパックリと口を開いてしまいそうだったからです。いえ、パックリと開いたのが分かったのです。たぶん、マッサージさんには、穴の奥の奥まで見られたと思います。
     これからどうなってしまうのだろうと思っているとき、タイマーが鳴りました。彼は延長もできると、しきりと薦めましたが、それ以上は別の誤解をされると思い、私は、次の日も予約を入れると嘘をついて、帰ってもらいました。あのまま、続けていたら、と、思うと、ほんのちょっと後悔もあります。
    あの日、深夜一時を過ぎると、雨はいっそう強くなりました。私は熱めにお風呂を用意し、全裸になりました。
     上からでも、下からでも、かんたんに脱ぐことのできる薄いワンピースをはおり、カギを隠し、傘さえも持たずに家を出ました。風は思ったほど強くなかったのですが、見た人は強い風が傘を壊し、どこかに捨ててきたのだと、思ってくれることでしょう。
     家を出た直後、私の全身はびっしょりでした。ほんの一瞬で、ワンピースは身体に張りつき、お尻のラインを強調してしまいました。じっくりと見れば、全裸の上にはおっているのは分かったことでしょう。乳首もくっきりと、浮き出ています。
     私は、雨の滴で歩き難い中、なんとか幹線道路を目指しました。家からは、十分近くのところなのですが、いつもより時間がかかったように思います。
     でも、あの日は早い時間から台風がくるとニュースで言っていたからでしょうか。住宅街だけでなく、かなり大きな道にも車はありません。たぶん、家から、全裸で歩いていたとしても、大丈夫だったでしょう。
     幹線道路には、さすがに車が通ります。信号が赤になれば、数台の車が交差点にとまります。
     私は、交差点の手前でワンピースを脱ぎました。全身に雨を受けます。乳首にあたる雨は、とくに私を興奮させました。でも、私は、乳首を愛撫されても、感じたりしないのです。不思議です。自分の指以外のもので私が感じるなんてことがあるのですね。
     信号がかわりました。そのまま私は、道路に飛び出すつもりでした。でも、交差点にある車の数に、戸惑いました。よく考えれば、私のいるほうは、普段でも、深夜には、ほとんど人のいないところなんです。でも、幹線道路の向こう側は駅に通じていますから、こちらに比べれば人がいることが多いのです。
     私は、ワンピースをかぶりました。濡れて着難くなっていました。それは考えていませんでした。とっさに着るのには無理があるかもしれないと思いました。でも、その間にも、車はあっても、人の姿は見ませんでした。今日を逃したらチャンスはない、と、私は道路を渡りました。中央分離帯があって、片側三車線の大きな道路です。
     反対側にも人がいるような様子はありませんでした。私は角のマンションにへばりつくようにして、ワンピースを脱ぎました。妄想のお姉さまが、久しぶりに出て来ました。私に行けと命じるのです。
     私は信号がかわると同時に走りました。途中で脚がもつれて、ころびそうになりましたが、なんとか渡りきることができました。そのまま後ろも見ずに、走りました。家まで帰るつもりでした。でも、安心すると脚はさらにもつれ、走りつづけられなくなりました。
     仕方なく、私は電柱の陰で、ワンピースを着ました。そして、アソコに触れました。雨で濡れているのか、興奮しているのか、もはや分かりません。ただ、その部分が、ものすごーく熱くなっていることだけは確かでした。
     その日は、家に帰ってからも、興奮が醒めず私はおかしくなっていました。お風呂につかりながらオナニーし、まんぐりになって口を開け、オシッコをしました。オシッコが口に入りましたが、それがいっそう私を興奮させました。
     何度オナニーしたのか、いつ、眠ったのかも覚えていません。
    何度か書いたことのある女の子のマンションにいます。ご馳走を条件に掃除と洗濯を請け負ったのです。遅い洗濯ですがやはり外に干してあげたい。テラスの下には子供の声。彼女に迷惑がかかると、思いながら私は下半身裸になって、今、まさに悩んで、携帯でこれを書いています。書き込みはできますが、読むことは出来ませので、今レスをつけられてもだめなんです。一人で決断します。たぶん実行です。
     何度か書いたことがある酔うと、どこでも、誰れの前でも全裸になってしまう女の子の家です。青山さんということにしておきます。忙しい上に掃除と洗濯が苦手だという彼女のかわりに、仕事を早く切り上げた私は、掃除と洗濯をするために彼女のいない部屋に一人で行きました。洗濯をし、掃除をしていると、外から声が聞こえてきます。テラスの向こうを覗くと、自転車に乗った男の子二人と、道路にカバンを置いて立っている男の子二人が話しをしているのが見えました。いくつぐらいなのでしょう。正確なところは分かりません。
     もう夕方でしたから、私は洗濯物を部屋の中に干すことも考えましたが、やはし外に干したい、と、そう思い、同時に彼女に無断で借りていたスエットを脱ぎました。パンツは、少しためらって、やはり脱ぎました。下半身は裸です。洗濯カゴを持ってテラスの窓を開けました。まだ男の子たちはそこにいます。そのまま出たところで、彼らがテラスにいる私に気づくとはかぎりません。以前に一度、同じ格好でテラスに立ったけど平気だった、と、そんなことを考え悩みました。後から彼女のところに苦情がきたら困ると考えたからです。
     そのとき、彼女のベッドにロングTシャツを見つけました。下半身裸では、いかにもわざとですが、下半身が隠れる長さのシャツを着ているのに、その中を覗くのなら、それは覗いたほうが悪いんだ、と、よく分からない理由をつけて、私は、全裸になって彼女のシャツを着ました。
     丈が長く、私の膝ぐらいまであります。いくら下から見ても、それでは何も見えないはずです。
     私はそばにあったベルトを巻き、裾を上げました。お尻がぎりぎり隠れるまであげて、あまったシャツでベルトを隠しました。
     テラスには、プラスティックの何かが敷き詰めてあり、歩くと、ギュッギュッと、大きな音が鳴ります。でも、その音が通りの向こうにいる男の子たちに聞こえるとも思えません。
     洗濯物を干しました。干すときには何もありません。カゴからそれを取るときです。私はお尻を外に向け、その状態で屈むわけですから、縦の柵の間から、私のアソコは丸見えになっているはずです。
     干すのは素早く、そして、カゴから取るときには、ゆっくりと。
     最初は気がつかなかったのですが、思えば、いつの間にか男の子たちの声が聞こえなくなっていました。それに気づくと、私はアソコに触れずにはいられないほど興奮しました。もちろん、そこまではできません。彼らは私がそこの住人だと思うのでしょうから、すでに青山さんには大迷惑をかけているのです。それ以上の迷惑はかけられません。
     私は洗濯物を干しながら、さりげなく下を見ました。四人はたった今視線を逸らせたという雰囲気でした。
     私は洗濯鋏を一つ落としました。それを拾うには、柵にお尻をつけることになるからです。本当はかんたんに拾えます。床には何もないのですから。でも、私はそれが、溝にでも入ってしまったようなふりをして、時間をかけました。よく見て欲しかったからです。そして、もう一つ、その位置なら、足の間から下を見ることができたからです。
     男の子たちは、明らかにこちらを見ていました。互いの身体を小突きあったりしながら、八この目はしっかりと私のアソコを見つめていました。
     他人の家ですから、それ以上のことは出来ず、私は洗濯物が干し終えたら、部屋にもどらなければなりませんでした。私の部屋は一階です。露出するのにいいと思ったのです。でも、上の階もいいですね。距離があるので、私が思っているほど、はっきりとは見えないのでしょうが。
     洗濯と掃除の報酬はイタリアンレストランでしたが、私は十分に報酬を得ていたのでワインを奮発してしまいました。
    以前に、誰かと、オシッコの出方とか仕方について書くと約束していたような。腱鞘炎になって忘れてしまったのでしょうか。書くと言ったままになっていたような気がするのです。思い出したので書きます。
     私のラビアは、左が、手の指ぐらいの長さというか、厚みで、右は、その倍ぐらいあると思います。自覚はありませんが、かなり、子供の頃からラビアの変形は始まっていたと思います。多分、中学の頃には、いわゆる子供の一本筋のアソコではなく、その小さな亀裂から、すこし肉片がでていたような、そんな記憶があります。
     今は、ラビアの外側には、まったく張りがなくなっていて、常にラビアが露出した状態にあります。その上、ラビアの色も、かなり黒ずんでいて、自分のものながら、グロテスクで恥ずかしくなります。
     オシッコは、常に閉じた状態の左右ラビアを通るようにして出ます。ですから、和式便器では、少しでも油断すれば、自分の足にオシッコがかかってしまうことになります。私はオシッコしているところを見せたい露出痴女ですが、その場面だけは、絶対に見られたくないですね。オシッコが足にかかる、男の人には分からない惨めな瞬間だと思います。
     ですから、私は、オシッコのときには、すこしアソコをひろげるようにしてからするようにしています。そうした習慣になっているので、ほとんどミスはありません。
     ところが、最初にそうしてオシッコをはじめたとしても、そのまま、ひろげたままでオシッコしているわけではありませんからね。やはり、ラビアが邪魔して、オシッコはお尻に伝わったり、激しく左右に動いたりします。洋式でも、安心出来るわけではありません。お尻を濡らしていたオシッコが、立ち上がった瞬間に太股のほうに、たれてきたりするのです。
     たぶん、ラビアは、幼い頃かやっていたオナニーの影響で、伸びたのだと思うのですが、そう思うと、いっそうそれが恥ずかしくなるのです。
     でも、外でするときは平気なんです。和式のようにしても、お尻を濡らすことも、足にかかることもありません。立ちションのときでも、まるでオチンチンがあるようにまっすぐ、前に飛びます。理由はよく分からないのですが、トイレでするときよりも、外でするときのほうが足を大きくひろげているのでしょうか。分かりません。
     私のオシッコの出方の詳細は、そんなところです。ちなみに、大きな鏡を床に置いて、鏡の上にオシッコして、その部分をじっくりと観察したのは、高校に入ってからのことで、そのときは、すでに、オシッコはラビアの中から出てきていました。色は違いますが、すでにラビアの大きさは、今の状態にあったのだと思います。
    私の後ろにいるのは私が思っていたよりも、かなり若い男の人です。短パンにTシャツ。その姿を私は、河原の下の道路にさしかかる直前に確認しました。若いから安心というわけではありません。でも、最近はなんとなく相手を見ただけで、安全か危険かがわかるような気がするのです。もちろん、たんなる思い込みで、いつかそれで痛い目にあうのかもしれませんけど。
     河原に入りしばらく行けば、公園があります。人はめったに通りませんが、住宅街なので、怖さはありません。
     私は、ジョギングスタイルです。パンツはロングです。でも、そのほうがオシッコを見てもらうには都合がいいのです。ペロンと露出した私のお尻は、それはエッチなものに見えるはずです。
     公園の中にある、植え込みに入り、町工場の壁に向かって立ちました。彼が公園に入って来れば彼には背を向けるかたちになります。彼が公園に入っていきたと同時にパンツをおろし、そして、しゃがむつもりでした。もし、そのまま公園に入って来なかったとしても、通りから、オシッコする私の横向きのお尻は見てもらえるはずでした。
     ところが、彼が来る気配がないのです。曲がるところはないのですが途中の家に住んでいたとすれば、そこに入ってしまった可能性はあります。ついて来ていると思った人が途中で消えるのはよくあることです。
     諦めて、植え込みから出ようとしたとき「何もしないから見て」と、声がしました。驚きました。
     道路に気をとられていたのですが彼は公園の反対から、それも全裸でやって来たのです。そのときには別の人だと思い警戒しました。
     でも、彼が片手に持つ服の色や体系から、私の後ろにいた男の人だと私は感じたのです。
    「変態なの」
     おかしなことを尋ねてしまいました。
    「見て」と、彼はそれしか言いません。意外なことに露出する痴漢の人は気が弱い人が多いのです。
    「大きくて立派ね」
     ホントに大きいのです。彼は左手に服を持ち右手でオチンチンを持っているのですが。しっかりと握っているのに、オチンチンは、さらに半分近く露出しています。私の手なら両手で握ってもあまるかもしれません。
     私は彼の様子に、自分のほうが有利だと悟り、オシッコしているところを見せつけよう、と、思いました。オシッコがガマン出来ずにここに来たの、ついでだから見張りをして、と、言うつもりだったのです。
     ところが、なんて運が悪いのでしょう。公園の反対、そう、彼が来たほうからバイクが入って来たのです。彼はその音を聞いただけで、全裸のまま通りのほうへと逃げて行きました。
     私はさりげなく、彼が来たほうへと歩き出しました。高校生ぐらい、逃げた男の人と同じぐらいの男の人が三人、一人がバイクにまたがりエンジンをかけながら歩き、他の二人は普通に歩いて私とすれ違いました。
     露出してはいけない相手です。ただのカンですが。
     私はそのまま、オシッコも、お尻も見せることなく家にもどりました。もしバイクが入って来なかったらと、いろいろ妄想して、オナニーしました。
    いつからなのでしょうか。私がオナニーをしなくなったのは。思えば私は、幼稚園に通う頃には、すでにオナニーのようなことをはじめていたと思うのです。
     最初は、テーブルの角にアソコを押しつけると気持ちいいという程度のものでした。男の子にオシッコを見せたいと思うようになってからは、シャワーをアソコにあててオナニーするようになりました。オシッコをするだけでは気持ちよくないんですが、シャワーをオシッコにみたててアソコから水を垂れ流すと、それは気持ちがよかったんです。
     今にして思えば、オシッコにみたてたことが気持ちいいのではなく、シャワーに刺激がよかったのだと思うのですが、その頃の私は、物理的な快感には気がつかずに、オシッコを見せる刺激のことばかり考えていました。
     そんな頃から、私は、ほとんど毎日のようにオナニーしていたのです。よく、男の子が、女の裸のことばかり考えて自分は特別スケベの変態で、どうしようもない人間なのではないかと悩んだ、と、いう話しを聞きますが、私は、女でそれだったのです。
     男でも異常と思えるスケベさを女なのに私は持っていたのです。
     女の子たちが、スポーツのできる男の子や、顔のいい男の子や、勉強のできる男の子に興味を抱いているとき、私は、オチンチンの大きさや形、男の子が私のアソコをどれほど見たいのか、そんなことばかりに興味を抱いていたのです。
     そんな私が、もう、一週間近くオナニーしていないなんて、信じられません。
     仕事はいつものように忙しいわけですが、いつもと特別変わったというわけではありません。腱鞘炎は少し痛いけどそれほどでもありません。体調も悪くありません。露出しようと外にも出ます。たとえチャンスがなくても露出しようと散歩に出た後は、自分の妄想だけでもオナニーせずにはいられないものでした。
     それなのに不思議です。今夜のオナニーしないまま眠りそうです。
    EXERのファンでした。そこの主催者の方とメールを交換するようになり、このブログも書くようになりました。それまでには、自分は文章というものを書かないタイプの女だと思っていました。学生の頃には文芸部という、なんだか少女趣味にすがりつづけたようなものが嫌いでした。
     最近は、もっと早くに文章を書く練習をしておけばよかったと思うようになりました。文章力がないので自分のことをうまく伝えられないのです。
     いえ、本当は、自分のことをよく知らないのかもしれません。
     今、EXERの関係者たちは、鹿鳴館というサイト作りに熱中しているようです。私も関係者なのですがかなり不真面目です。
     そのことでメールをしていたら、主催者の方に意外なことを言わらました。
     他人に触られるのが嫌いだと言う人は、不感症だったり、皮膚に嫌悪していたりするのではなく、触られたときに、どう反応していいか分からずに不安なんだ、と言うのです。気持ちがいいときに、その悦びをどう表現していいのか、不快だったときには、どのように嫌がればいいのか分からないのだそうです。
     確かに、私は、握手されることさえ苦手です。握手されたときの自分の反応で相手を不快にさせないかと不安になるのです。
     それにしても、一度も会ったことのない私のことを、よく分かるものだと感心します。ブログを書くと精神的に落ち着くと教えてくれたのもその人でした。それも不思議なほど当たっていました。
     それなら、いっそ、私の性癖を治す方法も知っているのかと尋ねたら、知っていたとしても、そんな方法は聞きたくないのでは、と、言われてしまいました。確かに、露出は止めたいけど、止めるという選択は、私にはできないかもしれませんね。
    なるべくなら、エッチなことを書きたいと、思っていたのですが、最近、どうにもエッチな気分になりません。それゆえに、ブログを書こうとも思わないのですが、コメントにつられて、書きたくなってしまいました。エッチではないのですが。


     新しい服を着ること、髪型を変えること、知らない人とお酒を飲むこと。そんなことって楽しいんですよね。でも、楽しいと思う反面、ものすごーく億劫なんです。
     理由は、何を言われるか分からずにドキドキしなければならないからです。
     自分では似合うと思って買ったのに、若すぎないとか、少しきつくないとか、派手じゃないとかと言われるのは、けっこう辛かったりするんですよねえ。傷ついたりするわけです。


     子供の頃にも、似たようなことは、たくさんありました。苦労している親を労うつもりで言ったのに、知ったかぶりして嫌らしい、と、叱られたり。深刻な雰囲気を和ませようと、おどけて何かしたのに、のんきでいいわね、と、心から軽蔑されたりとかね。傷つくわけです。


     いつも、私の予想とは違う反応になって、私はその反応に傷つけられてしまうんです。


     ところが、アソコを見せたり、オシッコしているところを見せたときの反応って、そんなに意外なものではないんですよね。少なくても、傷ついたりはしないんです。言われることは予想していますし、予想とは違う、私の心を傷つけるようなことは、まず言いませんからね。それでいて、少しづつ違うから、まったくつまらない反応ということもないんです。心が傷つくかどうか、と、そうした意味で言うなら、露出は、おしゃれよりも安心な、コミニケーションなんですよね。たぶん私にとっては。

    ちょっと特殊なデザインの服を買いました。それはブラウスのようなのですが、ウエストにフレアーがついていて、ワンピースのように見えるのです。もちろん、ワンピースではありません。フレアーはスカートとは、明らかに違います。
     幼児なら、この長さで、ワンピースと言いはることもできるでしょうが、大人の私にはとても無理です。
     でも、その服で歩いてみたいと私は思いました。普通に立っているだけなのに、お尻が少しだけ出ているようなその服で、颯爽と歩いてみたくなったのです。
     ブラウスは白に紺のストライプ、文字では感じませんが、じっさいには、けっこう派手に見えます。その下にスエットのパンツをはきました。かなり恥ずかしい格好ですから、昼間の外出はさすがに無理です。
     スポーツウエアとフォーマルを合わせたような格好なんです。
     車で、橋を渡りました。小さな駅があるのです。駅前は商店街なのですが、深夜になると、ほとんど人は通りません。ただ、防犯の意味なのでしょうか、かなり明るいのです。
     私は、商店街の中ほどの道をはずれたところにある公園で、パンツを脱ぎました。ためらいはありませんでした。それで下半身が裸になってしまうというわけではないからでしょう。
     小さな紙袋にパンツだけを入れました。車にキーは磁石で車に隠してしまうのです。あわてて逃げたりすれば、落とすこともあるし、変な人にキーを奪われることも考えられなくはないからです。
     慎重に歩けば、お尻は見えないのかもしれません。でも、アソコにあたる風は裸で歩いているときと同じものです。どんな超ミニのスカートをつけても、この感覚はありませんでした。たぶんブラウスの素材なので、スカートよりも薄く、それが外気を感じさせているのだと思います。
     緩い風が吹いたとしても、お尻は丸見えになります。フレアーはウエストまでめくれあがることでしょう。後ろを手で押えたとしても、前がめくれます。恥ずかしい黒い茂み、普通よりも少ない量のその茂みは、その下のもっとも恥ずかしい部分を隠してはくれません。私のその部分は前からも後ろからも見えてしまう淫乱なものなのです。
     商店街に入ると、やっぱり人はいませんでした。でも、昼間のように明るいその道は私を不安にしました。こんな格好を見られたら、犯してくださいと言わんばかりだと、思ったからです。
     自分の下半身に目をやりました。かろうじてアソコは隠れています。この位のミニがないわけではありません。でも、私のはワンピースではなく、ブラウスなんです。
     風はありませんが、僅かな振動でも、空調の風でもフレアーは見事なほどめくれ上がりました。その度に私はあわてて周囲を見なければなりませんでした。その瞬間、下半身は完全に露出していたからです。
     商店街の端は、大きな道路です。私はその道路には出ずに、商店街を引き返しました。車の通りの激しい道路ではフレアーが、つねにめくれ上がったままになると思ったからです。
     誰ともすれ違わなかったわけではありません。でも、幸いに、すれ違う人は、私を意識したりはしていないようでした。本人が思っているほどには過激ではなかったもかもしれません。
    まだ一度も会ったことのない友人たちが、次々に鹿鳴館にかかわるようになっているようです。今は、ブログ初心者の、よしこという女の子が、鹿鳴館ブログのメインコメンテイターになっているようです。
     ハルさんの知り合いの、あの女の子です。まだ、来る人が少ないようなので、覗いてあげてください。私は会ったことがありませんが、まだ若いのに本物のM女なんです。メールと電話だけですが、いい子だと思います。私はSMが苦手なので、コメントもあまりしていませんが、コメントしてあげると、よろこぶと思います。ハルさんは、特に、一度は、顔を出してあげてください。たぶん本人は言えないと思うので、私がかわりにお願いしておきます。
     今回は、ちょっと私用で、使わせてもらちゃいました。すいません。
    私は、よくプチ家出をします。一人暮らしですから、わずらわしいことなんて、何もないはずなのに、家が嫌になってしまうのです。寝ることさえ嫌で、とにかく家を出たくなるのです。
     深夜の散歩は、そうしてはじまったのです。いつも露出をするというわけではありません。ノートPCを持って出て、ファミレスなどで仕事をしていることもあります。
     そうした気分のときには、お酒を飲みには行きません。二日酔いまでして、おかしいのですが、私は、そんなにお酒が好きではないのです。
     深夜でもやっているコーヒー屋さんには詳しいのです。
     その中には、スカートの中を見せられるところがあります。椅子が公園のベンチのように固いのです。マイクロミニでなくても、普通のミニなら、奥まで完全に見えてしまいます。実際、私も女の子のパンツを見せられたことがあります。故意でなくても、少し油断すれば見えてしまうのです。
     私のことだから、それならノーパンで、見せまくっているのでは、と、思うかたがあるかもしれませんが、ノーパンというのは、意外に怖いのです。
     野外で全裸になっても、私は逃げることができます。相手も怖いらしいので、意外なほど安全なのです。ところが、店内ではそうは行きません。実際、何もしていないときでも酔っ払いにからまれます。お店にいるのが気の弱そうな若い男の子だと、助けてはくれません。
     もし、ノーパンだったりしたら、そのことを、大声で言われる可能性もあります。とっても怖いのです。
     そこで、私はノーパンを諦め、ミニだけで行きます。マイクロミニで行くこともあります。やっぱり怖いので、めったにしません。
     ミニだけでも、男の人はじっと覗きこんでくれます。パンツも見たいのでしょうね。なるべくレースの多い、透けやすいものを選びます。
     でも、私は、それでは興奮できません。男の人はパンツも見たいということは知っています。でも、パンツなら、いくらでも見ることができると、私は思ってしまうのです。ランジェリーショップはたくさんありますしね。
     そこで、もう一つ、パンツをずらしてしまうという手があるんです。それなら、何か指摘されても、私は悪くありません。偶然なんです。
     さっそく家で、鏡の前でやってみました。ものすごく卑猥ですし、モロに見えます。ノーパンと変わらないぐらいです。
     ただ、それも、結局はやれませんでした。そこが、私のおかしなところなのですが、だらしないのが嫌なんです。変態と思われるのは平気なクセに、だらしない女とは思われたくないと、思ってしまうのです。おかしいですよね。
     仕方ないので、私のほんの四時間のプチ家出は、なにもないまま、まじめに仕事して終わりました。最近、性的には興奮してないなあ。
    たまに露出でも、オシッコしているところを見られたい、と、強く思うことがあります。オシッコだけなんです。アソコを見られたいとか、全裸で歩く変態の自分を見られたいのではなく、オシッコを見られたいのです。
     でも、オシッコを見てもらえるチャンスというのは少ないものです。トイレを開けてもらう。深夜に公園などでオシッコしているところを覗いてもらう。知り合いに偶然を装って見せてしまう。そんなぐらいしか思いつきません。
     そして、そのどれもが、実際にはチャンスの多いものではありません。
     昨夜も私はオシッコ見せたさに深夜の街を散策していました。本当は普通の人に見せたいのですが、怖いので酔った人を探します。なかなかいません。
     しかたなく、私は路上でオシッコをすることにしました。いつもなら少し路地に入ったり、マンションなどの陰に隠れますが、それをしてはいけない、と、自分に命令しました。道路の端により、パンツを脱ぐのです。道幅はけっこうありますが、人も車も通りません。ただ、決して暗くはありません。
     電柱の陰ではありますが、それは私の身体のどの部分も隠しません。道路に背を向けているので、顔ぐらいは隠れているかもしれません。
     お尻は、完全に露出してしまいます。でも、私には、ためらいはありませんでした。最近は、その程度のことでは、怖さを感じなくなっているのです。
     パンツを降ろし、しゃがみました。人が来る気配はありません。広げた膝の間から、いく本にもわかれたオシッコが勢いよく飛び出しました。少し右に揺れ、数本の線はひとつになっていきます。こんなところでオシッコができる女が何人いるのかと思うと興奮してきました。
     後ろを振り向いたら、男の人がじっと見ているかもしれない、そんな妄想をして、さらに興奮します。
     オシッコが終わった後、しばらく私はじっとしていました。夜のわりに明るい路上の端でお尻を剥きだしにしたままです。
     この興奮のまま家に帰れば、と、思ったのですが、家に帰る頃には何故か興奮から醒めていました。
    オシッコについて書いてというリクエストがあったので書きます。
     私が知り合いにオシッコを見せたいというのは、やっぱり、偶然を装って見せたいわけです。理由は、その時の、相手の驚いた顔、興味深く覗くかもしれない態度、その時の好奇心に輝いた目、そうしたものの全てが好きだからなのだと思います。
     でも、こんな妄想もしています。それは、男の人が全裸で寝て、私がその顔の上に立つのです。顔をまたがされるのです。私のアソコは真下から男の人に見られてしまうのです。それだけでも、私には十分に恥ずかしいことです。
     そのままオシッコをさせられます。オシッコは真下に落ちるとはかぎりません。男の人の頭を越して、まっすぐ前に飛んでしまうかもしれません。自分の脚を汚しながら、流れ落ちるかもしれません。もちろん、男の人の顔にかかれば、それだって恥ずかしいです。
     匂いだって分かりません。自分のものでも嫌だなって思う匂いのことがあります。透明ならいいのですが、どす黒い色のこともありますよね。そんな色のものを顔にかけてしまったら、ものすごく辛い気持ちになることでしょう。
     だから、こらは私の妄想なんです。ただ、これに近いことは、一度ありました。路上で、Mの露出痴漢という男の子にオシッコをかけたのです。でも、私はSではないので、それでは感じません。恥ずかしい穴が丸見えだよ、とか、オシッコが曲がちゃうねえ、とか、淫乱なラビアにオシッコがあたってるねえ、なんて言われたいんです。オシッコは見られたいけど、恥ずかしい思いもしたいんです。オシッコを見られるというだけでは嫌なんです。
     でも、それが彼氏とか、オシッコを見てもらうために知り合った人というのも、私は嫌です。
     そうした人は、たいてい、オシッコだけを求めてはいないからです。自分はおしっこにしか興味がない、と、言いながら会えばセックスを求めてくるんです。
     そうした話しはオシッコにかぎらず、他のマニアの女の子にも聞きます。SMと言われたのに、結局はセックスまでさせられたとか。スパンキングマニアなのに、会ったら、スパンキングするよりも先にフェラチオさせられたとか。
     そうした話しは、実は、女の子たちは、あまりブログや掲示板には書きません。書いている自分が暗い気持ちになってしまうからなんです。でも、女の子どうしのメールでは、そうした情報交換はよくするのです。一番気になるところですからね。男の人にとっては、なんでもないようなことが、女にとっては重要だったりするのです。
     私は、もし、自分が普通の女でセックスも嫌いでないとしても、残念ながら、彼氏がオシッコを見たがるというのには抵抗がありますね。その人と食事したり、楽しい会話をしているときに、オシッコとかが頭を過ぎったら嫌だからです。
     全くわがままほうだいですよね。自分は知らない男にオシッコを見せたいというのに。でも、女ってそんなところがあるのではないでしょうか。女として不十分な私が言うことではありませんが。
    公園の植え込みの向こうに明かりが見えました。古いブロック塀で作られた仕切りの、上に、ほんの少し窓が見えているのです。そこに人の頭らしいものも見えます。かろうじて口から上が見える程度の幅しかありません。
     でも、それだけで、彼が若い男の子だとわかりました。
     私は、植え込みに入り、塀をはさんで彼の前、いえ、彼のほんの少し下をうろうろとしました。周囲の様子をうかがいジーンズの前をいじったりもしました。私がそこでオシッコしたがっていることを、あからさまに伝えたかったのです。
     そうしていると、後ろで、がたがたと音がしたかと思うと、はるか頭上で、ギシギシと木の軋む音がしました。音ははっきりと聞こえているのですが、私は聞こえないふりをしていました。そして、一度、大きな木の下にしゃがみました。ジーンズははいたままです。しゃがみながら、気づかれないように注意しながら、上を見ると、二階の窓のところに黒い影が見えています。窓は、二十センチぐらいでしょうか開いています。電気はついていません。
     私は、何かに迷っているようなふりをしながら、再び、ブロック塀に近付き、そこで、しゃがみました。やはりジーンズははいたままです。
     そして、そっとブロックのすき間を覗きました。花びらのような模様にそれはくり抜かれていました。その花弁の一つに目をあてると、はじめて、私は、ブロック塀と窓が、人が一人通れるぐらい離れていることに気がつきました。窓からでは距離がありすぎた、私のアソコを見てもらうことは出来そうにありません。
     その塀に背中を向けて立ち、しばらくじっとしていました。今、彼が上から見ているのか、下の窓から見ているのかを感じとろうと必死だったのです。アソコは見てもらえなくても、オシッコしている私の姿は見てもらえそうです。
     すると、カサ、カサと、ゆっくりとした小さな足音が聞こえてきました。彼は、家と塀の間を歩いて来たようなのです。
     音は私の後ろで止まりました。私の心臓は壊れるのではと、心配になるほどドキドキしました。膝も震えています。ジーンズのホックをはずすのに時間がかかりました。手も震えて思うように動かなかったからです。見る場所は、塀も穴のところしかありません。しゃがんだのでは、穴が背中の位置にきてしまいます。ですから、私は中腰になって、お尻をちょうど穴のところにくるようにしてあげました。位置は、隣にある穴で確認できるのです。
     中腰ですから、そのまますればオシッコは後ろに飛ぶかもしれません。自分でも、出てくるオシッコの正確な方向は分からないんです。
     しばらく、オシッコを出す努力をしたのですが、緊張と中腰という無理な体勢のせいで出ませんでした。しかたなく、私は足首にかかっていたジーンズとパンツを完全に脱ぎとってしまいました。
     下半身が冷たくなりました。私のお尻は早くも冬を感じたようです。
     脚を大きく開くと、オシッコはそれまでのことが嘘のように、かんたんに出ました。
     飛びませんでした。オシッコは真下に落ちて行きました。そして、それはいつまでも止まらないのです。恥ずかしいほど長い時間、オシッコは出続けました。そのとき、カシャと乾いた音がしました。シャッター音です。すぐに分かりました。オシッコをしているアソコを撮ったみたいなんです。その音にあわてたように振り向いたからでしょうか、音はもうしませんでした。明かりなしでは何も写らないことが分かったのかもしれません。
     私がオシッコを終えると、カサカサカサと、あからさまな音がしました。男の子がなりふりかまわず、出て来るのに違いないと思ったわたしはジーンズもはかずに、下半身裸のまま走って逃げてしまいました。幸い、ジーンズは、公園を出たところに停車していたトラックの陰ではくことができました。
     そのまま私は、小走りに駅のほうに向かいました。一度、駅を経由しなければ、直接帰るには怖すぎたからです。それでも、心臓は、家に帰ってからもドキドキとしていました。パンツなしではいたジーンズのアソコの当たる部分は、オシッコと、そうでないものとで、かなり酷い汚れになっていて、その部分は手洗いしなければなりませんでした。
     彼が本当に公園に出て来たのかどうか確認だけでもしたかったのですが、その勇気はありませんでした。
    ゆっくりとパンツを脱ぎました。脱ぎやすいウエストがゴムのパンツです。しかし、見た目は普通のパンツに見えます。下には何も付けていません。
     上は、おへそが出るほどの短いシャツです。ジャケットは車の中ですから、私は、長い時間、そんな格好で歩いていることになります。もちろん、真夏なら深夜でも、たいして珍しい格好ではないかもしれません。でも、ここ数日の気候には、あまりにも涼し過ぎます。
     私の計画は、下半身裸のままで、歩道橋を横断しようというものでした。なぜなら、車道からは、裸の下半身を見ることができないからなんです。でも、私のほうからは、なにもかもが見えます。それはドキドキすることでしょう。
     片側三車線の大きな通りです。歩道橋のすぐ脇には、トイレしかないような小さな公園がありますす。そこのゴミ箱にビニール袋を入れました。ゴミではありません。いらないパンツです。
     そうしておいて、私は反対側に渡り、歩道橋の陰で、パンツを脱ぎます。ゆっくりとパンツを脱ぎました。パンツがくるりと私のまるいお尻を滑った瞬間、最近には珍しく、私はとまどいました。やっぱり無理と思ったのです。
     そのまま、私はしゃがんでしまいました。お尻をしまうことさえしません。幸い、歩道に人はありません。車道のほうはそれとは反対に激しく車が行き交います。
     歩道橋の陰にお尻を出してしゃがむ私に気づく人はないでしょう。
     お尻だけを出したその格好ではオシッコさえできません。別な意味でかなり変態っぽい格好です。
     しゃがんだままで、ずるずるとパンツを降ろしてみました。本当にスローモーションビデオのように、ゆっくりとした動作です。どれぐらい時間をかけたのでしょうか。その間に、いろいろと嫌なことを考えました。そこにパンツを置いて歩道橋に上がれば、もう、私は、向こうから誰れが来たとしても、隠れることも隠すこともできないのです。
     それでも私は、パンツを脱ぎました。そして、走るようにして歩道橋の階段を昇りました。途中怖くなって一度だけ後ろを見ました。誰かが来る様子はありませんでした。そして、歩道橋の上では、反対側に人のいないのを確認しました。
     風が私の下半身を撫でます。私が想像していたよりも、はるかに怖くて、そして、はるかに気持ちいいのです。
     反対側の階段を降りる頃には、かなり慣れて来ていました。嫌なイメージが消えて行くのです。私は、階段を降りるときに、反対側においたビニール袋を取り、そのまま、帰って来ることを考えました。計画にはなかったことです。
     ところが、階段の半ばぐらいにさしかかたところで、私は偶然、私が降りようとしている歩道に人がいるのを見つけたのです。男の人が一人、こちらに向かって歩いて来ます。
     心臓がとまりそうなほど驚きました。あわてて私は自分が来たほうにもどりまして。そちらには人がありません。脱ぐときと対照的なスピードで、パンツをつけました。
     車道の向こう側に目を向けると、男の人が、歩道橋を渡ろうと階段にさしかかっていました。私は逃げることを考えました。見られたと思ったからです。
     でも、男の人は、歩道橋を渡って来ることはありませんでした。
     ほっとしたら、ものすごく疲れました。でも、ものすごく興奮もしていました。
    オナニーを妄想するという話しがありました。
     私の妄想はかんたんです。
     午後の公園には、冬だというのにあたたかな日だまりがあり、その日だまりを求めるように子どもたちが集まり、地面に何かを描いて遊んでいます。
     私は、それを少し離れたベンチに腰掛けて見つめます。
     一人の男の子が子どもたちの輪を抜けて、私のほうに走って来ます。そして言うのです。
    「お姉ちゃん、パンツはいてないでしょう」
    「お願い、お姉ちゃんねえ、パンツはくの忘れたの、恥ずかしいから、みんなには言わないでね」
     男の子は無言でもどり、今度は、みんなも連れて、もどって来ます。
    「お姉ちゃん、変態でしょう。ママが変態に注意しなさいって言ってるもん、変態が出たらママに教えなさいって、いつも言ってるもん」
    「お姉ちゃんは変態じゃないのよ、本当にパンツをはき忘れたの、だから変態なんて言わないで、ママにもお姉ちゃんのことは言わないで」
    「それなら、もっと脚を広げてアソコをよーく見せてよ」
    「それじゃ、だめだよ、ここでオシッコして見せてよ、ボク、女のオシッコがどうやって出て来るのか見たことないんだから」
    「そうだよ、オシッコしなかったらママに変態がいたって言いに行くからね」
     私は子どもたちに脅迫されて、ミニスカートをまくりあげ、その上、よく見せるためにベンチに浅く腰をかけて、仰向けのままオシッコをさせられます。
     オシッコは、弧を描いて、まっすぐ前に飛びます。そんな体勢でも女がオシッコができると思ってない子どもたちは、目を丸くして驚いています。ラビアを両手で広げると、オシッコは、より遠くに飛びます。
    「すげえ」
     そんなことを子どもたちが言っています。
    「どこから出たの、そこにちんちんがあるの」
     オシッコが終わると、私の左右にいた子どもたちが、いっせいに私のアソコを覗き込みます。
    「本当だ、ここに小さな穴がある」
    「どこ、穴なんかないよ、この大きな穴、こんなとこからオシッコがでるの」
     子どもたちは、私のアソコをさっきまで土をいじっていた汚い、そして、小さな手で、いじりまわします。私は抵抗するこのもできず、じっとそれをガマンしています。
    「こっちはウンチの穴だ、汚ねえなあ、触ちゃったよ」
    「でも、ウンチの穴がこれで、オシッコがこれなら、この穴は何が出てくるんだよ」
     子どもたちには何が出てくるか分からない、その穴からは、すでにどろどろと、嫌らしい液が溢れ出ているのです。
     これが私のオナニーの妄想の一つです。そんな妄想をしながら、バスタブに腰をかけて、オシッコを噴水のように飛ばすこともあります。
    もうひとつの秘密。
     実は、私はこのブログをダイレクトに書くことも、めったにしていません。今日はダイレクトに書いています。しかも、携帯からではなく、PCです。こんなことは、珍しいのです。


     この時間は、散歩しているか、お酒を飲んでいるか、仕事をしているからです。


     この時間から露出散歩をして、そのまま帰ったら寝てしまいます。そして、その日の出来事は、昼間、暇なときに喫茶店などで書くのです。それも私の楽しみのひとつだからです。それを、自宅のPCに移し、一応は読み直したつもりになって、ここにアップしているなです。時間や日がずれるのには、そうした事情もあるわけです。ノートにデータを入れたままアップするのを怠けるようなこともあるからです。


     1時から3時が、私が深夜行動している時間です。会社帰りにそのままとか、もちろん昼間から露出していることもありますが、主にはその時間帯です。
     1時は終電で帰って来る人がいますから、まだ街に人はいます。それでも、住宅街の公園などは、めったに人とは会いません。川原は、その時間帯が人がいません。3時を過ぎると、かえって人が増えるようです。
     
     痴漢さんと遭遇するのは、0時から2時の間が多いような気がします。0時には人が少なくないのですが、それでも、公園やグラウンドには、全裸になっている痴漢さんもいます。男の人が私のような痴女にあう確率は、ものすごく少ないでしょうが、私が痴漢さんにあう率は、ものすごく高いですよ。そして、さすがの私でも、同じような露出痴女にあったことはありません。ブログやHPの掲示板は別ですかど。
     取り引きのある会社でトイレを借りました。ビルの共同トイレで、いまどきには珍しく男女の区別もありませんでした。
     トイレは和式でした。私はその会社と同じフロアーのトイレを使用するのに抵抗があってので、わざわざ、一つ下のフロアーにあるトイレを借りました。トイレを借りるだけなのですが、なんとなくドキドキしてしまいました。
     共同の給湯室があり、トイレはその奥にありました。
     一つ目のドアを開けると、中は意外に広く、個室が二つ、男性用の便器は三つもありました。私は迷うことなく奥のトイレに入りまいた。パンツをさげ、しゃがみこんだ時に気がついたのですが、ドアのすき間から外が見えるのです。驚きました。もちろん、中から見えるので、そこから覗く勇気のある人はいないと思います。でも、女がその気なら、男の人がオシッコしているときに、横からオチンチンは見えるのではないでしょうか。
     私が取り引きしている会社には若い男の子も女の子もいます。偶然、同じ会社の男の子のオチンチンを見てしまうなんて、ものすごくエッチな状況ですよね。
     私なら、それぞれの男の人の形や色やサイズを書いて部屋に貼っておきそうです。もっとも、そんな女は私ぐらいかもしれませんね。
     前に、オチンチンが見たいかと、まじめに聞いたところ、ほとんど全員が、セックスの対象、つまり、好きなタイプの人もモノにしか興味がないということでしたから。
     私は、どんな人のモノにも興味あるんですけどね。
    たった一泊ですが実家にもどりました。私の露出の原点です。自分の部屋だったところは、まるで物置のようになっていましたが、かろうじて私の寝るスペースぐらいは確保できました。
     もうベッドはありません。ここで従兄弟が遊びに来るのを待って、全裸で布団をかぶっていたことを、思いだしました。
     窓を開けると、そこから見える景色は変わりませんでした。ここから、同級生の男の子に裸を見せたことがありました。憧れの先輩に見せたこともありました。近所の男の子に見せたこともありました。女の子に見せたこともあります。そんなことをひとつひとつ思いだしました。
     両親とは、いつも通りにケンカになりました。私の人生が、面白くないのでしょう。平凡な結婚、子育てや旦那の愚痴、そんなものを語りに来る娘が理想なのでしょう。実際、私の仕事のことなど分かりようもない両親には、今の私と話すことがないのかもしれません。共通の話題がないから、結婚しないと、もんくを言うしかないのかもしれません。
     両親に本当の自分を理解してもらえないこと。本当の自分、正直な自分、演出されていない自分、そんな自分を見て欲しかったのかもしれません。
     幼い頃の露出の原点のすべてが、その小さな家にはつまっているような気がしました。たまには実家にもどるのもいいものです。
    二泊三日の強行軍、もっとも辛かったのは、なんと日曜日の夜でした。昨日は、二日酔いに長旅で、倒れていました。
     当然のように夕食から宴会、明日は帰るだけという安心感なのでしょうか。みんな、かなり乱れていました。あまり詳しいことは書けませんが、同伴させてもらった会社の従業員は女のほうが多く、今回もほとんどが女の子。
     私は社員ではなく、ものすごく親しいという間柄なので、彼女たちとの宴会は初めてでした。もちろん、飲みに行くことは、あったのですが、その時には、あんなに、おしゃべりな女の子たちだとは分かりませんでした。
     宴会では、少ない男の子たちに「脱いでみな」と、はやしたてるのです。驚きました。そんなことを言って、男の子が本当に脱いだらどうするのでしょう。会社にオチンチンを見たことがある男の子がいるなんて、私なら落ち着きません。私は酔うと全裸になって、足まで広げてしまう女の子を知っているんです。お酒が入っているのですから、そんなことをする男の子がいないともかぎらないんです。
     ドキドキしました。男の子たちは人数が少ないからでしょうか、ニコニコと笑うだけで、ふざける様子はありません。それでも、私は「じゃあ、見せるよ」と、言って脱ぐ男の子がいるのではないかと思っていました。そして、そのとき、自分はオチンチンから、ちゃんと目を逸らせるだろうかと、心配になりました。
     もし、オチンチンを凝視してしまったら、私は、男に飢えた女だと思われるのではないかと、それが不安なんです。スケベと思われるのではなく、男にもてなくて、飢えていると思われるに違いないのです。それは女として寂し過ぎます。
     そんな私の心配をそのままに、話しは別な方向に流れました。執拗に脱ぐことを強要するような女の子はいないからです。たぶん、そんな話が出たこと事態、誰も覚えていないのでしょう。
     私には忘れられないほどの衝撃だったのですが。
     部屋にもどってから、いつだったかの社員旅行のときには、混浴の温泉で、それと知らずにお風呂に入っていたら、男の人が入って来て、出るに出られなくなったとも話していました。入って来たのは会社の人ではなく、彼女たちは、お尻を見られることは諦めて出た、と、それを私に言いたかったらしいのです。たったそれだけのことが、彼女たちには大事件で、それ以上の妄想は彼女たちにはないのです。
     でも、その話しも、私は、入って来たのが会社の人だったら、セックスもしたことのない知り合いの男の人に裸を見られ、オチンチンを見てしまう。なんて、エッチなんでしょう。私には憧れの状況です。小さなおっぱい、薄いヘアー、お尻、それらが、会社で服の上から正確に想像されてしまうのです。
     私も、オチンチンの大きさ、色、形を想像してしまいます。見たことがなければ、さすがの私でも、そんなことは想像しません。でも、見たことがあったら、想像してしまうと思うのです。
     何もない旅行でしたが、私の頭の中では、たくさんのことがあった旅行でした。まだ疲れはとれません。
     それから、期待していた方には、申し訳ありませんが、レース場では、痴漢と遭遇するような場面はありませんでした。
    自宅で露出するのは、危ないに決まっています。近所の誰れに見られないともかぎりません。部屋を追い出されるかもしれません。脅迫されるかもしれません。
     そんなことは、よく分かっているのに、私は、自分の家で露出してしまうのです。どんなに他のところで刺激的な露出ができたとしても、自分の家での露出は止められません。
     昨夜、遅いお風呂にはいっていました。一階とはいえ、深夜の入浴は気をつかいます。なるべく静かに、頭や身体を洗うのは朝にして、湯舟につかるだけにします。お風呂の窓は開いています。その気になれば覗かれますが、人はまず通りません。
     外はシーンとしています。少し大きな通りにさえ、人も車も少なくなる時間帯です。奥まった私の部屋は静かなものです。
     ときどき聞こえる足音も、遠いことが多いのです。
     こんなに静かなら、すこしぐらい外に出ても平気、と、思うようになります。湯舟を出て、玄関に行くと、もう歯止めはききません。ドアを開け、何度も、何度も左右を見て、耳をすまし、人の気配を全身で感じようとします。そんなことをしたって、何も分かるはずがないんです。でも、しばらくの間、私は、何かを感じ取ろうと必死になります。
     ゆっくりとドアの外に出ると、寒さと静けさとが全身に突き刺さります。膝が小さく振るえ、たどたどしい足取りで外に出ます。まだ、マンション内ですが、恐怖は外と同じです。何度繰り返しても怖いものです。この恐怖には慣れません。マンションの門まで歩きます。心臓の鼓動が外に響きそうなほど、ドキドキとしています。
     全裸のまま、自分のマンションの前の道に座りました。それだけです。公園で裸になったり、男の人にオシッコを見せたりもしたことがあるというのに、ただ、道路にしゃがみこんだだけで、頭がボーとしました。あと、十秒だけ、そう考えて、ゆっくりと十を数えました。人が通りを曲がってくれば、隠れるところも、逃げるところもありません。きっと、私は自分の部屋にもどるのでしょう。そうすると、どの部屋の住人かは、ばれることになります。絶望的です。
     私は、ドキドキでているのに、あわてることもなく、ゆっくりと、部屋にもどりました。ドアの前で、オートロックで鍵がかかってしまうという妄想もしました。ドアはオートロックでもないのに……
     駐車場の中にしゃがみこんだまま、私の動きは止まりました。小さな紙袋に着ている服を入れて、大きなこの駐車場の端、車道に面したところまで行く、それが私の課題でした。
     駐車場には人の気配はありません。深夜の時間帯に車を出し入れする人なんてないのでしょう。
     いつもの私なら、ためらいなく服を脱げるはずでした。ためらうのは全裸になった後、歩き出すときのはずなんです。
     ところが、最近、最近といってもほんの少し仕事が忙しかった間だけ、露出をしなかっただけなのに、露出が怖くなっているのです。
     露出をしているときには、ネガティブなイメージももちますが、その反面で、いつも都合のいい妄想もしていたものでした。離れたところから、私に気がつかれていないつもりになって、いつまでも覗いている男の人。あんな女って本当にいるのね、自分の彼女があんな変態女だったら嫌でしょう、と、彼に囁く女の子。そんな妄想を抱きながら、私は服を脱ぐのです。
     でも、そのときには、悪いイメージしか浮かんでこないのです。
     怖くなって、私はゆっくりと、駐車場の端まで、服を着たまま歩きました。歩道と駐車場の間にはフェンスがあります。歩道の向こうには大きな車道があり、深夜にもかかわらず、車の往来が激しくあります。
     歩道には人の通る気配はありません。
     ここに全裸で立ち、車道を通る車にむかって露出するのだと、思いました。おっぱいをフェンスに押しつけたり、フェンスの痕がくっきりと残るほど強くお尻を押しつけたりしよう、と、思ったのです。
     周囲は暗く、駐車場の中を見る人など、あるはずがありません。でも、もし、車の中の人が横を向いたら、そこに全裸でフェンスにおっぱいやお尻を押しつけている変態女がいることが分かるかもしれません。
     もう一度、私は駐車場の奥にもどりました。
     ミニのワンピースだけですから、感覚的には全裸とかわりません。心細い布一枚なのですから。それなのに、その布をめくり上げることができなにのです。いえ、オシッコをするように、下半身を晒すところまでは出来るのです。もう少しめくりあげて、おっぱいが出るところまでくると、突然、ためらいが出るのです。怖いのです。
     どうしても出来ない私は、また、うろうろと駐車場の中を歩いてしまいました。これでは本当の不審者です。露出痴女ではなく、車上荒らしです。
     不審者と疑われることを恐れて、服を脱ぐことは諦めました。不審者だと勘違いする人がいたら、もともと露出だって出来ないのに、不思議とそうしたことは気になるのです。
     なにも出来ないまま帰り、なんとオナニーもしないまま眠りました。こんな日もあるんです。
     あまり露出と関係ありませんが、ふと、思い出したので書かせてください。
     高校生のとき、女の子ばかりで温泉に行ったことがあるんです。どうして温泉だったのかは、覚えていません。海とか、スキーとかではなく、ただ温泉でした。いけないことですが、旅館では、当然のように持ち込んだお酒を飲み、みんなは、私より先に眠ってしまいました。深夜三時をまわっていたと思います。その頃から、私はお酒に強く、あまり酔いませんでしたし、その頃から夜型でした。ひとり眠ることも出来ず、私はお風呂に行くことにしました。ほんの少しですが、露出の期待もありました。
     温泉には露天があり、私は、そこに一人でつかっていました。そんな時間ですから、誰もいません。
     ところが、しばらくすると、人の声のようなものが聞こえるのです。何を話しているかは分からないのですが、確かに人の声なんです。露天風呂の外は川です。人のいる様子はありません。隣の男湯でもないようです。どこだろうと思っていると、また、聞こえます。話し声のようなのです。
     私は、全裸のまま立ち上がり、外をうろうろとしました。覗かれていると思ったからです。覗いて欲しかったのです。人のいるほうにお尻を向け、前屈したいと思いました。でも、どの方向から聞こえてくるのかは、分からないのです。
     温泉に一人でつかった経験のある人なら、もう分かりますよね。温泉の音が、浴室に響いて、人の話声のように聞こえていたのです。高校生だというのに、私は、すでに、そんな音にさえ、視線を感じ興奮していたのです。今、振り返れば、本当におかしな子でした。
    銭湯に行きました。仕事の疲れを癒すなら大きなお風呂、と、いうのが私の理由でした。もちろん、そのときにも、露出したいという気持ちはあったのだと思います。
     いつものようにお客は少なく、私以外はお婆さんが二人だけでした。私は、いつものように、身体だけ洗うと、湯舟につかったり、脱衣場で涼んだりをくりかえしました。
     番台には、おばさんがいて、いつもの男の人は、どうやら庭にいるようなのですが、はっきり、どこにいるとも分かりませんでした。
     私は、十分にあたたまった後、庭にある縁側の椅子のようなものに、バスタオルを巻いてすわりました。おっぱいは隠れますが、少し膝を開けばアソコは庭から丸見えです。
     最初はうたた寝するふりをして、膝を開きました。目を閉じているので、いつ、男の人が来るかとドキドキでした。目を開けたら、そこにいたって不思議ではありません。何しろ、この時間、男の人は、たいてい庭や脱衣場を掃除しているのですから。
     カサカサと枯れ葉が鳴りましたが、目を開けたいのをガマンしました。うたた寝を男の人が注意しに来たら、その時は、アソコの奥まで見てもらえる、と、そう思ったからです。でも、ガマンできずに目を開けると、そこには男の人の姿はありませんでした。
     もう一度、目を閉じて、私は手を股間に持っていきました。タオルの上から敏感な部分を探したのですが、タオルが厚過ぎて感覚が鈍いのです。もっと刺激したければ、タオルの下から、その部分に触れればいいのだ、と、思いました。
     でも、そんなことをしたら、私がオナニーしているのが分かってしまいます。
     しばらく悩みました。目を閉じたまま悩んでいたので、その間に男の人が庭に来ていてもおかしくありません。怖くなりました。銭湯に来てオナニーしていたなんて、そんふうに思われるのは嫌です。
     その男の人と出会う飲み屋さんで、そんなことを言われたら、ものすごく惨めです。
     そう思うのに、手は、ふともものタオルをすこしめくって、アソコに触れました。一瞬、アソコから頭に電気のようなものが走りました。快感というよりは、寒い日にオシッコをしたときのような感じでした。
     声が漏れそうでした。
     あわてて、目を開けました。誰もいません。それでも、心臓は信じられないほど、高鳴っています。振り返ると、脱衣場でお婆さん二人が番台のおばさんと話しこんでいました。はっきりと、その声が聞こえます。でも、私は、お婆さんたちが、いつから、そこで話しはじめたのか気づいていないのです。それほど、自分の世界にはいりこんでいたということなのでしょう。
     話し声も聞こえないほどだったのですから、人の気配なんか分からなかったはずです。もし、その間に男の人が庭に来て、あまりにも変態な私の行為に同情して、こっそりと、その場を去ってくれたのだとしても、私には分からなかったに違いありません。
     服を着て外に出ると、そこに男の人がいました。販売機の周囲を掃除していたようです。いつもと変わらないあいさつ、でも、私は、本当は私のオナニーを見たんだ、と、勝手に妄想して、ドキドキしていました。
    鹿鳴館のよしこちゃんに向けられた、おやじさんの質問に一言。


     もちろん、人によって違うのは当然ですが、女の子も、同性の裸には興味があると思います。
     少なくとも、私は、かなり子供の頃から、女の子のアソコが見たかったですね。最近は、少し、その欲求は、おさまっていますけど。先日も麗奈さんと、鹿鳴館の話しを電話でしているときに、アソコも老けるのか、と、いう話しで盛り上がってしましました。そして、二人が会うときは、絶対に見せ合おうね、と、約束までしました。お互いに興味があるのだと思います。
     
     ただ、残念なことに、そこには、性的な刺激はないかもしれません。アソコは見たいのですが、それは、爪だって、歯だって、足の裏だって見たいのと、同じ見たいなんです。意外なことに、同性では、足の裏が気になるものなんです。足の裏まで綺麗だと、ああ、そんなところにまで気を使っているんだあって、ちょっと尊敬しちゃったりするんです。


     もちろん、見たい、と、いう意味ではそうなのですが、見られる、と、いうのは、私にとっては、また、違うものです。麗奈さんにアソコを見られるときには、私のほうは、きっと、感じてしまうと思います。濡れてしまうかもしれません。でも、麗奈さんのほうは、私と同じで、純粋に美容の興味で見るんでしょうね。


     麗奈さんの話が出たので、ついでに書かせてください。舞衣さんと麗奈さんのコラボレーションのHP麗奈がEXERには、あったそうです。未完成のままになっていると聞きましたが、そこには、麗奈さんの写真もたくさんあったそうです。私は、まだ、彼女のちゃんとした写真は見たことがないので、どんな方なのか、公開されるのが楽しみです。だいぶ話がそれました、すいません。

    日曜日の自宅での休日は、実は久しぶりです。天気がいいのに、今日は、ずっと部屋にいます。露出の計画もせず、買い物にも行かず、音楽もテレビもつけていません。洗濯が終わり、本を眺めるだけの、何もない休日、こんな一日もたまには、いいものです。
     そうそう、
     女の子に裸を見られるのと、男性に見られるのとの違いを聞かれていましたよね。


     私は、裸を見るという立場なら、まったく違うのですが、見られるということなら、同じかもしれません。
     自分のアソコを興味深く見てもらえるなら、男女の区別はないのです。
     子供の頃は、女の子に見せるというのも、ものすごく好きでした。私が子供だった頃には、私の周囲の女の子たちは、女の子のアソコにものすごく興味があったからです。私も、他の女の子のアソコがどうなっているのか、ものすごく興味がありました。自分のを鏡で見るよりも、他の女の子のアソコをひろげて見るほうが興味ありました。もちろん、自分がひろがられるなら、そのほうが何倍も好きでしたが、他人のアソコには興味がない、なんてことはありませんでした。
     ですから、今も、女の子でも、他の女の子のアソコには興味があるかもしれない、と、思って興奮できるのです。
     ただ、実際には、女の子というのは、他人のアソコに興味がないみたいですね。私の周囲でも、五人に一人ぐらいしか、見たいと言いません。嘘か本当かは分かりませんが。でも、見たいという女の子は、本当に、レズではなく、純粋に、綺麗さとか、色とか、張りとかが、気になって見たいようなのです。そして、私は見せたいのです。
     でも、知り合いの女の子に、見せることは、意外なほど難しいのです。それこそレズではないわけですから。
    地方のファーストフード店に入ると、トイレが男女共用でした。最近は、ほとんど見かけなくなったものです。私は、オチンチンを見せられるのは、嫌いではありません。露出痴漢に遭遇すると、やった、と、思います。
     でも、露出痴漢のオチンチンをじっくり見るということは、なかなか難しいのです。相手が本当に露出痴漢だったらいいのですが、レイプ魔だったら、どうしよう、強盗だったら、誘拐だったら。
     街中で全裸になる勇気はあるのに、そうしたときには、臆病なんです。本当は見たいのに、見たくないふりをしたりもします。怖いので走って逃げたりもします。
     それが、共用トイレの露出の人なら安心なんです。何かあっても声を上げれば、いいことですから。
     ほんの数年前までは、そうしたトイレは、どこにでもありました。
     たいていは、中で男の人と、かちあうと、私からオチンチンが見えないように身体を動かします。でも、中には、わざと、見えるように、便器から、身体を離している人もいるのです。
     私が個室から出ると、パンツを膝まで下げて、子どもみたいにオシッコをしている人がいました。その人は私の顔を見ると、あわてたような顔をするのですが、パンツを上げようとも、オシッコを止めようともしません。手を洗う場所は、彼が下半身を晒している隣です。私は、すました顔で、隣に立ち、手を洗いながらオチンチンを見おろしました。勃起していました。大きさはよく分からなかったのですが、先端がテラテラと、妙に光っていました。私はそれを見て「痴漢してるんでしょう」と、言って、逃げるようにトイレを出ました。
     ものすごく興奮して、すぐに別な喫茶店でオナニーしたのを覚えています。
     共用なら、トイレのドアを開けてもらって、お尻を見てもらうということも出来ました。洋式トイレなのに和式のように座って、お尻を見てもらったこともあります。
     していることは、こっちが悪いのに、見せられた人は、それ以上は何も出来ないんです。騒がれたら自分が悪くなってしまうと思うからなのでしょう。
     共用トイレでは、本当に無理ができました。
     予定した時間まで、一時間近くありましたから、私はワクワクしながら、トイレのドアを見つめていました。地方とはいえ、大手のファーストフード店です。お客さんは少なくありません。でも、トイレに行く人は多くありません。
     中は、男性用の便器が一つと、共用の個室が一つ、女性専用の個室が一つあります。共用の個室ならドアを開けてもらえるかもしれません。でも、トイレを利用する人が少ないので、その確率も少なそうです。
     私は、露出痴漢してもらうほうに期待しました。
     でも、ようやく、トイレに男の人が入るのを確認してトイレに入ったのに、その人は隠しながらしていました。もっとも、私に見せるためには、便器からかなり離れる必要があるので、さすがに、そこまでする人はいないのかもしれません。
     私はあえて、共用の個室に入りました。カギをかけずに腰を降ろしました。ドアが開いたら、正面で向き合うかたちです。私があわてて中腰になれば、アソコが見えてしまいます。
     でも、ドアが開くこともありませんでした。
     それでも、過去にあった、いろいろなことを思い出しながら、私には興奮出来る時間になりました。
    鹿鳴館に私も参加します。もちろん、このブログもこのまま続けます。
     まだ、決定ではないのですが、鹿鳴館に私の部屋が出来るそうなのです。もう、予定されて公開されているそうです。
     麗奈女王様の写真も、そこで見られるそうです。私の部屋も含め、全ての利用が無料らしいので、暇な人は遊びに来て下さい。
     もっとも、まだ、建設中ということで、骨格だけで何もないそうです。でも、私が、このブログを始めるきっかけとなったEXERは一部再現されているそうですので、見て下さい。私は、あのサイトがものすごく好きだったんです。
     そして、そこのスタッフの人とメールをしている内に、このブログを書いてみたくなったのです。
     あのサイトには、私のようなマニアの女の子たちが、たくさん集まっていました。その理由も、遊びに行けば分かるかと思います。舞衣さんのデザインセンスというのも、もちろん、そうなのですが、とにかく、男の人を主体とした商業主義サイトでなかったところが、私は好きでした。もちろん、ビジネスというのは分かります。でも、私の全てを、いえ、女の全てを商品として扱うことに、私は抵抗があったのです。
     商品は、女ではなく、作品、と、そんな姿勢がEXERは素敵でした。
    露出目的で公園にいました。下着をつけずに、ワンピースに、薄いジャケット。チャンスがあれば、全裸になろうと考えていました。公園には人はなく、通る人さえありませんでした。
     ゆっくりと時間をかけて、公園を一周します。歩きながら、ここに服を置いて、全裸のまま、あのベンチに三十秒だけ腰掛けよう、ブランコまで行って帰って来よう、と、いろいろなことを考えます。
     トイレがあります。そのトイレでドアを開けたままオシッコしてみようとも思いました。公園は暗いのですが、トイレだけは、明るいのです。まるで夜の空間から、そこだけ切り取ったような明るさです。
     外からでも男性用の便器が見えます。真っ白に輝いているかのように見えるのです。個室は男性用と女性用の二つがあります。でも、男性用からでも、女性用の個室のドアは見えるはずです。ドアを開けたままオシッコしていれば見られてしまいます。
     トイレに入りましたが、なんとなく露出する気分ではありませんでした。トイレは綺麗だったのですが、あまりにも人の気配がないのです。
     少し前までは、それをチャンスと思ったものです。ところが、ある時期からは、あまりに人がいないところで露出する自分のほうが惨めなものに思えてきたのです。一人芝居するピエロの気持ちかもしれません。ピエロは、見る人がいるから、転んだり、玉乗りの玉相手に本気で怒ったり出来るのでしょう。一人でそれをするのでは、あまりに寂し過ぎます。
     そう思いながら何もせずにトイレを出たときです。向かいの茂みに人の気配がありました。猫などとは違う明らかに大きな動く影です。こちらが明るく、向こうが暗いので、私からは動く黒い影にしか見えませんでした。
     私はこっそりとトイレを出て、トイレのそばにあるベンチに座りました。もし、その影が酔っ払った男の人なら、その人に露出しようと思ったからです。
     動いたと思った茂みのほうをジッと見つめました。動いています。ゴソゴソと茂みの中を確かに動いています。でも、何をしているかは、分かりません。もしかしたら、昼間の落とし物でも探しているのかもしれません。そんな雰囲気に見えるのです。
     酔っているようには、見えませんでした。フラフラとした動きでないことだけは分かるのです。
     その黒い影は、突然、真っ白になりました。驚きました。人間の裸が、暗がりに、あんなにも白く目立つものだとは思いませんでした。
     茂みの中にいてもハッキリと人と分かるその影は、茂みを出ると、カラフルな色に塗られた、あまり趣味のよくない滑り台に向かいました。全裸です。思わず私は身を隠してしまいました。ベンチは、公園の中の他に、植え込みの遊歩道のようなところにもあるので、私はそちらに移動しました。そこなら、暗いので、向こうからは見えないと思ったのです。
     自分とは関係のない露出なのにドキドキしました。
     全裸の人は、滑り台に昇り、そして降りました。上で何かをしていた気配はありません。そして、たったそれだけすると、また、茂みに入り、今度は、こちらからは、まったく何も見えなくなりました。ですから、私には、茂みにしゃがんだ、彼がそのままいなくなってしまったように思えました。。
     私はしばらく動けませんでした。ほんの少しですが、相手を見失ったという恐怖もありました。でも、何もありません。しばらく、じっとしていた私は、まるで夢でも見たような気分で帰りました。
     その人が、どんな気持ちで、滑り台に昇り、そして降りたのか、そんなことを妄想しながら、家にもどってオナニーしてしまいました。残念なのは、あまりに距離があり過ぎて、その人のオチンチンが勃っていたのかどうかさえ、見えなかったことです。
    昨夜は、珍しく、早く帰ったというのに、何もしませんでした。ブログさえ書きませんでした。そして、私は何をしていたかというと、麗奈さんに言われたことを、ずっと考えていたのです。 男の人を仰向けに寝かせ、その顔を跨いで全裸で立つという話しです。麗奈さんは女王様なのでそれが似合うと思います。しかし、私はどちらかと言われたらM女です。それなのに、この願望は一致するみたいなんです。Mとしても、Sとしても、ある願望なのかもしれません。 私の妄想では、男の人は、動けないように拘束します。私のアソコは、濡れていきます。そのために、エッチの液が男の人の顔をゆっくりと汚していくのです。「興奮でオシッコが漏れそう」 そんなことは、実際には言えないと思いますが、妄想なら言えます。 そして、実際、私は、興奮するとオシッコがしたくなるのです。お風呂場で、オシッコをガマンせずに、オナニーするのは、大好きなんです。昨日も、オナニーはお風呂でしました。立ったまま、オシッコを真下に垂らします。そうすると、男の人の顔にオシッコしている気分になれるのです。少し垂らしては、クリトリスを撫で、クリトリスを撫でながらも、オシッコを出します。 そんなことを三回もしました。オシッコが終わると部屋にもどり、本を読んだり、少し書類を整理したりしました。そうしているうちに、また、男の人の顔を跨ぐことを考え、たまらずにオナニーしてしまうのです。 女は感覚的な動物なので、触られたり、抱かれたりしなければ性的な興奮を得られず、オナニーもそうした自分を想像してすると、何かの本で読んだことがあります。でも、私は肉体を接触させるような妄想でオナニーすることは、まず、ありません。どうしてなのでしょうか。私は女ではないのかもしれません。思えば、あまり女として扱われることもないような気がします。 三回もオシッコオナニーという変態行為を繰り返したあとで、ふと、そんなまじめなことを考えたりもしてました。
     お酒に弱いほうではありません。それほど飲んでいたというわけでもありません。それなのに、あんなことが出来たなんて、今でも、信じられません。
     相手は、ここでも何度も書いたお酒を飲むと、男の人にアソコを見せたくなってしまうという、あの彼女です。
     八時ぐらいから食事をして、その後、彼女の知り合いのジャズバーで演奏を聴きました。そんなお店ですから、酔うというほど酔わないと思うのです。二度のステージが終わり、お店から、彼女の家まではタクシーを使いました。ところが私たちはタクシーを、彼女の家のかなり手前で降りました。私は飲み足りない彼女が別のお店に行こうとしているのかと思いました。ところが、彼女は公園のようなところに入り「裸になってみない」と、言ったのです。驚きました。でも、それが冗談で言っているのではないことは、すぐに分かりました。
     私は、小さく首を振り、服を脱ぎました。公園には人はいません。一人で裸になる以上に緊張しました。彼女は私の服を器用にたたんで、紙袋に入れました。さすがに下着を脱ぐのには、ためらいがありました。でも、彼女に露出痴女である自分を見て欲しい気持ちもありましたから、私はパンツまで彼女に渡して全裸になりました。いつか知り合いに、変態の私を見てもらいたいとは、思っていたのだと思います。
    「帰ろう」
     何事もないかのように、彼女は言い、私の腕に自分の細い腕をからめてきました。女の子と腕をからめて歩くなんて始めてのことでした。不思議と嫌ではありませんでした。
     彼女は本当に私が全裸であることなんか不思議でもなんでもないように、公園を出ようとします。言葉にならないまま、私は彼女の腕をぎゅっと締め付けて、それ以上は歩けないことを合図しました。
     彼女は平気でした。
     道路には人がいます。普通の人です。私は彼女が、私を隠してくれるものと思ったのですが、それもしてくれません。最初に通りの向こうをすれ違った男の人は、私には気がつきませんでした。でも、私は立っていることさえ出来ないほど緊張してしまいました。
     何度となく歩いた道です。ですから、そこから、彼女の家までは、まだまだ距離があることは、分かっていました。時間にすれば十分ほどでしょうか。何人もの人がすれ違いました。
     最初は、心臓が止まるかと思うほど怖かったのですが、何人かとすれ違ううちには、慣れてきました。意外だったのは、私をはっきりと見る人でさえ、何も言わないということでした。
     女どうしだからなのでしょうか、心配して声をかけてくる人さえないのです。一人で露出していると、ときどき、心配してくれる人がいます。いい人なのでしょうが、私には迷惑な正義です。
     そんな人さえいないのです。
     すれ違った瞬間に驚いたような顔をする人はいます。振り返ると、その人は立ち止まって私の裸のお尻を凝視しているのです。歩いているだけなのに、自分が濡れているのが分かるほど、私のアソコは濡れていました。歩くだけでもクチュクチュと音がするのでは、と、心配になるほど、本当に濡れていました。
     からめた彼女の腕がおっぱいに当たります。それも私を興奮させるのです。そんな興奮ははじめてのものでした。
     彼女の家まで私は全裸で歩けました。台風の日でさえ、そんなに長い距離を歩くことは出来ませんでした。
    「今度は私が全裸で歩くね。いっしょにいたら羨ましくなっちゃったから、いいでしょう」
     そう言っただけで、部屋では、もう、その話題には触れませんでした。エッチな雰囲気さえないのです。
     その後、部屋で私たちは、さらにお酒を飲みました。でも、それまでは私はそんなに酔ってはいなかったはずなのです。
     次の日の朝、同じ道を私は歩きました。酔っていたわけでもないのに、どうして、あんな大胆なことが出来たのか、それは、今となっても分かりません。分かるのは、こうしてブログを書いているだけで、また、オナニーをしたくなるほど、興奮したということだけです。
    彼女と知り合えたことは、素敵なことです。
     ただ、彼女と露出の快感を共有することは出来ません。同じように全裸になって、それを見せたいと思うのに、私と彼女の快感の目的は、まったく違うのです。


     彼女は、自分が全裸のときに、男の人が、身体を求めてきて、それが、多少でも好みなら、応じてしまうのです。でも、私はそれはありません。


     虫の中には、羽を鳴らして異性にアピールする種類があると聞きます。彼女の露出は、その虫と同じです。私は、虫にたとえるなら、子供に捕まり、虫かごに入れられ、四六時中観察されている、そんな虫です。私たちは、ものすごく違う種類の変態なのだと思います。
     
     きっと、彼女は、私を理解しません。でも、私は彼女と、どんどん親しくなります。
     今、私は、このブログのことを彼女に告白すべきがどうかで悩んでいます。

    二人だから勇気が出て、全裸で歩けたというのではないように思います。ただ、二人だから全裸であることが目立たないような気はしたのです。彼女は、Sにはならないと思います。なぜなら、ものすごく男の人が好きだからです。
     私を露出させたのも、命令というよりは、協力してあげる、と、お姉さんが妹に言うような、そんな雰囲気でした。だから私も素直に脱いでしまったのだと思います。ですから、彼女との露出ごっこが、これ以上エスカレートすることもないと思います。
    世間的には休日ですが、私はクライアントのところに、自分の仕事の効果を確認するために出かけました。休日の街は平和なものでした。いつものように、一時間も前に約束の駅に着いた私は、コーヒー屋さんで時間をつぶすことにしました。こんなことを書くと、年齢がばれそうですが、昔は、その街にある喫茶店に入るのが好きでした。でも、最近はそうした喫茶店は減り、代わりに、どんな街にも知っているフランチャイズのコーヒー店かハンバーガーショップがあります。
     それでも、お店のお客さんは、なんとなく、その街によって違っているようで、私はそこで時間を過ごすことが、今でも、やっぱり好きです。
     休日に働くスーツ姿の男の人が三人。親子連れ、勉強するカップル。
     私は、トイレが見える席をまずは探します。お店によっては、店内から便器まで見えるところがあります。そうしたトイレが私は好きです。この便器にオシッコをしたの、って、思えて恥ずかしいからです。
     そのお店は、トイレのドアの奥に通路があって、個室はさらにその奥にあるようでした。もしかしたら男女共用かもしれないと期待したのですが違いました。ドアを入ると共用の洗面があって、個室が二つあります。個室は手前が男性用、奥が女性用と、はっきり分けられていました。仕方なく、私は奥の個室のドアを開けました。洋式の便器がドアに向けられています。ドアに向かって座る形です。個室に入って振り返ると、洗面の前の大きな鏡が見えます。鏡の端には共用のドアも写っています。
     私は個室のドアを開いたまま、ゆっくりとパンツを下げました。ドキドキしました。ドアを開けても、直接、私を見ることは出来ません。でも、鏡に写ったものを見れば、そこにパンツを下げた私の姿を見ることはできるのでしょう。
     そのまま私は腰を下ろしました。便器に座る私も鏡に写っています。緊張でオシッコが出ません。ドアを開けたままオシッコをしていたら、どう見ても、どう解釈しても変態女です。他の事情は考えられません。もちろん、個室はトイレの奥ですから、鏡の中のドアが開いた瞬間に個室のドアを閉めれば、まず、何をしていたのかは分からないはずです。そう思ったのですが、オシッコはどうしても出ませんでした。私は、ドアを押してしまおうと思いつきました。ドアは外に開くので、少しでも押してしまったら、個室の外に一歩は出なければ、もう、閉めることが出来ないのです。誰れかが来たら、いつでも閉められるようにと、しっかり持っていたノブです。それを押してしまおうというのです。それをするか、そのままドアを開けたままでオシッコをしなければ、私はトイレから出てはいけない、と、そう勝手に決めてしましました。
     頑張ってもオシッコは出そうにありません。仕方なく、私はドアを押しました。ほんの軽く押したつもりのドアは、音もなく全開してしまいました。胃が縮まる思いがしました。もちろん、パンツを上げてしまえばいいことです。でも、それをせずに、私は、パンツを膝にかけたまま、立ち上がりました。一歩、外に出ました。ドアノブには届きません。膝にかかったパンツが邪魔で、足を開くことが出来ません。もう一歩、私は完全に個室から身体を外に出しています。ドアが開けられたら、アソコをむき出しにした私の姿は、隠しようがありません。それなのに、私は、ノブとは反対の共用のドアのほうに身体を向けました。今、誰かが、あのドアを開けたら、正面から、私のアソコが見られることになる、と、そう思ったら、興奮しました。ただ、あまりの怖さで、そのままアソコに触れてみるというほどの余裕はありませんでした。
     ドアを閉め、もう一度、便器に座った時には、安心したのか、たまっていたオシッコが一気に出ました。快感でした。
    鹿鳴館のスタッフの方から、私と鹿鳴館について何か書いて欲しいと言われたので、書きます。
     鹿鳴館と私の出会い。
     それは、メールからはじまり、もう二年になりますが、今なお、メールだけです。最初は私の意地悪な質問からはじまりました。
     内容は、女の露出痴漢行為なんてあると思いますか、と、いうようなものだったと思います。私は似たようなメールをたくさんの人に出していました。答えは、たいてい同じでした。
    「あなたに興味があるから会いましょう」と、いうものです。写真だけでも、というものも多くありました。なかには、私に同情し、本当の愛を教えてあげるとか、セックスが悪かったからなので、本当のセックスを知るべきだ、と、いうようなものもありました。
     鹿鳴館(当時はEXERのスタッフ)のかたは、露出行為がどんな経緯でおこり、何を求めているのかについて、ていねいなメールをくれました。確か「叱られたいから」と、そんな内容だったと思います。違っていたかもしれません。
     なにしろ、純粋に、女の露出について考えてくれていたのです。会いたいとか、写真を見せてとか、あるいは、どこかの宗教の信者のような説教もありませんでした。きわめてクールに思えました。
     ただ、その論理には女として、賛同できませんでした。私は反論しました。何度となく、メールを交換しているうちに、その人は、自分のことが理解されるかどうか、ブログをやってみればいいと、薦めてくれたのです。最初は、恐々でした。でも、今では、その人より、私が、このブログに夢中になっています。
     そして、まだ、鹿鳴館の関係者には、私は誰とも会っていません。ここまで会わないと、会うのが怖くなってきます。私のイメージを持った人が現実の私とイメージの私の間のギャップの大きさにガッカリするのではないかと思うからです。
     いつだったか、誰れかがコメントで言っていたように、そろそろ、麗奈さんとぐらいは、会ったほうがいいのかもしれませんね。
     なぜなら、私は、鹿鳴館とは、本格的にかかわっていきたいのですから。
    仕事が忙しいために、深夜の散歩が出来ずに、欲求不満になっています。露出が出来ないからというよりは、深夜に意味もなくフラフラと出来ないことが不満なんです。
     そもそも、私の深夜の散歩には、分からないところがあります。露出がしたいから深夜に散歩しているのか、深夜に散歩しているときに露出がしたくなるのか、分からないのです。
     ただ、露出だけなら、部屋にいながらも出来るし、昼間でも出来ます。それに、露出する目的がなくても、私は、深夜に街をフラフラと歩きたくなるんです。深夜二時のファミレスでお茶を飲むのも嫌いではありません。
     毎晩、お酒を飲みに行く男の人の話しを聞きます。お酒好きというよりも、もはや習慣で飲みに出るのだそうです。私は毎晩、習慣のように散歩がしたいのです。
     普通の人が寝ている家の横を歩くのが好きなんです。子ども部屋らしき部屋に灯る明かりを見て、受験勉強する姿を想像したりします。小さな子どもを連れた女の人とすれ違うときに、ただならぬ事情のあることを想像したりします。人の気配なんかないのに電気のついた家があれば、薄暗い中を動く人らしい影が窓に写る家もあります。深夜のファミレスで勉強する学生や、ぼんやりと携帯電話を眺める女の人を見るのも好きです。
     そんな家や、人の姿に、いろいろなことを想像するのが好きなのです。
     その想像が、私を散歩にかりたて、そして露出にかりたてるのです。
     私の姿を見た人は何を想像しているのだろう、私にオチンチンを見せた人は、私がどう思ったと想像するのだろう、と、そんなことを想像するのが楽しいのです。おかしいですよね、私は他人の想像を想像して楽しんでいるのですから。
     ですから、露出痴女ができればいいというものでは、私はないのです。それが、最近は、ゆっくり散歩が出来ないのです。痴女ならできます。それなら、満足出来ると、男の人は思うかもしれません。でも、私はそれだけでは、だめなんです。散歩だけで痴女が出来なくでもガマンできます。でも、痴女だけで散歩が出来ないと、欲求不満になってしますのです。
    夜の散歩の話に共感してもらったのは、初めてでした。夜は歩いているだけでも楽しいし、夜の公園のブランコや滑り台は、ものすごく魅力的ですよね。露出をぬきにしても。
     それから、もう一つ。
     私は他人の家の窓にも興味があります。
     窓は、とにかく好きなんです。私って窓フェチって思ったりもします。
     とくに好きなのは深夜に電気のついている家の窓です。これは、歩いているときだけでなく、電車に乗っているときにも思うのです。遠くに明かりが見えると、あの窓の中にどんな生活があるんだろうって思うのです。田園や山の中にポツンとある明かりなら、なおさらです。
     まずは、そんな光景が好きで、その後なんです。その明かりの中にエッチを妄想してしまうのは。
     寝台列車に乗るような贅沢はできませんが、もし、許されるなら、一晩中、流れ行く窓の外の夜の景色を眺めて旅行がしてみたいです。
     深夜の魅力に共感してもらったのが嬉しくて、つい、書けない、と、たった今、書いたばかりなのに、こんなに書いてしまいました。これだけ書けるなら、痴漢の話も書けましたね。すいません。
    最近、建物の取り壊しと建設が増えたように思います。私の家の周辺だけかもしれませんが。
     建物が取り壊されると、これまで普通だった通りが怪しい通りになってしまうことがあります。フェンスに囲まれた中が、見えなさそうで、実はよく見えます。もちろん、たいていは、廃材が置いてあるか、建物の骨格が剥きだしになっているかです。その後は、建設中でも、怪しさはなくなるから不思議です。
     そのビルも取り壊し中でした。網のフェンスの中に、平たい石が積み上げられています。その端、通りに接した場所に人がいるのが分かりました。一瞬、緊張しました。フェンスを乗り越えて襲ってくることなんか出来っこありません。緊張したのは、恐怖ではなく、いけないものを見てしまうかもしれない予感のほうでした。
     その時には、いえ、そうした時には、いつも、性的なことは考えません。もっと別の、犯罪の匂いを感じてしまうのです。深夜にそんなところで、どんな犯罪が出来るのかは分かりませんが。
     もどることも考えましたが、もし、もどったら、私が目撃したと思われるかもしれない、と、考えました。こういう妄想癖が、私を変態にしているのだと思います。
     もどるよりは、そこに人がいることには気がつかないフリで通り過ぎたほうが安全だと思いました。
     見ないように注意すると、目は、自然とそちらのほうに向きます。愚かな目なんです。首こそ動かしませんが、視線は完全にフェンスの中です。裸の人間が見えました。女の子のようでした。やわらかいフォルムが男の身体とは別のものだったのです。ここに自分という変態の露出女が一人はいるわけですから、女の子と出会ったとしも不思議ではありません。それなのに、自分のことはよそに、私は目を疑いました。目はやはり間違っていました。
     全裸なのは、男の人でした。
     その人は、廃材に両手をつけて、腰を振っています。見えない女性とバックスタイルでセックスしているかのような格好です。立ち止まり、私は左右を見てしまいました。人が来ないようならジックリ見たい、何しろ、ここからなら、私は安全に彼を眺めることが出来るのです。
     つい、ほんの少し前までに感じていた恐怖は嘘のようになくなっています。最近は相手が変態だと分かると強気になれるのです。安全な根拠なんて何もないのに。
     横から彼のオチンチンを見ようとしたのに、彼は「見て」と、言って後ろを向いてしまいました。前よりもお尻を見て欲しいなんて、それじゃ私と同じじゃない、と思いました。私は足を止めて、彼を見つめました。彼のいるほうは暗くてよく見えません。彼は、お尻を私のほうに向けたまま、前屈のようなかっこうで近づいて来ました。身体のやわらかいのが自慢なのかな、と、思ったとき、私の耳にジーンという不思議な音。お尻に何かが刺さっています。噂に聞くバイブレータというもののようです。どうして、見たことのないそれが、ほんの少ししか見えないのに、バイブと分かるのでしょう。
     私が過去に見た、どのオチンチンよりも太い棒です。その太いモノが彼のお尻に入っているのです。思わず私は「痛くない」と、また、訳の分からないことを言ってしまいました。こうした時には、決まっておかしなことを言ってしまうのです。
     でも、彼はそれには答えず、ひたすら「見て」と、繰り返します。そして、フェンスにお尻をつけて「蹴って」と、言うのです。フェンスからは、太いバイブのお尻の部分だけがこちらに飛び出しています。
     蹴るというのは、そのバイブを足でおもいきり押すということを意味するのでしょう。そんなことをして大丈夫なものなのでしょうか。内蔵が破裂しそうで、怖くて私にはとても出来そうにありませんでした。
     私は、そのまま後ずさりして立ち去りました。
     しばらく歩いてから、おちんちん見てない、私もスカートめくってノーパンなのを見せればよかった、と、思いました。彼は、私のことを、普通の女だと思ったことでしょうね。それがちょっと悔やまれます。
    コメントを読んで、はじめて、そういえば深夜の散歩が出来ないなんて書いてたんだって思い出しました。散歩が出来ないときは、イライラして、書くのに、復活したときには、それまでに散歩に行けずにイライラしていたことなんて、すっかり忘れているんです。
     実は、腱鞘炎のことも、コメントされるまでは、忘れていました。それだけ、嘘のように痛みがなくなったのは、嬉しいことなのですが、痛かったことなんて、すっかり忘れてしまうって、すごいですよね。
     でも、そんな性格ゆえに、怖い思いをしても、忘れて、露出してしまえるのかもしれませんね。
     ネットで騙された話も、いずれ、落ち着いたら、恨みをこめて、とことん書きたいって、思っていたのに、最近は、そんない酷い目に遭ったというわけでもないかも、なんて、のんきなこと考えるようになって、すっかり書く気力がなくなっています。本当に単純なのだと、自分でも、そう思います。


     あの日、ノーパンだったのは、もちろん、露出のチャンスを待っていたからです。さすがの私でも、会社の帰りにノーパンという勇気はありません。途中で脱いだことならあるのですが、たいてい、露出するときには家から出ます。それから、声をかける勇気というのもありません。声は出てしまうだけなんです。それも、たいていは、変な、意味のないことを言っています。ある意味、怖さの裏返しで、話しかけているという感じです。


     深夜の散歩は、やっぱり怖いです。止めませんが。

    椅子に深く腰をかけると、お尻よりも膝が高くなります。ミニのスカートは、後ろに引っ張られてヘアーが露出してしまいます。深夜ということもあって、まわりに人はいません。

     テーブルの向かいには席がありません。一人がけの席なのです。飾りの役目しかしないような、ポールが、私の向かいにあり、その向こうには、二人がけの丸い小さなテーブルがあります。そこにある椅子は私が座るソファータイプではなく、カウンターの椅子のような背の高い椅子です。

     そこに人が座れば、私のアソコは、その人に見おろされるような格好になります。ポールが間にあるので檻の中で観察されているような、そんな感覚になりそうです。

     スカートをなおし、浅く座りなおして、本を開きました。背もたれは使えません。そんなことをすれば横からでもヘアーが見えてしまうからです。

     待ち時間はありませんでした。本のページをめくることもしない内に、学生ふうの男の子がポールをはさんだ向かいの席に座りました。向かいの二人がけの席は四つも並んでいます。それなのに、私の席の正面にわざわざ彼は座りました。たったそれだけのことで、私はドキドキしてしまいました。

     彼を意識しないように注意しながら、深く座りなおしました。店にいる他の人のことも気にしながら、背もたれにもたれました。膝を少し広げました。それだけで、アソコが剥きだしになる予定でした。ところが、椅子が、意外なほど深く、それに、スカートを一度なおしていることもあって、アソコは露出しないのです。
     昼間、同じ席に座ったときには、それほどミニでもなかったのに、何これ、パンツが見えちゃう、と、そう思ったのに、それよりはるかに短いスカートなのに、アソコはしっかり隠されています。それが感覚で分かるのです。

     でも、一度、トイレに行き、もう一度座ればいいんです。そうすればスカートはまた、後ろに引っ張られて、アソコが露出するんです。でも、そんなことをすれば、私がわざとアソコを見せようとしていると思われてしまうかもしれません。
     実際に、アソコを見せようとしているわけですが、そう思われることには、やっぱり抵抗があるんです。おかしいと自分でも思うのですが、そのへんの心理は微妙なんです。

     どうしようかと迷いました。

     迷いはしましたが、結局、私は席を立ちました。トイレに入り、軽く髪をなおしました。そんな必要はありません。でも、オシッコはしたくないし、何もしないで出るというのにも抵抗があるんです。トイレの中の行動を誰れかに見られているわけでもないのに、おかしなものです。

     席にもどり、私は無造作に座りました。彼はこちらを見ています。携帯電話を見ているふりはしていますが、視線の先には、私がいるはずです。

     スカートが引っ張られると、一瞬ですが、下半身が丸出しになりました。さすがに私は、あわてて、座りなおしてしまいました。ドキドキしました。彼を見ると、遠慮ない堂々とした態度でこちらを見ています。どこまで見られたかは分かりません。家に同じソファーがあるなら、前に鏡を置いて確かめたいところです。

     どこまで見られたかは、分からないというのに、何だか、いたたまれない気持ちにはなりました。スカートがめくれ上がったのは、偶然だと、思ってくれるかもしれません。でも、ノーパンでいたという事実で、私は、おかしな女だと思われることでしょう。そう思われているかと思うと落ち着きません。

     冷めたコーヒーを口に入れ、私は席を立ちました。

     彼は、何事もなかったように、タバコをくわえました。もしかしたら何も見えなかったのかもしれない、そんなことを考えながら、それでも私は興奮していました。
    珍しく会社を休んで、こんな時間から、部屋で、ぼんやりとしていました。
     コメントに答えようと思ったら、こんなときにかぎって、一人しか書き込みがありませんでした。でも、せっかくなので、それに答えて書きます。


     いつも、ミニスカートの女を見ている男がいるというのは、嬉しいお話しです。でも、本当でしょうか。私は、実感として、それほど見られているという感じはありません。もっとも、日常的には、注目にあたいするほどのミニはつけないからかもしれません。その反動で深夜には、ありえないほどのミニをつけます。


     覗かれるからではありません。覗かれたいです。汚れたパンツを見られるのは嫌ですが、それでさえ、本当に絶対に嫌なのかと、言われたら、首を縦にふる自信はありません。そのぐらい覗いてほしいのです。覗かれているという実感が、私に女を自覚させる瞬間だからなのだと思います。
     
     それなら、日常的にもミニにすればいいのに、と、露出好きの男の人には、よく言われます。露出好きの人にとって、スカートは魅力的な露出アイテムなんでしょうね。でも、実際には、女がミニをつけると、男の人は、素直に性的なものを感じてくれないものなんですよ。媚をうっているとか、寂しいんだろうとか、愛に飢えてるとか、勝手に違うことを想像してくれるのです。


     もし、社員旅行で、同僚の男の人に露出されたら、私は、いえ、たいていの女なら、露出趣味かもしれないと思うでしょうね。でも、もし、私が同僚の男の人に露出したら、セックスしたいに違いないって思われるんですよ。それが、男と女の違いなんです。私は、愛なんてどうでもよくて、おもいっきりスケベな目で見られたいんですけど、なかなか、そんなわけにいかないんです。


     これって、私だけでなく、女って、けっこう男のストレートなスケベ視線は好きなんじゃないかな。


     嫌なのは、値踏みしているような視線。じっくりと、顔やスタイルを見られること、下半身裸なのに、アソコだけ見ないで、顔ばかり見られること。そうされると「この女、たいして美人でも、スタイルもよくないのに、何、挑発してんだ」と、思われてそうで嫌なんです。
     
     でも、こんなバカな変態女の言葉を真に受けて、トラブルだけは起こさないでください。露骨にスカートの中を覗かれて、嬉しいのは、私だけかもしれませから。

    平日の休みが好きです。昼間、家でしか出来ない露出の楽しみがあるからです。例えば、お風呂です。私の家のお風呂は、一階ですが、住人以外はまず通らないような場所に窓があります。でも、その窓は外からなら、かんたんに中を覗くことが出来ます。めったに人が通らない場所だけに、その気になれば覗きやすいと思うのです。
     それでも、窓を開けたままお風呂に入っていても、めったに覗く人はありません。
     このブログに遊びに来ている人は意外に思うかもしれませんが、男の人は、けっこう、痴漢したり、覗きをしたりは、しないものなのです。
     その日も、昼間から、お風呂に入っていました。宅配便の来る時間だと知っていたからです。いつものように床には小さな鏡を置いておきます。後ろを向いたまま、こっそりと窓を見るためです。
     湯舟を出たり入ったりしていると、表の門が開く音がしました。かすかな音ですが、私にはハッキリと聞こえました。私はシャワーを出し、窓に背を向けて、髪にかけました。窓からでは背中しか見てもらえません。お尻の大きさは分かってもらえても、もっと恥ずかしい部分は見せることが出来ません。
     それと分かっていても、私は興奮しています。
     シャワーを髪にあてながら、片手でアソコを触ります。すこしのぼせ気味なのもあって、心地よく、頭がぼんやりとします。そんな頭にもチャイムの音は聞こえます。
     二度続けて鳴り、しばらく、シーンとしていました。シャワーの音だけが浴室に響いています。鏡はしぶきに濡れながらも、窓を写しています。そのために熱いお湯を使っていないのです。床はひんやりとしていますが、のぼせた身体には、心地いいほどです。
     いつまで待っても、三度目が鳴りません。鏡が人を写すこともありません。私はシャワーをそのままに、立ち上がりました。窓の外なら、内側からも見ることが出来ます。そこに人がいるのか見たい衝動を、必死でおさえて、シャワーをとめ、湯舟につかりました。湯舟は、窓のすぐ下なので、逆に窓からは覗けません。冷えた身体をあたためました。人の気配はありません。
     あとで、もう一度、お風呂はゆっくりと入ろうと、そのときは髪も洗わず、濡らしただけで、お風呂を出ました。
     いれてあったコーヒーをカップにそそぎ、スウェットを着て、タオルを頭に巻き、玄関横にあるキッチンのテーブルに座ったところでチャイムが鳴りました。インターフォンから聞こえてきたのは宅配便屋さんの声でした。
     ものすごいタイミングです。まるで私の様子をどこかで見ていたような、そんなタイミングのよさでした。届いたのは通信販売で買ったビタミンです。
     私は、この人は窓から、私の裸を見たのか、それとも、シャワーの音だけ聞いて諦めたのか、そんなことを考えながら、伝票に判を押しました。
    フェンス、フェチではありません。でも、地方などにいると、このフェンスの向かう側で露出したら、まさか、見せられた人も、フェンスを昇っては来ないから、安心だろうな、と、思って、フェンスと、その向こうにある空間を見つめていたりはします。それを見た人は、私をフェンス、フェチと思うかも知れませんね。あるいは、新しいフェンスをデザインする、工業デザイナー。
     写真のようなフェンスに、お尻をおしつけていると、そのフェンスの隙間から、オチンチンを突きつけられたり、もしかしたら、挿入も、なんて妄想してしまします。実は、そうしたセックスなら、嫌ではないのです。もちろん、妄想の中だけで、現実だったら、出来ませんけどね。
     誰かが、露出の醍醐味と、尋ねていましたよね。醍醐味ではないかもしれませんが、そうした妄想が好きなんです。でも、妄想だけしかしないと、刺激がなくなってしまうのです。だから、露出して、新しい刺激を求めるのです。ただし、ちょっとの刺激を、妄想は何倍も、何十倍もにしてしまうんですけどね。


     注意はしているんですが、このブログでも、つい、興奮して、微妙に妄想が混ざることはあるんです。最近は、話は少し大袈裟なほうがいい、なんて、ことを考えたりもします。読んでもらえることの魔力だと思います。でも、このブログは、露出痴女を知ってもらいたい、という動機ではじめたものですから、大袈裟な書き方はしたくありません。でも、でも、たまに、妄想は混ざります。あまり、真剣には読まないでくださいね。


     ところで、今、地方から帰宅したところです。お風呂のお湯をためている間、コメントを読むだけのつもりが、こんなに書いてしまいました。今日はお風呂入って休みます。もう書きません。

    自宅での露出には、こちらのリスクだけでなく、見せられる側にもリスクがあるなんて考えもしませんでした。
     そういえば、野外でオシッコをしているところを見られたときも、たいていの人は、見ないふりをして行ってしまいます。見せていると思わなければ、逆に、痴漢と間違われるかもしれませんからね。見るのもたいへんなんですね。
     最近、わりと近所のビジネスホテルに、露出しやすいところを見つけました。ビジネスホテルでの露出なら、見せるのも見るのもリスクは少ないような気がするんです。そのホテルは、偶然に見つけたのです。
     いつもなら、私は歩道橋は使いません。でも、その日は、なんとなく歩道橋を使いました。歩道橋の正面にはホテルがあります。見ると窓が開いています。部屋の中をハッキリと見ることが出来ました。部屋には掃除のおばさんらしき人がいました。彼女の服装まで、本当にハッキリを見えるのです。窓の高さと歩道橋に立つ私の目の高さは、ちょうど同じぐらいなのです。その窓は、歩道橋とは、ちょうど同じ高さなんですが、ホテルでは三階になっているようです。
     歩道橋の端からは、勇気があれば飛び移れそうな距離です。
     歩道橋ですから、人はめったに来ません。でも、一日、そこにいれば、チャンスはたくさんありそうです。カーテンを開けたままなのを、うっかり忘れてシャワーから出てしまったふりをすれば、全裸でも怪しまれないかもしれません。窓を閉めたままオナニーし、クレームがきたら、部屋の中は見えないものと思っていた、と、言うのもいいかもしれません。
     ホテル三階の角に部屋はあります。その角を除けば、他の部屋は角度的に部屋の中は見えません。二階より下には、客室はあいりません。そこだけなんです。
     その部屋を予約するというのもおかしいし、偶然に、その部屋にしてもらえる確率も低そうです。妄想は膨らむのですが、実際にそこで露出するというのは難しそうです
    誰にいつ質問されたか忘れました。でも、答えます。ミニスカートなのに、階段でお尻を隠すのは当然ですよ。もちろん、女もいろいろですが、私に限定して言うなら、当然です。
     理由はパンツを見られたくないからではありません。パンツを平気で見せる下品な女だと思われたくないからです。電車の中で膝に鞄を置くのも同じ理由です。
     うっかりしていたときに、男の人にパンツを見られていたら、私も露骨に嫌な顔をします。パンツを見られたからではありません。パンツの汚れを見られたとか、糸のほつれを見つけうれたとか、そんなことを考えてゾッとするからです。女のパンツは外からでもそれと分かるほど汚れていることがあるからです。
     もし、そうしたことがないなら、私のように、見せたくてミニで出かけたのなら、見られても平気ですし、見てもらえないと、がっかりしたりします。それでも、しばらく歩いた後は、やっぱり嫌なんです。汚れたかもしれないからです。
     アソコを見られて、そこが興奮で汚れているのは見られたいけど、パンツが汚れているのは見られたくありません。おかしいですよね。でも、そんなものなんです。
    ほんの少しの距離、正面に見えるトイレまで。そこまで行けば、私の隠した紙袋があります。でも、公園のベンチには高校生に見える男の子たち。トイレは、そのベンチの裏にあります。私はすでに全裸です。道路と公園との間にある植え込みに身を屈めてじっとしています。
     もう一つの紙袋は、やはり植え込みの中ですが、そこまでもどるためには、公園の入り口を横切る必要があります。高校生たちのいるベンチのほぼ正面です。
     そのまま、植え込みを移動すれば、彼らの後ろにあるトイレに入ることもできます。でも、そのわずかな距離は、全裸の私にははてしなく遠い距離です。
     私は、その公園を何度も下見していました。深夜の時間帯には人なんて来ないはずでした。
     植え込みには、大きな樹木と、腰ぐらいまでの木とがあり、中に潜めば全裸のままでも、どこからも見つけられそうにないほど、十分な広さがありました。
     私は、その一方で全裸になり、公園を横切って反対側にあるトイレまで行くつもりでした。
     脱ぎやすい服は、すぐに紙袋に納まりました。公園の中央には身を隠せるようなスペースはありません。そこを横切るには、かなりの勇気がいります。見つからないという自信はありました。何しろ人なんて、ほとんど通らなかったのですから。公園だけでなく、その周辺すらシーンと静まりかえっていたのです。
     植え込みから全裸で公園に入りました。膝まである鉄のパイプを跨ぎ、空間に立ちました。
     公園が広く感じられました。急に心細くなりました。でも、そこで迷うのがよくないことを、私は経験から知っています。膝が震えるのですがガマンして、すこし歩きました。そのとき、キー、キー、と、自転車のブレーキの音が聞こえたのです。焦りました。
     あわてた私は、すぐ後ろの植え込みの中に飛び込みました。植え込みには鉄パイプの柵がありますから、まさに飛び込むという感じでした。そして身を屈めました。植え込みに身を潜めていれば自転車は道路を行くか、公園を横切ったとしても、私の姿は発見されないはずでした。
     ところが、自転車は一台ではなかったのです二台の自転車に三人の男の子。公園を横切ることなく、ベンチに座ってしまいました。
     そのとき、私は、しまった、と、思ったのです。公園の入り口を越えていたので、服を脱いだ場所まで、植え込みの中を移動して、もどることができないことに気がついたのです。
     しばらくじっとしていると、身体が冷えてきました。このまま凍死するのでは、と、不安になりました。
     しかたなく、私は、公園ではなく、道路のほうに出ることにしました。道路の反対を歩き、入り口を越えたところで、植え込みの中に道路からもどれば、彼らからは見えないはずです。それしかありませんでした。
     植え込みから公園に入るには、段差はありません。ところが道路に出るには、腰ぐらいの高さから飛び降りなければなりませんでした。それでも私は道路に出ました。道路は、私が公園に来たときよりも明るいような気がしました。
     公園の入り口には、やはり遮蔽物がありません。でも、道路の反対側なら、全裸には見えないかもしれません。そう信じるしかありませんでした。私は、端の壁に張りつき、いっきに道路を渡りました。こちらからは何も見えません。すぐに植え込みによじ登りました。ものすごい格好だったと思います。
     男の子たちの様子を伺いました。彼らは、何事もないように話をしています。その声も少し聞こえます。私は、服をつけました。トイレの紙袋は諦めるつもりでした。ところが、私が、植え込みから、道路に出ようとすると、また、キー、キー、と、ブレーキの音が聞こえました。見ると、彼らは来たほうにもどって行きました。
     私は、その後ろ姿を追い、ゆっくりと、彼らのいたベンチまで歩きました。ほんの少しの距離でした。ベンチに座り、自分が横切った入り口を見ると、道路の反対側まで、しっかりと見ることができるのに驚きました。彼らに見つからなかったのは、まっくの偶然でしかありませんでした。
     さすがの私も、ゾッとしました。あまりのことにオナニーに結びつくような気分にもなりませんでした。
     ひさしぶりに、馴染みの飲み屋さんに行きました。いつものメンバーは誰れも来ていません。私は、ボックスの奥の席に一人で座りました。背中合わせに座っていた男の人が、振り返り、私に会釈します。銭湯の男の人です。
    「寒くなりましたね」
    「大きなお風呂が恋しい季節ですよね」
     そう言いながら、私は胸を意識しました。この人は、セックスもしない私のおっぱいの形を知っています。大きさ、乳首の色や形も知っているのです。露出するつもりがなければ、私はブラをしています。きっと銭湯で見る私のおっぱいより大きく見えるはずです。そして、それが嘘だということも彼は知っているのです。
     彼は、自分の彼女の親が自分たちの結婚に反対しているというような話しをしていました。銭湯には未来がないという理由だそうです。
     彼女は来ません。
     私は席を立ってトイレに行くことをためらいました。立てばアソコを見られることになります。もちろんパンツごしにです。でも、そのパンツの奥がどうなっているか、彼は知っているのです。
     後ろを向けば、大きな、そこだけが妙に女っぽいお尻も見られてしまします。私のラビアは後ろからでも見ることができます。そうした女の子は少ないように思います。そんな恥ずかしい秘密を、私とは何の関係もない彼が知っているのです。
     アルコールというよりも、そのエッチ過ぎる状況で、私はトイレをガマンできなくなってしまいました。
     トイレに立つと後ろが気になります。あの足の間にラビアが垂れているんだ、と、そんのことを思いながら彼がお尻を見つめているような、そんな気がして、振り向きたくてしかたありませんでした。そのときの彼の表情が見たかったんです。
     さすがにトイレでオナニーするわけにも行かず、すぐに出ました。でも、その間に来たのでしょう。彼の前には彼女が座っていました。そして、何故か、私の知り合いも別の席にいて、トイレから出ると、私はそちらの席に移らざるをえませんでした。
     いつものように、私は、同じような仕事でありながら、会社とは無関係の人たちと、半分、仕事、半分、ただの愚痴のような話しをして過ごしました。
     でも、その間、私はその同じ店に私のアソコまで見た人がいるということで、頭がいっぱいになっていました。
     彼は彼女にも、その事実を伝えているのでしょうか。彼女も私の服の下の秘密を知っているのでしょうか。そんなことばかり考えていました。
    セックスをした人と、昼間、いっしょにいても、何も感じないものです。ところが、セックスをするような関係でない人と昼間、偶然に会うと、とっても嫌な感じになります。
     視姦という言葉の意味は、よく分かりませんが、まさにそんな言葉が合う気分です。


     想像されている、淫乱なラビアと思われてる、おっぱいが小さいと知られている、と、そんなことばかり意識してしまうのです。
     もちろん、これは、私が特別にスケベな女だからなのだとは思います。


     逆に、電車の中などで、男の人の股間に目がいくということもあります。あの中で、窮屈そうに収まっているのかな、突然、むくむくと、大きくなったりしたら、どうなるのかな、と、そんなことを考えます。知り合いなら、なおさらです。大きいのか、小さいのか、そんなことも考えます。大きいからセックスしたいとか、そんなことは考えません。ただ、大きいと不自由なのでは、と、そんなことは想像しています。


     女の人の裸も想像します。本当に私はスケベなのだと思います。


     ところで、男の人は、他の人のオチンチンを見たいとは、思わないものなのでしょうか。私はレズではないと思いますが、女の人のアソコは、チャンスがあれば見たいです。男の人はどうなのでしょう。

    数日前のことがあって、私は露出どころか深夜の散歩さえ、自粛していました。夜、お風呂に入ると、全裸で外を歩くことばかり考えます。夏にはなかった高まりです。
     思えば、夏の露出には被虐感がないのです。暑いので裸になるというのは自然といえば自然です。全裸にまでなる人は、それはいないでしょうけど、それほど不自然なことでもないわけです。
     でも、冬は野外に裸でいること、それだけで悲劇的なんです。いかにも変態なんです。それがいいんです。
     それに、夏は、もうひとつ、とても困ることがありました。私は虫に弱いのです。別に、女の子っぽく、虫が怖いの、なんて言うつもりはありません。単純に虫刺されに弱いのです。たぶん、私は普通の人より虫刺されが痒いのだと思います。その上、痕が残りやすく、治りも遅いのです。
     冬でも私の化粧ポーチには、虫刺されの薬が入れてあります。刺された直後に薬を塗ると治りが早いからなんです。そこまで考えるほど、私は虫が苦手なんです。
     だから、冬のほうが、露出したくなるんです。寒い冬の公園で全裸になってオシッコしたくなるんです。
     数日前に、脱いだ洋服を取りにもどれない、という恐怖を体験したばかりなのに、お風呂の中、この姿で外を歩きたい、寒さに凍える肌の感覚を味わいたい、と、そう思うのです。
     男の人たちは、春になると、これからは露出の季節ですね、と、言っていましたが、私には、これからが露出の季節なのだと思います。
    それは本当に偶然でした。何しろ私は急ぎの書類を作成するのに集中したくてファミレスに仕事場を変えたのです。ファミレスには、知り合いもいないし、本やテレビもないからです。
     それはいつもの習慣でした。私はノートPCにむかって集中していました。
     昼間のファミレスも深夜同様にお客さんが、ほとんどいません。私は四人がけの席に座っていました。向かいの四人がけには人がいません。その向こうには、仕切りがあって、その仕切りの向こうに、私と同じ方向を向いて、男の人が座っていました。肩から上しか見えませんが、それだけで若いと分かりました。
     そんなことは、最初、気にもとめなかったのですが、少しすると、彼の様子がおかしいのが気になりはじめました。私には背中を向けていなければならないはずの彼の視線を感じるのです。
     私はテーブルの下の足が気になりました。四人がけのテーブルです。私の足はそのテーブルの下に隠れています。まさかスカートの中が見えるはずがない、そう思ったのです。私は集中していると、足を組む癖があります。何度も足を組み代えたはずです。
     膝にくるぶしを乗せてみました。行儀のいい態度ではありませんが、彼がスカートの中を見ているのか、確かめたかったのです。その足の組かたなら、ミディアムのスカートでも、奥が見えてしまうはずです。彼は反応しました。普通に腰掛けていれば肩は完全に出る高さの背もたれからは、彼の頭した見えません。椅子に浅く腰掛けなおしたのに違いありません。
     見てるんだ、と、思いました。下着のことを思い出しました。オレンジのレースです。うっすらとヘアーが透けるようなレースです。見られても恥ずかしいものではありません。裏地ならともかく、表まで汚れる日でもありません。
     彼は私がPCを見ている間しかこちらを向きません。でも、気にすれば、こちらを見ているのは、はっきりと分かります。PCから目をはなし、コーヒーに口をつけている間は、彼も正面を向きます。
     私は、ウエストから手を入れ、彼が後ろを向いている間にパンツをずらしました。アソコが露出したことが感覚で分かりました。次に振り向いたら、きっちりと閉じた私のラビアを彼は見ることになります。本当はパックリと広げて奥まで見せたかったのですが、さすがにそこまではできません。でも、高校生にも見える彼には、ラビアだけでも十分に刺激的でしょう。
     彼は振り向いたまま、じっとしていました。私は座りをなおすようなふりをして、スカートをお尻でめくりました。PCの手前で私の太ももが露出します。ストッキングの切り返しがエッチです。私は真冬でも、パンストはつけないようにしています。こんなことを期待しているからかもしれません。
     彼からはどこまで見えていたのか分かりません。
     不思議なもので、そんな衝撃的なことがあったのに、私は、いつの間にか、また、仕事に集中していたのです。気がついたら彼の姿はありませんでした。
     私のアソコを思い出して小さなオチンチンをいっしょうけんめいに、しごくのかな、と、考えて興奮しました。もしろん、オチンチンが小さいのは私の勝手な想像です。
    ミニスカートで階段を上がるとき、後ろに視線を感じて振り返ると、男の子が身を屈めて覗いていたということがあります。昔は、あわててお尻をおさえたものです。でも、見られていないと、それはそれでショックだったものです。嫌らしい目で見られたい。でも、嫌らしい目は怖いから嫌い。でも、気にもかけられなければ、それはそれだ寂しい。
     最近、ニットのミニスカートを買いました。しかもウエストがゴムなのです。ハーフコートにノーパンで、そのスカートをつけます。冬にミニは違和感ですが、その分、厚く見えるタイツをつければいいのです。前から見ただけでは、まさかノーパンには見えません。
     ハーフコートの前を開け、ポケットに手を入れて前を隠します。スカートのウエストは、私のおなかを越えて胸の下で止まっています。つまりアソコは剥きだしなのです。そのまま、男の人を物色します。ここが難しいのです。
     怖そうな人はパスです。あまりまじめそうに見える人もパスです。少し酔ったぐらいのおじさんが狙いです。別におじさんが好きだからというわけではありません。走らされたときに、さすがに、おじさんには負ける気がしないので、いいのです。
     とくに好きなのは、歩いているだけで酔っているのが分かるほど泥酔している人です。
     すれ違う瞬間、私は、コートの前をはだけます。アソコが晒されます。下半身には何もありません。ヘアーの下にラビアも露出しているはずです。
     もっとも、すれ違った人には、私の、前からでもハッキリと露出してしまっているラビアまでは見えないことでしょう。
     たいていは、私の妄想が盛り上がるだけで、何もありません。勇気がないので、はだけるタイミングも悪いのです。
     でも、なかには、すれ違ったあとに、逆もどりして、私を見る人もいます。そんな人には、本当はアソコを見せてあげたいのです。そんな勇気は絶対にありませんが。
     私は男の人とすれ違った瞬間にスカートを下げます。ゴムなのでかんたんなのです。そして、今度はポケットに入れた両手を左右に広げるのです。下半身裸だったのではなく。黒のミニだったのだと見せるためです。
     たったそれだけのことです。でも、たったそれだけの妄想が、私にはものすごい刺激なのです。
    「今、アソコ出して歩いてたでしょう。ごまかしても分かりますよ。そのスカートまくって見せてください」
     そんなことを言う人がいるはずはないのですが、私はすれ違った人がもどって来て、そう言うのではないかと考えて、ドキドキしてしまうのです。
     今の人は、確実に見た、今度こそ何か言われる、もしかしたら、いけないことをした罰で、スカートを脱がされるかもしれない、と、そんなことを想像すると、私はニット越しにアソコに触れてしまします。濡れていくのが分かるような気がします。それほど興奮しているのです。
    今、まさに出かけて、今日は仕事でもどれないのね、って、思いながらブログのコメントを、つい、うっかり読んでしまいました。もう時間がないんです。
     yuinorさんのコメントに、どうしても刺激されて、一言だけ。

     私は鏡の前で、よくオナニーしてます。椅子に座って、スカートの中を鏡に映して、ああ、こんにハッキリ見えてしまうんだ、とか、少し前屈みになって、こうすると、お尻の穴の皺まで分かっちゃうんだ、とか、そんなことを考えるんです。

     巻きスカートを足で踏んで落とす練習をしたりもします。

     そうしてオナニーすることは、実際に露出して、誰れかに見られたときのことを思い出してオナニーするより興奮したりします。その中で、私がもっとも好きなのは、鏡を真下に置いて、それを跨いで立つことです。こんな真下から見られたら、どんなに恥ずかしいだろうと想像して、オナニーするんです。和式トイレのように、しゃがんで、覗かれるのを想像したりもします。鏡に少しだけ、オシッコを垂らすということもしました。家の中でなら、どんなに大胆なことをしても平気ですからね。でも、一人でそんなことをした後には、こんなに変態でいいのか、と、自己嫌悪におちいったりもします。

     実際の露出より、変態度は、部屋で一人で、露出のトレーニングしていることのほうが、大きいと私は思うのです。どうでしょうか。

    私はランキングについては、気にしたことがありません。気にしたことがない、と、もう何度となく書いているあたりが、実は気にしていそうですが、本当に気にしていません。
     少なくとも、それを毎日チェックするようなことはしていません。
     ランキングは気になりませんが、読者登録のことは、気になります。コメントをつけてくれた人が、自分のブログで、どんなことを書いているのかも気になります。

     だからといって、自分のランキングを上げるために、あるいは、自分のブログにコメントをつけて欲しさに、そこにコメントを必ず残すということもしません。
     けっこう慇懃無礼なブログを運営しているな、と、自分でも、そう思っているほどです。


     そのくせ、どうして、読者登録だけは、そんなにも気にし、わざわざ、相手のブログまで読みに行ったりするのか、それは、私にとって、読者登録する人たちが意外だったからなんです。
     こんなブログですから、まず、読者登録なんてないし、あっても、風俗関係の業者ばかりだと思っていました。ところが、けっこう普通の人が平気で読者登録していたので、まずは驚いたのです。最初に親しくなったのが女性というのも意外でした。しかもエッチ系ではなく、まじめな保育関係の方でした。


     私のブログの内容は、女の敵で、男にとっても都合の悪い女だと思っていたのです。もっと、彼を募集するとか、男に媚びた感じのほうがいいのだろうな、と、思ったりしていました。ランキングを気にしたりはしませんが、あまりにも、誰れも読んでくれなかったら、それも寂しいですよね。
     読んでもらうためには、男に言われて、露出して、感じて濡れました、と、そんな内容のほうがいいと思ったりもしました。結果、やっぱり私らしい、ワガママなブログとなっていますが。


     私のところに読者登録してくれる人に、女性が多かったことに驚いています。こんな女、私なら、嫌いです。女は男によって変わるし、好きな男のために露出でも何でも、するんだ、と、主張しなければいけないと思っていたからです。実際、社会では、まだまだ、そんなものです。性に積極的な女は女に嫌われます。オチンチンを見たいとか、アソコを見せたい女がいることを、女が一番隠しておきたいらしいのです。そんな女のタブーを犯し、男のためでない、自分の快感のための性を享受している女の話しは、女だけでなく、男にとっても嫌だろうな、と、思っていました。

     だから、私のブログに読者登録してくれる人、コメントしてくれる人のブログに興味があったのです。いえ、今も興味があります。自分のブログを書くのに必死で、あまり、見に行けませんが、それでも、けっこう見てます。好奇心を刺激されるのです。それは、男でも女でも。


     もっとも、そのくせ、コメントは、めったに書きません。女の人には、よけいにコメントしてません。正直、女の人が苦手なんです。


     この機会にお詫びしておきます。

    私がブログを書く理由。
     かんたんです。私を知ってもらいたかったからです。女はみんな、男のために性的なことをするんだって、女には主体的な性欲はないんだって、そんな考えを否定するためです。酷い人は、女のアソコは男のサイズに合ってくるんだって言います。それが嘘でも本当でも、嫌な話しです。オチンチンが女のサイズに合ってくるっていう話しは、聞きません。でも、多くの女の子のブログは、やっぱり男の人に書かされていたり、風俗の宣伝だったりしました。だから、男が好きそうなことばかり書いてあるんです。そんなブログを否定したかったんです。女にだって性欲はあるし、女だってオチンチンを見たいし、女だって変態も、フェティシズムもあるって、知って欲しかったんです。
     お金になることを望まないわけではありません。お金って欲しいですよね。でも、お金のためには書きません。それだけです。
     お金のためでないのに、どうして気を使うのか、それが、世の中だからですよ。露出ということで、私は迷惑な存在なんです。でも、それは止められません。せめて露出していないところでは、普通でありたいんです。あいさつされたら、知らない人でも、あいさつをして返す、そんな普通でありたいんです。でも、それが、なかなか出来ないので、ごめんなさい、と、言う、そんな普通でありたいんです。それだけです。
     最近、体調が悪く、露出していませんでした。かぜかな。そんなときには、なんとなくコメントに答えますが、露出したときには、その話ししか書きません。それも、お詫びしておきます。こうした話しはたいせつですが、つまらないと思うのです。書いている私もつまらないのです。
     私は後から読んでオナニーできるものを書きたいし、私が書いたものでオナニーする男の人を想像するのが好きなんです。

    昨日は、朝からずっと寝ていました。そんのに具合は悪くありません。予定していた仕事が早く終わったので、たまには、休んでもいいかな、と、そう思って家にいたんです。
     そんなときには、普通なら朝から露出のことばかり考えるのですが、昨日は、布団から出ることをせずに、寝ながら本ばかり読んでいました。珍しくパソコンも見ませんでした。
     布団には全裸ではいってます。布団が肌に擦れる感覚が好きなのです。疲れると、目を閉じてウトウトします。その反動でしょうか。今日は、飲みに行ってしましました。まだ、鼻はグシュグシュなのに。
     私は女にしては珍しいほど、寒さに強かったのです。でも、今年はどうしたのでしょう。寒さに弱くなりました。こんな時期から風邪気味なのも珍しいのです。やっぱり若くなくなってきてるのかなあ。
    男の人たちは、おっぱいが大きいとか、お尻がいいとか、上つきとか、下つきとか、とにかく、意味があってもなくても、女の身体のことを話すのが好きですよね。実は、女どうしでも、エッチな話しをするのは、女の身体のことが多いんです。
     オチンチンが大きいと痛いとか、気持ちいいとか、可愛いから小さなオチンチンが好きとか、逞しくて男らしいから大きくて太いオチンチンが好きとか、そんな話しというのは、女どうしでも、あまりしません。私は、彼氏のいる女の子には、オチンチンのサイズや形や硬さについて聞きたいと思ってしまうのです。
     こんなオチンチンを入れてみたい、と、言う女の子がいればいいのに、と考えるのです。でも、実際には、そんなことを言う女の子はいません。たまにエッチな話しが好きな女の子がいたとしてもセックスのテクニックの話しや愚痴を言う女の子ぐらいです。私ぐらいなのかもしれません。オチンチンの話しが好きな女というのは。オチンチンの話しだけするブログがあれば、私はそこの常連になりそう。
     それから、私が小さくて包茎のオチンチンが好きと書くのは、もちろん、彼氏だったら、という話しではありません。セックスしない、オチンチンです。大きなオチンチンより、小さいのに、めいいっぱい大きく硬くなっているオチンチンのほうがエッチに見えるからなんです。その上、包茎だと、なんだか恥ずかしがってるみたいでいいんです。小さいのに威張っているオチンチンよりいいかなって思うんです。
     セックスするオチンチンは、正直、全て嫌いかもしれません。

    昨夜は、夕方から飲みに行き、帰宅後にブログを書いていました。いろいろな人のブログに遊びに行ったりしている内に、やっぱり外に行きたくなりました。もうすぐにも夜が明けてしまうから、ほんの一時間ぐらいの散歩になりそうでした。次の日のことを考えるなら、ちょうどいい時間でした。露出ができなくても、ミニで行けば、路上でオシッコするぐらいのチャンスはあるかもしれない、とも思いました。
     ノーパンで行けば、立ちションも出来るかもしれません。立ちションは、私がもっとも好きなことです。理由は、それがもっとも恥ずかしいことだからです。
     フラフラと、ノーパンのまま歩きます。ミニはハーフコートに隠れて見えません。でも、コートの前をはだければ、女子高生のようなミニのフレアースカートです。昼間、同じ格好で歩いていたら、露出なんかしなくても変態女です。
     河原のほうまで行き、河原の遊歩道の真ん中でオシッコをしよう、と、思いました。そう考えただけで、私の妄想は、それを覗かれる、近くで見られる、そんなものになります。腰を突き出し、男の人のようにオシッコを飛ばしていたらどうでしょう。見た人は酔っ払い女というよりは、やはり変態がいると思うのでしょうね。
     そんなことを考えながら、フラフラと歩いていましたが、さすがに時間は深夜から朝に移行しつつあるようで、まだ暗い朝の散歩らしい人たち。仕事を始める人。新聞屋さん。とても露出できるような状況ではありませんでした。ほんの少しの時間の差で、朝の人に、歩いている人が変わるのです。それも、深夜の不思議ですよね。
     結局、露出しないまま、私も散歩だけで帰りました。
    この時間まで家で仕事をしていたのではなく、この時間まで、会社にいたのです。それもたった一人で。露出のチャンスは、たくさんあるかもしれませんが、何かあったら、私ひとりで、どうしろというのでしょう。もちろん、私が犯されるという、それぐらいなら、いいのですが、強盗ということもあるわけですよね。いえ、普通に考えたら、そっちのほうが不安ですよね。私は逃げることもできません。だいたい、こんな時間に女一人でいるはずもなく、来るとすれば、やはり、強姦ではなく強盗ですよね。


     と、そんな心配をしながら、仕事していました。


     それでも、会社を出るまでは、露出でもして帰ろうかと思っていました。この時間なら、公園もいい、あの駅の商店街もいい、そんなことを考えていました。でも、外があまりにも寒いので、くじけて家にもどりました。ブログを見て、メールをチェックして、それで、もうオナニーする気力もありません。このブログをはじめた頃も冬でした。私はみんなが、冬は寒いから露出は無理ですよね、という話しが理解できませんでした。真冬だから露出はいいのに、と、思っていたのです。


     それが、どうしたのでしょう。寒さにめげてしまうなんて、こんな夜は、お風呂にはいって、オナニーもしないで寝ちゃうべきですよね。
     寒いとやっぱり露出は無理なのかな。

    事情があって知り合いの会社の更衣室を借りました。別に下着まで着替える必要はありません。そもそも会社の更衣室で全裸になるような状況ってありませんよね。
     でも、私はその更衣室に入ったときに、全裸になりたいと思ってしまったんです。
     カーテンがあいていて、そこから、前のオフィスの男子トイレが見えたのです。見えるのは、オシッコしているらしい人の顔だけです。こちらに向いたトイレの窓らしいところから、顔だけが見えるのです。何故か私は、一瞬それを見ただけで、オシッコしている男の人だ、トイレの窓なんだ、と、分かってしまいました。あんな不自然な高さの窓は少ないからだったかもしれません。
     更衣室には、中からカギがかかります。女の子から「中でタバコも吸えますから」と、言われました。その会社は社内禁煙なんです。
     時間がかかったとしても、タバコでも吸いながら休憩していると思ってもらえそうです。
     私はカーテンをさらに、大きく開けて、ロッカーの横に立ちました。そんなところで着替える人はいないでのでしょう。たとえカーテンが開いていても、そこに立ちさえしなければ、中の様子は見えないかもしれません。でも、そこに立てば、全身を見られてしましそうなのです。なにしろ、向こうは上なのですから。
     服を脱ぐには、勇気がいりました。なにしろ、私は着替えのために更衣室に入ったわけではないのです。カギをかけていても他人の会社です。誰れがカギを開けて入って来ないともかぎりません。そのとき、私が裸になっていたら、不自然なんです。
     後ろを向いてジャケットをとりました。ニットのシャツに手をかけて横を向きました。男の人の顔が見えます。私にはその顔が、こちらを意識しているように見えました。私は、シャツを脱ぎました。上半身にはブラだけです。そのままスカートに手をかけました。タイトなスカートを脱ぐのに手間取るふりをして、パンツをスカートといっしょに下げました。お尻がプリンと飛び出します。そこでもう一度窓の外を見たのですが、そこには、すでに人の姿はありませんでした。
     それでも、私は全裸になりました。そして、ブラとパンツをカバンに入れました。いざというときには、服だけを着ればいいようにしておくのです。ノックされてから、あわてて下着をつけるのは大変ですが、服だけ着るなら、たいして時間はかからないはずなんです。
     全裸のまま窓のところに立ちました。カーテンが開いていることに気がつかなかったようなふりで、窓の前に行きます。ハッとしたような顔で上を向くと、タバコをくわえた男の人がこちらを見ています。
     私はあわてたようなふりで、カーテンに手をかけます。カーテンがしまらない、何かを確かめるように、カーテンの上に手を伸ばします。片手でオッパイを隠してはいますが、何もかもが見えているはずです。
     男の人は表情を変えません。それが私を興奮させます。
     オッパイ、ヘアー、腰のライン、後ろを向けばお尻のラインまで、何もかも見られるのです。しかも、その人はオチンチンを出したまま、それを見ているはずなんです。あわてた私は、そのまま、後ろを向き、室内の何かを気にしているような素振りで、前屈みになりました。お尻の割れた部分の奥を見せたかったからです。そうしておいて、振り向くと、その男の人は、まだ、こちらを見ていました。完全に見られたと思いました。その瞬間、アソコが濡れるのに気がつきました。油断していたために、床を少しだけ汚してしましました。それほど興奮していたのです。
     もっともっと、その行為を繰り返したかったのですが、あまり長い時間そこにいたら、変な意味の誤解を受けそうだし、だいいちに迷惑なので諦めました。
     でも、その後も仕事をしながら、あの男の人は更衣室で全裸の私を見てどう思ったのか、何を空想したのかを考えて興奮していました。おかしいんですけど、家に帰って、私はその人の空想を想像しながらオナニーしてしまいました。それは、女子社員のいじめに遭った私が、みんなのいる
    バスに乗りました。昔はよくバスを使っていましたが、車を持つようになると、すっかり乗らなくなっていました。
     バスはすいていました。私はどこに座ってもよかったのですが、後部の席に座りました。途中にステップがあり、それを昇って後部に向かいます。以前には、そうした段差のようなものはなかったと思うのですが、記憶違いかもしれません。
     最後部の席は二人掛けの後ろにあります。その二人掛けの後ろに座ったのですが、そのとき、私はバスの座席の構造がおかしいことに気がつきました。おかしいと言っても、それは私にとっておかしいだけです。
     真ん中の席に座ると、腰の高さが通路のスッテプの下に立つ人の目の高さぐらいなんです。
     少し膝を広げれば、スカートの中は、目の高さで、かなりハッキリ見えてしまうはずです。
     私がそこに座ったときには、誰れも立つ人はいません。でも、バスに乗って来た直後なら、誰れの目線も私のほうに向くはずです。そして男の人なら、スカートの中を見るはずなんです。座席の後ろに隠れれば、パンツを脱ぐことも可能です。その後、座席を移動するふりして真ん中に座りなおせば、バスに乗って来た人は、ノーパンになった私のスカートの中を見ることになるんです。
     でも、どうしようかと迷っているうちに、私の隣りに人が座ってしましました。バスのあの席、もう一度、挑戦してみたい、バスもたまには、いいものですね。
    イヴの夜に一人なんて寂しいでしょ、出ておいでよ、という電話が朝から三本も入りました。ありがたいのですが、私は寂しくありません。
     仕事はみんなの都合で早く終わります。
     私は早めに帰宅して、それから、ネットでウインドショッピングです。普段は、ゆっくりと洋服を見ている時間もないので、この日ばかりはと、ゆっくり見てまわります。気にいった服を探すのもそうなのですが、もうひとつ。私は、海外のサイトで、露出用としか思えない、露出度の高い服を探すのも好きなんです。


     鹿鳴館の映像製作に協力するので、海外サイトで、好きな露出用の服を買うことが許されています。自分のお金で買うには抵抗のある、本当に露出にしかつけられないような服を帰るのは嬉しいことです。彼とすごすイヴなんかより、よっぽど私にとっては楽しい夜です。

    の名前は「深夜になると、フラフラと歩きまわる女」という意味でいた。でも、最近は「深夜まで働く女」になっています。


     露出の暇も気力もありません。


     でも、ここ数日、メールだけですが、私の露出の方法をビデオ化したいという話しをしていて、私も、その話しには、興味があって、いろいろ協力しているのですが、そこで、また、妄想がふくらんでいます。


     本当は、真冬に露出なんか出来ません。でも、私は撮影だからという理由で、全裸にされます。泣いて抵抗しますが、撮影のために、たいへんなお金がかかっているので、もう、撮影をやめることは出来ないと脅されるのです。寒くて、恥ずかしくて、私は歩けません。そんな私にスタッフの人たちは、オシッコをかけて暖めてあげると言うのです。


     と、自分が撮影されるわけでもないのに、そんなことを妄想してしまうのです。撮影に立ち合う話しが、撮影されるに、私の中で変わってしまっているのでしょう。そして、本当は、別の女の人がやるのに、自分が主役にでもなったつもりで妄想しているのです。いえ、本当は、撮影して欲しいのかもしれません。たぶん、そんな勇気がないだけで……
     それに、私が出たのでは、そのビデオは売れないでしょうしね。
    あまりの寒さに裸になる勇気もないまま、それでも、コートの下にはミニスカートその下はノーパンという格好で、フラフラしていました。この二日ほどは忙し過ぎて、露出どこらか散歩さえ出来ませんでした。最近はあまり見なくなったレザーのロングコートです。去年は一度も着ることがなかったように思います。 でも、今年の寒さは、流行りなんて気にしていられません。
     あまりの寒さのせいでしょうか。酔って公園のベンチに座っている人もいません。去年は、死なないかしら、と、本気で心配になるぐらい、ぐっすり寝ている人を見ました。あれも冬だったと思います。私はそんな酔っ払いの横で、オシッコしたこともあります。
     あの頃には、誰れかの命令でしていました。命令されているから、仕方なく私はそれをしているんだ、と、思いたかったのです。でも、最近は完全に自らの意志でやっていました。
     それなのに、この寒さでは、やっぱり全裸には無理があるのかもしれませんね。コートだって、紙袋にかんたんに隠せるかさではありません。かさばるのです。せめてこのスカートだけでも、どこかで取りたい、そう思ったまま、結局、家まで帰り着いてしまいました。
     お風呂であたたまると、このままなら全裸で歩けるかもしれないと思います。この寒さなら、人なんていないから、自販機で何かを買って帰るぐらいなら出来るかもしれない、と、思います。でも、身体はお湯から出ると、たちまち冷えていきます。コメントで誰れかが言ってましたが、冗談でなく、こんな寒さに露出なんかしてたら、本当に凍死してしまうかもしれません。
     あんなに冬のほうがいい、と、言っていたのに、情けないです。
    でも、どうしても買い物に行く必要があって、外に出ました。さすがに、人が少ないのです。このあたりは、休日のほうが人が少ないようなのです。近所ですますつもりで出たのに、車を出しました。いつも行くコーヒー屋さんは、今日も営業していました。でも、人は、いくらもいません。奥の席に学生と思われるカップルが一組だけです。私はコーヒーを飲み、トイレで、ノーパンになりました。


     いつもなら、車の通りが激しい住宅街の道にも車の姿はありません。路上に車を停めて、しばらく、じっとしていると、一台、車が横を通り抜けて行きました。その程度なんです。


     私は、車を降り、少し歩きました。


     それほど車から離れていない駐車場に、しゃがみました。いつもなら、そんなことはしません。ナンバーを覚えられることを警戒するからです。でも、今日はそんな雰囲気ではないのです。
     私は、ジェケットをめくりました。ミニのスカートは、タイトなので、たくしあげるとウエストでとまります。下半身裸の状態です。それでも、ジャケットがお尻を隠してしまします。オシッコはすぐに出ました。実はコーヒー屋さんで、すでにオシッコしたかったのに、パンツを脱ぐだけでオシッコはガマンしたからです。
     オシッコが白い煙になっていきます。遠めにも、それと分かりそうなほどの湯気です。こんなにもたくさんのオシッコを女の子がするものでしょうか。しかも外なんです。あまりの勢いと量に、本当に恥ずかしくなりました。いつもなら、感じないのですが、たちこめた湯気がそれを感じさせるのです。こんな下品なオシッコをする女なのだと、誰れかに見て、知って欲しいのです。チョロチョロと可愛らしいオシッコなんか出来ません。ジョージョーと恥ずかしい音をたててしまうのです。でも、そんな恥ずかしいオシッコだからこそ、見られたいのです。
     
     たったそれだけの、ほんの数分の行為でも、今日は興奮しました。

     おやじさん、注意してくださいね。


     私は、自分も野外でオシッコするし、オシッコするふりしながらオチンチンを見せる男の人は、平気、というより好きなんですけど、でも、立ちションしている男の人は嫌いなんです。


     このあたり、ものすごい勝手な論理だと、自分でも思うのですが、仕方ないのです。そして、実は、多くの女たちが、そう感じているのではないかと思います。痴漢も、もちろん、女の敵ですよね。でも、女って、けっこう勝手なので、自分が被害者にならなければ、どうでもいいようなところがあるんです。そりに比べ、立ちションなんて、普通に思えるでしょう。でも、だらしなくて嫌なんです。トイレまで、ガマンすることも出来ずに、オチンチン出して、平気で汚いオシッコをする、それが嫌なんです。立ちションしている男の人を見ると、あんな人が恋人や父親や兄や弟じゃなくてよかった、と、私は思ってしまいます。


     オチンチンは見られたくない、オシッコしているところを見られるのはもっと恥ずかしい、でも、外で立ちションしている、それでなければ嫌なんです。


     おやじさんは、そんな恥じらいのある人だと思いますけど、注意してくださいね。彼女や、奥さん、もしかしたら、娘さんの前では、間違っても立ちションなんがしちゃダメですよ。きっと嫌われちゃいますよ。

    おやじさんのコメントで、もうひとつ書かせてください。


     私はこんな女ですから、最近は珍しい共用トイレなんかでも、オチンチンを見せられる、いえ、見てしまうことが多いんですね。でも、オチンチンは、たいてい汚いというのが私の印象なんです。なんとなく、ドブ川のような色に思えるんですね。


     ところが、露出痴漢をする人がいるでしょう。その人たちのオチンチンって、綺麗なような気がするのです。色も肌色か少しピンクがかっていて、黒い印象がないんです。セックス体験は多いほうではないのですが、そこで見せられるオチンチンも、けっこう汚いような気がするんです。
     特に、亀頭の部分が汚いんです。


     最初は、包茎と関係があるのかと思ったのですが、実は、露出痴漢の人も包茎の人が多いんです。でも、全体も亀頭もピンクっぽくて綺麗なんですよね。どうしてなのかは分かりません。
     普通に立ちションしている人のオチンチンも、汚いんですよね。


     これは、状況が、そう思わせているだけなのでしょうか、それとも、理由があるのでしょうか、私には分かりません。


     そうそう、今、鹿鳴館 に書き込みしました。今日から私のコーナーもはじまります。よかったら見に来てください。

     またまた、いけないことをしてしましました。
     帰省していた知り合いの女の子が、五日の荷物をどうしても受け取りたいので、前日から泊まっていて欲しいと、昨年から、言われていたのです。そのかわりに、冷蔵庫のものは自由に食べていいよ、と、そういう条件でした。もちろん、他人の冷蔵庫が目当てではありません。
     四日の夜、彼女のマンションに行きました。何度か訪れたことのあるマンションですが、主のいないマンションに深夜、訪問するのは、なんとなく後ろめたく、変な気分でした。
     さっそく、私は窓をチェックしました。遊びに来たときに気になっていたのは、寝室の窓です。ベッドが向かいのマンションから見えるのではないかと思ったのです。でも、角度がうまく調整されていて、向かいのマンションの窓はこちらから見えませんでした。つまり、向こうからも見られることはないんです。
     それでも、他人の家、女の子の家とはいえ、全裸で過ごすのには奇妙な快感がありました。
     そして、問題の翌日(今日)私は午前中に配達のあることが分かっていました。それを午後からと勘違いしていることにしました。午後には、彼女ももどる予定なのにです。
     お風呂をいれ、朝から入りました。二度、沸かしなおしたところで、チャイムが鳴りました。オートロックなので、配達の人の姿が見えています。私は無言でドアのロックをはずしました。これなら、気がつかなかったと、言い訳できると思ったのです。お風呂につかりました。少し待つと、部屋のインターフォンが鳴りました。私はあわてたふりで、出ました。
    「あ、あれ、下のドア、あいてました、ちょ、ちょっと待ってください、今、ドアを開けます」と、言いながら、バスタオルを巻いただけの姿で、ドアを開けました。
    「え、そんな大きなものなんですね」
    「ええ、重いですよ。だいじょうぶですか」
     荷物は大型のスーツケースが二つです。実家から彼女自身が送ったものです。果物や缶詰なども入れていたので、かなり重いものでした。私は荷物を、玄関の中に入れてもらいました。
     そして「ちょっと、手伝ってよ、もう、私だって恥ずかしいんだから」と、お風呂に向かって叫びました。湯船に沈めたシャワーが全開になっているので、お湯のこぼれる音がしています。いかにも、もう一人の女の子がお風呂に入っているふうを装ったのです。
    「ハンコウか、あの、サインでもいいんですけど」
     印鑑は、奥のテーブルです。わざとそこに置いたのです。
    「あ、はい、ちょっと、待ってください、あっ」
     印鑑を取りに行くのに、背を向けた瞬間、私はタオルを落としました。あわてて拾うときには、前屈みになります。後ろから、私のアソコがはっきりと見えているはずです。バスタオルを拾い、あわてて身体に巻きます。何度も練習していたことなのに、そのときの焦りは、焦ったふりではありません。本当に焦っているのです。タオルも、本当にうまく巻けません。手が震えているのです。
    「印鑑」と言葉に出しながら、それを持って振り返るとき、椅子に引っかかったタオルが外れます。玄関に向かっていたので、全裸のまま歩き、タオルは私の後ろです。椅子にタオルを引っかけるところを作っておいたのです。男の人の前で、オッパイを隠したり、後ろを向いたり、あたふたしました。半分演技で半分本気です。
    「すいません」と、言いながら、私はとりあえず腰を引いて印鑑を先に渡しました。そして、まだ、タオルを拾うべきなのか、アソコを隠してしゃがみこむべきなのか迷って、あたふたしていました。意外にも、男の人は、ニコニコしながら「だいじょうぶですから、あわてないでください」と、冷静なんです。そして、全裸の私から印鑑を受け取ると、何事もないように、伝票にそれを押しました。そして、一枚を、スーツケースの上に置き「ありがとうございました」と、私に背を向けたのです。その背中を見ながら、私は自分のその部分に指をあてがいました。ものすごく濡れていました。汚い言い方ですが、まさに、絵に描いたような「ビチャビチャ」でした。
     知り合いがもどると、私は一応、配達が午後だと思って油断して朝からお風呂にはいっていたら、そこに来てしまってあわててしまったと話しました。裸を見られたとまでは言いませんでした。そこまでは、配達の人も言わないでしょうから。
     彼女が実家からせしめてきたお歳暮のあまりをいくつかもらいました。
     家にもどってから、タオルを巻いたり落としたりしては、オナニーをしました。

    普通に仕事で宅配をしている人にとっては、全裸の女は、嬉しいというより、かなり迷惑なのではないかと思います。昼間の冷静な時間帯には、これでも反省したりはしているのです。
     それでも、私は彼の冷静な態度と、冷たい口調を思い出しては、オナニーしていまします。もちろん、彼が「どうせなら、奥まで見せてくださいよ」と、言ってくれることも期待しているのだとは思います。そうしたら、私は、アソコを広げて、襞の奥まで見せると思います。それが、どんなに気持ちいいかを想像しても、確かに濡れるのですから、そんな期待がないと言えば、きっと、嘘になります。


     でも、オナニーするには、あの冷たい目がいいんです。


     彼氏にでも強制されて、やらされているのだろう、なんて可哀想な女の子なんだ、って、そう思われたのではないかと想像すると濡れるのです。興奮するのです。あんな汚いもの、見られても恥ずかしくないなんて、なんて、下品でだめな女の子なんだ、とも、思われているようで、それも興奮します。見るに値しない女の裸、そう思われるのがいいんです。そう思われて、背を向けられるのがいいんです。まさに、昨日の状態です。
     でも、そんなこと、セックスする相手にセックスの前に思われたら、たぶん、私は死にたくなります。
     でも、露出をしている私は、何故かそう思われることを望んでいるのです。おかしいですよね。


     でも、ばかりの変な文章、やっぱり、まだ、昨日の興奮を引きずっているのかもしれません。

    私は、少し、男の人をなめています。怖いと言いながら、怖いので、いろいろ、安全対策を考えながら、そのくせ、どこかで、やっぱりなめています。


     レイプとか、暴力、強盗、そんな事件はたくさんあります。でも、私は、意外なほど怖い目に遭わないのです。怖いといえば、ネットで知り合って、露出に協力すると言った人のほうが、よっぽど怖かったですね。たぶん、その人たちは、私が女一人だと思うからだと思います。


     でも、露出しているときに遭遇する人は、どこかに、カメラがあるとか、彼氏がいるとか、そっちを疑うみたになんです。まさか女一人で露出なんかするはずない、と、思うのではないでしょうか。中には、後から怖い男の人が出てくるんじゃないの、と、言う人もいたぐらいですから。


     そんなことで安心していたら、きっと、いつかは怖い目に遭うんでしょうけどね。

    やっぱり全裸になって外を歩くことは、裸を見せること以上の快感があります。遠くから、あそこに変態がいる、しかも女の変態だ、と思われることは、私にいろいろなことを想像させるからです。私を見た人が、その後、私がどうして全裸で外にいたのかを想像して、どんなオナニーをするんだろう、そう思って興奮してしまうのです。
     全裸になりたい、そう思って、下着をつけずに、ロングの巻きスカート、ブラはつけないのに、上半身はかなりの厚着というアンバランスな服装で外に出ました。ジャケットもお尻が完全に隠れるものを羽織りました。靴下はつけずに、スニーカーをはきました。ところが、寒いのです。足が凍りつくかと思うほど冷たくなりました。ガマンして歩いたのですが、ジャケットもスカートもあるのに、ノーパンなのがはっきりと自分で分かるほど、冷たくなるのです。
     上はすべてフロントのファスナーです。重ね着です。脱ぐのも着るのも早いからです。車に乗り、少しはなれたところまで行き、そこで全裸になるつもりでした。無理でした。
     この寒さでは露出は無理と、私は目についた24時間のコーヒー屋さんに入りました。そこで、巻きスカートを落とし下半身裸になるという、いつか誰れかに出してもらったアイディアを思い出しました。でも、そのためには、同じ巻きスカートでも、少し改良が必要なんです。ロングなので踏むことはできそうです。でも、踏んだぐらいでは、はらりと落ちることはないのです。こんなことなら、すぐに落ちてしまうスカートにすればよかったと後悔しました。
     何しろ、お店には、一人でコーヒーを飲む男の人が二人いるだけなんです。そうしたアクシデントの露出をするには、いい条件なんです。いっそ、スカートを脱いでしまいたいとも思ったのですが、お店に入り、ジャケットを脱いだら、腰を覆うものはスカートしかないのです。さすがの私も、下半身完全に裸のまま、明るい店内を歩く勇気はありません。それでも、何か、ちょっとした露出でもいい、何かしたい、と、そんなことを思いながらトイレに行きました。トイレは男女共用の洗面があり、中の個室が男性用と女性用に分かれているというタイプのものでした。私は鏡の前で、スカートを開きました。二重に巻かれたスカートの中には、黒いものが見え、少し足を開くと、嫌らしく垂れ下がったものも見えました。そこはカギのかかる洗面ですから、誰れも入って来ません。このままドアを開け、さりげなくスカートを持って席にもどっても誰れも気がつかないかもしれない、と思いました。自分の席でスカートをつけることは、巻きスカートなら可能です。
     急にドキドキし、興奮してきました。
     ドアを開けました。でも、そこで、スカートを巻いてしまったのです。誰れに気がつかれたわけでも、誰れかが、こちらを見ようとしていたわけでもないのに、私はあわててスカートを巻いてしましました。腰のところに手をかけたまま席に座り、スカートをきちんとつけました。やっぱり、誰れも私を気にしている様子はありませんでした。こんなことなら、ここまでスカートなしでも来られたのにと、後悔しました。
     思えば、それをしたからって、誰れかに見られていないなら同じことなんです。それなのに、トイレから席までの、ほんの数メートルを歩けないことを後悔してしまうのです。不思議ですよね。歩けたところで何もないのに……
     私の露出は、数秒で終わりました。興奮と後悔が露出の勇気を与えたと思ったのですが、その気持ちは、外に出た瞬間になくなりました。外で全裸になることは、やはり無理でした。
     今度は、あの店で、巻きスカートを落としてみるつもりです。少し改良をくわえた巻きスカートで。

     仕事の関係で飲みに行きました。仕事ですから、露出のことなんか考えてもいませんでした。ところが、トイレに入った瞬間から、私の頭は露出一色になってしまいました。
     トイレはいまどき珍しい和式トイレです。しかも、店の奥、構造は分かりませんが、少し店を出たような場所にあるのです。ひとつめのドアにはカギがありません。そのドアを入ると、洗面台に背を向けるように個室のドアがあります。
     個室のカギをしないままトイレに入れば、というコメントにそそのかされていたのもあります。そうでなくても、このトイレの構造を見たら露出したくなったかもしれません。
     便器はドアに背を向けるタイプなのでした。個室でなく、洗面に立つと、トイレに向かう通路が、ドアの換気窓のようなところから、かすかに見えるのです。二度目のトイレのときに、その窓の隙からは、洗面の中が見えないことを確認しました。
     そして、三度目のときには、あえて個室に入らず洗面で待ちました。窓の隙から、通路を見つめていました。飲み屋さんですから、トイレはそれほどすいていません。すぐに男の人が通路に見えました。
     私はあわててトイレに入り、ジーンズをパンツごと脱いで片手に持ち、便器にしゃがみました。下半身は完全に裸の状態です。その状態で、お尻をすこし高く上げました。パンツをつけていたって恥ずかしい格好です。両足が広がっていますから、アソコもパックリと割れているはずです。お尻の穴もアソコの奥も、しっかりと見えてしますことでしょう。
     このままオシッコを出したい、と思ったのですが、気持ちがあせるだけで、オシッコは出ませんでした。膝が震えてバランスが悪くなりました。今、カギをかければ、まだ間に合うと思いました。短い時間がとても長く感じられました。限界だと感じた私は、やっぱりカギをすることにしました。仕事関係の人もいるんです。露出痴女だとは思われなくでも、トイレのカギをかけ忘れた女と言われたら、それだけでも、恥ずかしいです。
     カギとかけるために、振り返ろうとしたとき、ガチャとトイレのドアが開けられてしまいました。アソコに冷たい風があたったように思えました。膝の震えが大きくなって、私はバランスを失って、片膝をついてしまいました。
     男の人は無言でドアを閉めました。私はあわててカギをかけ、オシッコを出しました。寒い日にガマンした後のオシッコのように、頭までジーンと心地のいい電気が走りました。この音も聞かれているのです。ドアの向こうの男の人は、たった今見たばかりの、女の醜いその部分から、恥ずかしいほど、たくさんのオシッコが出ている様子を思い浮かべているに違いないんです。それなのに、私はオシッコが出るのを止めることも出来ないのです。なんて憐れな女なのでしょう。
     そのままオナニーしたい衝動を抑えてトイレを出ました。自分で見せたのに恥ずかしくて気を失いそうになりました。
     ところがトイレを出ると、もう、そこには男の人の姿はありませんでした。でも、お店には、きっといるはずです。もうひとつ向こうのドアの向こうに立っているかもしれません。オシッコをガマンしたまま席に座っているのかもしれません。どんな顔で私を見るのでしょう。好奇の目、憐れみの目、それとも、俺だけは、この女の恥ずかしい部分を知っているんだという勝ち誇ったような目でしょうか。
     私は、いたたまれない気持ちでした。恥ずかしい部分を見られた、その人に、じっくりと観察されてしまうのです。
     ところが、私が記憶したスーツの男の人は、お店にはいませんでした。小さなお店ではなかったので、いたのかもしれません。男の人のスーツなんて似たようなものなので、何かを勘違いしているのかもしれません。それなら、やっぱり私は見られているのかもしれません。
     そんなことばかり考えていたので、仕事の関係の人たちは、私を無口でおとなしい女だと思ってしまったようです。
     まさか頭の中が露出のことでいっぱいだったなんて誰れも思わないのでしょう。

    公園の道を深夜に歩くのは怖いのですが、私は遅く帰宅したときには、そこを通ります。暗いとはいえ、都会のことです。樹木の隣には家が建ち並びます。助けを読んでも聞こえないということはないでしょう。
     その道の中央にさしかかったところに、その男の人、いえ、男の子はいました。そう言えば、露出痴漢と言うと、中年のいかにも変態という雰囲気を想像する人が多いようですが、ギャグに出てくるような露出痴漢を実は私は見たことがありません。年齢も、みんなが想像しているよりは、かなり若いように思います。その男の子も、十代に見えました。
     最初は、樹木の陰でオシッコをしているだけなのかと思いました。でも、普通は歩道に背を向けて、木に向かって立つと思うのですが、その男の子は、歩道に、つまり私に向かって立っていたのです。
     私だって痴漢行為を繰り返す女です。そんなものを見せられて嫌だという理由はありません。それでも、そうした瞬間には、やはり緊張します。いつでも大声を出せるんだから、と、心の中で叫んでいるような気がします。
     立ち止まってしまいました。本当なら、無視して通り過ぎなければいけないところです。動けませんでした。何故なら、その男の子は、私に向かってパンツまで下げはじめたからです。何をするんだろう、と思って立ち止まってしまったのかもしれません。
     暗がりですが、街灯に照らされてオチンチンが、かろうじて見えました。大きくありませんが、しっかりと勃起しています。
    「何してるの」
     どうして、そんな言葉をなげかけてしまったのか分かりません。彼の脅えたような顔と、今にも逃げ出しそうなおどおどとした様子がそうさせたのかもしれません。
    「見て」
     消え入りそうな声で、そう言いました。
    「小さくて見えない」
     本当はよく見えていました。でも、そのオチンチンは、勃起しているのに、ヘアーの中に埋もれていたのです。もっとも、ヘアーが長いだけなのかもしれません。
     彼は、パンツを器用に足からはずし、そして、暖かそうなダウンジャケットも脱いでしまいました。その下には黒っぽいセーター、それも脱ぎ、あっと、思う間もなく、この寒い夜に靴だけの全裸になってしまったのです。
    「寒くないの、風邪ひいちゃうよ」
     芝居がかった優しい口調で私が言うと、彼は「うっ」と、呻いて、射精しました。ものすごく飛ぶので、私は思わず、後ずさりしてしまいました。
    「よかったね」
     思わず、口をついて出てしまいました。
    「よかったね」は、明らかに私に見てもらえて「よかったね」と、いう意味ですよね。見てもらえてよかったなんて、自分が露出痴女でなければ出てこない言葉のような気がします。そんなことは、その男の子には分からないでしょうけど。
    このブログは、鹿鳴館のスタッフの方に薦められてはじめたものです。そのときに、オチンチンやオシッコはカタカナで書いて欲しいと言われました。そうしたエッチ文体を共有する仲間意識のようなものを作るためだそうです。メンバーは少ないそうですが、同じ文体の文章を楽しむという発想が私は嫌いではなく、それに従っています。


     でも、私は、オチンチンとカタカナで書くことは、言われる前から好きでした。


    そのことからも分かるように、オチンチンは子供っぽいのが好きなように思います。ゆえに、小さいほうが、やっぱり好きなのかな。ただ、正直なところ、見ただけでも、大きいのは分かるのですが、小さいのは、分からないんですよねえ。
     昨日の男の子のは、たぶん、小さいと思うのですが、でも、勃起してもヘアーに隠れていまうほど、長いヘアーの男の人もいるんですよ。もちろん、一本のヘアーはオチンチンより短いのでしょうけど、全体として、隠れているというオチンチンは、実は珍しくないんです。でも、大きくはないんでしょうね。


     それから、オチンチンの好きなところは、場所よりは、やっぱり動きですね。とくに小さな状態のオチンチンが、ピクピクしながら大きくなろうとするところが大好きです。


    追記
     鹿鳴館 に、いじめの書き込みをしました。少し、分かり難い文章だったので、私なりに手を加えていたら、なんだか、私の小説のようになってしましました。

    ものすごく長い間、ブログを書いていないような錯覚のまま実家からもどりました。


     でも、カレンダーを見ると、そんなにながく空いてないんですね。なんだか、ちょっと、ブログ中毒のようになっているのかもしれません。書いていないと、みんなに忘れられてしまっているようで、寂しかってり、変な気持ちです。


     実家には、もはや、私の部屋もなく、露出のチャンスもなく、何もありませんでした。


     少しあたたかいし、今夜あたりは、露出できるかもしれませんね。でも、疲れているので、お風呂に入ったら寝ちゃうかな。

    昨夜は、やっぱり寝てしまいました。そして、今日はすでに寒さがもどったかのようです。
     ところで、男の人の露出痴漢というのも、やっぱり、全裸を見て欲しいと思うものなのでしょうか。私は、アソコも見て欲しい、お尻と、お尻の穴も見て欲しい、でも、やっぱり全裸の自分を見て欲しいんですね。
     その気持ちは、アソコだけを見られたいという気持ちより、はるかに強いのです。ですから、超ミニの露出やトイレの露出だけでは、どうしても欲求不満になります。全裸の全身を見てもらいたいんです。
     それなら、裸を見たがる男を募集して、見せればいいということも言われたことがあります。こんな女でも、足を広げれば、やっぱり女ですから、それは裸を見てくれる男の人はいることでしょう。相手を探すのがたいへんだとは思いません。でも、違うのです。
     何が違うのか、私には分かりませんでした。男の人は見るだけでは、終わらない、信用できない、だから嫌なんだと、そんなことを思っていました。
     ところが、その答えを、いつも話題にしている飲むとすぐに脱ぐ女の人が教えてくれました。
     彼女はセックスの相手を求めて脱ぐのだと私は思っていました。実際、そんなことを言っていました。お酒がはいると淫乱になり、エッチなことがしたくて仕方なくなり、その結果として脱いでしまうし、アソコを見せたりしてしまうのだと、彼女自身もそう言っていたのです。
     今日も彼女はかなり飲んでいました。何しろ、私たちは五時から飲んでいたのです。常連のお客さんが、いつものように、彼女の周囲に集まり、脱ぐことを促しました。私にもそれを強要するようなことを言いました。ところが、彼女は、いつものように酔っていたのに、それをしませんでした。さっさと引き上げました。おかげで、私も早く帰ることになりました。その帰り道で彼女は「見せろ、とか言われると、意地でも見せたくなくなるんだよね。見せてやってるって感じにならないでしょう。とくにああいう、見てやるよ、みたいなのがダメなの、気分悪くなる」と、言ったのです。
     これだ、と、私も思いました。見られてしまう、というMの気持ちの裏に見せつけているというサディスティックな感情も隠れていたのです。矛盾しているようで、矛盾していないのです。
     
     見せつける気持ち、そして、裸でいても不自然でない幼児のように見てもらえるかもしれない希望、そんなものがあるのだと思います。
     だから、脱がされるのは嫌で、全裸にもなりたいのでは、いえ、自分のことながら違うかもしれないのですが。男の露出の人はどうなのでしょう。

    笑わせることと、笑われてることとは違う」と、私は上岡龍太郎さんから聞いたように思います。そういえば、その言葉は、どうしてだか印象に残っていました。お昼の番組で、笑われていたのは、ジミーちゃんだった記憶もあります。もちろん、似たような言葉は、他にもあって、私の聞いたのと、おやじさんの聞いたのは別のもかもしれません。
     とにかく、私はおやじさんが書いたことで、さらに強くその言葉を思い出してしましました。そのときから、何か自分にひっかかるところがあったからだと思うのです。


     露出痴漢していて偉そうなことも言えませんが、「笑わせることと、笑われてることとは違う」と、そうしたところは露出にも、あるかもしれませんね。


     それに、大阪の変態男さんの言う、SとMが表裏一体のもだというのも分かるような気がします。私自身はM性の強い露出だと思っていました。でも、私は少し前、いえ、今でも、たまに、空想のお姉さまという人の命令で露出していました。命令されて露出しているのだから、私の願望はMだと思っていたのです。でも、大阪の変態男さんの言うように、表裏一体ですよね。何しろ、命令していたのは空想とはいえ、それも私自身だったのですから。


     そして、最後は、yoshikoさんの言うように、ひとそれぞれ、その言葉で終わりますよね。

    デザイン画を変えました。
     本当は、このブログは、変態になってしまった自分の過去から、自分探しをするのが目的ではじめたような気がしるのです。それゆえに、子供時代の露出話しをたくさん書くつもりでした。


     最初は、こんなに自分がなるとは思っていなかったので、子供時代にした露出の話しが、ほとんどで、たまに、今の自分のことを書くつもりでした。それほど、たくさんの話しが子供時代にあったと、そう思ったからです。逆に、今の露出の話しなんてないと思っていました。見せたいだけで、見せない女の話しなんて面白くもないと思ったのです。まさか、本当に野外で全裸を見せられるとも思いませんでしたし。


     ところが、書き始めたら、記憶していると思っているほど、実はたくさんの記憶がなかったのです。子供時代の話しは、すぐに尽きてしましました。それでも、子供の頃にした、あるいは、したかった露出の話しをしたかったんだ、という気持ちを忘れないように、ノスタルジックなデザインにさせてもらいました。この絵で、教室なんてあったら、もっと嬉しかったのですが。

    仕事の帰り道、公園の横に車を停めました。少しだけ、その公園を歩いてみたいと思ったのです。公園には人の姿はなく、周囲には明かりさえ見えませんでした。寝静まっているというよりは、街が死んだように思える、そんな静けさでした。
     怖くはありませんでした。私を襲う人さえ、寒さで公園にはいられない、と、そう感じられたからです。
     一度でいい、全裸でブランコに乗ってみたい、何故か私は、かなり以前から、そう思っていました。でも、それは夏の公園では、いくらなんでも出来ないことなのです。
     全裸になって、ブランコに乗って二十回往復させる、二十にならなければ、たとえ人が来てもブランコから降りられない、そんなことを妄想しただけで、私は興奮していました。
     準備もないまま全裸になるなんて無謀です。
     とくに冬のインナーは脱ぎ難く着難いのです。ていねいにタイツもつけています。ブランコの横のベンチは綺麗でした。まずはコートをそこに置きました。コートを脱ぐだけで寒さが身体の芯に響くようです。皮膚の表面ではなく、骨の中が寒いのです。
     それでも、私はパンツを脱ぎ、タイツも脱ぎました。さらにその下の黒のレースのパンツもとりました。そして、それはコートのポケットに入れます。セーターを脱ぎ、インナーを脱ぎました。ブラもコートのポケットです。
     全裸です。
     不思議なことに寒くはありませんでした。身体は震えているのですが、想像していたような寒さではないのです。
     冷たさが一箇所だけ、強く感じます。濡れていたのだと思います。こんな寒さの中、街中の公園で一人全裸になり、その上、アソコを濡らす女が他にいるでしょうか。改めて自分の異常さに驚かされました。
     全裸のまま、ブランコに座りました。少し揺らすと、思っていた以上に大きな音を立てます。今のは二十回のうちに入らない、と、そう言い聞かせました。
     お尻の下は氷のような冷たさです。でも、辛くはありませんでした。昼間、ここに子どもたちが遊んでいて、若くて幸福なママたちがお話しをしている、そんな光景を想像しました。もし、昼間なら、子どもたちは私を見て、なんと言うでしょうか。ママたちは、汚らわしいものを見るときの顔で私を見つめるのでしょう。そんな視線に私は耐えらず、下を向いて、視線を合わせないようにガマンするのでしょう。
     妄想しているうちに、二十回なんて忘れていました。あわてて、服を着ました。もちろん、誰れが来たというわけではありません。時間の経過に、ただ、あせってしまうのです。
     いきなり車にもどるのは、危険なので、私はノーパンのまま、しばらく歩きました。歩いている間でさえ、人とは、ほとんど会いませんでした。
     車にもどる頃には、すっかり寒くなっていました。自分がどうして全裸になれたのか分からないほど寒いのです。お風呂に入り、今、ようやく落ち着きました。なんだか、夢か妄想だったような気がしています。
    露出ビデオが送られてきました。


     私が好きなものは、残念ながら、一本しかありませんでした。


     でも、それが、どうして好きなのか、その理由を正確に書くことが出来ません。正直、自分でも分からないところが多いのです。


     好きなシーンは、女の子が全裸で、マッサージさんをよぶシーンなんです。よばれたおじさんは、明らかに動揺しています。そのリアルさが好きなんだと思います。男の人には、物足りないかもしれません。何しろ、そのシーンは、マッサージのおじさんには、ないしょらしく隠し撮りだからなんです。
     普通のアダルトビデオなら、別に、アダルトビデオを多く観ているわけではありませんが、普通なら、おじさんと女の子のセックスですよね。実際、送られて来た露出ビデオはそうしたものが多くありました。買うのが男の人なのだから当然ですが、私の好みではありません。


     おじさんは、女の子の裸に興奮しているんです。オチンチンを出して、セックスしようとしているようなんです。ところが勃起しないみたいなんです。それで「おじさん勃たないから、ごめんね」と、言うんです。その言葉で、私は、オナニーしました。なんて愛らしいんだろうって、思っちゃいました。


     露出ビデオは私が演出するビデオのための参考資料だったのですが、それ以外は、参考になりませんでした。やはりアダルトビデオは、男の人の企画で男の人のために作られてますよね。


     でも、そのビデオだけが、どうして、こんなにも好きなのかな。
    マッサージさんのほうが全裸になるというのも、すごいですね。私もしてみたいです。でも、私は自分の身の安全のことに過敏過ぎて、そこまで出来ません。
     
     おやじさんの言うように、以前にも、マッサージさんに見てもらったことは、あるのですが、自分から「見て」とか「オナニーしていい」とは、言えなかったですよねえ。あの、ビデオが、本当に隠し撮りなら、彼女は、本当にすごいと思いました。


     私は自分もそんなことをしてみたかったのかも、しれませんね。


     ところで、私が演出するビデオですが、まだ、ほとんどメールで、遊んでいるような状態で、現実味を帯びていません。なんだか、昔、バンド作って、ライブやろうよ、と、話していたような、そんな雰囲気なんです。一番、乗り気なのは私です。


     マニアックなものは、確かに、たくさんありますよね。セックスなしの、私好みの変態ものも、たくさんあるようです。それだからこそ、露出ビデオなら、女の子の、この不安とか、恐怖を撮ってほしいのに、って、言うのがあるんです。
     そんなことを言いながら、自分が一番つまらないものを作ってしまうのも、なんだか、バンドの話しに似てますね。

    私はあまり怖いのは嫌ですが、もし、ビデオで見るなら、やっぱり、女の子が不安や恐怖するようすが見たいですよね。
     それから、羞恥に身悶えるなんていうのも、いいですよね。


     自分は、そんな怖い思いはしたくない、でも、心のどこかには、怖い思いもしてみたいという矛盾した思いがあって、それゆえに、ビデオで見るなら、おもいっきり怖がる様子や恥ずかしがるようすが見たいんですよねえ。本当に勝手ですけどね。


     それから、見るのも、好きなのか、という質問がありましたが、見るのは、見せるのと同じぐらい大好きです。女の子の裸は、そんな興味ありませんが、見たくないわけでもありません。女の子に見られることは、ものすごく好きです。男の人なら、見るのも見せるのも好きですね。でも、触るのも、触られるのも嫌いです。それゆえに、私はM女には、なれないと思うのです。

    オカルトという話しが出たので、オカルトと言えるかどうかは、分かりませんが、思い出したことがあるので書きます。
     今日は、せっかく、早く帰れたのに、この雪で露出散歩どころではなく、部屋で、ボケボケしてました。ですから、どうせ書くこともなかったんです。


     今でもホラービデオを見ることがあります。映画館に足を運んでまでは観ません。そこまで好きではないからです。実は、ビデオを観るのも、ホラー好きだからではありません。ホラーの中には、ときどき私をドキドキさせる露出のシーンがあるからなんです。


     その中でも好きなのが「エルム街の悪夢」ですね。これの一話だったと思うのですが、教室で寝てしまった男の子が妄想のように夢を見るんです。教室に全裸にシースルーの服を纏った女の子を見るのです。このシーンが好きなんです。


     どんなに撮影が注意深く行われているとしても、教室で、みんなが、男の子も女の子もいるのに、その女の子は全裸に近い格好にされたのです。私はストーリーではなく、その撮影現場での女の子の恥ずかしさを想像して、オナニーしていました。


     でも、そうしたシーンを目的にレンタルしても、なかなか当たらないものですよね。何か情報があったら教えてください。アダルトビデオでは興奮できなくても、そうしたビデオにある露出シーンなら興奮できたりするんです。

    毎日のようにオナニーしているのに、さすがに疲れました。何しろ、フロントガラスの雪を溶かすだけでたいへんな思いをしました。エンジンをかけ、暖房にして車内で待ちました。凍りついているので、手では落ちなかったのです。
     幸い、走るのは、思っていたほど怖くはありませんでした。


     雪国の人はたいへんなんですね。


     もう、今夜はオナニーさえ、する気分ではありません。


     久しぶりに、麗奈さんからメールが来ました。ブログを復活させようとしたら、パスワードを忘れていたそうです。そういえば、パスワードを忘れたときの対策って、どうなっているのでしょう。私も見たのですが、分かりませんでした。知っている人がいたら教えてください。

    最近、私にとっては、寒さが和らいでいます。あの雪の日でさえ、露出散歩こそ諦めましたが、そんなに寒いとは、思っていませんでした。


     それが、今日、私だけが特別だということが分かる事件がありました。


     昼間、事情があって、健康ランドにいたのです。決して、楽しいレジャーではありません。どうしても、つぶさなければならない時間を、いかに安くつぶせるかを女三人で論じた結論が健康ランドだったのです。パチンコという案もありましたが、お金がアンバランスにかかったら、お金使わされた人が気分が悪いし、デパートはもっとお金を使ってしまう危険性があるし、喫茶店にはつぶさなければならない時間が長すぎるし、カラオケはお酒が飲みたくなる、というあげくの結論でした。


     私は女の子二人と更衣室に入り、すぐに全裸になりました。まず、二人はそれがすごいと感心するのです。女どうしなんだから、別に平気でしょ、と言う私に、二人は、そんなことではなく、この寒さの中、さっさと服を脱げるところがすごいというのです。


     確かに、更衣室は暖かくはありませんでしたし、外の寒さが抜けていませんでした。


     私たちは、身体を洗い、二人は湯船に、私は、露天風呂に向かいました。しばらくして、二人が露天のほうに来て、どうして、いきなり寒い屋外に出られるのか、と、またまた、驚いていました。寒いと言っても、お湯がそこにあるのです。私にとっては、どうということもありません。


     真冬の公園で全裸になることを思えば天国です。


     そんな特殊性って、男の人でも、露出していたら、きっと、あるのでしょうね。

    久しぶりに、ものすごい痴漢に遭遇してしまいました。


     深夜によく行くファミレスは、窓から駐車場が見えます。私は、自分は露出するつもりはなく、ただ、なんとなく、家に帰りたくなくて、コーヒー一杯だけ飲んで行こうと思ってよりました。
     実は、私は、軽い帰宅恐怖症なのです。一人住まいなのに、おかしいですよね。でも、なんとなく家に帰りたくなかったり、家にいたくなかったりするのです。家でも仕事が出来てしまうので、そのせいかもしれません。もしかしたら、それが私を露出痴女にしたのかもしれません。言い訳かな。


     ぼんやりと本も読まずに窓の外を眺めていました。


     すると、中年の男の人が駐車場をうろうろしているのが見えました。ほんの数ヶ月前、別の場所ですが、ファミレスの駐車場で、いたずらでパンクさせられたことがありました。それを警戒し、私はその男の人の行動を見張っていました。


     すると、私のほうを見て、その後、男の人は、ベルトをはずしたのです。驚きました。ファミレスにいるのは、私だけではありません。深夜とはいえ、人は少なくないのです。


     私は、あわてて周囲を見回しました。まだ、私だけしか彼の存在には気がついていないようでした。


     男の人は、パンツを下げ、その部分をむき出しにします。オチンチンは、すでに大きくなっています。それも、本当に大きいのです。両手で持ってもあまるぐらいの大きさなんです。最初は、パンツを太ももにかけていました。でも、大きなオチンチンを片手でゆっくりと、こすりはじめると、パンツは、足首まで落ちてしまったのです。それでも男の人は平然としています。ゆっくりと手を上下させます。あんなに手を大きく動かしたオナニーははじめて見ました。


     私は、また、周囲を見ました。幽霊を見た人は、あんな心境かもしれません。周囲の誰れも彼には気がつかないのです。まるで彼が私にしか見えていないように。


     普通なら、それだけで、射精するはずなんです。ところが、その男の人は、パンツを足首から抜いて、お尻を私のほうに突き上げたのです。窓は高いところにありますから、お尻の汚いところまでは見えませんでした。でも、大胆です。後ろを向いていたら、誰れに見られたかも分からないのですから、危険な状況になっているかもしれないことも分からないはずなんです。そんなことは覚悟の上なのでしょうか。


     そのまま彼は、駐車場をうろうろしました。突然、車が入って来れば隠れるところはありません。私なら、怖くてとてもそんなマネできません。


     しばらくうろうろした男の人は、射精もしないまま、パンツを手に持ち、下半身裸のまま堂々と駐車場から、通りに出て行きました。それでも、周囲の人は誰れも気がついた様子がないのです。もしかしたら、気がついても無視しているだけなのかもしれませんが。実際、私だって、無視していたわけですから。


     それにしても、あそこまで大きいと、やはり見せたくなるのでしょうか。私には彼が露出痴漢というようには見えなかったのです。感覚に過ぎませんが、露出痴漢とは、行動が違うような気がしたのです。どことは言えないのですが、確かに違いました。
     あれは露出痴漢ではなく、オチンチン自慢男だったのかもしれません。それゆえに、男の人にも見られるような場所でも、平気でそうしたことが出来たのかもしれません。大きなオチンチンの男の人がそれを自慢したくなるのかどうかは、私には分かりませんが。

    オチンチンが見たい、オナニーしている姿が見たい、自分のアソコを見て欲しい、オシッコしているところを見せたい、そんな思いは小さな頃からありました。
     ですから、初体験のときにも、私の期待は、どれだけ男の人がアソコを見てくれるのか、どんなに近くでオチンチンを見せられてしまうのか、そんなものでした。
     ところが現実は違いました。男のテンションは高く、なんだか、不自然に私の身体を褒め、そして、髪を撫で、いきなりオッパイを舐めたりします。舐められた感触は、決して気持ちのいいものではありませんでした。パンツを脱がされる瞬間だけはドキドキしたのですが、そこにもすぐに男の舌が触れました。舌が触れるほどの近くでアソコを見られてしまう、と、私の妄想ではそうした行為だったのですが、現実は、さっきキスした口は、こうして女の汚いところを気楽に舐める口だったのね、と、そんなことを思いました。
     そして、悲劇はその後、襲ってきました。男はそれまでオチンチンなど見せもしなかったのに、いつのまにパンツを脱いだのか、いきなり、それを入れて来よとしたのです。痛いとは聞いていたので、覚悟はしていまいたから、思ったほど恐怖はありませんでした。それよりも怖いのは男の口です。
     オチンチンをアソコに密着させたまま、なんと男はキスしてきたのです。唇のまわりは濡れています。私の汚いものが付着しているのです。あわてて顔を横に向けました。男はその髪を撫でました。やはり私の汚いところに触れていた手です。インサートの衝撃なんてありません。おかげで、痛いのは、それは痛かったのですが、みんなが言うほどのことはありませんでした。ただし、初体験の感慨のようなものもありませんでした。
     この心的体験のようなものは、普通の人に話しても理解されません。そのため、普通にセックスのことを聞かれたら、私は好きではない、としか答えようがないのです。そして、初体験の話しも、どうということもなかった、と、そう言うしかないのです。
     男の人を不潔と感じたのではないのです。オチンチンが嫌だったわけでも、オチンチンを汚いとか醜いと思ったわけでもないのです。ゆえに説明が難しいのです。正直、こうして書いていても、別にそんなに嫌なことないのに、と、思えてくるほどのことなんです。
     でも、その後も、私はセックスはよくなりませんでした。愛だとかをまじめに語る男のセンスも好きではありません。ベッドで急に子供にもどろうとする男も嫌いです。ゴツゴツとした手の平の感触も嫌いです。
     でも、オチンチンは好きです。ギラギラした好奇の目が好きです。
    有名なコーヒーのチェーン店です。もう、その系列のお店には、男女共用のトイレはないと思っていました。トイレの扉を開けると、男性用の便器があり、二十代と思われる男の子が便器に向かって立っていました。ドアを開けた瞬間に少し後ろを向いて私を見ました。私は無視して、男性用便器と隣り合うようになっている個室に入りました。薄いベニア板一枚向こうでオチンチンを出してオシッコしている男の子がいると思うと、恥ずかしいような、うれしいような気持ちになりました。私は水を流さずにオシッコをしました。こんなとき、金属のベルトをつけていれば、今、まさにパンツをおろそうとしているところも知ってもらえるのに、そう思いました。パンツをさげ、便器に座る音まで聞いて欲しい、そう思うのです。
     オシッコの音は、思っていたより大きくなってしまいました。寒いからだと思いますが、それにしても恥ずかしい音をたててしまいました。
     トイレットペーパーをとる音、便座から腰を浮かせたときの音、その全てを聞かれているのだと思い、私は興奮していました。でも、オナニーまでするわけにも行かず、個室を出る準備をしました。
     と、普通なら、そこまでで、外の気配があるはずなんです。洗面を使う音、ドアが開く音、そんな音が聞こえていいはずなのです。ところがありません。少し中で待ちましたが、やっぱり音はしません。人のいる気配がないのです。
     私が気がつかない間に出て行ってしまったのでしょう。そう思って、水を流しトイレを出ました。そこには、もう誰れもいないはずでした。それなのに、まだ、男の子がいたのです。便器にむかったままです。
     私は洗面に立ち、手を洗いました。そのとき鏡のはしに男の子が写って見えました。右手が激しく動いています。私は髪を直すふりをしながら、男の子を眺めました。すると、男の子は、身体を斜めにし、オチンチンを便器から離したのです。しかも、そのオチンチンは勃起しています。普通サイズの大きさのものを激しくこすっていました。鏡の中にそれがはっきりと見えるたのです。
     私は、気がつかなかったふりをして、洗面を離れました。すると、彼は身体の向きを少しだけ変えたのです。出て行く私のほうに向かってオチンチンを見せるためです。私は精子をかけられるのではないかと、ドキドキしました。
     怖いので、すぐにトイレを出ました。その後、しばらくして彼は出て来ましたが、私とは目を合わせないまま店を出て行きました。
     久しぶりの痴漢体験でした。
    古くから私のブログを読んでいる人たちは、知っている人が多いのですが、私はセックスは嫌いなのです。どこが感じるというのもありません。とくに、舐められるのは、大嫌いです。


     オナニーは好きです。


     オシッコの描写で、オナニーしてくれた男の人がいたみたいですが、そのコメントを見て、私はオナニーしてしますのです。


     そうした、対面しない性が私は好きなのです。


     そして、私は、普段は、必ず立ったままオナニーします。なぜなら、真下からアソコを覗かれていると妄想したいからなんです。仰向けに寝て、上から見られても同じなのですが、何故だか私は下から見られたほうが興奮するのです。そのあたりはSかもしれません。
     オナニーはクリトリスですが、私は、クリトリスの少し上をゆっくりと円を描くように撫でるのも好きです。ヘアーはそのために薄いのかもしれません。クリトリスには、なかなか触れません。自分で自分をじらすのです。そうすると、アソコはものすごく濡れはじめます。その液を指につけ、それでクリトリスを触ります。
     エッチな液が下から覗く男の人の顔に垂れるところを想像します。そして、絶頂に達するとオシッコが漏れてしまうと、私は言うのです。それでも、アソコを見ていたい男の人は目を逸らすことが出来ないのです。本当にオシッコが出てしまいます。
     男の人はあわてて顔を背け、咳き込んだりします。オシッコを浴びたのですから当たり前です。でも、それって、ものすごい恥ずかしいことなんです。ガマン出来ずに漏らしてしまい、その上、咳き込まれるほど、汚く臭いオシッコだったというわけですから。


     そんなことを妄想しながら、オナニーするのが、セックスよりも、かなり好きなのです。

     車からあきらかに泥酔して歩いていると思われる若い男の子を見かけました。住宅街のあまり人通りのない道です。彼の横を通り過ぎるとき、一瞬、恐怖を感じました。フラッと車のほうに身体が傾いたからです。車の前でころぶのでは、と、思ったのです。

     徐行して、彼の横を過ぎると、大きなコインパーキングがありました。その向かいは昼間でも、あまり人がいないのに、敷地だけはやたらと広い公園です。私は無駄でもいいと思いながら、車をパーキングに入れました。何度も書きましたが、パーキングにとめるだけでも、私は時間がかかります。ミラーだけでバックすることが出来ないからです。

     そんなに時間をかけても、彼は来ません。途中で曲がった可能性もありますが、私は、下半身の下着類を全部とりました。下半身に残されたのは、ニットのミニだけです。ニットですから、腰に巻きつけてしまえば、ベルトのようになってしまいます。



     ジャケットは車に残したまま、外に出ました。あまりの緊張でそれはど寒さは感じませんでした。

     パーキングを出ると、彼の姿がありました。ほとんどまっすぐに歩いていません。周囲に彼以外の人の気配はありません。

     見ると、彼は壁に頭をつけていました。よほど、気分が悪いのでしょう。私はそのすきに、少し彼のほうにむかい、小さな路地を曲がりました。もう一度見ると、まだ、彼は頭を壁につけたままです。ニットのスカートをめくり上げ、下半身を晒して私はしゃがみました。このままお尻を出していれば、彼が見るに違いない、酔った彼に何をされるか分からない、突然、触られてしまうかもしれない、大きな声で「女のくせに、こんなところでションベンするな」と、怒鳴られてしまうかもしれない。そんな妄想をしました。

     少し待つと、彼が横を通って行きました。あまりに酔い過ぎているのでしょう、そこにお尻を出してしゃがむ女がいることには気がつかなったようなのです。私は膝が震えるのをガマンして、ニットのスカートを腰に巻いたまま、通りに出ました。下半身は、完全に裸です。



     見ると、彼は公園の側に渡っています。私は通りの反対側から彼を追い抜き、そのままの格好で、通りを渡りました。つまり彼の目の前を下半身裸で横切ったのです。

     公園に入る瞬間、彼を見ると、彼は驚いたような顔で私の姿を見つめていました。私の心臓は破裂してしまうのではと思うほど高鳴りました。咽喉が急に渇き、張り付いたようになり、痛みさえありました。

     公園の構造はよく知ったところです。中に入れば、大きな樹木があり、そのいく本かの樹木を囲うように丸いベンチがあるのです。私はそのベンチの上に立ち、そして、しゃがみました。木に顔をむけています。ようするに、お尻を外に突き出したような格好なのです。しゃがみながら、少しだけ後ろを向いて見ました。彼の姿が見えます。私は顔を膝につけて隠しながら、彼の様子を見ました。興味があるのでしょうが、まっすぐに私のほうに向かって来ることは出来ないようです。

     そのまま公園の中を通り過ぎてしまうかもしれないと思いました。何しろ、こちらに向かって来る様子ではなかったからです。しかし、何度となく、別の方向にフラフラしながらも、なんとか、私の後ろに来ました。
    「こ、こんな、と、とこれで、おしっこしてだら、あ、危なねいよ」
     若く見えたのですが、近くに来ると、彼が三十代ぐらいかな、と、思えました。
    「でも、ガマンできないから」
     何度やっても、そうしたときの私の言うことは、おかしいです。どうして「見てもいいのよ」とか、気のきいたことが言えないのでしょう。
    「お、お尻、き、綺麗ですよねえ、キンレイだ、すげんく綺麗だ」
     酔ってロレツがまわらないのでしょう。綺麗を繰り返し、彼は地面にしゃがみ込んでしまいました。おそらく覗き込もうとして、失敗したのでしょう。私はそのままオシッコをしました。普通なら緊張で出ないはずなのに、どうやら、相手が泥酔していると思うと、私は強気になれるようなのです。
     かなりお尻を突き出していたのですが、オシッコはベンチを濡らしてしまいました。すると、なんと驚いたことに、彼がそこに手を伸ばしてきたのです。一瞬、私は触られると思い、腰を浮かせていました。しかし、彼の目的は私のアソコではなくオシッコだったのです。
    「熱い」
     そう言いました。頭がしびれ、全身の血がアソコに集結して行くような錯覚がありました。気持ちいいのです。エクスタシーとは、聞いたことしかない言葉ですが、これがそうかもしれない、なんて思いました。



     オシッコが終わると、その余韻に浸ることもせず、私は、スカートを下ろして、公園を出ました。パーキングには反対の道からも入れます。そのまま車に乗ったところで、彼がナンバーを記憶できるとも思えなかったのですが、そこは念のためです。ブラックのホット缶コーヒーを買い、車にもどり、しばらくはエンジンもかけずにいました。その後、エンジンをかけながら、さらに待ちました。心臓はまだドキドキしていたし、アソコに触れると、熱く、そして、ビショビショでした。少し敏感なところに触れただけで、何度もイけました。

     どれぐらいそうしていたのでしょう。清算のために車を出て、ついでに恐々と公園を覗いたのですが、すでに彼の姿はありませんでした。

     酔いから覚めたら彼は私のことを思い出すのでしょうか。。

    オナニーしました。興奮しました。そんなことをコメントされて、つい、自分もオナニーしたくなってしまうのは何故なのでしょう。オチンチンの大きさとか、オナニーの仕方を読んで興奮するなら分かるのですが、私は「オナニーしました」と、言われるだけで興奮してしまうのです。


     もし、私がオリンピック選手なみに足が速かったら、K−1選手なみに強かったら、そのときは、その場でオナニーするでしょうね。でも、そんな逃げ足も力もないから、私は、その場を離れ安全な場所でオナニーするんです。そのほうが、安心して感じることが出来るからです。
     その点、オシッコはいいんです。全部出してしまえば終わりでしょう。オナニーは、終わりが予想できない分、ちょっと怖いけど、オシッコなら、出したら終わりで、後は逃げるだけ。そこは色気ないんですね。でも、それだから安心して、オシッコは出来るみたいなところがあるんです。


     露出の余韻には家に帰ってゆっくり、お風呂といっしょにつかります。

    雨が止み夕方から深夜にかけて、昼間よりも、むしろ暖かくなってきたように思いました。ところが昼間が寒かったからなのでしょう、街はいつもより人が少ないようでした。

     私はハンバーガー屋さんに入りました。まだ深夜というには早く、いつもなら、まだまだ、賑わっている時間のはずでした。ところが、お店には、コーヒーカップを両手で持って飲む、ちょっと小太りで子供っぽい男の人と、仕事をしているらしい男性が一人、同じく仕事なのでしょうか、電卓のようなものを叩く女性が一人いるだけでした。

     私も書類を広げました。そんなに忙しいわけでもなかったのですが、そうしたお店で仕事をするのが好きなんです。

     少しの間、書類に真剣に目を通していました。そして、一息ついてコーヒーを口にしたときなんです。私はおかしなことに気がつきました。

     小太りの男の人が私の正面にいたのです。小さなお店でもないので、正面といっても、いくらか距離があります。決して不自然ではありません、もし彼が私よりも後からお店に入ったのなら。でも、彼は私がお店に来たときにはすでに中にいて、別の席に座っていたのです。

     テーブルの上には新しいコーヒーとポテトがのっていました。新たに買ったのでしょう。少し気にしていると、彼はチラチラと私のスカートの中を見ているようなのです。ときどき、テーブルの下も覗いているようなのです。

     スカートはそれほどミニというわけでもなかったのですが、タイトなものだったので、座ったときに、かなり膝上になってしまっていたようなのです。

     パンストはつけていません。覗けば股間の三角が見えてしまうでしょう。薄いオレンジのパンツです。それが彼の目にはどんな色に写っているのでしょう。

     私は何度か試したことのあることをやってみようと思いました。それはポケットに手を入れながらパンツの股間をずらしてしまうというものでした。慣れない頃は、これが意外に難しかったのですが、慣れてしまえば、そんなに時間をかけることなく、パンツをずらすことが出来るのです。

     バックの中を探し、隣の椅子においたジャケットのポケットの中を探し、そして、最後にスカートのポケットに手を入れました。何かを探すふりをしながらポケットの裏地越しにパンツを掴みました。そして、それをずらすのです。アソコが露出するのが分かりました。当然ですが偶然にそんな状態になれば気がつきます。でも、気がつくということに、男の人が気がつかなければそれでいいのです。

     もう一度、バックの中を探し、ティッシュと鏡を取り出しました。口元が気になっているふりをしながら、足を広げます。アソコは見えているはずです。ラビアがひきつれて痛くなりましたが、そのままにしました。そのまま書類を読むふりです。ラビアが押し付けられているので、残念ながらノーパンのときのように、アソコの中まで見せることは出来ません。でも、私の熟しきってしまったラビアは、はっきりと見えているはずです。

     男の人は、テーブルに顔をつけました。寝ているふりをしようとしているようです。でも、顔をテーブルの下に入れるので、その強引な行為は、私のスカートの中を必死に覗いているというのが、みえみえです。

     ラビアを広げて、その奥も見せたい、そんな欲求を必死に抑えると、私は興奮で全身が硬直してしまうのではないかと思いました。妄想のお姉さまが、私にそのままスカートも脱いで、下半身裸になってトイレまで行きなさい、と、命じます。もちろん、そんなことは出来ません。頭がボーとして、そのままでは自分を抑えることが出来そうにないと思い、席を立ちました。パンツはそれでもラビアを押さえています。そのとき、アソコがぬるっとするのが分かりました。そんなことは、相当に濡れていなければ分からないものです。お店の外に出た瞬間には、軽いめまいもしました。

     しばらく歩いて、ふと、我に返り、後ろをつけられていないかを確認してしまいました。それまでは、まったく無防備だったわけです。今度は、怖くなって、めまいがしました。

    以前から私は少し親しくなった女の子には、オチンチンには興味があるか、女のアソコには興味があるかと尋ねるようにしていました。


     普通の女の子はどちらにも興味がなく、たまにオチンチンには興味津々という女の子がいます。でも、女の子で、女のアソコに興味があるという話しは、一度も聞きません。みんな興味がないみたいなんです。でも、私は興味あります。そこを見て性的興奮するか、と、いわれると、自信はないのですが、興奮するような気もするのです。
     
     ただし、私の見方は、あんなにたくさんヘアーがあったら恥ずかしいだろうな、とか、ラビアが大きくて黒いから見られたくないかな、とか、逆に子供のようで恥ずかしいのでは、と、そんな見方をしているのです。


     お風呂の中でも、ついアソコを見てしまいます。自分よりラビアが小さいとか、ヘアーが少ないとか、お尻に肉がなさ過ぎてお尻の穴が見えてしまっていて恥ずかしそうとか、そんな観察をしてしまうのです。知り合いの女の子なら、なおさらです。ところが、そんなところを見ているのは、実は私ぐらいで、普通は、せいぜいがオッパイの大きさ、腰のくびれ、お尻の大きさぐらいまでしか見ないそうです。ヘアーは、たまに気にして見ている女の子もいました。


     ただ、それは私との会話ですからね。本音は分かりませんよね。さとりさん なんか、どうなのでしょう。複数プレイをしているとのことで、他の女の子のアソコも見たりしちゃうわけですよね。やっぱり気になったりするのかな。

    オシッコや精液を顔にかけられる、そんな妄想はきっと、あるのだと思います。自分のオシッコを自分の顔にかけたこともあるぐらいですから。
     そのときのことは、一度、書いたので、書きませんが、きっと、そのときには、男の人にかけられることを妄想してたのでしょうね。おかしなもので、そうしたことをしたくて仕方ない時と、普通にオナニーしたい時とあるんですよね。
     でも、実際に男の人にかけられるというのは、いろいろな意味で怖いかもしれませんね。


     さとしさんが、スワッピングパーティに見学で参加出来ると書いていましたが、それなら、参加したいけど、やっぱり怖いですね。少し前に麗奈さんも、そうしたパーティに誘ってくれて、私といっしょなら男には手を出させないから、と、言ってもらったのですが、麗奈さんが、あまり、そうしたパーティに参加しなくなってしまったみたいで、そのままになっているんですよねえ。
     他人のセックスには、興味津々なんですけど。

    中学生の時、私も同級生の男の子に露出した経験があります。私も、と、書いたのは、今日、鹿鳴館 に私と似た性癖の記憶を持つ人を見つけたからです。
     けんぼうさんです。
     同級生のお母さんに露出、それって、すごいですよね。ものすごく眠かったのに、いっきに読んでしまいました。ところで、けんぼうさんって、誰れなのでしょう。たぶんスタッフと思うのですが、スタッフに露出マニアの人がいるとは、私は聞いてませんが。

    あまりに寒いのでお風呂屋さんに行きました。久しぶりのお風呂屋さんです。彼がいることは期待していませんでした。こんな寒い日は彼がいたとしても、どうせ混んでるに違いないと思ったからです。ところが銭湯はガラガラでした。

     番台には彼がいました。

    「混んでると思って来たんですよ」と、私は服を脱ぎながら番台の彼に話しかけました。もう、何度となく私の裸を見ているからでしょうか、彼は遠慮することもなく私のほうを見て「こんな寒い日は、ガラガラなんですよ。帰りに冷えちゃうでしょう。だから今日は男湯もお客さんなしですよ」と、言いました。

     私は「寒いからこそ、家の小さなお風呂より暖まるのに」と、何事も気にしていないふうを装って返しました。でも、内心はドキドキです。飲み屋さんで会う私は、それなりにおしゃれを気にしていますが、お風呂屋さんに来るときは、ジャージにダウンを羽織ったような格好です。彼は飲み屋さんでは私の裸を想像し、ここでは服を着た私の姿を思い出しているのでしょうか。

     ジャージ姿ですが、でも、下着はおしゃれしています。こまかな刺繍が自慢のインポートもので、正面から見ればヘアーが透けて見えます。おかしいですよね。全裸を見せているのに、下着姿を見られると思うと、恥ずかしいのです。下着に凝っているのは私の淫乱の証のようで気になります。

     私は話を途切れさせないようにしました。彼に見られながら下着をとりたいと思っていたからです。

     正面を向いたままブラをとりました。軽く手で胸を隠しながら私は「こちらにとっては最高の贅沢ね」と、言いました。彼は「もう、貸しきりだと思って泳いでもいいですよ」と、笑いました。

     私は内心では、喉がカラカラで言葉に詰まりそうなのに無理して話していたのです。そして、さり気なく後ろを向いてパンツを降ろしました。お尻を彼に突き出しています。チラッと見たのですが、パンツの恥ずかしいその部分が汚れていました。番台からそんなとこまで見えるとも思えないのですが、恥ずかしくなりました。こんなことなら、家で替えてくればよかったと後悔しました。

     パンツを脱いですぐに振り返りました。近所に出来たジムのプールの話をしていたので、当然、彼はこちらを見たままでした。私は全裸のまま胸だけを少し隠してしばらく話していました。上からでもヘアーは見えるはずです。正面からならラビアも見えるはずですが、上からだとどうなのでしょうか。

     浴場にはいり、まずはシャワーを使いアソコに触れると、完全に濡れていました。帰りにも、と、思ったのですが、終わり間際になって、女湯男湯ともに、バタバタと人が入って来て、私が出る頃には番台もおばさんに代わっていて、彼の姿は見かけませんでした。

     雪になったのは、そのずっと後のことでした。

     私が混浴にこっていたのは、もう随分前になります。


     今のように、日常的にする露出を覚えてしまうと、もはや、私は混浴で露出しても、もの足りなく思うのでしょうね。
     でも、その頃は、好きでした。ただ、その時の興奮を、今、思い出して書くのは、ものすごく難しいんです。なぜなら、私はもっと大胆で興奮出来る露出を知ってしまっているからです。もし、それでもいいなら、かなり、空想が混ざることになるとは、思いますが、書いてみます。


     銭湯のおじさん、いえ、お兄さんとは、また、飲み屋で会いたいのです。出来れば、彼女とも仲良くなって三人で話したいです。いえ、出来れば彼女と二人きりになって「そういえば、私、全裸を見られているんですよね、なんだか、急に恥ずかしくなっちゃった」なんて、言ってみたいです。実際に話す機会があっても、とてもそんなことは言えないでしょうけどね。


     彼が私のことを話しているのかだけでも確かめたいんです。無理ですよね、きっと。

    私の妄想だけの露出なら、ひとつ、いえ、ひとつどころではなく、たくさんありますが、ひとつだけ書かせてもらうなら、こんなものがあります。

     仕事がら、私はクライアントの会社の社員旅行などに、便乗することがあるのです。それは仕事ではなく、まさに便乗です。でも、会社も社員の人たちも、私が他人の会社の社員良好にちゃっかり便乗して旅行していることを、けっこう喜んでいるのです。こちらも、次の仕事のことも考えて、そうしたものには参加するようにしているのです。
     行けば、お風呂は女の子たちといっしょに入ることになります。ここまでは、普通のことです。

     でも、私は悪戯されてしまうのです。みんな酔っているので、悪戯も度こしています。されたのは、男湯と女湯ののれんをかけかえられるというものです。しかも、脱衣場まではみんなもいっしょに入ります。たいてい私は最初に脱ぎ終わります。着替えは昔から早いんです。
     私は「先に入ってるね」と、浴室に向かいます。タオルなんかで隠しません。
     ガラガラっと、浴室のドアを開けると、何かがおかしいのです。湯舟にいるのは女性でなく、男の人たちです。しかも、つい今まで、いっしょに宴会をしていたクライアントの会社の人たちです。
    「深夜姫さん、ここ、男湯だよ」
     と、言われます。あわててオッパイとアソコを隠しますが、もう遅いのです。全部見られました。
    「あいつらに悪戯されたんでしょう」と、部長さんが腰に巻いていたタオルを貸してくれるのですが、そのためにオチンチンが丸見えになっていまうんです。
     脱衣場には誰れもいません。私の浴衣もありません。
    「だいじょうぶですか」
     浴衣がないのに驚いた私が声を上げてしまったので、他の社員の人たちも浴場から出て来てしまいました。もちろん、私を心配しているふりして、私の裸を見るためです。
     たくさんのオチンチン、それも全員知り合いのオチンチンを見せられることになります。
     そして、私は、その後も、その会社とは仕事をしなければならないのです。全裸を見られた人たち、オチンチンの大きさを知ってしまった人たちと普通の顔で仕事をするのです。恥ずかしいけど、仕方ないんです。


     そんな妄想です。


     そして、そんな妄想は絶対にあり得ませんが、社員旅行に便乗したときに、その悪戯を自分でして、男湯に入ってしまうということなら出来るかな、と、密かに思っています。男の人も、のれんが入れ替わっていれば、誰れかの悪戯だと思ってくれるはずです。
     裸を見られた人と、仕事場で会わなければならない、それが私がどうしてもしたいけど、たぶん、実現不可能な露出かな。

    私の文体に似てしまう…… と、読みながら、顔がほころんでしまうようなことを書いてくれた人がいたので、このさい、調子に乗らせてもらいます。


     このブログを書き始めた頃、私はどう書いていいか分からずに悩んでいました。私にしか分からないような文章になっていたからです。
     それをある人に相談したら「文章なんてパクリだよ、ものまね、バンドだって、最初はコピーからはじめるでしょう」と、言われました。そこで、私は「あなたの文章をパクルにはどうしたらいいんですか」と、尋ねてみました。

    「かんたんだよ。風景描写、心理描写、行為があって、心理描写で落とす。これが私の文体の基本です」

     文章が、そこまで数学的に組み立てられているということを、はじめて知りました。そして、意外なほど文章は機械的なのだということも知りました。なんとなく安心して、上手ではありませんが、書きやすくなりました。書けるようになったと言うべきかもしれませんね。


     ですから、私の文体も風景描写をして、自分の心理を少し書いて、やったことを書いて、最後にまた、自分が感じたことを書いて終わりにしています。


     まねしてもらえたら、嬉しいです。

    昨夜、はじめて他人のセックスを見ました。思えばアダルトビデオもあまりじっくりと見たことのない私にははじめての体験でした。 その方たちの問題もありますから、いきさつについては何も書けません。


    ただ、ホテルの一室で話をしていたのに、女の人はいきなり、男の人に服を脱ぐように命じられたのです。もちろん抵抗していました。女の人は私の他に三人いたし、男の人も三人いました。そんな中では露出痴女と自称する私でも裸にはなれません。 


     ところが、その女の人は強く命じられると、下着になり、そして、パンツもとったのです。 細い身体が印象的でした。お尻の穴が綺麗でした。小さいけど、均整のとれたお尻でした。あまりに緊張していたからでしょうか。アソコは見ることができませんでした。いえ、きっと私は見たはずなのです。でも、記憶にないのです。 その女の人は命じられて、男の人のモノをくわえ、そして、セックスしていました。高い声がホテルに響きました。


     私は本当はものすごくそれを見たいのに、目を背けてしまいました。直視してはいけないように思えたからです。 ほんの少し身体を移動すれば、オチンチンが女性のアソコに出入りするようすを見ることが出来る、と、そう考えただけで私はドキドキしていました。


     でも、そんなことには興味のないふりです。このブログの私はみんな作り物で、本当の私は性的欲求なんてない清楚な乙女なのだ、と、いわんばかりの顔で、別の男の人と話しをしていました。車でしたから、暖かいコーヒーをいれてくれたのですが、セックスがはじまってしまってからは、手をつけられませんでいた。カップを口まで運ぶ自信がなかったからです。 指が震えカップを途中で落としてしまう、そう思いました。それほど緊張していたのです。 


     しばらくすると、絶頂の声も聞かないまま、全裸に近い女の人が私の隣のソファに座りました。パンツはつけていません。薄いヘアーが見えます。オッパイの大きな別な女性も隣のベッドで何かしているようです。私は混乱して、何を話したのか正直、よく覚えていません。あの人たちは何なのでしょう。何だったのでしょう。ものすごく不思議で、でも、ものすごく興味深い人たちでした。

    最近はブロック塀というのを見なくなりました。昔はどこにでもあったように思います。耐震性の問題なのでしょうか。

     その珍しいブロック塀を見かけました。少し欠けています。ちょうど、私のお尻が出るぐらいの穴でした。ここからお尻だけ出していたらどうだろう、と、思いました。もちろん、その塀は低いものでしたから、成人の裸のお尻なんか出ていたら、すぐに上を乗り越えて、そんなことをしている女が、どんな女なのか顔を見ようとすることでしょうね。

     でも、その塀がものすごく高くて、その上、その穴以外には他に穴もなかったらどうでしょう。


     出したお尻を触られるのでしょうか。お尻の亀裂を割られてアソコとお尻の穴をじっくりと観察されてしまうのでしょうか。
     じっくり観察されたあとには、指を入れられてしまうのでしょうか。そして、指を入れられると、もう十分に濡れていることが分かってしまうはずです。そんなことをされたら、当然、私のアソコはグショグショになってしまうのでしょうから。

     そうなれば、きっと、オチンチンを挿入されてしまうのでしょう。

     不思議ですね。セックスは好きではないのに、そうしたセックスの想像をするときには感じてしまうのです。行為は同じなのに、本当に不思議です。

    一流ホテルとまでは言えないと思いますが、ビジネスホテルではありませんでした。大きな窓が曇り空にもかかわらず殺風景な部屋を明るくしていました。通りに面してはいるものの、通りから私の姿が見えるようには思いませんでした。それでも、こちらからは、信号待ちする人たちが見え、それだけでも、私は興奮させられました。

     そして、通りの向こうにもホテルがありました。どの窓もブラインドはおりていました。もし、そこに人がいたとしても、昼間では、こちらはシルエットになってしまうだけでしょう。私は夜に期待しました。夜なら、部屋の明かりをつければ、裸の女がいることは分かるはずだからです。裸なのは分かるのに、顔までは分からない、まさに、私が期待するところのものでした。

     ところが、一日目はかなり遅い時間まで、引き回されてしまい、ホテルにもどったのは、もう十二時を回ろうとしていたのです。私はあわてて、マッサージに電話をしました。確か十二時半までが受け付けだと記憶していたからです。本当はお風呂に入って、窓辺の露出を十分に堪能して、それから、マッサージさんを呼びたかったのですが、仕方ありません。

    「特別スケベな男の人でお願いします」と、心の中で言いました。受け付けの人は「少し時間がかかります」と、言ったので、私は、さっそくお風呂をためました。そして、ほんの少しつかったところで部屋のベルが鳴りました。まだ、ほんの少しつかっただけです。あわてて身体を拭き、タオルを巻いてドアを開けました。悪いのは向こうだと思うと勇気が出ます。

    「遅くなるって聞いてたので」と、私は全裸であることを言い訳しました。すると五十歳ぐらいのおじさんは「ええ、予定が変わって早いほうがいいかと思って、でも、出直しましょうか」と、すこし慌てた様子で言いました。私は「眠いし、明日早いからいいです。確かに早いほうが、よかったから」と、言い、ドアをそのままベッドに向かいました。

     おじさんはドアを閉めて入って来ました。私は「あっ、でも、パジャマ着ちゃうと濡れちゃうか、私はこのままでもいいけど、おじさん嫌だものねえ」と、言いました。独り言のように、たんたんと言いました。
    「おじさんは平気ですよ。もう、若い女の子にムラムラしちゃう年齢でもないし、お客さんが良ければバスタオルだけ、敷いてもらって、腰に……」

     多分、腰に何かを当てさせるか、パンツだけでもはかせようとしたのだと思うのですが、私はベッドにバスタオルを敷き、全裸のままうつ伏せに寝てしまいました。内心はドキドキでした。でも、そんなことはいつものことのように冷静を装っていました。実は必死でした。

     おじさんは自分のタオルを私のお尻にかけ、別のタオルを私の肩にかけ、マッサージをはじめました。
    「お嬢さん、ものすごい凝ってるねえ、これじゃあ頭痛とかもあるでしょう」と、私が全裸であることを無視して話してきました。

     別に特別、この話しが面白いというわけでもないのですが、もう少しこの話しの続きを書かせてください。
     長くなりそうなので、続きは、明日にします。

    当然ですが、おじさんは、私のアソコが見えないように気を使ってくれています。そして、マッサージは、なかなか腰のほうに行きません。実際、肩も凝っていたのでしょう。最近、視力の低下にともない、かなり、肩凝りが激しくなっていました。

     それでも、三十分ほどで、さすがに「どうしましょう。腰のほうも」と、ためらいがちに言いました。この戸惑う男の姿が私は好きなのです。おじさんは腰にタオルをのせました。まだお尻は見えません。でも、横向きになった時に、オッパイやヘアーは見えていたはずです。その都度タオルを移動してくれはしましたが、見えないはずがないのです。

     腰を揉みはじめると、すぐにタオルは、ずれてしまいます。私はそんなことに気づいてないと言わんばかりに、ウトウトしているふりをしました。酔いもあって本当に眠かったのですが、ウトウト出来る余裕なんてありません。

     おじさんは腰からタオルがのせられたお尻に手を移動させました。お尻を揉んでいるのです。脚の付け根ではありません。明らかにお尻の頬の上なのです。そして、少し足を開くと、今度は、足の裏を揉みました。そして「仰向けになってもらって」と、言いました。やはり、言いにくそうでした。私はタオルも気にせずに寝返りました。ヘアーだけでなく、アソコだって丸見えです。もう、犯されたってもんくは言えないでしょうね。これでは誘惑しているようなものなのですから。

    「お客さん、机仕事だと思ったんですけど、足もかなり使うんですねえ、これは、座りっぱなしで凝ったものじゃなく、歩き過ぎた時の凝りですものねえ」

     それでも、おじさんは普通のマッサージをしている時と同じことを言っているようです。実際、私が一日に歩く距離や立ちっぱなしでいる時間は相当長いものなのです。その反面、PCの前に座れば、そこから先も長いのです。おかげで私はすっかり凝り症になってしまいました。

     おじさんは、私の膝を曲げました。アソコが広げられた格好です。さすがに、少し恥ずかしくなり「やだ、濡れてないですよね」と、言ってしまいました。おじさんは「いや、そこは見ないようにね、いちおうね、エチケットでね」と、あまり会話にならないことを言いました。実際には、もっと、いろいろ言っていたと思います。おじさんもかなり動揺していたようです。

    「女って、エッチと関係なく濡れたりするから、恥ずかしくて」

    「いやいや、マッサージで濡れる人は多いんですよ。だから、マッサージして、それから、旦那さんといたすっていう人もいるんですよ。男の人でもねえ、マッサージして、元気になって、それから、遊びに行ったりね。中には、そうした遊びの女の人呼んでおいて、その横でマッサージさせたりする人もいますよ」

     確かに、マッサージでリラックスした後は性欲も増すものかもしれません。もっとも私は、そうして見せていることで興奮していたのですが、それはおじさんには想像もつかないのでしょう。

     おじさんが帰ってから、もう一度、今度はゆっくりお風呂に入りました。

     この出張の話しは、まだまだ続きます。いつもとペースが違って、ブログらしくはないけど、辛抱して、つきあって下さい。

    おじさんが帰った後、お風呂の中で私は動揺しました。あまりにもアソコが濡れていたからです。
     湯舟につかっていても、指はアソコに触れてしまいます。そして、少しでも敏感な部分に触れると、それがどんなにわずかであっても、全身がしびれました。
     私は熱めのお風呂をそのままに、軽く身体を拭いて、窓のところに行きました。厚いカーテンを開けると、階下に夜の交差点が見えました。信号待ちする男の人の姿があります。そこからでは、私の姿は、かすかに人の形をしているだけで、男か女か、いえ、人間か人形かも見分けがつかないことでしょう。でも、向かいのホテルの部屋は違います。そこからなら全裸の私が見えるはずでした。
     見ると、ほとんどの部屋の電気はすでに消えているか、ブラインドがおろされていました。とくに、私の階の向かいは全滅でした。
     それでもいいのです。窓のところで全裸を外に晒してオナニー出来れば私は満足でした。
     それをしようとした、まさにその時、私の目に信じられない光景が写りました。全裸の女性です。数階下になるので、はっきりとは見えません。全裸のまま窓辺に置かれた一人用のソファーに座ったのです。
     長い髪、大きなオッパイ、大きなお尻、少し太めの女性でした。顔までは分かりませんが若そうなのです。すると、やはり全裸の初老の男の人が彼女に缶のようなものを渡しました。わずかですがオチンチンも見えています。
     すごいところを見ていると思いました。これが噂に聞いた露出カップルかもしれないと興奮しました。全裸の女がここで興奮しながら見ていることを伝えたい、と、思ったのですが、向こうは窓の外を気にしている様子がないのです。
     しばらく、そのまま缶ビールだと思うのですが全裸で彼女は飲んでいました。私は少し寒くなったので、一度、湯につかりました。
     出て来て再びその部屋を見た時、私は目を疑いました。全裸の女性が座っていた椅子に若い男の子が座っているのです。やはり全裸です。しかも、そんな遠くからでもオチンチンが大きいことが分かるぐらい、本当に大きいのです。
     それから私は目が離せなくなり、あわててベッドから、毛布をひきはがして、それを羽織りました。暖房は効いているのですが、窓のそばは寒いのです。
     先ほどの初老の人が、現れました。椅子に座る男の子と何やら話をしているようです。男の子が立ちあがると、その人は大きなオチンチンの頭を軽くたたきました。バトンタッチなの、と、私は思いました。ベッドは見えないので、何をしているのかは分からないのです。男の子と入れ替わり、初老の男の人が椅子に座りました。やはりアソコを隠そうという気はないようです。
     どれぐらい見ていたでしょうか、今度は女性が現れました。そして、椅子に座っていた男の人のを舐めているようなのです。その後、今度は女性が椅子に座り、初老の男の人は自分のお尻を女性の顔に押しつけていました。
     そして、消えました。
     女性は、大きく手を叩きます。大笑いしているような様子です。一度、消え、また、椅子に座り、同じように、手を叩いています。
     その後、女性はまた消えました。しばらく待ったのですが、現れません。次の日のたいせつな仕事のこともあり、私はそこで寝てしまいました。
     あの部屋で何があったのかは、結局、分からないままです。
    裏窓ではなく、フランス映画に『裏窓の女』と、いう映画があるのです。


     覗きの被害に遭遇した女の話しなのですが、アブノーマル映画としては、まったく、ひとつも面白くないのですが、文学作品としては、本当に素敵な映画なのです。最初にさりげなくはられた複線が、後になって、すべて繋がって来る、その見事なストーリー展開、その展開に魅了されます。
     映画って、小説って、こうだったよねえ、と、しみじみ語りたくなってしまうほど、本当に素敵な映画なんです。この映画だけは、一度観ておく価値があります。しかも、レンタルビデオだと思って、バカにして観ていたらだめです。もう、最初の一秒から重要なんですから、これほど無駄のない映画はありません。アカデミーとか、いろいろありますが、私は、この映画が一番好きなんです。
     最初の一秒を無駄にした人は最後の感動が少なくなります。そんな映画って、あるでしょうか。


     ストーリーは、見るかもしれない人のために何も書きません。いっさいのストーリーを知らないほうが、この映画は楽しめるのです。パッケージも読むべきではないかもしれません。
     これを書いていたら、私もまた見たくなりました。
     問題は、今でもレンタルビデオ屋さんにあるのかということだけです。

    あれは、中学生の頃のことだったと思います。
     私たちは男の子の家に文化祭のことで集まることになっていました。私の他に男女四人が集まる予定でした。でも、私は最初に、その男の子に家についたのです。両親が共稼ぎで、その男の子以外には、誰れも家族はいませんでした。
     私が着いて間もなくして、別の友だちから電話が入りました。男の子はしばらく、電話で道を説明していたようです。でも、結局、電話での説明では分からなかったらしく、男の子が迎えに行くことになりました。私は迎えに行く場所のことを知っていました。でも、私も地理がよく分からないふりをしていました。
     そして、男の子が家を出た後、ドキドキしながら全裸になったのです。来る子はその子だけではありません。もし別の子がきたら、どうすればいいのでしょう。そう思いながらも、私は全裸になってしまいました。
     私がしたかったのは、全裸でオシッコです。私がいた男の子の部屋は二階で、トイレは一階でした。私は全裸のまま階段を降り、怖いので、トイレのドアは開けたままオシッコをしなければなりませんでした。
     その間に別の子が来るか、男の子が何かの都合でもどって来てしまえば、もう、私は全裸を見られるだけでなく、何をしようとしていたのかさえ、言えない状況になるのでした。でも、普通にその場所まで迎えに行けば、オシッコをして部屋にもどっても十分な時間はあるはずだったのです。
     トイレには、ほんの一瞬しが座れませんでした。怖くなってしまったのです。あわてて部屋にもどり、服を着ました。服を着てから、もう一度、トイレに行き、今度はオシッコをしました。そして部屋にもどったのですが、それでも、まだ、男の子は帰って来ませんでした。
     それでも、当時の私は十分に興奮していました。
     友だちが集まった後も、今、そこに私は全裸で立っていたのよ、と、そんなことを思いました。かなり興奮していたはずです。
     その頃から、私は変だったのです。

    教室で全裸になってみるということ。
     それは私もやりました。
     ものすごく意外なことに、まったく露出なんかに興味のない、私の知り合いの普通の女の子も、放課後、こっそり教室で全裸になってみたことがあると言っていました。そうしたことをした人、実はけっこういるのではないでしょうか。

    私の中には、見られたいという欲望の他に、誰れかに、理解されたいとか、暖かく向かえ入れられたいという欲望があるのだと思います。


     教室で、こっそりと全裸になるのは、見られたいからではなく、そんな、エッチで変態で、どうしようもない自分を見つけて、慰められたい、と、そう思っていたからだったような気がするのです。この感覚は、うまく説明できません。こうしてブログを書いていると、多くの人が私をマゾだと言います。
     確かに、教室で全裸になっているのを見つけられ、そのことで脅され、もっと、恥ずかしい姿をさせられてしまうとか、恥ずかしい行為、オシッコとかオナニーを強制されてしまうという妄想もないわけではありません。


     でも、その反面で「そんなことしなければならないなんて、なんて可哀想な子なんだ」と、優しくされることも妄想していたと思うのです。どうして、教室で全裸の私に同情する人がいると思うのかは、謎です。


     何か書けると思ったのですが、難しいですね。やっぱり分かりません。ただ、今日、二人の女の子にこの話をしたところ、経験こそありませんでしたが、二人とも、放課後の教室で全裸になってみようかと考えたことはあったと、言っていました。やっぱり、そこには、男女を超えエッチを超えた何かがありますよね。

    子供の頃、私は家に一人でいると、必ずといっていいほど、全裸になったような気がします。今は一人暮らしですから、全裸で部屋にいることには、何のためらいも、また、快感もありません。でも、子供の頃には、それがあったのです。
     とくに好んでしたのは、全裸のままドアも全開にしてトイレをすることでした。それならお風呂でオシッコしたりすればいいようなものです。もちろん、お風呂でもすることはあります。でも、お風呂でオシッコするのはドキドキするのですが、お風呂に全裸でいるのは当たり前ですよね。それがトイレだと違うのです。
     私はたいてい、誰れかに命令されて、あるいは、何かの罰として全裸になり、そして、トイレのドアを閉める自由も奪われてオシッコをすることになります。そのとき「この娘は躾が悪いので、便器を汚すかもしれない」とか「オシッコがどっちに飛ぶか分かったものではない」などと言われます。
     全裸のままテレビに向かって足をひろげたりもしました。そして「こんな子供なのに、あんなことをしているなんて、恥ずかしくないのかしら」と、テレビの向こうで思っていると考えるのです。
     なんだか思い返すと、かなり危ないですよね。
     階段の途中に鏡を置いて、階段を全裸で昇り降りするということもよくしていました。普段はパジャマで家の中にいることも禁じられていたので、反発心のようなものもあったのでしょうが、それだけではないような行為です。
     同じことが、一人暮らしの今は、全裸のまま外にオシッコをしに行く、あるいは、全裸のまま自販機までジュースを買いに行く行為になっているのかもしれませんね。違うかな
    射精を見るのは大好きで、最近でも、痴漢さんの射精を見たことがあります。
     でも、その話しではなく、印象的だった射精の話しを書きたかったのですが、麗奈さんとサトリさんとのメール交換が長くなり、ちょっと、書けそうにありません。明日にでも書きます。他に書きたいことが出来てしまったら、書きません。
     サトリさんは、都内にサロンを作る計画をもっているそうです。
     その話しで盛り上がったのです。そこでは、男の人はオナニーしてもいいそうです。そこで、私が裸になることはありませんよ。期待しないでくださいね。でも、オナニーを見せてもらうことは出来るかもしれません。まあ、これも、話しだけの夢に終わるかもしれませんけど。私の演出の露出ビデオの話しも、モデルさんが決まらず、そのままになってしまったようですしね。

     このブログをはじめるもっと前の話しです。まだ、露出痴女になる前です。露出願望はありましたが、実は、実際に外で露出するようになったのは、最近のことなのです。
     その人は、私が昼下がりの公園でぼんやりと過ごしているところにやって来ました。人のあまり来ない公園でしたが、何しろ昼間なので、私は安心していました。それに、その人は、スーツ姿にもかかわらず女の子のように見えたのです。
    「すいません」
     それでも、ベンチの前に他人が立つというのは、威圧感があります。私は一瞬、戸惑い、そして立ち上がろうとしました。でも、その人は、私の前で、しゃがんだのです。そして「聞いてもいいですか」と、言うのです。立とうとしたところで相手にしゃがまれたからでしょうか、私は立てなくなりました。
    「誤解しないでくださいね。あの、僕のチンチンって小さいんですよ、よければ見てもらえないでしょうか」
     その言葉で、私はようやく立ち上がりました。あわてて周囲を見たのですが、助けを求められるような人はいません。犬に襲われたときの注意ではありませんが、急に後ろを見せて逃げてはいけないように思いました。ゆっくりと逃げようと思ったのです。でも、彼は「本当に見てくれるだけで、絶対に何もしません。だって、こんなところで何も出来ないでしょう」と、言います。見ると、すでにオチンチンが出ているんです。しゃがんだのは、それを周囲の人に見られないためだったのかもしれません。アソコから、たらんっと垂れているモノは、醜いモノなのに少しだけ可愛いと思ってしまいました。
    「小さいでしょ」と、彼はそれを指して言います。本当は小さくありません。いえ、むしろ大きいと思いました。多分、五センチぐらいだったと思います。当時の私には、平常時でその大きさは小さいほうではありませんでした。
    「あっちに行ってください、見たくありません」と、私は言いながら、ベンチに座りなおしました。それほど危険はないと思ったからです。本当は「もっと、じっくり見せて」と、言いたかったのですが、そんなことを言えば、相手はそんな女なら何をしても平気だろうと調子にのるかもしれないので、私はいかにも迷惑という顔をしたのです。心とは裏腹に私は午後の陽射しを楽しんでいるのだから、あなたがどこかに行ってよ、という態度です。
     その人は、しゃがんだまま手を後ろから回してオナニーしました。オナニーは見たことがないわけではありませんでした。でも、そんな姿でオナニーするところは見たことがありませんでした。
    「小さいって、言って」と、その人に言われて、私は一瞬、自分が、それを見つめてしまっていたことを知りました。オチンチンは勃起してましたが、太さも大きさも変化しません。平常時五センチ、勃起しても五センチ。それは私には衝撃でした。出来れば私もそこにしゃがみこんで、もっと、じっくり見たいほどでした。
     その人は「いきます」と、言うと、少し身体を斜めにしてくれました。私の足に精液がかからにように気を遣ってくれたのだと思いました。そんなことをされているというのに、その気遣いが嬉しいように思えたのですから、私も普通ではありません。しゃがんだ姿勢のまま、その人は射精しました。かなり飛びました。確かに、正面でされていたら、私の靴にかかったかもしれません。それほど飛んだのです。
     私は冷たく「もういいでしょ、あっち行ってください」と、言ってしまいました。その人は、立ち上がると、そのまま行ってしまいました。立ち上がると、自動でオチンチンは仕舞われるのです。どうやっていたのかは今も分からないままです。逃げるようにして去って行くその人を見て、私は、ああ、彼も怖かったんだなあ、いっぱいいっぱいだったんだあ、と、変なことを思いました。その奇妙な感覚と、あの勃起しても同じ大きさのオチンチンと、オナニーは、かなり印象に残っています。別に、何がどうということもないんです。それだけの話しなんです。
    そのマンションには初めて行きました。私を誘ったのは、仕事先の男の子で私よりも十歳も下です。
     マンションに入ると、初老の男の人と美しい女の人がいます。女の人は下着に近い格好です。男の子は、その女の人に言われて玄関先で服を脱ぎはじめました。私が隣にいるというのに平気です。身の置き所に困る私の横で彼はパンツまで脱いでしましました。そして、全裸で両手を床につくのです。絶対に他人に見られてはいけないお尻の穴さえ晒しています。
    「お前の仲間なのだから、お前がお頼み」と、女の人が彼に言います。私には何のことか分かりません。彼は「深夜姫さま、お願いです。一緒に全裸になってください」と、言います。もちろん、私は従えません。おどおどしていると、女の人は、彼のお尻を鞭のようなもので打ちました。彼は「ひー」と、呻いて玄関をころがります。その顔が私の靴にあたりました。私はまだ、靴も脱いでいません。ころがるまでは分からなかったのですが、彼のオチンチンはすでに十分に大きくなっていました。
    「男の服を取り上げなさい」と、奥にいた初老の人が女の人に言います。彼は服を取り上げられました。このまま帰りたければ、全裸の彼をつれて駐車場まで行きなさい、と、そうした意味なのでしょう。
     それは出来そうにありません。同性と、年下の知り合いの男の子の前で全裸になるのは、恥ずかしいけど、私には従うしかありませんでした。


     そんな私の妄想がサトリさんの元では、現実として起きているのですね。同性の前で裸にされた男の子のお尻、私もものすごく見たかったです。サトリさんは、かなりのプレイをしているM女なのですから、きっとS女にもなれると思います。実は私も、自分ではMだと思うのですが、Sにも興味があります。もし、サトリさんがSを体験したら、私にも、いろいろ教えてください。


     最近、露出痴女してません。この寒さですし、花粉症が酷くなっているからです。ここ数日は雨で調子がいいのですが、それでも、露出出来るほど、元気にはなっていません。今日も妄想の話しで終わりました。外で脱ぎたい欲求は強くなっているのですが……

    ノーパンで歩くというのは、そんなに不安なことではありません。どんなに短いスカートでも、スカートがあれば、意外なほど不安なく歩けるものなのです。もっとも、ミニスカートだという恥ずかしさはあります。でも、それはノーパンとは関係のない別の羞恥なのです。
     ところが、ミニスカートなんかより、よっぽど長い膝ぐらいまでの長さのあるジャケットを着ているのに、スカートを付けていないと、ノーパンであることが、ものすごい不安になるものなのです。同じノーパンでも、夏にマイクロミニで歩くほうがアソコに風を感じるはずなのです。それなのに、アソコが晒されているような錯覚をするほどスカートがないというだけで、下半身に風と不安を感じるのです。
     街を歩いていても、私が下半身裸だと、皆が分かっているのではないかと思ってしまいます。それはどんなミニでもスカートをつけている時にはない感覚なのです。
     深夜のコーヒーショップに入ります。ジャケットは脱げません。脱げばまったく隠すものなくアソコを晒してしまうことになるからです。
     ジャケットを脱がずにトイレに行きます。フロントボタンを外すと、白のシャツの下に黒いものが見えます。上半身が厚着なのに下半身裸なのは、何とも奇妙な格好です。
     普通なら、トイレでジャケットを脱いで出て来るところなのでしょうが、私は着たまま出ます。
     さすがに長居は出来ません。
     そのまま、ほんの少しコーヒーを飲むだけで店を出ます。長居をすれば暑さを感じてしまうからです。さすがに暑いのにジャケットを脱がないのは不自然でしょう。
     帰りも、私は不安を抱えて歩きます。ジャケットをたくし上げれば、下半身は裸です。そのことを考えながら帰るのです。
    いつか書きたいと思っていたのですが、私にとっての、オチンチンは遠くにあって愛でるものですね。
     遠くにあるオチンチンは実は、小さくて、包茎が好きです。もし、何かのパーティとか、あるいは、サトリさんの3Pのような体験をするなら、大きなオチンチンが好きかもしれません。
     でも、たとえば、外で見せられるなら、小さいほうがいいのです。小さいと、なんとなく安心出来るからです。しかも、小さいと、まだ、未成熟な印象もあるからいいのです。きっと、私はどこかで、本当に幼かった頃に見たオチンチンを見たがっているのでしょうね。子供にアソコを見せたいと考えてしまったり、子供のオチンチンを見たいと思うのも、そうした理由からなのではないでしょうか。
    「小さいね、そんなに小さいのに、ビンビンに勃ってるなんて、ものすごーく、生意気だと思わない。セックスしたって、女の人には、物足りないものなのに、どうして、そんなに頑張って勃起させてるの。役に立たないんだから、勃起なんかしたって意味なんかないでしょう」
     そんなことを言ってみたいですね。
     そんなことを言われると男の人は傷つくでしょう。そして、オチンチンも小さくなってしまうんです。
    「どうしたの、元気なくなったの。ショックだった、可哀想ね。それじゃあ、大きくなるように、お姉さんがアソコを見せてあげる。でも、どうせ役に立たないんだから、前はだめよ、お尻だけ、でも、お尻の穴の汚いところは、たっぷり見ていいのよ。見たいの」
     と、アソコを手で隠して、お尻の穴を見せます。そんなところを見て、勃起してしまうオチンチンが私は好きなのです。見せてあげないと言いながら、私はサービスでアソコも見せてあげます。
     書いていて、ちょっと興奮してきました。
     この世界は「あり」かもしれませんね。
     問題は大きい小さい、太い細いが、けっこういいかげんだというところです。この人のは大きい、とか、この人の小さい、とは思うんですよ。でも、じゃあ、あのとき見たオチンチンと比べて、と、思うと、覚えてないんです。思い出せないというほうが正しいかもしれません。貶したり、こけおろしたり出来るほど、オチンチンのことを正確には記憶していないような気がするんです。
     どうなのでしょう。女って、そんなに正確にオチンチンのこと覚えているものなのでしょうか。他の女の人たちの話しを聞いてみたいですね。
    ほんの少しだけ、マンションの外まで、向かいにある駐車場まで、そこにある自販機で何かを買うだけ。そんなことを私は入浴の度に考えています。そして、たいていは、その考えは入浴中になくなります。
     全裸で外に行く、それをしている時はいいのです。興奮していますし、感じています。満たされているのです。でも、しばらくして冷静な自分にもどると、激しい自己嫌悪と恐怖に襲われることになるのです。
     恐怖というのは、目撃されたかもしれないという妄想です。興奮している時には、同じ妄想が脅されて、もっと嫌らしい行為をさせられてしまう、というものになります。
     しかし、同じ妄想なのに、冷静になってからは、近所の主婦が大声で怒鳴りこんで来るとか、お金を強請られてしまうとか、性的でない恐怖妄想に変わるのです。
     そして、私は自己嫌悪します。どうして私は普通に恋愛をしないのかと悩むのです。
     SMマニアの方なら分かります。プレイの果てには恋愛があるかもしれないからです。でも、露出するだけの私にはそんな可能性はないのです。ビクビクと脅え、コソコソと隠れなければなりません。露出の向こう側に幸福はありません。
     M女の方が苦痛や羞恥の後に、褒めて、可愛がられるのがいい、と書いていたのを読んだことがあります。私には、そうした結果はありません。快楽にしても、部屋の中で安全にオナニーする以上の快楽があるはずがないのです。
     裸を見せてお金をもらうことも出来るのに、それでは私は満足出来ないのです。
     不安と恐怖と自己嫌悪の前のつかの間の快感。それだけを求めているからです。セックスがなかったわけではありません。恋愛のような経験もしています。でも、私は愛せないし、セックスでは感じることが出来なかったのです。
     外に出たい。全裸を晒したい。そう考えて、湯舟を出ます。たくさん暖まると、逆に外には出られなくなります。身体は暖かく外に出るにはちょうどいいのですが、疲れきってしまうからです。そうして私の冬は終わるのかもしれません
    私は特別にスケベだったからでしょうか。もし、気楽に女の子とワイ談が出来るなら、聞きたい話がいくつもありました。一番、聞きたかったのは、自分のアソコを鏡で見たことがあるかでした。好奇心とかではなく、オナニーの対象として見るという経験です。私はよく見ていました。今でも、自分のアソコを鏡に写してオナニーすることがあるほどです。もちろん、自分のアソコの形状に興奮しているわけではありません。これを男の人が見たらどう思うのだろう。嫌らしいアソコだと思うのか、それとも、ただ、条件反射のように興奮してしまうのか、と、そんなことを妄想してオナニーするのです。
     オナニーしている時に、その指を舐めたことがあるかという話もしてみたいですね。それも、どんな味なのかな、と、そんな女の子っぽい気持ちではなく、妄想として舐めるのです。私は、アソコが濡れているということを確認されることを、まずは妄想します。そして、それを私にも確認させるために、男の人が私の嫌らしい液のついた自分の指を私に舐めさせるという妄想をします。そして、その妄想で、自分の指を舐めたりするのです。それも、相手はまったく知らない人です。
     そんな妄想、現実、いろいろなワイ談がしたいんです。男の人とではなく、女の子だけで、おもいっきりやってみたいんです。でも、こんなこと思うのは私だけなのかな。
    アソコを鏡に写す話が、こんなに盛り上がるとは、思いませんでした。こんな変態はさすがに自分だけで、こんなことは変態と自称する人たちの中でさえ、ひかれてしまうのでは、と、考えていました。意外と、皆も同じなんですね。
     コメントを返し、ここに書きたいこともあるのですが、今夜は疲れているので、またにします。


     私は自分のアソコがいつ、こんな形状になってしまったのか、記憶にありません。気がついたときにはグロテスクでした。私も、その変化に気がつきたかったです。出来れば、子供の頃から、一年ごとに写真で記録しておきたかったです。

    真美さんの言うことは、本当にそうですよね。私も女性だけが、何故、という気持ちがあります。でも、私には、自分のその部分を文字や声に出して表現することが出来ません。単純にものすごく恥ずかしいのです。そして、私にとっては、ものすごく恥ずかしい場所だからこそ、ものすごく嫌らしい場所でもあります。
     まさに男社会の思惑通りと言われると、悔しくもありますが、そうと分かったところで、どうにもならないところがあります。オチンチンとは書けるのに、ペニスとも書けるのに、キンタマとは書き難いのです。同じようにヴァギナとは平気で書けますね。そこには、幼児期から刷り込まれてしまった何かの影響があるのだと思います。オチンチンは子供でも使いますが、それに対抗する女の子の名称はありませんでした。ペニスと私が覚えたときには、それに対抗してヴァギナという言葉がありました。封印されているのが「キンタマ」と「オマンコ」なのだと思います。
     確かにおかしいですよね。でも、羞恥の問題なので、すぐには直せないと思います。
     出来れば、女の子、とくに子供のアソコの愛称のようなものが作れるといいですよね。私の知り合いの母親は、自分の娘に「オマンマン」と、言わせていましたが、私は思わず赤面してしまいました。
     一説によれば、子供の頃からスケベだった女ほど、その部分を「オマンコ」と、呼ぶのに抵抗を持っているということです。本当かどうかは分かりません。
     深夜に自分のその部分を晒している女が、たかがブログで「オマンコ」と、書くことをためらうって、おかしいですよね。でも、これはカマトトでもなんでもなく、正直な私の印象なのです。心象かもしれません。


     アソコとアナルの話しは、また、書きますね。
     これって、意外なほど私にとって重要な話しなんです。ちなみに、私は恥ずかしいのはアナルで、見せたいのもアナルです。

    今はもう見なくなった和式トイレでしかも共用。私にとって貴重なそのトイレは、すこし郊外にあります。前回、訪れたのは三ヶ月以上前になります。もしかしたら、喫茶店がなくなっているかもしれない。もしかしたら、トイレが男女別にされているかもしれない、と、不安でした。
     そうしたお店が少なくないからです。
     お店はそのままでした。郊外とはいえ駅前です。サラリーマンらしい人がたくさんいます。
     様子を伺って私はトイレに行きます。個室のカギをかけ忘れるためのトイレです。真後ろから見られます。アソコだけでなく、もっとも恥ずかしいお尻の穴も見られてしまいます。
     私のお尻には毛がありません。全体に毛は少ないほうなのだと思います。でも、毛がないからこそ、私のお尻の穴は、しっかりと露出しているのです。恥ずかしいほどはっきりと見えます。よーく見ると、少し色あせしているようにも見えます。
     そこを見られるのが何よりも恥ずかしいのです。
     お尻は、一番、そそうしてはいけないところだからです。そして、たとえ赤ちゃんでも、そそうした時にしか、そこまでは見られない、と、私には、そんな錯覚があるのです。オシッコも漏らせば、拭かれるのでしょう。でも、ウンチを漏らしたら、たんねんに拭かれてしまう、そんな意識があるのです。それゆえに、私は、お尻の穴を見られるのが一番恥ずかしいことだという思いがあるのです。
     トイレにしゃがんでお尻を出して、しばらく、じっと待ちました。でも、誰れも入って来る様子がありません。あまり長く中にいるのは、また、違った意味で恥ずかしいので、外に出ます。二度、行くのも恥ずかしいので出来ません。
     そうして、何もないまま私は店を出ます。実は、何かが起こるのは、ものすごく少ないのです。ただ、いつもは、何もないと、それは書きません。このブログに書かれないことは、書かれたことの何倍もあります。見てもらうなんて、かんたんそうですが、実は、そうそうないものなのです。
    小さな駐車場です。一軒家があった所を駐車場にしたのでしょうか。三台しか入りません。車の中でこっそり服を脱ぎました。全てがフロントファスナーですから、車の中でも容易に全裸になることが出来ました。周囲に人が来る様子はありません。でも、車ですから、一度、外に出たら、誰れもいないときにしか、もどることが出来ません。もし、駐車場に別の車が入って来て、その運転手が車の中で電話でもはじめてしまったら、もう、私は車にもどることが出来ません。
     そっと車を降りました。全裸のまま外を歩くのは久しぶりでした。緊張で身体が震えました。寒さではありません、緊張でした。
     車を入れた方向と反対側にはマンションが並んでいて、そのマンションの間には、人以外は自転車でさえ通り抜けられないような細い抜け道があります。
     私はそこに身を隠しました。身を隠したと言っても、人がそこに来れば、かんたんに見つかってしまいます。こんな時間のこんな場所に人が来るはずがない、それだけしか考えませんでした。
     通りがあり、その向こうには、大きな駐車場があります。こちらは月極の駐車場です。百台以上は入るのではないでしょうか。深夜ということで、車はぎっしりと並んでいます。
     その車の中に乗っている人がいないなんて確信は私にはありません。でも、私は通りを渡り、駐車場に入りました。車の間を走り抜け、とにかく一番奥まで行こうと思いました。その間は隠れてはいけない、何があっても、しゃがまないと、そう決めていまいた。私の露出は、決めたことを、とにかく守るのです。誰れに責められるわけでもないのに、本当に不思議です。
     駐車場の奥にはファンスがあり、その向こうは裏路地です。フェンスを乗り越えて中に入って来ることは出来ないでしょう。でも、人が通れば私は全てを晒さなければなりません。奥まで行ったところで、安心して身を隠すことの出来る場所があるわけではないのです。
     それでも私はフェンスまで行き着きました。フェンスに全裸の身体を密着させると、冷たい網の感触が私の身体を心地よく愛撫しました。
     駐車場の入り口がはるか遠くに見えます。急に怖くなって、他人の車の陰に身を隠しました。他人の車の陰は不安です。その持ち主が、いつ現れないともかぎらないからです。
     全裸のまま膝を抱えてじっとしていました。自分のおっぱいが暖かく心地良いのです。お尻に抜けていく冷たい空気も心地の良いものでした。
     私はお尻をフェンスに密着させてみました。お尻の両頬を割り、つぼみの部分が広がるほど強くフェンスに押し付けました。もし、誰れかがその気になれば、お尻を犯されてしまうことでしょう。悪戯で何か異物を挿入されてしまうかもしれません。
    「このまま三分はガマンする」と、心に近いました。時計は持っています。じっと、針を見つめました。フェンスの向こうに人の気配があっても、駐車場に入って来る車があっても、その三分だけは絶対に動かない、と、勝手に一人で決めました。本当にそうしたかどうかは分かりません。
     三分が過ぎると、私は、来たときとは違い、車の陰をしゃがみながら、慎重にもどりました。
     通りにさしかかったところで、車が一台通過し、私を驚かせましたが、誰れにも見られることなく車にもどることが出来ました。しばらく興奮でハンドルを握ることが出来ませんでした。
    同性に裸を見られることには抵抗があります。たとえば、エッチな雑誌のモデルになるというような話しは、私は恥ずかしいです。それは、同性の厳しい視線のことを考えるからです。
     こんな衰えた肉体をどうして他人の目に晒すのだろう、と、思われるのが嫌なんです。
     それなのに、露出では同性に見られたいという気持ちがあります。深夜のデートしているカップルに見られたいのです。男の人が「お前の胸のほうが大きくてスキだよ」なんて囁いているかもしれないところを想像して興奮するのです。同性には「あんなことするなんて信じられない、同じ女として恥ずかしい」と、そう思われたいのです。
     嫌われたい、そうした思いが私の中にはあるのだと思います。
     でも、深夜に私が全裸になれるような場所に、カップルがいることは、まず、ありません。もし、いたとしても露出の出来る条件が整わなければなりません。そして、私の勇気も必要になります。
     まだ、同性しかいない場所での露出はしたことがありません。ときどき、深夜の公園に一人でいる女性を見かけることがあります。もしかしたら、私と同じタイプの人間なのでは、と、思うことはあるのですが、それを聞く勇気もなければ、そこで露出する勇気もありません。
     正直なところ、私にも自分のことがよく分からないのです。
     何が本当は恥ずかしくて、本当は何に興奮しているのか、分からないのです。
    何度となく、このブログに書いた酔うと裸になってしまう女の人の家に行きました。久しぶりでした。私は仕事を別にすれば、あまり女の子とは友だちになりません。そんな中、彼女は珍しいタイプなのです。私がそろそろ距離をとりたいと思っても、彼女は強引なんです。
    「忙しいの。だからお願い、掃除と洗濯、そのかわり、冷蔵庫のものは何食べてもいいし、今度、食事おごるから」
     そう言われて、私は午後から仕事を休んで彼女の家に行きました。
     こういう時のためにと、すでにカギまで預かっているのです。でも、私は彼女に自分の部屋のカギを預けるなんて出来ません。そこが私と彼女の違いなのだと思います。実際、私は彼女の家で、彼女には、ものすごく迷惑なことをしているのです。
     特に今日は、ひどいことをしました。
     私が彼女の家に着いた午後には、ものすごい陽当たりがベランダにありました。私はさっそく洗濯をはじめ、部屋の掃除と台所の整理をしました。最初の洗濯が終わる頃に、私は全裸になりました。洗濯物をカゴに入れ、ベランダの大きな窓を開けます。通りを歩く人の姿が見えます。もちろん、こちらを意識しているわけではありません。ただ、歩いているだけです。それでも、全裸のままそこに立てば、誰れかに見られるかもしれません。
     少し迷いました。持って来ているミニのワンピースをつけようかとも思いましたが、そのままベランダに出てしまいました。
     冷たい風と暖かい陽射しのアンバランスさに、少しクラクラとしました。風が下のヘアーを揺らすというのは、露出の経験ない人には分からない感覚だと思います。
     この上なくソフトな愛撫です。
     あまりの陽射しに、布団も干してあげようと思いつきました。そのために、物干しざおだけでなく、手すりも拭きました。その間は全裸で、外での作業です。そして、何人もの人が私の下を通り抜けて行きます。少しでも上を見れば、そこに全裸で雑巾がけをする女の姿が見えるはずです。
     下からなら、私の恥ずかしいアソコはその襞の様子まで、はっきりと見えるかもしれません。
     幸いというか、不運にもというか、誰れも上は向きませんでした。
     私は布団を手すりに掛けました。そうすると、もう通りからは私の姿は隠れます。背伸びをすればオッパイは見えるかもしれませんが、それだけです。全ての布団を手すりに並べれば、露天の密室です。その状態にして、私は洗濯物を干しました。布団と布団のすき間から、どれほど私の姿が見えるのかは、私には分かりませんでした。でも、そのすき間から私は通りの人の表情まで、はっきりと見ることが出来ました。
     ドキドキしながら、洗濯物を干しました。
     そして、布団に顔を押しつけてオナニーをしました。外から見えるのは私の顔だけです。でも、私からは何もかもが見えるのです。その上、布団のすき間から吹き込む風は私の身体を愛撫しつづけるのです。
     顔が歪み、声も漏れました。それでも、下にいる人は平気です。
     私は布団と布団の間のすき間を広げ、その間にしゃがみました。全裸の私のアソコが外に晒される格好です。広がったアソコの奥にも風が感じられました。
     それでも、誰れも私の存在に気がつく様子はありません。
     敏感な部分をゆっくりを薬指で撫で、掌でヘアーを撫でました。和式のトイレスタイルですから、膝がしびれてきます。そのしびれがアソコで増幅されて、頭の先までしびれてきます。
     ゆっくりと、慎重に慎重に、私はオシッコをこぼしました。チロっと出しては、あわてて止めました。その感覚がまた快感を大きくします。
     何度かそうしている内にガマン出来なくなって、ついにオシッコをしてしまいました。手すりの向こうに滴がこぼれないように、あわてて私は腰を引きました。
     オシッコが終わると、ものすごい快感だけが残りました。しばらく頭がボーとしていました。こんなところを見ている人がいたら、何と思うのでしょう。
     アソコも拭かずに私は、部屋にもどり、全裸のままソファーに座りこみました。しばらくは何も出来ませんでした。
     冷静になってから、オシッコの後が気になったのですが、彼女が帰宅する頃には跡形もなく、臭いもありませんでした。
     でも、私がそんなことをしていると分かったら、彼女はどうするのでしょう。もし、誰れかに見られたら、きっと、彼女が露出変態女だと思われるのです。迷惑な友だちです。それでも彼女は私に感謝しています。私はひどい女だと思います。
    まだ、実家にいます。ノートはあるのですが、落ち着いてブログを書く時間がありません。
     そんなとき、突然、麗奈女王様からメールではなく、電話がありました。サトリさんのサロンに合わせて、今度こそブログを復活するから、応援してね、と言っていました。
     ブログを書くというのは、たいへんです。私は、けっこうマイペースなので、いいのですが。yoshikoさんなどは、本当に毎日書いているので、すごいと思います。麗奈さんも、電話やメールの感じでは、ブログのことを、まじめに考え過ぎているようなのです。そのために、たいへんに思えて、踏み切れなくなってしまっているのだと思います。まじめな人ほど、挫けやすいのがブログだと思います。
     でも、麗奈さんが復帰してくれたら、私にとっても楽しくなりそうなので、期待しているのですが、どうなのでしょうか。ゆっくりと待つことにします。焦らせると、また、負担になって、書けなくなってしまいそうなので、今度は、私は何も言わずに、ただ待ってみます。

    何度か書きましたが、私がこのブログを書き始めたのは、アンチ彼女でした。
     確か、舞衣さんもどこかで書いていたと思うのです。マニアの世界って、男性中心で、たまに、女の子の書いたものがあっても「彼が好きだから」「彼がよろこぶから」と、そうした書き方のものが多いですよね。女が書いてなお男の視線なんですよね。そうしたものに対する反発で、女がエッチだっていいでしょ、女が変態だっていいでしょ、という気持ちではじめてしまったんです。
     最近は後悔してます。
     実は、このブログを始めた時には、もっと、いろいろな実験をしてもいいのかと思っていたんです。よく、男の作家さんが女性の一人称で小説を書いていますよね。私は、男性の一人称で何か書いてみたかったのです。そんな実験もしてみるつもりでした。でも、実際に始めてしまったら、何だか、ものすごく責任が重くて、あまり遊んではいけないような雰囲気になってしまったんですね。おかしいですよね。まじめに変態しないと叱れるみたいな雰囲気なんですよ。
     私は自分のオチンチンをしごいて、射精する話しとか、ものすごく書きたいんですね。そのオチンチンはものすごく小さくて、包茎で、でも、カッチカッチなんです。そこまで出来ているんですけど、そんな話しは、書いてはいけないような雰囲気になってしまったんですね。男の人たちは、女が自分のクリトリスをいじって感じていくさまを書くのに、どうして、って、そんな思いがあるんです。
     こうしたことは、確か、舞衣さんも書いていましたよね。メールだったかもしれませんけど。
     たとえば露出した女の子が、興奮して、アソコを濡らしていまう、とかって書かれても、露出していたらアソコは風で乾いてしまうし、怖くて濡らしている余裕なんてないし、その上、女って自分が濡れたのを、触れずに感じるのって難しいでしょ。だから、なんて勝手な言い分だろうなんて思うわけです。
     それなら、私だって、包茎の皮を剥くときの男の惨めさとか、チリチリと痛みが走るとか、そんなこと書いたっていいわけですよね。
     そうした、いろいろなことを実験的に遊びたいなって思ったんです。それが舞衣さんたちの鹿鳴館をすごく好きになった最初のきっかけでもあるんです。私もエッチな実験に参加したいって思ったんです。撮影の本物は怖そうなので、せめて文章だけの実験なら、私も参加したいなって、そして、そのためには、早く舞衣さんのように、上手な文章を書けるようになりたいなって、けっこう、まじめに書いてきました。
     それが私のブログの楽しみだったんです。
     私のブログの大きな楽しみの一つは、舞衣さんとブログで遊ぶことでした。今もその気持ちは変わりません。MIXIでも、そう思って、頑張って詩のようなものを書いているのですが、やっぱり舞衣さんのようには書けません。いつか舞衣さんが文章で私と遊んでくれること、それが私のブログの目標ですし、楽しみなんです。これは本気です。だって、舞衣さんおだてても私には、少しの得もないのですから。
    今回はエッチなことは書きませんので、そうしたことを期待して遊びに来てくれている方は、このまま読まずにお帰りください。
     はじめに、それが起きたのは深夜にメールを書いているときでした。画面に何かが乱反射していて、よく見えなくなりました。光の加減かと思って、モニターの向きを変えたりしたのですが、プリズムに反射した光のようなそれらが消えることはありませんでした。
     画面以外のところに目をやると、その残像のようなものはあるのですが、すぐに普通の状態にもどりました。その日は仕事も忙しかったので目が疲れているのだ、寝れば治ると思い、メールをするのを止め、自分のブログを見ることもなく、寝ました。次の日には、会社でPCを使いましたが何もありませんでした。ところが、深夜に自分のPCを見ると、やはり同じ現象が起きました。これは、いよいよモニターの問題と思いました。でも、どう工夫しても画面に現れるチカチカとしたものは消えません。しかも、少し離れたところから見ると、そのチカチカはないのです。
     これは何かたいへんなことが目に起きていると思い眼科に行きました。診断はかんたんでした。疲れ目と軽いストレスだというのです。
    「少し仕事をセーブしたほうがいいですよ」
     と、先生にアドバイスされたのですが、仕事では起きないんです、とは言えませんでした。家に帰ってから、フラッシュのゲームにアクセスしてみました。文字を書いたり読んだり出来ないのです。ゲームなど出来るはずがありませんでした。ところが、ゲームをする分には、何の支障も出ないのです。あんなに鬱陶しかったチカチカがいっさい出ないのです。
     ブログとメールのやり過ぎだったのかな、と、反省しました。最近、鹿鳴館サロンのことや、鹿鳴館が新たに仕掛けようとしている幼児プレイマニアのための保育園などの打合せで、一日に何時間もブログやメールを書いたりしていました。それが原因だったようです。仕事以上のストレスを持つって、おかしいですよね。でも、仕事には危険はないわけですが、露出には危険がありますから、仕方ないかもしれません。これからは、少し、ブログ更新ものんびりとやるつもりです。
     目が悪くなると私には死活問題ですから。
    このブログを書き始める前から、私は十分にスケベな女でした。そして、露出に性的な快感を持つようになったのも、幼児の頃のことです。ただ、その間、ずっとスケベだったかと言われると、それは違うような気がするのです。
     しばらく性的なことを考えずにいたこともあります。露出願望のようなものがなくなって、普通の恋愛をしていた頃もありました。でも、この一年近くは、なんだか露出のことばかり考えていたような気がします。それは嫌ではありませんでした。私なりに楽しいことでした。ときどきは、ここまでしたら、ブログを読んだ人たちが驚くんだろうな、と、思ったりもしました。読まれる快感のようなものもありました。
     でも、不思議ですね。目が疲れるので、ブログをあまり書かなくなったら、露出の欲求もなくなってしまって、ここ数日はまったく露出もせず、オナニーさえ、あまりしないで過ごしていました。
     目はそろそろよくなりました。こうしてブログを書いていても、あまり疲れなくなりました。そうしたら、また、露出してみたくなりました。忘れていた何かを思い出してしまったようにです。もし、このブログを書いていなかったら、こういうときに、また、数年のブランクができてしまうのでしょうね。欲求が出てきたのがいいことなのか悪いことなのかは分かりません。でも、元気になるのはいいことです。露出痴女なんて、他人には言えないことです。でも、それをしない私には元気もないように思うのです。この数日間は飲みに行くことさえしていませんでしたし……
    ひさしぶりに深夜の散歩に出ました。
     あの寒い真冬に、ジャケットだけで外を歩いていたというのに、今日は下着までつけて歩きました。
     全裸の男の人を見た工事現場のマンションはほとんど完成していました。ときどき、坂の上から露出していた道を下の遊歩道から見上げました。下から見るとその場所は想像以上に明るいのです。あの場所にノーパンでミニの私がお尻をフェンスに押しつけて立っていたのですから、きっと、白いお尻とその割れた部分は、はっきりと見えたはずです。そこにノーパンで立つ私を空想しながら、しばらく、ぼんやりと眺めていました。あたたかくなって来たのに、桜も綺麗なのに、人はありませんでした。その奥にある公園のブランコには全裸で乗ったことがあります。
     さらに歩いてファミレスまで行きました。ドリンクバーだけを注文して、駐車場のほうを見ていました。あそこを全裸で横切ったら、この席にいる人はどう思うだろうと想像していました。
     のんびりとした深夜の散歩です。でも、これはこれで楽しいものです。最後に桜並木を通って帰ります。見事な深夜の桜なのに、そこにも人はいませんでした。今なら、家から全裸で出て、この桜並木を走れるかもしれない、そんなことを考えながら、それでも何もせずに家にもどりました。

    スプリングコートだけを羽織り、その下には何もつけないまま、散歩に出ました。数日前までの寒さが嘘のように心地いいのです。どこに行くというあてもなければ、何をするという目的もありません。最近、露出ができないのです。
     少し前までなら、たった一人の公園で全裸になるだけでも、ドキドキしました。誰れかが、こっそりと自分の変態的な行動を見ているかもしれないと考えると、それだけで恐怖し、そして興奮できました。いえ、公園で全裸になったら、と、そう思うだけでも興奮できたものです。
     ところが最近は、実際に誰かに見られなければ感じないのです。でも、実際に見せるチャンスはそう多くありません。
     スプリングコートのボタンをはずしても興奮しません。いっそ、コートを公園のゴミ箱に捨ててしまおうかとさえ思います。全裸のまま家まで歩いてもどってみようかと思うのです。もちろん、そんなことはできません。
     仕事も充実しません。私はどうしてしまったのでしょうか。
     ようやく今夜から東京のみの暮らしにもどります。仕事も元のところにもどれそうなので、暮らしは以前のままになりそうです。ただ、家の問題が解決したわけではありませんから、また、どうなるか分かりません。しばらくは、ブログにも熱心にはなれないと思います。
     もうどれぐらい露出もしていなかったでしょう。
     久しぶりに東京の深夜を歩きました。驚きました。東京の深夜はものすごく明るいのです。私が全裸になった公園は、とても見通しがよく、遠くからでも、そこに全裸の人がいたら分かりそうです。そんな公園を全裸で走ることなど、とても不可能に思いました。
     オシッコをしたマンションの前にも行ってみました。確かに、通りからは少し死角にはなっていますが、そんなところでオシッコなんかできそうにありませんでした。
     足をのばして、深夜、私がフェンス越しに間近で裸のお尻を見せた遊歩道の上に行きました。フェンスの向こう側だけは記憶のままに暗く、しかもフェンスが高いので、私を安心させました。それ以外のものは、ことごとく私の記憶とは違っていました。ミニのスカートなら、フェンスに裸のお尻をつけても平気かもしれないと思いながら、フェンスに背を向けジーンズのお尻をつけながら、しばらく、ぼんやりしていました。
     でも、それだけでも怖いのです。後ろからいきなり棒のような物で突かれるかもしれない。蹴られるかもしれない。そんなおかしな妄想をしてしまうのです。服を着たままフェンスに背をつけているだけで不安なのです。そこに私は裸のお尻をアソコをむき出しにしたままつけていたのかと思うと、怖くなりました。
     遊歩道に降り、下から確認しました。そこは思っているよりもはるかに明るく、そこに裸のお尻があったら、それはきっと白く光って見えるはずです。そう思うのが自然な明るさなのです。
     でも、その反面、下の遊歩道と公園は暗いので、ここなら、少しぐらい露出しても平気かもしれないと思いましたが、できませんでした。怖いのです。
     そのまま家にもどりました。興奮するというよりは、怖いばかりの深夜の散歩でした。今は、本当に自分があんなことができたのか、あれは夢でなく現実だったのか、そんなことを考えています。すべては私の妄想だったような気もするのです。何しろ、今の私には、そうしたことをする勇気がまったくなくなってしまっているのですから。
    露出をしたいという欲求がなくなったわけではありません。いえ、その欲求は以前より強くなっているかもしれないのです。そして、何かを書きたいという欲求も強くあります。ブログを書くようになってから、私は書くことが楽しくて仕方なくなっていました。腱鞘炎になるほどブログやメールをたくさん書きました。最近はメールさえ、あまり書いていません。ですから、書きたい気持ちは以前より強くなっているのです。
     ところが、何かを書こうとすると書けないのです。何を書いていいのか、どう書いていいのか分からなくなってしまうのです。
     露出も、ものすごくしたいのです。露出がしたくて、私は以前に自分がいろいろなことをした場所を歩いているのだと思います。でも、怖いのです。いえ、こんなところで本当にそんなことができたのだろうか、と思ってしまうのです。それは、以前に私が全裸になったり、オシッコした場所に、新しい街灯ができたりしたためではないのです。明るさはたぶん同じなんです。それが今の私には昼間のように明るく感じてしまうだけなのです。
     最近、以前に自分が書いたものを読み返しています。読んでいると他人がそれを書いたかのように感じます。性格も違います。少し自分を隠すために設定を変えてありますから、ますます他人のように感じてしまいます。もしかしたら私は多重人格で、これを書いたのも、ここに書いたことをやったのも別の自分かもしれない、そんなことも妄想します。でも、何でもすぐに妄想してしまうのは、やっぱり、私以外の何ものでもありません。多重人格は別の人格のやったことの記憶がなくなるといいますから、やはり私の露出は私自身のものでしょう。そもそも、露出ができない、ブログが書けないというのは、そう悪いことではないんですよね。そんなことをせずに、オナニーさえせずに生活するのは普通のことなんですよね。でも、私は私をとりもどそうとして露出をしようとしているようなところがあるのです。
     今が普通の人なのに、露出していない自分は自分ではないように感じてしまうからです。思えばオナニーをしたのさえ、はるか昔のことのようです。

    ゆっくりと時間がもどって行きます。ただ、露出する勇気はもどりません。
     露出したいという気持ちは強くなります。私は子供の頃、あまり親に相手にしてもらっていなかったと思うのです。今は、その事情が理解できるし、それは仕方なかったことだと思うのですが、子供の私には分かりようのない事情でした。
     そんな幼児体験のためでしょうか。私は今でも、あまり他人と交流するのが上手くありません。ただ、こうした自分を長くやっているわけですから、それを他人に指摘されることはめったにありません。
     普通に話し、普通に笑っています。明るくて楽しい女の子だと言われることもありませんが、暗いと言われることもありません。ただ、楽しそうな私も、大きな声で笑う私も、嘘の私です。本当の私は他人といっしょにいるときに、どう楽しめばいいのかが分かりません。
     他の人のように他人を楽しませることができないのです。ですから、自分も楽しむことができません。他人といっしょにいる間、私は「私なんかといっしょにいて、つまらなく思っているのではないか」と、そんな不安でいっぱいになっています。
     それは、かなり幼い頃からそうでした。
     そんな私が男の子たちの、あるときには女の子たちの注目を浴びることができたのが露出でした。私のアソコやお尻を見つめる他人の目には退屈なんてないように私は感じました。こんな私でも、他人をよろこばせることのできる方法があったのかと思うと嬉しかったのです。
     でも、それはセックスではだめなんです。セックスだと、また、私は「こんな私なんかとセックスしても、つまらないのに」と、考えてしまうからなんです。自分がものすごくネガティブなのはよく分かっています。でも、どうにもできないのです。
     見られたい、注目されたい、楽しませたい、それが私の露出の理由だと思います。ですから、私はそれを止めることができないのです。露出をしない私なんかには、何の価値もないように感じてしまうからです。今は落ち着きません。露出して、ブログをたくさん書いていた頃は落ち着いていました。
     あの生活を早くとりもどしたいです。
    目の前のロッカーに洗面用具を置いて、小さなタオルで身体を拭こうとしたとき、庭に彼を発見しました。さり気なく番台を見るとおばさんの姿はありません。もうこの時間から入って来る人はいないからなのでしょう。
     身体を拭いてから、私は庭に人がいることなど気がつかないふりで、縁側に出ました。手には小さなタオルを一つ持っただけです。そのタオルで身体なんか隠したら逆に自分のエッチな部分を強調することになりそうな、そんなタオルです。
     もうすでに、ほとんど濡れてもいない身体を執拗に拭きながら「あっ」と、私は小さな声を上げました。そこに人がいたことにようやく気づいたというふりです。彼は私の声に振り向きました。隠されているのは胸だけです。少しふくれてきた下腹部、その下の決して多くないヘアー、そして、普通に立っていても見えてしまう私の恥ずかしいラビア、そのすべては晒されたままです。
    「お久しぶりですねえ。しばらく見ないから引っ越されたのかと思いましたよ」
    「田舎にもどらなければならない事情があって」
     太ももに汗が伝いました。外気に冷やされた汗の冷たさに、一瞬、私はアソコがぐっしょりと濡れてしまって垂れて来たのではと思いました。彼は池の様子を見るためか、しゃがんでいましたから、彼の頭は私の腰より低い位置にあるのです。手が震えそうになるのを必死でおさえながら私は意味もなく首のあたりを拭きました。さすがに下半身を拭く勇気はありませんでした。
    「あの店、閉めたの知ってますか」
     あの店とは、私と彼と彼の恋人が出会う飲み屋さんのことです。私は自分の裸を見たことのある彼が、そこに恋人といる姿を見ることに、ものすごいエロティシズムを感じていました。
    「ええ、ショック」
    「いいお店でしたよね。私も好きだったので残念です」
     実は私はそのお店がなくなったことは知っていました。お店の前を通っていたからです。でも、そんなことはどうでもよかったのです。私はお店がなくなったショックで油断した様子を見せたかっただけなのですから。
    私は彼に背を向け、そして、太ももを拭きました。少し汗ばんでいますが、もう濡れてはいません。膝が震えて来るのが分かりました。太ももから膝にタオルを移動させると、彼にはお尻を、いえ、アソコを突き出すような格好になります。
     そのとき、私の正面の遠い鏡の端に彼が小さくですが写っていることに気がつきました。彼は下から私のアソコを覗き込むような仕種をしていました。太ももの内側を拭きたいようなふりをしながら私は足を少し広げました。彼が私のアソコが見えやすい位置に移動したように見えました。鏡の端に少し写るだけですから、全ては私の勘違いかもしれませんが、それでも私を興奮させるには十分でした。
    「今日は、涼しいですよね」
     前屈の姿勢を直し、振り向いてそう言いました。彼は池のほうを見ていました。
    「ええ、寒くてもお客さんは来ませんが、夏が涼しくてもウチは厳しいですね。過ごしやすいのはいいんですけど」
     私はクスクスと笑いながら、脱衣場にもどりました。別におかしくなんかありませんでした。ただ、そうしなければ、他には、私はオナニーして果てないかぎり、その場から動く方法を失ってしまいそうな気がしたのです。
     家にもどると、オナニーしました。少しで止めました。でも、オナニーし、露出を妄想したことは私にとっての大きな変化でした。
    どんよりとした曇り空の下、私は散歩に出ました。日焼けを気にしなくていいのは、いいことなのですが、こんな天気の日に散歩なんかしても、素敵な景色のあるはずがありません。
     それでもいいのです。私のは妄想の痕跡を辿るための散歩だからです。でも、ただの妄想ではありません。確かにそこにあった妄想なのです。
     河原には朝から野球のために集まる男の人たちがありました。同じ数だけ女の人たちもいます。たぶん応援のために集まっているのでしょう。彼女たちの格好はグラウンドには似合わないものでした。むしろ形だけでもスポーティな私の格好のほうが河原の朝には似合っています。
     応援するチームもない私はグラウンドを横目に、川岸まで出ることのできる公園まで足を伸ばしました。
     私の膝ぐらいのブロックの囲みがあり、中には草が生えています。この花壇の花がいつの季節に咲くものか私は知りません。花壇の奥には石のベンチがあります。花壇のブロックとそのベンチの間が公園の中の死角になっています。かくれんぼする子供だって、そんなところには身を隠さないと思うほど小さなスペースです。そこに私は全裸で身を隠したことがあります。一年近く前の深夜でした。今はそんな勇気はありません。
     周囲の目を盗むようにして私はそこにしゃがんでみました。服を着たままなのに、緊張で膝が震えました。そんなところにしゃがむ自分が周囲から異常に見えないかと気になるのです。
     こんなところに全裸で身を隠して、私はどうして平気だったのでしょう。そこから服を置いた公園の入り口の植え込みを見つめました。遊具の何もない公園には身を隠すところもありません。あそこから、ここまで来て、また、あそこまでもどったんだ、と、思いました。そんなことがどうしてできたのか、不思議で仕方ありません。
     この場所で深夜のデートを楽しむカップルに露出したこともあります。幸福な女と、変態である不幸な自分を対比したかったんです。世の中には、まともな恋愛もできずに、こんな不幸な女もいるのだ、と叫びたかったのです。思い出せば惨めな気持ちでいっぱいになります。でも、その惨めさが私を興奮させてしまうのは、今も昔も変わりませんでした。
     少し陽がさして来たので、さらに私がオシッコをした場所、オシッコを男の人に見せた場所、オシッコをかけた公園まで行くのは止め、あわてて帰りました。オナニーはしませんでした。ただ、あの頃した露出のことを思い出して、本を読むことさえできず、一日をボーとしたままつぶしてしまいました。
    銭湯は今の私が安心して全裸になることができる自分の部屋以外の数少ない場所です。いろいろな妄想をしながら私は遠くの銭湯に行きました。車の助手席には大きな紙袋、中にはお風呂道具が入っています。わざわざ、車で普通の銭湯に行く人がどれだけいるものでしょうか。
     近所の銭湯だって、私にとっては知らない銭湯です。そこに知り合いなどいるはずのない銭湯です。それなのに、わざわざ遠くまで来ると、より知らない銭湯に思えてきます。不思議な感覚です。その町に住んで銭湯に来ている人が「どうしてこんな見かけない女が銭湯にいるの」と、そんなことを思って私を見るのではないか、と感じてしまうのです。わざわざ遠くまで来るということは、変態に違いないと思われているような錯覚もあります。
     そんな不安を抱きながら銭湯に入りました。いつもの銭湯と同じように、あまり人はいませんでした。夜の十時ぐらいでした。おばあさんと、太った女の人が二人、そして男の子がいました。
     私はかるく身体を流して三つある湯舟の端に入りました。すると洗い場をウロウロしていた男の子がやって来ました。身長はすでに私より少し低い程度でした。もしかしたら小学校の高学年では、と思ったのですが、子供を持ったことのない私には、子供の年齢のことはよく分かりませんでした。
     オチンチンは小さく、そして、先がすこしねじれているように見えました。大人のオチンチンを見慣れている私には、小さなものでした。
     彼は、私がつかる湯舟に足を入れ、つかることはせずに、私のほうを向いて立っています。まるで私にオチンチンを見せつけているかのようです。オチンチンはちょうど私の目の前なのです。そのまま彼は、オチンチンの上のおへその下あたりに手を添え、オチンチンを上下に揺らしたのです。私の小指ぐらいのオチンチンは彼が手を離しても、しばらく上下に揺れました。彼がそれを無意識にやっているのか、私に見せつけているのかは分かりませんでした。
     ただ、そうしていると、小さなオチンチンは小さいなりに大きくなって行くのです。驚きました。私の小指程度のものが、しっかりと上を向いて起立したのです。オチンチンが立つという意味がそのとき始めて分かったような気がしました。
     でも、彼はそれ以上に何かをしようとすることもせず、そうした行為に飽きたのか、今度は水道の蛇口を悪戯し始めました。起立したオチンチンはすぐに元の大きさにもどりました。
     不思議な光景でした。
     プチ痴漢体験だったような気もします。
     番台が外で、掃除のおじさんもいませんでしたから、私が妄想していたようなことは何もありませんでした。それでも、やっぱり銭湯ってエッチなところなんだって思いました。男の人もやっぱり銭湯に入って来る女の子のアソコに興味もったりするものなのでしょうか。それとも、男とか女にかかわらず、私ぐらいなのでしょうか、そんな光景に興味を持ってしまうのは。

     近所の公園に行きました。同じところで二度露出するのは止めようと思っていた私が、何度となく露出してしまった公園です。全裸の男の子と出会ったのも、その公園でした。駅に近く、冬でも酔ってベンチに寝ている人がいるような公園です。
     ところが、久しぶりに訪れると、深夜二時を過ぎていたからでしょうか。公園には誰れもいませんでした。植え込みに囲まれた公園は街から切り離され隔離された場所のように感じさせてくれます。そこだけが別の空間に思えたので、私は大胆になれたのかもしれません。その植え込みの中にトイレがあります。植え込みの中だけに、そこのトイレは他の公園のトイレよりは中が見え難くなっているのです。
     公園のベンチからトイレの明かりだけが見えます。そこもまた異空間のようです。しばらく私はベンチに座っていました。あの頃はすぐに脱げてすぐに着けることのできるスウェットパンツでしたが、今はジーンズです。でも、ジーンズなら、一度、脱いでしまったら、もし誰れかが来たと分かってもすぐに着けることができないから、たいへんなことになるのにと想像したりしました。そんなことを想像するのは、あの頃の私と同じ私です。
     最近は毎日のように散歩に出ます。以前のように深夜とはかぎりません。昼間も時間があれば散歩します。散歩の目的は、以前に私が露出した場所を見てまわることです。そんなことに、どんな意味があるのかは、私には分かりません。でも、なんだか、古い日記を読み返すような、そんな気持ちになれるのです。この感覚は、私が実家にもどって、子供の頃に露出した場所を見てまわるのに似ています。でも、露出していたのは、ほんの一年前のことです。こんな短い時間のことを、そんなにも懐かしく感じたりするものなのでしょうか。
     全裸の男の子が立ったところに自分が立ってみました。私も全裸だったら、二人はとても奇妙に見えたのに、と思いました。彼がここから、全裸の私を見たら、きっと、おっぱいもヘアーも見えたんだ、と、そんなことを思いました。そして、私は彼のことを思い出そうとしました。ところが不思議なことに私には彼の顔もオチンチンの大きさも思い出せないのです。ぼんやりと暗闇に浮かんだ白い肌のことしか思い出せませんでした。
     露出した人の記憶なんて、そんな程度なんだと思うと、少し安心しました。もし、ここにあの頃、露出していた私を見かけた人が来ても、その人には、私のことなんて分からないんだ、と思ったのです。
     何もしないで家にもどりました。暑い夜でしたから、身体は汗ばんでいました。シャワーを浴びて、私は自分のアソコが汗ではないもので濡れているのに気づきました。
    深夜でも開いているハンバーガ屋さん。このお店で、私は下半身裸になったことがあります。そして、アソコを見せたこともあるのです。その日もミニスカートでした。ミニといっても膝がしっかりと出るぐらいのミニです。それでも、深いそのお店の椅子に座ればスカートの奥は見えてしまいます。スカートの中はノーパンではありません。それでも緊張します。
     周囲をゆっくりと見ます。奥の席で学生ふうの男の子が携帯メールをしています。しばらく露出をしていなかったので、慣れていないせいでしょう、私の前は女の子でした。彼女は求人雑誌を見つめていました。足を広げれば、その女の子には私のスカートの奥が見えてしまうかもしれません。でも、それは恥ずかしいだけで少しも嬉しくありません。そうした席に座らないのが露出をするコツでした。
     別に女の子に見せるのが嫌なわけではありません。変態と思われるのは好きなのです。でも、変態と思われずに「だらしのない女」と思われるのは嫌なんです。
     奥の男の子の席はトイレのそばです。もし、トイレからうっかりスカートを下げ忘れて出て来たら、男の子にしか見えないところで私があわててスカートをおろしたら、もし、そのときノーパンだったら……。スカートをおろすのを忘れる人などいるはずがありません。でも、うっかりそんなことをしてしまったかもしれないと彼は思うかもしれません。
     そんな妄想をしていたら、心臓がドキドキとしてきました。緊張で息苦しくなるのです。嫌な感覚ではありません。
     突然、私は大学入試のことを思い出しました。大勢の人な中、私は孤独で、不安でした。そこには大勢人がいるのに、まるで私は暗闇の中にまぎれこんでしまったような気がして、テストどころか、そこに留まることさえ無理だと感じていました。そのとき、私の肩をたたく人がいたのです。同じ高校の女の子でした。
    「そうだ、この子と待ち合わせしていたんだ」と、私は思い出しました。別に隣に座ってテストに挑めるわけではありません。でも、そこにたった一人でも知り合いがいると分かった私は孤独ではなくなりました。知り合いがいるということだけで、私はものすごく安心したのです。
     あの、入試会場で肩を叩かれた、その感覚に似た感覚が、露出を考えた瞬間の私に芽生えたのです。
     でも、露出はしませんでした。トイレにさえ行きませんでした。ただ、今度はノーパンで来てみよう、そう決めました。いつ来ることになるかは分からないのですが。
    パジャマ替わりの長いシャツの中が鏡に写りました。奥が影になっていてよく見えませんが、ノーパンなのは分かりました。思えば露出をしていた頃には、この大きな鏡を利用して、自分のアソコを毎日のように眺めたものです。少し前かがみになり、後ろからアソコを写し出してみました。
     まるみを帯びたお尻のラインが少し下がったような気がしました。ぷっくりとふくらんだ二つの白い山は、そのふくらみを失ったようには見えませんでした。そのふくらみのためでしょうか。もっとも恥ずかしい小さなつぼみは見えません。
     その代わりに、ふたつのふくらみの下、丘陵の裾に窮屈そうに押し込められた襞がはっきりと見えています。シャツをめくり、足を開いたのですが、その襞はやはり窮屈そうに身動きのとれなくなった軟体動物のようにそこでじっとしていました。
     その部分を女性自身という人があります。私はその部分がまさに今の私自身のように感じました。窮屈で身動きのとれない私自身です。
     優しく両手でその部分を広げて見ました。嫌らしい軟体動物が口を広げたように見えます。自分自身のものでありながら、なんとも嫌らしい形状です。もっと、嫌らしくないアソコだってあるのに、と、そんなことを考えながら、私は、その部分を男の人に覗かせることを妄想しました。
     外では何のゲームをしているのか少年たちの声がしています。下半身裸のまま窓を開けてそれを眺めることができます。シャツをつけていますから、外から見れば、天気でもうかがっているようにしか見えないことでしょう。
     でも、私には窓を開けることができませんでした。窓を開け、少年たちを眺めながらオナニーをしてしまったら、私は理性を保ことができないと思ったのです。自分が少年たちに「アソコを見てくれない」と、声をかけてしまうに違いないと思ったのです。
     そんなことを妄想しながら、窓のところでオナニーしてしまいました。しばらくオナニーに熱中する間に、少年たちの声はなくなりました。ときどき「間違えた」とか「ごめん」という声が聞こえ、そして、金属で何かを打つような音が鳴っていたのですが、彼らがそこで何をしていたのかは分からないままになりました。
     オナニーに満足したのか、もう一度鏡にその部分を写すと、私のその部分はぐったりしているように見えました。窮屈に縮まっているよりはいいかもしれません。
    アップが遅れて、少し前の話しになってしまいました。


     雨の中も私の散歩はつづいています。雨なので、通りには人が少なく、どの公園に行っても誰れもいません。アスファルトのどこでオシッコしたとしても目立ちません。冬のように、湯気がたつ心配もありません。ミニの下は素足です。もし、下着をとれば、そのままオシッコをすることもできます。濡れてもいいように、あえて裸足で出ていますから、本当に歩きながらオシッコできてしまうのです。そんなはしたないことをした女はいないかもしれません。そう想像しただけで、ドキドキします。
     もちろん、雨の中で下着をとるのはたいへんなことです。トイレなどに入るしかありません。迷いました。トイレに入り、そこでパンツをとってしまえば、その後は何だってできるのです。スカートはデニムですから、腰の上にまくりあげて、下半身を晒したまま歩くこともできます。少し足を広げれば、男の人ように立ちションすることだってできるのです。
     この、少し雨に濡れはじめて、肌にまとわりつく邪魔なものをとりさえすれば、私は自由になれます。そんな空想のまま、いくつかの公園を見て回りました。当然ですが、どの公園にも人はいません。
     いっそ、このまま下半身裸になってしまおうかとも思いました。この雨の中です。すれ違う人がいたとしても私の下半身を見る余裕なんかあるはずがない、そう思いました。
     どれぐらいの時間を歩いたのでしょうか。私にはひとつの計画がありました。オシッコです。いくら夏でも、雨の中を歩いていれば、いずれはオシッコがガマンできなくなるのです。公園などを見てまわっているのですから、喫茶店などには入れません。もう、十分に身体も濡れているからです。それに、喫茶店などに入るにしてはスカートが短過ぎです。
     公園のトイレは使いません。そこでオシッコするのは別の恐怖があるのです。個室の前なら平気です。でも、個室に入るのは嫌なんです。いえ、私は公園のトイレの個室には入れない、と、勝手に決めているだけかもしれません。
     ちょうど、大きな駐車場の奥にある公園に来たとき、尿意も限界になりました。その公園にもトイレはあります。でも、私はそこは使わずに、駐車場のほうにもどりました。公園には私の身を隠すところがなかったからです。
     他人の駐車場に入るというのは、それだけでドキドキします。いつもなら、ただの近道のためだって横切るところなのに、そこに足を踏み入れているだけで、かなりいけないことをしているような、そんな気分になるのです。
     車の中に人がいないのを確認して、ワンボックスカーの後ろにしゃがみました。パンツをおろす勇気がなく、そのまましゃがみました。それでも、膝が震え、バランスを失い、傘を落としてしまいました。雨は思っていた以上に冷たいものでした。あわてて立ち上がり、そこでオシッコすることは諦めました。
     でも、もう尿意は本当に限界なのです。
     歩くのが困難になってきました。そのままお漏らしというのも考えましたが、それもできませんでした。オシッコしようと力を入れても、オシッコは出ないし、無理すると尿道が痛くなるのです。
     私は公園にもどりました。それでもトイレを使うつもりはありませんでした。
     公園と駐車場の間にあるフェンスにもたれました。パンツを膝までおろし、中腰になりました。背中をフェンスにつけていなければ、かなり膝に負担のかかる格好です。でも、その格好なら、オシッコは真下に落ち、前に出た膝にあるパンツを汚すことはないと思ったのです。
     オシッコはすぐに出ました。お尻は出ていませんが、駐車場側から見れば、私がオシッコしていることは分かってしまったと思います。音は大きくありませんでした。それでも、緊張は大きく、心の中で早く終わってと叫ばずにはいられませんでした。でも、オシッコは恥ずかしいぐらい、たくさん出ました。いつまでも終わらないのです。
     ティッシュは持っていましたが、拭いている余裕なんてありませんでした。片手でパンツを上げて、その場所から離れました。パンツは不自然に上げられたらしく、腰を不快に締めつけました。
     三度、後ろを見ました。誰れかがそこにいたかもしれないと思ったからです。
     部屋にもどり、お風呂に入っても興奮は静まりませんでした。性的興奮とは少し違うような気がしました。でも、もう一度、今度はもっと大胆に、と、そんなことを思いました。オナニーはしませんでした。

    公園の奥のベンチに座ると、すぐに私は周囲に人の気配のないことを確認しました。遠くにマンションの明かりが見えますが、それ以外には明かりらしいものが見えません。すぐそばに幹線道路はありますが、盆地のような公園のために、その道路も見えません。もちろん、向こうからこちらが見えないことも確認しています。
     ここで痴漢に襲われたら、きっと私は逃げられない、そう思いならがらベンチで冷たい缶コーヒーを飲みます。驚くほど落ち着いています。缶コーヒーを少し口にしただけで、私はそれをベンチに置きました。
     そして、スカートをゆっくりと下げました。ウエストがゴムのロングスカートです。下には何もつけていません。ベンチの木の素材感がお尻から伝わってきます。少し冷たく、少し痛みのある不思議な感触です。
     その感触を楽しむように私はスカートを脱ぎました。ベンチにお尻をつけてしまえば、その後はかんたんでした。アソコを晒すまでは、かなり戸惑いがありましたが、アソコを晒してしまえば、もう、その後は戸惑いませんでした。それが当然のことのように、スカートを足から抜くことができました。
     シャツは私のお尻の半分を隠します。ヘアーは見えないかもしれませんが、超ミニと勘違いする人はいないはずです。
     鏡に写したときには、後ろからラビアまで見ることができました。少し動けば前からアソコを全て見ることだってできました。そして、ほんの少し屈むだけで、お尻の穴まで見えていました。
     私は、スカートを、持っていた空の小さな紙袋に入れると、迷わずに立ち上がりました。前の日から決めていた通りに、公園の遊歩道まで、そのままの格好で歩くつもりでした。深夜ですが、遊歩道には、人が通ることを知っています。もちろん、公園と遊歩道との間には植え込みがありますから、私の下半身は見えないはずです。でも、もし、そこを通る人が気まぐれに植え込みから公園に入ってくれば、私には、下半身の裸を隠しようがないのです。
     私が遊歩道に近づくと、そこに人影がありました。やはり遊歩道には歩く人がいたのだ、と思いました。そのまま、ベンチまでもどろうとも思いました。でも、私はその度に、これは命令で、もどったら私は見捨てられてしまうと思い込みました。そして、遊歩道に出ました。誰れもいる気配がありません。でも、通りから遊歩道に入ってくれば、下半身裸の私はすぐに見えてしまいます。遊歩道の見通しはいいのです。私は一度、植え込みにもどりました。そこにしゃがんでしまえば、たとえ遊歩道を誰れかが通っても、私を見つけることはできないはずです。
     じっとしていたのですが、人の気配はありません。震える膝をおさえながら、私は遊歩道に出ました。シャツをめくり、下半身をむき出しにして、そこを横切りました。ほんの数歩で向こうに着きます。気持ちはものすごくあせっているのですが、私はもどるとき、遊歩道の真ん中でしゃがみました。オシッコをするポーズです。そのまま、左右を見て、誰れも来ないのに安心して、公園にもどりました。
     走るようにしてベンチのところまでもどり、あわててスカートをはきました。
     一瞬で身体が冷たくなりました。緊張で汗ばんでいたのでしょう。その汗が冷えて、夏だというのに冷んやりとするのです。それでも置いてあった缶コーヒーを飲むと、少し落ち着きました。
     どうしてこんなことをせずにはいられないのでしょう。後悔と自己嫌悪のまま、家までもどりました。ところが、翌日、このブログを書いていると、もう、ドキドキしているのです。
    深夜のコーヒー屋さん。もうこのお店を使うことには慣れていました。こうしたお店だからなのでしょうか。店員さんは、いつも変わっています。たぶん長くは勤めないものなのでしょう。それが私には好都合なのです。
     久しぶりにノーパンです。スカートも短いデニムです。普通に座っているだけでも、私のアソコは露出しています。足なんか拡げなくても太ももの間からヘアーが見えます。もちろん、最初は見えない工夫をして座ります。そうして、ゆっくりと店内の様子を見回すのです。
     ちょうど正面の席に学生ふうの男の子がいました。ショートの髪形にオレンジのTシャス。絵に描いたような爽やか青年です。二重のくっきりとした目が性格のよさを物語っています。こんな男の子のオチンチンって、どんな大きさなのかな、と、私はそんなことを考えます。
     この爽やかな雰囲気でオチンチンが黒くて大きかったら面白いなあって想像したりします。
     そして、今、私が足を拡げたら、この男の子はどんな顔をするんだろうって思うんです。あわてるのかな。こんなタイプの男の子だから、きっと、私がうっかりパンツを穿き忘れたって思うんだろうな、そんなことを想像しながら、私は足を拡げるかどうか迷っていました。
     ところが、その爽やかな男の子は私のほうを見て、にっこりと笑ったのです。笑顔がまた爽やかで、この人は「体操のお兄さん」っといった雰囲気でした。でも、笑いかけている相手は私以外に考えられません。他にいる人といえば、奥で読書する少し頭の薄くなったおじさんだけなんです。
     これは何、まさか私を誘っているとか。そんなことを考えて彼を見ると、なんと、出していたんです。テーブルの下、私の位置からは見えても、他の人には見えない場所で、しっかりと下半身を出していたのです。オチンチンどころか、太もものあたりの妙に白い肌がはっきりと見えます。パンツを下げてしまっているんです。すごい勇気です。ノーパンで足を拡げることさえビクビクしている私には考えられないことです。いくら深夜とはいえお店の中は明るいんです。もし、私が「痴漢」と、騒いだらどうするつもりなのでしょう。それとも、私でなくても女はそんなときに騒いだりはしないものなのでしょうか。
     彼はオチンチンを縦に動かします。まるで私にあいさつでもしているかのようです。大きくはありませんでした。彼の雰囲気を壊さない愛らしいオチンチンです。
     でも、そうなると私は露出するわけにはいかなくなります。そんなことをしたら、どんな誤解をされるか分からないからです。
     彼のテーブルの下の事件なんか気がつかないふりで、持っていた本を読みました。もちろん、本を読む余裕なんてあるはずがありません。
     彼がそのままテーブルの下で射精するのではないかとドキドキしていました。
     しばらくそうしていると、彼はそのまま立ち上がりました。さすがに気がつかないふりも限界です。彼のパンツは太ももに引っかかっています。ウエストがゴムなのでしょうか。でも、見た感じはジーンズに見えるのです。どうして太ももに固定されているのか、私には分かりませんでした。
     私は思わずキョロキョロとしてしまいました。彼はその私の様子を見て、助けを求めると思ったのでしょうか。シャツを下げると、パンツはそのままに店を出て行きました。一見すると長めのシャツを着た普通の人に見えます。
     驚きました。
     でも、私は助けを求めたかったのではありません。彼を心配して、彼の代わりに周囲をうかがったのです。もちろん、そんなこと彼には分かるはずないですよね。
    以前からやってみようと思っていたことがあります。それは夏の冷房対策用のカーディガンを腰に巻いて、下半身裸で歩いてみるということです。カーディガンですから下半身を完全に隠すということはできません。どんなに上手く巻いても、よーく見ればその下に何もつけてないのは分かってしまいます。
     鏡の前でやってみて、あまりにも分かりやすいので、何度も止めようかと思いました。
     でも、巻きスカートをつけて、やっぱり家を出てしまいました。
     狙いは駅裏の少し寂しい商店街です。せっかくのカーディガンを腰に巻くには、やや涼しい夜でした。それでも私はそれを腰に巻き、そして、商店街を歩きました。昼間なら、人がたくさん歩いている商店街ですが、深夜ということもあって、人はまばらです。でも、まったく人がいないということもありません。
     こんなところを下半身裸でカーディガンだけを巻いて歩いたら、きっと、みんなに分かってしまうに違いない、そんなことできない、何度もそう思いました。すれ違う人の下半身を見つめました。男の人の股間のファスナーまでハッキリと見ることができます。後ろからならともかく、前から見られたら、やっぱり、私のヘアーは見えてしまうに違いない、と思いました。
     そう思いながら、私は路地に入りました。ここならスカートをとってもだいじょうぶだと思い、巻きスカートのホックをとりました。クシュクシュとそれをまとめると、バックに入るほどの大きさになります。
     下半身に冷たい風があたるのを感じました。少し歩いてその部分を見ると、やっぱり見えています。カーディガンの合わさった部分から黒いものが露出してしまっているのです。家でしたようにボタンをとめてみました。ヘアーは見えなくなりました。でも、すき間からアソコに直接風を感じます。きっと、見えているに違いありません。
     止めたい、止めよう、そう何度も何度も思いながら、それでも私の足は商店街に向かっていました。
     変態と言われるかもしれない。嫌悪の目で見られるかもしれない。チャンスと思って悪戯してくる人もいるかもしれない。いろいろなことを考えると心臓が痛くなりました。
     ところが、商店街を歩く頃には、不思議なほど安心していました。路地よりも明るいのですが、誰れも私の下半身になんか注目しないのです。
     商店街のはずれには、公園があります。昼間でも人のいない公園です。その公園の少し手前で、私は後ろを見ました。こちらに向かって来る人は誰れもいません。公園に人がいないかどうかは分かりません。それでも私はカーディガンをとりました。そして、公園まで下半身完全に裸のまま歩いたのです。
     幸い公園には誰れもいませんでした。それでも、私の興奮は頂点に達しました。激しい後悔もありましたが、この快感を私は手放すことはできそうにありません。

    そのお店に行ったのは、もう一年ぶりぐらいになると思います。久しぶりに行くと、もうなくなっているお店や、トイレの構造だけが変わっているというお店が多いので心配したのですが、そのお店はまだありました。
     そのお店は、トイレに行くまでに、人がやっと通れるぐらいの通路があります。その通路があるおかげでトイレとお店は切り離されたようになっているのです。トイレのカギをしなくても、そのお店のトイレならドアを開けた人にしか見られません。他の人には、トイレを開けられたということさえ分からないはずなのです。誰れかにオシッコしている姿を見せたいのに、みんなに見せたことを知られるのは嫌なんです
     通路の奥のドアを開けると、洋式便器が横向きにあります。狭いのでドアを開けられたら、本当に真横に立たれることになります。
     私はそのトイレで立ったままオシッコすることを決めていました。
     最初はスカートでするつもりでした。でも、パンツが膝にあると、どうしてもオシッコが足にかかってしまうのです。それなら、いっそ下半身は脱いでしまおうと思いました。そして、どうせ脱ぐならパンツのほうがいいと思ったのです。脱いだものを片手に持って、そのままオシッコしてしまおうと思いました。
     浴室で練習しましたが、うまくいきました。少し腰を突き出しさえすればオシッコは狙ったところに飛びます。
     練習したことを思い出しながら私はトイレに向かいました。お店には数人のお客さんがいますが全員男の人です。さすがに女性に立ったままオシッコしている姿は見られたくありません。
     でも、私がトイレにいる間に女性が来て、いきなりトイレに入れば、その人には見られてしまうことになります。そのときは諦めて、おもいっきり惨めな思いをしようと覚悟していました。
     トイレを開け、一度、カギをかけました。音が聞こえないように、こっそりかけました。もちろん、そんなところからカギの音なんて聞こえるはずがありません。それでも、そっとカギをかけ、そして、パンツを重ねて一気に脱ぎました。まだ、ためらいはありませんでした。
     耳が遠くの音楽をとらえました。これなら人が来る足音も聞こえるかもしれないと思いました。でも、聞こえるとはかぎりません。突然、開けられるかもしれないのです。どんな顔をすればいいのでしょう。立ったまま下半身裸でオシッコしている変態女がトイレを開けられたからって、普通の女のように驚いた顔をしていいものなのでしょうか。
     そんなことを考えながらカギをそっとはずしました。これで、もう何もできません。私はものすごく無防備な状態でそこに立っているのです。オシッコはすぐには出ませんでした。このまま早く出して終わりにしたいという気持ちと、誰れかが来るまでもう少し待ちたいという気持ちで心が揺れていました。でも、そんなこととは関係なく、オシッコは出ません。足を大きく拡げて、便器をまたぐようにして立ちなおしました。これならだいじょうぶ。今なら誰れも来ない、きっと、だいじょうぶ、でも、誰れかに見られたい、この変態行為を見られたい、そんな思いが頭の中をかけめぐります。少し力を抜くとオシッコが出ました。思ったよりも前に飛んでしまったので、自分の足ではなく、便器を汚しそうになりました。
     オシッコは止めることができません。今、誰れかがドアを開けたら、もう何もできません。男の子がオシッコするように、おなかを前に突き出して、いい年齢の女がオシッコしているのです。完全に変態です。
     オシッコは勢いをなくして、足もとに落ちました。それから私はそっとカギをかけました。パンツをつけて、席にもどりました。たった今、このお店のトイレでとんでもない変態行為が行われたなんて誰れも知りません。
     少しの興奮を抑えて、私は日常にもどりました。
    ようやく自分の時間がとれるようになると、やっぱり眠れなくなりました。昼間から、今夜はどんな格好で、どこを歩こう。車を使おうか、それとも、ジョギングの格好で歩こうかと悩んでいました。
     露出した直後からは、ものすごく後悔し自己嫌悪するのに、一日経つと、やっぱり見られたくなってしまうのです。それが何日も露出できないままだと、一日のたいはんを露出のことを考えて過ごすことになります。
     その夜は、車で出ることを止め、ジョギングスタイルのまま、以前に全裸になったことのある大きな公園に行きました。そこなら下半身ぐらいはいつでも脱ぐことができると思ったからです。トイレのある茂みは公園の入り口からは見えないのですが、こちらから入り口はよく見えます。誰れかが来ればすぐに分かるのです。
     私はトイレに入ったのですが、そのまま個室は開けずに出て来ました。そこでパンツを脱ぐつもりだったのですが、少し明る過ぎたのです。茂みの中に入り、そこで脱ごうとも思いましたが、そこでも勇気が出ませんでした。上半身はシャツだけでノーブラです。ここなら全裸になれるんだという思いは、いつしか、今日は全裸にならなければいけないに、変わっていました。
     トイレと茂みの間をなんどか行き来してしまいました。決心がつかなかったのです。
     その時「トイレですか」と、私に声をかける人がいました。驚きました。心臓が止まるといいますが、まさにそんな驚きです。公園の入り口は見張っていました。誰れも来ていません。もちろん、散歩のふりして公園の中も見てまわりました。誰れもいないことは確認したはずでした。
     私は無言のまま、彼から離れました。何かあったら声を上げればいい、そう思いました。
    「いえ、トイレに入ったり出たりしていたみたいだから、あの、怖かったら僕、見張ってますよ」
     彼の声が少し私を落ち着かせました。声が若いのです。もしかしたら想像しているより、はるかに若いかもしれません。
    「トイレ、汚いから」
     それでも声は震えていました。私は彼が露出痴漢であると感じはじめました。トイレが汚いなら自分が見張っているから、茂みですればいい、と彼が言うことを期待していました。できれば、オシッコが出て来るところを見せてほしい、絶対に触ったりしないから、と、頼まれることも期待していました。
     ところが彼の答えは意外なものでした。いえ、普通に考えれば当然のものでした。
    「公園を出て右に行くと、小さいけどコンビニありますよ。トイレだけでも平気ですよ。僕もトイレだけで使ったことあるし」
     私はにっこりと笑って「ありがとう、行ってみる」と、言って、公園を後にしました。
     彼はいったいどこにいて、いつから私を見ていたのでしょうか。それに彼はあんな時間のあんな場所で何をしていたのでしょうか。それは分からないままなのですが、その日の夜、私は何度も何度もオナニーしてしまいました。
     もし、私が全裸になってしまったら、彼は声をかけて来たのか、それとも、どこかでこっそり覗いていたのか、もし、あのとき、私がオシッコが我慢できないと言ったら彼はどうしたのか、彼が露出痴漢で、オチンチンを出したら……。
     私の妄想は尽きることがありませんでした。
    歩道橋の前に着きました。信号は遠く、深夜だというのに車の通りが激しいので、路上の横断は不可能です。ただ、それでも、歩道橋など渡る人はなく、離れた信号を利用するに決まっています。
     誰れにも出会うはずがない、そう思って私は服を着たままで、歩道橋の上まで行きました。歩道橋の上から路上を見ると、遮るものはほとんどありませんから、下の車がよく見えます。
     もし、注意深く見れば、そこに全裸の女がいることは、下からだって分かるはずです。ただ、私も車を運転するから分かるのですが、歩道橋の上にまで注意を払って運転している人はいないはずです。助手席の人には見られるかもしれません。でも、発見しても、それが全裸の女だと分かるには時間がかかるはずです。たぶん、誰れにも気づかれることなく向こう側に渡れるはずです。
     反対の階段をおりると、そこには公園があります。トイレとベンチだけの小さな公園です。ただ、その公園は汚いし臭いので、そこに服を隠しておく気分にはなれませんでした。
     身を隠すところもありません。
     私はもとの側にもどり、しばらく車道を眺めていました。フロントホックのワンピースだけで、中は全裸です。ボタンもたった三つだけです。それが最低のボタンで、あとははずしてあります。
     この三つをはずして、紙袋に入れ、植え込みそれを置くだけです。通りを行く人はありますが、歩道橋の上にいれば、遠くの人まで見えます。人がいないのを確認した上で、安全に降りて来ることはできるはずです。
     左右を見て、誰れもいないのを確かめて私は全裸になりました。服を無造作に紙袋に入れると、あわてて歩道橋にもどりました。見られていません。歩道橋の階段のところでは、まだ、安心できません。そこでは歩道からまる見えだからです。階段をのぼらなければなりません。
     上に誰れかいるかもしれない、そんな気配がする、そう感じました。それでも、私は歩道橋の上に行かなければなりませんでした。歩道に人が見えたからです。
     身体を小さくたたんで、階段をのぼりました。そんなことしても、全裸なのは分かってしまいます。それでも、そうせずにはいられなかったのです。
     腰を引きながら歩道橋の上を覗きました。それも、そんなことしたところで、そこに誰れかいれば遅いのです。何もかも見られてしまうのです。隠しようなんかありません。
     見せたくてしているのではないの、無理にさせられてるの、そんなことを主張したかったのかもしれません。幸い、上には誰もいませんでした。足の間をすり抜ける風が心地良く、私は、歩道橋の上では大胆に前を広げて歩きました。服を着ていても下品な歩き方です。でも、平気でした。
     反対の階段をおりて、歩道を見つめました。サラリーマン風の男性でした。酔っている様子はなく急ぐように早足で歩いて歩道橋に近づいてきます。急いでいれば歩道橋を使うかもしれない、そう思い、私は公園に避難するかどうか迷いました。
     迷っているのに、私は階段をのぼっていました。それも、まるで服を着ているように、ためらいもなく、スタスタと歩いています。自分でも意外でした。何がしたかったのか分かりません。
     その人が歩道橋を渡ったらどうするつもりだったのでしょう。分かりません。
     反対側におりるまで、私には恐怖もためらいもありませんでした。平然と歩道に出て、その人の後ろ姿を見ながら、平然と服を着ました。感じていました。その人の後ろ姿に「ここに全裸の女がいるよ、何もかも見えるよ」と、そんな言葉をなげかけていたように思います。しびれるような興奮が全身に走りました。
     服を着て、遠くに停めてあった自分の車にもどるまで、興奮は続きました。車にもどり、そのドアを閉めた瞬間、全身から汗が吹き出るのを感じました。怖さで震えました。
     こうして思い出しても、少し怖いです。でも、興奮したのも事実なのです。
    「お前が一番賢かった」それが祖父の口癖です。おそらく誰れにでも言うのでしょう。私が子どもの頃には厳しい人でした。教育関係の仕事をしていたからだったのでしょうか、孫にまで厳しかったのです。私は「孫に甘い」祖父母というものを知りません。
     ところが、一年近く前、祖父は自宅で倒れたのにもかかわらず、医者に行こうとせず、すいぶんと痛みに耐えたあげくに、病状を悪化させ、ほとんど動けなくなりました。最近はかなり回復しています。散歩ぐらいは一人でできるようになりました。
     最初の頃は看護されていたのですが、しかし、意識のはっきりしている祖父は、他人の看護を歓迎していませんでした。
     そのため家族が交代でめんどうを見て、足りないところを介護師の方が補うことになりました。
     孫では、私と、私とより三つ上の従姉妹と、別の孫のお嫁さんが交代でめんどうみることになりました。祖母が他界してからも祖父は家を出ることをせず、また、誰れも家に入れることをしませんでした。
     最初は長いことにならにと皆が思っていました。
     ところが祖父の介護は長引きました。その上、介護疲労の問題も出てきました。私は、最初の内こそ戸惑いましたし、今も、身体は辛いのですが、精神的には慣れてきました。
     幸い、祖父は杖を使えば歩行ができ、トイレには行けるようになりましたから、そこは楽になりました。また、祖母も長く患いましたから、家がバリアフリーに改築されていたので、それも楽でした。それでも、最初の半年は何もできない、何も考えられませんでした。しかし、最近は少し余裕があります。
     そこで、私は祖父を相手に露出を楽しむようになりました。あの、厳格な祖父だと思うと、私の興奮はより大きくなりました。そして、私は祖父を相手に露出しながら、どうして自分が露出に目覚めていったのかを知るようになってきました。
     こんな露出の話しは、あまり面白くないと思います。その上、慣れてきたとはいえ、まだまだたいへんで、アップもマチマチになると思います。それでも、これから、数回に分けて、私と祖父の話しを書いてみます。

    祖父はたいていのことは一人でできます。できないのは、買い物とか食事の支度とか掃除などです。さすがに階段の上り下りもできません。ですから、二階の部屋にいる間は私は自由になります。はじめはノートパソコンを購入することも考えたのですが、休職中の上に、いつまで、この状態が続くのかも分からず、それは止めました。
     そもそも、そうした体力も最初の頃にはありませんでした。
     私は祖父の寝る一階のベッドのちょうど真上に布団を敷きました。別に祖父に何かがあったらすぐに気づけるようにという配慮ではありません。もっと別の意味があったのです。
     私は全裸になり、自分の真下に祖父が寝ていることを想像しながら横になりました。そして、足を広げたりしました。オナニーもしました。あの堅物だった祖父が、自分の真上で孫にアソコを見せつけられ、そしてオナニーまでされているのかと思うと、私は妙に興奮しました。
     ただ、そんなことも最初は疲れていて、ただの就眠儀礼のようになってしまっていました。
     祖父は今でも女の裸に興味がるのか、孫の私の裸を見たいと思ったことがあるのか、そもそも、あの厳格な祖父は性に興味があったのかどうか。私はそんなことを考えるようになりました。そして、確かめてみたくなってしまったのです。
    最初にその異変に気づいたのは、もう、祖父がベッドから起きて自分でトイレに行けるようになってからのことでした。もっとも、それ以前には、祖父は病院で看護されていたわけですから、家にもどって間もなくのことだったと思います。
     私は祖父が寝ついた後、しばらく休憩して、それからお風呂を使っていました。
     お風呂は祖父の寝る茶の間に面した廊下の反対側にあります。元気だった頃には二階に寝ていたのですが、退院してからは応接間にベッドを入れ、そこで寝るようになりました。
     廊下を隔てた浴室のドアはガラスですが、そこは洗面もかねているので、着替えは、さらにその奥でできるようになっていました。最初こそ、私は奥で着替えていたのですが、まだ、夏の暑い頃でしたから、広い洗面まで出て来て身体を拭くようになりました。もちろん、ガラス扉といっても曇りガラスですから、そう気になるものではありませんでした。それに、祖父と私以外には、家には誰れもいないのですから、あまり気にする必要もないと思ったのです。
     ところが、パジャマに着替えて洗面を出ると、私は祖父の寝る応接間の襖戸が開いているのに気づいたのです。ただ、祖父は夜中にトイレに立つと、よく、戸を開けたままにしていたようですから、それほど気にはしませんでした。
    「おじいちゃん、起きてるの」
     と、静かに声をかけ、返事のないのを確認するや、そっと戸を閉めました。
     ところが、あるとき、応接間の前で持っていたタオルを落としたときに、その戸が閉まっていたのを何という気はなしに確認してしまったのです。それなのに、その日も私がお風呂から出ると戸が少し開いているのです。暗い部屋の中は見えませんが、祖父がこちらを見ているような気がしました。曇りガラス越しに見える孫の裸を祖父は見ているのかもしれないと思うと、私は、性的に興奮してしまいました。
     もちろん、戸はいつも開いているというわけではありません。私の入浴中に偶然に祖父がトイレに立ったことも考えられます。
     それでも、私の妄想は勝手にふくらみました。私はうっかりパジャマの下を忘れたふりをしました。誰れも見ていなければ忘れたふりなどする必要などないわけですが、それでも、一人でそうした演技をしてしまうのが私の癖なのです。
     上にパジャマを羽織ると、下は微妙に隠れてしまいました。私はパンツも穿かずに洗面を出ました。あわてているような、恥ずかしがっているようなふりをしました。祖父の部屋の戸は開いていました。洗面の明かりで、こちらの様子はハッキリと見てとれるはずです。
     私は過剰にパジャマを下に引っ張り、腰を引いてそこが見えないようにするふりをしました。
    「おじいちゃん、起きてるの」
     いつも以上に小さな声で言いました。返事はありません。暗やみの中、祖父がそこに横たわるのは見えるのですが、その顔がこちらを見ているかどうかまでは分かりませんでした。私はそっと襖戸を閉めました。
     その戸は昼間も何度となく閉めるのですが、それでも、開いていることが多いのです。偶然なのかもしれません。偶然でもいい、もっと、祖父が私を気にしてくれればいい、私はそんなことを思いました。
     性的にも興奮はしていました。実の祖父が自分の裸に興味を持ってくれることが私には刺激だったのです。そのタブーは私を普通の露出以上に興奮させていたのだと思います。
     でも、それ以上に、私は私が祖父にとっての特別な存在となるのが嬉しかったような気がするのです。不思議な満足感です。たぶん、それは私と祖父との幼い頃の思い出から起こったものだと思います。
    私は子どもの頃、よく祖父の家にあずけられました。その当時は伯母、つまり父の末の妹が祖父母と同居していました。今は結婚して私と同じ東京で暮らしています。とても優しい伯母さんで、私は大好きでした。ですから、祖父の家にあずけられることは嫌ではありませんでした。
     ただ、まだ学生だった伯母は、勉強が忙しいらしくて、あまり家にはいませんでした。ですから私はたいはんを祖父母と過ごしました。祖父母は私を可愛いとは思っていたようです。しかし、不器用な人でしたから、どう接していいかは分からなかったようなのです。
     ですから、私の相手は勉強でしていました。勉強を教えることでしか孫と会話ができなかったのかもしれません。厳しく怖い印象ばかりがありました。
     とくに祖父は私を常に、別の誰れかと比較して叱りました。
    「お前は誰誰と比べて勉強ができない」とか「お前は孫の中でもトロイほうだ」と、そんなことばかり言われました。とくにショックだったのは「お前はとりわけ美人でもないし、勉強ができるほうでもないし、運動だってできないんだから、親のいうことぐらいきちんと聞ける子にならなければ誰れにも可愛がられない」と、言われたことでした。
     私は特別でない、と、そればかり思いました。みんなは特別な子どもだから可愛がられるけど、私は特別な子どもではないから、みんなのように甘えてはいけない、そう思ったのです。
     実際、祖父も祖母も私の前で、他の人の話しばかりをしました。そして、その頃、子どもたちの中でも、私はどうでもいいような存在だと気づいたのです。私だけ注目されてない、と思いました。
     あるとき、私が男の子たちにオシッコしている姿を見せるまで。
     そして、今、祖父は私を特別な目で見ています。もしかしたら、私の裸にも注目しているかもしれないのです。そう思うと私は興奮してしまうのです。祖父に性的な何かを感じているのではありません。祖父とセックスしたいなどという気持ちは少しもないのです。ただ、あの厳しい祖父が私の裸を見たいと思っているのかと思うと、それが嬉しいのです。
    まだ祖父が元気だった頃、私は祖父の前でミニスカートをつけることなどできませんでした。思えば、いい年齢になった私を祖父が叱るわけなどありませんでした。それでも、おかしなもので、自分の女を祖父の前に晒すことに私は抵抗があったのです。
     はじめて祖父の介護に来たときにも、私は、パンツばかりをカバンに詰めて来ました。スカートをつけることにさえ抵抗があったからです。
     その反面で私は全裸で街を歩いたりしていたのですから不思議なものです。
     あれはまだ夏の暑さの残る頃でした。私は露出用にしか使用しないようなミニスカートを祖父の家でつけました。一見ホットパンツにも見えるのですが、少し屈めば中が丸見えになるスカートです。
     祖父がそのことで小言を言っても、私は暑いし家の中だけだから、と言い訳けするつもりでした。ところが、祖父は何も言いません。言わないどころか、私が祖父にお尻をむけたまま前屈みになると、じっと私のほうを見ているのです。その視線が私には分かるのでした。
     そうした年齢になった男の人がどれほどエッチなのかは分かりません。もしかしたら、ただ、人恋しさで赤ちゃんがそうするように私を追っているだけかもしれません。それでもいいのです。
     ただ、ジーンズなどのときには、祖父はそう私を追いません。やはり私の下半身が、スカートの中が気になっているのかもしれないのです。私はそう想像するだけで楽しいのです。
    2006.11

     

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